【完結】迷子の友人は羨望する 作:シキヨ
最後までご愛読ありがとうございました。
今回の話は燈達が高校二年生になったという過程で読んでいただければ幸いです。
また、第0話の前日談である『誕生の星、キミと交わした約束。それでも僕は忘れない。』を読んでいると内容が分かりやすいです。
それではどうぞ
この返事をするのに、どれだけの時間が経っただろうか。
机の上に置かれてある親父が買って来たよく分からん時計の針が進む音だけが耳には残っちまう。二日後が自分にとっても、どういう日なんて知ってる。
二日後は、俺の誕生日。
6月27日が……。
燈がどういう気持ちでこの文面を送って来たのかなんてことも痛いほど分かってる。
それでも、スマホを持つ手に力が入らない。怖いんだろうな、俺は……。
『分かった、奥多摩でいいよな?』
『お前との約束、今度こそ果たすからな』
目に入るは俺が送ろうとしていた内容。
『それで……来年の春か夏に、へび座をこの場所でまた観に行かないか?』
二年前、果たすことが出来なかったもの。
こうして現実に変えようとするまであと一歩なのに、手を伸ばすことができない。
自分をだらしなく感じながらも、俺は簡単な文面を送ってしまう。
送れた理由なんて至極簡単だった。
結局のところ、俺は自分を誤魔化すことなんてできない。
あいつとあの夜空を眺めたという迸るほどの願望があるのは昔から変わらない。
「燈、絶対行こうな……」
送れてようやく自分の意識が途切れそうになる。
自分がこんなにも、あのときのことを後悔していたなんてのは……。
当たり前でしかないが、それでも……。
行くと決めたのは……俺の方でしかなかった。
歳を重ねる日でも……あるからな。
俺にとっては……。
端末の時計の数字が自分の目にははっきりと見えない。
光が何処にあるのかは……自分がよく知っていた。
何度も目を擦る。
その度に触れては、瞼が重たいことを伝う。
『星空……見に行こう?』
二日後、結人君にとっても私にとっても大事な日。
私はどうしてもあの場所に結人君と行きたかった。
既読という文字がぼやけていく……。
現実を疑う程の光景、重たい瞼は弱く儚く見えてしまう。
「……覚えててくれた」
彼はいつも言ってくれていた。
来年こそはと、いつも……。
指先が端末から離れることがなかった。
『奥多摩でいいか?』
結人君からの返事……。
連絡してから数分経っていて、正直怖かった。
『うん……』
また既読がついた。
「ゆいくんとまた……星空を……」
いつかは、やって来ることも私自身が知っていた。
満たされていくものがある。ほんのりと熱くなってしまう。
布団を掴めば、自分の景色が狭くなる。
自分に正直になりたい、自分の心の熱さをこの布団に包みたい。
その両方の気持ちが……あったから。
焚き火の薪が音を立てて小さくはじける音……。
暗闇の中に浮かんでいる一つ、二日前の気持ちが嘘みたいだった。
もう一つは、結人君が付けた小さめのランプ……。
その明かりは小さく自分達のことを導いてくれてる。
「燈、怪我大丈夫だったか?」
「大丈夫……だよ?」
「そうか、ならいいんだが……」
久々に来ていた、奥多摩のキャンプ場……。
何処か重たかった。自分の背筋を曲げることができなかった。
「ごめんね、ゆいくん」
自分の顔を膝の中に隠したくなってしまう。
ゆいくんの背中が後ろに下がったような気がしていた……。
「ありがとうな、テント手伝ってくれて」
結人君がテントのペグに触れながらも言ってる。
耳に入ってくるのは焚き火の音と、何処かに消えて行った結人君の声……だった。
「燈、言ってたよな?またキャンプ行きたかったって」
「あれさ……」
「すげえ嬉しかったんだよ」
ゆいくんは……砂利を上にして楽にしていた。
背中が後ろに行っていると錯覚していたのは、嘘じゃなかった。
「邪魔じゃなかった?」
聞き間違えかと思って、もう一度聞き直してしまう。
