ウマドルが油断してたら大好きな幼馴染を同室の閃光に奪われかける話   作:shch

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8.永遠

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「私と恋仲になってくれませんか?」

  

 

 

 

 

 

 

 

優の住む寮の一室にそんな声が響き渡る。

 

隣でピッタリと身を寄せながら、フラッシュの吸い込まれる様な漆黒の瞳が優を射抜いている。

 

「……」

 

そんなフラッシュの瞳から優は目を離せない。

 

その瞳はどこまでも黒く染まり、綺麗な黒髪が部屋の照明に反射してキラキラと輝く。

 

フラッシュの至る部分が優の視界に入り、その恵まれた美貌を遺憾なく見せつけていた。

 

(…やっぱり…綺麗だなフラッシュは…)

 

こんな状況だと言うのに、特に何を言うわけでもなくじっとフラッシュを見つめ返す優の右手をフラッシュはギュッと強く握り直す。

 

「…優さん?」

 

首を傾げるフラッシュに優の口が開く。

 

「…やっぱりフラッシュは綺麗だ」

 

優の口から不意に言葉が漏れる。

 

「初めて会ったあの日から…ずっと思ってた、俺はフラッシュほど綺麗な女性にこれまであったことが無い」

 

握られた手を見つめながら、優は小さく笑う。

 

「…それに、ただ綺麗なだけじゃない、フラッシュは真面目で、勤勉で…一緒に過ごしてみると意外と親しみやすくて、冗談だって意外と通じたりして…そんな素敵な子が俺のことを好きで「恋仲になってほしい」だなんて…信じられないくらい嬉しい」

 

「…っ!」

 

優の言葉にフラッシュの顔が赤らむ。

 

「…勉強くらいしか取り柄の無い俺にはもったいないくらいだ」

 

優はそこで小さく息を吐くと、表情を引き締めてフラッシュの目を真っ直ぐに見つめた。

 

「……告白は……物凄くうれしい。今すぐに小躍りでもしたいくらいに……でも…」

 

ほんの一拍、言葉を飲み込む。

 

「でも…ダメなんだ……どうしても……俺の心の中にはファル子がいて……」

 

ゆっくりと言葉を探すように、優は息をつく。

 

「……えっと……何と言えばいいか…」

 

その表情には誰が見てもわかるほどの戸惑いと迷いの感情が浮かび上がっていた。

 

「…いいんです、優さん…」

 

そんな優を見てそう言い放ったフラッシュの声色と表情は驚くほど柔らかい、だが、優の手を握る手は力強く、離す気配は無い。

 

「…フラッシュ?」

 

フラッシュは分かっていた。

 

「優さんが今、迷っているのは…私の告白を受け入れるかどうか…ではなく、どう告白を断れば私が傷付かないで済むか…ですよね?」

 

「…」

 

フラッシュの瞳が揺るぎなく優を見つめる。

 

図星を突かれたのか、優の肩がピクリと小さく震えた。

 

「ふふ… 優さんらしいですね。本当に…優しい」

 

…フラッシュは理解していた。

 

優の心の中で、今のところファル子と自分がまだ『同じ土俵にすら立てていない』ことを。

 

「しかし、私はそんな優しさでお断りされても、残念ながら納得なんてしません」

 

…しかし、フラッシュは理解していた。

 

その優の優しさにこそ…自分の入り込む隙間があるということも。

 

「正直に言います…覚悟はしているつもりですが、私がここで貴方に振られてしまうと…流石にかなり落ち込んでしまいます……これでも私は乙女なので」

 

そう言ってフラッシュは頬を赤らめ、視線を伏せる。

 

「もちろん、私を振った優さん自身もきっと苦しいはずです…」

 

「更に…このままだと、これから優さんはファルコンさんへの恋心を忘れられないかもしれない」

 

「……」

 

「恋心を忘れられなければ、貴方はファルコンさんから距離を取る…これまでのように、最前列では応援できなくなるかもしれない」

 

そんなフラッシュの言葉を聞いた優の表情が曇る。

 

