岸辺露伴は至らない ━ドカ食いダイスキ!もちづきさん━ 作:紫 和春
原作:岸辺露伴は動かない
タグ:クロスオーバー 岸辺露伴は動かない ドカ食いダイスキ!もちづきさん ジョジョの奇妙な冒険 短編 暴食 もちづきさん
医食同源という言葉がある。日頃からバランスの取れた食事を摂ることで、病気の予防や治療に繋げるという考えだ。
1970年代に中国の「食薬同源」という思想が日本に輸入され、テレビ番組で紹介された造語である。
この思想にはとても共感できる。僕たちの体は、普段口にした物で出来ている。つまり、健康に良い物を食べ続ければ健康な体に、健康に悪い物を食べ続ければ不健康な体になるということだ。
しかし、健康に良いからと言って、それを食べ過ぎるというのも良くない。物事には適正な量がある。
もし健康に悪い食事を大量に食べ過ぎるとどうなるか。
想像に難くないが、実際目にした時の衝撃は忘れることはできないだろう━━。
いつも打ち合わせをしている喫茶店が臨時閉店していたため、露伴は別の喫茶店に足を運んでいた。
「すまない、待たせた」
「あっ、露伴先生〜〜〜」
担当編集者の泉京香は、視線をスマホに落としていたが、露伴の掛け声に気づいて顔を上げる。
「露伴先生、最近話題の動画見てます?」
「話題の動画? 『しいたけ巻き巻き』のことか?」
「それもありますけど、何と言ってもコレですよォ」
そう言って泉がスマホの画面を見せる。そこには、巨大な丼ぶりに入った親子丼を一心不乱に食す女性の姿があった。
「大食いファイターのカラメさんですよ〜〜〜。最近SNSで話題になってるんですゥ」
それを聞いた露伴は、鼻で笑った。
「フン、そんなことして何が楽しいんだ?」
「え〜〜〜? 人が食べてる姿って、なんか癒されません?」
「そんなことはないね。そもそも余計なカロリーを摂取して、一体何になるんだい?」
「それはそうかもしれませんけどォ」
「健康を考えるなら、大食いは邪道の中でも邪道だ。医食同源という言葉があるくらいだからな……」
露伴は否定的な発言を繰り返す。
「そんなことよりも、打ち合わせはしないのか?」
「そうでした。まずは来月のセンターカラーなんですけどォ……」
打ち合わせが始まった時、隣の席に一人の女性が座る。それと同時にメニューを取り出し、至近距離で見始めた。
お冷が運ばれて来た時に、店員に声をかける。
「すみません、グラタンとミラノサンドとカルツォーネとチーズトーストとモンブランとチーズケーキ3切れとアイスココアLサイズをお願いします」
「は、はい……」
まるで呪文のように、注文を行う女性。それを横目で見ていた露伴は、少しの驚きと興味を唆られていた。
(あの女性、見た目の割にヘビーな注文していたな……。誰かと待ち合わせているのか?)