不安から、よかったと安心している感情を隠しながらも……。
「図鑑とか、わざわざキャンプの本とか買ってくれたんだろ?それって、俺とキャンプまた行きたかったってことだろ?」
動かすことが出来なかった首。
気づけば、小さく頷いていた。空白は消えていた。
結人君の手伝いをしたかった。
本の話をあのとき、結人君にしたのも結人君に褒められたかったから。
「一人でやるよりも、二人で分担したかった」
「そっちの方が楽しいもんな」
「見えるものも……増えるよ?」
まだ痛みはある。
それでも、結人君が言ってくれたようにこの日を待ち焦がれていた。自分の調べたことを結人君の前で披露したかった。結人君に褒めて貰いたかった。
『燈、大丈夫か!?』
『だ、大丈夫……!!』
『止血するから、指確認してもいいか?』
『ごめん、邪魔して……』
『気にすんなよ、頑張った証拠だろ』
『……ありがとう』
いつもなら、結人君に頼らないで自分で絆創膏を貼っていた……かも。
自分に自信が持てないのは今も……だけど。こうして、謝ってしまいがちなのは交わした約束を果たしたかった。
結人君は私のことを邪魔とは言わなかった。
寧ろ、結人君は率先して私に手伝わせてくれた。
『結人君、それでねキャンプの始まりは19世紀後半のアメリカみたいでね──』
そういう会話をしながらも、結人君と一緒にテントの設営を頑張ろうとしていた。
指先に残るものを勲章として残していることを思い出していると、結人君がブランケットを膝にかけてくれる。お礼を言うと、結人君が……。
「燈、遅くなって悪かった」
それが寒そうにしているのを気づくのが遅くなったことじゃない。
「幾ら謝っても、俺が約束を破れなかったのは事実だ」
膝の上には温かさを覚えさせてくれている。
「許してくれなんて言うつもりはねえ。それでも、俺の中でこの星空を見に行こうって約束を忘れたことは一度たりともねえんだ」
約束から二年経ってしまったことを結人君はちゃんと謝ってくれている。
逃げないで、言ってくれてるからこそ私も逃げなかった。
「それだけは事実だって言える。勿論、俺が許せなくても──「「結人君、隣にいてくれてありがとう」」
言わなかった。
あの日以来、の本音を曝け出すことを……。
傷口を広げるよりも、やりたいことがあった。
「燈……」
結人君の消え入りそうな声がする。
彼にとっては予想外だったの……かもしれない。
納得できないと言いたそうにしている結人君。
彼の手を絆創膏を貼った方の手で握れば、結人君の力が弱々しくなってる……。
逃れようとしている結人君にたった一つのことを言いたかった。
どうしても伝えたかったこと……。
「自分でもどうやって動けばいいのか……分からなくて」
「寂しくはあったよ?」
触れるのは、心の中の傷。
剥がせば、どうしようもなく辛くなってしまうもの。
それでも、触れるのは彼のためだった。
「それだけじゃなくて……」
「自分自身のことを……惨めで醜いとすら……」
「考えてたよ……」
それでも、信じられるものが目の前にある。
乗り越えられるものが此処に在り続ける、これからも……。
例え、過去の結人君。
再会したときの結人君。ちょっと前のゆいくん……。今の結人君と共に生きて、傷つけあったとしても……。
結人君という私の道を照らしてくれた
否定したくなかった。もうこの先、過去も現在、未来も否定なんてしたくなかった……から。だから、結人君への贈り物は……。
「ゆいくん……!!」
触れる、触れられている。
結人君の身体に……。
それがどれだけ嬉しいことなのか……。
「幸せは……待ってたら来ないの……かもしれない」
「待っていないだろ、お前は……どっちかと言うと意志が強いだろ?」
「そよちゃんにも似たようなことを言われたよ……?だから、私が贈りたいものは……」
「今日一日結人君にもっと触れさせて欲しい」
昔の呼び方で呼んでみる。
結人君と呼んでいた頃。その頃の自分に戻す……。
これが私のやりたいこと。
