嫌顔至上主義   作:嫌至ξ紳士

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坂柳有栖【女王様】既読推奨

リーダーの受難の続きとなっております。


駆け引きの果て

 私の名前は坂柳有栖。

 Aクラスのリーダーとして、知略策謀を巡らし学園の頂点を目指している。

 

 そんな私が、あの“変態”と呼ばれる男子生徒と対峙し、屈辱的な「わん」だの「ざ〜こっ」だのといったくだらない言葉を言わされたことを忘れることなど、できるはずもない。

 だが、奇妙なことに、私は今、自分の部屋で一人静かに微笑んでいる。

 

 あの時の私は間違いなく負けた。

 チェスという私の得意分野で敗北したという事実は、冷静に考えても忌まわしいものだ。

 それに、私はあの男子生徒に屈辱的な要求を受け入れ、下着まで見せてしまった。

 

「……愚かですね、私も」

 

 自嘲気味にそう呟いて、私は窓の外を見つめる。

 学園内での生活は一見変わりない。

 あの日以来、彼との接触は避けているが、頭の片隅から彼の存在が消えることはない。

 

 彼の動きは予測できない。

 計算しつくしても、彼の行動の裏に何かがあるのではないかと、疑念が晴れない。

 まるでチェス盤の上で、何度駒を動かしても彼の手に全て読まれているかのようだ。

 

 「……私が逃げた?」

 

 ふと、あの時彼に言われた言葉が蘇る。

 逃げる? 私が? あの挑発に、感情を動かされたことは認めたくないが、事実、私は彼に挑発され、自分のペースを崩された。

 

 私の冷静な思考が、彼との奇妙な“勝負”を振り返り、何かを見つけようとしている。

 敗北は屈辱的だが、それは実力差から必然であると、そう感じさせられる相手だった。

 

「ふふ……でも、もう次はありませんよ」

 

 私は静かに立ち上がり、机の上のチェス盤を手に取り、駒をひとつひとつ慎重に、あの時の盤面に並べ直した。

 次に彼と会う時、私は必ず勝つ。

 そのためには、彼の行動パターンをもっと理解しなければならないのだ。

 

「ふふっ……それにしても。私ですら、数ある内の一人に過ぎないわけですか」

 

 それは、彼が私を特別視していないことを意味している。

 しかし私にとって、彼との勝負は特別なものであった。

 だが、彼にとっては単なる“遊び”に過ぎなかったのかもしれない。

 

 そう考えると、不思議と苛立ちと期待が同時に湧いてくる。

 再び、あの男と向き合う時が来たら――私は必ず勝利するだろう。

 その瞬間を想像すると、自然と口元が緩んだ。

 

 次こそは、彼を完全に打ち負かす。

 それが私の新たな目標だ。

 私が、あの“変態”に再び屈することなど、あり得ないのだから。

 

 

「待っていてくださいね、〇〇くん」

 

 柔らかな赤色に染まる空は、まるで私の心の中でくすぶる奇妙な感情を映すかのよう。

 次に彼と対峙する時、私はこの感情が何であるか……きっと理解できるだろう。

 

 

ξ

 

 

 とある日の放課後、私は時を見計らい、彼のいる教室へと向かった。

 扉を開けると、彼の姿をすぐに見つけて、自然と笑みがこぼれる。

 私は開口一番に、こう言った。

 

「失礼、○○さんはいらっしゃいますね? 先日、あなたが私の下着を見た件で、お話し合いをしようと思いまして」

 

 教室にいたピンク髪の生徒――確か、一之瀬帆波さん――が驚いたような声を上げたが、それには目もくれない。

 

「私はただあなたともう一度、チェスを打ちたいだけなのです」

 

 私の言葉に彼は一瞬戸惑ったように視線を泳がせている。

 しかし、ふと冷静を保つと、返事をしようとしていた。

 

 その前に、先の生徒――。

 一之瀬さんが声を大きくあげた。

 

