TSロリエルフの稲作事情   作:タヌキ(福岡県産)

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 明けましておめでとうございます。
 亀のような歩みですが、ゆっくりと更新を続けていく所存ですので評価や感想などよろしくお願いします。





「ダンジョンで稲作をするのは間違っていない」

 

 

 

 

「夢か、これは……」

「頬をつねって差し上げましょうか……?」

 

 ヴェルフとリリが呆然自失とした様子で言葉を交わすのを他所に、彼らの眼の前にはかつて【ロキ・ファミリア】と共に囲んだ営火(キャンプファイア)と酷似した──それでいて、当時のそれとは全く異なる光景が広がっていた。

 

 宴の目印として寄せ集められた魔石灯の光を囲むように座るのは、多種多様な外見を持つ怪物(モンスター)と人間たち。

 

 輪の中心に立ち、慣れた様子で指示を飛ばすリフィーリアに従って、広間の奥に仕舞っていたらしい迷宮(ダンジョン)産の果実やハーブ、果てはどこから調達して来たのか、ぼろぼろの酒樽などが運び出されては彼らの輪の中心に配膳されていく。

 

「……まだ心の片隅で、夢なんじゃないかって思ってる自分がいるよ……」

「夢は夢でも悪夢の類だな、これは……」

 

 徐々に整っていく宴の準備を団員と共に「賓客」として座りながら見守るも、未だに拭い去ることの出来ないモンスターへの本能的な恐怖から、ベルは冷や汗が頬を伝うのを隠しきれなかった。

 とはいえベルの場合、緊張する理由は他にもある。

 

「そこのヒューマン──いえ、ベル・クラネル様」

「はっ、ハイッ!? 何でしょうかッ!?」

 

 それが、先程から宴の準備を進めているエルフの少女──リフィーリアの存在だ。

 何故か一方的に嫌われている(と本人は認識している)レフィーヤによく似た彼女から話しかけられたベルは、いたるところで山吹色のエルフと散々な目に遭い続けてきた経験(トラウマ)からつい身構えてしまう。

 しかし、そんな事情など知る由もないリフィーリアは肩を震わせて怯えるか弱い兎(ベル・クラネル)の姿に怪訝そうな表情を浮かべ──すぐに笑顔の仮面で覆い隠した。

 

「どうぞ遠慮なく召し上がってください。里の備蓄から酒もお出ししましたので、最低限は楽しめるかと。……もっとも、【(リヴィラ)】の遺失物から適当に見繕った安酒ですので、そこはご容赦いただきたいのですが」

「あ、あはは……それじゃあお言葉に甘えて……」

「はい。料理もお持ちしますので、楽しみにしていただければ幸いです」

「は、はい……」

 

 レフィーヤと瓜二つの顔で、しかも自分が見たことのない穏やかな微笑みを向けられたベルは、なんだか見てはいけないものを見てしまったような居た堪れない気持ちになってしまう。

 例えるなら、そう。

 普段は怖い顔をした不良(ヤンキー)が誰もいない教室で恋愛小説にときめいている瞬間を目撃してしまった時のような。

 本人が知ればまた烈火の如く怒り出しそうな例えを持ち出すベルだったが、彼の視点から見たレフィーヤの行いは大体そんな感じなので文句は言えない。

 いったい何があったのやらと内心首を傾げるリフィーリアだが、ひとまず料理を完成させるため、かまどの並ぶ料理場へと向かうのであった。

 

 

 

「レイー! フィアー! 歌ッテー!」

『オオオオオオォ!!』

 

 そんな中、酒と果実を肴に盛り上がるモンスターたちの間で歌をせがむ声が生まれる。

 怪物の歌、ということで興味を引かれたベルが声のした方に視線を向けると、ちょうど指名を受けたらしい歌人鳥(セイレーン)半人半鳥(ハーピィ)が苦笑を浮かべながら舞台代わりの岩の上へと躍り出るところだった。

 ベルの視線に気付いたのか、岩の上から彼らに視線を向けた歌い手たちは、はにかんだ笑みと共に少し仰々しい身振りで一礼してみせると、両手の代わりに生えた翼をそっと胸の前に添えた。

 その動作を合図に、歓声をあげていた観客(オーディエンス)も静まり──数瞬の間をあけて。

 

『──。────!』

「これは……」

「……凄い……!」

 

