血鬼術で莉々愛が、霊が見えるようになった。
「…………」
「莉々愛ちゃん?さっきからどこを見てんのさ?」
「…何でもないよ〜」
「そう?」
莉々愛は見えていた。善逸の後ろに彼と同い年くらいの美しい少女がいることを。しかも高級そうな着物を纏っており、まさに遊女のようだった。しかしながら、善逸はソレが見えないらしい。
善逸に振られて怨霊として善逸に憑いているのだろうか。それにしても善逸に対しての殺気が湧くような雰囲気は全くない。むしろ悲しそうにしながら何か言いたげにしていた。もしかして善逸に告白することができずに亡くなってしまったのだろうか。
あの女好きな善逸の日頃の行いだ。そうかもしれないと莉々愛はそう考えた。
そんな時、雀の鳴き声が聞こえてきた。善逸の雀だ。任務の依頼が来たのだろう。善逸は嫌そうにしながらも重い足で歩き出す。
「莉々愛ちゃん、本当に無理しないでねぇ?」
血鬼術にかかった莉々愛に対しての言葉をかけながら手を振り、背中を丸めながら任務先へと向かって行った。
「…………」
去り行く善逸の背中を見つめていると、莉々愛の目の前に遮るようにあの美しい少女が覗いてきた。
「私のこと見えるの?」
先程、莉々愛の不自然な視線に気付いたのだろう。だから少女は莉々愛に話しかけてきた。それでも莉々愛は穏やかに返事する。
「……そうだよ〜、君は誰?」
「……貞実…貴方は莉々愛って言うらしいのね?」
「そうだよ〜」
貞実と名乗った少女は莉々愛の隣に座り、困り眉を下げたまま笑みを浮かべた。その笑みは誰かに似ていると違和感を感じた。
「莉々愛さん、私とおしゃべりしようか」
言いたいことを話して成仏するつもりだろうか。それなら付き合ってあげようと莉々愛は静かに頷いた。
「莉々愛さんはさっきの子のこと好き〜?」
いきなりの質問で莉々愛は思わず赤らめる。恥ずかしさのあまりに返事がぎこちなくなってしまう。
「う、うん…」
「どんな所が好き〜?」
「ぇ、えっと…素直に…言葉に出来る所……かな…」
「あの子素直だもんねぇ」
「……嘘ついたりするより素直に言ってくれるとその方が安心、できるから…」
「確かに安心するよねぇ」
貞実は莉々愛の言葉を聞いて何故か安心するような笑みを浮かべていた。まるで全てのことを見ていたかのように。
「……貞実さんは善逸とどんな関係なの…?」
「……ごめんなさいねぇ…今は気安く名乗れる関係じゃないのよねぇ…今はと言うより永遠かなぁ…」
「…………」
「あ…やましい関係じゃないから安心してねぇ」
貞実は善逸との関係に触れると何故か酷く、酷く悲しそうにしていた。何かを思い出して今にも泣き出しそうな様子だった。
「……善逸と何かあったの…?」
貞実は遠くを見るような目で1点に見つめ始めると、そよ風が貞実の長い黒髪を揺らした。そんな姿が言葉を飲み込むほど美しかった。
「…………捨てたんだよねぇ…あの子を…」
「…………」
貞実は記憶を引き出すようにしながら話し始めた。
私の家は貧乏だったの。生まれてきた子供に対して迷惑な存在だと言われるほどの貧乏。でも私たちは双子だった。姉がいて私が妹。
そんな私たちを遊郭に売った。追い出されるように。両親は悲しむこともせずにお金が貰えたことが喜んでいた。私たちのことは何とも思っていなかった。愛していなかった。1寸とも。しかも売られる際に両親は今まで無名だった私に初めて名付けた。
『貞実』。由来は男性の玩具。人間としても女性としても見て貰えない。ただの玩具。ただの商品。愛情が全く詰まっていない名前で名付けられた。
それから遊郭で好きでも無い男性に貢献したり抱かれたり…汚い泥の中にいるような生活だった。
そんな穢れた生活の中で『煌世』という男性に出会った。その男性は既婚者でありながら遊郭で遊んでいた。しかも妻を持っていながらも複数の女性との関係を持っていたという。そんな男性が毎日毎日私を指名してくれていた。そして彼は、私を人間として、一人の女性として見てくれていた。扱ってくれた。そんな彼と嫌という程毎日会っていくうちに、互いに恋が落ちていった。そして繋がった。
そんなある日、姉が鬼になった。太陽の下で歩けなくなった。男性を誘惑し、人を喰うようになった。もう人ではなくなった姉は足抜けをするように獲物を求めて出ていってしまった。
その同時に私は体調を崩した。その体調を崩した原因は赤子を身ごもったからだった。でも煌世には言えなかった。言ったら捨てられる。そう不安を抱えていた。でもそうではなかった。煌世は喜んでいた。
そんな優しき彼に甘えて子を産んだ。その子は雷と共に生まれた。名前は…………ごめんねぇ…やっぱり言えないわ……理由はいくつかあるの。
姉が鬼になったから。煌世が複数の女性との関係を持っているから。その女性たちが私に嫉妬して私と煌世との子を殺そうとしているから。そして、私が遊女だから。
そんな家族の元で生まれてきた子にとってはこの先、不幸になると思っていたの。そのまま育てたって幸せになれる可能性なんて一つもないと思ったの。
だから捨てた。私たちの世界から切り離して、私たちのことを知らない、新しい世界で、新しい名前で幸せになって欲しいから。
だから私は…私たちはその子に名前を呼ぶ資格なんかないの。
ポタッと落ちた涙が高級な布にシミができる。その涙の主は貞実。
「その子って……」
莉々愛は何か言いかけようとした時、何か気付くように目を見開いた。
莉々愛の目の前に涙を流す貞実。眉を下げながら夕陽色の瞳に涙を溜めながらポロポロと目から涙を零している。しかも鼻水を垂らしながら。その泣き顔はまさに……。
「もしかして……その子が善逸…?」
貞実は手で涙を拭いながら「ごめんなさいねぇ、情けないところを見せちゃって…」と申し訳なさそうに謝った。
「……もう呼んでもいいんじゃない…?」
「え…っ?」
「呼んであげると…むしろ喜ぶと思う…多分…」
「……でももう死んでしまったし…あの子の耳には届かないと思うよ」
「…善逸なら聞こえると思うよ…だって耳が良いから」
貞実は莉々愛の言葉によって暗かった涙が嬉し涙に変え、へにゃ…と笑った。その笑顔も物凄く似ており、やはり親子だと確信するほどだった。
そして、貞実の身体が次第に透けていく際に、ゆっくりと口を開き、長い間呼ばなかった彼の名を呼んだ。
『 雷音 』
「雷の呼吸 壱ノ型 霹靂一閃」
彼があの生まれた頃のように雷が響く。鱗文様の羽織を靡かせながら雷の模様が入った刀身を鞘にそっと閉まった。
そして「ンガッ」と変な声を上げた後、目を覚ました善逸はキョロキョロと周りを見た。
「……なんか…誰かが俺を呼んだような…?」