【オルクセン王国史/二次創作】とある偏屈科学者(人間族)の憂鬱 作:koshikoshikoshi
原作:オルクセン王国史 ~野蛮なオークの国は、如何にして平和なエルフの国を焼き払うに至ったか~
タグ:オリ主 オルクセン王国史 野生のオルクセン
星欧大陸が二度目の大戦を迎えようとしていた頃、キャメロット連合王国のとある偏屈な科学者が政府に向け一通の手紙を書いた。遠からず敵国アスカニアの科学者達は一発で港や街を完全に破壊する強力な新型爆弾を実用化するだろう、と。
一分一秒でも敵より先に新型爆弾を開発するため、キャメロットはオルクセンとともに極秘作戦を開始した。そこで彼は驚くべき事実を知る。オルクセンの科学者達は戦前から秘密裏のうちに新型兵器の原料物質精製の準備を行っていた。しかもそれは亡きグスタフ王の遺言だというのだ。
「ふぅ。こんなものかな……」
研究室のいつものデスク。手紙を書く愛用のペンがとまる。すっかり冷めてしまったお茶に手を伸ばす。
それは「首相閣下」から始まる手紙の草稿。全身全霊を掛けて書き上げたそれを、彼は改めて読み返す。ティーカップを支える手が細かく震える。
手紙はこの後、清書としてタイプされ、信頼できる国内外の複数の科学者の署名とともに海軍を経由してキャメロット政府に渡される手はずとなっている。
「だが、……はたしてこれを、政治家や軍人の連中が理解できるのか?」
彼はひとつため息をついた。
彼は、キャメロットの有名大学に籍を置く研究者だ。この時代の典型的な職業科学者のひとりである彼は、世俗にはほとんど興味を示さずただひたすら研究に没頭してきた。そして多くの天才と同様に、生物学から電磁気学まで興味の赴くままに研究分野をひろげ、数多くの業績を重ねてきた。
だがここ数年間、彼の科学的興味はたったひとつの分野に向けられている。彼を魅了したのは、つい最近勃興したばかりの人類にとって全く新しい物理学、核物理学だ。
万物が原子電子からできていることを人類が知ったのは、たった数十年前。星欧諸国の大部分を巻き込んだ世界大戦の直前のことだった。
そして、戦争をきっかけに人類の科学は驚くべき加速度をつけて進化していく。物質の中にはエネルギーを放出しながら別の物質に変換するものが存在することが明らかになるまで、それほど時間はかからなかった。
わずかその数年後には、特定の物質に中性子をぶつけることで、そのような変換を人工的におこせることが実証されてしまう。
それは、既存の物理学の常識を根底から覆すものだ。彼は、人類にとってまったく新しい分野の物理学に魅入られた。この世界の根源的な原理を自らの手で明らかにしたかった。
そのために寝食を忘れて研究した。深い深い思索にのめり込んだ。ひたすら実験を繰り返した。
彼だけではない。この時代の列強各国の同業者、ほとんどの物理学者も同様だ。必然的に、多くの科学者達による猛烈な国際競争が始まる。研究速度がますます加速する。
(多くの科学分野において画期的な成果を上げ積極的に特許取得を行ってきたオルクセンの科学者達が、なぜかこの競争にだけは参加しなかったのは彼にとって不思議だったが)
結果として数年後、ついに彼は神をも怖れぬ事実にたどりついた。
中性子をつかった物質変換の際には新たな中性子が発生し、それがまた他の物質にぶつかることで連鎖的な変換がおこること。
もしこの連鎖反応を人工的に発生できるのなら、とてつもないエネルギーが発生すること。
おそらくそれは、既存の火薬をつかったあらゆる兵器を遙かに超えた威力をもった爆弾に転用可能であること。
……とはいっても、それらはあくまでも科学的な可能性にすぎず、それを実現するには大きな大きなハードルがあることも、彼は理解していた。
工学者でも軍人でも政治家でもない彼がぱっと思いつくだけでも、ハードルは無限にある。
変換可能である希少な鉱物を集めること。鉱石を精錬、変換可能な物質を濃縮すること。中性子を適度に減速する術を発見すること。変換反応を人為的に起爆する機構を開発すること。
