一巻って長いですね……。
今回も会話がほとんどですが行動するための理由付けが終わったので、次回から物語が動きそうです。(今回の話も一応は進展しましたので悪しからず)
「ふう………。とりあえず腹にはたまったな」
背後から、戸惑いを含んだ声の『ありがとうございます』を聞きながらラーメン屋を出た悟空と上条。
腹ごなしに夜の街を歩く。
上条はなぜか悟空の後ろにいた。
体から力が抜けたようにふらついてる。だが眼光は悟空に突き刺さっていた。
まるで透視系能力者だ。小さな体の奥底まで見ようとして一回もまばたきをしていない。
「…………なあ、言いたい事あんなら言えって。 そんなに見られたらむず痒くてしょうがねえ」
悟空は振り返る。
ため息をこぼしつつ後頭部を掻きながら。
「………じゃあ言うよ。お前、本当に何者なんだ?」
「なんだいきなり」
「一〇キロ」
そう上条は呟いた。
いきなりそんな事言われても悟空にはとうてい理解出来ない。 それが一体なんなのか。ろくに考えもせず問おうとした悟空であったが、頭の片隅からとつぜん浮かんで来た。
「そういやさっき食ったラーメンも一〇キロって言ってたな。もしかしてその事か?」
上条は頷いた。
「そこからなんで、オラが何者かなんて話になるんだ?」
「単純に計算してもお前の体重が一〇キロ増えた事になるんだぞ?」
「うん」
「小っさい体のどこに入ってんだよ……!!」
もうツッコミきれないと上条は頭を抱えた。
この件は始まりからおかしかった。
ラーメン屋の前に着いた時に、悟空が店の窓ガラスに貼ってある紙を指で差したのだ。
" 大盛りレベル5! 時間内に食べ切れたら一万円!! " という大食いチャレンジを。
そこから考えを改めさせる間もなく入店、注文をして机には兵器と呼べるようなラーメン鉢が置かれた。 上条自身が注文した大盛りラーメンが子供サイズに見えるほどの物。
にも関わらず。
食べ始める時、一緒に箸を持った。
食べ終わる時、一緒に箸を置いた。
間違いなく今日で一番、恐怖を感じた瞬間だった。
「なんだおめぇ。オラが食った量に驚いてんのか?」
「そうだよ。世のフードファイターだって俺と同じ反応するぜ」
「んー、つってもオラはまだ腹五分目くれぇなんだけど」
「………………、」
これで判明した。孫悟空は能力者だ。
暗黒空間(ブラックホール)。胃袋に無限の空間を創造出来る能力。
だから右手で孫悟空に触れば使用している能力は消えて、この場に一〇キロ分のラーメンが出てくるはずだ。
「そう、だ………ふはっ。そうに違いない。ふひひひひひひひ」
「うげ。気持ち悪りぃヤツ」
言いながら、悟空は手の中にある紙幣と硬貨を見た。
「でもあれだな。賞金からおめぇの分も払えて良かったな」
「ッ…!!」
腹を抱えてイカれた笑い声を上げていた上条はピタリと止まった。
「まさか財布落としてたなんてよお。 探すにしても心当たりがねぇんじゃあ難しいだろうし」
上条の不注意とはいえ、このような事が度重なって起きるのなら不幸というのも馬鹿には出来ない。しかし何度も経験しているのなら探し方があるのかもと思い、前を歩いていた悟空は振り返る。
そして固まった。
「トウマ……?」
上条は地面に近い位置にいた。
両手、両膝をついて、額を地面に擦り付けている。
「その節は、本当にありがとうございましたぁっ!!」
俗に言う、土下座と呼ばれるスタイルを披露していた。
「あ、ああ………良いよ。泣きそうなおめぇを見て賞金から払っても良いっておっちゃんが言ってくれたしな」
「もう何とお礼したら良いものか。悟空様には顔も上げられない次第でございますッ!」
「……………、」
悟空は人差し指で頬を掻いた。
(こいつ、あん時戦ってたヤツと同じヤツだよな?)