フラッシュは少しだけ唇を緩め、声を落とす。

 

「……優さん、どうしても…ダメなんでしょうか?」

 

フラッシュの潤んだ瞳が優を見据える。

 

(…ファル子への思いを抱えたままフラッシュと付き合うなんて……そんなの…フラッシュに対して失礼だ…ダメに…決まってる)

 

…そんなことを考える優にフラッシュはさらに言葉を紡ぐ。

 

「…告白を受け入れてくれれば、必ず貴方に私を好きにさせると約束します…私しか見れないように…ファルコンさんへの恋心なんてどこかに吹っ飛んでしまうように…」

 

「貴方が私を好きになれば…私はもちろん幸せで、優さんもファルコンさんへの恋心を忘れ、これまで通り純粋なファンとして彼女を応援することができる…ウマドルである『スマートファルコン』を推し続けることができる」

 

握られた手に込められた熱が、さらに強く伝わる。

 

「……考えてください、優さん、メリットしかないと思いませんか?」

 

「……た、確かに?」

 

優の心がゆっくりとフラッシュの方に傾き始める。

 

だが、その時。

 

『優くん!!』

 

優の胸に、ある笑顔がよぎった。

 

初めて河川敷で出会った日から、何度も心を救ってくれた笑顔。

 

ライブのステージで、全力で声を張り上げていた姿。 

 

コールを返した時の嬉しそうな、照れくさそうなあの笑顔。

 

(…ファル子)

 

その笑顔を思い出すだけで、胸の奥が熱くなる。

 

やはり、自分がどれだけ彼女に支えられてきたのかを、痛いほど思い知らされる。

 

傾きかけていた天秤がゆっくりと元の位置まで戻ってくる。

 

「フラッシュ……俺は…」

 

意を決して口を開いた瞬間だった。

 

「分かっています」

 

優の言葉を遮るように、フラッシュが低く、しかしはっきりとした声で言った。

 

「私では、優さんの心を奪えないことくらい。優さんの中にあるのは、ずっとファルコンさんです」

 

「でも、ずっと一緒にいた貴方にはわかるはずです、そのファルコンさんの中心にいるのが優さんだと言うことも」

 

フラッシュの声は穏やかだが、その瞳には揺るぎがなかった。

 

「……もし、優さんがこのまま、ファルコンさんから距離を取れば、苦しいのは優さんだけじゃありません。ファルコンさんもきっと悲しみます」

 

「ライブの際、応援席を探して、そこに貴方がいないと気づいた時……ファルコンさんはきっと、笑えなくなる」

 

「ファル子はっ…!!」

 

「ファル子はそこまで弱くない」…と以前の優なら言っていたかもしれない、だが…

 

『…怖いの…優くんが…ファル子の元からいなくなっちゃうんじゃないかって…』

 

ついさっき、河川敷でファル子の弱みを知ってしまった優にはそんな事は言えなかった。

 

優はさっき、やっと自覚したのだ、自分がファル子の中でかなり大きな存在になってしまっていたことを…

 

自分が()()()()()()、近くに居てやらないと、ファル子は笑顔で居られないんじゃないかと…

 

想像をしてしまう。

 

ステージの上で、不安そうに客席を見渡すファル子の顔を。

 

彼女の歌声がほんの少しでも、震えてしまう姿を。

 

「私はそんなファルコンさんを見たくありません、彼女は私にとっても大事な友人なんです」

 

(…俺だって…見たくない)

 

フラッシュの声は静かだが、熱を帯びていた。

 

「だから……私の告白を受け入れることは、ファルコンさんのためにもなるんです。お願いです」

 

彼女は優の手をさらに強く握りしめる。

 

「…ファルコンさんがアイドルを辞めるその日までで構いません。私をあなたの隣に置いてください…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…ファルコンさんのために…私のことを好きになってください」

 

 

その声が静かに響いた瞬間、時が止まったように感じられた。

 

優の心臓は痛いほど鳴り響き、答えを探そうとしても言葉にならない。

 