「だ、だめだよぉ! 私たちは、今からお茶しようって、カフェに行く約束したんだもん!」

 

 ぎゅっと彼を自分の胸に寄せ、離さないようにするその姿。

 その様子はまるで、小動物が自分の餌を奪われまいと必死に抵抗するかのようだった。

 私は少し驚きながらも、彼女の意外な一面を目の当たりにしていた。

 彼は彼で、そのシチュエーションに苦笑いしているようで、私は少しイラッとする。

 

「彼を離してあげてください」

「あっ……! そ、そうだね。ごめんね、えへへ……」

 

 それにしても……。

 

「カフェ……ですか?」

 

 私は問いかけるように視線を彼に向ける。

 彼は一瞬、私と一之瀬さんとの間で視線を彷徨わせ、少し困惑したような表情を浮かべていたが、やがて小さく息を吐いた。

 

――そうだよ(適当)。だから悪いけど、チェスはまた今度で。

 

 淡々と返されるその言葉に、一瞬苛立ちが走る。

 しかし、ここで感情に流されるわけにはいかない。

 私はすぐに気持ちを立て直し、柔らかな笑みを浮かべてみせた。

 

「なるほど。では、私も同行していいですか? お二人の楽しい時間を邪魔するつもりはありません。ただ、お茶でも飲みながらお話しできればと思いまして」

 

 一之瀬さんの表情が一瞬固まる。

 彼女は、私が同行するという提案に対し、どう反応すべきか考え込んでいるようだ。

 そして、何とか笑顔を作りながら、彼に助けを求めるような視線を送る。

 

「え、えっと……坂柳さんも来るの? でも、今日は私たち二人で……」

 

 彼女の声には、ほんの少しの焦りが含まれていた。

 おそらく、彼と二人きりで過ごす時間を楽しみにしていたのだろう。

 しかし、私はその期待を無視して、軽く頷いてみせる。

 

「邪魔はしませんよ。ただ、お茶を楽しみながらお話しできれば、それで十分です」

 

 一之瀬さんは内心、動揺しているのが見て取れたが、彼女の前では冷静さを装い続ける。

 彼は特に何も言わず、肩をすくめるだけ……これで決まりだ。

 

「うみゅ……それじゃ、三人で行こうか」

 

 一之瀬さんは少しだけため息をつきながら、そう言った。

 彼女の声にある微かな失望が、私の耳には心地よく響く。

 私は、自然な笑みを浮かべながら歩き出した。

 

 三人で学園の廊下を並んで歩く。

 その道中、一之瀬さんは彼に何か話しかけようとするが、私が間に入ることで、彼女の意図を阻むことができた。

 

「一之瀬さん、この学園でのあなたの評価は非常に高いですね。Bクラスであれだけの支持を集めるとは、あなたのリーダーシップには感心します」

 

 意識的に一之瀬に向けて話しかける。

 彼女は私の意図に気づきつつも、直接的には何も言えないだろう。

 リーダーとしての自分を褒められたことで、戸惑いながらも、丁寧に返事をしてきた。

 

「え、ありがとう……でも、私なんてまだまだだよ。Aクラスみたいな凄いクラスを率いるなんて、きっと私には荷が重いな……。それに、彼みたいな生徒だってうちにはいるし」

 

 彼女の謙虚さを装った言葉は、私には単なる謙遜の表れとしか感じられない。

 だが、それが彼女の魅力の一部でもあるのだろう。

 彼女は意図せず、無防備な笑顔を彼に振りまく。

 

 その瞬間、私は一瞬の隙をついて、彼に目を向けた。

 彼は相変わらず無言で私たちのやり取りを聞いている。

 まるで、この状況が自分には関係ないかのように。

 

「でも、一之瀬さん、リーダーとしての資質というのは、決して自己評価で測れるものではありません。周囲の信頼があってこそ、初めて真価が問われるものですから」

 