強者や覚悟も持った人間ならば平然としていても本質は見えてくる。
しかし上条当麻に関してはもはや別人の域だ。 オンオフの切り替えがとてつもなく激しい。
やる時はやってくれるという信頼はあるが、かつての悟空の周りにはいなかった人種なだけあって、少なからず不安がある。
(……ま、いっか)
とある約束事を思い出した悟空は思考を打ち切ると、ハンバーガーチェーンに向かって歩き出す。
「トウマ、オラは気にしてねぇからもう立て。そんでちょっと待っててくれ。 コモエ達に土産買ってくるって言ったから適当に見てくる」
「行ってらっしゃいませぇっ!」
「………、………………ん」
ーーーーーーー
再び闇夜に紛れての飛行。 上条はありったけの力を込めて振り落とされないように堪えていた。 街に来た時のような穏やかな速度ではない。 空気の圧で目を開ける事が出来ないくらい。
というのも、ハンバーガーチェーンから大きな袋を持って出て来た悟空が言ったのだ。
インデックスが外にいる、と。
魔術師の気配はなく、小萌が付き添っているようだが、どこか様子がおかしいとの事だった。
「悟空! あとどんくらいだ!?」
「ここだ! 降りっから気を付けろ!」
突然、ジェットコースターよりも激しい急降下が上条を襲った。 内臓が口から出て来そうな浮遊感。 下半身が浮かび、落ちないように悟空の服を万力が如く握りしめる。
ぶら下がった状態だったから、地面には膝から着地してしまった。 上条は呻き声をあげながら転げ回る。
ゴロンゴロンとしている途中で、見つけてしまった。
必死な形相で少女を捕まえている担任の姿を。
血だらけの修道服を着ている少女が、戸惑いを露わにしてこちらを見ているのを。
「お前、なんで……」
インデックスの動きが止まったからか、小萌は自身の手をさげた。
「シスターちゃん。 急に起き上がったかと思えばすぐに着替え始めて……」
かなり簡素化された言葉だが伝わった。
つまり、インデックスは逃げ出そうとしたのだ。 傷は治っても血の気を失ったように青白い顔をして。 顔のパーツを悲痛に歪めているくせして。
自分達がいない間に、立ち去ろうとしたんだ。
「ぁ、あーあ……。見つかっちゃったね。 逃げるのは得意なのに自信なくしちゃうかも」
強がりか本心か。どちらでも良い。
自虐的な笑みを作る少女に、上条は抑えきれない。 頭のどこかでブツリと音が鳴った。
「悟空と小萌先生は先に帰っててくれ」
「ん。分かった」
「えっ……!?」
小萌の焦りを無視して、悟空はインデックスを一瞥した。
気まずそうに視線を外した少女に、口元を緩めて大きな紙袋を掲げる。
「おめぇの分も入ってんかんなぁ、インデックス! あまりに遅ぇと食い切っちまうぞ!」
「ッ……!!」
『んじゃ行くか』と悟空はボロいアパートの階段を上がる。 慌てて後を追う小萌は、本当にこのまま行ってしまうのか、と下にいる上条達と悟空を交互に見つめた。
振り返った悟空は『なんとかなんだろ』とあっけらかんに言い放つ。もはや火に油。 無責任だと騒ぎだした小萌を引きずって重い玄関の向こうへと消えて行った。
「インデックス」
静寂が訪れてから上条が切り出した。
「俺達を見くびってんじゃねぇぞ」
それがインデックスの琴線に触れた。 少女は俯いていた顔を勢いよく上げた。 目尻には涙が溜まっている。
「とうま達は分かってないんだよ! わたしはっ、禁書目録は危険な存在なの!」
心の奥底にあったであろう本音がぶち撒けられた。
「わたしを助けてくれた時の事はうっすらだけど覚えてる。とうまもごくうも命懸けで戦ってくれたんでしょ。でも分かってるの?殺されてもおかしくなかったんだよ!?」
脳裏に浮かぶ情景を消し去るように、インデックスは力任せに首を振る。
「短い間だったけど、ふたりといた時は楽しかった……。わたしのせいで傷付いてほしくない。 危ない事に巻き込みたくないのにっ、なんで分かってくれないの!」
「ざけんなッ!それが見くびってるって言ってんだ!!」
「敵があの二人だけだと思ってるなら大きな間違いだよ! 一〇万三〇〇〇冊の魔導書を全て使えば世界を例外なくねじ曲げる事が出来る。ーーそれが禁書目録! わたしの味方をするって事は魔導書を狙う多くの魔術師を相手にするって事なんだよ!」
