ブルーアーカイブ―連邦の活動記録―   作:一般連邦職員

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強めの幻覚。
感想、誤字報告ありがとうございます。


事件のその後で

サンクトゥムタワー奪還 外殻地区のテロ終息宣言

17:55 配信  キヴォトス・タイムズ 47件

 

 連邦生徒会はサンクトゥムタワーの障害について、連邦捜査部の行動により制御権限を復旧したと発表した。連邦生徒会は明日以降、インフラ・交通などの基幹系システムから順次システム内部の点検を行い、早期復旧を目指すとしている。

 

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 連邦生徒会の青山サトミ報道官は本日午後の臨時記者会見で、本日午前に連邦捜査部S.C.H.A.L.Eによる行動で、サンクトゥムタワーの制御権を回復したと発表した。これにより、連邦生徒会長失踪から始まる一連の障害が一通り解消されるだろうとの見込みを示した。

 連邦生徒会は先々週から発生したサンクトゥムタワーの制御権喪失に係る一連のシステム障害を受け、連邦捜査部を立ち上げて対応に当たっていた。

 

 連邦捜査部は先日の行政命令により設立された組織で、連邦のあらゆる問題に対処する専従対策班として設立された。今回の一連の行動はその一環で行われ、外部より招聘した先生の指揮の元、連邦の各学園の生徒らと共に対処した。この一部始終はクロノススクール報道部の記者により動画配信サイトで中継されており、SNSでは連邦捜査部の快挙に賞賛の声が相次いだ。

 

連邦捜査部への先生着任と、学園の垣根を超えた共同作戦

 連邦生徒会によると、連邦捜査部は本日、連邦捜査部S.C.H.A.L.Eに外部より招聘した顧問が着任したと発表。その後、先日発効された行政命令3045号に基づき、臨時に生徒を部員に任命し対処に当たった。連邦捜査部は行政命令に基づき、各学園の生徒を任意に部員として任命し、臨時に権限を与えることができるとされたが、今回はそれを適用し、ミレニアム、トリニティ、ゲヘナといった主力校の生徒と連携した。SNSでは、特に犬猿の仲として知られるトリニティ・ゲヘナ双方の生徒が共同で作戦に当たったことに対して驚きと賞賛の声が投稿され、設立間もない連邦捜査部の運営方針や存在意義を明確に示した形だ。

 また、これらは現地に居合わせたクロノススクール報道部の記者によって一部始終を配信されており、動画は1000万再生を超えた。これに対し青山報道官は「配信の内容については概ね事実」としたうえで「現時点で行動の詳細、協力した生徒、並びに着任した顧問について詳細を述べることは控える」とコメントした。

 しかし、動画ではスーツを着た姿と各学園の生徒、連邦生徒会の執行部員の姿が確認できており、今回の一連の行動がかねてから計画されていたのではないかとの見方も広がっている。

 

狐坂ワカモの脱走と連邦捜査部の戦闘

 連邦生徒会の基幹事務システムの停止から3週間となり、キヴォトス全土では交通網の麻痺と事務処理が停止している影響で大きな混乱が広がっていた。また、同時に矯正局からの一部生徒の脱走による治安悪化の影響でテロ、不法武器の流通が前年の同時期に比べて2000%を超えるなど、事態は悪化の一途をたどっていた。今回のサンクトゥムタワーの制御権回復はその騒動を解決する大きな一歩となるだろう。生徒会関係者は取材に対し「今回のシャーレ(連邦捜査部)の功績は大きい。ワカモを相手に十分に健闘したし、大成功と言える成果ではないか」と述べており、今後の七神代行の生徒会運営に追い風となるだろうとの見方を語った。

 しかし、それでも今回の外殻地区で発生したテロ事件はそれに翳りを落としている。治安の悪化と凶悪犯の検挙が出来ていない中、住民や各自治区は不安を感じている。地域の学校に通う生徒は「治安の悪化により友人も転校していなくなった。早く日常に戻りたい」と話した。また、別の生徒は「ワカモが逮捕されていないことは不安ではある。だけどそれ以上に、シャーレに期待したい」と話し、連邦捜査部の活動に期待感を寄せた。

 混乱が落ち着く気配がない中、鮮烈な印象を与えた連邦捜査部の活動に連邦中の期待が集まる。

 

 

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コメント  47件

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Kri*****

わからん、私は何を見せられていたの? これは夢か……?

 ↪Oha*****

 配信見てたけどマジでパニック映画とか見てる気分だった

ySF*****

被弾経始ってワカモ相手に有効ってマジ画期的な戦術だよね。見ながら思わず叫んじまった

 ↪wue*****

 今自治区の風紀委員は大慌てで古い戦車やら防弾盾を引っ張り出してるらしいね

 ↪eji*****

 神秘籠ってても所詮小銃弾という発想はマジでなかった

bSd*****

あの戦車真っ白で連邦生徒会とかなんとか書いてたけどあれ何なの?

 ↪qee*****

 ⚠コメントは削除されました

 こちらのコメントは以下の理由により削除されました。

 ・法令違反または法令違反につながるおそれのある行為

 ↪KLD*****

 ヴァルキューレやSRTでもなく公安部が出張ってくるとはね……それ書いていいのかい?

