ちなっちゃんソロ。
それを聞いた千夏は拒絶反応を起こすが如く、首をブンブンと横に振った。
「うちが、一人でっ!? 三人でならともかく、一人で!? む、むむむ無理やそんなん!」
「無理じゃねーよ、千夏! お前なら出来る! オレ様が保証するぜ!」
「で、でも……!」
「大丈夫だよ、ちなつちゃん!」
アリアが千夏の両手を優しく握る。
「私はむしろ、一人の方が簡単だと思うな。私や羽ちゃんがいないから、タイミングを考える必要もないでしょ? 複雑なダンスだってないし、歌だけに集中すればいいの!」
「アリアちゃん……」
「ちなつちゃんの魅力がストレートに伝わる、いい機会だよ! 今後のライブにも、きっと活かせると思う!」
「……っ」
アリアの言う事は理にかなっている。
それが分かっているだけに、千夏は葛藤する。
「う……うち……」
「ステージの台はこれでいいか?」
「おお! 良いんじゃねえか?」
「なんでもう準備しとんねん!」
いつの間にかいなくなったと思ったら、横長の小さいステージを用意していたタクミ。
迷っていた千夏だが、ようやく覚悟を決める。
「……あーもう! そこまで言うんなら、や……やったるわ!」
「お~! 千夏ちゃんの勇気に乾杯っ!」
「それじゃあ早速スタンバイね、ちなっちゃん!」
心の準備を、という訳にもいかず。
緊張をほぐす怒涛の全身マッサージ。
そしてメガホンマイクを手に持ち、流れるようにステージの上に立った千夏。
「ハローみんな、注目~! 妄想エンジェル作曲家サマの、ゲリラライブだよ~!」
(羽~! ハードル上げんな~っ!)
千夏は心の中で叫ぶが、届く訳もなく。
羽の呼びかけにより、リバーブ・アリーナにいた人全員の視線が千夏へと集まった。
「……っ!」
体温が上昇していくのを自分で感じながらも……千夏は勇気を出し、声を出した。
『──僕に、歌を書かせて』
小さな歌声が、リバーブ・アリーナ中に響き渡る。
『思い出のメロディー、気付いて』
『譜面に隠した、トキメキ』
それは、セルシーやアストラが歌うようなものではないのかもしれない。
『ふたりきり熱くなる、気になって溢れ出す』
『ほら、愛の歌』
「……!!」
だがそれでも、彼女が目を瞑りながらも歌うその歌は、聴く者の心を掴んだ事だろう。
「……お、おおきに」
千夏がそう言った直後、歓声が沸き上がった。
こうして、突拍子に行われた一分にも満たない小規模のライブ(リハ)は、無事成功したのだった。
「千夏~! 最高だったよ!」
「全くだ! だから言っただろ? お前なら出来るって!」
「うう……」
歌のお披露目が終わった後も、千夏からは緊張が抜けきっていなかった。
「これは黄金の日も、俄然楽しみになって来たかも! ねえねえ羽ちゃん、チケットってまだ売り切れてない?」
「おっ、二人も買ってくれるの?」
「おう、もちろん! 三人ならきっと最高のライブにできるぜ。楽しみにしてっからな!」
無事にチケットが二枚、シーザーとバーニスへ行き渡った。
「これで二人も、モーソー族の仲間入りかな?」
「うん? モーソー族ってなんだ?」
「妄想エンジェルのファンの総称だな」
「ファン……か。タクミ、お前もそうなのか?」
「ああ。まだ日は浅いけどな」
「……へ、へえ~……い、意外だな。お前ってそういうのも、興味あんだな。へえ~」
「?」
この後はシーザーとバーニスの力も借り、リバーブ・アリーナでのチケット販売は想定以上の枚数を売る事が出来た。
アリアとタクミが担当していた分のチケットは、無事完売。
「リバーブ・アリーナにいた人のほとんどが、チケットを買ってくれてるみたいだな」
「うん……! ちなつちゃんのゲリラライブが功を奏したんだね! 当日は、きっと最高のライブになるよ!」