「たったそれだけの事だろうがッ!!」
インデックスの目が大きく開かれた。 溜めていた涙もついには頬を伝って流れていく。
「お前は知らねぇだろうけどなぁ、俺はもう決めてんだよ。腹括って、命懸けて、お前を守るって決めたんだよ! お前の配慮なんて知った事か! 一〇万三〇〇〇冊が何だ! 大勢の魔術師が何だ! 俺はなんと言われても、" お前を地獄の底から引っ張り上げるために手を伸ばし続けるぞ!! "」
上条はとっくに覚悟を決めていた。 にも関わらずインデックスからは『助けて』という言葉が一つも無かった。 それどころか死の淵から生還して間もないのに、上条達の身を案じて離れようとした。
それは許せない。腹が立ったと同時に、どうしようなく悔しかった。
「きらわれたく、なかったんだよ……」
ぼそりとインデックスは言った。目元を袖で拭いながら。
「早くいなくなろうって思って、それなのに、とうま達が目の前に来たら、うれしくて……っ」
「…………、」
「でも、一緒にいたらダメだから、がんばったのに……!」
「信じろよ、俺達を」
「…………うんっ」
ーーーーーーー
「上条ちゃん達、大丈夫でしょうか……」
「まだ言ってんのかよ、コモエ」
「だって……、……………ゔっ!?」
床の上に散らばるビール缶。 灰皿にこんもり積まれた吸い殻。 そして悟空が持っていた大きな袋を開けた瞬間、胃もたれ待ったなしの肉肉しい匂いが部屋に充満する。
嗜好品の残骸と混ざり合って、不快感たっぷりな匂いが形成された。
目の前の食料に目を輝かせている悟空とは違い、小萌は吐きそうになりながら窓を開けた。
数回咳き込んで落ち着きを取り戻す。 振り返ると頭が痛くなった。 眉間に皺が寄った原因は匂いではない。呑気している彼にだ。
「お猿ちゃんは心配じゃないんですか?」
悟空は首を傾げた。 すかさず『上条ちゃん達の事です!』と言うと納得したかのように頷く。 しかし『で、あいつらの何を心配すんだ?』と返されてコモエは肩を落とした。
「詳しくは知りませんが、ただの言い争いではない事は分かっています。なにか由々しき事態が起こっているんですよね?」
「まあな」
「それならもう少し寄り添ってあげるべきではないのですか? あの子達はまだ子供なんですよ?」
「寄り添うたって……、トウマが先に行ってろって言って来たんじゃねえか」
「それでもです!」
薄い紙で包まれて床一面に広がるハンバーガー。
小萌はハンバーガーの群れを回り込んで悟空の隣に行き、教鞭をとるかのように指を一本立てた。
「良いですか? 思春期の子は強がってしまう傾向にあるんです。 ムキになって、意地を張って、自分の力を過信してしまう。 それを抑制し、正しい道に手を引いてあげるのが大人の義務であり、私達教師の役目です」
「おめぇ、ちょっと堅苦しくねぇか? あれこれ手ぇ出さなきゃいけねぇほどトウマはダメじゃねえぞ」
「上条ちゃんが駄目だと言っているのではなく、助けてあげるのが大人の義務だと言っているんです!」
幼い声が部屋中に響く。 目を丸くしていた悟空であったが、なぜか口元に笑みを浮かべた。
小萌がムッと頬を膨らませると、逆上を煽るように『ははっ』と笑い出した。
「……なんですか?」
「わりぃわりぃ。 おめぇやオラが大人って言っても誰も信じちゃくれなさそうだなって思ってよ」
小さな握り拳が作られる。
この人には頼れない。 自分との価値観の違いがハッキリとした。
「もう、知りませんっ!」
言いながら、小萌は体の向きを変えた。
おそらくはまだ上条達が外で話し合いをしているはず。 なにか力になれる事があるかも知れない。 外に出るべく、廊下に続く戸を開けた。
その時だった。
「コモエ。 魔術師って知ってっか?」
背中にぶつかる声。
振り返ると年不相応の目がこちらを見ていた。不審を抱いていた気持ちが霧散して、体と心が引き戻される。
「まじゅつ、し……」
口が勝手に繰り返す。 漫画などのフィクションにありがちな設定だ。惑星や星の位置などで占いをする占星術も魔術師と呼んでいたか。十六世紀前後にあった魔女狩りなども近いのかも。
いや、と小萌は思う。
「魔術」
