本好きの魔女、闇の帝王を読書仲間にする。 作:bookworm
ロルフ・スキャマンダーからの返事は、ふくろう便で届いた。
封筒はきちんと封蝋されていて、宛名は「魔法書研究会御中」。
御中。
なんだか急にちゃんとした団体になった気がする。まだ主な活動内容は、本を読む、資料を漁る、たまに事件に足を突っ込む、なのに。
「開けるわよ」
パドマが封を切った。
その瞬間、魔法書研究会の空気が少しだけ引き締まる。
ハリーはまだ日刊予言者新聞の記事を引きずっている顔をしていたし、ロンは腕を組んでふてくされていた。ハーマイオニーはすでに赤インクを準備している。早い。まだ何も添削するものはない。
パドマが手紙を読み上げた。
「親愛なる魔法書研究会の皆さま。お手紙を拝見しました。リータ・スキーターの記事に腹を立てる気持ちは分かります。ですが、怒ってはいけません。怒った顔は、彼女に次の記事の見出し案を与えるだけです」
「そうだろうと思ったよ」
ロンが言った。
パドマは手紙に目を戻す。
「反論したいなら、抗議文ではなく紙面を持ちなさい。本人が言ったことと言っていないことを分けること。事実と推測を分けること。分からないことを、分からないと書くこと。そして──」
パドマがそこで少し笑った。
「読まれる努力を怠らないこと。読まれない正しさは、誰も守れません」
図書室が一瞬、静かになった。
ハーマイオニーが眉間に皺を寄せた。
「……悔しいけど、正しいわ」
「新聞記者っぽいね」
わたしは言った。
「本も、手に取ってもらえなかったら読まれないもんね。どんなにいい本でも、棚の奥で埃をかぶってたら布教できない」
「布教って言うな」
ドラコが即座に言った。
「本は布教するものだよ?」
「その顔で当然みたいに言うな」
ロンが手紙を覗き込んだ。
「で、つまりどうするんだ?」
「作るのよ」
パドマが言った。
「私たちの紙面を」
ハーマイオニーがうなずき、すぐに羊皮紙を引き寄せた。
「まず編集方針を決めましょう。根拠のない断定は禁止。本人発言と記者の解釈は分ける。匿名証言は原則として使わない。使う場合は──」
「硬い」
ロンが言った。
「まだ創刊してすらいないのにもう眠いよ、ハーマイオニー」
「ロン!」
「でも、読まれない正しさは誰も守れないんだろ?」
ロンは胸を張った。
ロルフさんの言葉を盾にしている。強い。正しい盾の使い方ではある。
ルーナは窓の外を見ながら、ふわっと呟いた。
「羽虫に刺されたら、虫を怒鳴るより、網戸を張った方がいいものね」
「今のは良い表現だわ」
ハーマイオニーが悔しそうに認めた。
「名前はどうします?」
アストリアが静かに聞いた。
そこから先は、大変だった。
ハーマイオニーは「ホグワーツ通信」を推した。真面目で分かりやすい。
パドマは「ホグワーツ・ヘラルド」も悪くないと言った。どこかで聞いたことある気がする。
ロンは「週刊ホグワーツでよくない?」と言った。分かりやすい。
ドラコはロンのアイデアを「安っぽい」と鼻で笑った。ドラコとロンは掴み合いの喧嘩になった。
ルーナは「透明インク新聞」を提案した。読めなそうだ。
アーニーは「トゥルー・ミラー(真実の鏡)」を提案した。胡散臭い。
わたしは、机の上に転がっていた羽ペンを見た。
日刊予言者新聞の記事には、赤インクで注釈がびっしり書き込まれている。
「じゃあ、羽ペン通信は?」
全員がこちらを見た。
「羽ペンで書くし、通信だし」
パドマが一瞬で顔を上げた。
「シンプルでいいかも」
ハーマイオニーもうなずいた。
「学校名を使わない方が先生たちに止められにくいわ」
こうして新しく出す紙の名前が決まった。
表紙には、パドマの手で大きくこう書かれた。
羽ペン通信
The Quill Post
噂に注釈、誤報に赤インク
発行:魔法書研究会編集部
「副題が強いわ」
パドマは満足そうだった。
創刊号の特集は、すぐに決まった。
日刊予言者新聞・代表選手記事を読む
パドマが巻頭ページ、ハーマイオニーが編集と校閲を担当した。ハーマイオニーが赤インクで書き込んだ言葉が面白かったので、注釈もそのまま紙面化することになった。
