そして世に(銀髪薄幸美少女傭兵との)純愛のあらんことを 作:アリマリア
ハウンズ、セーフルームにて。
「……ふう」
621は、本日何度目かの息を吐いた。
虚脱であり、放心であり、そして何より安堵の溜め息だ。
『どうしましたか、621?』
通信の向こうから、617の声が聞こえて来る。
どこか気もそぞろにしていた621を心配してくれていたのだろう。
ウォルターやカーラたちに、思いの丈をぶつけた一夜が過ぎて……。
今日も今日とて、彼女たちはナインブレイカーの最終課目、ナインブレイクに挑んでいた。
ナインが用意したACの教習課程たるこれを、今や彼女たちは完遂しつつある。
621はところどころ穴空きではあるものの、大抵の課目をこなしていたし。
617はついには、ナインブレイク以外の課目を、全て最高成績で埋めきった。
残す課目はただ一つ、ナインとの直接戦闘であるナインブレイク。
彼女たちはそのレベル4に挑み続け……最近では、未だ勝つことこそできないものの、善戦できるようになりつつあった。
勿論、一戦一戦で限界まで集中するため、かかる精神的な負担は極端に大きく。
今は、それを癒すための休憩時間、ハウンズの2人で色々と話していた最中だった。
そんな時に不意に黙り込み、ため息を吐いたものだから、617が心配するのも当然と言えただろう。
『その……621、余り気にし過ぎないでいいと思います。
削り取ることのできるAP量は、徐々に増加しています。
このまま鍛錬を積めば、きっと撃破は叶うかと思われますが……』
621は、気遣わし気な妹(?)を有難く思いながらも、苦笑して首を振った。
「あ、ごめん、617。そうじゃなくてね。
なんていうか、その……ほっとしたの。本当に、こんなことになるんだなって」
ルビコンでの戦い、その大勢は決したと言っていいだろう。
ナインの介入によって、封鎖機構のシステムは掌握され、実質的に組織は傘下に置かれた。
アーキバスは、封鎖機構の圧力に屈し、主要戦力を喪い、星系外への撤退を余儀なくされた。
ベイラムは、間接的なコーラル産業の独占という利益に釣られ、協調姿勢を取っている。
解放戦線は、未だ封鎖機構やベイラムの意図を窺ってこそいるが、条件次第ではルビコン再生の一手としてこれを受け入れることを考えている。
そして、オーバーシアーもまた。
コーラル焼却という目的を捨て、ハウンズや自らの生んだAIと寄り添ってくれる未来を選んだ。
全ての勢力が矛を収め、少しずつではあるが、歩み寄る意思を見せているのだ。
もはやナインの提唱した「4つ目の答え」に至るための道は、確かなものとなったと言っていい。
それに、621は改めて安堵していたのだ。
3周もの、ルビコンでの戦い。
その中で、621はただ磨り減るばかりだった。
なにせ、どう足掻いても、大切な人が死ぬ未来しかなかった。
彼の意志を継ぎ、燃え残った全てに火を点けても。
敢えて敵対し、ルビコンの灼けた空の解放者となっても。
その死の主原因たるクソ眼鏡を取り除いて、リリースを遂げても。
いつだってウォルターは、非業の死を遂げた。
考えることが苦手だった彼女は、どうすればそれを回避できるか見出すことも、この繰り返しが何故起きるのかも、何もわからず。
この周も、ただ何も考えず、戦い続けるつもりで……。
けれど、彼女の許に現れたせんせいが、全てを変えてくれた。
ナインは617を助け、621を支え、ハウンズを成長させながら。
ついには、ここに至るまでの道を舗装し、彼女たちに走らせてくれた。
過度に介入することは、決してなく。
しかしただ一度、アイスワーム討伐作戦に「ハスラー・ワン」として現れることで、あるべき流れを塗り替えてしまった。
共に「4つ目の答え」を目指すという約束は叶えられ、もはやそれは、目の前にある。
ウォルターも、エアも、カーラも、ラスティも、ミシガンも……そして今は、617も。
大切な人たちが皆生き残り、心から明日を望む。
3周もの間実現されなかった明日が、いよいよ迫っている。
それが感慨深く……そして同時、ここまでやり切ったという事実に、621は一種の燃え尽き症候群に陥っていたのであった。
そして、その一方で。
『おにいさまの導きあれば、当然のことかと思いますが』
617は不思議そうにそう言ってくる。
617は621とは、色々と条件が違うのだ。
そもそも、4周目になって初めてナインに会った621とは違い、彼女は情緒を取り戻しつつある発達期の始まりに彼と出会い、以後ずっと支えてもらっていた。
結果としてナインを、彼女にとって憧れの呼び名である「おにいさま」と呼称し、深く信じ込んでしまっているのだ。
更に言えば、3周もの戦いを経て、ウォルターが生き残る道はないのではないかと諦めつつあった621と違い、617はこれが1周目であり、ここで起こることが全て。
「おにいさま」への心酔もあって、ウォルターを救えないなどと思ったことは、一度もなく。