その単語は聞いたばかりだった。それどころか己の身で"使った"ではないか。目の前に血だらけの少女がいて緊迫した状況が続いていたから、いつの間にか頭の片隅に追いやっていた。
「シスターちゃんは、魔術師……?」
「ああ。そんでインデックスを狙う魔術師が二人。 トウマはインデックスを守るために戦ってる」
インデックスの傷ついた姿。逃げようとして上条が怒った事など、全てが結びついた。
直後に、がく……と足の力が抜ける
目の前の事を理解すると脳が否定する。 常識が覆されているようだった。
「そ、それなら尚更黙っている事はできません! すぐに警備員、いや理事会に報告しないと……!」
「そいつはやめた方が良い」
「何故ですか!?」
「トウマの話を聞くと魔術師ってのは、いねぇ存在のはずだろ? そんなんがうろちょろしてるってなるとパニック起こしちまう」
「だとしてもっ、シスターちゃんは死んでしまう所だったんですよ? 上条ちゃんだって関わっているのならいつかは危ない目に、」
「そうならねぇためにオラがいる」
落ち着いた口調だった。 しかしその奥底には有無を言わさない絶対的な自信を感じた。
「トウマとインデックスを心配に思う気持ちはオラも同じだ」
でも、と悟空は続ける。
「考えて、答え出して、間違えるのも全部。トウマ達が自分でやったら良いと思う」
「間違えるのもって……。それだと手遅れじゃないですか」
「だな。んでも"次"は間違えねぇように努力する事が出来る」
"今"を正しく導こうとする小萌に対し、"次"を正しく行動出来るようにする悟空。
似ているようで違う考え方に、小萌は口を開いたが、そっと閉ざした。
反論の言葉が出て来なかった。
「間違えて終わりじゃねえ。 終わらせたりしねえ。 何度でも"次"の機会を作ってやるためにオラがいる」
「お猿ちゃん……」
「まっ、戦いは始まっちまったし、いくらか怪我もするだろうけどよ。 あいつらには自分の足で歩かせようぜ。 ゴールも道も、大人がぜんぶ決めたらつまんねぇかんな!」
「………………………むぅ」
小萌は唇を尖らせる。
晴れやかな気分とは程遠い。 モヤモヤした霧が胸の中で渦巻くような感覚。
しかし、受け止めなければならない。
信じて待て。
小萌は悟空の言葉をそう解釈したからだ。
「分、かりました……。ですがその代わり! もしもの時はお猿ちゃんが責任を持って何とかしてくださいね!?」
「わはっふぇふっへ」(分かってっさ)
「食べながら喋らない! というかそれは私達のお土産ではなかったのですか?」
もはもは言いながらハンバーガーが渡される。 思わず手に取ってしまったが、匂いで胃が拒否権を行使した。 本来であれば今は晩酌の最中。 つまみにハンバーガーなど不適合極まりない。
だが一応は買って来てもらった物。 いらないからと言って返却するには心が痛む。 せめて一個は食べようかと小萌が覚悟を決めた時、歪な音を立てながら玄関が開く。
そこから楽しげに会話を繰り広げる男女の声が聞こえて来た。
ーーーーーーー
「え、おまっ、魔術のこと小萌先生に言ったのかよ!?」
上条は憔悴しながらも声を張った。
小萌に家に入ると約七千円相当のハンバーガーやナゲット、ポテト、ジュースが床を覆い尽くしていて、馬鹿げた量のラーメンを食べたばかりの悟空が手を休めずに食べていて、シスターという肩書きを捨てて来いと言わんばかりに食い散らかすインデックスがいて、 挙げ句の果てに小萌には事の成り行きを話したと聞かされた。
「ん。言ったけど、駄目だったんか?」
「いや、ダメっつーかよ……。先生は巻き込みたくなかったんだ」
視線は小萌に。 曖昧に濁したりせずハッキリと告げる。
今からでも遅くはない。 理解してもらって身を引いてもらおうと。
「魔術まで使ってもらったのに巻き込みたくねぇっちゅうんは、ちと無理ねぇか?」
悟空に同感と、小萌とインデックスは頷いた。
「それに中途半端に関わるくらいなら全部話して協力してもらった方が良い。 知識を借りるって意味でな。 先生だってんならオラ達とは違う考え方も出来るはずだ」
上条は少し間を置いて首を縦に振った。
小萌の性格を考えると、自ら関わって来るというより、魔術の存在を学園都市理事会などに言われる可能性がある。 現状の様子に小萌も納得しているのであれば変に深掘りしない方が良いと考えた。
