酒カスエルフ、ダンジョンへ行く   作:エルフスキー

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save the catの法則

 

 彼女と目が合った時点で、彼女が両手いっぱいに買い出しの品を抱えていた時点で、もはや他に為す術はない。若草色のワンピースに純白のエプロンを纏う大変可憐なウェイトレスは、パッと表情を明るくした。

 

「『ミアお母さんのお客さん』、こんにちは!こんな所で会えるなんて奇遇ですね」

 

「おや……今日はお日柄も良く。奇遇でござるなシルお嬢さん。お手回りのものが多いようで、宜しければお持ち致しませうか」

 

「ええ!?そんな、申し訳ないですよ」

 

 空々しく言いながらも彼女は荷物を渡してきたため、素知らぬ顔で帰雁も受け取る。一般人では難儀するだろう重量を預けると同時、少女・シルは表情を困った種類のものへと変えた。

 

「本当は足りなくなった備品を買い足すだけのはずだったのに、あれもこれもと増やされてしまって。ミアお母さんは人使いが荒くて困っちゃいます」

 

「あの女の基準であれば精々おつかいなのであろうよ。ミアにとってはこの程度、肩慣らしにもならぬ重さでござるからなぁ」

 

 何せ牛三頭分の肉を担ぎ、悠然とオラリオを闊歩する女である。人間かダンプカーかで言えば恐らく後者寄りの存在であるからして、この量では荷物とも呼べぬと宣うに違いない。

 

「ところで他に買うものはござるか」

 

「はい、『とりあえずは油を壺一杯と、ジャガイモを大袋で二つ買ってきな』と」

 

 訂正、流石におつかいの量ではなかった。ミアは要領の良い看板娘が適当な荷物持ちを捕まえることを見越し、思い付いた限りの不足を言いつけたらしい。

 まんまと捕まった荷物持ちとしては憎たらしいばかりである。着いて来ている者に持たせれば良いと提案すれど、彼女は鉄壁の笑顔で躱すばかり。しかし打算的な行動すら受け入れさせてしまうのだから、可愛い女とはあざといものだ。

 

 ちなみにオラリオにおける『ジャガイモの大袋』とは、【デメテル・ファミリア】が量り売りしているものを指している。販売は麻袋一つ二十キロから、冒険者か荷車がなければ運ぶにも苦労する代物であり、自然と買い手は飲食店の関係者が多い。

 なお先日ジャガ丸君量産計画を目論んだ【人形姫】が店を荒らし、そのせいで商品を購入できなかった各所に【勇者】【九魔姫】が謝罪行脚をしたことで話題になったが、シルの勤める『豊穣の女主人』もその一つであったと聞く。

 

 スカートを翻したシルが上目遣いで同行者を見上げ、わざとらしく頬に手を当てた。傍らの女剣客は彼女より一回り背が高い上に、高下駄がその肢体を持ち上げている。異様に青い二つの眼が、じっと少女を見下ろしている。

 

「そういえば先日の嵐で店の屋根が少し壊れてしまったようなんです。ミアお母さんはアーニャに直すよう言っていたけれど、あの子を手伝ってくれる心優しい冒険者様が何処かにいらっしゃらないでしょうか?」

 

「シル嬢。お主がミアの従業員だからと、拙者がなんでも言うことを聞くと思っているのだろ」

 

「はい♡」

 

「正解でござる。お嬢さんは賢いな」

 

 そうして目を細めただけの帰雁に、少女は一際輝かしい笑顔を浮かべる。自らの価値を自覚した魅力的な少女特有の、実に艶やかな笑顔であった。

 

 

 

 

「ご注文のお酒でございますニャ……。ところで『ミア母ちゃんのお客さん』は、どうして差し入れを買ってきてくれたのニャ?」

 

 円形に三角が二つ付いている、というだけでヒトは猫耳を連想する。大荷物に加えて猫型パンケーキを土産にした理由は、ふと目に留まった気まぐれが一割。

 麗しのシル・フローヴァ嬢もまたそれに目を留めたのが九割なのだが、子猫の警戒は理不尽にも帰雁へ向いていた。

 

 努めて穏やかな顔を作り、爽やかな口当たりの白ワインを一口。喉を滑る甘さが臓腑に流れ込んでいく。

 

「そうするとお主が喜ぶからでござる」

 

「ミャーが喜ぶとどうなるのニャ?」

 

「毛艶が良くなる」

 

「毛艶を良くしてどうするのニャ?」

 

「油断するのを待っている」

 

「……油断させてどうするのニャ?」

 

 帰雁は傾けたワインよりも甘く、胸焼けするような声音で囁いた。

 

