SAOの万能者   作:篠白 春夏秋冬

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鋼鉄の城の最期

 ユーマの初撃は片手剣の振り下ろし。

 

 盾で受け止められ甲高い音が鳴り響くがユーマは構わずその接触点を支点として浮き上がり、十字盾の上から細剣を突き入れる。

 

 それをヒースクリフは首の動きで躱し、右手の剣を薙ぐ。ユーマが盾を蹴って躱したのを見て、着地の瞬間を狙い詰め寄った。

 

 対するユーマは退かずに、むしろ着地と同時に前進して受け止め鋭い金属音が鳴り響く。

 

 互いの表情に驚きはない。幾度となくデュエルを行い、その中で見た動きだからだ。多少ユーマの武器のリーチが違うがヒースクリフからすれば些細なこと。

 

 集中が深くなるに連れ、二人の視界から周囲の景色が徐々に消えていく。それに伴って剣戟の速度が上がっていく。

 

 そのうちに切先が二人の身体をかすめ、徐々にHPが減り始めた。これもいつも通りの展開―すなわちユーマの敗北へと進んでいるということであり、ヒースクリフはその鉄面皮に僅かな落胆を浮かべた。

 

 魔王に相対する勇者の資格としてデザインした《二刀流》の獲得者であるキリトを押して舞台に上がった道化が、予定調和のように敗北するという面白みのない展開に僅かに目を伏せた。

 

 その最中、甲高い音が鈍い打撃音のような音に変わる。その変化に対する疑問が解消されるのを連撃が待つことはない。しかし、打ち鳴らされる音を聞く内に気づく。

 

 受け切ることができなくなっている

 

 ユーマの筋力パラメータが急に上昇した訳では無い。そのようなことはシステム上ありえない。

 

 であれば、何が原因なのか。さらに数度の打ち合いを経てようやく認識できた。

 

 ユーマの動きがほんの僅かに遅い。

 

 遅いといってもごく僅か―リズムゲームであれば全良フルコンボを叩き出している、その終局間際で可になるかという程度の遅れ―実に些細なズレ。

 

 疲労による遅れかと僅かにヒースクリフの気が緩んだ瞬間、ふいにユーマと目が合った。

 

 そこに宿るのは、ほのかに宿る喜色―企みがうまくいったという歓喜

 

 それはこの遅れが意図的なものであるという証左。

 

 ミリ単位など大雑把すぎると感じるほどの細緻な調整をこの鉄火場で行っている事実による驚愕が、最強の男の手を淀ませる。

 

 直後、ユーマの手が加速する。ソードスキルにも匹敵する速度での剣戟が開始された。

 

左(・)の剣で切りつけ、間をおかずに右(・)の剣を突き入れる。左、右と同じ方向に切り払い、その勢いを載せたまま回転し水平に二刀を構えて一閃。

 

 本来の動きとは逆の《スターバースト・ストリーム》の軌道での連撃にヒースクリフは苦い顔で対処する。

 

 システムの補正がないため威力こそ及ばないが、速度は本来のそれと遜色ない。ゆえに次に来るかもしれない全く別の斬撃を警戒しつつも、身体は全く違う見知った剣戟に反応し、ヒースクリフは判断力が削られていく。

 

 それはヒースクリフに防御の遅れを生み出し、システムの補正を欠き足りない威力を補完して更なる隙を生み出していく。

 

 十五撃目―切り払いが盾を捉え、ヒースクリフの左腕が軸をずらされる。盾を持つ左手が右手の前まで移動し動きを阻害する。

 

 そして、最後の十六撃目―突きがヒースクリフへ迫り、盾を避けてその肩口を深々と貫いた。

 

 キリトでもなし得なかった最強の騎士へのクリーンヒットに下手人の道化以外の全員が驚愕する。

 

 刹那、硬直した聖騎士を前に嗤う道化が右手に持つ剣が光を帯びた。

 

「ばかっ!」

 

 思わずキリトが叫ぶ。ソードスキルの設計をしたのは茅場晶彦だ。当然、その軌道は完全に把握されている。だからこそ、ヒースクリフとしてはデュエルで初見のはずの《スターバースト・ストリーム》に対応でき、今しがたのクリーンヒットへの布石にもなったのだ。