ロンが「つまりどういうこと?」というコーナーで、難しい言葉が苦手な人にも分かるように記事の説明をざっくり書いて、全員に褒められた。本人が一番驚いていた。
アーニーは「今週の仮説箱」で、ハリーの名前が炎のゴブレットから出た理由を三つ挙げた。三つ目が「炎のゴブレットがハリーを気に入った可能性」だったので、ハーマイオニーに大量の赤で「根拠不足」と書かれた。
アストリアは「家系図のすみっこ」というコラムで、ブラック家当主問題に関する歴史を全部洗い出した。大昔にマグルとの交流があったこともバラした。
ドラコは経済面を担当した。特に、「その材料、高すぎないか」という魔法薬についてのコラムが面白かった。本人は「マインの薬代が無視できないからだ」と言っていた。私情がすごい。
ルーナは「今週の魔法生物」で、見出しに住む羽虫について書いた。魔法生物なのかは分からない。でも妙に読ませる文章だった。
わたしは巻末に「おすすめ本棚」を書いた。
おすすめしたのは『新聞記事を読むための初歩的な論理学』。危険度は低。眠気度は高。
編集部注として、ハーマイオニーにこう書かれた。
編集部注:本を読みながら倒れないでください。
完成した『羽ペン通信』創刊号は、最初は十部だけ刷った。
図書室、グリフィンドール談話室、スリザリン談話室、レイブンクロー談話室、ハッフルパフ談話室、それから大広間近くのいくつかの掲示板に一部ずつ。
「十部で足りるの?」
ロンが聞いた。
「足りるわよ。最初だもの」
ハーマイオニーはそう言った。
足りなかった。
翌朝、グリフィンドールの談話室に置いた分は、朝食前に消えたらしい。
スリザリン談話室の分は、誰かが持ち去った後、手書きの写しが三部出回った。
レイブンクローでは、ハーマイオニーの注釈にさらに注釈を書き足す生徒が現れた。注釈に注釈。危険な文化だ。
ハッフルパフでは、アーニーの仮説箱が人気だった。
「当たらないのに?」
ロンが言うと、ハッフルパフ生が真面目な顔で答えた。
「当たらないから面白いんだ」
アーニーは複雑そうな顔をしていた。
誇っていいのか、怒っていいのか分からない顔だ。
昼には、大広間で何人かが『羽ペン通信』を広げていた。
「これ、赤の注釈が分かりやすいな」
「リータの記事、真っ赤じゃない?」
「『つまりどういうこと?』の欄だけ毎号読みたい」
ロンがそれを聞いて、耳まで赤くなった。
「僕の欄が人気?」
「調子に乗らないで」
ハーマイオニーが言った。
でも少し嬉しそうだった。
ハリーは、最初は落ち着かなさそうにしていた。
自分の名前が紙面に載ること自体、好きではないのだと思う。
でも、グリフィンドールの生徒が近づいてきて、「ハリー、ほんとに自分で名前入れてないんだね」と言った時、ハリーは少しだけ肩の力を抜いた。
「うん」
それだけだった。
でも、日刊予言者新聞の記事を読んだ時のハリーより、ずっと気が楽そうだった。
夕方、魔法書研究会は図書室に集まっていた。
創刊号は予想以上に読まれた。
つまり、次号を作らなければならない。
「増刷ね」
パドマが言った。
「次は二十部?」
「五十部」
「五十!?」
ロンが悲鳴を上げた。
「誰が写すんだよ!」
「複製呪文を使えばいいでしょう」
ハーマイオニーが言った。
「そういう問題じゃなくて、紙が足りるのかって話」
ドラコが眉をひそめた。
「紙代はどうする?」
経済面担当が早速現実的だった。
「広告を取る?」
パドマが言った。
「広告?」
「フレッドとジョージなら出したがると思う」
ロンが言った。
「絶対ろくでもない広告になる、けど、いいね!」
ハリーが即答した。
少し離れた席では、フェルディナンド先輩が『羽ペン通信』を読んでいた。
先輩は紙面を最後まで読み終えると、丁寧に畳み、赤インクで注釈が入った箇所を指先で軽く叩いた。
「感情的な抗議ではなく、読者に読み方を示している。誤報に対して、ただ否定するのではなく、事実、推測、印象操作を分けた。これは有効だ」
「ありがとうございます」