「あの、私から一つ良いですか?」
律儀に手を上げて小萌は言った。
「シスターちゃんの事については何となく分かりましたが、お猿ちゃんは、その、………な、なんなんです?」
適切な言葉を探したのだろうが見つからなかったらしい。 途切れがちだが、確かな疑問を投げて来た。
「ん? 悟空は悟空だろ?」
「うん。ごくうだよ」
「そうではなくっ……!」
上条とインデックスの真っ直ぐな瞳に耐えきれず、小萌は手と首を一生懸命に振った。
「もっと根本的な…………そう! なんで尻尾が付いてるとかあるじゃないですか!」
「あー。 でも斉天大聖じゃないらしいですよ」
「わたし達も気になったから色々聞いたもんね!」
「じゃ、じゃあお猿ちゃんはどこから来たんです? どこの国に尻尾の生えた小さな体の大人がいるんですか?」
「そりゃあ…………………………ん?」
上条とインデックスは首が捩じ切れんばかりに悟空の方を向いた。
「そういやお前、ベランダにいる時ここがどこか分かんねぇとか言ってた、よな?」
「わ、わたしの知識にも悟空と似た種族はいないんだよ……」
「自己紹介の時に六〇歳って言ってたけど、見た目はともかく言動や振る舞いは年配のソレじゃねーしよ」
「"気"の存在も考えてみたらおかしいかも。 万能すぎるっていうか。 ある意味、禁書目録よりも世界の概念を捻じ曲げかねないんだよ」
「お前は一体、何者なんだ……?」
「いえ、そんな真面目な顔されてもシリアスにはなれないのです」
蓋を開けてみれば上条達は何も知らなかった。
問い詰める視線を浴びても、当の本人は口いっぱいにハンバーガー押し込んでいる。 何回か噛んだ後、ストローを加えて口にある物を胃に流し込む。
ぷはぁ、と悟空は満足気にお腹をさすりながら言う。
「この世界に西の都ってあるか?」
短い沈黙のあと、高校教師が口を開く。
「西にある都市、京都の事ですか? それともどこかの国の呼び方でしょうか?」
「いんや。地球の中で一番デケェ所だ。他にも大きく分けて東の都、北の都、南の都って呼ばれてる」
三人は顔を見合わせたが首を捻るばかりだった。
悟空は小さく笑い『やっぱそうか』と呟く。
「な、んだよ。一人で納得しやがって」
「ここはオラがいた地球とは違うみてぇだ」
「は……?」
「朝におめぇと別れてから飛んで回ったんだ。 でもオラの知ってる地球じゃなかった。 もしかしてって思ってたけど間違いねぇな」
あっけらかんとする悟空についていける者は誰もいない。
「言っとくけどよ、オラの世界でも"気"は珍しいもんだ。 チビっこい時に師匠になる人に"気"を見せてもらって、たくさん修行した」
「そうなのか? てか、なんでそんなに修行する必要があんだよ」
「強くなりてぇからだ」
「その意味を聞いてんだけど……」
「鍛えた力で戦いたくて、誰にも負けたくねぇから修行すんだ」
「だーかーらー、強くなってどうすんだって話よ」
正義のヒーロー。 復讐劇。 習い事で一位になるみたいな、強くなりたいと思うまでの原動力を知りたかった。
そこで上条は改めて悟空を見た。
(………道着)
フィクションやら綺麗事を鵜呑みにするなら、武術家は自分に負けないために鍛えるという。
もしもそれを地で行っているのなら、今もなお、首を傾げている悟空に結び付く。
(いちいち覚悟決めて戦ってる俺とは大違いだな。 羨ましいってか憎らしいぜ)
そう思いながら上条の口角が上がる。
「トウマ?」
「なんでもねーよ。つかこの機会に聞いとくけど、この世界?に来る原因みたいなのはあったのか?」
「…………ねぇ、訳じゃねえかな」
珍しく悟空は口ごもる。
「言えないこと?」
インデックスの言葉に悟空は『いや』と返す。
「オラの世界にはわりぃヤツがいてな。 世界をめちゃくちゃにしたり地球をぶっ壊そうってするヤツとか」
そんで、と続けようとする悟空であったが『ちょっと待て!』と上条が声を張る。
「ん、どした?」
「…………………地球を壊すってなに?」
「そのまんまだけど」
悟空は手をグーからパーに変えた。 爆発を彷彿させるような仕草だった。
