天然真珠産業の元締め:バーソロミュー
王家からの使者:パーシヴァル
▼2人の切欠がドバイだったんでどうせなら真珠産業にしました バソが海が似合う男だしね
pixivより転載
この国は「宝石の王国」と呼ばれる土地。開拓当初はただの荒れた不毛な土地と思われていたが、まず金が取れたことが切欠に鉱脈を探った結果、ありとあらゆる宝石が産出されるようになった。
当時、各国をまとめていた皇国にこの土地を任された男爵家だったが、多額の金と引き換えに土地を返上するよう求められる。これを拒否。長いこと冷戦状態だったのを、金や宝石で得た金で雇った傭兵部隊をのちの騎士団長がまとめ上げて反逆を図った。このときの戦争を30年戦争と呼ぶ。文字通り30年間、絶えることなく戦が続いたのだ。
反逆の末、男爵家は勝ってしまった。そのついでに、各国周辺の宗教の教祖である「現人神」一族も自分たちの国に「ご転居」させた。
勿論男爵家は各国から突き上げを食らったが、元より皇国は求心力を失っており、争乱の火種が撒き散らされ、男爵家を構っている暇はなくなった。その間にも男爵家はどんどん金を貯え、軍備を強化した。そして、王家を名乗ったのである。その頃には各国は疲弊しており、それに文句を吐ける余裕もなかった。それから幾星霜。
――さて、この国にも海がある。そこでは天然真珠が取れた。他国の海では考えられないほどの産出量だった。
しかし、このところ各国で養殖真珠の技術が開発されつつあった。確かに天然真珠の需要もあるが、王家としては潜水夫の仕事中の事故などの危険性を問題視していた。
ところが天然真珠産業の現元締め、ロバーツは頑として首を縦に振ろうとしなかった。
そこで、王家は使者を派遣することにしたのだ。
――よもや、そこでロマンスが発生するとは誰も思わなかったのだ。
ウミネコが鳴き喚く。そこを、白い礼装に身を包んだ青年が砂を踏み分けながら歩いていた。
青年は若い。年の頃は恐らく30代はいっていない。しかし随分大柄だった。190㎝を優に超え、体格もかなりよかった。
青年の礼装はこの国の者なら誰でも知っている、王立騎士団の礼装だった。日常的なものなら全身鎧を身にまとっているところだが、今の彼のそれは最低限のものだ。
礼装と同じぐらい白い髪を潮風に靡かせながら、彼は人を捜している風情だった。そしてそれは事実だった。
――彼は、浜辺を歩いている男を見かけた。遠目に黒髪のようだと彼は思う。男は、気持ちよさそうに歩いている。
その絵画のような光景に、一瞬青年は声をかけるのが躊躇われる。しかし、折角発見した住民だ。青年は声をかけた。
「海辺の散策中に失礼、ミスター。私は王家の使者のパーシヴァル・ド・ゲールという者なのですが、バーソロミュー・ロバーツ氏の所在をご存知でしょうか」
「へ?」
そう呆ける男は、見目は若いように思えた。潮風に靡く、癖のある黒髪。褐色の肌、マリンブルーの目。――人を惑わす美貌。
青年――パーシヴァルが思わず黙り込むと、同じように呆けていた男は――弾けたように笑い出した。
「ははは! 君、確かに王家の――首都の人間なんだね。少なくともこの辺りの人間じゃない」
「はい……? 確かに首都の人間ですが」
「やっぱりな。この私の顔を知らないとは。――電話で事前に連絡はあったけど、君みたいな純朴そうな使いを寄越すとは王家もやるな」
「あの、もしかして――」
パーシヴァルは知らず汗をかいていた。この日差しのせいもあったかも知れない。
男の向こうから、半裸の男たちが駆け寄って来る。
「元締めー! なんか知らん男が来たってー!」
「あっあいつだ!」
「王立騎士団の正装着てたって聞いたけどマジか!」
男たちが男の背後に並ぶ中、彼は笑って言った。
「私がこの国の天然真珠産業の元締め、バーソロミュー・ロバーツだよ」
男――バーソロミューは、海風のように爽やかに笑った。
――バーソロミュー・ロバーツは40歳近いと聞いていたのだが、どう見ても20代の青年だった。
「それで? 養殖真珠に転向しろ、という話かな。相も変わらず」
「は……」
バーソロミューの自宅だと言う、海の見える一軒家に招かれた。「どうせ即日帰れる仕事じゃないだろう」と宿泊の許可までもらった。しかしパーシヴァルにもわかった。――彼を懐柔する手だと。
あえてその手に乗るのも手か、とパーシヴァルが思っていると、客間。そこでバーソロミューは紅茶を出してきた。カップを取り上げると、馥郁たる香りが顎を擽った。彼は笑う。――その笑顔を見る度にときめく自身に戸惑いながら、パーシヴァルは黙っていた。