パドマが少し緊張した声で言った。
「ただし」
フェルディナンド先輩は続けた。
「今後、魔法省、家名、相続、契約魔法に触れる記事を書くなら、用語の精度には気をつけろ。曖昧な言葉は、相手に反撃の余地を与える」
ハーマイオニーが真剣に頷いた。
「分かりました。次号から精度関係は確認を取ります」
「それがいい」
フェルディナンド先輩は紙面を置いた。
「羽ペン通信。名前も悪くない。学校名を冠していない点も賢明だ」
ドラコが小さく眉を上げた。
「そこを評価するんですね」
「当然だ。名前は責任の置き場を決める」
重い。
ただの校内誌の名前の話なのに、急に責任の話みたいになった。
けれど、パドマは嬉しそうだった。
「では、創刊号としては?」
フェルディナンド先輩は、ほんの少しだけ目を細めた。
「大変結構」
フェルディナンド先輩が今まで見せたことがないような微笑で言った。全員がそれを褒め言葉だと理解して顔を見合わせる。
フェルディナンド先輩がこんな褒めることあるんだ。
突然、図書室の入口から声が飛んできた。
「『羽ペン通信』読んだよ!」
全員が振り向いた。
そこに立っていたのは、女子生徒だった。
片手に『羽ペン通信』創刊号。
もう片方の手には、なぜかかわいくデコレーションされた羽ペン。
目がきらきらしている。いや、ぎらぎらしている。
ハーマイオニーが警戒した顔をした。
「……あなた、グリフィンドールの」
「あたしロメルダ・ベイン。グリフィンドールの二年生! 記事めっちゃ面白くて思わず来ちゃった」
ロメルダは、机の端に座っていたハリーを見つけた瞬間、ぱっと両手で顔を覆った。
「え、待って、マジで無理かも」
ハリーがびくっと肩を揺らした。しかし、ロメルダはハリーを拒否したわけではなかった。顔を輝かせている。
「ハリポ、近くで見るとまじかっこいい!」
「ハリポ?」
ハリーが困惑した顔で聞き返す。
「ハリー・ポッターだからハリポ。呼びやすくない?」
「いや、初対面でそれ?」
「初対面だからこそ、距離詰めるの大事じゃん」
ロメルダは当然のように言った。
ロンが隣で吹き出した。
「ハリポ」
「笑うなよ」
「いや、悪くないぞ、ハリポ」
「ロン」
ハリーが低い声で言った。
ロメルダはそんな二人を見て、さらに勢いづいた。
「てか、あたし、ハリポの記事読んで普通に腹立ったんだよね。なんか、悲惨な運命のかわいそうな英雄です、みたいに書かれてたじゃん? あれ、違くない? かっこいいとかわいそうは別じゃん」
ハリーは少し黙った。
その言い方は軽かった。
軽すぎるくらいだった。
でも、言っていることは案外、まっすぐだった。
「……別に、かっこよくもないよ」
「いや、かっこいいでしょ。自分で名前入れてないのに、逃げないんでしょ?」
「逃げられないだけだよ」
「でも逃げられない時にちゃんと立ってるの、普通にかっこいいじゃん」
ハリーは返事に困った顔をした。
ロンが横から言った。
「ハリー、褒められてるぞ」
「分かってるけど、呼び方が気になる」
ロメルダは振り返ると、ロンにもにこっと笑った。
「てか、ロンロンの書いたコラム、めっちゃ分かりやすかったんだけど!」
「ロンロン?」
ロンが固まった。今度はハリーが爆笑する番だった。
「ロンだからロンロン。いいでしょ?」
「嫌だ」
「じゃあ、つまりどういうこと君?」
ロメルダはロンのコラム名をいじる。
「もっと嫌だ!」
ロメルダは拒否されても気にしなかった。
机まで来ると、『羽ペン通信』をばん、と置きかけて、マダム・ピンスの視線に気づき、そっと置き直した。そこだけは賢い。
「で、あたしも魔法書研究会入りたいんだけど、入部希望してもいい?」
空気が止まった。
ハーマイオニーが、ものすごく丁寧に赤インクの瓶を閉めた。
丁寧すぎて怖い。
「現在、新規部員の募集は停止しています」
ハーマイオニーはとても丁重に断った。
「えっ、なんで?」
「創刊号を出したばかりで、編集体制が整っていません。いきなり人を増やすと混乱します」
「もう既に混乱してない? ほら、マクミ君の推理コラムとか、内容が大混乱してたじゃん」
