ぶっちゃけ同士さんがやったインガノッククロスをみてやりたくなっただけ。
現在のイギリス、ロンドンにてシャルノス計画進行中。
──どうして。
──どうしてこんなことに。
少女は走っていた。
唯一許された純白の礼装を振り乱し。
黄金色に変わった右目に焦りを滲ませながら。
排煙に塗れた異形の都市を。
走る。
走る。
走る。
「はぁっ、はぁ……っ!」
息が切れても、足は止められない。
止めれば、後ろから追ってくる化け物の餌食になるだけ。
だから、止められない。
そう、化け物。
この世界に、悪魔や天使や、堕天使などという人とは違う者が存在することは、知っていた。
事実、彼女も。
アーシア・アルジェントもかつては『聖女』などと呼ばれ崇められた。
その化け物たちが持つことの出来ない力、『神器』を持っていたから。
その力で分け隔てなく人を癒すことが、アーシアにとっての生きがい。神から与えられた使命のようにも感じていた。
そんな彼女も、今や『魔女』の烙印を押された。傷を負った悪魔を見捨てられず、神から授かったはずの力で癒してしまったがため。
「いや……!」
石畳を叩く足の感覚は、当の昔にない。
それでも駆け続けているのは、ある声が聞こえたからだった。
魔女として追放され、それでもたった一人で主の教えを広めようと生きる彼女が、悪魔などとすら似ても似つかない、鉄の怪物に追われている今。
その彼女に届く声があったからだった。
『鉄枷ジャック』
鉄枷ジャック。
戯れに寄った古本屋に掛かっていたポスターを思い出す。
あそこに書いてあったものも、確か。
同じ。
──ここへ来い。
男の声。
数日前、道で偶然出会っただけの男の声。
黒いコートに、黒い髪に、黒の眼帯を付けた、男の声。
何処か、人ならざる者の気配を漂わせた、男の、声。
──ここへ来い。
──まだお前が、諦めていないのなら。
声から、何かを感じ取ることは出来なかった。
ただ、普通ではない。
耳から届く音ではなく、大気を震わすこともない。
代わりに、脳に直接響く声。
──そこに。
──そこに、いけばいいんですか。
思って。
そうして、アーシアは走っていた。
己の中に宿っている『神器』が示す、四つの形なき声を集めた彼女は。
ひたすら、己の足を動かして。
走る。
『黄金瞳ォ……!』
いやです、嫌。
あげない、絶対。
「い、や……ッ!」
決意の代わりに、声を押し出して。
僅かに掛けた酸素を、大きく吸って補給する。
そして、やがて幾つか時計の針が進んで。
──走って、走って、走って。
アーシアの足が限界に達した頃。
──脚が痛い。
──足の裏とくるぶしと、膝と腿。もう痛み以外に感じ取れるものがないくらいに。
もう一歩も動けない。
全身の筋肉は既に張り詰めていて、これ以上動かそうとすれば弾けてしまいそう。
乱れた法衣は既に形を成していなくて。
「…………ッ!」
息を吸うことすら、力を使ってしまう。
大きく息を吸えば、その分咳き込みそうになって。
辛い。
どうして。どうして私が、こんな目に。
思ったところで、もう遅いのだ。脅威は既に、迫ってきている。
黒い石畳を、鋼の塊が砕く音がする。
一歩、一歩。砕いて、進む音がする。
まるで発作のように息を吸って、共に吸い上げられた排煙にむせ返りそうになりながら。
それでも、見る。
見えてしまう。
黒い、鋼の体をした、それが。
苦しむアーシアの元へ、確実に近づいてくる。
──黒く、重い足音が近づいてくる。
──姿を見るだけで、恐怖が心臓を鷲掴むように、寒気が足元から這い上がってくる。
──怖い。怖い。怖い。
──恐怖に、もう、耐え切れない。
「ああ、ああ神様……!」
信じられるものは、それしかなかった。
走り続けて、己の全てを搾り出して。
残った物は、信仰心だけ。それすら、自身を助けるのには。
『見ィツケタ……!』
鋼が擦れる、奇妙な音。
声、と言うにはあまりにそれから離れすぎている、音が。
直ぐ、近くに。
──ああ、だめ。これ以上は、もう何も。
──そう、これ以上だめなの。
そのとき。
右目が、黄金瞳が。
僅かに、きらめいて。
──あなたは諦めるの?
──もう、終わりで、いいの?
