「セシリア、先生が……」
「アリア? どうしたの?」
「……イェン姉、その連絡先……見てもいい?」
「? いいけど……セルシーさんから、貴方には連絡は行ってないの? あの時は、彼女に貴方の連絡先も渡したはずだから……」
イェン姉はアリアにスマホを渡す。
連絡先一覧の画面には、確かに『セシリア』の名前があった。
「……」
アリアは画面を見つめたまま、しばらく動かなかった。
セシリアが、あのセルシーだった事。
そしてそれを、今まで知らされていなかった事。
その事実を噛みしめるように──彼女の表情は複雑なものとなっていた。
「……そっか。あの時の連絡は、セルシー様からだったんだ。でも、どうしてセシリア先生は、この事を今まで黙って……信用されて、なかったの……?」
「……」
アリアはちらりとタクミを見た後、再びスマホに視線を戻す。
「あ、アリアちゃん! 多分やけど、信頼云々の話やないと思うで! セシリア先生だって、考えあっての事かもしれんし!」
「そうそう! セシリアさんだって、アリアの事は大切に想ってるはずだから!」
「……ありがとう、ちなつちゃん、店長さん。……少しだけ、一人にしてもらっていい? 考える時間が欲しいの」
「う、うん……」
アリアはイェン姉にスマホを返した後、振り返らずに喫茶店の階段を下りて行った。
一人だけ状況を飲み込めていなかったイェン姉はおろおろとしだす。
「あ、アリア……どうしたの……?」
「えっと……一つ言えるのは、イェン姉は悪くないって事」
羽はイェン姉にセシリアの事を伝える。
どうやら羽も、セシリアの正体は既に知っていたらしい。
「……それじゃあ私、言ってはいけない事を……」
「大丈夫だよ、イェン姉。むしろ良い機会だと思うな。あの二人には、ゆっくり話し合う時間が必要だから」
「羽がそう言うなら……でもアリア、大丈夫かしら」
「心配しないで。三人で約束したもん、皆で揃ってステージに立つって! だからイェン姉には、黄金の日のライブを楽しみにしておいて欲しいな!」
「……それなら、任せるわ。アリアの事、お願いね」
イェン姉は別れの挨拶をした後、その場を後にした。
彼女を見送った羽の視線は、そのままタクミへと向けられる。
「それで、タクミくん。キミもこの事については知ってたって感じだね?」
「……まあ、そうだな」
「! タクミ、知ってたの? セシリアさんがセルシーだって事」
「一昨日の夜、成り行きでアストラさんに教えて貰ったんだ。そんで、セシリアさんから内緒にして欲しいって頼まれた。自分の口から打ち明けたいからって」
「あははっ、ボクもだいぶ前に同じ事言われて、口止めされたな~」
「な……羽も知ってたん!?」
「ボクは前々から怪しいって思ったから、こっそりセシリア先生を問い詰めたんだよね。でもまさか、このタイミングでバレちゃうなんてね~」
今日『404』に戻った時、間違いなくアリアはセシリアにこの事を聞くだろう。
最早第三者であるタクミたちに介入する余地はない。
穏便に話し合いが終わり、和解する事を願うしかない。
「それで羽、404にはもう戻るの?」
「うん? まだだよ。まだチケット配り終えてないし……アリアちゃんも考える時間が必要だろうから。リバーブ・アリーナにでも行く?」
「そうだね。タクミ、アリアを呼んでもらっていい? 車で行くから」
「分かった」
ルミナスクエアの地下駐車場。
いつも通り助手席に乗ろうとしたタクミだが──
「タクミくん」
「?」
アリアに袖を掴まれ、呼び止められる。
「えっと……助手席じゃなくて、隣に座ってもらっても……いい?」
「……? アリアの隣にか? なんでだ?」
「そ、それは……」
「タ~ク~ミ~くん? それを聞くのは野暮ってもんだよん。それじゃ、ボクが助手席に座るね!」
「えっ……あ、ああ」
社用車は四人乗りだが、後部座席に三人座ることでギリギリ五人が乗れるようになる。
