神秘狩りの夜   作:猫又提督

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聖徒会の装束

ユスティナ聖徒会の一般的な装束。
かつてのトリニティの一派を務めており、協力な暴力装置として働いた。
その見た目は、実用よりもむしろ威圧を目的としている。


第43話

 結局、湖からあの教会に移動した原因は分からないが、そんなことはどうだっていい。セイアの近くまで移動できたことだけが重要だ。

 トリニティの中心は地獄絵図だった。生徒が獣に銃を撃ち、背後にいた獣に気づかず、生徒が食い殺される。恐怖と痛みと命乞いが混ざった少女の悲鳴は、聞いていて心地のいいものではない。狩人としてできるのは獣を狩る事のみ。せめてもの手向けとしてその獣や、道中の獣は全て狩ってきた。しかし、少女たちは私を見ると、銃を撃ってくる。わけのわからないことを叫びながら、ただ全員が赤子を求めているのは確かだ。アズサと離れてまだ時間は経っていないはずなのに、正気を失い、あの病院に居た少女のように赤子を求めている。

 

『あの赤い空には、私たちの正気を失わせる効果があるらしいんだ』

 

 アズサの言葉を思い出した。彼女たちはこの夜に身を置きすぎたのかもしれない。生徒同士が撃ちあっている場面も目撃した。彼女たちは互いに赤子を求めている。

 敵となるならば仕方がない。私も応戦せざるを得ない。私の杖は生徒の体に簡単に傷をつけた。貫いた。命を奪った。

 決して楽しんではいない。楽しんでいないとも。せめて気絶に抑えることができればと思ったが、生憎、力の加減の仕方を知らない。キヴォトス人の神秘的な防御力を打ち破れるようになった今、その命を奪うまで私の腕は止まらなくなった。

 

「ふむ、盾も便利だな」

 

 だから決して盾の性能を試せて、更に有効であることを知れて満足しているなんてことはない。

 キヴォトスの生徒は一部を除いて近接戦が不得意だ。懐に潜れば簡単に勝てる。盾は非常に役に立った。

 

 飛び掛かってくる獣を撃ち落とし、襲い掛かってくる生徒をねじ伏せながら歩いていると、遠かった銃声がだんだん近づいていき、ついに遠目に銃を撃っている少女たちを見つけた。彼女たちが着ている黒い装束は正義実現員会のものであると記憶している。

 ふと、私が正実から脱走したことを思い出した。セイアの辟易した顔もよく覚えている。今の装束は彼女たちにとって見たことがないものだから、私のことは気づかないだろう。まあ、どちらにせよ、彼女たちもまた私に赤子を求めて、襲ってくるかもしれない。だから気づかれないように抜けるのが得策だ。

 とはいえ、セイアの下に辿り着くには、この道を通らなければならない。私はトリニティの地理に疎いがために、この道以外を知らなかった。

 彼女たちは建物を盾にして、撃ったり隠れたりを繰り返している。恐らく戦っているのは獣ではなく、同じ銃を持つ相手だろう。彼女たちの後ろで高速の物体が建物を僅かに削ったり、窓を破壊しているのが見えた。

 まず彼女たちが戦っている相手を確認しに行った。見つからないように、一ブロック離れた所を歩く。そしてそのまま二ブロックほど歩くと、T字路に当たった。そこで正実の少女たちが撃ち合っている相手の姿が見えた。

 彼女たちは正義実現委員会の黒い装束とは対照的に、白い装束を着ている。そして顔には特徴的なマスクを被っている。直近だとアズサが被っていたように見える。そして同時にアリウス分校の存在を思い出した。

 

「すると……アズサもアリウスの生徒か」

 

 あの少女たちとは服装に差異があるが、白を基調としていたのは同じだ。あの時には出会わなかったが。まあ、だから何だと言われればそれでおしまいになる。少し興味深いが、今アズサがアリウスだったかどうかはどうでもいい。

 正実の相手は分かった。両方ともキヴォトス人なのは厄介だ。彼女たちも私を見るや否や襲い掛かってくるのだろう。もはや獣と同じだ。同じ陣営同士で争わないのは最後に残った人としての理性だろうか。

 迂回するには一ブロック下がる必要があった。これ以上道を外れると迷う可能性もある。急いでいないとはいえ、迷ってしまっては元も子もない。それに今のトリニティの現状を見るとセイアも無事かどうか怪しい。やはり急ぐ必要がある。