「良い茶葉が入ったからね、どうせならお客人とも分かち合おうと思って」
「……お気遣い、痛み入ります」
「あぁそう硬くならないで。そうして顔を伏せているとメカクレに見えて最高だが、君のスカイブルーの目は非常に美しい」
「めかく……?」
瞳を褒められたことよりも、気になる単語が出て来た。バーソロミューは何事もなかったように対面のソファに優雅に腰掛け紅茶を啜る。その仕草はこの国の富豪たち――他国における貴族というものはこの国にはそれに近いものはあっても存在はしない――の仕草によく似ていた。さすがに一大産業の元締め、社交の場に出ることもあるのだろう。パーシヴァルは感心しながらも、用件を切り出す。
「――ロバーツ殿。事の次第は重要なのです」
「わかっているよ。――養殖真珠の技術が確立されはじめている以上、この『宝石の王国』が後れを取るわけにいかない。宝石で名を上げた国だからね」
「ならば」
「けれど、天然真珠の需要もまだある。特にこの海はよく採れる……まだまだ採れるのに、それで養殖真珠に移行しろというのはあまりに勿体ない話じゃないかい?」
「潜水夫の危険性を無視してでも?」
「彼らは誇り高くこの仕事に臨んでいるよ」
「この辺りの海は荒波と聴く。そのために潜水夫が亡くなる事故が統計で無視できない数に至っていますが?」
「……なるほど。純朴そうな騎士と思ったが、中々どうして」
パーシヴァルとの舌戦に、バーソロミューはむしろ嬉しそうだった。紅茶で口を潤したバーソロミューは、不意に尋ねて来た。
「ところで、馬車が使われた形跡もなかったし、馬もいなかったようだが……首都からここまでどうやって?」
「汽車ですが」
「汽車!? 騎士様がかい?」
「えぇ。車でもよかったのですが、ガソリン切れが心配でしたので。そもそも私を乗せられる車がない」
「だろうねぇ……」
バーソロミューはパーシヴァルの身体を頭から爪先まで眺めやった。それが妙に気恥ずかしい、とパーシヴァルは思う。どうにも慣れない心地を味わっている。バーソロミューと出逢ってからずっとだ。
それから、「ん?」とバーソロミューは怪訝そうな顔をした。
「そう言えば、列車強盗を乗り合わせた騎士が鎮圧したと言う話を聴いたが」
「あぁ、ここの憲兵に引き渡して来ました」
「君、強いんだなぁ!」
バーソロミューはケラケラと笑う。それが本当に愉快そうで、パーシヴァルは我知らず安堵した。――彼には笑顔でいて欲しい。なぜかそう思う自分がいたので。
「そうそう」とバーソロミューは重ねて問う。
「そう言えば、騎士修道会の方はともかく、王立騎士団が政治経済に関わる仕事をするとは寡聞にして知らなかったのだが」
「あぁ、それは事実です。ですが今回は例外でして……」
パーシヴァルは苦笑した。
「私が仕事の件で王に謁見を求めたとき、王は丁度大臣と真珠産業の話をしており……『丁度いい。あなたを使いにしよう』と申しつけられまして」
「あっはっはっは! 運が悪かっただけなのかい!」
最早ソファの背もたれに抱きつく形で笑っているバーソロミュー。それに苦笑しつつも、パーシヴァルは思いのまま言葉を口にする。
「運が悪いとは決して思っていません。王命を授かった栄誉もありますし、あなたに逢えた」
「――ん?」
「それより話の軌道を戻しましょう。――私はそのために来たのだから」
カップをソーサーに置くパーシヴァルに、バーソロミューはにやりと笑った。
結局議論は平行線で終わり、それでもバーソロミューは「王家の使者様を無体に扱うわけにいかない」と自宅の客室に泊めた。風呂にも入らせてくれた好待遇だ。しかしパーシヴァルは、先行きの見えない議論に頭を抱えていた。
まず王家としては、天然真珠を認めたいところだが各国の挙動が不安。またどうせなら養殖真珠でも各国の技術を抜きたい。そのためには真珠産業に移行しておいてもらいたい。潜水夫の危険も放置できない。
一方バーソロミュー側は、天然真珠はまだ採れるし各国に高い需要もある。養殖真珠の利点もわかるが潜水夫が立ち行かなくなる。潜水夫の危険性も承知しているが彼らはそれを承知で仕事をやっている。
議会の革新派と保守派の論争を自分たちがしているようだった。パーシヴァルは弁が立つと言う方ではないので、バーソロミューの海千山千についていくしかできない。こうして要点を並べるとバーソロミューの方が我儘を言っているようにすら思えるのだが、気が付くと煙に巻かれているのだ。