 ↪Bmn*****

 治安ゆるゆるコメント欄なのに爆速で消されてるけど何書いてたのよ

 ↪Cnt*****

 内部情報を不用心に書き込んだら運対で消されるに決まってるだろ。。。

 

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―――19時46分 連邦捜査部シャーレ本部 11F 暫定オフィスエリア

 

「いッ!、たぁ」

「ユウカさん、余り動かないでください」

「うぅ……ごめんね、チナツさん、ひゃぁッ……」

 

 連邦捜査部本部ビル。暫定的に抑えられていたその場所は、いま正式にその主を迎え、正式稼働の準備を整えていた。

 いまだ準備や混乱は収まらないままではあるが、朝の騒動に比べれば幾分か落ち着いた雰囲気の中で早瀬ユウカは可愛らしい悲鳴をあげながら、火宮チナツの治療を受けていた。

 

「……あー、私は席をはずそうか」

「? 先生が特に気にすることもないのでは?」

「スズミさん……いえ、大丈夫です」

「……はい? ハスミさん、なぜ頭を抱えているのです」

「ははは……私、これからやっていけるかな……ハラスメントとかで捕まらないよね……?」

 

 そして、そのすぐ後ろの事務用の椅子―――備品が足りないから先生は立ったまま、ぼろぼろの体を同じように応急処置を受けた守月スズミ、羽川ハスミ、そして先生。

 スズミはキラキラした目で先生を見つめ、ハスミはそんなスズミの様子をみて頭を抱える。

 そして先生は先生で、この空間の中でどう振る舞えばいいのかを考えあぐねていた。

 

「……うん、こっちは全部引き継いだ。警備小隊は?……わかった、ウチからいくらか出す。調整は統括に。あと超過勤務は認めてくれ……ないよな、うん。いやいいよ……え、レポート? それ何とかならない? ちょっと手が回らないのだけど……」

 

 そして、入口の横で頻りに何処かと連絡を取る連邦生徒会の生徒、風越ミユキ。その制服は所々焦げたような跡がついているが、これも全てワカモとかいう凶悪犯の影響である。

 彼女だけは、他の生徒とは異なり武装を持ったまま待機していた。ちなみに外の廊下は彼女の部下が警備を固めている。

 

「はい、これで大丈夫ですよ。市販品ですが、一応塗り薬を渡しておきます。病院、必ず行ってくださいね」

「うん、ありがとう、チナツさん」

 

 ミユキはユウカの治療が終わったのを横目で確認し、おもむろに携帯をしまって皆の元へと近づいた。

 この部屋には、現在、事実上の連邦捜査部の初期メンバーが集まっていた。それぞれが学園の思惑を抱え、或いは使命をもって集まった烏合の衆である。

 

「さて、皆さん。治療も一通り終わった感じですね」

 

 ミユキはその生徒と先生の前に出る。皆の視線が集中するのをみて、ミユキは再び口を開いた。

 

「まず初めに、皆さま方の協力に感謝いたします。私は財務室通商貿易産業局の風越ミユキです。お疲れのところですが、もう少しだけ皆さんの時間を頂きたい」

 

 そういってミユキは皆の顔を見る。疲れや痛みをこらえながらも、しかしその視線は鋭い。

 というより、彼女たちだからこそ、結果は大成功に導かれたといってもいいだろう。

 ミレニアム、ゲヘナ、トリニティ。さらに外部より着任した先生という大人。小隊どころか、分隊規模の少人数で、ゲリラ化した不良集団を退け、さらに狐坂ワカモという軽く災害級の凶悪犯相手に善戦し、不良に囲まれたシャーレ本部ビルを奪還した。

 

「さて、まずは皆さん、先ほどの活躍と先生のご尽力、ありがとうございます。少数かつ圧倒的不利にも関わらず、ここまでたどり着けたのは……本当に皆さんのおかげです」

 

 ミユキはそういって、深々と頭を下げる。

 攻撃三倍の法則というのがあるが、戦闘において有利な攻撃を行うためには、相手の三倍の兵力が必要になるというのが古くからの経験則だ。だが、今回はそれをはるかな劣勢で突破してしまう快挙を成し遂げた。成し遂げてしまった。

 

「そしてもう一つ」

 

 そして先ほど確認がとれた情報。ミユキは先生を見た。

 

「こちらの先生により、サンクトゥムタワーの制御権が回復できたことが正式に確認できました」

「それは本当にッ!いたた」

「ユウカさん、あまり動かないで」

 

 驚きの余り、ユウカが立ち上がり、痛みにより再び座り込む。チナツがユウカを窘めるが、その気持ちは皆同じはずだろう。

 その様子にミユキはTVを操作し、連邦のニュースを画面に映す。

 