 さて、困った。これが獣なら散弾銃を携えて雑に突っ込めばいい。しかし、目の前にいるのは正気を失っているとはいえ少女だ。手に掛けるには惜しい。

 私は杖を立て、左手を顎に添えながら考えた。

 ホシノや一部の生徒を既に狩ってしまったから、今更人間は狩らないというのはまかり通らない。とはいえ、邪魔だからと正気を失っただけの少女たちを狩ってしまうのは、まるで私が血に酔っているみたいだ。

 しばらく考えた結果、走り抜けることにした。セイアの安否も気になる。あまり遊ぶ時間は無い。

 私は盾を構えて走った。なるべく気づかれないように背後をとったが、全速力で走っているものだからすぐに気づかれた。アリウス生の何人かが発砲しながら銃口を向けたが、全て盾で受けた。さらに正実の流れ弾も次々と着弾する。ガトリングを撃たれたような衝撃を左腕で感じながら、戦闘地帯を通り抜けた。

 ある程度走ったところで後ろを振り返ったが、アリウス生は追いかけて来ず、正実との撃ち合いを続けていた。二人倒れているのが見える。恐らく私に銃口を向けた際に横から撃たれてしまったのだろう。

 ルートから少し外れてしまったが、幸いにも格子状に広がった道は元のルートに戻りやすかった。正実がいた通りを真っすぐ進んだところにある道だが、正実の彼女たちが私に気づいた様子はなかった。

 

 どれだけ離れても銃声は聞こえ続けた。離れすぎて四方八方から聞こえる気がする。だが、実際にそうなのかもしれない。突然横から撃たれてもおかしくない。だからキヴォトス特有の危険に気を取られすぎて、初歩的な危険に気づけなかった。

 不意に頭上から唸り声が聞こえたので見上げると、丁度獣が両腕を突き出して落ちて来ていた。獣の歯牙にかかるまでをスローモーションに感じた。視界の端で、私の左腕が盾を構えるのが見えた。加速する思考の中で、盾が間に合わないことをなんとなく理解した。

 突然、私と獣の間に何かが投げ込まれた。刹那、世界が加速し、思考が鈍化した。鋭い閃光と甲高い轟音が鳴り、私は数秒間全てを認識できなくなった。

 ぼやけた視界と耳鳴りの中、獣が死体となって地面に転がっているのを見た。そして、少し遠くに、鳥の羽のような変わった髪形をした白髪の少女がいた。彼女は銃を構え、その銃口は明らかに私へ向けられている。

 彼女の口が動いた。私に何か言っているようだが、耳鳴りのせいでうまく聞き取れない。聞き返すと、彼女はもう一度言ってくれた

 

「トリニティの生徒ではありませんね」

「あ、ああ、そうだ」

 

 隠すことではない。私は正直に言った。

 

「どこからトリニティに入りましたか。今、交通機関は全て止まっているはずですが」

「D.U.からだが」

「であれば猶更入ってこれないはずです。もっとマシな嘘をつくべきですね」

「一体何を言っている。外から入ってきたら都合でも悪いのか」

「ええ、そうです。ここから先に行かせるわけにはいきません」

 

 まさかデュラのように獣を庇っているわけではないだろうな。もしくは気の狂った生徒か。

 

「なぜ先に行かせてくれない。私は貴公に敵対しようとは思っていないのだが」

 

 襲ってこなければ、とまでは言わなかった。変わらず彼女は臨戦態勢のままだ。

 

「学園外からここまで来たのであれば、長く外に居たはずです」

「だから私も気が狂っていると。はは、会話している時点で正気だとは思わないか?」

「正気を失うのはある日突然、前触れも無くです。あなたが既に我慢の限界を迎えているかもしれない。今にも襲い掛かってくるかもしれません」

「それは貴公にも言える事じゃないか」

「ですが、ここはトリニティです。客観的に見ればここを去るのは部外者のあなたです」

 

 彼女の決意は固いらしい。全てを寄せ付けないといった態度、言葉での解決は不可能だろう。一方で獣は射殺し、私には退散を求めるのは人を撃ちたくないという心情だろうか。いや、キヴォトス人は撃っても死なないだろう。

 

「人を撃ち殺したくないのか。既に経験があるのか?」

 

 図星だ。彼女は一瞬たじろいだ。

 

「そ、それは関係ないことです。私は穏便に済ませたいだけ。あなたにまだ理性が残っているなら、残っているうちに理性的な解決を求めているだけです」

「そういうことにしよう。だが、困ったな。私はこの先に用があるのだ。どうしても通りたい。私も話し合いで解決できるならそれがいい」

 