ただ一つ言えるのは…

 

 

 

 

 

ファル子を引き合いに出された時の優の判断能力は格段に鈍ると言うことだけだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…♪〜♪〜…」

 

可愛らしい小さな鼻歌が夕暮れに染まる河川敷に流れていた。

 

スマートファルコンはそんな河川敷から寮までの帰り道をご機嫌な様子で闊歩する。

 

「…うふふっ…優くんったら『大好きだ!!』なんて…」

 

思い出しただけで…笑みが溢れる。

 

ファル子はずっと、不安だった。

 

フラッシュと優が出会ったあの日から、優の様子が少しずつ変化していたのは何となく分かっていたからだ。

 

そして、フラッシュやトランセンドと仲良くなっていたと知った時に、その不安は爆発した。

 

優はずっと自分だけのものと思っていた。

 

でも違った、優が自分にそうする様にフラッシュやトランセンドのように優しくて、素敵な子であれば、簡単に仲良くなってしまう。

 

(…あの二人に比べれば…ファル子なんて…)

 

そう思ってしまった、そしてそれを優にぶつけてしまった。

 

だが…ぶつけた結果が…

 

『スマートファルコンのことが…どうしようもなく…大好きだからだよ!!』

 

「へへへ〜…優くんってば……やっぱりファル子のこと好きすぎだよ〜」

 

顔を真っ赤にして叫ぶ優を見て、ファル子の不安は吹き飛んだ。

 

リズムよくスキップをしながら、優のことを考える。

 

(…何にも不安がることなんてなかったんだ!!…昔から優くんはやっぱりファル子にゾッコンで…いくらフラッシュさんやトランセンドさん相手でも負ける訳無かった…!)

 

そんな事を考えていると、いつの間にか自分の寮に到着しており、いつも通りフラッシュとの相部屋へと足を進める。

 

ガチャ…

 

鍵を開け、扉を開き、部屋に入る。

 

がらんとした部屋にオレンジの西日が差し込んでいた。

 

「フラッシュさん…まだ帰ってないんだ………あ!」

 

(…そうだ!優くんの部屋に残してきたままだったんだ!!)

 

何も考えずに帰宅してきてしまったファル子が慌ててポケットのスマホを取り出して、画面をぽちぽちと操作する。

 

(…連絡したほうがいいのかな?フラッシュさん?)

 

フラッシュとのウマインのトーク画面を開いたままファル子が悩んでいたその時…

 

ピロン…♪

 

…と音を立てて、丁度フラッシュからのメッセージがトーク画面に浮かんだ。

 

「あ!」

 

ファル子はそのメッセージに…目を通す。

 

『今から帰ります』

 

短いメッセージがトーク画面に浮かんだ瞬間、ファル子の胸の中に広がっていた小さな不安はふっと消えた。

 

「よかったぁ……」

 

そう呟いて、ファル子はスマホをベッドの脇に置くと、そのまま勢いよくふかふかのベッドに顔を埋める。

 

「ん〜〜……やっぱり寮のベッドが一番落ち着くよ〜」

 

オレンジ色の夕焼けがカーテン越しに差し込み、部屋の中を柔らかく染めていく。

 

心地よい布団の感触と、今日一日の出来事を思い出すだけで胸がくすぐったくなる幸せな気持ち。

 

「……なんだか今日は疲れちゃった」

 

ぽつりと零したその声は、どこか甘えたように揺れていた。

 

まぶたが重くなっていく中、最後に浮かんだのは河川敷で照れくさそうに叫んだ優の姿。

 

その顔を思い出すだけで、自然と口元が緩む。

 

「……優くん…ファル子も、大好きだよ」

 

その小さな呟きを最後に、ファル子の意識はすうっと夢の中へと沈んでいった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…ファルコンさん、起きてください」

 

耳に届いた声にファル子はゆっくりと瞼を開けた。

 

外はすでに真っ暗で、部屋には照明の淡い光だけが灯っている。

 