『……連邦生徒会は先ほど、緊急記者会見を開き、本日午後にサンクトゥムタワーの制御権を回復したと発表しました。報道官によると、先日発足された連邦捜査部の活動により、正午過ぎにシステムへのアクセス権を正常に切り替え、連邦の全機能を掌握したとのことです。詳細は現在確認中とのことですが、明日以降、電力・水道等のライフラインから順次復旧をすすめ、健全性を確認できた機能を再開させていくとしています。……』

 

 曲がりなりにもここに集う生徒は各学園の生徒会に属する生徒たちである。連邦生徒会長が交代して以降の混乱の影響を身近で感じていた者たちだから、ユウカほどではないにしろ、ハスミも、スズミも、そしてチナツもその表情には安堵がにじみ出ていた。

 

「簡単ながら、この場を借りて感謝申し上げます、先生。ありがとうございます」

「ううん、私はできることをやっただけさ。君たちが居なければ、ここまで来れなかった」

 

 そういって先生は静かに笑う。

 

「それでも、です。我々連邦生徒会では成し遂げられなかったことを、この短時間で戦闘を行いながらも行ってくれたのですから」

 

 これで、ひとまず喫緊の課題は一つ、解決されたといってもいい。

 

「これで、我々連邦生徒会はこれから問題を解決する準備が整った、といってもいいでしょう。これから状況は、少なくとも()()()()()()()()()()()()

 

 その言葉に、ハスミと先生のみが反応する。その空気を読む力は流石治安維持組織の人間といったところか。

 

「と、言うと?」

「えぇ、皆様にこうして残っていただいたのは、一つ提案があるからなのです」

 

 そういって、先ほど訪れていたリン代行から預かったバッチとIDカードを取り出した。それぞれにはシャーレの紋章と、そして丁寧にもそれぞれの名前が印刷されていた。

 

「シャーレは各学園の生徒を()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。しかし、少し考えれば不可解な規則です。普通、法執行部員はその権限に見合った能力や技能を選抜されなければ任命されない。だが、このシャーレという組織はそうしなかった」

 

 そうして、一つ一つをミユキは机に並べる。学生証すら電子文書やスマホのアプリに置き換えられつつある現代において、そのアナログなIDカードとチップの形は些か保守的に過ぎるとも思えた。

 

「深読みに過ぎませんけど、それは裏を返せば常に所属する生徒がいないことを前提とした規則ともいえる。いくら連邦生徒会長直轄の独立した組織とはいえ、シャーレは連邦の一機関。連邦生徒会から人を出せば済む話なのに、しかし失踪した会長そうしなかった」

 

 思えば不可解な規則ではあった。シャーレ設立の規則において、その権限が明確に与えられているのは顧問である先生一人だけ。生徒に関しては、任命されてしまえばどんな人間であろうとも。部員として権限を執行することが可能となる。それが悪用されることを全く考えていない運用だともいえる。だが、このシャーレはそれを許容した。そこには必ず意図が存在する。

 

「……連邦捜査部は最初から生徒を送り込むのではなく、その場で生徒を任命して事態に対処するようにした、と。SRTのように、学園間の摩擦や軋轢を防ぐために。そして私たちのような自治区側の生徒を、敵ではなく味方として引き込むために」

 

 ハスミの言葉に皆が目を見合わせる。

 

「意図を読もうとするならば、そうでしょうね。さらに言えば、貴方たちは各学園の行政側、いわば私たち連邦生徒会と同じ立場にいる人間です。そう考えると、この規則は実に()()()()()んですよ」

 

 ミユキはその言葉に同意する。恐らく、これを作った連邦生徒会長は最初からSRTのような組織ではなく、もっと機動的で、柔軟な組織を意図しているのだろう。

 自由に任命できるのなら、最初から能力のある人間、自治区において権力を持った人間を引き込めばいい。良いと思った人材を横からかっさらうような行いだが、だがそう考えれば実に合理的なシステムだ。

 

「このカードを持っている限り、貴方たちは各自治区の外においても、おおよそ連邦の効力が及ぶ範囲でその権限を行使することができます。まぁ、今はまだ認知もされてませんからそこまでの効力はないようなものでしょうが、それも時間の問題ともいえるし……()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「ミユキ」

 

 そこまで言って、先生が待ったをかける。

 先ほどの柔らかい雰囲気から、奪還時の時のような鋭い圧を感じられるようだった。

 

「感心しないな。そういう言い方は」

「私も皆さんと同じ執行部員ですよ。それに、まだ子どもだとしてもそれくらいはわかっているはずです」

「だとしてもだ。私もその責任を負うものとして話す必要があるよ」

 

 先生がミユキの前に立つ。

 

「一つだけ、約束してほしい」

 

 声を発した瞬間に、空気が少しだけ変わったのを感じた。

 たった5人の生徒の前で、しかし先生は皆の目を見ながら口を開いた。まるで授業をするように、教え、導くように。

 

「このバッチは、ミユキからも説明があった通り、連邦捜査部として与えられた権限を象徴するものだ。だけど、その権限には必ず責任と義務が発生する」

「……責任と、義務」

「そう。責任と義務……説明がなかなか難しいことだけど、私が思うのは、責任とは声に応えることだと思っている。誰かから助けを求められれば、君たちはそのバッチと、そして連邦捜査部の名をもって()()()()()()()()()()。何かがあれば、君たちは私と同じ、連邦捜査部の部員として応えることを求められる」