 勿論狩れるならたのしいが、という言葉は飲み込んだ。私は両手を広げて敵意が無いことを示した。しかし、彼女は構えを解かない。

 

「ならば、私からできる提案はここで赤子を置いて行くのみです」

「は?」

「それが私たちが唯一取れる穏便な方法です。さあ、早くここから去ってください」

「ははぁ、既に狂っていたのは貴公だったようだな」

「私は正気です。私は皆を守らないといけないんです。外の人間が狂っているか狂っていないか分からないから、いっそのこと全員寄せ付けないようにしているんです」

 

 言葉の節々がおかしいが、そこを除けば会話は成立している。赤子云々は自覚して尚違和感がないと思っているのか、そもそも自覚していないのか。ともかく、まだ完全に狂っているわけではない。

 

「そうか。それは納得した。であれば、私は正気だ。襲ってこない限り私は誰も襲わん」

「信じきれません。あなたが赤子を隠していない保証なんて無いんです。申し訳ありませんが、外の人間を、私は一切通す気がありません」

「しかし、私は貴公を襲っていない。それに誰を襲うつもりもない。もし信じられないなら、例えば貴公がついて来るのはどうだろうか。私が貴公にとって信頼に足らないと思えば、その場で始末すればいい」

 

 彼女の態度が少し軟化した。銃から顔を上げ、銃口も余所を向いた。

 私は続けて言った。

 

「よろしい。私は人探しをしている」

「誰ですか」

「百合園セイアという少女だ。ご存知かな」

 

 すると、彼女の顔がまた怪訝な表情に戻ってしまった。

 

「外部の乳母がティーパーティの一人に何の用ですか」

「私は彼女の知人でな。外がこんなになっているから、とりあえず知人を訪ねてみるのはおかしなことではないだろう? ほら、彼女の日傘を一本預かっている」

 

 私は日傘を出し、彼女に近づいた。彼女は半ばひったくるようだったが、日傘を受け取り、まじまじと見つめた。

 

「確かにティーパーティのロゴが入っていますね。ではあなたは本当に?」

「ああ、だから言っているだろう。私は彼女の安否を案じている。だから確認に来たのだ。私のことが不安なのであれば、貴公もついて来ると良い」

 

 私は彼女から日傘を受け取りながら言った。彼女はしばらく考えたのち、私に同行することを決めた。

 私が先頭を歩き、その後を彼女がついて来る。彼女は、銃口を向けはしないが、ずっと銃を胸に抱いて、いつでも撃てるようにしている。背中で殺気を感じ続けるのは落ち着かない。加えて、先ほどの言動から理性の限界が近いのは彼女のようだ。突然襲われると困ると思った私は、鎮静剤を一つ彼女に渡した。

 

「貴公、これを飲んでおけ」

「私にこんな怪しいものを? あなた信じてもらいたいんですか、それとも堕胎させてほしいんですか」

「ただの鎮静剤だ。あまり触れなかったが、貴公さっきから赤子だの乳母だの堕胎だの、言動がおかしいのに気づいていないのか」

 

 彼女はピンと来ていないようだ。怪訝な顔をして首をかしげている。これはきっと気づいていない。

 私は軽いため息をついて鎮静剤を差し出すが、彼女は怪しがって受け取ろうとしない。

 

「ただの鎮静剤だと言っているだろう。急に理性を失って襲われても困る。どうか飲んどいてくれ」

 

 しかし、彼女は頑なに受け取ろうとしない。仕方がないので、先に一口だけ飲んだ。少しだけ頭がすっきりする感覚がする。その様子を見て、ようやく渋々受け取った。そして意を決したように一気に飲み込んだ。顔をしかめ、すぐに拍子抜けな顔をした。

 

「味がしませんね」

「ん、まあ、そうだな。確かにこれは味がしない」

「すごいですね。頭で響いていた泣き声が聞こえなくなりました」

「やっぱり正気を失いかけてたんじゃないか」

「泣き声が聞こえるというのは今や、キヴォトスの全域の生徒が聞こえる幻聴です」

「いよいよ危ないな、ここは」

 

 彼女に監視されながら、セイアとマリーと一緒に歩いた道をなぞった。道中はとても静かで、獣どころか人すらもいない。

 

「ここは絶対防衛圏の中です。正実の人が化け物や正気を失った人が入り込まないように尽力しています」

 

