ELDEN RING:Princess of Sunlight   作:えんま

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1.褪せ人、狭間の地を語る

褪せ人は困っていた。

目の前のデミゴッドに話を聞かせると答えたはいいものの、何から話せばよいかわからなかった。

 

普段、褪せ人は人の話を聞くばかりで、自ら語ることはあまりない。

それはもちろん、語るべきことがないというのもあるが、

根本的にはあまりそういったことが得意ではなかったからでもある。

 

褪せ人がう~ん、としばし逡巡していると、

それを見かねたのか先にゴドソレイユが口を開いた。

 

「そうですね……では……今、狭間の地はどのような様子でしょうか?」

 

―すっかり荒れ果てている

 

端的に、褪せ人は問いに答えを返した。

ゴドソレイユはその言葉に、ハッと息を飲み、怯んだように顎を引いた。

褪せ人は、本来尋常ならざる存在であるはずのデミゴッドが只人のようにふるまう様から思わず目をそらした。

その動揺頭の動きに合わせて、その金糸のような長い髪がはらはらと肩口からこぼれ落ちるのが目に映る。

暗闇を照らす淡い蝋燭の灯の光がその髪にきらきらとまばゆく反射する。

水面に反射する陽の光のようなそれに目を奪われながら、

褪せ人は目の前のデミゴッドが狼狽えた理由を考えていた。

 

ゴドソレイユというデミゴッドは、破砕戦争はおろか、陰謀の夜よりも前に姿を消したとギデオンから聞いている。

それはつまり、彼女が最後に目にした狭間の地とは、依然として、黄金の栄華を誇っていた時代のものなのだろう。

黄金樹が豊穣をもたらさなくなって久しいとはいえ、しかし其のもとで祝福され繁栄していたころ。

その時代の者に、「狭間の地は祝福を失い、荒れることになる」と聞かせても、信じることはないだろう。

 

そう考えれば、確かにゴドソレイユが自身の言葉に衝撃を受けるのもうなずける。

 

「そうですか……」

 

褪せ人がそう結論づけたとき、ゴドソレイユは目を伏せたままそっとつぶやいた。

ただ、その声音は事実を受け止めきれないというような様子ではなく、

むしろ思ったとおりになってしまったことへの諦観や落胆を感じさせるものだった。

 

「予見していたことなのです……エルデンリングは、砕かれたのですね」

 

褪せ人は、驚きに思わず視線を彼女の髪から顔へと上げた。

エルデンリングが砕かれたこと、

それは深き根の底、それよりもはるかに昏く、深い、祝福も届かぬ地に長きにわたって隠棲していた者には知りえぬことのはずだった。

 

「女王マリカ、我が母がそれを成したのでしょう?」

 

ゴドソレイユは、悲しげに、そう問う。

褪せ人はそれに首を縦に振るのみで応えた。

 

「教えてくれませんか、褪せ人。私が去ってから、何が起きたのか」

 

真摯な言葉だった。

褪せ人は、それだけで、なんでも教えてあげたいな、という気分になっていた。

荒れた狭間の地において、褪せ人がそのような扱いを受けることは数えるほどしかなかったためだ。

それが、狭間の地の者で、かつデミゴッドのような上位者であればなおのこと。

そういったものは、基本的に何かにつけて襲い掛かってくるばかり……。

なんだか気分が良くなった褪せ人は、ゴドソレイユに語った。

 

陰謀の夜のこと、エルデンリングが砕かれたこと、破砕戦争が起きたこと、それが勝者なく終わったこと。

そして、自分ら褪せ人が狭間の地より外から呼び込まれたこと。

地を這う亡者のように生きる民たち。

祝福が失われてなお、務めに従事する兵士と騎士たち。

腐敗に飲まれた地とそこを跋扈する異形の獣たち。

正気を失ったデミゴッド、正気のままのデミゴッド。

黄金樹の拒絶。

魂だけが死に、死に生きるものとなった、彼女の兄。

 

