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あの日はとてもよく晴れた日だった。
その日、私はカナエ姉さんと買い出しをする為、街中を歩いていた。
「昨日のお夕飯、鰆の幽庵焼き美味しかったわねぇ〜。豆ご飯にもよく合ってて食べ過ぎちゃうところだったわ」
「まったくもう姉さんたら…いざと言うときに動けなくなったら大変よ?ほどほどにして……って、あれ?」
ちょうど橋の辺りに差し掛かった所で前を歩く人物たちが目にとまった。
一人は丸坊主の男で顔だけではなく服装やら歩き方などで粗暴さが窺える。そしてもう一人。縄で縛られた状態で大人しく歩いている、とてもボロボロの風貌をした幼い女の子だった。
「姉さん」
「ええ、行きましょ」
私と姉さんは目を合わせて頷くと、その男に近付き声をかけた。
「あの、ちょっとよろしいでしょうか?」
親から名前すら付けて貰えなかったというその子は、髪はボサボサでノミだらけというみすぼらしい姿。何よりほとんど感情が読めない瞳をしていて、そこがより一層私たちの胸を締め付けた。
悲痛な表情を浮かべる姉に触れようとした男の手を振り払い、「これ以上話したいなら金払え」などと宣うそいつの目の前で胸元に入れていたお金をばら撒いてやった。
「なっ…テメエ!!」
パラパラっと音を立てて落ちたお金に気を取られた瞬間、男の弛んだ手から縄を毟り取ると女の子の手を取って走り出す。
「早く拾ったほうがいいですよー?風も強いし、人が集まってきてますからー」
「な、何見てんだっ!これはオレの金だ!!」
人買いの男が周りに発する怒号には目もくれず、小さくほんのり温かい彼女の両手を姉さんと2人で握りながら屋敷への道を急いだ。
屋敷に辿り着いた我々を見てアオイたちにはとても驚かれたものの、事情を説明すると理解してくれたようで、“カナヲ”と名付けたこの少女を迎え入れる事にしたのだった。
ところがカナヲは自分から動くことが出来ず、『誰かからの指示』をずっと待っいるような子だった。感情もなかなか出せないうえに自分から話すことも出来ないような、そんな有り様だった。
カナヲのこれから先がとても心配で気難しい顔になっていた私に対し、楽観的な姉さんはニコニコと笑いかける。
「そんな顔しなくても大丈夫よぉ。私はしのぶが笑ってる顔が好きだなー」
「姉さん!自分で考えて行動を決められないなんて、どうしたって危ないじゃない!」
なおもそう言い募る私を見つつも笑みを絶やさずに姉さんはカナヲの正面に座って向かい合う。
「しのぶは重く考えすぎなのよ〜。そうだ、これから一人のときはこの銅貨をを投げてどうするか決めたらいいわよ」
そう懐から銅貨を1枚取り出してカナヲの目の前に掲げた。
「こうやるのよ、見ててね」
そう言うと右手の上に乗せた銅貨をピンと指で弾いてみせた。
弾かれてくるくると空中で回転するその銅貨。目の前の少女はあまり感情が籠もっていないように見えて、しかしどこか興味深そうに瞳で追いかけていた。落ちてきたそれをパシッと左手の甲で受け止めて開いてみせる。
「ね、これで出た文字に従ってみればいいわ」
ハイと姉さんからそうにこやかに渡された『表』『裏』と刻まれているその銅貨をカナヲは暫しジーッと見つめていた。
その後、少しずつではあるけれどそれを使いこなすようになってなんとか他の人とも会話できるようになっていった。私も姉さんも少しは安心したものだ。
そうして共に暮らしているうちにカナヲのことについて理解できるようになっていった。
カナヲは感情が表に出にくいだけで喜怒哀楽だってきちんとある、普通の女の子なのだ。
特に皆と共に料理や季節の行事に参加している際はホワホワとした雰囲気を出して『ちゃんと楽しんでくれている』と姉と二人で嬉しく思ったものだ。
それに…姉さんが上弦の鬼にやられて死んでしまったとき、皆が涙で頬を濡らしていてもあの子は涙を流せなかった。だけど誰も責めなかった。涙を流さずとも彼女なりに悲しんだり苦しそうにしているのを感じたから。
それでも基本的に私の指示に従って動いていたものだから、まさかかつての姉そして私の反対を押し切って鬼殺隊の選抜試験に挑むとは思わなかった。
しかも見様見真似で会得したらしき花の呼吸を使って、私はじめ蝶屋敷の皆に無断で。
とても驚いたし、戻って来られない事も十二分にあり得たのだからと叱ってしまった。けれども、後から振り返って考えてみるとカナヲ自身の固い意志で行えた初めての大きな決断だったのだ。
姉さんの遺志も私の意志も蝶屋敷にいる他の子や、日々診療所へ傷の治療に訪れる隊士の思いも、全て見てきたうえでの、とても大きな決意。
「きっかけさえあれば人の心は開くものだからきっと大丈夫」
姉さんの言葉が蘇る。完全に心を開かせるにはまだしばらくはかかりそうだけど、いつかきっと。
姉さんの形見である桃色の蝶の髪飾りを身につけて、姉さんと同じ花の呼吸を使いこなし、任務を受けてカナヲは鬼を倒していく。
私もまた姉さんの形見である蝶の羽織を身に着けて、姉さんから受け継いだこの屋敷で、あの笑顔で、あの想いで、鬼狩りを続けていく。
ふと見上げると、晴れ晴れとした青空を鳥の集団が飛んでいく。そういえば少し先の広場にて鳩に餌をやっている人物がいた事を思い出した。きっと彼のもとへ行く鳩たちだろう。
少し遅れて、また一匹の鳩が…と思いきや此方に飛んできたのは見慣れた黒い鳥…我が鎹鴉。
「那田蜘蛛山!那田蜘蛛山へ向かい鬼の退治ならびに負傷者の治療をせよ!!」
その指令を聞き、準備のため屋敷にいたカナヲにも声をかける。
「カナヲ、那田蜘蛛山へ向かいます。鬼の退治と負傷者の治療が任務です。すぐに準備を整えなさい」
「はい分かりました、師範」
小さく頷いて立ち上がり、装備一式が置いてある部屋へ向かう妹の髪を飾る桃色の蝶が目に入る。
『頑張ってね、しのぶ、カナヲ』
姉さんの優しくて温かい声が聞こえた気がした。