しかし、すぐに露伴の興味は薄れていく。
10分ほどで、女性の元に料理が運ばれてくる。到着した途端に、女性は片っ端から料理を勢いよく口に運んでいく。その表情はまるで修羅そのものだった。
最後に運ばれてきたモンブランとチーズケーキ3切れを一口で平らげ、女性は満足そうな顔をして背もたれに寄りかかっていた。
(あれだけの量を一人で……! 人は見かけに寄らないな……)
露伴は思わず、女性の方をマジマジと見てしまう。
「どうかしたんですかァ? 露伴センセェ?」
「あぁ、いや……。なんでもない……」
泉に指摘されて露伴は視線を戻す。しかし、泉は先ほどまで露伴が見ていた場所を察せられてしまう。
「隣の席の人、かなり食べてますよね?」
「ん、あぁ……、そうだな……」
「あれだけ食べたら、お腹いっぱいで動けなくなりそうですけどねェ」
実際その女性は、食べ終わってからしばらくの間一切動かなかった。
動き出したのは、一時間ほどの打ち合わせが終わった後だった。
「あっ……、私、またやっちゃった……?」
そう言って伝票を確認し、小声で何かブツブツ呟く。
そしてそそくさと会計を済ませて店を出ていくのだった。
「さっきの女性、何だったんですかねェ……」
泉が不思議そうにしながら、打ち合わせ資料をトートバッグに詰め込む。
「あれは多分、『至る』という行為だろうな」
「『至る』ですか?」
「数年前に興味本位で調べたことがある。元々はネットの掲示板が発祥だそうだが……。大量の飲食物を摂取することで、短時間に血糖値が上昇し、結果疲労感や眠気を感じて気絶するように眠る。それが『至る』だ」
「へェ〜、そんな行為があったんですねェ」
露伴の解説を聞いて、納得する泉。
「……君、まさかやってみたいとか思ってるんじゃあないだろうな?」
「エッ、そ、そんなことありませんよ!」
「飲食物を大量に食すのはただでさえカロリーオーバーになる上に、急な血糖値の上昇で血管を傷つける恐れがある。普通の人間なら、決して真似しないことだな……」
「そ、そうなんですね。肝に銘じておきます」
この日はこれで解散となった。
後日、東京某所。
集英社での打ち合わせのために、露伴は東京へとやってきていた。
「今日の打ち合わせは終わり……。明日の分まで終わらせたから、明日は神保町あたりに行ってみるかァ」
夜も更け始めた時間帯。露伴は空腹感を感じるだろう。
「ホテルに戻る前に、何か食べていくか。せっかくだから、地元に根付いた食堂とかいいね……」
そんなことを呟きながら夜道を進んでいると、目の前からフラフラとした女性が歩いてくる。
露伴は奇妙な目で女性のことを見る。その瞬間、女性は意識を失うように膝から崩れ落ちた。
「大丈夫ですか? 気分が悪いですか? どこか痛むところは?」
露伴は女性のそばに駆け寄り、冷静に話を聞く。その時、ふと気がついた。
(この女性……、杜王町の喫茶店で見た大食いの女性だ……)
先日見た顔と、特徴が一致している。
(だが、それは重要なことじゃない。今は人命救助が先だ)
「ちょっと失礼しますね」
露伴はヘブンズ・ドアーを使おうとした。だが、その前に女性が顔を上げた。
「だ、大丈夫です……。お腹空いてるだけなので……」
予想外の返事をされ、素っ頓狂な顔をする露伴。
「そ、そうですか……。それならコンビニがそこにあるから、何か買ってくる方といい」
「そ、それは……」
女性は、何か後ろめたいことでもあるのか、言い淀んでいる。
その後ろめたさを察した露伴は、女性に提案する。
「なら、近くにある食堂にでも入ろう。この辺りならいいお店があるはずだ」
「そ、それなら……、歩いて5分くらいの所にいい食堂があるので……」
「分かった。案内してくれ。僕がおごってあげるよ」
「え、ホントですか!?」
女性の表情がパァッと明るくなるが、何か思う所があったのか、修羅の顔になっていた。
その表情を露伴は見逃さなかったが、あえて指摘することでもないと思い、そのままスルーした。
目的の食堂に到着すると、女性は申し訳なさそうな顔をして、店員を呼んだ。
「すみませ~ん……。濃厚とんこつ無双ラーメン定食倍盛りカタメコイメチャーシュー四倍チャーハン六倍トッピング半熟卵4個コロッケ3個ソーセージ10本ください……」
「あいよォ」
女性が注文したメニューに、露伴は絶句していた。
「君……、そんなに食べるのか?」
「あ……、そうなんですぅ……」
女性はタハハと笑う。しかし、露伴には違和感しかなかった。
(彼女はどう見ても20代にしか見えない……。それだけの量を食べる胃袋があるのか……?)