それは拙い語り口ではあったものの、事のあらましをゴドソレイユが理解するには十分なものだった。

ゴドソレイユは兄の訃報と末路に再び目を伏せ、

破砕戦争により兄弟、一族の者たちが大ルーンを巡って相争ったことに目に見えて悲しみ、

マレニアとラダーンの決着の様に口を覆った。

その後、狭間の地がどのように荒れ、今なお在り、そして幾人もの褪せ人が王たるを目指して争い、斃れ、旅していることを、

何か思索に耽るように目を瞑って静かに聞いていた。

 

「……ありがとうございます、褪せ人」

 

褪せ人が語り終えると、ゴドソレイユはしばしの沈黙のあと、目を開き、すっと背筋を伸ばして言った。

 

「そして、あなたもまた、デミゴッドを狩り、大ルーンを集め、王たらんとする褪せ人の1人、ということですね」

 

おっと、しまったな、と調子よく言葉を繰っていた褪せ人はゴドソレイユの言葉ににわかに焦りを覚えた。

ゴドソレイユの言う通り、褪せ人は大ルーンを集めている。

それは、ゴドソレイユの同胞、否、血縁者たるデミゴッドたちを弑して回る旅路でもあるのだ。

もしかすると、今からここで、この目の前の可憐な女性とドンパチしなくてはならなくなったかもしれない、と身を固くした。

 

「ご安心を、褪せ人。あなたを責めるつもりはありません」

 

褪せ人がしどもどろにうん、とか、あぁ、とかしていると、ゴドソレイユはフッと微笑みを浮かべて言った。

まるで、暖かな陽の光のような柔らかな笑みである。

さしもの褪せ人も、思わずドキリとするような美しさは、やはり彼女が只人ではなくデミゴッドである証左か。

 

「……むしろ、あなたに感謝と謝罪を。我が一族の失態がために、苦労をかけてしまいましたね」

 

そう言うと、ゴドソレイユはあろうことか浅く頭を下げた。

貴人が、その頭を下げることは只ならぬ意味を持つ。

そ、そんなことは、と逆に褪せ人はさらに慌ててしまった。

戦士の一族の出である褪せ人であってもその程度のことはわかるのだ。

 

「このような場所にたどり着いているということは、あなたはすでに、多くの大ルーンをお持ちなのですね。

 多大な苦労を強いられたことでしょう、デミゴッドとは、名ばかりではありませんから。

 わたくしの言葉にはあまり価値はないやもしれませんが、よく頑張られましたね、褪せ人。

 あなたのような優れた戦士が後の世に続いたと知れば、我が父、ゴッドフレイも鼻が高いでしょう。

 『力こそ王の故』と彼の王は、よく言っていたものですから」

 

褪せ人は思わず、きょとん、としてしまった。

狭間の地に在って、初めてだったからである。労い、といえる言葉をかけられたのが。

それなりの時間を過ごしてきて、多くの偉業と言って差し支えないことを成してきて、ここまで真摯に、真正面からそのような言葉をかけられたことはなかった。

 

なんていい人、いや、いいデミゴッドだろうか

 

褪せ人は、心が暖かくなった。

このように心安らいだのは、死衾の乙女、フィアに抱かれた時以来である(その後に感じた虚脱感には目をつぶるものとする)

褪せ人は、すっかりこのデミゴッドのことが好きになっていた。

狭間の地に残った、最後の良心なのではないか、とすら思ってしまう。

 

「感謝いたします、褪せ人。もう、知ることはないと思っておりましたから。

 お礼に、こちらを受け取ってくださいませ」

 

静かに感動に打ち震えていた褪せ人を他所に、そう言ってゴドソレイユはそのしなやかで美しい手を褪せ人に伸ばした。

手に、何かを持っているようだった。

もらえるものは何でももらう主義の褪せ人は、特に疑いもせず、自らもそれを受取ろうと手を伸ばしかけ、はたと止まる。

目の前におわすのは、女王マリカの娘、王女たる身分のデミゴッドである。

騎士の出自ではないにせよ、主から下賜される際の礼節を、彼は知っていた。

すっかり気分がよくなり、そしてすっかり好意を抱いてしまっていた褪せ人は、その知識に従って、大仰に彼女の目の前に傅いた。

そして、彼女の手先に向けて、これまた大仰に手を持ち上げた。

 

「まあ、ふふふ……」

 