それらの解決には莫大な費用がかかる。とんでもない人的資源が必要だ。なによりも、今の人類社会、……人間族だけではなくエルフや魔種族も含めて、そのような巨大なエネルギーを必要とする動機が見当たらない。
彼は根っからの科学者であり、経済の問題にはほとんど興味が無かった。政治の問題は嫌いだった。軍事の問題は近づきたくもなかった。
だから、あえて『遠い未来』の事など考えず呑気に理論的な研究に没頭できたのだ。彼だけではない。列強各国の同業者、ほとんどの核物理学者も同様だった。
偶然なのか、それとも神が仕組んだ必然なのかはわからない。核物理学者達が恐るべき理論的な結論にたどり着いたのとちょうど同じ頃、アスカニアに独裁者が現れた。後に知ったのだが、隣国であるオルクセン政府関係者は、当初からこの独裁者を『悪魔』と呼んでいたらしい。そして、世界は二度目の世界大戦にむけて下り坂を転げ落ちていく。
それまで、世界中にいる核物理学者たちは、国をこえて連携して研究をすすめてきた(オルクセンを除く)。新しい分野ということもあり、既存の科学のしがらみを超えた活発な議論が行われた。同じ自然科学に使える使徒として、お互いに尊敬をもって常日頃から友情を深めていた。学術的なこと以外も含めて密な連絡を取っていた。
だが、世界情勢が怪しくなるにつれ、状況は劇的に変化していく。
活発に行われていた国外の研究者との交流が、一気に減少した。専門の学術雑誌への論文投稿もなくなった。それは、少なくとも開戦前の段階までは、国家に強制されたものではない。科学者達が自主的に交流を萎縮したのだ。
この段階にいたってやっと科学者達は気づき始めたのだ。自分達が無邪気に研究してきた核技術が、国家の力を使えば大量殺戮兵器を実現しかねないということに。もし敵国がこの技術を完成させたら、恐ろしい事になるということに。
やがて、全人類が恐れていたはずの戦争が、人類によって始められる。戦果は拡大の一途をたどり、人類史上初の国家総力戦の様相を示し始める。もちろん科学者達も巨大な国家機構の一部として組み込まれ、研究も発表も制限された。そして、今や敵国となったアスカニアにおける研究の状況は、まったくわからなくなった。
もちろん、彼も例外ではない。偏屈で世俗に興味がないといっても、政府の予算がなければ実験ができない。学会や論文誌が活動をやめてしまっては、成果を発表する場がない。さすがの彼も、自分以外の無知蒙昧な全人類に対する恨み節を呟きながらふて寝するしかなかった。
同僚の科学者達から、共同でキャメロット政府に手紙をおくることを提案されたのは、そんな時だった。
彼以外の多くの科学者は、アスカニアにおける核物理学の進展状況に大きな恐怖を感じていた。
巨大な国家の力を背景に、核変換の連鎖反応の実現は近々可能となるだろう。それは一発で港や街を完全に破壊する強力な爆弾となりうるだろう。そして、敵国の悪魔は、いや、かつて共に議論し研究成果を競い合ったアスカニアの科学者達は、今この瞬間もこの技術の実現に邁進しているに違いない、と。その恐怖を政府に訴えずにはいられなかったのだ。
たまたま国内の科学者のリーダー的な立場にあった彼も、手紙に賛同することになる。だが、彼の動機は他の科学者達とは少々ことなった。
彼に恐怖がないわけではない。しかし、それは敵の新型兵器がこちらに向けられることではない。ただ単純に他人に先をこされることだ。要するに、彼は自分が愛する研究対象が敵国の悪魔と自分以外の科学者によって先に実用化されるのが、しゃくだったのだ。
彼を含めた科学者達の手紙にもかかわらず、政府や軍の反応は鈍かった。
手紙に限らず、彼は自分に出来る手段を総動員して、政府に訴えかけた。研究を再開したい一心で、敵国が新技術で優位にたってしまうことの危惧を喧伝した。にもかかわらず、まったく返事がこない。彼が抱いていた危惧は、政府や軍の俗物達にはまったく理解されない。
それどころか『敵国の技術優位ばかり喧伝する敗北主義者』として、公安が嫌がらせの尾行まではじめる始末だ。
