城門を抜けた先には、さらに数十の聖騎士が待ち構えていた。
だが、ここに至るまでの道のりで、彼らはすでに理解していた。この王都の兵士たちは、皆どこかが壊れている。目の焦点が合わず、動きは機械のように硬い。それでも剣を振るう力だけは、生きた人間のそれだった。
ゴウセルの「侵入」が次々と彼らの意識をなぞり、記憶の上に薄い瘡蓋を貼っていく。倒れるでもなく、ただその場に立ち尽くす者が、廊下の端から端まで増えていった。ガランはその間を、まるで散歩でもするかのように歩いた。時折、無理に迫ってくる者だけを、片手で軽く払った。骨が折れるような音はしなかった。
城の奥、玉座へと続く回廊。
その扉をくぐった、まさにその瞬間だった。
足元が、消えた。
いや、消えたのは足元ではない。景色そのものだった。四人を包んでいた石造りの回廊が、次の瞬間には、まったく別の場所に置き換わっていた。
「――っ?」
ガランが最初に感じたのは、浮遊感だった。重力が一瞬だけ迷子になったような、あの感覚。それが過ぎ去った時にはもう、周囲の光景は変わっていた。
広い、円形の間だった。天井が高く、壁には古い紋様が刻まれている。窓はなかった。四人がいたはずのその場所に、今、ガランは一人だった。
そして、その正面に、一人の男が立っていた。
鎧を纏った、大柄な聖騎士だった。ガランほどではないにせよ、人間としては規格外の体躯をしている。両腕の筋肉が、鎧の隙間からでもわかるほど盛り上がっていた。目に、光があった。他の兵士たちにはなかったものだ。狂気でも正気でもない、ただ強い意志のようなものが、そこに宿っていた。
「――トガイ。」
男が、短く名乗った。それだけだった。
ガランは、周囲を見渡した。ゴウセルも、スプレッドも、マキシリアも、どこにもいない。
「儂だけ……?何をした?」
「すぐにわかる。お前らには……クオトラ四傑衆――俺たちの相手をしてもらう。一人ずつな。」
トガイの声は低く、落ち着いていた。焦りも、興奮もなかった。それが、逆に不気味だった。
同じ瞬間、マキシリアもまた、まったく別の場所にいた。
石壁に囲まれた、狭い部屋だった。拷問部屋、と呼ぶ方が正確かもしれない。壁に鎖が下がり、床には古い染みがいくつも残っていた。錆びた鉄の匂いが、微かに鼻をついた。
その中央に、女が一人、立っていた。
鎧の一部を、あえて肌を晒すように着崩していた。唇に、笑みが張り付いている。目だけが、笑っていなかった。獲物を前にした時の、あの種類の目だった。
「あら。」
女――ベラドンナは、舌で唇をなぞった。
「一人にされちゃったのね、可哀想に。ねぇ、あなたはどこを一番先に折られたい?」
「趣味の悪い誘い方だな。……この部屋も。」
マキシリアは、表情を変えなかった。ただ、足元の土を、静かに感じ取った。
スプレッドの前には、拳を構えた女がいた。
鎧は最小限だった。動きを優先した装いだった。細身だが、その体のどこにも無駄がないことが、構えを見ただけでわかった。
「ダイル。」
女は、それだけを言った。挨拶も、余計な言葉もなかった。
「…………」
スプレッドも、何も言わなかった。ただ、静かに構えを取った。
ゴウセルの前には、細身の男が立っていた。
他の三人と比べると、体格でも威圧感でも劣って見えた。しかし、その目だけが、何かを絶えず計算しているように動いていた。ガランたちの誰とも違う種類の、危うさがあった。
「ヒッヒヒ………てめぇは、ゴウセル……だな?」
男は、静かに名乗った。それから、口の端をわずかに上げた。
「どうして…僕の名前を!?」
「まぁやられていくうちにわかるさ。そうだ、僕の名前はドルム。僕は……戦うのがそう得意じゃないんだ。でも、見ることは、得意でね……。」
四つの戦いが、それぞれの場所で、同時に始まった。
しかし、それらは長くは続かなかった。
最初の異変は、ガランの戦いで起きた。トガイの拳が振り下ろされたその瞬間、周囲の景色が再びぶれた。ガランの体が、消えた。次に現れた場所には、拳法使いの女――ダイルが待っていた。