「んで、兄ちゃんは何食うんだい?」
「……僕は生姜焼き定食で」
「あいよォ」
約10分ほど待って、先に露伴の注文が運ばれてくる。
「ねーちゃんのほうはもうちょっと待ってなァ」
さらに20分ほど待つと、女性の料理が運ばれてきた。
それは、もはや山であった。どんぶりから溢れんばかりの野菜とトッピング。定食なのでチャーハンがついてくるのだが、これだけで十分に胃は満たされるだろう。
総カロリー8544kcalの怪物である。
女性は精神統一するかのように合掌した。
「……いただきます」
露伴の目には、女性が高僧のように見えた。
そこからはものすごかった。まるで飲み物を飲んでいるかのように、麺や野菜、チャーハンが口の中へと吸い込まれていく。
麺をすすったらチャーハン、その次に野菜、いったん水を飲んで休憩、かと思えばすかさず麺をすする。
(ものすごい食事だ……ッ! 食べることだけに特化した、まるで職人のようなスゴ味を感じるッ!)
ものの10分で、スープまで飲み干してしまった。その光景を、露伴はただ呆然と見ているしか出来なかった。
「こんな所ですごく興味深いものに出会えた……」
露伴は箸を置き、女性に手を伸ばす。
「ちょっと見させてもらうよ。『ヘブンズ・ドアー』」
女性の顔が本になり、ページが開く。
露伴は女性の隣に座り、ページをめくる。
「何々……。『望月美琴21歳』『身長153cm体重59.3kg』『趣味は人より多く食べること』『自炊をしており、弁当持参で出社している』『とにかく至ることに全てを捧げている』……。これはまた、とんでもない逸材が出てきたな」
俄然興味が沸いてきた露伴。もっと彼女のことを知ろうと、ページをめくっていく。
すると、あることに気が付く。
「なんだ……? 文字が読みづらいな……」
目を酷使する職業でありながらも、健康的な日々を送っている露伴にとって視力の低下なぞするはずがない。
それなのに、文字がぼやけて見えてきている。
「いや……、これは僕の問題ではないッ……!」
露伴は気が付いた。少しずつ文字がぼやけているのだ。
「これはまさか……、
血糖値が上昇し、「至る」状態になっているということは、すなわち命を削っているということになる。
「おいおいおいおい、まさか
露伴はペンを取り出し、「命令」を書き込もうとする。
「『血糖値が正常になる』と書けば大丈夫だろう……」
そういって文字を書き出した瞬間。
「な、何ィィィッ! インクの量は適切なのに、文字が滲んだだとッ!?」
一瞬何が起きているのか分からなかったが、露伴は事情をすぐに理解する。
「そうかッ、彼女は今『至って』いるッ……。となれば、書き込んでいる途中で命令が『至って』しまい、無効化されてしまうッ!」
そのことを理解した時、露伴の身にも異変が起きる。
「なんだ? この脱力感は……。なんだか少し心地いい気分だ……」
全身の力が抜け、だんだんとペンが重くなっていくのを感じる。
「いや、不味い……。これは僕も『至って』いる……! このままでは、彼女の持つ精神力に負けるッ! ウォォォ! 『ヘブンズ・ドアー』!」
自分の腕を本にして、露伴は命令を書き込む。
『血糖値が正常になる』
次の瞬間、露伴は目が冴える。「至る」が終わったのだろう。
そして、彼女のこともなんとかしないといけない。だが、露伴には考えがあった。
荷物の中から新品の消しゴムを取り出す。カバーを外し、ペンで文字を彫った。
「消しゴム判子ッ。これなら、一瞬で命令が書き込めるッ」
ものの数十秒で鏡文字の命令を彫り、インクをつける。そしてそれを、本になった彼女に押し付けた。
命令が「書き込まれた」。
次の瞬間、彼女の人生を構成する文字が読めるようになる。
「あれ……、私……」
もちづきさんは目を覚ました。ちょうど露伴が、生姜焼きを食べ終える。
「ごめんなさいッ、私、寝てました?」
「そうだね。まぁ、食後に眠くなるのは
そういって露伴は、荷物を持って席を立つ。
「約束通り、ここは僕がおごるよ」
「え、あ、ありがとうございます」
そういって会計をする。
「9950円です」
「……」
地味な所でダメージを負う露伴であった。
時に精神は、人に良い意味でも悪い意味でも影響を与える。そしてその精神は、個人の欲求に直結する。
人の欲求はどこまでも肥大化していくものだ。そうなれば、彼女は食欲の権化なのだろう。
それが人に悪い影響を与えないことを祈るだけだ。