その様に、ゴドソレイユは諧謔を覚えたようにおしとやかに笑った。

 

「かつて、騎士たちにもこうして下賜したものです」

 

懐かしむような、切ない響きがその言葉には含まれていた。

それだけで、褪せ人の胸中はなんだか苦しくなってしまっていた。

 

すわ、魅了でもされたのだろうか、好きになってしまう、この人のことを……

 

褪せ人がそう懊悩していると、ぽとり、と持ち上げられた手のひらに小さな何かが手渡された。

その小さな何かは、手甲越しであるというのに、褪せ人の手のひらにじんわりとした温かさを伝えていた。

褪せ人はそれをやんわりと握りしめると、立ち上がってから、それが何かを確かめた

 


太陽の恩寵


 

それは、タリスマンだった。

太陽を模した、細かく美しい細工がされており、しかし、褪せ人は今まで、その太陽の意匠をこの狭間の地で見たことは一度としてなかった。

それはつまり、目の前の彼女が隠遁するよりも以前の、古い時代の、失われた逸品であることを意味していた。

褪せ人は、そのタリスマンに宿るルーンを探り、そのタリスマンの来歴と能力を読み取った。

 


 

太陽を模した、特別な恩寵の象り

祈祷による回復量を増やし、またHPをゆっくりと回復する

 

黄金樹の時代において、太陽の王女ゴドソレイユからその近衛に下賜されたという

その恩寵は陽光のごとく暖かく、身に着けたものをよく癒した

しかし、その恩寵は日没とともに姿を消して久しい

 


 

なんということだろう

 

褪せ人は狂喜した。

もとよりコレクター気質のある彼は、未知の装備品にまさに歓喜の念を禁じ得ない。

それに、その効果もなかなかに強力だ。

とくに、祈祷による回復量を増やす、という効果は、類を見ない。

非常に「レアものだ」と言うほかない。

さらに言えば、これは目の前のデミゴッドの近衛に下賜されたものだという。

この、狭間の地にあって類を見ない尊き人間性の人物の近衛とあって、鼻が高くならないわけがなかった。

 

―感謝する

 

そんな内心の狂喜乱舞を押し殺すように、褪せ人は短く一言、感謝の言葉を述べた。

褪せ人の様子に、ゴドソレイユは、彼女の異名どおり、太陽のように暖かくやわらかな笑みを浮かべた。

 

『この先、恋人があるぞ』

 

穴に落ちる前に見たメッセージの言葉は、目の前の彼女のことを指していたに違いない、褪せ人はその笑みを見ながら思った。

 

―ほかに、何かできることはあるだろうか

 

すっかり絆された褪せ人は、元来のお人よし気質、安請負気質から、気づけばそんなふうに声をかけていた。

ここが、黄金樹の祝福の届かぬ深淵の地であることも背中を押していた。

今、彼には黄金樹の祝福の導きは見えない。

つまり、何を成し、どう進むか、すべてを彼自身が決めなければならない(決めてよい)のだ。

狭間の地で自分が手助けしてきた者たちと同様に、自分もまた、自分のしたいこと、すべきことをしてよい。

 

「……」

 

その言葉に、ゴドソレイユは顎を引き、視線をわずかに落として考え込んだ。

それから、再び視線を上げ、褪せ人の目を見た。

そして、意を決した様子を見せた彼女は、褪せ人に問うた。

 

「……褪せ人、あなたは王を目指している。つまり、大ルーンを集めているのですね」

 

はて、と褪せ人は首をわずかに傾げた。

それは確かにそうだが、それがなんだというのだろうか、と。

すでに、ゴドソレイユは一度、褪せ人が大ルーンを持っていることに言及していた。

改めてそのことに触れる、ということの意味に、褪せ人は見当がつかなかった。

少しの戸惑いとともに、褪せ人は首を縦に振る。

 

―そうだ

 

「そして、事実、あなたはすでにいくつもの大ルーンを手にしている」

 

やはり、褪せ人は困惑した。

どうしてまたそれを?と思いつつも、再び肯定する。

 

―そうだ

 

「つまり、あなたこそ、次の王に最も近い、ということですね」

 