ふてくされながらも、「もしかしたら我が国ご自慢の諜報機関により敵国の科学者達は核物理を応用した技術開発に興味が無いということが判明しているのかもしれない。それならそれで安心できる」と、彼が自分を納得させようとしていた頃。半ば以上あきらめの境地に達していた彼に呼び出しが届いた。海軍からだ。
連れて行かれたのは、とある海軍基地だった。急ごしらえ対空砲があちこちに設置され、多くの兵士達があわただしく動き回っている。航空隊の奮闘により大きな被害はでていないものの、最近は敵国の偵察機や爆撃機までもが飛来することがあるらしい。
「やぁ」
「君も呼ばれていたのか」
通された応接室らしき部屋には、手紙に署名した数名の科学者がまっていた。
出迎えたのは、いかにも偉そうな軍人が数人。そして、パイプとヒゲと恰幅の良い腹が特徴的な男。新聞で見たことがある、……首相?
「初めまして、博士。さて、科学者の皆さん。いきなりで申し訳ないが、手紙の真意を説明していただけますかな」
簡単な挨拶と握手の後、首相はいきなり切り出した。
さんざん放置していたくせに、なにをいまさら……。
心の中で悪態をつきながらも、きっかけとなったのは彼が出した手紙だということを思い出す。
(聞きたいというのならば説明してやるか。……とはいっても、理論的な部分ははほぼ完全に確立しているとはいえ素人にそれを説明するのは困難だな。どうやって此奴等に理解させたものか)
一瞬だまった彼に向かって、首相がたたみかける。
「いえ、理論的なものは結構。私が聞きたいのは、新技術を実現するために必要なハードルについてです。できるだけ簡潔につたえてくれるとありがたい」
小一時間ほどの説明と質疑がおわり、議論がいったんおちついた頃。おそらく技術畑と思われる高級軍人がむりやりに話をまとめ始めた。
「つまり結論としてはこれでよろしいですかな、博士。新型爆弾の実用化について最も困難で時間がかかるのは、核変換原料物質の精製。そして中性子減速材の入手。この二つだ、と」
「ちがう! ……理論が正しいことを示す実験が必要だ。そのための実験用原子炉の建設。爆縮装置の開発。その他もろもろハードルは無限にある。予算も、人員も、とにかく大量に必要だ」
彼としては言わずにはいられない。その二つが解決したらすぐにも実現可能だと、軍人や政治家に思わるわけにはいかない。
しかし、軍人は落ち着き払った態度を崩さない。まるで、彼の反論を予想していたかのように。
「もちろん幾多のハードルが残っていることは我々も理解している。だが、それでも最大の難問はさきほどの二つ。これが解決できれば大幅に時間が短縮できる。それでよろしいか?」
ここまで言われれば首肯せざるを得ない。
「ああ、……そうだな。そのとおり、だ」
ここにきて、議論の間だまっていた首相が口を開いた。
「あなたがた科学者の手紙を私が読んだのは、実は最近のことです。海軍が握りつぶしていた、……という表現はよくないな。開戦当初、海軍はあの手紙をあまり重要視していなかったらしくてね」
首相に視線を向けられた軍人が、憮然とした表情で答える。
「当時の情勢ではやむを得ないことです。緒戦から軍は、……政府も含めて、我々はみな大いに混乱していた。それに、国民から軍への『提言』は他にも大量にありましたので」
「……というわけでして、いま我々が直面しているのは人類が初めて経験する未曾有の大戦争なのです。反応が遅れたことは許して欲しい、博士」
首相が軽く頭をさげる。どんな困難な状況でも強気で尊大、この国の長い議会政治史においても傑物と称されるこの首相が、一介の研究者にこのような態度をしめすとは。彼は少々驚いたが、逆にそれが事態の深刻さを感じさせた。
「……それで、いま我々がここに呼ばれたということは、情勢が変わったということなのか?」
「端的に言って、そういうことになりますな」
いまだ我がキャメロット本土に大きな被害は及んでいないものの、我が祖国と同盟国は緒戦からアスカニアに押されまくっていると聞く。グロワールは既に首都を占領され、ロヴァルナは国境線から数百キロも押し込まれているらしい。世俗に疎い彼だって、そのくらいは知っている。もしかして、政府は起死回生の一発逆転を狙わざるを得ない状況であり、そのためにアレを使おうというのか?
