羅生門。それは忍界最硬とも謳われる、強力無比な防御力を誇る正に最強の盾だ。
古くは五大隠れ里の成立以前に遡り、戦国時代においては数多の優秀な忍びが極めて信頼のおける防御術として、好んで用いた。特に、木ノ葉隠れの祖である千住柱間が得意の木遁とは別に手札の一つとして扱うようになってからは、格段にその需要と知名度は向上したのだった。
さて、そんな羅生門だが、現代においてはもっぱら口寄せの術によって呼び出されるのが殆どだ。元より、戦国時代の様に大規模な攻城戦が行われなくなって久しく、築城時の選択肢からは外されるようになったのと大凡時を同じくしている。但し、それで羅生門の需要が落ち込むのかと言われれば、
「みぎゃあああああああああ!?!?!?」
年若い羅生門職人が絶叫するくらいには、そんな事もないのだった。
羅生門。忍界最硬の盾を生み出す羅生門職人の朝は早い。何せ忍者の活動は二十四時間三百六十五日年中無休で、羅生門の出前もひっきりなしだからだ。
第二次忍界大戦の傷も徐々に薄れ始めた昨今ではあるが、いつの世も平和を謳歌する人々の影でコソコソと悪い事を企む奴はいるものだ。“平和とは次の戦争までの準備期間である”などという風刺があるが、それは恐らく十全に正しい皮肉なのだろう。
「おい! 三八百十番と十一万四千五百十四番が口寄せされたぞ!」
「ちくしょう、いきなり二重口寄せかよ!? 羅生門に頼りすぎだろ!? チャクラが有り余ってるからって、体術の修行さぼってんじゃねぇだろうな!?」
「愚痴はいいから手を動かせ!! このタイミングで品質トラブルなんて起こしたら、今夜は徹夜コースだぞ!!!」
早朝から鳴り響く職人達の怒号。彼らは契約を終えた羅生門を万全の体制で客先へと送り出す、最終検査の担当者達だ。普段は完成した羅生門の確認作業に従事しているのだが、一度戦闘が始まれば束の間の攻防のたびに呼び出されるのもあり、その搬出頻度は多忙を通り越して最早殺人級まである。
「おい
「へ、へいっ親方!」
「師匠と呼べクソガキ!!」
「へい師匠!!」
そんなてんやわんやの早朝から、羅生門の防御の要である門扉の鍛造に精を出していた少年・
「あっ! あの
「くそ! せっかく週末のために作りためたのに! 門使い荒すぎだろうが!?」
「すんません! どれ見ればいいですか!?」
そんな絶望的な状況に猫の手も借りたい有様だった大人達は飛び込んできた
「へ、へええい!!」
とはいえ、悲しいことにここでは一番年少の身。年上の職人の言葉にはノーと言えない悲しき立場。悲鳴に似た返事を返しながら、アクタは手近にあった門の一つに涙目で取り付いたのだった。
◆
そんな日常を熟していたある日の事。珍しく仕事が一段落したアクタはこの羅生門の里の里長である老人の家に呼び出されていた。
「迅川です。大師匠」
「おう、来たか小僧。そこに座れ」
建て付けの悪い襖を開いた先では、赤ら顔の老人が瓢箪を傾けていた。その老人の手招きに頷いてアクタが入室すると、腰を下ろすかどうかのタイミングで、老人が徐ろに口を開いた。
「お前、今年で何歳だ?」
「六ですけど」
羅生門の里長から、珍しくごく一般的な世間話の様な問を投げ掛けられた事に虚を突かれながら、アクタは素直に答える。対する里長の方は元より知っていたはずのその答えに「だな。うん」と何かを吟味するように頷いたのだった。
「あの、大師匠?」
「アクタ、てめぇ明日から木の葉の隠れ里にあるアカデミーに行け」
「はぁ????」
ついにボケたのかと不安になるアクタに向けられたのは、その疑問符を肯定しかねない一言だった。
「あの、それは一体……」
「忍界が大分きな臭くなってやがるのよ」
訝るアクタに、里長たる老人はフンッと苛立たしげに鼻を鳴らした。
「お陰で羅生門の需要はひっきりなしなのは良いことだが……五大隠れ里の奴ら、とうとうこっちに人質まで要求してきやがった」
「それは……」
里長の説明に、アクタは絶句する。このクソ忙しい時期に、しかもお前らのせいでという状況で、人手まで奪おうとするのかと。