「お、お猿ちゃんの世界に軍隊などはいなかったのです? 世界が混沌に陥るほどのものなら国が勢力を上げても良いと思うのですが……」
「オラがまだチビで"気"なんかあまり扱えねぇ時に、レッドリボン軍っていう悪の組織を壊滅出来たんだ。 今となっちゃ全世界のヤツらが集まったって相手にならねぇよ」
続けんぞ?と言うと、三人は青ざめた顔でただ頷いた。
「オラがいくら修行して限界を越えても、ヤツらは軽々とオラを超えて来る。 修行して、戦って、負けて、強くなって、戦って………。そいつを繰り返す度に、オラはずるい事をしたんだ」
世界に散らばる七つの球。 全て集めると願いが叶うという伝説を、彼らは自由に扱える術を手に入れた。
死者を蘇らせて、都市を元通りし、ギャルのパンツを貰った。
それは罪だ。
罪には罰として、願いを叶えてくれた七つの神龍が地球を壊すために動き出した。
「なんだよ。ズルい事って」
「へへっ、内緒」
上条は露骨に顰めっ面をした。 気にせず悟空は続ける。
「んで、わがままも聞いてもらった代わりにオラはその世界から消える事になった。てっきり身体は無くなるんだと思ってたんだけどよ、気が付けばここにいたって訳だ」
なぜこの世界に来たのかは不明だが、元いた世界から消える原因はあったらしい。
「……信じるよ、悟空。 『外』より三〇年ほど文明が進んでるっつー学園都市が可愛く思えるくらいだ」
でも、と上条は拳を強く握る。
「あんまりじゃねーか! 世界を、地球を守るために戦い続けたお前が消えなきゃいけねーなんてよ!!」
理解は出来ても納得が出来なかった。
「お前がやらなきゃ駄目だったんだろ? お前が強くなって敵を倒さなきゃ地球が終わりだったんだろ? ちょっとズルしたくらい許せよ! お前が犠牲にならなくたって良いじゃねーか!!」
「とうま……」
もう終わった事だ。 いまさら部外者が吠えたところで状況は一ミリたりとも動かない。
それでも、こんな見ず知らずの自分達を助けてくれる男が損な役割を受けて良いはずがない。グツグツと腑が煮えたぎる感情を放っておく方法など上条は知らなかった。
「それは違ぇぞ、トウマ」
ふと、温情に満ちた声が通り抜ける。
「オラは頼みを聞いてもらったんだ。 最後まで戦いたかったから無理を言ってよ」
「っ……!」
「家族や仲間達には会えねぇから悲しくねぇっつったら嘘になっけど、後悔はしてねえ」
「…………………………………悪い。犠牲なんて言葉使って」
「良いよ、気にすんな」
にひひ、と笑う悟空。上条は恥ずかしさが込み上げて来た。 見てられなくて顔を動かすと、にんまりと笑みを浮かべる担任が視界に入る。 そこからも逃げるようにハンバーガーに齧り付く。
直後にズゴゴゴゴ……と聞きなれた音が聞こえた。 見なくても分かる。 無くなりかけの液体をストローで吸う音だ。
「ありゃ。喋りっぱなしで喉乾いてたからなぁ」
悟空は紙で作られたコップを耳に近づけてゆすった。 カシャカシャと氷の動く音だけが聞こえる。
「コモエ。なんか飲みもんあっか?」
「お恥ずかしながらお酒しか……」
「酒か。あれ苦ぇしあんま好きじゃねえんだよな」
よし、と悟空は腰を上げた。
「ちょっくらその辺で買って来るか」
「待て。俺が行く」
上条ちゃん?と小萌は上条を見た。
無闇に外出する時間では無いと伝えると、上条は手を大きく広げた。
「先生。悟空に買い物を任せるとコレですよ? 加減を知らず、気になった物を片っ端から買います」
あ、と小萌の口から空気が漏れる。
「ったく、あんなとこで大金使うくらいなら俺が半分の金で山盛り作ってやるってのによ」
じろりと上条の眼球を動く。
「は、はは。説教はもう勘弁してくれ……」
悟空は、大きな紙袋を持って店から出た時の上条を思い出す。両腕に抱えてる袋をひん剥いた目が捉えた途端に、どんだけ買ってんだ!と怒声を響き渡らせていた。
「つーわけで俺が行くからな。異論は認めない」
「わたしも一緒に行くんだよ!」
「お前を連れてっても同じ事が起こるわ。暴食シスターめ」
ギラついた歯が見えると同時に上条は走り去る。
目の前で戸を閉められたインデックスは、歯をガチンガチンと鳴らして不満を露わにした。
「お猿ちゃん、ちょっと踏み込んだ事を聞いても良いですか?