「これから私は、あのような手紙をくれた君達の愛国心を信じて、ある重要な要請をおこないます。もちろんすべてが国家機密です」
要請とやらの内容は検討がつく。愛国心という言葉で吊られるのは癪でたまらないが、国が研究費をよこすというのなら理由はなんでもいい。敵にあの技術を先に完成されるのは確かに癪だ。だが、……間に合うのか?
「アスカニアの研究の状況は? 彼らはどこまで進んでいるんだ?」
「それも機密です。もちろん情報部が調査はしていますがね。……おっと、口がすべりました。そんな調査をしていること自体も絶対に機密ですよ。忘れないでください。……これはあなたたち自身のため、ということをご理解ください。今われわれは国家の存亡を掛けた戦争をしているのですから」
少々わざとらしく戯けた口調で首相が言う。しかし目が笑っていない。
彼は否が応でも理解させられてしまった。彼が同意する前から、彼はすでに否応なく国家の総動員体制の一部に組み込まれてしまっていることに。そして、敵による新型兵器開発はかなり進んでいることに。……我々はまだ実用化の研究がスタートすらしていないというのに。
「要請を請けていただいた瞬間から、あなたには移動の自由はなくなります。日常的な監視、……ではなく護衛がつきます。手紙も電話も制限されることになるでしょう。それでも、……あなたなら請けていただけると信じています」
……ふん、なにを今さら。どうせもう逃がす気などないだろうに。
「もし開発が間に合わず、戦争に負けたら私はどうなるんだ?」
別に本気で答えがききたいわけではない。こんな問いはただの意地悪だと自覚している。偏屈科学者としての好奇心だ。国家存亡の責任を負っているはずの政治家がなんと答えるのか、聞いてみたかっただけだ。
「もしお互いその時まで命があったら、私が処刑台に上る前にあなたを中立国へ逃がす努力はしてみます。あのチョビ髭の独裁者が逃がしてくれるかどうかはわかりませんがね。……博士、そう悲観的な顔をしないでください。状況が苦しいのは否定できませんが、それでも望みがないわけではない。国際社会には、我々の古くからの良き友人がいる」
古くからの友人、……だと? 国際社会といっても、星欧大陸の同盟国はすべてアスカニアに蹂躙されている。ならば道洋の国々? ……ま、まさか、オルクセン? しかし彼の国の物理学者達は、なぜか核物理学にはまったく興味をしめしていなかったように見えたが……。
「実は最近、とある国の政府から秘密裏に申し出がありました。それが海軍にあなたの手紙を思い出すきっかけになったのですがね。……とにかく、彼らは戦前から新型兵器開発に必要な資材の準備を始めており、それを我々に提供可能であると」
はぁ? 精製済みの核反応物質がすでにあるというのか? バカな。一体誰が、そんな。
「ここから先は専門家同士の方が話が早いかもしれませんな。なにせ我々には時間が無い。……博士、ご紹介したい方がいます」
首相の目配せに応じて、部屋のドアが開けられた。大柄な人影が見える。それは、……人間族ではなかった。
「はじめまして博士。お会いできて光栄です。私はオルクセン科学大学の……」
人懐こい笑顔をうかべた2メートルを超える巨体が、身をかがめながら握手を求める。
「博士のすばらしい業績についてはかねがね……」
「意外でしょうがオルクセンにも核物理を研究している科学者はたくさん……」
「亡きグスタフ王の遺言で、研究は決して公にするな、国際的には秘密裏に行えと……」
「我が王により核分裂反応の基本的なアイデアが提示されたのは、信じられないかも知れませんが先の大戦終結直後のことです……」
「もっとも王は、その革命的なアイデアをどこから思いついたのかは決して語りませんでしたが。もしかしたら王は未来を見通す力があるのかもしれないと……」