「マクミ?」
「アーニー・マクミランだからマクミ君」
「略し方が雑では?」
「覚えやすいからよくない?」
ロメルダは、全然悪びれなかった。
「それで、あなたは何を担当したいの?」
パドマが聞いた。
もう取材する顔になっている。パドマは、面白そうな人を見るとすぐ記者の目になる。
ロメルダは胸を張った。
「恋愛コラム!」
「却下」
ハーマイオニーが即答した。
「早っ!」
「根拠のない恋愛ゴシップは載せられません」
「根拠集めればいいじゃん」
「覗き見は禁止」
「じゃあ目撃情報」
「出典が必要よ」
「本人が否定しなかった場合は?」
全員がハーマイオニーを見た。
ハーマイオニーは、創刊号の一面を指で叩いた。
「否定しなかった、は肯定ではありません」
「知ってる。だから面白いんじゃん」
「面白がるものではありません」
「でも、恋愛コラムはぜったい読まれるよ?」
ハーマイオニーが黙った。
ロルフさんの手紙の一文が、全員の頭をよぎった。
『読まれない正しさは、誰も守れません』
ロメルダは、その沈黙を見逃さなかった。
「てかさ、羽ペン通信、正しいし、赤入れも気持ちいいし、ハーみょんの検証もすごいんだけど」
「ハーみょん?」
ハーマイオニーの声が低くなった。
「ハーマイオニーだからハーみょん。かわいくない?」
「かわいくありません」
「えー、赤ペン女王の方がいい?」
「もっと嫌です」
ロンが笑いをこらえていた。
ハーマイオニーが睨んだので、すぐに真顔になった。遅い。
ロメルダは続けた。
「でもさ、ちょっと真面目すぎ。ずっと注釈と検証だけだと、読む方も疲れるじゃん。甘いものもいるって。食堂だってメインだけじゃなくてデザートあるでしょ?」
「恋愛コラムをデザート扱いするのはどうなんだ」
ロンが言った。
「でもデザート大事でしょ?」
「大事」
「ロン!」
「いや、デザートは大事だろ」
ロンは一瞬で説得されていた。
チョロい。食べ物に弱すぎる。
「とにかく」
ハーマイオニーは姿勢を正した。
「魔法書研究会は本を読む会です。羽ペン通信も、魔法書研究会編集部として出しています。恋愛コラムを書きたいだけなら、入部は認められません」
「本なら読むよ」
ロメルダはあっさり言った。
全員が、少し意外そうな顔をした。
「恋愛小説だけど」
ハーマイオニーが、また黙った。
ロメルダは勝手に椅子を引いて座った。
「あたしが好きなのはね、『薔薇色の惚れ薬は二度効く』。知ってる?」
「知らないわ」
ハーマイオニーが警戒した声で言った。
「タイトルがすでに危ない。惚れ薬なんて、危険すぎる」
ドラコが言った。
ロメルダはぱっとそちらを見た。
「ドラコっち、彼女に危ないから短いスカートを履くなとかいうタイプっしょ」
「ドラコっち?」
「嫌ならフォイ君?」
「悪化した」
ロンが机に突っ伏した。笑いすぎで肩が震えている。
「フォイ君はないだろ……」
「ロンロンに言われたくない。それに、僕は別に短いスカートを履くななんて言わないぞ」
ドラコは心底嫌そうな顔をした。
「えー、マルフォイのお坊ちゃまの考える短いスカートってどのくらい? これくらい?」
ロメルダは自分の制服のスカートの丈を少し上に持ち上げて首を傾げる。ドラコは顔をしかめた。
「編集部から追放しろ」
「まだ入ってないわ」
ハーマイオニーが冷静に言った。
ロメルダは、そんなやり取りを全部流して、本の話に戻った。
「そうそう、『薔薇色の惚れ薬は二度効く』、めっちゃおすすめだよ! 惚れ薬で恋を叶えようって話じゃないんだよ。むしろ逆。薬で作った恋なんて恋じゃないって話」
ロメルダは、そこで少しだけ声を落とした。
「主人公のリリアって子はね、純血家の女の子で、舞踏会で人気者の男の子が好きなの。でも全然話しかけられない。自信もない。だから、薔薇色の惚れ薬を作っちゃうってわけ」
「そんなノリで惚れ薬を作るな」
ドラコが言った。
「フォイ君、恋愛小説につっこんだら負けだよ」
「その呼び方をやめろ」