「なんだ?」
「先ほど家族というワードが出て来たのですが、ご結婚はされていたり、します?」
「ああ。孫もいんぞ」
途端に小萌の顔が絶望に変わる。『大丈夫、結婚だけが全てじゃない。生徒がいれば私は幸せ』などと呪文のようにブツブツと唱えている。
しかしその横からインデックスが満面の笑みでニョキっと出て来た。
「ごくう、それほんと!?」
「ああ。本当だ」
「何歳のとき? 告白の言葉は? どんな所でプロポーズしたの?」
キラキラと目を輝かせながらマシンガンのように質問をぶつけてくる。
こういった内容の話は悟空の苦手分野であるが、好奇心が宿る瞳で見つめられると、孫であるパンと重なってしまって渋々ながら受け入れるしかなかった。
「二十になる前だったかな。 天下一武道会つって、世界から腕っぷりの武道家が集まって一番強いやつを決める大会があったんだけど、そこの舞台上でーーー」
「exciting!!」
悟空の声に被せてインデックスが指を鳴らした。
「大会の舞台上ってことは相手の方も武道家なんだよね? ごくうが生業にしている舞台で偶然出会ってプロポーズ。……ロマンティックなんだよ!」
「あー……、ちょっと違ぇかな」
悟空は明後日の方を見ながら頬を人差し指で掻いた。
「どういうこと?」
「偶然じゃなくて、相手はオラに会おうとして大会に出てきたんだ。 昔にした、嫁に貰うって約束を叶えにな」
「fooooooo!!!」
「それは、大きくなったら結婚しようっていう幼馴染特権のアレですか!? 恋愛には無頓着な雰囲気だしておいてズルすぎます!!」
熱のボルテージが最高潮に達して小萌も参戦するが……。
「いや実はさ、嫁にもらうって意味を知らなくて食いもんとばかり思ってたんだよ」
「……………………………………は?」
「しかも何年かぶりに会ったから最初分かんなくってさ。まぁ最終的には分かったし、純粋に武道極めたヤツだったから楽しい試合だったぞ」
当時を思い出して自然と笑みがこぼれる。 緩み続ける口角であったが、ぴしりと悟空は固まった。
冷ややかな視線が二つ、突き刺さっていることに気付く。
「なんでそれで結婚出来たの?」
「女の敵です」
「相手の方ごくうの事をずっと想ってたはずなのに可哀想なんだよ」
「憧れシチュエーションを実演したというのに深掘りしたら落胆する内容って……。 無頓着ではなく節操なしだったんですね」
「ちょ、ちょっと待てよ。確かに最初は傷付けちまったかも知んねぇけど、ちゃんと責任は取ったぞ?」
小萌とインデックスは顔を見合わせて、頷いた。
「じゃあ結婚してからの日々を話して」
「夫婦になったとたん性格が変わる方もいらっしゃいますからねー」
「そうは言っても、なに話したら良いか……」
プロポーズの後は妻の自宅である城が炎に包まれてそれを消すため一緒に奮闘した。 その後結婚をして悟飯が生まれる。
それからはどうだろう。
戦って、死んで、生き返って、戦って、違う星に行って、帰って来て、修行して、心臓病にかかり、完治して、戦って、死んで、生き返って、戦って、帰って来て、ウーブを強くするために五年間家を離れた。……で、小さくなって戻って来た。
(話せるとこがねぇ……。ちゅうかこう考えてみっとチチにはほんとわりぃ事したなぁ)
悟空は沈黙する形となった。
「やっぱり。好きじゃないのに結婚したんだ」
「ん?」
「宗教とか政治の世界ではそういうこともあるけど、……なんだか残念」
きょとんとする悟空であったが、間を置いてから吹き出した。
「ははっ、そういうことか」
「ごくう?」
「オラは好きで結婚したぞ」
「え、だってさっきは何も言わなかったじゃん」
「具体的な例が思い付かなかっただけさ。たくさんありすぎてな。 だからアイツの事を好きじゃねえってのは訳が違ぇ」
悟空は続けた。
「そりゃあ最初はとまどったけどよ、イヤじゃなかった。いつからかアイツの所に帰るのが当たり前になって、アイツがいる地球を守るんだって思うと力が湧いた」
「おおおおっ!」
「あんまよく言えねぇけど、こんなんでどうだ?」
そう告げると、彼女達はのけぞって頭を抱えた。
「くぅーッ、お猿ちゃんに惚気られましたー!」
「甘すぎるんだよ!」
さっきとは打って変わった反応。 芸人顔負けのオーバーリアクションっぷりに悟空はたじろぐ。
ふと、インデックスの動きが不自然に止まった。
「ん、シスターちゃん?」
その異様さに小萌が名前を呼んでみるが、返答はない。
「どうしたんだよ、インデックス」
「……………魔術の気配」
ようやくインデックスが口を開いた瞬間、息が詰まる空間に一変した。
『何っ!?』と悟空の表情が険しくなる。
インデックスは勢いよく顔を動かして一点を見つめた。 視線の先は変哲もない壁だが、その奥の奥に魔術の気配がある。
「あの二人かも…………、とうまが危ない!」
「待て!」
一目散に駆け出そうとするインデックスの手を、悟空が掴んだ。
(インデックスが見た方向にヤツらはいねぇ。たぶんインデックスを誘い出すエサとして魔術を使ったんだ。しかもーー)
チッ、と悟空が小さく舌を鳴らす。
(トウマんとこにはカンザキが行きやがったか。 まさかこんなに早く来るとは、油断しちまった……!!)