「大方、羅生門そのものを自里に取り込んで、他里の奴らが使えねぇようにしてやろうって腹なんだろうが、俺たちはあくまで職人だ。出来たものをどう使おうが客の自由だが、どう作るかどう売るかまで他所様に指図される筋合いはねぇ」
「じゃあ」
「が、だからといって、真っ向から反駁してちゃ、それこそ里が滅ぼされちまう」
一瞬抱いたアクタの希望を、里長は無慈悲に磨り潰す。
「既に他里に送る面子は決まっていてな。後は木の葉だけだったのよ」
「他里もですか……」
「ま、半人前のガキ一人引っ張っても、出来ることはたかが知れてるからな。煮ようが焼こうがそちらの勝手だが、そうしたところで得られるもんはたかが知れてるぞとは言ってある」
そう言って、赤ら顔の里長は瓢箪の先に口をつけた。
「取り敢えず期間は三年ほどみてぇだが、飛び級できりゃ早めに戻って来ることもできらぁ。そうなりゃ無駄に人手を取られる期間も少なくなるし、俺達が踏ん張らにゃならん期間も減るってもんよ」
そう言って、里長は話は終わりだとでも言うようにシッシッと手を払う。そんな里長に一礼して立ち上がったアクタは、ふと思い出したように立ち止まる。
「そういえば、出発はいつになるんですか?」
「ああ、そりゃ明日だ」
「ちょっ!? 急すぎ「十枚消えだぞおおおおおお!! 急げてめぇらああああああ!!!」
「……」
「……」
その瞬間飛び込んできた怒号に、アクタと里長の視線がかち合う。
「ガンバ☆」
「仕舞いにゃストライキすんぞクソジジィィィィィィ!!」
悍ましいウィンクをする里長に吐き捨てながら、アクタは現場へと急いだのだった。
◆
(そろそろか……)
木の葉の中忍で、アカデミーの教師でもあるうみのイルカは約束の時間を前に、やや忙しなく時計の方に二度三度と視線を向けた。
(しかし、羅生門の里からの留学とはなあ……)
第一次忍界大戦よりも前から忍界、特に豊富なチャクラを誇る上位の実力者同士の決戦に時において、緊急の防御札として敵の必殺の一撃から逃れるために用いられる羅生門はある意味で最も重要な戦略物資だ。
第一次、第二次忍界大戦を経てもその重要性は変わることがなく、むしろその価値は二度の大戦によって不動のものとなったとすら言えるだろう。
そんな羅生門の里に関して、近年きな臭い噂が忍界で囁かれるようになっていた。それこそが、他里で行われるようになった羅生門の里の子息達の留学受け入れで、これは後々の羅生門の里の取り込みに向けた一種の先鞭だろうと木の葉の上層部は見ている。
緊急時の命綱となる羅生門の取り込みは貴重な上忍の温存と安全確保に直結するため、軍事的恩恵は計り知れないだろう。
木の葉でも少なからず方針が割れたが、結局のところ他里に遅れを取る事だけはあってはならないとの判断になり、希望する留学生の受け入れという名の人質要求へと繋がったのだった。
イルカとしてはただの子供を平然と人質に取るような行為に少なからず忸怩たるものを覚えていたが、里の事情も分からないではない。結果、せめてアカデミー在籍時を平穏無事に過ごしてもらいたいとの思いから、羅生門の里よりやってくる子弟の送迎に手を挙げるという行動に繋がったのだった。と、
(お、あれか?)
そんな経緯で里の入り口に立っていたイルカの視線の先に、一点見慣れない影が映った。里の人間や行商とも違う大荷物の人影は、明らかに木の葉への長期在留を思わせるものだった。
(迅川アクタ。今年で六歳の羅生門鍛冶見習いらしいが……???)
事前に確認した留学生のプロフィールを思い浮かべていたイルカだったが、次第に大きくハッキリとしてきたその姿に、徐々に脳内を疑問符が埋め尽くしていく。
背中に背負った大荷物は良い。これから三年近くを木の葉で過ごすのだから、それくらいは必要だろう。やや草臥れた佇まいもまだいい。比較的木の葉からは近いとはいえ、羅生門の里からの移動はそれなりに長旅だ。その歩みがふらふらと少々覚束ないのも同じ理由で致し方ないだろう。が、その腫れぼったい目元と明らかに生気の抜けた表情は一体どういうことだろうか???