「でもリリアも結局、惚れ薬使わないんだよ。怖くなって。好きになってほしいけど、薬で好きになられたら、それって本当の恋じゃないじゃん? 自分の願望が動いてるだけじゃん?」
わたしは顔を上げた。
「それ、面白そう」
「でしょ、ブクマちゃんは分かってくれると思った!」
「ブクマちゃん?」
「ブックマニアのブクマちゃん」
本好きなことをあだ名にされたのは素直に嬉しい。でも前世の知識がちらついて別のものを思い浮かべてしまう。
ロメルダは気にせず続けた。
「で、事故でリリア自身がその惚れ薬を飲んじゃうの。飲むと、好きな相手が全部薔薇色に見えるんだよね。目が合っただけで『あたしのこと見てる!』ってなるし、ハンカチ拾ってくれただけで『運命!』ってなるし、他の子と踊ってても『あたしを嫉妬させたいんだ!』ってなる」
「だいぶ重症だな」
ロンが言った。
「でも、ちょっと分かるのが嫌なんだよね」
ロメルダは真顔で言った。
「恋してる時って、相手の一言を勝手に深読みしちゃうじゃん。挨拶されただけで今日いけるかもって思うし、そっけなくされたら嫌われたかもってなるし。そこがまず痛い。痛いけど読んじゃう」
ハーマイオニーが少しだけ黙った。
反論しようとして、できなかった顔だ。
「でもこの本のいいところは、二度目の効き目なの」
「二度効くって、そういうこと?」
わたしが聞くと、ロメルダはうなずいた。
「そう。一回目は、相手が薔薇色に見える。二回目は、自分が相手に押しつけてた理想が見えるの。つまり、リリアは気づくわけ。自分はその男の子本人を好きだったんじゃなくて、“その人に選ばれる自分”が好きだったんだって」
図書室が少し静かになった。
「それ、かなりよくできた話ね」
ハーマイオニーが認めた。
「でしょ?」
ロメルダは勝ち誇った。
「しかもさ、幼なじみのパトリックって子がいるんだけど、この子がまたいいの。魔法薬オタクで地味なんだけど、惚れ薬をめちゃくちゃ嫌ってる。リリアにこう言うの」
ロメルダは少し芝居がかった声で言った。
「『薬で得た愛は本物の愛じゃない』って」
わたしは思わず身を乗り出した。
「いい台詞」
「いいでしょ!? で、リリアが泣いて逃げたあとも、パトリックは告白しないの。好きなのに。弱ってる相手に自分の気持ちを押しつけたら、自分も惚れ薬と同じことをしてるって言うの」
「……かなり良いわね」
ハーマイオニーがついに言った。
ロメルダは、待ってましたと言わんばかりに笑った。
「でしょ、ハーみょん!」
「呼び方は許してないわ」
「最後にリリアは、好きだった相手に謝るの。『あなたを見ていたつもりで、自分の物語の相手役にしていただけだった』って」
その一文で、パドマが顔を上げた。
「それ、リータ・スキーターの記事と同じね」
「そう!」
ロメルダは机を軽く叩きかけて、マダム・ピンスの視線に気づき、そっと手を引っ込めた。
「リータの記事って、勝手に人を物語に置くじゃん。ハリポは悲劇の英雄、フェル先は黒い野心家、みたいに。本人がどう思ってるかより、読者が読みたい役を押しつけてる」
ハリーが少しだけ目を伏せた。
「……分かる」
「でしょ?」
ロメルダは今度はハリーを見た。
「だから、あたしの恋愛コラムは、勝手に決めつけるのはしない。ときめきは書く。でも、相手の意思は勝手に書かない。友人は友人。恋人かどうかは、ちゃんと検討する」
ロメルダは得意そうに笑って、さらに続けた。
「あと、『月下の舞踏会で三回断る方法』も好き。恋愛ものなんだけど、社交界で嫌な相手に角を立てずに断る台詞がいっぱい出てくるの」
「それは使えるかもしれないな」
フェルディナンド先輩がぼそっと言った。
全員が見た。
フェルディナンド先輩は、何事もなかったように新聞へ視線を落とした。
「今、実感こもってた」
ロンが言った。
「気のせいだ」
「フェル先、縁談とか多そうだもんね」
ロメルダが言った。
空気が凍った。
フェルディナンド先輩は、静かにロメルダを見た。
「その呼び方は?」
「フェルディナンド先輩だからフェル先。怖いから、ちゃんと先輩つけた」
「怖い自覚はあるんだ」
ハリーがつぶやいた。