インデックスは必死に悟空の手を解こうとしていた。 だが力の差は明らかなもので、指の隙間すらこじ開けるのは不可能だった。
「はなしてっ……!」
「落ちつけ。トウマは大ぇ丈夫だからおめぇはここで待ってろ」
「わたしのせいでとうまが傷ついているのに、待ってるだけなんて嫌だよ!」
インデックスは諦めずに力を込める。魔術師と対峙さえすれば彼女には一発逆転できるカードを持っていた。
それは、自分の身と引き換えに上条達を見逃してもらう事。
上条には信じろと言われたばかりであったが、改めてこんな状況になると心に激痛が走った。 とても堪えられるものではなかった。
「インデックス。おめぇが頑張るのは今じゃねえぞ」
涙ながらに訴えていた彼女であったが、悟空の声を聞くとポカンとした。
悟空は笑っていた。
まるで意地悪に成功した子供のような顔でへへっ、と。
「オラがいるじゃねえか。 何とかなるってのに、こんなに泣いたり取り乱したら後で恥ずかしくなんぞ?」
「なんとか、って……?」
「魔術師を追い返して、トウマを連れて帰って来る!」
その言葉は、インデックスの緊張をほぐすには充分だった。
もう手を離しても大丈夫だと言うかのように、インデックスを掴んでいた悟空の手に小萌の手が重なる。
「シスターちゃん。 信じましょう」
ね? と微笑みかけるとインデックスは静かに頷いた。
「ではお猿ちゃん。早速もしもの時が来たみたいなのでお願いしますね?」
「ああ。大人の責任とってくんぜ」
言うと、悟空は玄関から外に出た。
上条達がいる方を見てからゆっくりと浮かび上がり、アパートの屋根に降り立つ。
さきほど"気"の探知をした時に色んな箇所に散らばった魔術の気配があった。
離れた所には囮にしたであろう魔術の名残。 別の所に上条と神裂の"気"。
そして、
「よお、ステイル」
アパートの屋根に居座る男の"気"。
「……望みの薄い可能性だったけど、やはり君は引っかかってくれなかったか」
「まあな」
口振りから察するに、インデックスを捕まえる作戦であったことは間違いないらしい。
平然とした口調だが、タバコの灰を捨てる仕草は荒々しいものだった。
「それなら能力者のところに神裂が向かったことも知っているだろう」
「ああ」
「死ぬぞ、あの男」
「カンザキにトウマは殺せねぇよ。それはおめぇの方が分かってんだろ?」
「………………、」
神裂火織は悪いやつじゃない、という理由なき確信が悟空にはあった。
「けど、ゆっくり話をしてる時間がねぇのは確かだ。 このままおめぇを連れてトウマの所に行くぜ」
「インデックスを回収できない今、僕の役割は君の足止めだ」
「その間にカンザキがトウマを説得でもすんのか? インデックスから手を引けってよ」
「そうだ。 能力者が頷くまで説得は続く。だが安心しろ。 君が思う通り"死にはしない" だろうから」
「言ってくれんじゃねえか」
要するに、痛め付けるのに抵抗はないという事だ。
「悪いね。こっちも仕事なんだ」
「…………いんや、謝るのはオラの方だ」
「何?」
ステイルは怪訝な顔をしながらもプロの魔術師としての直感が働いた。 ほぼ無意識に胸元に忍ばせている『ルーン』へ手を伸ばす。
直後。
ズンッッッ!!! と悟空の拳がステイルに突き刺さる。
「ご、ぶ………ッ!!?」
ステイルの手の中にあったルーンが地面に落ちた。 すでに意識はなく、崩れ落ちる。
悟空は腹にめり込んだ拳を引き抜いて、倒れて来るステイルを肩に担いだ。
「わりぃな。 戦いを楽しんでる時間がねぇんだ」
ステイルが魔術を使う前に倒す必要があった。 家の中にいるインデックスが反応しないために。
どうやら作戦は上手くいったらしく、インデックスの"気"は落ち着いていた。
「堪えろよ、トウマ……。 すぐに行くからな!」
悟空はステイルを担いで、暗闇の空へ消えていった。
悟空に多く語らせてしまったので、解釈違いがあったならすみません。
ご容赦ください。