隣のベッドの脇に腰かけていたフラッシュが、少しムッとしたような顔でこちらを見つめていた。

 

「…お風呂も入らず、私服のままベッドで眠るなんて……ダメですよ、ファルコンさん」

 

「…え、えへへっ、ごめんなさーい♪」

 

ファル子は布団の中からひょこっと顔を出し、冗談まじりに愛嬌たっぷりに笑ってみせる。

 

「あっ!…じゃあじゃあフラッシュさん!今から一緒にお風呂入りに行こ!」

 

「……別に一緒に入らなくても良いのでは?」

 

「えー、入ろうよー!」

 

ぷくっと頬を膨らませるファル子に、フラッシュは小さく肩をすくめ、観念したように息を吐いた。

 

「……分かりましたよ、ファルコンさん」

 

「やったー!」

 

いつもの調子で繰り広げられるやり取りに、ファル子は嬉しそうに笑った。

 

その笑顔はどこまでも無邪気で、いつも通りの夜が始まるはずだった。

 

……だが。

 

「ファルコンさん」

 

フラッシュから不意に発せられた声は、先ほどまでの軽い調子とは違っていた。

 

「……え?フラッシュさん?どうしたの?」

 

「明日の放課後なんですが……お時間はありますか?」

 

「…明日?うん、大丈夫だけど……」

 

問い返したファル子の胸に、かすかな違和感が生まれる。

 

そして、その違和感は次の言葉で決定的な物となる。

 

「優さんが…「明日、いつもの河川敷にきて欲しい」…と」

 

フラッシュの瞳が、真っ直ぐにファル子を射抜く。

 

「…優くんが?」

 

その表情は普段と変わらぬ穏やかさを保っているのに、不思議な緊張が空気を張り詰めさせていた。

 

「ええ、きっと大事な話です…とっても大事な……私たちの関係も大きく変わるかもしれません」

 

「……え、フラッシュ、さん?」

 

小さな声で呼びかける。

 

返ってきたのはただの微笑み。けれど、その奥に潜む何かを見抜けない自分が、急に怖くなる。

 

(……なんだろう、この感じ……しかも…大事なお話って…優くんが…?)

 

胸の奥にひやりとしたものが広がっていく。

 

日常の延長線にあるはずのやり取りが、今だけは少し違う色をして見えた。

 

 

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

秋の夕暮れ、いつもの河川敷。

 

オレンジ色の光が川面に反射して、静かに揺れている。

 

「…俺さ…フラッシュと付き合うことにしたんだ」

 

「…へ?」

 

目の前に立つ優から、驚くほどあっさりとその一言は放たれた。

 

「その……ファル子にはちゃんと伝えとかなきゃって思ってさ。俺たち、ずっと友達で、ファル子は俺にとって一番長く一緒にいる大事な存在だからさ」

 

照れくさそうに頬を掻く優の言葉は真っ直ぐで、曇りがない。

 

ただ「幼馴染に報告する」その誠実さだけ。

 

フラッシュと優が付き合って、ファル子がどんな思いをするのかなんて想像もできていない…だって優の中ではファル子はアイドルで恋愛とは無縁の存在。

 

優はファル子が自分のことを()()()()()好き…だなんて可能性は一切考慮していない。

 

「…ああ、心配すんなよファル子!ファン一号としての活動はこれからも変わらずに継続していくからな!俺とファル子の関係はこれからも変わらないぞ!?」

 

(…変わらない…?)