ルミナスクエアにいた時と比べると、アリアの調子はマシになってきたようだ。
黄金の日は目前。
「……ねえ、タクミくん。セシリア先生……セルシー様の事なんだけど。もしかして、タクミくんは……知ってた?」
「……ああ」
「そっか……セシリア先生は、何て言ってたの?」
「……自分から打ち明けたいから、言わないで欲しいって」
「……」
セシリアはアリアを信用していない訳ではない。
それは彼女自身も分かっている。
「……私ね。ここに来るまでに、ずっと考えてたの。まだ、論理コアのもやもやが抜けないんだ……黄金の日も近いのに」
いっそ『仲間』の事も、『セシリア先生』の事も、黄金の日だけは何も気にしないようにすればいい。
そうすれば、千夏や羽に余計な気を遣わせることもないと。
その考えも、頭に浮かんだ。
「でもやっぱり、盤岳さんの言う通り、それをそのままにしてたら……きっとちなつちゃんと羽ちゃんに迷惑をかけちゃう。ううん、二人だけじゃない、ライブを観に来てくれる皆にも、迷惑をかける」
「…………」
「……ホントは二人の為に、いっそライブには出ない方がいいんじゃないかって思ったけど……それだとタクミくんは」
「絶対嫌だ」
「そ、そんな食い気味に否定しなくても……」
いちモーソー族として、三人揃っていない妄想エンジェルを、妄想エンジェルとは認めたくはない。
それはきっと千夏も羽も同じ事だろう。
「大丈夫だよ、ライブは辞退なんかしない。だからね、私──明日、セシリア先生と話してみる。黄金の日までに、わだかまりを全部なくしたい」
「アリア……」
「だって私、アイドルだもん。皆にモーソーを届けるなら、最高のコンディションじゃなくっちゃ! ちなつちゃんと羽ちゃんにとっては、迷惑かもしれないけど……」
「迷惑~? ちょっとアリアちゃん、変な捏造しないでくれる?」
「羽の言う通りや! 誰が迷惑やなんて思うねん!」
「! 羽ちゃん、ちなつちゃん……」
チケットを売り終えた羽と千夏、そしてリンが、いつの間にか近くにいた。
「確かに、お客さんに迷惑はかけらんないよね。だからこそ、ボクたちがいるんじゃん?」
「うちらになら、バンバン迷惑かけてもろてもええから! あ……でも、ダンスの振り付けを考える時は、ちょっと容赦してな……」
「ちなっちゃん?」
「し、仕方ないやろ! 羽だって、昔アリアちゃんが考えてた振り付けで息切らしとったやん!」
「踊れるだけマシだよ? ちなっちゃんなんて全然踊れなくて泣いてたよね~あの時?」
「泣いてへんわ!」
「お、落ち着いて二人とも……! あの時はごめんね、泣かせちゃって……」
「泣いてへんわ!!」
千夏の恥ずかしい過去が暴露されたところで、羽はアリアににこりと笑いかける。
「ま、要するに……ボクたちに対しては、雑に頼って、それで迷惑をかけちゃってもいいって事。それにほら、今はそんな『迷惑をかけていい人』が三人も増えたんだからさ!」
「そうそう! 羽や千夏だけじゃなくて、私たちにもじゃんじゃん迷惑をかけていいんだから!」
「わだかまりをなくしたいなら、俺達もできる限りで手助けをする。だから黄金の日は三人で、最高のパフォーマンスを見せて欲しい」
「店長さん……タクミくん……」
アリアは知能構造体。
泣く事こそ出来ないが……それでも暖かいものが心に満ち、涙のように溢れるような感覚がした。
「みんな、ありがとう……」
アリアは涙の代わりに、とびきりの暖かい笑顔を見せた。
『……くっだらないなあ』
タブレットの奥。
『目』は、彼女たちの顛末を嘲笑うかのように見ていた。
そして、見据える。
『計画』の、その行く末を。
『全く……お前の愚かさには呆れるよ、アリア』
黄金の日は、目前に迫っている。