「とはいえ、他国より研究スタートは早かったものの、学術的な鎖国状態ではやはり研究は遅遅として進みませんでした。我々だけでは反応物質の精製ノウハウ確立までが精一杯で……」
科学者だと名乗るオークの自己紹介がとうとうと一方的に語られる。しかし、なにもかもが唐突で衝撃的で、彼の頭には入ってこない。ポカンと開けたままの口を閉じる暇が無い。
「な、な、な、なぜ、……そこまでできているのに、なぜ、自分達で完成しないのだ?」
ようやく口から絞り出した疑問が、これだ。
「先ほども言いましたが、……亡き王の天啓のおかげで研究スタートこそ早かったものの、われわれ単独の力だけではここまでが精一杯なんですよ。これ以上すすめるには、世界一の大国であるキャメロットの力を借りねば不可能でしょう」
「し、しかし、オルクセンは中立国だ。なぜ中立をやぶってまで……」
彼は問わずにはいられなかった。
「生前のグスタフ王が語ってくれました。大戦を終わらせられる役目は、……そのために力を振るい結果に責任を負うことができるのは、この世界ではキャメロットだけだ、と」
氷に閉ざされた孤島。遠巻きの艦隊から、キャメロットの科学者、軍人、政治家、そして数人のオークが見守る先。カウントダウンの後、強烈な閃光が輝いた。そこに、史上初めての人工の太陽が出現したのだ。
キャメロットとオルクセン共同の極秘作戦「アロイス」は、ここについに最終工程を終えた。新型兵器の起爆実験が成功したのだ。
「……なんとか間に合ったな」
誰ともないつぶやきがきこえた。
(間に合った、……か)
作戦で中心的な役割を果たした彼は、サングラス越しに閃光を見つめながらその言葉を口の中で反芻した。
たしかに「間に合った」。彼にとって満足できる状況だ。そのために、彼は全力を尽くしてきたのだから。
家族も、友人も、人間らしい生活もすべてを捨てて、開発に没頭した。研究の邪魔になるものはすべて排除した。予算不足や軍の過剰な秘密主義に常に悩まされながらも、それを改善するためには軍や政府高官との対立も厭わなかった。その過激な言動が原因で、プロジェクトから排除される寸前まで至ったこともある。
それでも彼が研究に没頭したのは、ひとえにアスカニアの研究者達に負けたくなかったからだ。世界を変えるのは自分でなければ我慢できなかったからだ。
だが、この場にいる多くの人間、主に軍人や政治家達が抱いている思いは、おそらく彼とは異なる。それくらいは、偏屈な科学者である彼だって自覚している。
人類史上二度目の世界大戦は、いまや泥沼の様相を呈していた。グロワールは既に全土を占領されたものの、広大な占領地全域でパルチザンが活発に抵抗し占領軍に大きな被害を与えている。
ロヴァルナも首都を完全に包囲されているが、しかし赤軍による市民を巻き込みながらの頑強な抵抗によりいまだ陥落はしていない。それどころか、ロヴァルナは政府機能や軍需工場群の大陸奥深への移転を成功させ、さらに広がりきった戦線の複数箇所において人的被害をまったく顧みることのない大反抗を開始している。
わがキャメロット本土上空にも毎日のように敵爆撃機が侵入を試みるものの、電波兵器による先進的な防空網と空軍兵士達の英雄的な働きによりいまだ大きな被害は発生していない。
敵の兵站は完全に限界点に達し、さりとてこちら側にも押し返す力がない。両陣営とも決め手がないこの状況がいつまでつづくのか。このままどちらかの経済が破綻するか人的資源が枯渇するまで戦い続けねばならないのか。あるいは、後先考えずに非人道的な兵器の使用に踏み切るのか。
新兵器が完成したのは、まさにそんな恐怖が人々を支配しはじめた頃だった。そう、軍事的、政治的、そして経済的な意味でぎりぎりに「間に合った」新型兵器開発。その成果は、アスカニアに対して躊躇すること無く使用されるだろう。敵が同じものを開発する前に。
ふん。……ここにいる連中は、この閃光の意味が本当にわかっているのか?