 

「…ファル子のレースがあるなら何処でも飛んでいくし、絶対最前列を確保して、誰よりもデカい声でファル子のコールに応える…!!全部これまで通り!なっ?ファル子?嬉しいだろ?」

 

優の純粋な笑顔が輝く。

 

ファル子は笑わなきゃいけないと思った。

 

優のその笑顔を曇らせないために。

 

でも、心は静かに、確実に崩れていく。

 

(……変わらないなんて…嘘だよね…)

 

足元の砂利を見つめ、必死に笑顔を作る。

 

唇の端を上げるだけで、頬がピクピクと震える。

 

「……うんっ!……す、すっごく嬉しいよ、優くん!」

 

声は明るく響いた。

 

だが、目の奥には光がなかった。

 

本当はこの場で泣き出したかった。

 

崩れ落ちて「なんで?」と問い詰めたかった。

 

「ファル子じゃ、ダメなの?」と叫びたかった。

 

けれど、優の純粋な笑顔を見た瞬間、その衝動は喉の奥で押し潰された。

 

泣いたら、崩れたら……優に迷惑をかけてしまう。

 

それに、そんな姿をもう優に見せたくは無い。

 

真っ白な頭の中でそんなことを考える。

 

(……優くんは、そんなの望んでない…よね…)

 

だから、ファル子は笑顔を貼り付けたまま、小さく頭を下げた。

 

「……ご、ごめんね、優くん。ファル子……ちょっと用事思い出しちゃった!」

 

そう言ってファル子は駆け出す。

 

「え、ファル子、今日は何もないんじゃ…」

 

「ごめん優くん!また今度!」

 

聞く耳を持たずに走り去るファル子の背中を優は見送る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……これで、良かったんだよな…フラッシュ…」

 

そう呟いたその時、ポツリと優の鼻先に一粒の雨粒が落ちた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁ…はぁ…はぁ…!!」

 

走って、走って、走って、走る。

 

雨にぬかるんだダートの上を息が切れても走り続ける。

 

トレセン学園のダート練習場には雨の影響か人の影は見えない。

 

スマートファルコンはトレセン学園の体操着を泥で汚しながら、一人暗がりの中駆ける。

 

「…優くん…!!」

 

走りながら、思い返すのは…幼馴染との思い出だった。

 

『…もうやめなよ…人が一生懸命頑張ってることを笑ったらダメだよ』

 

バカにされた自分のために立ち上がってくれた…あの小さな背中。

 

『ファル子ー!!今日もかわいいぞー!!』

 

歌って踊る自分をいつも応援してくれた彼の笑顔。

 

『俺のファル子に対する愛は無限大だ!!!!』

 

いつでも好意的な言葉を投げかけてくれていた。

 

向こうも自分と同じ気持ちだとずっと思っていた。

 

優となら、何も言わずともお互いの気持ちが通じ合っている、そう思っていた。

 

愛の告白だなんて気恥ずかしいことをしなくても、言葉なんてなくとも、優は自分のウマドルとしての活動を応援してくれて、それが終われば勝手に恋人として結ばれる。

 

ファル子はそう思い上がっていた。

 

でも実際は違った、ファル子が気恥ずかしさを取っ払って一言でも「ファル子がウマドルを卒業するまで待っててね」と言えていれば…もしかしたら変わったのかもしれない。

 

でも、そうはならなかった。

 

あっという間に掻っ攫われた…まるで閃光のように輝く、あのスピードで。

 

フラッシュへの怒りの感情が芽生えかけた。

 

「ファル子が優くんを好きなのを知ってるのに…なんでそんなことをするの…」と、だがそんなのは甘かった。

 

フラッシュが優のことを異性として意識し始めたのにファル子は気付いていたはずだ、でもファル子はその事実を認めなかった。

 

放置したのだ、なんの対策も打たなかった。

 

フラッシュの透ける恋心が自分の勘違いだという薄い可能性を信じて、フラッシュとの競走を避けた。

 

『恋はダービー』である。

 

早い者勝ち、目立った者勝ち、明確に勝ち負けのつく競争なのだ。

 

ファル子はそんな中で、幼馴染という大きなアドバンテージに胡座をかいて、背後から迫る閃光を見て見ぬ振りをした。

 

負けるのは必然であった。

 

「…わわっ…!」

 

ぬかるんだ泥に足を取られ、勢いよくファル子は地面と衝突する。

 

泥が衝撃を受け止めたのか、痛くはなかった。

 

しかし、転んだ影響で顔や上半身も泥だらけになってしまった。

 

「……」

 