それはそうだろうと、パーシヴァルは思う。相手は10歳近く年上の、分別のある四十男なのだ。それに対し騎士としても体格ばかり良くなった、まだまだ未熟なパーシヴァルだった。悔しい、とも思う。
彼に対して、立派な男でありたい。そう思うパーシヴァルがいた。
――話は夜に変わる。
「寝るか……」
この客間に目覚まし時計はないが、「明日の朝は起こしに来るよ」とバーソロミューが言ってくれたので、それに甘えることにした。持ってきたパジャマに着替え、ベッドに横たわる。規格外のパーシヴァルでも足の収まるキングサイズのベッドだった。――客室のベッドがそうである理由を、このときのパーシヴァルは察し得なかった。
――そうしてとろとろと眠りかけた頃だろうか。そっと、扉が開いた。
パーシヴァルは一気に緊張する。――夜襲か。寝首を掻きに来たのだろうか。そんな強硬手段をとるように思えなかったが――そう考えている間にも、その人物はベッドへ歩み寄って来る。ぺたぺたと、フローリングを歩く足音がした。素足だろうか。
途端に、布団が剥がれる。見れば、その人物はやはりバーソロミューで、――ここでパーシヴァルの方に問題が生じた。
バーソロミューは、大き目のカッターシャツ1枚だったのだ。恐らく下着も履いていない。パーシヴァルに比べると小柄だが、実のところかなり大柄なバーソロミューがぶかぶかになるシャツとは、恐らくわざわざ発注したのだろう。そんなことをどこか冷静なパーシヴァルが考えているうちに、硬直して動けない彼の恵体にバーソロミューが跨った。
「起きているんだろう?」
その声はひどく蠱惑的だ。
「昼間、あれだけ私に熱のこもった目で見つめてくれたね」
パーシヴァルの顔が手で挟まれる。
「誘っていたんだろう? ――そうでもなければ、私にあれ程情熱的に接するはずがない」
宵闇の中でも間近に見える、マリンブルー。
「大丈夫、私は経験豊富だから――」
「――待ってくれ!」
そこでようやく、パーシヴァルの金縛りが解けた。咄嗟にバーソロミューの肩を掴んで押しやった。パーシヴァルのそれに比べれば細い肩――確かに情欲が誘われる。
誘われるが、しかし。
バーソロミューは寂し気に自らの唇に人差し指を添える。
「私のこと、あんなに熱い目で見つめていたくせに断るのかい?」
「それは事実だ、認めましょう」
肩を掴む手に力を込めて、パーシヴァルは言った。
「しかし、私は惚れた相手にこそ誠実でありたい」
バーソロミューは青い目をきょとんと瞬いた。
そして笑い出した。
「……はっは! 惚れた腫れたの話だったか!」
「はい……?」
「いや、私が悪かった。君は私には勿体ないよ。悪いことしたね」
そう言ってパーシヴァルの手を振り解くと、身軽に床に降り立つ。
扉の前に立つと、彼は振り返った。
「それでは、良い夢を」
彼はそう言って扉の向こうに去った。
……パーシヴァルは悶絶した。
(寝られない……寝られないぞ……!)
――滑らかな肌の感触が、パーシヴァルの身体を火照らせた。
眠れないまま朝を迎えたパーシヴァルは、着替え終えたのち、そろりと階下に降りた。
途端、芳しい香りがして、若さゆえに食欲に忠実な身体がふらりとそちらに向く。
そこでは、台所でエプロン姿で調理をしている褐色の肌の彼がいた。
彼はパーシヴァルが声をかける前に振り向く。朗らかな笑顔だ。
「おはよう、よく眠れたかい」
「……あなたのおかげで」
「はっはっは、お互い忘れようじゃないか。久し振りに良い身体の良い男と逢えたと思ったものだからね」
「私は知恵者で海千山千の素晴らしい御仁と逢えたと思っていますよ。あなたとの議論は平行線だ」
「……君ね」
そのときのバーソロミューは背中を向けていた。
振り返った彼は平常通りの顔色をしていた。手には皿が2つある。
「まったく、私の誘惑に勝てた男はそうそういないよ。私の美貌を褒めない辺りもね。まるで童話の魔女の誘惑に勝った騎士様だ」
それに、パーシヴァルは眉を顰める。
「あの……魔女の喩えはよくない。騎士修道会から目をつけられますよ。あそこは過激だから……」
「――2千年前に、ただひとつの奇蹟のために、魔女を筆頭に魔物を文字通り駆逐した騎士修道会ね。私は事実を言ったまでだよ。君の清廉潔白さは素晴らしいものだということだ。王立騎士団の騎士と言うのは皆君みたいな感じなのかな?」