結人君の傷口を広げるんじゃなくて、結人君の傷口に薬を塗ってあげたい。もうあのときのことは考える必要はないよって……。これからのことを考えようって……。
「いいのか?」
「いいよ、結人君のこと好きだから」
何かが背中を照らしてくれている……。
私の背中を輝かせてくれている、それが何なのかを私は知っている。
「触れさせて欲しいか、いつの間にかすげえ大胆になったな燈……」
無言のまま、目を瞑る結人君。
心臓の音が明らかに早くなってくれてる。言葉を待つ私に結人君はそのまま手を握ってくれて……。
「燈、その……」
結人君の息を近くに感じる。
結人君は動揺してくれていた、ちゃんと……。
「星の話聞かせて貰ってもいいか?お前がさっきキャンプの話を俺にしてくれたみたいに」
「ただその前に、一旦退いてくれねえか?焚き火……」
背中に手を回してくれていた結人君の手が徐々に離れて行く。
「消せねえから」
「え?あっ、ご、ごめんね!」
余韻に浸ろうとしてた気持ちが何処か恥ずかしいという感情になってしまいそうだった。
結人君から徐々に離れようとしていくと、結人君の方が逆に名残惜しそうにしてくれている。
「いってぇ、なんだ?何に当たった?」
「だ、大丈夫?結人君?」
「あーテーブルだったわ、後で片付けておくから。悪い、燈……」
私が若干微笑むと、結人君は速足で焚き火の前に立つ……。
焚き火を消して、「やりすぎだろ、俺男なんだぞ」と言っているのが小さく聞こえていた。
暗くて判別がつかないのに、何処か結人君の口角が上がってたような気がしてならなかった。
「あーそれで……話して貰ってもいいか?」
何処か落ち着かない結人君が胡坐を掻いている。
その隣に私は座ると、結人君は一旦距離を放そうとしていたけれど、逃げないでくれた。
「うん、えっとそのね……」
私も逃げないで、指先を一旦夏の大三角に向ける。
「結人君、7月の星空はね、蛇座や夏の大三角形以外にも見れてね……蛇座の隣にあるのがヘラクレス座、後てんびん座なんだ」
夜の星々を指で追いかける。
その差した方向を結人君が目で探してくれる。
「天秤座はえっと……天秤ばかりを模してて昔は「爪」と呼ばれている頃もあったんだ。女神さまが掲げる天秤とも関係性があるんだ」
「女神ってギリシャ神話のか?」
「た、多分そうだと思う……!」
こうして語り合うのは、何度目にもなるのに落ち着かせようとしてしまう。
いつだって真剣な眼差しで聞いてくれていて、質問してくれる結人君の姿があるから。例え、あまり知らなくても私は彼の質問に頷いてしまう。
例え、声が上ずってしまっても……。
こういうことをしている度に思う。
観覧車の中で結人君と一緒に星空は悪くはなかったけれど、今こうして二人で探してる星空の方が綺麗に映ってしまう。
比べてるわけじゃないのに、どうしても思ってしまう。
まるで星空が私達を祝ってくれているみたいだった。
「星、綺麗だな」
「結人君と見てるといっぱい……輝いて見えるよ」
「なんかそういうの……照れるな」
落ち着かないのか、結人君は目を瞑ろうとする。
空からは照らす光が私達のことを遮ろうとしてくれない。
「嫌……だった?」
「なわけねえだろ、俺はこれからも……お前の隣でお前の歌を聴いていたいし」
「お前の話を聞きたいんだ」
揺らぐ気持ちは此処にはいなかった。
あるのはただ結人君と過ごすこの日常が何処まで続いて欲しいと願いたい。
永久なんかなくてもいい。
「結人君、いっぱい語ってもいい?」
「当たり前だろ、なんなら夜が明けるまでも全然いいからな」
「もっと近づいてもいい結人君?」
聞く前に結人君の肩に摺り寄せる形に座り直して、彼の肩に顔を乗せる。
こうして二人でいる間だけでも、結人君に甘えたかった。どれだけみんなが大切と言われても、私にとって結人君は一瞬を重ね合わせたからこそ、今の関係があるから。
「お前には一生敵わないな、燈」
「うん……」
「ありがとう結人君」