 

 皆が先生の言葉に集中していた。それはタブレットで授業を聞くだけ、問題を解いて提出するだけのそれとは異なる緊張感を生み出していた。

 これが、先生か。ミユキは静かに嘆息した。先生の恐ろしさを、その内に秘める想いを。

 

「確かに私には、連邦全ての生徒を部員に任命し、必要なら権力を与えることができるけど、だからといって誰も彼もにそれを与える気はない。これを渡すのは、君たちならそれができると私が信用したからに他ならない。見ての通り、私はまだ来たばかりで、銃なんて触ったこともないし、撃たれてしまえば倒れてしまうくらいに弱い人間だ。だが、連邦生徒会長はそれでも私を任命した」

「……」

「ならば私はそれに応える。それが責任で、応えるのが私の義務だからだ。なぜなら私は大人であり、君たちを導く先生だからね」

 

 そういって、再び一人一人に目を向けた。その視線は先ほどの柔らかなものではなく、期待するものでもない。ただ純然たる事実、理を教えるような鋭さと熱を帯びていた。

 

 紡がれた言葉はある意味警告であり、そして生徒たちの選択肢だった。

 その先にあるのは、責任(レスポンス)義務(モラル)。それを掴むために、自分で選んだという意思(マインド)

 

「だから」と先生は言葉を続ける。皆が注目するのをみて、先生は再び、その選択肢を提示した。

 

「それでも共に来てくれるのなら、大きな困難があれば……このバッチと共に、いつでも私のところに来てくれ。それが私の責任であり、私の背負う君たちへの義務だ」

 

 沈黙がオフィスを支配した。空調機の音だけが、静かな部屋のノイズを発している以外に、テレビが報道を流していた。 

 その静かさは困惑ではなかった。その先生の言葉が、信念を語るものではないことを、ここに居る生徒たちはしっかりと理解していた。

 

 それは、選択を前にした沈黙。

 

 生徒たちの前に現れた二つの選択。一つは共に連邦捜査部に来るのか、もう一つが再び学園に戻り、あくまで協力者として傍観するのか。

 先生は選択の機会を与えた。押し付けるでもなく、また示さないわけでもない。生徒たちが自分で選ぶこと、その機会を作り、そして皆の前にそれを差し出した。

 

 幾ばくかの沈黙。それを一つの声が打ち破る。

 

「私は……そう在ることを、ずっと願ってきました。でも、そうであるには、私たちは余りにも無力です」

 

 そう言って、守月スズミが立ち上がる。

 

「正義の為に、誰かが助けられても、その後ろで誰かが泣いていた。綺麗ごとじゃ何も変わらない。ですが、それでも先生は誰一人として見捨てないとおっしゃいました。」

 

 スズミはそう言って、視線を落として、バッチを手に取る。金色の、独立連邦捜査部の文字をそっと撫でた。

 そして今朝の事を思い起こした。連邦生徒会本部前で、泣き崩れながらも仲間の為に戦ったあの生徒の事を。怪我を負いながら、少ない部品や弾薬をやりくりして、それでも何とか立ち上がったあの生徒会の役員たちの事を。

 

「ですが、その小さな声を、その応答に価値は付けられないし、つけるべきでもないでしょう。私は、だからこそ出来る範囲で応え続けたいです」

 

 それが、誰一人見捨てない、と語った先生の手を取ったときからもう始まっていたのだ。手を取り、既にその呼びかけに答えたから。

 スズミはそして、バッチを握り締めた。

 

「スズミさんが無力なわけではない、と思いますよ」

 

 そんな様子のスズミをみて、ハスミが立ち上がり、横へと立つ。

 ハスミは正義実現委員会の副委員長だ。自主的に戦うスズミと、既に責任を背負って戦ってきたハスミは見える者も違うだろう。だが、その目には非難するのではなく、ただ優しい光があった。

 

「力を持つことは、その力を与える何かに従うことです。その規範に従うことです」

 

 そう言ってハスミもまた、そのバッチを手に取った。

 

「私は、いえ、私に限らず、ここにいる皆は権力の側に居ます。統治する側に居ます。ですが正義は統治する側から与えるものではない。同時に良いも悪いも決して与えられない。往々にして、前例や誰かの行動、そして身に着けた常識がそれを規定してしまうようなものです」

「……そうでしょう。それが社会というものです」

()()()()()()()()

 

 その言葉は、まさに副委員長という立場から漏れ出た本音だったのだろうか。スズミはその声を聞いて、そんなことを想った。

 

「今のトリニティは善悪の逸脱を決して認めない。もはや、それは秩序でも統治でもないでしょう。それはもう変えられないとしても、だからこそ、スズミさんはこの自由な場所で、貴方自身の立場で寄り添えばいい。絶対な正義は最早正義ではありえませんから……もっと、肩の力を抜いていいと思いますよ」

 

 そういって、ハスミが微笑んだ。

 

「なんだか、二人ともロマンチストなのね」

 