むしろ当然こうなるだろうと、後方腕組み妹(?)面して、うんうんと頷いていた。
「まあ、当然と言えば当然かもしれないけどね。
でも、ここまで来たなぁって、やっぱりうれしくは思っちゃうよ」
『あれは、嬉しさのため息でしたか。戦績を気にしているのではと思ったのですが』
「だいじょうぶ、心配してくれてありがとね、617。
……まあ、正直に言えば、未だにレベル4に勝てないことは、ちょっと気にしてはいるんだけどね」
621は苦笑いを浮かべてしまう。
ナインブレイク、レベル4。
対人用に組んだアセンブルで手加減抜きのナインと1対1で戦うそれを前に、未だ突破が叶っていない。
それは今吐いたため息の理由でこそなかったが、気にしているか気にしていないかと言われれば、間違いなく気にしていることだった。
『まあ、相手はおにいさまなので、勝てないのもおかしくはないと思いますが……私としても、少々悔しく思う部分はあります』
「どれだけ上手く転んでも、いまだに一本もとれないからねー」
ACの操作技術が同程度であれば、勝率は50%に落ち着くだろう。
多少偏っていたとしても、30%前後より落ち込みはしない。
たとえ大きな実力差があったとしても、100回戦えば相手の癖を読んだり技を見て学んだりまぐれ当たりで、1回くらいは勝つことはできるはずだ。
それが1回も叶わないということは、即ち……。
ナインとハウンズの間に、未だ決定的な程の差が開いていることを意味する。
おにいさまやせんせいと呼んで慕うハウンズにとって、ナインが強いことは嬉しく思うが、同時自分の実力が及ばないことは悔しくも思っていた。
……ただし。
もはやそれも、天を仰ぎ見上げるような次元の話でもなくなってきているのだが。
「でも、もっとがんばれば、いつか届くよ」
『そう……ですね。いずれは、きっと』
彼女たちの戦績は、ナインブレイクを繰り返す度、着実に上昇していっている。
ナインの取る戦法や戦術の見取り稽古と対策法の考察、新たなアセンや戦い方の模索に、トレーニングルームでの習熟、実戦での有用性の確認。
1年近く続けて来たそれらは、彼女たちの底に眠っていた才覚を著しく刺激し、目覚めさせた。
その結果、彼女たちの技量は恐るべき勢いで上昇し続け……いよいよ、この世界に現れた異分子にすら手を伸ばそうとしていた。
ただ、と。
通信の向こうの617が、不意に苦々しい声を上げた。
『……正直に言えば、微妙な思いもするのです。
おにいさまには、常に絶対的な最強であって欲しかったようにも思います。
この手が届くかもしれないと思うと、嬉しいと思うのと同時に……何と言いますか、残念なようにも思えてしまうのです』
彼女にとって、ナインは絶対的な憧れの対象だ。
それはもはや信仰上の崇拝、あるいは親への絶対的信頼にすら近い。
そうして遥か高みに見上げていた相手の背中が、現実的に見えて来る。
それは言うならば、両親の限界が見え、自分と同じ人間なのだと理解するようなもの。
失望とは少し違うが……夢が醒め、地に足が付くような感覚は、あまり心地よいものとは言えなかった。
あるいはこれは、健全な成長痛、と言えるのかもしれないが。
そしてその感情は、621も理解できるところだった。
彼女もまた、ウォルターを妄信して進み続けた結果みすみす失敗し、その内ウォルターがちょっと死にたがりで頑固者な困った人なのだと理解したのだから。
……その上で。
今回の場合、それはそこまで気にする必要のないだと思っていた。
「でも、たぶん、せんせいについては気にしなくていいんじゃないかな」
『どうしてですか?』
「だって……私たちが成長するように、せんせいも成長するんだろうし」
何気なく言った621の言葉に、617は凍り付いたように黙り込み。
しばらくして、恐る恐るという口調で、気持ち震える合成音声を響かせた。
『…………おにいさまが、成長? おにいさまはもう既に最強なのでは?』
「いやいや、強さに終わりなんてないでしょ。
せんせいが変わらないように見えるのは……多分、あのときの私みたいに、強くならないと勝てない相手がいなくて、必要がないからだよ。
私たちがせんせいを追い詰めるくらいになれば、きっとせんせいはもっともっと強くなる」
『それは……追いつくのに、苦労しそうです』
「うん。ふふ、ナインブレイクのレベル6、なんて出ることもあるかもね」
『あれ以上に強いとなると、もうACでは勝ち目があるかどうか』
617の声に苦笑の色が乗る。
ナインブレイクのレベル5は、あのアイスワーム戦で垣間見えたネクストAC戦。
そもそも彼女たちは、それに挑める段階にすら至ってはいない。
ただでさえナインの操作技術は飛び抜けて高いというのに、機体性能まで比べ物にならない高さになると、ちょっとばかり勝ち目が見えそうになかった。
「まあとにかく、がんばってもっともっと強くならないと!
