「自覚済み宵宮、八重神子に遊ばれる」です。お久しぶり過ぎて色々と書き方を忘れました おお~餅のようになが~くなっちゃうねえ~~ 前話までの私はどうやって書いていたんでしょうね
稲妻城下町:逢魔が時に畏み申す
夕焼けの名残が長く伸びる。石畳の隙間にまで影は入り込み、薄ら暗い路地は人を遠ざける。しぃんと静まり返った町の片隅に、ふと、カラコロと下駄の音が響いた。火焔のように明るい音だった。
「あっちゃー……近道のつもりやったんに……」
宵宮はまたカラコロと下駄を響かせて、止めた。後ろは明るい大通りだ。まだ夕焼けの光が見えている。前はどんどん暗くなっていって、黄昏どきであった。幽霊だとかでないかしら。かすかな恐怖が乙女の胸を擽るが、宵宮は振り返らなかった。見知らぬ道というものに心が擽られたのだ。稲妻に入国しなくなって久しい冒険者を思い出したのである。
「ま、ええか」
怖さよりも好奇心が前に出る。それにいざとなれば燃やせばよかろう。古来から、幽霊だの、お化けだの、そういうものは火を怖がるのだ。宵宮は懐に隠した炎の神の目をぽんと叩き、前へと進んだ。
家々の影になっており、日はどんどん沈む。真っ暗闇になっていてもおかしくないのに、路地は薄暗いままであった。一向に暗闇にならないのだ。コレはまあキナ臭いぞ、と、この場に居たのが洛風であれば気付いたやもしれぬ。しかし歩くは鈍感乙女の宵宮である。彼女はなんの躊躇もなくカロコロと下駄の音を引き連れて歩み、そうしてふと足を止めた。鼻腔を擽る煙の臭いに意識を取られたのだ。
視線を路地の壁に向ける。建物と建物の隙間に挟まれたような小さな入り口があった。暖簾も何も掛かってやいないが、中の小広い空間と棚に並んだ箱の山々からして、何かの商店であろう。こんな奥まったところに店構えを持つやなんて珍しい、と、宵宮はふらふら誘われるようにして、その店へと足を踏み入れた。
店の中は更に薄暗かった。入って左右の壁面は全て棚で埋まっており、小箱に詰められた葉が並べられている。奥は小上がりの和座敷になっていて、そこには老女が一人座っていた。ごん太い煙管を吹かせる姿は飄々としているが、目つきは剣呑で、丸く曲がった背からはどうにも人嫌いが匂っている。老女は宵宮を一瞥すらせず、いつの間にか火をつけて煙管をふかし、これまたごん太い紫煙を鼻から吹いた。
老女の手元には四角い行灯がひとつ灯っていた。光源と言えばこれくらいで、手元すら見えないほど真っ暗になることは明白だというのに、やはり宵宮の目には薄暗いだけ。ここでようやく妙やなあ、とは気付くものの、素直な宵宮は不信感よりも店主への挨拶を優先した。
「こんにちはぁ」
「……ぃらっしゃい」
「えーと……覗いていってもええ?」
「好きにおし」
老女はぶっきらぼうに言い捨て、ばさりと瓦版を広げた。こんなに薄暗くて読めるものかとはなはだ疑問には思えど、まあ行灯があれば文字も追えるかと宵宮は棚へ目をやった。
店内に並ぶ葉はどれも乾いていて、いずれにも品名は書かれていなかった。小さく縮れた葉は黒かったり、灰色であったりした。棚前から見る限りでは匂いはしない。煙草は燃やすまでそない臭くはないんやで、と言ったのは誰であったか。宵宮は脳裏に胡散臭い狐目のにやけた男の顔を浮かべながらも、小箱の葉へ顔を寄せていった。これだけの種類があるのだから、どれかは彼の煙草なのであろう。よくよく嗅いでみれば、同じ匂いも見つかると思って……。
「花火屋♡」
「うひゃぁッ!?」
突如、耳を擽ったのは艶やかな囁き声であった。宵宮はその場にぴょんこと
しかし背後にいたのは幽霊ではなく、見覚えのある御人であった。口元を巫女服の
「や、や、や、八重宮司さま!」
「〝や〟が多いのう」
「……八重ぐうじ、さま」
つい先日お世話になったばかりの相手を前にして、宵宮は恐縮した。普段は鳴神大社にいる宮司さまが、なぜ稲妻城下町に居るのだろう。というより何故こんな路地の先で会うのだろうか。よもや宮司さまって……。ここで〝さぼり癖でもあるのだろうか〟とは思わず、(宮司さまも冒険好きなんかなあ)と考えるあたりが、宵宮の無垢さ加減を物語っている。
「ほほ」と、狐美女は笑う。
会釈するように愛想笑いを返した宵宮の
「そやつはちと強すぎる。汝にはまだ早かろう」
「えと……」
「煙草なんぞより、稲荷の方がずぅっとよいぞ?」
いったい何のことであろ。宵宮にはトンと分からなかったが、稲荷寿司は美味しいもんなあ、と素直に頷いた。ようやっと色気に傾きつつあっても、宵宮の天秤は未だ食い気の方が強いのだ。無論、いちばん強いものは花火欲であるが。