 スズミとハスミの様子をみて、ユウカも立ち上がる。少しだけ足を庇う様子に、チナツも共に歩き出す。少しだけふら付きながらも、しかしユウカはチナツの支えを断って、その足で立った。

 

「私は数字を信じてる。論理と理由を信じてる。だからその……信念みたいなのは、正直よくわからない。だけど、私自身の意思で選び取る先がどんなものでも、それは選んだ私の責任だというのはわかる」

 

 そして、ユウカもバッチを取る。

 

「へまばっかりの連邦生徒会に期待はしていないけど、先生と、その組織は信用しておく。よろしくね、先生」

 

 そうしてユウカは微笑んだ。

 だから、だとは言うわけではないが、その横でチナツもまた机に残ったバッチを手に取る。

 

「誰かが傷つくことを見過ごせません。そしてバカは治療も出来ません。なぜならそれさえもその人の在り方だからです。自由は混沌としていますし、ゲヘナはそんな場所です。ですが、それによって誰かを傷つける理由にはなりませんし、傷つく理由にもなりません」

 

 チナツも、恐る恐る、そのバッチを手に取った。

 

「これは力です。そして秩序には力と支配が必要です……あのバカ共は、そうでもしなければ自ら崖から落ちていくでしょうから。それを助け、そして助ける状況になる前に殴ってでも止めるのが、あの混沌を守ることにもなるでしょうから」

 

 そう言って、チナツもまた、バッチを手に取った。

 そんな様子を、また先生は柔らかい笑みで見つめていた。

 

「だそうですよ、先生」

「優秀な子たちだ」

 

 ミユキがそういえば、先生はとても優しく微笑んだ。

 

「ありがとう。本当に……私は君たちを歓迎する。願わくば、シャーレがいろんなものを受け入れられるような場所に。君たちが目指す場所へ行く通過点となることを願っている。よろしく頼む」

 

 そういって、先生は頭を下げる。

 

 集まる生徒たちは選択した。先生はその声を持ってそれに応えた。

 その先にある結果は、まだ誰も分からない。

 

 

 この日、先生の着任により、正式にシャーレは発足した。

 

 

***

 

 

 

 机にあったバッチとIDカードは既になく、それぞれがそれぞれの意思で手に取り、己の所属する学園に戻っていったあと。

 ミユキは残った雑務やビルの仮復旧、点検を終えて再びオフィスに戻っていた。

 

「さて、先生。今日はお疲れ様です。設備は仮復旧しています。残りは後日に回しても問題ありません」

「こちらこそありがとう、ミユキのおかげで助かった」

 

 先生はそんなミユキに感謝の言葉を伝えた。

 

「ごめんね、疲れているのに」

「いえ、まだ先生は慣れてらっしゃらないでしょうし、設備の立ち上げは元々連邦の仕事です。受け入れ準備までやっていただくわけにもいきません」

「それでも、ありがとうね」

 

 先生の言葉に「あまり気にしないでください」とミユキは言って鍵の束を机に置いた。

 最初は先生自身が「全部自分でやるから」といったが、流石に来たばかりの大人に設備やビルの点検は無理だろう、とミユキは断っていた。それでもこの大人は何処までも申し訳なさそうに、自分のやることだから、と言い続けているのはミユキには些か不思議なことでもあった。

 

「さて、これでひとまず私の仕事は終わりです。この鍵とセキュリティカードは大切なものなので、大事に仕舞っておいてください。一応、仮眠室とかは隣にありますので」

「うん。さっき確認したよ。ありがとうね」

 

 仕事は終わり、この後はまたこの後の事を行う人間が引き継ぐだろう。そう思いながらミユキは足を入口へ向けようとした。だけど先生はそれを呼び止める。

 

「そうだ、一つだけ。君の信念を教えてほしいな」

 

 そして、思い出したかのように唐突にそんなことを言い出した。

 

「君にもバッチがあったと思うけど、そういえばさっき聞いていないなと思ってさ」

「えぇ、と。それはさっきの小恥ずかしい演説の事ですかね」

「そう? とても良かったと思うけど」

 

 別に決意表明とか、そういうのは求めてなかったのに、気づけばそういう流れになっていた。

 まぁそういうもんかと聞き流していたが、この先生はそれをご所望のようだ。

 

「……あぁ、別に構いませんが」

 

 ミユキは思わず肩を落とす。あれか。あれを言えと言うのか。

 

「あ、ごめん、嫌なら無理して―――」

「仕事だからですよ」

 

 え? と驚く先生の表情。

 無理もないか、とミユキは素っ気無く思う。仕事以外にこんなことをしたい人間などいないだろうに。

 

「仕事だからやる。それ以上もそれ以下もありません。確かに信念や理想は大事でしょう。ですが、それで今自分がやるべき目標や課題を見失っては意味がありません。私が言えるのは、これが私の仕事だということだけです」

 

 少し、言い過ぎただろうか。そうミユキが思って顔を上げると、先生は面白そうに顔を見つめていた。

 

「なら、その先の目標って何かな?」

「……この流れで、それを聞いてきますか」

「小さな目標は、信念や理想の手段、でしょ?」

 