 魔石灯に照らされて艶めく鍾乳石が神秘的な雰囲気を醸し出す広間(ルーム)の中。

 聞く者全てを魅了する美しく伸びやかな歌声が、息の揃ったデュエットで響き渡った。

 歌い手であるモンスターは、人のように(ことば)を以て歌に意味を込める事をしない。

 しかし抑揚豊かでころころと表情を変える怪物の歌は、言葉という道具(ツール)が生まれる前の、原始的かつ直接的なコミュニケーションという目的を完璧に果たしていた。

 楽器による伴奏もなく、それでも心に直接訴えかける不思議な魅力に溢れた歌を聞き、抱いていた緊張も忘れて聞き入ってしまうベルたち。

 ウィーネを保護してから今まで、怒涛の展開からようやく落ち着きを取り戻し始めた彼らに、満を持して話しかける影があった。

 

「──さて、落ち着けただろうか【ヘスティア・ファミリア】の諸君」

「うわわっ!? あ、えっと……。フェルズさん、でしたっけ?」

「ああ。君達にはそう呼んでもらいたい」

 

 宵闇をそのまま身に纏っているかのような黒衣(ローブ)に、複雑な紋章が刻まれた手袋(グローブ)

 黒衣の中の顔は不自然な影に包まれて見ることは叶わず、中性的なシルエットと相まって一目見ただけでは誰なのか──そもそも人間なのかさえ分からない元賢者(フェルズ)が、ベルの後ろに音もなく控えていたのだ。

 

「彼ら……異端児(ゼノス)の事情や我々との関係は先程説明した通りだ。君達【ヘスティア・ファミリア】を今回の冒険者依頼(クエスト)に指名した理由は──」

「僕が、ウィーネを保護したから……」

「その通り」

 

 同胞たちに囲まれ、少し戸惑っている様子を見せるも彼らとの交流を試みている竜の少女(ウィーネ)を見守りながら、噛み締めるようにそう呟くベル。

 自分と同じ存在だということは本能的に理解しているものの、やはり初対面である怖さはあるのだろう。

 自分の後ろで心配そうに見守っていた春姫の後ろに回り込み、彼女を盾にするような立ち回りを見せたウィーネに思わず笑みを零すベルたちへ、フェルズとはまた違う声がかけられた。

 

「後悔していますか?」

 

 鈴を転がしたような軽やかな声音。

 近くにいるだけで自然と傅いてしまいそうな気品(オーラ)と共に現れたリリア(王族モード)の問いかけに対して、ベルは反射的に否定の言葉を返した。

 

「してません! ……って、きみ……じゃなかった貴女は……」

「リリア・ウィーシェ・シェスカと申します。リリアとお呼びください」

 

 魔導銀(ミスリル)を溶かし込んだような蒼銀の髪に、様々な色が同居した不思議な色を湛えた瞳。

 エルフには──いや、人間にはあまり見ない色彩だが、長髪の流れを割るように伸びた耳が、目の前の幼子が紛れもないエルフである事を示していた。

 リヴェリア以来の王族(ハイエルフ)、しかも本能的な苦手意識を抱いているリフィーリアの主人ということもあり、緊張した様子を見せる庶民(ベル)たちに華麗な王族スマイルを見せるリリアへと、最近彼女の()()()()()に慣れてきたフェルズが問いかける。

 

「リリア。リドへの制裁は終わったのか?」

「はい。崩した場所の残りの代掻きを一通り終わらせた後に埋めてきました」

「う、埋め……うわぁあ!?」

 

 リリアが笑顔で言い放った爆弾発言を理解すると同時に彼女が元いた方向へと振り向いたベルは、彼らが戦いの余波で壊してしまった田んぼの前に()()()いる蜥蜴人(リザードマン)の下半身を見て思わず悲鳴を上げた。

 ウィーネ以外の異端児(ゼノス)とはまだ表情も読めない付き合いの短さだが間違いない、あの目立つ赤緋の鱗はリドのものだ。

 

「リドさぁん!?」

「君にしては随分と手心を加えたな」

「田植え前なので、情状酌量の余地ありということで」

「情状酌量してアレなんですかっ!??」

 

 黒い塵となってはいないため、まだ生きているのだろうが、それにしたってやり過ぎなのではないだろうか。

 ピクピクと痙攣する赤緋の下半身を見てドン引きしていたベルは、段々と米狂いに毒されているフェルズと米狂い本人(リリア)の会話を聞いて、とある恐ろしい可能性を思いてしまった。

 ──うん? 

 ──()()()()()()()? 

 瞬間、氷柱を挿し込まれたかの如き悪寒がベルを襲う。

 本能が聞くなと叫ぶ中、愚かにも怖いもの見たさに駆られたベルはリリアへと問いかけた。

 

「……ち、ちなみになんですけど。本当に聞くだけなんですけど。……その、田植えが終わった後に今回のような被害を齎してしまった場合は……?」

 

 思い返す。

 リドとの戦いでヴェルフの作った魔剣やら、己の魔法(ファイアボルト)やらを撃ち込んで見るも無惨な姿になっていた田んぼの姿。

 リリアが異端児の里に到着した時点で既にある程度の修復が済んでいたため、彼女が直接目にした被害は当初よりも少なくなっていたのだが──田植え前であろうと、もしあの被害を見られていたら? 