これから私たちは、封鎖機構とベイラム、解放戦線の……せっしょう役? として、働かないといけないんだし、もし負けたりしたら、せんせいに怒られちゃう」
『負けたら怒られる前に死ぬと思いますよ、621』
「あ、そっか。……でもせんせいのことだし、生きかえらせたりしそうじゃない?」
『…………おにいさまは、何と言うか、常識では測れませんからね。あり得そうで怖いですが』
621の冗談に、617はくすりと笑って応える。
それを聞き、621は穏やかで温かな気持ちになる。
彼女の急激な変化は、何も戦力だけではない。
彼女の人格面も、出会った頃よりもずっと柔らかくなった。
この周で出会った頃、617は、感情や情緒の薄い少女だった。
そういう性格というわけではなく……恐らく、1周目の621と同じように、強化手術の弊害として色々なものが削ぎ落されてしまったのだろう。
ウォルターやナインのこと、彼女の好物であるドライフルーツ、それから大切なものらしい赤と青の髪飾りについては、拘りがあるようだったが……。
それ以外のことについてはまるで無頓着で、ぼんやりしている子だった。
しかし、ルビコンで様々な経験を積んで、彼女は薄くこそあるものの、感情を表に出すようになった。
こうして621と雑談中に、ちょっとふざけてみれば、くすくす笑うようなことも増えて来たくらいで。
それが、621には嬉しかった。
かつて自分がウォルターにもらったものを、617にも少しだけ渡せたような気がして。
それが、明るい未来に繋がりそうに思えて、嬉しくなってしまうのだ。
* * *
休憩を終えた後も、2人はしばらくの間、シミュレーターに籠り続けた。
621にとっては、ようやく至れる明るい未来に向けた準備運動であり、自分を救ってくれた尊敬する人に少しでも迫るための修練として。
617にとっては、自身のすべき義務であり、おにいさまからもらった課題であり、なおかつ自分の趣味にもなりつつあることとして。
両者共に、モチベーションは非常に高く、前向きにそれに挑み続けていた。
…………しかし、夕刻。
今日は珍しく、全く口を挟んでこなかったナインとエアに、彼女たちが夕飯を取りつつも「どうしたんだろう」と首を傾げていた時……。
【……レイヴン、リンクス。ご心配おかけしました。】
【いえ……ただ、これからどうすべきか、少し考えていまして】
【とにかく、ナインから、テキストデータ……いいえ、依頼を預かっています。
ひとまず、それを確認してください】
不意に、どこか沈んだ声で、エアが2人に話しかけてきたことで。
彼女たちの幸福の絶頂は、終わりを告げた。
『617、621。まずは、ここまで本当によく頑張ってくれた。
本当にありがとう。君たちのおかげで、4つ目の答えは、もはや目の前に迫っている』
『その上で……君たちに、答えに至るための、最後の依頼をしたい』
『──俺はこれより、君たちと敵対する』
『俺を、倒してくれ』
『それで以て、4つ目の答えは完遂される』
『さぁ……最後の仕事だ、617、621』
chapter4はこれにて終了。
ルビコンの趨勢は決しました。
オーバーシアーとも和解しました。
残る火種はただ一つ……この世界に現れた、異常なイレギュラーのみ。
全ての火種を燃やし尽くし、懸念を取り払い、完全な4つ目の答えを。
最終chapter、コーラル・ファンタズマ編。
10月から11月に更新再開予定。どうぞお楽しみに。