「毛皮を剥いで三味線にする」

 

「ふ……ふみゃっ……?」

 

 同時、ナイフがケーキを断つ。整い過ぎた断面に猫人(キャットピープル)の少女は毛並みを逆立たせ、半泣きで厨房に助けを求めた。

 

「ふみゃあ……!母ちゃん……!ミア母ちゃん……!」

 

「わは!良い反応をするでござるなぁ」

 

 怖くない怖くないと猫撫で声で彼女を呼び寄せ、切り分けたうちからこっそり味見をさせてやる。

 休憩時間にでも食べるよう言えば、途端に警戒心を捨て去りウキウキと業務へ戻っていく少女に、チョロすぎでござるなと思わぬでもなかった。

 

「うちの従業員を虐めるんじゃないよ、バカエルフ」

 

 一汁三菜のスペシャルメニュー・通称『サムライプレート』を手に呆れ顔のミアが言う。帰雁は上機嫌で味噌汁へ手を伸ばしつつ、指を一本ピンと立てた。

 

「実はこの店であの子猫を構うと、帰りの夜道で闇討ちに合うゆえな。であればいっそ構い倒してやろうと思うて、今は塩梅を図ってござる」

 

「ゴホッ……」

 

 思わずミアは目を逸らした。下手人が明白なのである。視線を走らせれば懸命に注文を取っているアーニャと、給仕をしつつ意味深な流し目を送るシル。

 全くウチの娘たちは……!気まずそうなドワーフの内心を知ってか知らずか、剣士はくふくふ愉快げに笑う。

 

「その刺客というのが結構な手合いなのでござるよ。拙者も暗闘には自信があるが、あの小僧のすばしっこいこと!」

 

「……程々にしておきなよ」

 

「拙者は程々に収めてござるよぉ」 

 

 のほほんと返す帰雁であるが、この戯けっぷりこそ【フレイヤ・ファミリア】の多数から命を狙われる所以である。

 何もこのエルフは女神フレイヤに対し、眷属すべてを敵に回すような喧嘩を売ったわけではない。ただ構成員のひとりひとりに寄り添い、オーダーメイドの恨みを拵え、それが美神派閥の過半数を上回っただけなのだ。

 

『仕事を増やしてくるから嫌い』

『アレをエルフと認めてしまうと、私はもはやエルフを名乗ることが出来なくなる』

『健気な小人族の少女の思いを高笑いで踏み躙りやがって。許せん……』

『明かすほどの理由はねぇが死んで欲しい』

 

 そんな罵声を浴びながらも、今日とて帰雁は元気である。いっそ元気すぎるほどであった。

 

 

 ポリポリと沢庵を齧りつつワイングラスを傾け一口。輸入品が入ったらしく、最近は沢庵チーズなどのおつまみがオラリオの酒場のプチブームである。

 

「昼の書き入れ時にすまぬな。店主自ら配膳することはない、どうぞお構いなく」

 

 思った通り極上の組み合わせに笑み溢れながら言えば、ミアはフンと鼻を鳴らした。

 

「アタシまで前に出なきゃならないくらい忙しいだけさ、勘違いするんじゃないよ。……ウチの娘が悪かったね」

 

 おや、と視線を上げたときには、既に友人は背を向けていた。その背に向かって言葉を投げる。

 

「今日も美味いでござるよ、女将」

 

「……毎度、お客さん」

 

 ははーん、これがツンデレって奴でござるな。思いつつ啜った味噌汁は、やはりほっとする味がした。

 

 

 

 

「何も知らないはずなのに。あの人にとっては(シル)女神(フレイヤ)も変わらないみたい」

 

 この娘が不器用であることは大昔から知っている。それでも給仕係をこなせるになった訳で、目覚ましい成長とは言えずとも、どうやら進歩はしているらしい。

 無論厨房には立たせられないが、おつかい程度なら任せられるようだ。過保護な護衛が手助けしてやる前提の内容だったが、客引きまで済ませてきている。

 

 ともすれば……向いているのかもしれない。誰もに膝を付かせる女が。使い走りの買い出し係に。なんとも滑稽な話ではないか。

 

 薄鈍色の色合いの少女へ無言で続きを促せば、彼女はひっそりと微笑んで言った。

 

「あの人が私に親切にしてみせるのは、『私』が貴方の()()だから。ミアお母さん、本当にお友だちに好かれているんですね」

 

「義理だけは堅いだけだよ、アイツは」

 

 ミア・グランドは鼻を鳴らす。

 

「カウンター」

 

 言いながらドリンクを乗った盆を示せば、はぁい、とシルは頷いた。

 

 





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