 静かな理由を尋ねると、彼女はそのように説明してくれた。

 

 やがて彼女の自室が存在する建物に到着した。中に入ると、人の気配はない。廊下には、花瓶や私物らしきものが散らばっており、荒れた様子だった。

 最上階の一番端が自室だ。中に入ると、存外整理された部屋が出てきた。しかし、セイアの姿はない。

 

「誰もいないみたいですね」

 

 私が言うよりも先に彼女が言った。一瞥した限り、どこかに隠れている可能性もなさそうだ。

 

「困ったな。彼女がいそうな場所はここしか知らない」

 

 私は手掛かりを探すべく部屋の中を物色した。テーブル、ベッド、クローゼットの中、ありとあらゆる所を探したが、見つかったのは、日傘の予備や服、彼女の私物らしきものばかりで居場所につながる手掛かりは一切見つからなかった。

 少し荒れた部屋の中で途方に暮れた私は、椅子に座りながらふと灯りのことを思い出した。セイアの自室には灯りがあったから、夢の中で彼女に会えるかもしれないと思った私は、灯りのあった場所に向かった。しかし、そこには柄が折れてランタンが割れた灯りの残骸があった。私は大きなため息をつき、乱暴に座った。

 何時だったか、清々しい朝日の下を歩くたくさんの生徒を眺めることができた窓からは今、赤黒い空の下、遠くで立ち上る火が見える。その火は塔をあぶっていて、煙を照らし出している。あそこではきっと耳をつんざくほどの轟音が鳴っているだろう。銃声に、獣の鳴き声に、人の泣き声、それら全てを想像に押し込めている。ここには虫一匹いない。

 

「何もありませんね」

 

 彼女が向かいに座った。私と同じように外を眺めている。その目はとても寂しそうで、私と同じようなことを考えていそうだ。

 

 小さな銃声を聞きながら、私は途方に暮れていた。セイアが自室にいないのは分かったが、ここで痕跡がぱったりと途絶えてしまった。

 

「はてさて、何処に行けばいいのやら」

「どこかに避難したのでしょう。ティーパーティであれば彼女専用の避難所があってもおかしくはないでしょう。ナギサさんは避難所をいくつも持っているって噂ですよ」

「そのナギサという者もティーパーティなのか」

「ご存じないのですか? セイアさんの知人なのに?」

「彼女とは知り合って日が浅かった。キヴォトスのこと自体よく知らないからな」

「キヴォトスの外の出身でしたか……本当に知り合いですか?」

「何をいまさら。貴公は既に認めたじゃないか。それに、知り合って日が浅いと言っただろう。それと、今はそんなことはどうでもいい。重要なのは彼女が何処に行ったか。そう、避難所の場所だ」

 

 彼女に右手を差し出しながら言った。暗に避難所の場所を聞いたが、しかし、彼女は首を横に振った。

 

「トリニティのトップの避難場所なんて代物は当然知りません」

「知ってそうな人はいないのか」

「そうですね……子供部屋の場所――」

「待て待て、もう切れたのか?」

 

 鎮静剤を机に出した。彼女は一度飲んだくせに顔をしかめた。そして私を無視するように彼女は言った。

 

「正実の人なら知っているかもしれません」

「正義実現委員会? なぜ」

「彼女たちはトリニティの治安部隊ですから、セイアさんのような要人の警護も行います。こんな状況じゃ特にそうでしょう」

「ならちょうどいい。貴公と会う前に見かけた」

「もしかして、アリウス分校の人たちと交戦していた人たちですか。彼女たちはいわゆる下っ端です。探すなら委員長とか副委員長とか、幹部の人がいいでしょう」

「そうか。ならやることは決まったな」

 

 私が立ちあがると、すぐに彼女も立ち上がった。外に出る前にもう一度部屋を見渡したが、セイアが出てくるようなことはなかった。

 外に出ると、銃声がよく聞こえる。さっきの正実とアリウスの戦闘がまだ終わっていないのかもしれない。

 少し遅れて出てきた彼女に私は聞いた。

 

「で、正実の幹部に話を聞くには何処に行けばいい」

「一先ず、本部に行ってみるのが良いかと。場所は知っています」

「案内は頼んだ」

 

 私は脇に反れ、彼女に道を譲った。彼女はそれに乗り、私の前に立った。

 

 私たちは再び静かな道を歩いた。道中で話はしなかった。話題もないし、そもそも彼女の名前すら聞いていないことに気づいたが、だからといって聞く気はなかった。彼女も私の名前を聞こうとはしなかった。

