「真実」の歩み   作:ライダー☆

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第二十九話 クオトラ四傑衆

 城門を抜けた先には、さらに数十の聖騎士が待ち構えていた。

 

 だが、ここに至るまでの道のりで、彼らはすでに理解していた。この王都の兵士たちは、皆どこかが壊れている。目の焦点が合わず、動きは機械のように硬い。それでも剣を振るう力だけは、生きた人間のそれだった。

 

 ゴウセルの「侵入」が次々と彼らの意識をなぞり、記憶の上に薄い瘡蓋を貼っていく。倒れるでもなく、ただその場に立ち尽くす者が、廊下の端から端まで増えていった。ガランはその間を、まるで散歩でもするかのように歩いた。時折、無理に迫ってくる者だけを、片手で軽く払った。骨が折れるような音はしなかった。

 

 城の奥、玉座へと続く回廊。

 

 その扉をくぐった、まさにその瞬間だった。

 

 足元が、消えた。

 

 いや、消えたのは足元ではない。景色そのものだった。四人を包んでいた石造りの回廊が、次の瞬間には、まったく別の場所に置き換わっていた。

 

「――っ?」

 

 ガランが最初に感じたのは、浮遊感だった。重力が一瞬だけ迷子になったような、あの感覚。それが過ぎ去った時にはもう、周囲の光景は変わっていた。

 

 広い、円形の間だった。天井が高く、壁には古い紋様が刻まれている。窓はなかった。四人がいたはずのその場所に、今、ガランは一人だった。

 

 そして、その正面に、一人の男が立っていた。

 

 鎧を纏った、大柄な聖騎士だった。ガランほどではないにせよ、人間としては規格外の体躯をしている。両腕の筋肉が、鎧の隙間からでもわかるほど盛り上がっていた。目に、光があった。他の兵士たちにはなかったものだ。狂気でも正気でもない、ただ強い意志のようなものが、そこに宿っていた。

 

「――トガイ。」

 

 男が、短く名乗った。それだけだった。

 

 ガランは、周囲を見渡した。ゴウセルも、スプレッドも、マキシリアも、どこにもいない。

 

「儂だけ……?何をした?」

「すぐにわかる。お前らには……クオトラ四傑衆――俺たちの相手をしてもらう。一人ずつな。」

 

 トガイの声は低く、落ち着いていた。焦りも、興奮もなかった。それが、逆に不気味だった。

 

 同じ瞬間、マキシリアもまた、まったく別の場所にいた。

 

 石壁に囲まれた、狭い部屋だった。拷問部屋、と呼ぶ方が正確かもしれない。壁に鎖が下がり、床には古い染みがいくつも残っていた。錆びた鉄の匂いが、微かに鼻をついた。

 

 その中央に、女が一人、立っていた。

 

 鎧の一部を、あえて肌を晒すように着崩していた。唇に、笑みが張り付いている。目だけが、笑っていなかった。獲物を前にした時の、あの種類の目だった。

 

「あら。」

 

 女――ベラドンナは、舌で唇をなぞった。

 

「一人にされちゃったのね、可哀想に。ねぇ、あなたはどこを一番先に折られたい?」

「趣味の悪い誘い方だな。……この部屋も。」

 

 マキシリアは、表情を変えなかった。ただ、足元の土を、静かに感じ取った。

 

 スプレッドの前には、拳を構えた女がいた。

 

 鎧は最小限だった。動きを優先した装いだった。細身だが、その体のどこにも無駄がないことが、構えを見ただけでわかった。

 

「ダイル。」

 

 女は、それだけを言った。挨拶も、余計な言葉もなかった。

 

「…………」

 

 スプレッドも、何も言わなかった。ただ、静かに構えを取った。

 

 ゴウセルの前には、細身の男が立っていた。

 

 他の三人と比べると、体格でも威圧感でも劣って見えた。しかし、その目だけが、何かを絶えず計算しているように動いていた。ガランたちの誰とも違う種類の、危うさがあった。

 

「ヒッヒヒ………てめぇは、ゴウセル……だな?」

 

 男は、静かに名乗った。それから、口の端をわずかに上げた。

 

「どうして…僕の名前を!?」

「まぁやられていくうちにわかるさ。そうだ、僕の名前はドルム。僕は……戦うのがそう得意じゃないんだ。でも、見ることは、得意でね……。」

 

 四つの戦いが、それぞれの場所で、同時に始まった。

 

 しかし、それらは長くは続かなかった。

 

 最初の異変は、ガランの戦いで起きた。トガイの拳が振り下ろされたその瞬間、周囲の景色が再びぶれた。ガランの体が、消えた。次に現れた場所には、拳法使いの女――ダイルが待っていた。

 

 次は、スプレッドだった。ダイルと打ち合っていたはずの力が空を切り、目の前には拷問部屋の女、ベラドンナが立っていた。

 