もちろん定員超過で道路交通法違反だが、バレなければなんちゃらである。
タクミは後部座席の左側、千夏が右側に座る。
そしてアリアは真ん中に座る事になった。
「…………」
リバーブ・アリーナへ向かう途中。
アリアは俯いたまま、タクミの服の袖をつかんで離さなかった。
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そしてリバーブ・アリーナへ到着。
トンネルを改造して作られた娯楽施設。
タクミもここへはちょくちょく訪れることがある。
そして入り口付近に、見慣れた顔があった。
シーザーとバーニスである。
「あっ、リンちゃ~ん! たっく~ん!」
「おお、バーニス──」
「新作フレーバーニトロフューエル味見アターック!!」
「ぐおおおおおお」
「た、タクミーーーーっ!!」
出会い頭にいきなりニトロフューエル缶の飲み口を口に突っ込まれる。
バーニスのニトロフューエル布教が、日に日に容赦がなくなってきている。
「これね、澄輝坪に売ってある糖水を参考に作ってみたんだ! どうかな、どうかな!?」
「おごごごごご」
「二人とも奇遇だな、ここで会うなんてよ。そっちの可愛い子は知り合いか?」
「うん。妄想エンジェルっていうアイドルグループでね。左から千夏、羽、アリア!」
「へえ~アイドルか!」
「いやいや店長さん、なに日常の風景みたいな感じでスルーしとんねん! タクミがニトロフューエルに溺れ死にそうになっとる!」
「ちなっちゃん。ニトロフューエルで溺れ死ぬって言葉、新譜の歌詞にする?」
「するかぁ! どんなバイオレンスな曲やねんそれは!!」
ようやく解放されたタクミ。
シーザーに背中をさすられながら、二人にここに来たわけを説明した。
「なるほどな。ライブのチケットを売る為に来た、と」
「それなら、ピッタリの場所に来たね! ここにいる人はドリンクだろうと音楽だろうと、すぐにテンションにぼっ! 火が付く人ばっかりだから!」
「千夏って言ったな。どうやってチケットを売るつもりなんだ?」
「え、えーとまずは……サイトとか見て貰って、それで『ええやん』って言う人がおったら、ライブの説明をする、みたいな……」
千夏の話を聞き、シーザーとバーニスは顔を見合わせる。
タクミはまだグロッキー状態である。
「悪かねえんだろうけど、少なくともここの連中にゃ効果は薄いかもな。なんせ五秒だってじっとしていられねえ奴らばっかりだからな!」
「うんうん! ニトロフューエルを飲んでる時に、ちっちゃいスマホの画面なんて見てられないし!」
「うーん、それは確かに。お姉さんたちは、何かいい方法はある?」
「あるよ! 皆が興味を持つ、超良い方法が!」
「ここで一曲、歌っちゃえばいいんだよ!」
「へ!?」
バーニスの提案に、千夏は分かりやすく動揺する。
「あ、確かにそれいいかも。ライブ前のリハだと思えば!」
「ま、待ってや羽! ぶっつけ本番で歌うんか!?」
「良い練習にはなるんじゃねえか? そのライブっての、いつやるんだ?」
「ゲホッ……お、黄金の日……」
「黄金の日! 目と鼻の先じゃねえか! 猶更やっといた方がいいと思うぜ!」
シーザーとバーニスが後押しをするが、千夏は決断に踏み切れずにいる。
「せやかて、ここにいる人、みんな知らん人やし……」
「むしろ……その方が、いいだろ? 仮にミスっても、ここはリバーブ・アリーナだ。その人とまた会う事はない。チケットが売れて、本番でまた会うかもしれねーけど、それはつまり千夏の歌に可能性を感じたって事だ」
「……それは、そうかもしれんけど──ちょ待てや、そもそもなんでうちがソロで歌う前提やねん」
「…………」
「…………」
「……なんで皆して、うちを見るん? ……え?」
「まさかの、ちなっちゃんソロ……?」
ちなっちゃんソロだった。