その言葉に、今度は褪せ人は即座に肯定を返せなかった。

何せ、そのことに明確な自信を持てなかったからだ。

確かに、円卓をはじめ、各所で大ルーンを2つ以上集めた褪せ人は久しく現れなかった、と聞いている。

 

しかし、とはいえ、最も王に近いのか、と問われると、どうなのだろうか

 

「きっと、そうなのでしょう」

 

その様子に、しかしゴドソレイユは確信めいた声音で言った。

 

「ああ、お母様、お父様、私は……」

 

それきり、ゴドソレイユは目を閉じて黙した。

揺らめく蝋燭の灯りが、目を閉じた彼女の(かんばせ)と美しい黄金の髪をゆらゆらと照らす。

それから少しして、彼女はわずかに深く息を吸い、そして再び口を開いた。

 

「……こうして、あなたが私の前の現れたのは、きっと運命なのでしょう」

 

静かに、ゴドソレイユは言った。

 

「褪せ人、今の狭間の地を見て、どう思われましたか?」

 

―壊れている

 

褪せ人は、繕うことはしなかった。

自分の返答が、目の前の黄金樹の時代しか知らぬ彼女を傷つけるかもしれないと思いながらも。

 

「褪せ人、狭間の地は、どうあるべきでしょうか」

 

褪せ人の心配を他所に、ゴドソレイユはその返答が織り込み済みかのように次の問いを投げた。

今度は、褪せ人は返答に窮してしまった。

その問いの答えを、王足らんとしているというのに、褪せ人は出せていなかった。

そもそも、大ルーンを集め、エルデンリングを修復し、王となる、ということがどういうことか、褪せ人はよくわかっていなかった。

そんな悩む褪せ人の返答を、ゴドソレイユは目を閉じたまま待っている。

たっぷりと時間を使って、褪せ人は口を開いた。

 

―わからない

 

その一言に、く、とゴドソレイユの頤が上がった。

その口が開かれる寸前に、しかし、と褪せ人の言葉が続いた。

 

 

褪せ人は、彼女の兄であり、死に生きるものとなったゴッドウィンのことを思い出していた。

 

褪せ人は、拒絶されてなお、黄金樹を愛した祝福の王、最後の王、モーゴットのことを思い出していた。

 

褪せ人は、ケイリッドの荒野で、正気を失い、死ぬこともできず、理性なき獣のごとく彷徨っていた星砕きのラダーンのことを思い出していた。

 

褪せ人は、故郷に戻らず、ケイリッドの荒野で澱みたる赤い腐敗を抑え込まんと今なお奮闘する赤獅子の騎士団のことを思い出していた。

 

褪せ人は、地を這う亡者のように、虚ろに生きる黄金樹の民たちを思い出していた。

 

褪せ人は、いっときの魔術の師のことを思い出していた。

鈍石と呼ばれようと、その生涯を魔術に捧げ、教室の外でひっそりと逝った彼のことを。

 

褪せ人は、これまでに会った、他の褪せ人たちのことを思い出していた。

各々の使命に、自らの成すべきことに邁進する彼らのことを。

 

 

彼らを思い出しながら、褪せ人は言った。

 

 

―朝に起き、夜に寝て、誰かを愛し、その果てに死ぬ

 

 

―ただそれだけのことが当たり前で、あってほしい

 

 

とは、思う、多分、と、最後に歯切れ悪く、褪せ人は言った。

なんだかかっこつかないな、と思いながらも、ただ、嘘ではないのだとも考えながら。

 

その返答に、ゴドソレイユは、一瞬、ハッと息を飲んだようだった。

 

「……」

 

それから少しの間、彼女は沈黙を貫き、そして、ゆっくりとその両目をひらき、褪せ人の目を見つめた。

 

「やはり、あなたは、私の運命のようですね、褪せ人」

 

そして、あの陽の光のごとく暖かな微笑を浮かべて、言う。

 

 

 

「……であれば、褪せ人、どうかよろしければ、わたくしにあなたの持つ大ルーンをお預けいただけないでしょうか」

 

 

>[渡さない(いや、それは無理)]

 [渡す]

 




鬱で休職して気分上向いてきたので書く時間ができた。
どこまで行けるかはわからない(色んな意味で)
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