起き上がる気も起こらず、ファル子はゴロンと仰向けに転がり、薄暗く、どんよりとした曇天に目を向ける。

 

「…やっちゃった…」

 

顔についた泥を拭う。

 

拭った泥を見つめて、またしても思い返す。

 

『ファル子が1番輝けるのは…ダートなんだろ?』

 

…そういえば、ダードで走る決心を付けてくれたのも優だった。

 

とめどなく溢れ出す、優との会話。

 

『俺の知ってるファル子なら全力でやれば、ダートと芝の注目度をひっくり返す…なんてこともできると思う!』

 

(…これも優くんの言葉だ)

 

ダートと芝の注目度をひっくり返して、名実共にトップウマドルとなる。

 

そして、その後に優と結ばれる…ハズだった。

 

(…それなら……最後まで…ちゃんと責任とってよ…)

 

苦虫を噛み潰したような表情で地面のダートを掴む。

 

今となっては、全部遅い。

 

優はもう自分のものでは無いのだ。

 

優しい優に今更、愛の告白をしても…きっともう遅い。

 

ダートの上で雨という名のシャワーを全身で浴びながら、まるで走馬灯の様に流れる優との過去の会話劇。

 

 

 

 

『…でもあれ?…ダートと芝の注目度をひっくり返すって…もしかしてかなり大変…?』

 

『ファル子ならきっとやれる!!』

 

『うーん…じゃあ優くん。もしファル子がダートと芝の注目度をひっくり返して、トップウマドルなった暁には何かすご〜いご褒美をちょうだい!!』

 

 

 

 

 

 

『もちろん!俺にできることだったら()()()()やってあげるよ』

 

 

 

 

 

 

 

「…あ…」

 

 

 

優との会話を振り返る中で一つの優のセリフがファル子の思考を止めた。

 

 

 

『……()()()()?今優くん、()()()()って言った?』

 

『……え?あ、言った…けど』

 

『…優くん、その言葉絶対に忘れちゃだめだよ?』

 

『…はい、絶対忘れません』

 

 

 

 

 

 

「……」

 

ゆっくりと上体を起こす。

 

大きくなってきた雨粒が勢いよくファル子の身体中に降り注ぐ。

 

リボンで綺麗に纏められた栗毛、キラキラと希望に輝く瞳は水に濡れ見る影もない。

 

しかし、そのハイライトを失った瞳は真っ直ぐにゴールを見据えていた。

 

 

 

 

 

 

 

「……これだ」

 

小さな呟きが…雨音の中へと消えていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ファルコンさん!ファルコンさん!?何をしてるんですか!?こんな天気の時にトレーニングなんて風邪をひきますよ!?」

 

「あ!フラッシュさん!心配して見にきてくれたの??」

 

「当たり前です!ファルコンさんが優さんの話を聞きに行ってから中々帰ってこないから…天気も悪くなってきましたし…」

 

「ファル子は大丈夫だよー!トップウマドルになる為には、これくらいの重バ場の練習もしておかないと!!」

 

傘を刺すフラッシュに向けて、雨に打たれながら、ファル子は屈託の無い笑顔で笑う。

 

「…!」

 

いつもの笑顔のはずなのに、何故かフラッシュの背筋が凍りついた。

 

だが、フラッシュはすぐに気を取り直す。

 

「ダメですファルコンさん!体調を崩しては元も子もありません!」

 

そう言いながら、ぬかるんだダートの練習場に足を踏み入れ、ファル子の元まで走った。

 

「今日はもうやめましょう、すぐにシャワーを浴びて休んでください…ああ…こんなにも体操服を汚してしまって…」

 

フラッシュは予備で持ってきた傘をファル子に渡して、体操着に着いた泥を軽く払う。

 

「……ねぇ、フラッシュさん」

 

そんなフラッシュの名をファル子は小さく呼んだ。

 

「……」 

 

その声に何かを察したフラッシュはファル子と目を合わさずに、泥を払いながら答える。

 