「その……確かに身元が確かな者は揃っているのですが、それなりに異性にだらしない者も……騎士としては尊敬しているのですが……色々ご教示してもらっているし……」
「ははは! 中々愉快そうだ。ほら、朝食だ。席に着きたまえ」
そう言ってテーブルに置かれたのは、シーフードピラフに豆乳のスープだった。
鍋を流しに置きながらバーソロミューは言う。
「簡単なものですまないね。今はあまり食材がなかったんだ。今日にでも買い込んで来ようかな」
「それならそのときはご一緒させていただいても? 荷物持ちにはなりますよ」
「あぁ、任せようかな。君のその体格ならいくらでも持てそうだ。――それにしても、家で誰かと食事を摂ると言うのは久しぶりだよ」
そう言って、向かいの席でスープを飲みはじめるバーソロミューが心持ち嬉しそうに見えたので、パーシヴァルもはにかんだ。
「本当にたくさん持ってくれたねぇ……」
貯蔵庫に食料を入れながらも、バーソロミューは半ば呆れたように言う。
パーシヴァルは宣言通り荷物持ちになり、市場で次々と食材を買うバーソロミューにきちんと付き合ったのだ。その上――
「しかも君、暴れ牛を鎮圧したね。挙句、片手で」
「同僚との手合わせの方が手ごたえがありましたね」
「君の同僚は暴れ牛より膂力があるのかい……? しかもあれ、闘牛用に育てられた牛だったんだよ? 王立騎士団は化け物揃いなのかい?」
「国防を担う者としては当然かと」
凛々しい顔つきでそう宣うパーシヴァルに、「昼食は何にしようかな」と呟きながらバーソロミューは言う。
「――海防のためにも、君は来たんだろう?」
「……否定はしません」
「心配しなくとも、ここいらの海賊とはある程度取引しているからね。――私も元海賊だ。正業に就いたのは当時の国王陛下からの密命さ」
「えっ」
「さて、昼食を終えたら議論を……と言いたいところだが、どうせ平行線だ」
そう言って、バーソロミューは棚から何かを取り出す。海の見える客間で、二人掛けの―ブルにそれを載せた。
それはチェス盤だった。
「もう議論は平行線で、お互い譲れないものが決まっている。ならばいっそチェスで勝負を決めるのはどうだい? 勝負は1回こっきり。負けた方が勝った方の言うことをなんでも聴く。どうだい?」
華奢な脚のテーブルに腰かけ、肘を突いた彼は、蠱惑的にパーシヴァルを見上げた。
――恐らくそれで、彼の頭を翻弄させるつもりだったのだろう。
しかしパーシヴァルは、ごく落ち着いて「そうだね、乗った」と向かいの椅子に座った。
「嘘だろう……!?」
僅差と言えど、勝ったのは確かにパーシヴァルだった。彼は落ち着いてチェス盤を片付けながら言う。彼は微笑んですらいた。
「言ったでしょう。『先輩から色々教示してもらっていた』、と」
「チェスも含まれたのかい!?」
「ボードゲームは戦略にも役に立つからね。先達が後進にチェスを教えるのは王立騎士団の習慣でもあるよ。さて、バーソロミュー」
持ち主より先にチェス盤を片付け終えたパーシヴァル。彼はす、と立ち上がり静かな足取りでバーソロミューの頬に手を添えた。
「『何でも聞く』、だったね」
「~~養殖に転向しろと」
「え? それもあるけどそれだけじゃないよ」
「は?」
「『ひとつだけ』と言わなかったあなたの落ち度だね」
呆けるバーソロミューの、その頬に口付けた。
「あなたを結婚を前提に口説き落とす権利を」
――このとき、バーソロミューは心の中で叫んだ。
(現人神一族、騎士修道会、あなたがたはなぜ同性婚を禁じなかった……!)
自分が若い頃から散々男女問わず食い散らかしていたことは棚に放り上げた。
こう足掻くのも、昨日逢ったばかりのとき、あんなにも見慣れたはずの空の色をした目に惹かれていた自分がいたからだった。
その後やけっぱちになったバーソロミューが「このパーシヴァルを婿にもらえるなら養殖に移行してもいいよ!」と言い出し、パーシヴァルはまんざらでもなさそうだったので王家及び王立騎士団は混乱の渦に叩きこまれることになる。最終的に「その海辺の騎士団支部に勤務させていいなら構わない」と答えが返って来ることになるのだが。
ついでに、単身乗り込んできたパーシヴァルの姉を名乗る少女に一騎打ちを挑まれることになるなど、バーソロミューは思いもしていなかった。
さて、この後天然真珠産業も養殖真珠産業も両立させて営む辣腕の元締めの姿がいたという。
End.