 ちょっと嫌そうに答えたのに突っ込んで聞いてくるあたり、やっぱりこの先生とか言う大人、だいぶねじが外れている。

 いや、というよりは余り好きじゃないタイプだ。あの聖園ミカと同じ、人の心に遠慮なく入っていくタイプ。

 ミユキはどっとした疲れを自覚した。余り関わりたい人間ではない。

 

「確かにそう言いましたけどね。でもみんながみんなそんな大層なものをもっているとは限りませんよ」

「そうだね。でも別にそんな大層なものでなくてもいい。仕事は仕事。でも大きな目標もないのに、小さな目標だけで生きていけるほど強くはないよ」

「知ったようなことをおっしゃいますね」

「私もそうだったからね」

「……それは、どういう意味です?」

「何もない道を歩けるほど、人は強くないってことさ」

 

 その言葉に、ミユキは思わず先生の顔を見てしまう。

 普通の大人だ。顔は多分いい方なのだろう。ニコニコと笑いながら、言葉は全く可愛くも優しくもない、そんな矛盾を抱えた大人だ。でも先生はずかずか入り込んだという自覚すらないのだろう。いや、自覚があってもこれなのかもしれない。

 

 正直、苦手だ。あまり関わりたくはない。こんなのに関わりたくないから、影に身を隠したというのに。

 それなのに。

 なんでこんな大人の話を聞いているのだろうか。なんでこんな大人の声に、問いかけに応えてしまったのだろうか。

 そういう大人が、大きく見えるのは何故だろうか。

 

「ミユキは、連邦捜査部に自分の意思で入りたい?」

「……意思、ですか」

「私は、生徒に無理に仕事を頼もうとは思わない。例え連邦の仕事であったとしても、少なくともこの場所はそうあるところではないよ」

 

 先生のいう事は確かに理に適ってはいる。連邦捜査部は連邦のあらゆる機関から独立して任務を遂行し、そのために絶大な権限を与えられた組織だ。

 それ故に、顧問の力はたとえ七神代行と言えどおいそれとは口出しが出来ない。

 

「なら、私がこのバッチを返すと言ってもいいのですね」

「もちろん。ここはそういう場所だからね」

「……もちろんって」

「例え失敗しても、仕事であったとしても。君たちは常に選び取ることができる。やめるのも、続けるのも、どんな道でも私はそれを支える。このシャーレ(ペトリ皿)は全ての生徒の受け皿(シャーレ)になる場所だからね」

 

 飄々と、まるで当たり前のことを話すようなその口ぶりにミユキは自分でもわからない感情を抱いていた。

 責任と義務。

 それは言うだけならまだしも、それは果たしてどれほどの人間が実践できているだろうか。

 

「なら先生は……例えその選択で自分の命を失うとしても、そうするのですか」

 

 過去の自分を問いかけ直して、そうならないように自分を律してきた。先生の言葉はそれを肯定しているようで、でも何処かで何かが引っかかるような感覚を覚えた。

 

「あれほどの銃撃の中、身一つで切り抜けるのは……怖くはないのですか?」

 

 あの戦車の前に立ちはだかった狐坂ワカモ。不良のグループ、それらは簡単に切り抜けられるものではなかったはずだ。それなのに先生は何も防ぐ物もなく、ただ生徒を信じて弾丸の中を突き進んだ。銃弾が飛び交う場所で、簡単に予測できる未来は一つだ。それは恐怖を呼び起こし、人を簡単に凍り付かせ、その動きを鈍らせるものだというのに。

 

「そうだね……正直、銃撃戦も街が壊れていくのも、とても怖いことだよ」

 

 外の世界では、銃撃戦は滅多にない、らしい。私たちの常識とは異なる価値観があることは知って居ても、それはミユキにとっては知識でしかなく、また先生と同じように銃弾で死ぬわけでもない。だからこそ、その先生が銃撃の中を走り抜けるという異常さを、多分本当の意味では理解できない。

 私たちにとっては日常でも、それは先生にとって死の恐怖が常に隣り合わせであることと変わらないというのに。だからこそ、聞きたいのだ。

 

 なぜ、そこまで先生に、大人であることに拘るのか。

 なぜ、そんな道を選び、進むのか。

 

「なら、やめたくなりますか」

「まさか」

 

 怖いなら、辞めたいか。そう問いかければ、それこそあり得ない、というように先生は肩を竦めた。

 

「先生だからね。できるだけ、みんなに寄り添いたいとは思うよ」

「……それは責任から? それとも仕事だから?」

()()()()()()()()()()()()()()

 

 大人だから。その短い言葉は、だが確かな重さをもってミユキに届いた。

 

 大人というのはこの都市では珍しいものだ。連邦生徒会然り、各学園の自治区然り。そこに在るのは生徒の自治と、僅かばかりの教員だけ。その教員も居ない場合だってあるのに。

 この街は何処か歪で、少しだけ変わっている。でもそれは当たり前の事だったし、そうあるのなら、子どもたちもそうあるように成長する、そういうものだ。

 