 その言葉を口にしながら、私は彼女が彼の注意を引こうとしていることを見透かす。

 私と会話をしながらも、ちらちらと彼の様子ばかりを伺っているのがその証拠だ。

 しかし一之瀬さんが焦れば焦るほど、私の優位性は増していく。

 

「う、うん……そうかもしれないね、坂柳さん」

 

 彼女は何とか微笑みを保とうとしていたが、その表情にわずかな陰りが見える。

 彼女の無邪気さが、少しずつ揺らぎ始めた瞬間だった。

 

「有栖でいいですよ、私も帆波さんと呼びます」

「そ、そうだね。有栖ちゃん、わかった」

 

 こうして、私たちはカフェへと向かって歩き続けたのであった。

 

 

ξ

 

 

 

 カフェに到着すると、私たち三人組は四人用の席に案内された。

 そして、それぞれメニューを渡されると、美味しそうな商品に目を通す。

 すると、帆波さんが思い出したかのようにこう言い出した。

 

「そうだ、今日のは私が奢るから! 二人とも好きなの頼んでいいよ?」

 

 私はその言葉の裏に隠された真意を考える。

 もしかして、自分がここでカフェを奢ることで、器の大きさを彼に見せようとしているのではないだろうか。

 ならば、簡単な話……自分もそれを真似するまで。

 

「いえいえ、私がいきなり参加したのです。お二人こそ、お好きに選んでくださいな」

 

 帆波さんは困ったような笑みを浮かべていた。

 これは作戦が上手くいったのだろう、私は彼の方へと目をちらっとうつす。

 そこには、メニュー表で顔を隠すように、無言で商品を選んでいる彼がいた。

 

「そ、そうはいってもにゃあ……元々、私が奢る予定だったし」

「いえ、臨機応変にいきましょう。私が奢りますよ」

 

 私は彼の方を見ます。

 しかし、いまだ彼はこの会話に参加しません。

 まるで自分は無関係ですとでも言っているかのように。

 だが、だからこそ面白い。

 

 女子生徒に、飲み物を奢ってもらう気満々でいるその姿勢が、とっても愉快だ。

 こんな面白いことはなかなか見当たらない。

 ならばこそ、ここは奢った方が、彼に貸しを作れると言う意味で、勝者だ。

 

「じゃ、じゃあ! 割り勘にしよう! そうしよう!」

 

 ぐっ……痛いところをつかれてしまった。

 そう、三人で割り勘をしてしまえば、そこに不公平は存在しなくなってしまう。

 これは合理的な判断で、断るにも断る理由が無理やりとなってしまう。

 

「そうですね……ではそうしましょう。どうですか? ○○さん」

 

 すると、これまで無言だった彼がようやく声を発した。

 

――異議あり!

 

「え……? 何か問題でもありましたか?」

 

――私は、君たちに奢ってもらいたい!

 

「それはその……つまり、あの……ふふっ」

 

 それは私を笑わせるには十分なネタだった。

 なんていったって、彼が自分はポイントを支払いたくないと堂々と言い出したからだ。

 

「ふふっ……本当に、面白い方ですね。」 

 

 私は思わず笑みを抑えきれなかった。

 帆波さんも、戸惑いながら彼に目を向ける。

 

 しばらく沈黙が流れたが、彼はまるで何事もなかったかのように、メニュー表に目を戻していた。

 完全に支払いの話から自分を外している様子だ。

 

「そ、そうだね……あはは、○○くんってほんと変わってるよね!」

 

 帆波さんは苦笑いしながら、何とかその場を取り繕おうとするが、その笑いは少し無理があった。

 私は彼女の動揺に気づきつつ、淡々と返事をする。

 

「では、帆波さん。今日は私たち二人で割り勘ということでよろしいですね?」

 

 帆波さんの表情が微妙に歪んだのを見逃さなかった。

 彼女は確かにカフェを奢ると言い出したが、まさか彼が完全に支払いを放棄し、私たち二人だけで割り勘することになるとは予想外だったのだろう。

 

「う、うん……そうだね。じゃあ、二人で割り勘しよっか……」

 