視界の先に捉えてから随分と時間を取り、ヨタヨタと目の前にたどり着いた少年を前に、イルカは掛ける言葉を失った。
「ア、ドウモ……」
先に口を開いたのは生気のない少年の方で、今にも消え入りそうな声と共にゆらりと子供にしては節くれ立った手を挙げた。
「あ、ああ。き、きみが迅川アクタ……くんでいいのかな? 俺はうみのイルカ。今日から三年間よろしく頼む」
「ハイ、ドウゾヨロシクオネガイシマス……」
「た、旅の最中に何かあったのかい?」
ふらふらと酒毒に犯されたかのように震えながらも゙一礼したアクタに、イルカは頭を下げ返しつつも思わず問い掛けずにはいられなかった。
「ア、ソウイウンジャアリマセン」
「そ、そうなのか」
だが、やや焦り気味のイルカの問いに、アクタはふるふると首を横に振る。
「ジツハキノウ、ヨルオソクニラショウモンノタイリョウクチヨセガアリマシテ」
「羅生門の!?」
か細い声ではあったが、その言葉の意味するところにイルカは思わず一忍びとして反応してしまう。
「デ、サトノラショウモンノストックガキレカカッタノデ、アサマデキンキュウデラショウモンノセイゾウヲシテタンデス……」
そんなイルカの表情に気付いているのかいないのか、少年はか細い声のまま事情を正直に説明したのだった。
(羅生門の大量口寄せ……どこかで大規模な戦闘が? いや、しかしそんな話は聞いてはいない……やはり上に報告するべきか?)
現場での癖でつい思考を巡らすイルカだったが、ふとその袖口を弱い力で引っ張られていることに気が付いた。見れば、先の少年がイルカの袖を握って縋るようにこっちを見上げてきている。
「ト、トリアエズナノデスガ……」
「あ、ああ」
「ネサセテクダサイ」
少年の懇願に、イルカは横にふる首を持ち合わせてはいなかった。
◆
―数年後―
「こらー!!! またお前達かナルト! アクタ!!」
「バーカうっせんだってばよ!! お前らさ! お前らさ! こんな卑劣なことできねーだろ!! だが、オレはできる!! オレはスゴイ!!」
「
自慢げな表情でこれ見よがしにペンキの入った缶を振り回す少年の隣で、アカデミー唯一の留学生が血走った目で殺気混じりの悪態をつく。
当初は悪ガキ二人のいたずらに憤慨していた大人達も留学生の怨念には少なからず心当たりがあったのか、上位の忍びほどチラホラと目を逸らしている。
ちなみに、顔岩への落書きは子供らしい他愛のない物とは別に
“チャクラに任せてのべつ幕なしに口寄せすんな!定額制から従量制にすんぞ”
“原価厨乙!文単位で値切りやがって!そんなに原価が大事なら鉄板でも口寄せしとけ!”
“覗きバレて逃げるのに、なんで羅生門口寄せしてんだ!? 金払ってんだからどう使おうが勝手とか職人が一番やる気無くす台詞だからな!?”
“ヤリ逃げよくない!!金払え!!”
などの、やけに具体的な怨念が刻み込まれていた。
「おー、これはまた見事にやられたのお……」
「あっ!? ほ、火影様!?」
そんな二人の少年が巻き起こした大騒ぎに引っ張られたのか突如現れた里長の姿に、教え子二人を怒鳴りつけていたイルカが慌てて姿勢を正すが、里長のヒルゼンはよいよいとでも言うように軽く手を振る。
「ナルトの方はいつものことじゃが、今日はアクタもか……」
「あー、一昨日の夜に急に里帰りをして、今朝帰ってきたばかりでしたから……」
「羅生門の使い方、もう少し見直させるべきかのぉ……」
イルカの言葉に、呟きながら頬を掻くヒルゼン。十分な対価を払っているとはいえ、大分無茶な運用をしている自覚も多少無いではなかった。
流石に他里の子供にあんな顔をさせるのは良心が咎めるし、そもそもこれが原因で羅生門の里との関係が拗れては本末転倒だという認識もあったため、周囲もそれ以上はなにも言わず各々が同意する様に頷く。なお、
「そういえば火影様。火影様が羅生門を覗きの逃走時に口寄せしたというのはって!?」
「あ、逃げた!?」
「火影様!?」
ふと思い出したようなイルカの問いに、一瞬で姿を消す里長。その姿を見た少年の「クソがっ!!!」という悪態が暖かな日差しの下で、やけにはっきりと響き渡ったのだった。