葉巻からもうもうと煙を吐き出しながら笑顔の政治家達。握手を交わす軍人達。そして、ほっとした表情の科学者達。周囲を見渡した彼は、口の中で呟かずには居られない。
彼がアロイス作戦において果たした役割は、新型兵器の開発そのものだけではない。決して彼の本意では無いし、彼としてはまったく興味がない問題であったが、新型兵器の効果的な利用法の研究についてもオブザーバーとし参加を求められ、立場上それは断れなかった。
そして、そこで得られたのは、おそるべき結論だった。国家総力戦において新型兵器が使用されるべき標的は軍事拠点だけではない。工業地帯や人口密集地域をも含むというものだ。具体的な標的の都市名のリストアップまで既に行われている。
ちなみに、そのために大型爆撃機やロケット兵器の開発、あるいは潜水艦を使用した自爆戦術の研究が進められているらしいが、幸いにして(?)そちらの進捗については彼は知らされてはいない。
なんにしろ、無茶苦茶だ。理性有る人間のやることじゃない。人類史上最大の破壊力をもつあの兵器を、多数の民間人がすむ都市につかうというのだ。
遙かかなた実験場に立ち上る巨大なキノコ雲。彼の眼には幻影が見えた。多数の人影が。それは熱と光と放射線に灼かれ、消し炭のように折り重なっている。あれが地上で使用されれば、間違いなくたくさんの人間が死ぬ。
そして、アレは原理的にどこまでも威力を巨大化できる。いずれこの惑星そのものを破壊することすら可能になる。いまこの瞬間、我々は世界のあり方を根本的に変えてしまったのだ。たとえ目の前の戦争に勝っても、その責任は永遠に残るだろう。
……責任? 確かに責任はあるのだろうが、それはいったい誰がとるべき責任なんだ? すくなくとも、敵にアレを先制使用されることをただただ恐怖していた連中は、いまだそんな責任の存在すら意識していないようだ。
「亡きグスタフ王の遺言で極秘裏に始まった我々の研究も、やっと日の目を見ることができました。すべてキャメロットの科学者の皆さんのおかげです」
黙ったままの彼の横、アイロス作戦で同僚として共に働いたオルクセンの科学者が、低い声で声をかけてきた。
彼らオルクセンの科学者は、亡きグスタフ王を今でも神のように慕っている。信じがたいことだが、彼らの話によるとこの世界で始めに核分裂反応のアイデアを思いついたのは、かのグスタフ王らしい。それが本当だとしたら、敬愛するのも当然なのかもしれないが……。
「いえ、あなた方オルクセンだって、あの新兵器開発には重要な役割を果たしてくれた。これからもそうだろう?」
ちょっと意地悪な口調になってしまったのは、アレの開発におけるオルクセンの功績に対してあまりにも控えめすぎる姿勢を嫌味に感じたからか。あるいは大量殺戮兵器を開発した責任をすこしでも彼らになすりつけたかったからか。自分でもわからない。
「オルクセンは、キャメロットほどの大国ではありません。人間族の国に囲まれながら必死に中立を保つ魔種族です。技術的にも資金的にも政治的にも、我々単独では決してあれは開発できなかったでしょう」
彼は、なんと答えれば良いのかわからない。
確かに、あれの開発にはとてつもない金がかかった。そして、あんなものを研究していると周辺国に知られたら、オルクセンの中立が今日まで維持できたとは思えない。
だが、それにしても……。
彼はオルクセンの科学者達の心境を慮ずにはいられない。オルクセンの科学者達は、心から敬愛する王の遺言と祖国の微妙な政治的な立ち位置、そして科学者として名誉欲の板挟みで苦しんだのだろう。すくなくとも自分のように無邪気に研究に熱中することはできなかったに違いない
