次の日の早朝。
珍しくアキラとリンより先に起きたタクミは、一足先に『404』へと向かった。
今日は妄想エンジェルのリハの日だが、この時間は誰も来ていないだろう。
しかし入り口の階段を降りていき、カウンターまで行くと、見慣れた姿が目に入った。
「……あれ、タクミくん? おはよう……なんか今日、随分早いね?」
「……まあ、アレだ。今日は……なんか、早くに目が覚めたから」
「……もしかして、心配してたの? 私と、セシリア先生の事……」
「……」
「ふふっ……タクミくんって、やっぱり分かりやすいよね。ちなつちゃん以上かも」
「それはさすがに嘘だよな?」
「嘘じゃないよ?」
「……えっ」
大分前に、アンビーから『貴方はビリーより分かりやすい』と言われたことがある。
まさかタクミの知るあらゆる人物よりも、タクミ自身が一番分かりやすいと言うのだろうか。
「……」
とは言え、(悔しいことに)アリアの言った事は正しい。
何せ先ほどみた彼女は、非常に緊張した様子だったのだ。
昨日リバーブ・アリーナで、セシリアと話し合いをすると言っていたアリア。
セルシーの事について、色々と聞くつもりでいるらしい。
もちろんその話し合いに、タクミは介入しない。
アリアは内心、話し合いが無事に終わるか不安なのだ。
(……大丈夫。喧嘩とかするわけじゃないから)
彼女とセシリア、両者とも悪意はない。
故に話し合いは滞りなく進むはずだが……それでも、『何も心配は要らない』訳ではない。
「だってセシリア先生にも、訳があったはず……だもんね。私を信用してない訳じゃ、なかったもんね」
「…………」
「……うん、大丈夫。きっと全部上手くいくはず……!」
「? アリア、何をしているの?」
「!!」
噂をすればなんとやら。
奥の部屋から、セシリアが姿を現した。
「せ、セシリア先生……おはよう……!」
「おはよう、アリア。タクミくんもおはよう」
「おはよう、ございます」
「……っ」
「……? どうしたの、アリア」
いきなり彼女が来た事で、軽くパニックになるアリア。
不思議に思うセシリアを他所に、深く深呼吸をする。
「……セシリア、先生。えっとね。ちょっと、聞きたいことがあるの」
「どうしたの? ヴェスポさんの事なら……彼女はまだ来ていないわよ」
「ううん。違うの……聞きたいのは、先生の事」
「セシリア先生が、セルシー様だって……本当?」
「……え?」
あまりにも単刀直入かつシンプルな質問に、セシリアは却ってそれを理解するのに時間がかかった。
アリアの言葉を理解したセシリアの瞳が揺れる。
「……どこで、それを? ……まさか」
セシリアはアリアの後ろにいるタクミを見る。
慌ててアリアが弁明する。
「あ、違うの先生! タクミくんから聞いたわけじゃなくて……昨日、偶然聞いちゃったの。イェン姉から……前に先生が、私に連絡してた事」
「……そう、だったのね」
「その……怒ってるわけじゃないの! 確かに、びっくりはしたけど……でも、のっぴきならない理由があったんでしょ?」
「…………」
アリアはあくまで『気にしていない』と言った感じで振る舞う。
だがセシリアには、想像できた事だろう。
信じていた人間が、今に至るまで隠し事を続けていた事を知った時……アリアが何を思ったのか。
「……私を許す必要はないわ、アリア」
「え?」
「もっと早く、この事を私の口から打ち明けられていたら……いいえ、それでも許してもらおうなんて、烏滸がましいわ。私は我が身可愛さに、ずっと逃げ続けてきた」
歌う事を恐れ、話す事を恐れた。
そうして臆し続けた結果、アリアの心を傷つけてしまった。
「アリア。貴女は優しいから、私を許そうとするでしょう。……けど、そうする必要なんてない。臆病な私には、相応しい罰だと思うわ」
「……セシリア先生……ううん、セルシー様は、どうして引退したの?」
「……旧都陥落の光景を目にしてから、私は……歌えなくなってしまったの」
世界を癒す歌声を届けようとしても、その声は震え。
暖かい想いを込めたはずの歌詞も、彼女にとっては上っ面だけのものだと思えて仕方がなかった。
「……そんな時、私のマネージャーが貴女の動画を見せたの。私そっくりの声で歌う、貴女の姿を」
アリアをスカウトした後は、彼女の声を『セルシーの歌声』として、いくつかの公演を代わりに録音した。