 

 正義実現委員会の本部は、絶対防衛圏の中にあった。しかし、周囲に人はいない。入り口に鍵は掛かっておらず、押しただけで簡単に開いた。中に入っても人はおらず、もぬけの殻だった。

 

「ここも誰もいないらしいな」

「流石に一人は残っていると思っていたのですが、全員出てしまったようですね」

「なら無駄足だったか」

「まさか。ここは正実の本部ですよ。書類の一つや二つ残っているでしょう」

「貴公もなんだかんだ協力してくれるのだな」

「え、あ、まあ。私もティーパーティーのことは気になっているんです。こんな状況ですから、トリニティのトップがまだ生きているのかどうか。今後トリニティはどうなるか。そしてあなたがセイアさんに危害を加えないか」

 

 私と彼女の間に静寂が流れた。数秒後に私が鼻で笑って場を流した。

 

「書類を読むのは任せた。私は英語しか読めないからな」

「変わった人ですね」

「よく言われる。ほら、早速何かあったぞ」

 

 私は引き出しの中から紙を一枚取り出し、彼女に向けてひらひらさせた。彼女はそれを受け取り、書類を見たが、すぐに呆れたような声で言った。

 

「これ、ただの名簿ですね。ここに来た人の。というか、ティーパーティーの避難所が記された書類があるなら、こんな入り口ではないでしょう。もっと奥にいきますよ」

 

 彼女は書類を近くの椅子の上に置き、一人でさっさと行こうとするので、私も取り出した紙を引き出しに戻して少々乱暴に閉じてから、彼女について行った。

 トリニティの治安部隊の本部と言うだけあって、建物内は広く、どこに目的の書類があるかまるで見当もつかなかった。幸いなのは、ここに誰もいないおかげで、書類探しだけに集中できることだろうか。

 

「なあ、書類はどこにあると思う」

「さあ、どうでしょうね。そもそも存在しているといいんですが」

「貴公があると言ったのだろうに」

「あるかも、ですよ。あると断言していません。もしあるとすれば、特別な保管部屋のはずです。トリニティのトップの情報ならきっとそう」

「なら、地下?」

「それもあり得るでしょう。禁制品をそこで保管していると噂で聞いたことがあります。ですが、一先ずここを探してみましょう」

 

 そう言って、彼女はとあるドアの前で止まった。一見して他と同じ、少しだけ模様がつけられた片開きのドアだ。

 

「確かに鍵がかかっているな。本当にここか」

「分かりませんが、この部屋は周りを廊下で囲まれていて独立しています。窓もありません。ただの部屋でないのは確実です」

「道理で一周したと思った。だがどうする。鍵の場所は知らないぞ」

 

 すると彼女は何も言わず、懐から何かを取り出し、ノブの上に置いた。

 

「離れてください」

 

 彼女と共に距離を取った直後、爆発が起きた。私はきっと目を丸くしたと思う。

 

「おいおい、貴公一体何をした」

「グレネードを置いたんです。流石にこれだけでは壊れないようですが──」

 

 そう言って、彼女はノブに向けて銃を数発撃った。そして更に、ドアを強く蹴った。するとドアは枠ごと外れそうな勢いで、飛ぶように開いた。それと折れたノブは実際に飛んでいった。私が呆気にとられていると、彼女は顔色変えずに中に入っていったので私は──

 

「キヴォトスの生徒が存外過激なことを忘れていたよ」

 

 などとこぼしながら、彼女について中に入った。

 中には机と椅子がロの字に並べられており、机上には書類が散乱し、文字が書かれたボードが置いてあった。

 

「何かありそうだな」

「ええ、そうですね」

 

 ここは情報の宝庫だ。しかし、当然ながら文字は読めないので、全て彼女に任せた。その事を伝えると、彼女は露骨にいやそうな顔をしたが、渋々書類を手に取りだした。

 彼女は書類を手に取っては、違う、これも違う、これは関係ない、とぶつぶつ呟いた。私はその様子を横目に部屋をゆっくりと回っていた。

 

 部屋の中は紙ばかりで面白くない。何か、カレル文字のひとつでも落ちていれば面白いのに。気づけば、私は椅子に座って頬杖をついていた。

 

「暇なら手伝ってくれませんか」

「そうしたいのは山々だがな。その紙に英語が書かれているのなら読んでやろう」

 

