大魔導士が嫁探しをするのは間違っているだろうか 作:今更止められねぇよ!性癖スイッチオンだ!
前話から先にどうぞ。
女神イシュタルは、スクルドへ手を出したことを後悔していた。
魅了したその直後に暴走し始めたスクルド。暴走の原因が自分の魅了にあることなど容易に想像がつく。そして、目にも留まらぬ速さで飛び立ってからすぐに、次々と眷属の恩恵が剥がれていくのを感じ取る。
恩恵が剥がされるなどということは下界ではあり得ない。それはつまり、恩恵が剥がれるということがその眷属の死と同義であるということだ。
「(やめろっ……!! やめてくれっ……!!)」
瞬く間に死んでいく眷属たちを前に、声に出してそう叫びたかったイシュタルだがそれさえも叶わない。横にいるアマゾネスが発する威圧が、イシュタルの喉を締め上げ立ち上がることさえさせないでいた。
アマゾネス――ヘルヴォールの目には怒りと、そして僅かな自責の念が宿っていた。自身に非はないとは思っているが、同時にスクルドをここに連れてきたのは自分の提案であることで、原因の一端を担ってしまっていることに対する後悔もあったからだ。
しかし、ふたりのそんな考えとは関係なく事態は進んでいき、そして遂に、イシュタル・ファミリアの団長であるフリュネ・ジャミールの反応が消え去った。それは、イシュタルが目の敵にしている女神フレイヤへの勝ち筋が、イシュタルのもとから当分は消え去ったことを意味していた。
項垂れるイシュタル。しかし、それから先、イシュタルの眷属が失われることがぱったりと止まった。
何があったのか、そう考える前に、イシュタルの前にその人間は姿を現した。
「……貴様がスクルドに魅了をかけた女神か」
イシュタルは顔を上げ、声をかけた男の顔を見る。美神ほどではないが恐ろしく整った顔、普段白銀に染めている魔法を解除しているが故に緑色に戻っている髪、そして種族特有の長い耳。
ハイエルフの男がそこに立っていた。
「先に言っておくが、神威も魅了も無駄だ。防御結界は先んじて張ってある」
「……ッ!!」
あまりにも冷たい目と凍えるような温度の口調でそう告げられたイシュタルはその態度に反駁するが如く魅了を仕掛けるが、言葉通りに防がれて唇を噛む。
「貴様は……なんだ、私になんの用だ……?」
「あぁ、落とし前をつけにきた。スクルドは私の――そう、
グリムの言葉に驚いたのはヘルヴォールだ。それと同時に、歓びも。遂に、グリムがスクルドの気持ちを受け入れたのだとわかったからである。
対するイシュタルはそんなグリムの言葉を鼻で笑った。イシュタル・ファミリアに入団させた者のなかには、既に伴侶や恋人がいた者から魅了で奪った者も存在する。グリムのようにそれを責める者は多くいた。そして、それらもすべて魅了で黙らせてきた。
「それで、それがなんだ? どうするつもりだ?」
だが、グリムには魅了は通じていない。されとて、イシュタルは焦っていなかった。下界の民は神を殺せないのだから。
多少は痛い目に遭うかもしれないが、単にそれだけだ。最悪、
「……確かに、私は神を殺すことはできないだろう」
しかし、目の前にいるのは、有史以来最高の実力を持つ、大魔導士である。
「だから、堕ちてもらう」
その日、オラリオを巨大な
一体何が起こっているのか、ほとんどの人間も神も理解できていない。ただ、一部の者たちは違った。
「……この文様、間違いない、ルーンだ」
「ちゅーことは、あいつか……誰が怒らしよったんや……」
ロキ・ファミリアの本拠地、『黄昏の館』では、リヴェリアが魔法円に含まれるルーン文字から、それがグリムの関係者――魔法円の巨大さから恐らく本人であると推察し、ロキがその魔力の膨大さに慄きながらもフィンの方へ視線をやった。
しかし、フィンはそれに首を振って答える。
「言っておくけど、『マック・ア・ルーン』は使わないよ。破魔の力でこの魔法円を壊せるかもしれないが、彼と敵対したくない。流石に、オラリオを無差別に破壊するような魔法ではない――と、信じたいけど……」
一方、繁華街、イシュタル・ファミリアの本拠地へ向かっていた女神フレイヤは、魔法円のルーン文字を見て踵を返した。
「フレイヤ様。いかがいたしますか」
「……私たちが手を下すまでもなくなったわ。イシュタルは確実な破滅の運命を選んだ。私たちが手を下すよりも、余程ひどい目に遭うでしょうね……それこそ、後悔もできないほどに……」
そして、各所への対応に追われる『ギルド』の地下で、グリムの旧知であるフェルズは流れるはずのない冷や汗が溢れるような錯覚に陥っていた。
「何をする気だ、ノルナゲスト――ッ!?」
「【――天界に住まう全知全能たる神々へ問う。この者、其れを名乗るに足るか】」
まさか、と、イシュタルはその詠唱を聞いて察する。目の前のハイエルフが、一体どのような魔法を発動しようとしているのか。
しかし同時に信じられない気持ちで溢れていた。それは、人間に扱える魔法の範疇を遥かに超えている。
「【拝謁し給え。私は今、傲慢にも代表を僭称し言い募る。この者、天上へ至るに能わず。下界で生きるに及ばず。どうか、神判を下し給え】」
「や、やめろっ!! やめろおおぉっ!!!」
それはまさに極大魔法。人の身を超えている超越者の魔法。グリムはそれを、天界へ一部発動を委託することで可能にした。
本来、全知全能たる天界の神は、その全能を捨て下界に降りることでしか下界へ干渉することができない。しかし、この魔法は限定的な形――すなわち、術者の要請に応えるという形で、神による下界への干渉を可能にする魔法だ。
無論、その願いを叶えようとする神がいなければ、この魔法は不発に終わる。そして、余程のことでなければ、神は下界のいち人間の願いなど直接叶えることはないだろう。
しかし、今回に関しては話は別だ。何故なら、むしろその願いを叶えたいという神が複数いるのだから。
グリムが願ったのは、イシュタルの神性剥奪。イシュタルという存在から、目の前のイシュタルを切り離すこと。
そして、天界にはイシュタルにハメられて送還された女神が、何柱も存在するのだ。
「《ヤヴンハール》!!」
「あ、あああああああああああああああっ!!?」
イシュタルの体から、神としてのあらゆる要素が失われていく。
この瞬間、グリムの目の前に跪く女は女神イシュタルではなくなった。女神イシュタルは一万年の眠りにつき、神格が連続していない新たな女神として生まれ変わるだろう。
そして、かつて女神だったものの形が変わっていく。それは天界の神々からの嫌がらせであろう。美しかった肢体は骨ばった枯れ木のような体に。褐色の肌はより黒く青く。そしてその美貌は醜悪な悪魔のような顔に。
「女神イシュタル……いや、悪魔アスタロト。もはや貴様を守る神威はなにひとつとしてない」
「アァ……嫌ダ……嫌ダ……コンナ醜イ姿デ死ヌノハ嫌ダアアアアァァァァ!!」
「悔いて逝け」
グリムは空間の裂け目を開き、アスタロトを空間の狭間へと落とす。なにもない空間で、アスタロトは死までの時間を、ただ己の醜さを直視し続けて過ごすことになる。
こうして、グリムによるイシュタルへの報復は、そのすべてを踏み躙ることによって果たされたのである。
次回、エピローグ。