 内心で滝のような冷や汗を流すベルに対し、リリアの返答はというと。

 

「……ふふ」

 

 つまらない冗談を耳にしたような愛想笑いだけだった。

 

「すごく怖いっ!! せめてなにか言ってくださいっ!?」

 

 ()られる。

 今は異端児の賓客という立場だからこそ見逃されているが、そうでなかった場合、リドの隣にベルの下半身も並んでいたに違いない。

 いや、ベルどころか【ヘスティア・ファミリア】全員が仲良く埋められていた可能性すらある。

 なんならその可能性の方が高い。

 スケープゴートとなったリドに悪いとは思うものの、尊い犠牲として感謝することに決めたベル。

 虚空に浮かびサムズアップするリドの空想(イメージ)へと涙ながらに十字を切る彼の鼻腔を、何やら嗅いだ覚えのある香ばしい匂いが擽った。

 匂いの源は調理場からリフィーリアが運んできた料理のようで、初めて見るはずなのにどこか懐かしさすら感じる素朴な料理たちが、ベルやリリルカ達の前に並べられる。

 

「お待たせしました。こちら味噌汁と巨黒魚(ドドバス)の煮付け、肉果実(ミルーツ)のおにぎりでございます」

「……なにか、とても見覚えがあるというか……これってもしかしなくとも、命様達のご出身である極東の料理では?」

 

 出来立ての証である白い湯気を燻らせる木彫りの器を眺めながら、訝しげな表情でそれらの料理を観察するリリルカ。

 ようやく異端児の質問責めから解放され、疲れた様子でこちらへとやって来た命たちに問いかけると、歓楽街暮らしだった春姫はともかく極東派閥(ファミリア)同士の付き合いでリリアとは顔見知りだった命はなんてことはないとばかりに頷いた。

 

「ええ。ですがリリア殿たちは極東の派閥(ニニギ・ファミリア)に入団されていたはずなのであまり驚きはありませんね。流石に、異端児の方々と繋がっていたのは自分としても意外でしたが……」

「そうなのですかっ!?」

 

 王族(ハイエルフ)なのだから、もっと()()派閥──それこそ王族のいる【ロキ・ファミリア】にだって入れただろうに──などとうっかり口走りそうになるリリルカ。

 今は【ヘスティア・ファミリア】所属だが、元々極東出身である命の前でそう言及するのは流石に憚られたのか口籠る彼女の驚きを受けて、リリアはさしたる問題ではないとばかりに軽く答えた。

 

「お米を作る為には、やはり米の神の派閥に入団するのが最も都合が良いので。毎日こうやって和食も食べられますし」

「リリアさん、まさか稲作を学ぶ為にわざわざ()()()()()()オラリオに来たんですか!?」

「私は王森から()()()()()()()ですけど……はい。エルフの菜食主義にも少し飽きていたので」

「食事の内容で入団派閥を決めている……!?」

 

 リリアの常人離れした(こめ)への拘りの片鱗を悟り、相手が王族(ハイエルフ)だということも忘れて化け物を見る目を向けてしまうベルたち。

 そんな彼らの様子を知ってか知らずか、リリアは配膳を終わらせたリフィーリアに礼を述べながら、慣れた様子で両手を合わせて極東風の食前の挨拶を交わす。

 

「私の分までありがとう、リフィー。さあ【ヘスティア・ファミリア】の方々、召し上がってください。いただきます」

『……いただきます』

 

 そして、ダンジョンの中でモンスター達に囲まれつつ和食を食べるという、同じ経験をした者はいないだろう不思議な食事会が始まった。

 食前の挨拶(いただきます)については、命が食事の際に行っているのに倣いベル達も行うようになっていたため戸惑うことは無い。

 警戒している様子はあれど礼儀正しく両手を合わせ、しっかり「いただきます」と言えた彼らにリリアは感心したような頷きをひとつ見せ、海苔が巻かれたオーソドックスな外見の三角おにぎりへ手を伸ばした。

 まずはルーティンも兼ねて白米を、続いて巨黒魚の煮付け、味噌汁と続け様に味わうリリア。

 毒見も兼ねて先に一口食べてみせた彼女に続き、ベル達は各々気になった料理へと箸を伸ばした。

 

「……すごい。すごく美味しいです!」

 