「…悪く思わないでください、ファルコンさん…私だって、時間は短いかもしれませんが…ファルコンさんと同じ様にあの人が好きなんです」

 

フラッシュはそう静かに告白すると、ファル子の表情を窺うように恐る恐る顔を上げる。

 

(…ファルコンさん…きっと…怒りますよね…)

 

だが、フラッシュのそんな心配を吹き飛ばす様に、目の前のファル子は泥で汚れたその顔をくしゃっと綻ばせて、にっこりと笑った。

 

「……うん、知ってたよ。やっぱりファル子じゃフラッシュさんには勝てないや」

 

言葉とは裏腹にその笑顔はどこまでも明るく、晴れやかで、強がりには到底見えない。

 

「……優くんのこと、これからよろしくね!フラッシュさん!」

 

そんなファル子の言葉にフラッシュは一瞬だけ驚きの表情を浮かべるが、すぐにいつもの表情に戻り、わずかに微笑む。

 

「…ファルコンさん……はい、任せてください」

 

…フラッシュはそう言いながら、肩の力を抜き、安堵の息をついた。

 

ファル子に怒られたり、嫌われたりしてしまうことを覚悟していたが、どうやらファル子の笑顔を見るとそう言うわけでもなさそうであったからだ。

 

フラッシュは安心し切った表情で口を開く。

 

「…では今から一緒にお風呂に入りますか?ファルコンさん」

 

「えー!フラッシュさんから誘ってくれるなんてファル子嬉しい!入ろう入ろう!!」

 

「…ふふっ…ては先に部屋に戻ってますので、ファルコンさんもすぐにクールダウンして戻ってきてくださいね?」

 

「うん!すぐ戻るよ!」

 

ファル子が力強い笑顔でそう答えると、フラッシュは優しく微笑みながら踵を返し、寮の方へと歩いていく。

 

 

 

 

 

大きな雨粒が地面を打ち続けている。

 

 

 

 

 

 

 

「……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……立ち去るフラッシュの背中をファル子は感情のない表情で、なにも言わずにただ見つめていた。

 

 

 

 

 

 

 

「…フラッシュさん」

 

 

 

 

 

 

ポツリと言葉が漏れる。

 

 

 

 

 

 

(……一旦…フラッシュさんに…ファル子の優くんを譲ってあげる…)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(でもそれは…ファル子がトップウマドルになるまでの……せいぜい数年ぽっちだよ……)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

泥に汚れた顔を洗い流す様に、ファル子は雨空を仰ぐ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(もし返ってきた優くんが……今のファル子みたいに、ちょっとくらい汚れちゃってても…すぐに上書きしちゃえばいいよね…)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ファル子が…名実共にトップウマドルになった暁には…数年なんかで満足しない…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

小さな声で、しかしはっきりと呟く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「最後に優くんと……ずっと…一生……永遠に…添い遂げるのは…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ファル子なんだから…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その言葉は雨音に紛れて消える。

 

 

 

 

瞳には従来のウマドルとしてのキラキラとした輝きが見えない…

 

 

 

 

しかし…まるで鬼の様に激しく燃ゆる炎がその瞳の奥に確かに見えた。

 

 

 

 

 

 

 

「待っててね……優くん…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そんな言葉と共に、彼女の頬から滴る水玉が地面にぽつりと落ちた…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

恋という名の競走(レース)には果たして明確なゴールなんてものが存在するのだろうか?

 

 

誰かがゴールしたと思っていても…他の誰かが走り続けるならば、その競走(レース)はまだ続いているのかもしれない。

 

 

結局、どこをゴールとするのか、どこで足を止めるのか、それを決めるのは走っている本人次第なのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

例によってこの先…この競走(レース)がどうなるのかは…

 

 

 

 

 

 

 

誰にも分からない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 









また期間が空いてしまい本当に申し訳ございません。


流石にそろそろ書かないといけないと思って頑張って書きました。


誤字脱字ありましたら報告いただけると嬉しいです。よろしくお願いします。

勝敗予想(八話時点)

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