 

 ユーマの構えは片手剣基本技《バーチカル》。そこからの派生技はあるものの、初撃となる切り下ろしの動きは攻略組であれば誰でも把握出来ているもの。それを茅場晶彦が見逃すことはなく、道化の失態を憐れみつつ防御しようとして、思考は硬直した。

 

 何故、ソードスキルが発動したのか

 

 SAOに於いて、両手に武器を装備することはできない。厳密には持つことはできるが装備フィギュアが不正な状態と判断され、ソードスキルの発動はできなくなるはずなのだ。

 

 その不可能を可能にするのが《神聖剣》であり、《二刀流》である。

 

 それを持たないユーマでは不可能である。

 

 否。もう一つ手段を用意していたのだが、実用性が危ぶまれて実装を留まったはずだ。

 

 しかし、ユーマの右手がその存在を肯定する。

 

 ソードスキルを発動しようとする右手。そこに握られたのはアスナの愛剣―すなわち細剣である。対して発動しようとしているのは《バーチカル》―片手剣用のソードスキル。

 

 ラスボスに転身した聖騎士が追い詰められる様に気を取られ、異常に気付けたのは当人達以外には僅か一人。

 

 敵の硬直を見逃すほど道化は愚かではなかった。

 

 剣の動きを意図的に加速させて盾を押し込み、手首を返して切り上げへと派生する。

 

 片手剣二連撃技《バーチカル・アーク》

 

 盾は跳ね上げられ、聖騎士は大きな隙を晒す。

 

 その間隙を埋める技後硬直が発生する寸前、道化の次の動作が間に合った。

 

 輝きを失い始める細剣を強引に引き戻し、片手剣を引き込む。放つのはユーマがもっとも敬慕する姉が誇るSAO最速の剣技。

 

 細剣単発技《リニアー》

 

 漆黒の剣が光塵を引きながら高速で突き出され、真紅の鎧の中心部に迫る。喜悦に満ちた道化が放つ閃光を、聖騎士は穏やかな笑みで受け入れた。

 

 

 

 ヒースクリフの身体がポリゴン片へと変わり、ゆっくりと消滅していく。それを茫洋と眺めていた面々だったが、ユーマが片手剣を突き刺した音が意識を戻した。

 

「勝った……!」

 

 絞り出すような声とともに左手が突き上げられ、つられるように歓声が上がる。しかし麻痺は解除されていないのか誰もユーマへと駆け寄ることは出来なかった。

 

 ユーマは剣を引き抜き、キリトへと歩み寄る。

 

「言ったろ? 死なないって」

 

 しゃがみながら笑顔を浮かべるユーマにキリトは苦笑する。

 

「ああ、悪かったよ」

 

「ところで、このまま刺したらどうなるのかな?」

 

「止めろよ!? フリじゃないならな!?」

 

 目の前で愛剣を揺らされ、動けないながらに必死の抵抗をする。そうしてユーマがキリトで遊んでいると、鐘の音が鳴り始めた。

 

 高い天井の更に上、上層―おそらくは「紅玉宮」か―から福音が鳴り響く。

 

 それが収まると女性のような合成音声が響き始める。

 

『ただいまより プレイヤーの皆様に 緊急のお知らせを行います。現在 ゲームは 強制管理モードで 稼働しております。全ての モンスター及びアイテムスパンは 停止します。全ての NPCは 撤去されます。全プレイヤーの ヒットポイントは 最大値で固定されます』

 

 それを聞いてユーマはキリトを刺した。刺さりこそしたがダメージエフェクトはなく、ヒットポイントは減少しない。当然、ユーマのカーソルもグリーンのままだ。

 

『アインクラッド標準時 十一月 七日 十四時 五十五分 ゲームは クリアされました』

 

 アナウンスの宣言に倒れたままのプレイヤー達が小さくガッツポーズをする。身体が動いた事で麻痺が解除されていることに気づいたのか顔を見合わせて立ち上がった。

 

『プレイヤーの皆様は 順次 ゲームから ログアウトされます。 その場でお待ちください。 繰り返します』

 