次は、スプレッドだった。ダイルと打ち合っていたはずの力が空を切り、目の前には拷問部屋の女、ベラドンナが立っていた。
マキシリアの前には、細身のドルムが。
ゴウセルの前には、トガイが。
誰の意志でもなかった。ダイルの魔力――「
それが、二度目、三度目と繰り返されていった。ガランはベラドンナと対峙し、次にドルムと向き合い、そしてトガイへ。スプレッドはトガイの拳を受け、ドルムの分析めいた視線を受け、ベラドンナの嗜虐的な間合いを受けた。マキシリアもゴウセルも、同じように、四人全員と順に刃を交えていった。
その間、ガランたちの中に、奇妙な違和感が積もっていった。
目の前の聖騎士たちは、確かに人間だった。それは間違いなかった。しかし、その動き、その力、その反応速度、どれもが、人間という枠組みの限界を、明らかに超えていた。
ガランは、それを一言で理解した。
(無理やり、引き出されておる。)
人がその生涯において、決して届かないはずの領域。本来ならば命と引き換えにしか掴めないはずの力を、この四人は、何かの手によって強制的に引き出されている。そういう気配だった。それは強さというより、痛みに近かった。トガイの拳が振るわれるたび、その拳の奥に、微かな軋みのようなものが滲んでいた。肉体が、その力に追いついていないという軋みだった。骨が軋み、皮膚の下で血管が悲鳴を上げているような、そんな音なき音が、確かに聞こえた気がした。
四度目の入れ替わりが終わった時。
ガランの前には、再びトガイが立っていた。
同じ頃、ドルムの目が、静かに細められた。
「――終わった。」
ドルムが呟いた。誰に向けてでもない言葉だった。
「分析、完了………」
「
「僕とマキシリアさんは、相性が悪い。あの人の魔力は、僕には対処しづらい。」
「俺の名前を…!?」
ドルムは、遠く離れた場所にいるはずの誰かに向けて、独り言のように続けた。
「ダイルは、スプレッドと当てるべきじゃない。速さで負ける。ベラドンナは、ガランに当てても、時間稼ぎにしかならない……」
その言葉が、四つの離れた場所へ、同時に届いた。
声としてではなかった。ベラドンナの魔力――「
そして――転移は、止まった。
ガランの前には、ドルムが残った。
マキシリアの前には、ダイルが。
スプレッドの前には、ベラドンナが。
ゴウセルの前には、トガイが。
「――お前と、俺か。」
トガイが、低く言った。その声には、これまでの交戦で見せていた冷静さが、わずかに削れていた。焦りではない。むしろ、逆だった。何かを吹っ切ったような、そういう変化だった。
「悪いが……お前が一番、厄介だと分析が出たようでな。だから、俺が当たる。」
ゴウセルは、静かにトガイを見つめた。その目に、恐れはなかった。ただ、観察するような色だけがあった。
「厄介、か。僕は、そんなに強く見えないと思うけど。」
「強さの話じゃない。お前のその力――記憶をいじる力だろう。それが、一番まずい。」
(……分析の魔力のせいか。バレている……)
トガイの体から、何かが弾け始めた。
空気が、ぱちぱちと音を立てた。皮膚の下を、青白い光が這っていく。まるで血管そのものが発光しているかのような、そういう光景だった。
「
トガイが、短く言った。
「俺の力は、単純だ。単純だから、誤魔化しが利かない。」
その言葉の途中で、すでに――彼の右腕に、光が集まり始めていた。
電気が、渦を巻いた。空気そのものが軋み、周囲の石壁に、細かな亀裂に似た放電の筋が走った。集束していく光は、槍のかたちを取り始めていた。人の腕から生まれたとは思えないほどの、密度と質量を持った、雷そのものの槍だった。
「悪いな。」
トガイは言った。その声には、わずかな痛みが滲んでいた。自分の肉体が、その出力に耐えかねている証拠だった。
「――終わらせる!!」
振りかぶられた腕から、雷の槍が、ゴウセルへと向けて、まっすぐに撃ち放たれた。に撃ち放たれた。