「あるよ。命は大事だし」
ロメルダは胸を張った。
そこは分かっているらしい。なぜさっき縁談の話に踏み込んだのかは分からない。
わたしは、完全に興味を持った。
「さっきの本、図書室にある?」
「ないと思う。でもあたし持ってるよ。貸そうか?」
「読みたい」
「ローゼマイン!」
ドラコとハーマイオニーの声が重なった。
「恋愛小説だよ? 危険度低いよ?」
「借りる相手が不安すぎる。そうやって危険そうな本に近づくな」
ロメルダは楽しそうに笑った。
「あはは、フォイ君、妹の本に厳しすぎじゃん」
「何度も言ってるが、その呼び方をやめろ」
ロンはもう耐えきれずに大笑いしていた。
ハーマイオニーが「話が進まないわ」と額を押さえる。
でも、わたしはロメルダを見ていた。
この人は、恋愛コラムを書きたいだけのただのミーハーな女子生徒ではないのかもしれない。
恋愛小説を、ちゃんと読んでいる。
誰と誰がくっつくかだけじゃなくて、気持ちの扱い方、言葉の誤解、相手の意思、そういうものを読んでいる。
恋愛小説は、感情の資料だ。
記事を書く時にも、たぶん役に立つ。
「入れてもいいと思う」
わたしが言うと、全員がこちらを見た。
ハーマイオニーが驚いた顔をした。
「マイン、あなた本気?」
「うん。ロメルダは本を読んでる。好きな本の話ができる人は、魔法書研究会に入ってもいいと思う!」
「恋愛小説でも?」
「本に上下はないよ」
わたしは真面目に言った。
ロメルダは嬉しそうに笑った。
「分かってるじゃん、ブクマちゃん」
ハーマイオニーはまだ渋い顔をしていたけど、パドマはもう決めかけていた。
「試用期間つきなら」
「パドマ!」
「読まれない正しさは、誰も守れない」
パドマはロルフさんの言葉を使った。
強い。便利すぎる。
この言葉、たぶん今後も何度も使われる。
「ただし」
ハーマイオニーが厳しい声で言った。
「恋愛コラムにはルールが必要です」
「はいはい、出典ね」
「出典。本人確認。断定禁止。相手が嫌がることを紙面にしない」
「多くない?」
「多くありません」
ロメルダは肩をすくめた。
「まあ、いいよ。ルールある方が逆に燃えるし」
「燃えないで」
ハーマイオニーが即座に言った。
パドマが羽ペンを取る。
「コーナー名は?」
「恋愛コラム!」
「それは仮名」
「えー」
わたしは少し考えた。
「恋の脚注、は?」
ハーマイオニーが瞬きをした。
「脚注なら、根拠を書く欄になるわね」
パドマが頷いた。
「短いし、紙面にも載せやすい」
ロメルダは口の中で何度か転がした。
「恋の脚注……悪くない。ちょっと賢そう。あたしに合う」
「最後の判断は保留したい」
ドラコが言った。
「フォイ君、厳しー」
「やめろ」
ロンがまた笑った。
「いいじゃん。恋の脚注」
ロメルダはぱっと笑って、羽ペンを構えた。
「じゃあ決まりね。第2号から新連載、『恋の脚注』。担当、ロメルダ・ベイン!」
「まだ正式に入部を認めたわけでは──」
ハーマイオニーが言いかけたところで、パドマが静かに言った。
「試用期間つきで、編集協力」
「ほぼ入部じゃん!」
「まだです」
「じゃあ、仮入部ってことで!」
ロメルダは勝手に決めた。
マダム・ピンスが遠くから鋭い視線を送ってきた。
全員が背筋を伸ばした。
こうして、羽ペン通信にさっそく新しいコラムが増えることになった。
そして次号。
ロメルダが書いた第一回は、これだった。
トム様とフラ様、“大切な友人”ってマジでそれだけ?
判定:恋人とは断定不可。ただの友人で片付けるには余白多すぎ。かなり要観察。
ハーマイオニーの赤インクで「かなり」は消された。
ロメルダの手で、また書き足された。
女子生徒が友達と話すようなライトな文体で『羽ペン通信』の中でも異質なコラムになった。
その号から、女子人気が爆発的に増え、『羽ペン通信』は校内誌として認知度を高めることになった。
魔法書研究会、いい人材がたくさん集まってますが、ギャルが足りないな……
ということでロメルダ・ベインにはアンチ惚れ薬派として恋愛コラムを書いてもらうことにしました