宵宮はそのまま手を引かれ、店の棚からぐいと離されていく。棚と言うよりはその品から離すように。なるほど煙草の葉を警告していたのか。たしかにアレは大人になってから手を出すもんやと洛風から口酸っぱく言われている。だがああまだ用はあるのにと、宵宮は慌てて踏ん張るが、八重神子は更に囁いた。今度は店内のどこでも聞こえるような、それなりに大きな声で。「このような辛気臭い店に居れば、汝の店にも閑古鳥が寄るやもしれぬ……」
そこに待ったをかけたのは店主の老女であった。
「狐の。営業妨害じゃぞ」
「なんじゃ、砂の。汝もこのような小娘に売るつもりなどちぃともなかったくせに」
「〝売るつもりはない〟と、〝買う気を失せさせる〟は別の話じゃ」
「ほう? とうとう
「わしのは大口の固定客がおるからの。ぬしのようにアレやコレやと策を講じねば売れもしない娯楽品とはワケが違う」
「商売上手、であろ? ただ待っているだけの辛気臭い店とは違うのじゃ」
「どこぞの本は似たり寄ったりの中身ばかりで飽き飽きするのお」
「どこぞの香はずぅっと同じ品ぞろえの癖をしてよう言う……」
女の
純粋無垢な乙女たる宵宮にはこの醜さが分からぬ。太陽のような笑みと天真爛漫な性格ゆえに、嫌みを言い合うような経験がない。だからこそ大人の女たちがバチバチねちねちとやり合っていても止め方すらわからなかった。なお、こういったイヤミはストレスをためながらストレスを発散しているだけなので、愚痴を聞かされた際にはハイハイそーですか、と聞き流し、あなたもそう思うでしょ? と聞かれた際にはそうかもネエ、と曖昧に流しておけばよいのである。チラとでも興味を持つ振りなんぞをすれば、ホラあなたもそう言ったじゃない! と悪口仲間に引きずり込まれるのだ。だから女の諍いというのは醜いのである。閑話休題。
「あ!」と、切り出したのは挟まれた宵宮だった。狐美女と砂かけ老女のそれぞれにジッと見られ、気まずさから内股になりつつも、すうはあと深呼吸。そうしてぐっとこぶしを握り締め、ハッキリとした口調で言った。
「あの! うち、煙草吸いません!」
ほうれ見よ、とでも言いたげな愉悦の表情を浮かべた狐美女と、苦々し気に眉を顰めた砂かけ老女が再びにらみ合う。一拍置いて、老女はため息とともに引き下がった。
「冷やかしなら帰りな」
「……や、あの、せやけど、その、るお、…知り合いが煙草吸うから、なんや…おんなじ匂いのもの、あるかなって…」
「なんじゃ、色恋沙汰か」
簡潔明快、身も蓋もない物言いの店主に、宵宮は顔を真っ赤に染め上げて沈黙した。口先では「やや、ちが、違わんけど、でも、」と言い訳をごねようが、項まで桜色に染まったその顔は色恋沙汰と告白しているのと同義である。
もじもじと視線をさ迷わせ、つい近頃恋心を自覚したばかりの純粋乙女はようやく素直に頷く。その後ろで
老女は勘付いた。ハハア、このクソ狐め、今度はこの小娘で遊んでおるな、と。
であれば触れぬが吉。老女はこういう生命力あふれる話題が嫌いなのである。さぶいぼが出る。キラキラした青春は路地を離れた
「ハ──ァ、しちめんどいねえ……」
「?、えっと、」
「もう帰ンな。今日は店じまいだよ」
さァさ行った行った、と指先で追い払われて、宵宮は思わず踵を引いた。一歩、二歩と下駄を下げれば、目の前でぴしゃんと戸が閉まる。いいや戸ではなかった。壁だ。
慌てて建物全体を見上げてみれば、薄暗い中でも、宵宮の目にはただの壁が映る。漆喰塗の、よくある、稲妻城下町の家ではないか。さっきの店はどこへやらと
「花火屋」
「は、ぁ、ぁぇ? 宮司さま、この店……」
「どうでもよいではないか。店じまいと言っていたであろ? そういうことよ」
「そ……そう、なんかなあ……?」
「うむ。──そ、れ、よ、り♡」
「え? ッわぁ!」
楽しげな声のまま手を引かれ、宵宮は驚きの声を上げた。両手を取られて遊ぶように握られる。まるでそれ以上壁を触るなとでも言わんばかりの強制力であった。
宵宮は戸惑いながらも、未だ握られたままの手にぎゅっ、と力を入れた。そして手を見下ろす。宮司さまの手は絹のように滑らかで、柔らかく、しかし細い骨と艶のある爪が大人の色気を含んでいる。火傷にまみれた宵宮の手とは違った。そして、洛風の手とも違った──彼の手はもっと指の節が太くて、骨が固く当たって、爪はささくれ立って武骨だ。それに彼はもっと優しく宵宮の手を握ってくれる……。
「しかし花火屋の」
と、呼びかけられ。宵宮は神子の顔へと視線を戻した。
「汝が急に煙草とはの」
「う……、結局買えへんかったけど……」
「うら若き少女には、大人の階段はまだ早いということじゃ」
「ん……ええと、ほんまにうちが吸いたいわけやなくて、る、…
「ほう?──詳しく」