 ベルが最初に口をつけたのは、木彫りの器に注がれた味噌汁。

 出来立ての熱さから程よく冷めて飲みやすい温度となっていた味噌汁からは、複数の出汁──いりこと昆布の旨味が染みた、味噌特有の深みのある香りが漂っている。

 何処かで嗅いだことがある、と前述した香りがこれだ。

 作り手と場所による差なのか、少し赤みのかかった茶色い汁の色や細かな具材など命の作った味噌汁とはいくつかの違いが見受けられるが、オラリオで主流の食事とは大きく異なる味わいにはとても覚えがあった。

 命の作っていた味噌汁と比べると酸味が強く、その分出汁の旨味が引き立っている。

 小さく切り揃えられたお揚げを噛めば、染み出した汁に大豆の風味が加わって細やかな味の変化を楽しめた。

 もっと自分に語彙があれば、とベルはこの味の素晴らしさを十全に表現出来ない己の語彙力(ボキャブラリー)を悔やんだが、彼の素直な感動は作り手である異端児(ゼノス)とリフィーリアに届いており、特に初めて客人に出した料理を褒められた異端児達は皆一様に表情を綻ばせ、喜びを顕にしていた。

 

「ダンジョンの中で食ってるとは思えないほど上等な飯だな。……目の前に広がる光景を見なければ、だが」

 

 素直に感嘆の声をあげたベルと同じく、ダンジョン内で食べているとは思えないほどのクオリティで提供された食事に舌鼓を打つヴェルフだが、やはり冒険者としての本能が抜け切らないのか木製のジョッキを手に笑顔で酌をしてくる大型級(トロール)に冷や汗を隠しきれていない。

 それでも美食の魅力には抗えないのか、モンスター達の前だからといって彼の箸が完全に止まることはなく、やがてヴェルフが酒の力に頼るのを諦めて腹を決めた時には、片手におにぎりを持ち、もう片方の手で握った箸で巨黒魚の煮付けを解しながら食べるという腕白な姿を見せていた。

 醤油の効いた甘じょっぱい味がよく染みた煮付けは酒の肴としても抜群の相性の良さを見せ、その後味が残るまま次いでおにぎりを頬張れば、和食の基本にして食道楽の最たる一例の完成だ。

 丁寧に三角形へと整えられたおにぎりはしっかりと持ちやすいまとまりを保ちながらも、口の中に入ればほろりと崩れる絶妙な握り具合で形成され、中に仕込まれた一粒の肉果実(ミルーツ)へとたどり着けば、噛み切った表皮から溢れたジューシーながらも脂のしつこさを感じないミルーツの果汁が米粒と絡み合って口の中へと広がっていく。

 王道とは()()()()でも魅力に溢れるからこそ王道。

 おにぎりと煮付け──米と魚。

 古来より何百年も日本人の舌を楽しませてきた「王道」は、たとえ悪意渦巻く魔窟の中であったとしても変わらぬ美味しさを示してくれるのだった。

 

「リフィーリア殿、非常に美味です! 自分もまだまだ料理の腕が足りないと実感いたしました!」

「ふふ、もったいなきお言葉をありがとうございます。その言葉を頂けただけで、今回食事を用意した者が皆救われる気持ちです」

「リフィーリア様。その、よろしかったら是非、巨黒魚(ドドバス)の煮付け方など教えていただけると……」

「構いませんよ。とはいえ、これを捌いたのは私ではなくレットなので、そこは彼に直接聞いたほうが早いですね」

「レット様というと……あの小鬼(ゴブリン)の方ですか?」

 

 極東出身としての心が疼くのか、リフィーリアへ今回の献立に関して色々と聞いている命と春姫。

 快く彼女たちの質問や話に答えていたリフィーリアによってレットや一角兎(アル)黒犬(ヘルガ)など今回の料理に関わった異端児たちも呼ばれ、異色の料理談義が始まった。

 そのように十人十色に舌鼓を打つ客人や異端児たちを見て、すっかりご満悦な様子のリリア。

 文字通りの後方腕組み王女面でうむうむと頷いた彼女は、自身の掲げる野望──迷宮(ダンジョン)田んぼ化計画が間違いではない事を確信する。

 再結論。

 ダンジョンで稲作をするのは間違っていない。

 

「むふん。人と人をつなぐ、これぞ素晴らしき和の昼食」

 

 王族モードの猫が少し剥がれ、常日頃の米狂いモンスターな一面が漏れていたが、幸いな事に宴を楽しむベルたちに気付かれることはなく。

 かくして、人間と怪物(モンスター)が同じ釜の飯を食うという恐らく人類史上初であろう偉業が成され、宴は地下とは思えないほどに盛り上がっていくのであった。

 

 

 

 

 

 






 次回は説明回
 リリアの王族での立場について
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