「ここでは銃撃は日常茶飯事で、生徒が学校を運営し、街を作りあげるのは当たり前の事です。それでも私たちはここで自分たちで生きて、自分たちで決めている」

「うん、リン代行にも聞いたよ。数千の学園が集まる都市だって」

「えぇ、そうです。そうであるからこそわからない。なぜ先生はその身を危険に晒して命を懸けたのです? 皆自然に大人になっていくこの世界で、それでもなぜそうであることを選び取るのです?」

 

 ミユキは不思議と、そんな言葉を口にしていた。

 

「あなたには責任がある。指名された大人として、職務に応え、権限を用いて問題を解決するという責任が。先生は先ほど、責任とは声に応えることだ、と言いましたね。ならば、その声に応える為に、先生は自らの身を守らなければならないのではないでしょうか。責任とは()()()()()()()()()()()()()()

 

 あの時と同じように、先生の瞳が熱を帯びてこちらの言葉を待っていた。

 そうして思い出すのは、あの瓦礫の中で、撤退せず「ユウカを助けて」と言われた時のことを思い出していた。

 

「私は……あの時、代行から先生を援護するようにと指示を受けてきました。そして、その指示を達成するために、早瀬ユウカを見捨てるべきだとも思っていました。狐坂ワカモを前にして、ひどく怪我をするでしょうが、しかし先生が死ぬことよりははるかにマシだと思いました」

 

 あの戦闘はほとんど先生と先ほどの4人で何とかなっていたような気がする。正直なところを言えば、多分ミユキが来なくともなんだかんだ解決していただろうという予感はあった。

 あの時、優先するべきは先生を無傷でシャーレのビルへ送り届ける事だった。ミユキは先生を守るためにあの場に駆けつけたのだから。

 

「早瀬ユウカを助けることは学園の仲間の為に、狐坂ワカモの破壊を止めることは脱獄を許した連邦が行うべき責任でしょう。しかし、それで先生が倒れてしまえば、この先に待つ様々な声に応える可能性をも潰します。……先生ならお分かりでしょう。私はあの時、先生の命と生徒の窮地を天秤に掛け、もう片方を捨て去ろうとしたのです」

 

 今までの連邦の崩壊を見て、その影響で苦しみ、家を失い、学校を失い、それでも何とかしようと足掻いて、戦ってきた生徒たちを沢山見てきた。

 この目で見てきたし、この耳で聞いてきたのだ。いろんな噂も、報告も、数字としてもその崩壊を知ることができた。否、知らなければならなかった。

 それが連邦生徒会の執行部員の仕事であり、その職責を与えられることから要請される義務だったから。

 

 でも連邦生徒会はその機能を果たすことができなかった。それは今までの混乱を見れば明らかだ。

 

「だから、最後に一つだけ聞かせてください」

 

 生徒会執行部は生徒の為に職務に専念しなければならない。それが責任であり、義務である。ミユキはその職務故に、時にその声を捨て去ることもしなければならない。

 崩壊を、ただ緩やかにするだけ、先延ばしにするだけであったとしても。それが仕事である限り、そうすることを要請されるからだ。

 

 

「先生は多数の為に、たった一人を見捨てなければならない時を前に、何かを選ばなければならないという時、どのように選択し、決定するのですか?」

 

 

―――正解なんて、誰にも分らない中を。たった一人で決めるその報いを背負いながら。

―――そして、本当にそれが正しい判断だったのか? と自分を責め続けながら。

 

 

 だから、目を逸らしてしまうのだ。その罪を、背負う強さがなかったから。

 ミユキの言葉は、ただの八つ当たりのようであり、答えを求めてはいなかった。それでもこの大人には問い掛けたかった。

 

 なぜ、貴方は戦うのですか、と。

 

「大丈夫、誰一人として見捨てないよ」

 

 でも、その答えは、先生の言葉は、余りにも簡潔で、不可能な言葉だった。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 でも、その先の言葉の意味を、ミユキは受け取り損ねてしまった。

 言葉を止めた先で、先生がそう言って。

 ミユキは目を見開いて先生と視線を交差させた。

 

「ミユキ。絶対に私たちが絶対に避けるべき悪とは何だと思う?」

「……絶対に避けるべき悪、ですか」

「そう。先にもいった責任、そして義務は私たちの社会を成り立たせ、その秩序が世界を世界足らしめてきた。なぜなら私たちは一人では生きていくことができないから。それ故に私たちは手を取り合い、そして誰かの声に応え、そして誰かにその声が応えられていく。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「……応えることは、ですが簡単ではありませんよ。沢山の人が居たところで、応えてくれなければ結局は一人で、孤独です」

「そうだね。確かに私たちは、時に良かれと思ってやったことで、失敗して、応えることができない時もある」

 

 ミユキはとてもじゃないけど、その言葉を信じることができなかった。なぜなら既にその状況を知って居たから。今までの連邦を、そしてかつてのトリニティでのことを。

 それでも許されるのか? 間違って、糾弾されて追い出された私でも?

 

 天秤を傾けた人間を、誰が許してくれるのか?