黙ってしまった彼を前に、オルクセン人が話をつづける。
「博士。……以前おはなししましたが、かつてグスタフ王はこう言いました。『新兵器を完成させ戦争を終わらせる。そのために力を振るい結果に責任を負うことができるのは、キャメロットだけだ』と」
あ、ああ。それは確かに聞いた。
「そう、責任です。グスタフ王は戦後のことまで考えていたのだと思います。……我々魔種族の国オルクセンにとって、この世界の平和と安定に責任をもつのはしょうしょう荷が重い。その責任を持つべきは、あくまでも人間族の大国であるべきだと」
彼は息をのんだ。そして、目の前のオークを見つめる。
人間族の始めた戦争にけりをつける責任は人間にある、といいたいのか? そのために悪魔の兵器を実用化し使用するのは人間族、要するにキャメロットでなくてはならない、と?
「キャメロット政府とオルクセン政府の間ではこの点は完全に合意されています。だから、アレの使用を決断するのはあくまでもキャメロット政府であり、使用するのはキャメロット軍。アレの研究開発はあなたたちキャメロットの科学者によって進められたことになるはずです。我がオルクセンが戦後も中立を保つには仕方がありません」
戦後、だと? ……なるほど。あんなものを魔種族が開発し、それを人間に対して使用したとなれば、この戦争でどちらが勝とうが魔種族と人間族は永遠に和解などできないだろう。すなわちオルクセンは中立ではいられなくなり、星欧大陸の戦乱は終わらない。最終的には数に勝る人間族がオルクセンを殲滅することになる。……我がキャメロット政府のやることにしては珍しく賢明だな。グスタフ王の手の平の上とはいえ、だが。
……しかし。それでもやはり彼は問わずにいられない。
君達オルクセンの科学者は、本当にそれでいいのか? 自分達の業績と成果を蔑ろにされて、科学者として耐えられるのか?
この期に及んでも、彼は生粋の科学者でありたかった。科学者の成果が政府によって損なわれるのは、たとえ魔種族である本人達がそれを望んでいたとしても見たくはなかった。
「たしかに、我がオルクセンにおいて極秘の核物理研究に携わった科学者の中には憤っている者も少なくない。私自身も、自分達の成果というより偉大なグスタフ王の功績が国際社会の闇に葬られようとしていることに抵抗がないわけではありません。しかし、……あの巨大なキノコ雲をみた瞬間、理解できてしまいました。わが王の真意と苦悩が」
オークが姿勢を正す。そして、彼に向かって頭をさげた。
「博士、あなたもお気づきになっているんでしょう? 今この瞬間、世界が変わってしまったことに。……科学者として私は、あなたにお詫びせねばなりません。アレの開発者としての栄誉だけではなく、決して晴らすことが出来ない永遠の悪名をあなたに押しつけてしまったことを。……これは私だけではなく、おそらくグスタフ王も同じ気持ちでしょう」
は、……はははは。
彼は笑うしかなかった。
いまだにアレをただのちょっと強力な爆弾だと思っているキャメロットの政治家や軍人。敵に先制使用されることをひたすら恐れている同僚の科学者達。連中がいまだに理解できていないことを、グスタフ王は何十年も前から理解していたのだ。そして、悩んでいたのだ。彼の祖国と同胞の魔族種達に、世界を変えてしまった責任をかぶせないために。
……わかったよ、グスタフ王。あなたには本当に未来をみる力があるのかもしれないな。あなたの顔に免じて、オルクセンの科学者達の分も含めてこの私が悪名をかぶってやろうじゃないか。