 彼女は何とか笑顔を作りながらそう答えたが、その声にはわずかな疲れが滲んでいた。

 

 

ξ

 

 

 そして、しばらくの談笑を楽しんだ後に、三人のもとにそれぞれの商品が届いた。

 

 私は、カップル用フルーツジュースで。

 帆波さんは、カップル用カフェラテ。

 彼は、ショートケーキ。

 

 それは非常に歪な注文であったのだろう。

 店員さんが困ったような顔をしていたのを思い出す。

 そう、私たちの注文はどう見てもおかしいのだ。

 

 周囲の生徒たちが『何あれ……』と呟いていたのを私は聞き逃さない。

 同時に、帆波さんもそれを聞いたのか、耳を紅らめている。

 

 女二人に、男一人の状況で、カップル用ドリンクが二つとは一体何が起きているのか。

 答えは、戦いが起きているの一言で十分だろう。

 

「じゃ、じゃあ。……頂こうか」

 

 帆波さんがそう恥かしそうに呟き、一人でカップル用のカフェラテを吸い始めた。

 ですが残念、私は帆波さんと違って、そんなにうぶな少女ではないのだ。

 

「では○○さん? 私といっしょにコレを飲みませんか?」

 

――いいね。

 

 ふふふ、彼なら乗ってくると思いました。

 そして、何の躊躇もなく、彼は私のカップル用フルーツジュースを飲み始める。

 彼らしいといえば彼らしい、タイミングなんて一切気にせず、勝手に飲み始めるのだ。

 私もそれに合わせて、若干の恥ずかしさを混ぜつつも、ちゅーっと吸い出す。

 

 ああ、今自分が彼と融合している、繋がっていることを認識する。

 それはとても美しくて、魂が一つになるような感覚だった。

 

「ちょ、ちょっと待ってよ! なら私のカフェラテも一緒に飲んで欲しいさ⁉︎」

 

――いいね。

 

 あっ、彼との繋がりが断たれたことを感じる。

 横を見ると、そこには頬を赤らめて彼と一緒にカフェラテを飲み始める帆波さんがいた。

 それはどこか、嬉しそうで、恥ずかしそうで、幸せそうだった。

 

 ある程度、飲み終えた彼は、私たち二人の方をそれぞれ見やる。

 そして、こう言った。

 

――二人とも、どっちも美味しいね。

 

 帆波さんは手で顔を隠していた。

 その気持ちはよくわかる、異性と一つに繋がる不思議な未知の感覚に、身を委ねてしまっては、こうなるのは仕方ないだろう。

 私はその様子を見て、冷静になろうとし……冷静になれなかった。

 自分自身もまた、彼のそっぽを向いて、感情を落ち着けようと努力してしまう。

 

「……っ、くぅ」

「……っ、ふふ」

 

 その時、私は気づいた。

 この状況はまるでチェスの終盤戦のように、誰が勝者になるかが決定する一歩手前に来ているのだ。

 彼との繋がりを意識し、一瞬の優越感を味わったものの、帆波さんの表情を見れば、それが単なる一時的なものであることがわかる。

 彼がどちらかに特別な感情を抱いているわけではない。

 彼にとって、この時間も単なる「遊び」に過ぎないのかもしれない。

 

――じゃあ、二人にも私のこのケーキを渡そう。

 

 彼がフォークでショートケーキを小さく切り取り、こちらに向かってすっと、つまり「あーん」の形になるように、フォークを渡してくる。

 ……私たちは、それを頬張るように口を開いて。

 

 

 

 

 

 その時、不意に背後から聞き覚えのない声が響いた――。

 

「○○、こんなところで何してるんだ?」

 

 息を呑む私の視線と、相手の鋭い眼差しが交差する。

 振り返ると、そこにはまるで過去から引きずり出されたような、忘れもしない顔が。

 

 

「あなたは……もしかして」

 

―END―

 




坂柳「114年と514日ぶりですね」(ガバガバ)
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