思いが、起こる。
恐怖を押しのけるように、疑問が心に湧き出してくる。
ただ、人を助けたかった。
愛を説き、笑顔にしたかった。
誰かが笑ってくれることが、何よりも嬉しかった。
これからも、ずっと、ずっと、続けられると信じていた。
それを、こんな風に。
こんな形で、諦めて。いいの。
──アーシア?
『黄金瞳……ヨコセェ……!』
「……いや、です……っ」
いや。いや。
絶対、絶対に嫌。
こんなところで。終わるなんて、絶対に。
「絶対、あげません……ッ!」
覇気なんて、欠片もない。
けれど、そう叫ぶことができたから。
──諦めない。
諦めない。絶対、絶対諦めない。
まだ、本に載っていた美味しいお料理食べてない。
まだ、悲しんでいる人を笑顔に出来ていない。
まだ、まだ、何一つ、やりたいことができていないのに。
こんなところで!
──死んでなんか、あげるもんですか!
足元から、何かを拾い上げる。
黒く染まった、細い鉄パイプのようなもの。中は空洞で、先端が少し曲がっている、よくあるもの。
剣なんて、使ってこともない。まして、この化け物相手に。通じるなんて思わない。
けれど。
──構える。
──聖ジョージのように。
龍殺しの聖人様のように、凛々しく、強く。そうあらんとして。
歯の奥を食いしばるように、持ち上げたこともないずっしりとした重みを全身で感じ取る。
「……主よ、どうかご覧になっていてください。そしてどうか、私を見ていてくださるのなら、どうか──」
──怪物が迫ってくる。
──ナイフのような大きな爪を振り翳して。
湿気と、怖気の走る悪臭が鼻をついた。
キィキィと鉄の擦れる音と共に手らしき部分が動く。
その度に、黒い粘性の液体が滴り落ちて、黒の石畳を溶かして穿った。
ナイフ、というにはあまりに大きなその爪。触れれば一瞬で人間なんて両断出来てしまうような、それ。
「主よ、どうか私に力を貸してください!」
『無駄だ』
『どのような祈りも、今の奴には到底届くまい』
──声!
どこからの声かは分からない。また同じ、頭の中に響いた。
でも、同じ男の声だということだけは分かる。
──私は、振り返ろうとして──
視界に、暗がりが充ちる。
首に、僅かな痛み。
なに、どうしたの。問う暇もなく。意識が、揺らいで。
暗がりへ……。
『素人にしてはいい胆力だ。仔猫』
男の声。
さっきと、同じ。
おぼろげに、何とか言い返そうとして。
「仔猫って、言わないで……」
最後の言葉だけは、昔と同じ、おてんばな自分の言葉だった。
目が開いて。
初めに気づいたのは、部屋が違うと言うことだった。
ホテルであることに変わりはないけれど、ここは自分が泊まっていた安宿ではなくて。
とても高そうな装飾が沢山散りばめられた場所。横になっているベッドも、とてもふかふか。
最近は軒先で雨を凌ぐことすらあった旅路で、こんな部屋に泊まれる筈もない。
では、一体どういうことなのか。疑問は口に出すことも叶わないまま押し込められた。
「おはようございます、アーシア・アルジェント」
「へ……?」
傍に佇んでいたのは、赤い軍服に身を包んだ、女性。
何処か機械染みた冷徹さを感じさせる人。
「お、おはようございます……」
「着替えを用意してあります。着替えを済ませたらお呼び下さい」
「へ? あ、はい」
では、と彼女が出て行く。
なにがなんだか、分からないままに。
──ええ、と。
──とりあえず、着替えるのよね。
心中の言葉が幼い頃の自分に戻っていることにも気付かないまま、とりあえず、とアーシアは着替えを始めた。
灰に塗れていた筈の礼装は綺麗に洗濯されて折り畳まれ、着替えの横に置かれている。
更に言えば、今着ているのはネグリジェだった。桃色の、綺麗な物。
今まで触れたこともないほど良い手触りで、根が貧乏性なアーシアは少しだけ気後れしてしまう。
そんなこともありながら、服を着替えてネグリジェを畳み、礼装を自分の旅行鞄にしまいこむ。
そもそも、何故自分がここにいるのか。
旅行鞄がなぜここにあるのか。
そしてあの女性は誰なのか。
あの黒い街は、鉄の化け物は。
疑問が泉のように湧き出てきて、けれど、答えてくれる人もいなくて。
「……はあ」
仕方なく、アーシアは黒のワンピースにジーンズを身に着けて、旅行鞄を片手に持つ。