だが、彼女の才能と歌を自身の影に隠し続ける事を拒否したセルシーは、それ以上活動を続ける事はなかった。
「旧都陥落から引退までの数年間、貴女が私の代わりに届けてくれたあの歌声には、確かに『想い』が宿っていた。そしてそれは、私を立ち直らせてくれた」
「……先生」
「貴女に打ち明けられなかったのは……怖かったの。貴女が憧れた『セルシー』が、本当はトラウマで歌えなくなっていたなんて……それを話した時、失望されてしまうのが」
セルシーは涙も流さず、俯いたまま話し続ける。
泣く資格すらないのだと、自身をそう戒めていた。
「……貴女の声を私の声だと偽った私に、再び歌う資格なんてない。セルシーは……もういないの。貴女の目の前にいるのは、ただの臆病者のセシリアだから」
「…………」
アリアはセシリアの言葉を聞いた後、何も言わずに一歩前に出る。
そして。
彼女の両手を、ぎゅっと握った。
「……アリア?」
「……そんな事、言わないでください」
顔を上げると、ホログラムを解き、知能構造体の姿に変わったアリアの顔が視界に映る。
「アリアが『あの時』目覚めたのは……セルシー様の歌声があったからです。多数を構成する『一単位』に個性を、感情をくれたのは……他でもない、セルシー様です。それは、今でも変わりません」
「……でも、そのセルシーはもう……」
「……確かに、セシリア先生がそう言うのなら……『セルシー様』は、もういないのかもしれません。けどそれとは別に、アリアにはもう一人、感謝すべき人がいます」
「──それは、貴女です。『セシリア先生』」
「!」
セシリアの眼が、大きく見開かれる。
「さっき……『怖いから打ち明けられなかった』って、言いましたよね。けどそれって、『怖くてもアリア達を支え続けた』って言い方も、できますよね?」
「……!」
タクミはアリアの言葉を聞き、納得した。
確かにアリアの言う通り、打ち明けたくないのなら、そもそもアリアと再会しなければ良かったのだ。
それでも再びアリアと会い、『妄想エンジェル』のマネージャーとして彼女たちといる事を選んだ理由。
それは自身を癒してくれた『アリア』の歌声を、新エリー都へ響かせたかったから。
「……アリアの歌声がセシリア先生を癒したって聞いて、凄く嬉しかったです。けど、アリアはそんな貴女からそれ以上のものを、いっぱい、いっぱい貰いました……!」
「……あり、あ……」
「だから、言わせてください。伝えさせてください。今も昔も、『貴女』はアリアにとって……沢山の『ありがとう』を届けたい人だって事を」
「……っ!」
セシリアは震えたまま、アリアにゆっくりと抱き着く。
そしてとうとう堪えきれず、静かに嗚咽を漏らし始めた。
「ごめん……なさい……! ほんとうに、ごめんなさい……アリア……!」
それに対しアリアは何も言わずに、そっとセシリアを抱きしめ返す。
「あなたを信じていながら……! あなたに信じられていながら……! わたしは……っ」
まだ人気のない早朝のライブハウス。
その空間で一つの泣き声が、静かに響いていた。
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五分ほど経った後。
セシリアは泣き止み、その眼は赤く腫れていた。
「……ごめんなさい、みっともない所を見せて」
セシリアは二人を見守っていたタクミを見る。
「……タクミくん。貴方にも、迷惑をかけてしまったわね。私が早く打ち明けられなかったせいで、要らない気を遣わせてしまって……」
「気にしないでください。二人のわだかまりってやつが、ようやく消えて何よりっす」
「……私がいない間、アリアの相談相手になってくれたのね。本当にありがとう」
再び、アリアの方を向く。
「……アリア。もし貴女が、私を許してくれるのなら……一つ、約束させてほしいの」
「!」
「もう二度と、貴女の心を傷つけるような事はしないって。隠し事も、絶対にしないって。約束するわ」
セシリアの言葉に、アリアは笑顔を見せる。
「……ぜ、絶対じゃなくてもいいんですよっ? その、些細な事くらいは別に……でも、分かりました。約束、ですね」
白い小さな小指と、細長い綺麗な小指が結ばれる。
小さなライブハウスで、大きな絆がより強まった瞬間だった。