 その瞬間、浮遊城アインクラッド全体が揺れる。生き残ったプレイヤー達が声を上げ、喜びを共有していた。

 

 最初に変化が起きたのはユーマ。

 

 身体が輝き始め、燐光が散っていく。他のプレイヤーも次々に光に包まれ、部屋全体を温かな白が満たしていった。

 

 

 

 気付けば、周囲は夕焼けに染まっていた。

 

 足下は水晶の板。眼下に雲が流れる高空に浮いた透明な足場の上に立っていた。周囲を見回すと座り込んだままのキリトとアスナ、そして白衣姿の茅場晶彦がいた。

 

 茅場の視線の先にはアインクラッドが浮かんでおり、その端々から崩れていくところだった。

 

「なかなかに絶景だな」

 

「そう? ドミノが倒れてるのを見るような感覚なのかな」

 

「あれは、どうなってるんだ?」

 

 首をひねるユーマに苦笑しながらキリトが訊く。それに対する茅場の声は静かなものだった。

 

「比喩的表現……と言うべきかな。現在、アーガス本社地下五階に設置されたSAOメインフレームの全記憶装置でデータの完全消去作業を行っている。あと十分ほどでこの世界の何もかもが消滅するだろう」

 

「あそこにいた人達は……どうなったの?」

 

 アスナの呟きに茅場は右手を動かし、表示されたウィンドウを眺めながら答える。

 

「心配には及ばない。先程、生き残った全プレイヤー、六千二百五十三人のログアウトが完了した」

 

 それを聞き、ユーマは崩れ行く巨城を眺めながら尋ねる。

 

「これまでに死んだ四千人は、どうなったの?」

 

「彼等の意識は帰ってこない。死者が消え去るのはどこの世界でも一緒だ。命は、そんなに軽々しく扱うべきものではないよ」

 

「そう……」

 

 ユーマは僅かに目を伏せ、ゆっくりと息を吐く。

 

 黙り込んだユーマに替わるようにキリトが口を開いた。

 

「なんで、こんな事をしたんだ……?」

 

 茅場はキリトの質問に苦笑すると、やや間をおいて話し始めた。

 

「なぜ、か。ユーマ君にも、初めて会ったときに訊かれたな。今、こうして茅場晶彦として答えるならば、そうだな。憧れていたのだろう、あの鉄の城に。子供が様々な世界を夢想するように、私はいつからか空に浮かぶ鉄の城の空想にとりつかれた。他の空想が消え去ろうとも、その情景だけは、年を経るごとにどんどんリアルに、大きく広がっていった。この地上から飛び立って、あの城に行きたい……長い、長い間、それが私の唯一の欲求だった。私は、まだ信じているのだよ。どこか別の世界には、本当にあの城が存在するのだと」

 

「ああ……そうだといいな」

 

 茅場の独白にキリトはそうこぼす。

 

 四人は沈黙し、崩れ行く城を眺める。

 

 崩壊が城以外の場所にも及び始め、雲海や赤い空が白い光に侵食され始めた頃にユーマが沈黙を破った。

 

「なんだか満足しちゃってるみたいだけど、勝ち逃げはさせないよ。このまま終わりなんて許さない。ラスボス撃破の報奨があってもいいよね?」

 

 ユーマは立ち上がると茅場を見上げる。頬を釣り上げたユーマは得意げに話し始める。

 

「偶然にも、GM権限で起動状態のコンソールに触る機会があったんだ。そこで、貴方の企みはくじかせてもらった」

 

 ユーマの言葉に茅場は眉根を寄せた。その表情に笑みを深めながら続ける。

 

「最終ボスを予想した時から、仕様に従って死を選ぶことは想像に難くなかった。だから、貴方の死よりもゲームクリアの方が先に来るようにちょっとだけ仕様を変えさせてもらったよ。時間はギリギリだったけどね」

 

 そこまで言うとユーマは笑みを消し、真剣な表情で続ける。

 

「別に、四千人の死の責任を取れなんて言うつもりはない。でも、貴方の力があれば、きっと僕もいい未来が見える。だから、貴方に生きてもらいたい」

 