「前に洛風が…、匂いは
「ほほう」
「こないだ、洛風が置いてった外套がな、洗濯してな、ほんで……」
「匂いが薄くなった、と」
「ン、」恋する乙女の声で頷き、宵宮は続けた。「あいつん
「そうかそうか。──ならば、妾が一服呑んでやろう」
「え?」
「煙草なんぞ、誰が呑んでも吐く煙は同じものよ」
砂を踏む音と共に、宵宮の顔に影が掛かる。元より薄暗いのだから、日が遮られた訳ではない。ただ間近に顔が寄ったせいで、視界が狭くなったからより暗く感じているのだ。
「であれば、妾がふー……っとしてやっても同じであろ?」
耳元に囁く声。帯を掻く爪の音。「っア、」と声を漏らした時にはすでに遅く、宵宮の背は木壁に押し付けられていた。一歩引いた際に下駄が片っぽ脱げてしまって、あべこべの高さになった踵が石畳に触れる。片足がどんどん冷えていくが、相反して宵宮の体温は跳ね上がるばかり。
「花火屋の」神櫻の香りが鼻腔を擽った。艶やかな桃の髪を風が撫でる。揺れた隙間から覗く紫水晶のような瞳から視線が逸らせない。なんと
ぁ、…ぁぇ、ァっ、と。宵宮の喉から微かな悲鳴が上がった。喉が引き攣って声が出ないのである。たかだかひとりの男に片想いをしているだけの乙女にとって、妖しい美魔女の艶やかさは暴力に近しかった。
「ほうれ、一言……妾が欲しいと言うてみよ」
紫水晶の瞳がギラリと光る。心酔しそうだ。花に誘われる
ツツ、と。美女の指先に顎先を擽られ、宵宮はとうとう飛び上がった。
「っけ!け、けっこうですう!」
半泣き声──いや、実際涙が零れた顔のまま、宵宮はぴゅうと北風のように路地を駆け上がった。今だけは風元素の神の目を持っていたかもしれない。何かに背を押されたような感覚を得るほど足が速くなって……気が付けば宵宮は明るい大通りに居た。
夕焼けの影が石畳の隙間に伸びている。不思議なことに、路地へ差し掛かった時と同じ頃合ではないだろうか。
ハッとなって、宵宮は後ろを振り返る。漆喰塗りの建物が並んでいた。左右がみっちり詰まった窮屈な城下町の光景。
「…………あれぇ?」
宵宮は右往左往、壁の隙間に手を着いて覗き込むが、腕の1本がせいぜいの太さである。まさかこんな所から抜け出して来れるはずもない。
「……?、んんー……??」
ひたすらに首を傾げても路地が見つかるはずもない。宵宮が唸る中、足下にしゅるりと風が纒わりついた。視界の端に狐の尾が見えた気がする。なんというか、まるで狐に化かされたようではないか。
ゾッと背筋が粟立った。お化けなんて燃やせばいいと思っていたが、本当に化かされるつもりはない!
宵宮は恐ろしくなって、サッサと家に──花見坂に帰ろうと踵を返す。ここでようやく、彼女は気がついた。下駄がないのである。屋外を歩いていて履物を脱ぎ捨てることなどない、ではやはり先程のことは現実だったのだろうか?
夢か現かわからず、宵宮はとうとう泣いた。城下町の石畳を駆けて、駆けて、そのまま、路地の隙間から逃げ出した。
──その頃。
「ほ、ほ、ほ。
下駄の鼻緒に指をかけて、かろころぶつけて遊んでいた狐美女が、同じようにカロコロと笑っていた。路地の薄暗い中であった。
彼女の足元には細身の野狐が懐き、遠くの方では1つ目の坊主が暖簾を上げている。脚の生えた唐傘がカコカコと駆け、壁模様であったぬりかべが通路を塞ぐ。
店仕舞いをしていた砂かけ老女は再び戸を開き、行灯の元でフウと長い煙を吐いた。
「……狐の……」
「なんじゃ、砂の」
「あまり若いのを揶揄うでないぞ」
「なんぞ。元はと言えば、汝がウッカリ〝戸〟を開いておったせいではないか。妖怪向けの香を取り扱うならば気を付けいと何度言えば分かるのやら……、このままでは烏天狗に取り締まられるぞ」
「わかっておる、わかっておる……」
痛いところを突かれた砂かけ老女は渋々と相槌を打ち、狐美女──八重神子は満足気に笑う。女の争い、ここに終結。狐の勝ちであった。
宵宮と洛風が再会する、半年前の話である。
短編書き出し予定です。読みたい章を教えてください。
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洛風、スメール留学中(出会い前)
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無自覚宵宮、洛風と海遊び(鎖国前)
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洛風、神里兄に絡まれる(鎖国前)
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自覚済宵宮、八重神子に遊ばれる(鎖国後)