黒い服はあまり着ないから、似合っているかどうか。
考えつつ、寝室の扉を押し開けてその向こう側へ。
「来たか」
──其処には、彼がいた。
──声で分かる。あの時、私を呼んだ人。
街ですれ違ったときの姿と、黒い街で聞いた声がようやく一致した。
やっぱり、と言う考えが脳内に生まれて。
それから、
「あの、貴方達は……?」
「アーシア・アルジェント。2年前にイタリアのキリスト教の宗派から『異端』認定を受け、魔女として正式に破門されている」
「──ッ!?」
目を見開いて、息を呑んだ。
男がつらつらと上げ連ねたそれは、アーシア自身の過去に他ならなかったから。
「その後は各地を放浪しながら怪我人を癒すなどの活動を行い、キリスト教の宣教に従事する」
「な、何者なんですか、貴方は……っ!?」
恐怖。ではなかった。
不思議とそう言ったものはなくて。ただ、漠然とした不安が募る。
貴方は誰なの。
さっきの軍服の人は。
これは一体どういう状況なの。
また、同じように疑問が湧き出して。
そして、最後に湧き出した、一番大きな疑問だけを口にする。
「──主に祈りが届かないと、言いましたよね」
「ああ」
肯定。男が口を開いた。
「あれは、どういうことですか。主は自らの子等に分け隔てなく愛を下さるはずです」
「奴は随分前に死んだ。今は、もういない」
──故に、お前の声は届かない。
男の声は調子を変えることもなく、淡々と続いた。
その一言一言が、アーシアの根幹を揺さぶる。
何故だか、それを嘘だと断じられなかった。
悪魔を見、自らの力でそれを癒し、挙句あの鉄の怪物に追いかけられた。
あまりにも、神を冒涜しすぎている。悪魔の存在そのものは良かれど、あとの二つは。
「神の奇跡が悪魔を癒すなど、有り得ないことだ」
「……でも、でも、それじゃあ……!」
「──この部屋の代金は支払ってある。今日中に引き払うことだ。お前がここの額を払えるなら別だが」
急に、現実味を帯びた言葉を放たれて。
けれど、アーシアはその余りにも鮮烈過ぎる言葉を何故だか真実だと感じてしまっていて。
涙と、嗚咽が漏れる。
「それじゃ、私たちは、何で……っ!」
異常だ。
出会って直ぐの男にそんなことを言われても、戯言だと切り捨ててしまうのが普通なのに。
あまりに、それは事も無げに放たれすぎた。
まるで昨日の天気を語るように、何のしがらみもない言葉だったから。
それが逆に、アーシアの心を大きく抉っていた。
「もう一度言おう。お前の声は届かない」
残念だったな。
男はただそれだけを残して、消えるようにいなくなった。
後には、ただ蹲り、嗚咽を漏らす少女がいるだけ。
「よろしかったのですか、主」
「構わん。あれで潰れるならその程度だ」
暗がりの中、英国の地下空間にて。
時代遅れの排煙を吐き散らしながら、巨大な黒き機関がうごめく。
その中枢に。
「いずれにしろ、もうじき答えは出る。潰れるか、進み続けるか」
感情を感じさせない男の声。
感情を感じさせない女の瞳。
二人、いや、一つと一つはただ其処に佇み、時を待つ。
英国、倫敦にて始まる哀しき舞台の開演を。
待て、しかして希望せよ。
や ら か し ま し た 。
大菊寿老太さん、すまぬ。欲求が抑え切れなかった。
あとISが進まない息抜きに。
何も考えないで頭空っぽにして書いたので、危うく現代までミューディーズを存続させたりしそうになりましたが。
多分この後Mの名前を聞いたり、神様はいないけど人間は頑張りますって宣言したり、組織とか関係ないけど誰かが狙われるなら私がエサやるって一念発起したりするかな。
昔はお転婆だったという捏造設定のおかげで、後半になるにつれてメアリさん化します。
チートはないけど、全部終わったら無貌の神がバックに付くという。
世界の裏側では碩学とか機関とかバンバン存在する設定で一つ。
後アーシアの神器はシャーリィの時計と似たような能力を追加しました。声を探して指し示します。
他の設定は何も考えてないので、最後はどうしよう。小さいころに生き別れになっちゃった友達とか捏造したほうがいいかも。
もしこの設定で書きたい人いたら、是非一報下さい。
感想などお待ちしております。
良き青空を!