 マキシリアの前には、細身のドルムが。

 

 ゴウセルの前には、トガイが。

 

 誰の意志でもなかった。ダイルの魔力――「転移(テレポート)」。指定した存在の場所へと、その物体を一定の間隔で強制的に入れ替える力だった。

 

 それが、二度目、三度目と繰り返されていった。ガランはベラドンナと対峙し、次にドルムと向き合い、そしてトガイへ。スプレッドはトガイの拳を受け、ドルムの分析めいた視線を受け、ベラドンナの嗜虐的な間合いを受けた。マキシリアもゴウセルも、同じように、四人全員と順に刃を交えていった。

 

 その間、ガランたちの中に、奇妙な違和感が積もっていった。

 

 目の前の聖騎士たちは、確かに人間だった。それは間違いなかった。しかし、その動き、その力、その反応速度、どれもが、人間という枠組みの限界を、明らかに超えていた。

 

 ガランは、それを一言で理解した。

 

(無理やり、引き出されておる。)

 

 人がその生涯において、決して届かないはずの領域。本来ならば命と引き換えにしか掴めないはずの力を、この四人は、何かの手によって強制的に引き出されている。そういう気配だった。それは強さというより、痛みに近かった。トガイの拳が振るわれるたび、その拳の奥に、微かな軋みのようなものが滲んでいた。肉体が、その力に追いついていないという軋みだった。骨が軋み、皮膚の下で血管が悲鳴を上げているような、そんな音なき音が、確かに聞こえた気がした。

 

 四度目の入れ替わりが終わった時。

 

 ガランの前には、再びトガイが立っていた。

 

 同じ頃、ドルムの目が、静かに細められた。

 

「――終わった。」

 

 ドルムが呟いた。誰に向けてでもない言葉だった。

 

「分析、完了………」

 

 「分析(スコープ)」。ドルムの魔力は、対戦した相手の名、動き、間合い、力の質を、交戦を通して読み解くものだった。ガランの膂力、マキシリアの魔法の系統、スプレッドの体術、ゴウセルの得体の知れない力、それぞれの弱点と強みを、ドルムはすでに、静かに割り出していた。

 

「僕とマキシリアさんは、相性が悪い。あの人の魔力は、僕には対処しづらい。」

「俺の名前を…!?」

 

 ドルムは、遠く離れた場所にいるはずの誰かに向けて、独り言のように続けた。

 

「ダイルは、スプレッドと当てるべきじゃない。速さで負ける。ベラドンナは、ガランに当てても、時間稼ぎにしかならない……」

 

 その言葉が、四つの離れた場所へ、同時に届いた。

 

 声としてではなかった。ベラドンナの魔力――「思考共有(サード・アイ)」。四傑衆の間で、互いの思考を瞬時に共有する力だった。ドルムの導き出した組み合わせが、ベラドンナを介して、瞬く間にトガイとダイルへと伝わっていく。

 

 そして――転移は、止まった。

 

 ガランの前には、ドルムが残った。

 マキシリアの前には、ダイルが。

 スプレッドの前には、ベラドンナが。

 ゴウセルの前には、トガイが。

 

「――お前と、俺か。」

 

 トガイが、低く言った。その声には、これまでの交戦で見せていた冷静さが、わずかに削れていた。焦りではない。むしろ、逆だった。何かを吹っ切ったような、そういう変化だった。

 

「悪いが……お前が一番、厄介だと分析が出たようでな。だから、俺が当たる。」

 

 ゴウセルは、静かにトガイを見つめた。その目に、恐れはなかった。ただ、観察するような色だけがあった。

 

「厄介、か。僕は、そんなに強く見えないと思うけど。」

「強さの話じゃない。お前のその力――記憶をいじる力だろう。それが、一番まずい。」

(……分析の魔力のせいか。バレている……)

 

 トガイの体から、何かが弾け始めた。

 

 空気が、ぱちぱちと音を立てた。皮膚の下を、青白い光が這っていく。まるで血管そのものが発光しているかのような、そういう光景だった。

 

放電(ディスチャージ)。」

 

 トガイが、短く言った。

 

「俺の力は、単純だ。単純だから、誤魔化しが利かない。」

 

 その言葉の途中で、すでに――彼の右腕に、光が集まり始めていた。

 

 電気が、渦を巻いた。空気そのものが軋み、周囲の石壁に、細かな亀裂に似た放電の筋が走った。集束していく光は、槍のかたちを取り始めていた。人の腕から生まれたとは思えないほどの、密度と質量を持った、雷そのものの槍だった。

 

「悪いな。」

 

 トガイは言った。その声には、わずかな痛みが滲んでいた。自分の肉体が、その出力に耐えかねている証拠だった。

 

「――終わらせる!!」

 

 振りかぶられた腕から、雷の槍が、ゴウセルへと向けて、まっすぐに撃ち放たれた。に撃ち放たれた。

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