「あちらでは、私は稀代の犯罪者だ。役に立てることなどないと思うが?」

 

「それぐらい自分で何とかしてよ。ラストアタック・ボーナスってことで。国の高官とでも交渉してさ。マネージャーなら世話してくれた人がいるでしょ?」

 

 ユーマのふてぶてしい物言いに茅場は破顔する。肩を竦め、首を振るとユーマに問う。

 

「それで、何を望むのかね」

 

「もうちょっとしっかりした液体表現がほしかったかな。あと醤油と味噌。日本人を閉じ込めるのにどっちもないなんてふざけてる。姉さんが再現するのにどれだけ苦労したか」

 

「ニシダさんも恋しがってたっけな」

 

「確かにな。五十層のラーメンもどきは酷かった。そう言えば、あれが唯一、ユーマ君が騙してきた情報だったな」

 

「僕はラーメンを出す店があるらしいとしか言ってない」

 

「六十層ぐらいに団長が妙に不機嫌でユーマの機嫌が良かった時ってそんな事してたんだ……」

 

 話を続ける内に城の崩壊は最上部まで及び、真紅の宮殿を残すのみとなっていた。

 

 それを視界に収め、茅場は目を瞬かせる。

 

「む、そろそろ時間だな。まったく、君のお陰で様々な計画が台無しになってしまった」

 

「それは良かった。姉さんの二年をゲーム漬けにした罪は重い」

 

 笑顔のユーマに茅場は苦笑した。

 

「さて、念のため、名前を聞いておこう。再会を早めるためにもね」

 

「恭真……s、いや、僕は、結城恭真だ。まだ誕生日は来てないから十五歳」

 

 恭真が名乗るのにアスナが一度驚き、温かい目を向ける。その反応を訝しみつつもキリトが反応する。

 

「同学年だったのか。だが、俺の誕生日は先月だったから、俺の方が年上だな。敬意を払い給え」

 

「ふんっ!」

 

 恭真の返事はボディーブローだった。くの字に折れ曲がったままのキリトに凄む。

 

「名乗れ」

 

「き、桐ヶ谷……和人です」

 

「げ……」

 

 和人のフルネームを聞き、恭真は心底から嫌そうな顔をする。その様子にアスナは少し複雑そうに笑った。

 

「結城明日菜です。察してると思うけど、和人君より年上だよ、十七歳」

 

「そっか、そうなるのか」

 

 明日菜の言葉で年齢関係にようやく気づいた様子の和人に、恭真は深いため息を吐く。和人がそれを咎める前に世界が白み始めた。

 

「最終段階に入ったようだ。続きはあちらでしたまえ。遅くなったが、ゲームクリアおめでとう」

 

 茅場の言葉を最後に視界の全てが白く染まる。

 

 

 

 ゆっくりと視界に色が戻り、恭真が目にしたのは

 

 

 

 灰色の石畳と鉄格子だった

 

 

 

 空間としては黒鉄宮の牢獄エリアに似ている。違うとすれば恭真の四肢を縛める錠と鎖だ。

 

 身体を動かすたびにじゃらりと重い音を立てる鎖は明らかに異常だ。

 

 SAO事件はまだ終わらない




感想・評価・お気に入りありがとう御座います。

本当は二週間前には投稿しているはずだったんですがね。

プラットフォームのあれこれとかありまして……

遅くなり申し訳ありませんでした。

両手でのソードスキルについての詳細はALO後の閑話で出すつもりです。

キリト目線ではすぐに向こうで再会出来るから、わざわざややこしいことを訊く理由もなかったので…。


結論だけ言えば、没データです。

追記
開発名「万能剣」
「神聖剣」と「二刀流」の前身ともいえるスキルであり、効果は両手に武器を装備することを可能にすること。これにより両手でのソードスキル使用が可能となったが、その副次効果として武器種を問わないソードスキルの発動が確認された。
そのバグめいた挙動から正式実装はされなかったが、ユーマが検証中に没データとなっていたスキル獲得のクエストを掘り起こし、習得。明らかに枠外の挙動をするため動揺を誘う切り札として秘匿していた。

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