 そう言うと、彼女は不服そうに顔を反らした。私は頬杖から更にだらしなくなり、上半身を机上に寝かせた。その際に、様々な文字が書かれているボードの裏に紙が垂れているのを見つけた。私は立ちあがり、彼女に伝えた。

 

「なあ、あの裏に何かあるようだ」

「あのホワイトボードですか?」

 

 私たちはボードに近づき、私が半回転させた。するとボードの裏には、また別の情報が書かれていた。文字だけではない。この図は地図のように見える。そして、張られていた紙は手のひらサイズの写真群で、その中の一つには百合園セイアが映っていた。

 

「なあ、もしかしてこれじゃないか」

「ああ、そうですね。恐らくこれです。避難場所の地図と、護衛のメンバーでしょうかね。まさかこんな簡単に見つかるとは」

 

 そう言う彼女はどこか浮かない顔をしている。暇をしていた私が簡単に見つけてしまったことに拗ねているのだろうか。

 

「まあ、こういうのは運だ。貴公のような地道な探索もまた必要よ」

「はい?」

 

 励ましたつもりだが、彼女にはまったく伝わらなかったようだ。私は何でもない、と言って肩をすくめた。

 

「うーん、困りましたね」

「何か問題でも?」

「この地図の場所が分かりません」

「なに? 貴公はトリニティの生徒だろう」

「トリニティってとても広いんですよ。全容を知っている人なんていません。そもそも、この地図が抽象的すぎるんです。それに、多分これは警護を担っているメンバーなんでしょうけど──」

 

 彼女の顔がさらに険しくなった。セイアの下に貼られている写真がそうなのだろうが、殆どは同じ格好をしており、いわゆる下っ端と呼ばれる者だ。アリウスと戦っていた少女と似ている。ただ一人、他の正実とは似ても似つかない者がいた。見開いた目に対して小さい瞳孔、所々破れている服装から、破天荒さを感じさせる。そしてそのヘイローはまるで滴る血のようだ。

 

「まさかこの人がセイアさんの警護に当たっているなんて」

「彼女が何か問題なのか」

「大問題ですよ。この人は正実の委員長、剣先ツルギさんです。間違いなくトリニティの戦力トップです」

「あぁ……つまり彼女と相対する可能性があるのか」

「正気を失っていないと良いんですけど……いやでも、ツルギさんなら何とか……でも」

「まあ、所詮仮定の話だ。まず、この地図の場所が何処か特定しないとな」

 

 地図は簡単な線と、建物の目印のような丸だけで非常に簡素だ。私のような余所者にはただの落書きにすら見える。だから、この地図を解読するには彼女だけが頼りだ。

 

 しばらく地図と格闘していた彼女が、突然あっ、と声を出した。

 

「何か分かったか」

「待ってください。もしかしたら……あぁ、また変な歌が」

 

 彼女は目を閉じ、目頭を押さえ、険しい表情をする。時折頭を振るのは、ポツリとつぶやいた、歌のせいだろう。鎮静薬いるか、と聞くと、彼女は険しい表情のまま、絞り出すように、はい、と返事をした。

 彼女が鎮静薬を飲んだ途端、目を見開き、私に向かって思い出しました、と叫んだ。興奮し過ぎのように見えたので、私は落ち着かせながら、その詳細を聞いた。曰く、トリニティの中で幽霊騒ぎが起こったらしく、その場所がこのあたりだったそうだ。

 

「結局、ここは正実が管理していた土地で、公式に発表して噂は沈静化したんですけど」

「行ったことがあるのか」

「私は行ったことがありませんが、他の自警団の人から説明は」

「自警団?」

「ああ、えっと。私はトリニティ自警団で、トリニティの巡回を自主的に行っているんです」

「治安部隊がもういるのにか」

「細々とした問題を担当しているんです。後は正実と違って私たちは非公認なので、他学園とのいさかいにも介入がしやすいので。正実の方から依頼されることもあるんです」

「ほお、まあいい。それで、貴公はこの地図の場所が分かるんだな」

「はい。郊外ですが歩けない距離ではなかったと思います」

「そうか。それはいい。では案内を頼むぞ」

「しょうがありませんね。こうなると、後はツルギさんの件が心配ですが」

「それは道中で考えればいい。さあ、早く案内してくれ。目的地はすぐそこだ」

 

 私たちは部屋を後にし、本部も出て、彼女の案内のもとセイアの避難所に向かった。




守る。守らないと。守らなければ。絶対に。何者も通してはならない。
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