 

「だから、失敗しても許されるべきだと? たとえ取り返しのつかない失敗をしても……それが絶対悪でも?」

 

 それに、先生は首を横に振る。

 

「絶対悪は、その声に応えないこと。沈黙し、選び取らないで静かに過去を受け入れることだ。それ以外には正解も間違いも存在しないからこそ、最悪に転がろうとも、最低へ堕ちようとも止められないし、向かうことにすら気づかない」

 

 その瞳は、熱を持っていた。

 間違いを肯定もしなければ、正しい道を示すわけでもない。それなのに、この言葉はしっかりとした重みをもっていた。

 

「全てを知ることは出来ない以上、常に正解は選べるわけがない。それでも君は責任と責務故に必ず選択しなければならないのだろう。選ばないのは絶対悪に繋がるのだから」

 

 選び取ることは、選ばれなかった何かを取りこぼすこと。決めることは、他の可能性を潰すこと。それでも世界はそうすることを迫ってくる。責任と、義務の名のもとに。

 

「例え取り返しがつかないとしても……子どもたちには罪はないよ。それは、()()()()()()()()()()であり、そうさせた環境が悪いことだ。選んだ先で、失敗して間違えてもいい。失敗したのならまたチャレンジすればいい。間違えたらやり直せばいい。ここは()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 それは許しとは違うものだった。許すわけじゃないから、先生は過去を否定しない。許されるのではないし、許してほしいと言い続けることでもない。

 既に選択し、取り返しのつかない過去はそのままに、先生は尚も選ぶべきだと言う。

 

「なら、既に選択された過去を……許すことができるとでもいうのですか?」

 

 選び、取りこぼしながら決めた過去をただ包み込み、それでも選び取りなさい、というのなら。

 ふと、手が先ほど渡されたバッチとIDカードに触れた。

 

「選んだ意味はその瞬間じゃなくて、遥か先の未来に分かるものだよ。そんな寄る辺なさの中で、今この瞬間に、君は一人で選び取る事になる」

「……今が、過去を」

「だから、君は選択の意味を作り続ければいいんだ、と思う」

 

 やはり、この大人は少しだけおかしい。生徒の為に、ただそうであることを肯定してくれるわけではない。そして過去を肯定してくれるわけでもないし、上辺だけの慰めでもない。

 

「そんなもので、許されるのでしょうか」

 

 ミユキはそう言って、そして目を逸らした。

 今なら、言ってもいい気がした。この大人はきっと過去を過去として、今を今として見てくれるだろうから。

 

「……私、風越ミユキは、前にトリニティというところに居たんです。今日来ていた羽川ハスミと一緒に、同じような仕事をしてたんです」

 

 そう言って思い出すのは、思い出したくない記憶。

 

「それなりの高い理想を持っていたんですけどね、だけどその理想を求めすぎて、目標を見失って大失敗して。それでここに来ました。まぁ言い方が悪いですが、追い出されたんですよ」

 

 あの時の燃えさかる講堂を。蔑むようにこちらを見る視線を思い出す。

 理想を語るだけ語って、でも何もできなかった自分自身を今の自分と重ね合わせてしまう。

 『ですが、窮屈です』

 それと同時に、ミユキはハスミの言葉を思い出していた。その言葉は果たしてスズミだけに向けられた言葉だったのだろうか。

 

「気に入らなくても、敵対するようなことがあったとしても、権限と責任をもってそれを縛り付ける。それが社会であり、契約です。規則を順守し、与えられた職務を職責をもって行う。その対価で金を貰う。組織とはそういうもので、仕事とはそういうことだと思っています。私がいる部署は、過去の経歴は不問でしたから、なおさら都合が良かった」

 

 その声は諦念に沈んでいく。

 ああ、やっぱり思い出さなければよかったな、と思いつつ。

 過去の自分と今の自分。所属も制服も、何もかもが違っていても。

 ここで先生と対峙する自分と、あの時炎の中でただ立ち竦んで居た自分も全部が自分であり、地続きな存在だと嫌でも自覚していても。

 

「なので……このバッチは、あくまで仕事として受け取っておきます。何かを選ぶのも、仕事の為だとしておきます。私は連邦生徒会の執行部員として、その責任の上で選択します」

 

 再び見つめる目。交差する視線。

 ここでバッチを持っている自分は、確かに私が過ぎ去るこの瞬間に()()()()()()()()()()

 

「なら、その()()が良いものになるように、私も頑張るよ」

「……そうですか」

 

 やっぱりこの大人は何処かおかしい。だけどかつて自分を糾弾し、追い出そうとしたあの声と、得体のしれない者を見るような目線よりは、まだよかった。

 

「では、私はこれにて失礼いたします。何かあれば内線をおかけください。本部であれば、誰かは出てくれるでしょうから。……願わくば、先生とはよい関係を維持できればと思いますよ」

 

 そうして部屋を出た。人感センサーで明かりがつく廊下を一人で歩いていく。

 

「……既に、選んでしまったことは消えない、それでも」

 

 選び取った手元の責任が、ミユキには何処までも重く感じられるようだった。




あと一、二話書いたらアビドス編の予定です。
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