深く考えないでください。
ギリ、ブチィ!
樹海に響く明らかな異音。驚愕して見つめる四人の勇者達。その先には白き化物を咀嚼する、蒼き風雲児の姿があった。
正直。最初は、まずい。食えたものではない。
そう思った。
けれど冷静に振り返ってみると、別に臭みもなく、クセもなく、程よい弾力もあった。
何より、我々のソウルフードに匹敵する喉越しが、あった。
工夫の余地あり。
最終的な見解は、こうなった。
だが。
「あの。バーテックス食べんの、やめてください」
勇者の担当主治医は、私にこう言い放った。
どんな成分が入っているか分からない。人類にとって毒となるようなものが含まれているかもしれない。たった五人の勇者、そのリーダーが、食中毒で戦えなくなるなんて冗談は許されないと。
そんな主治医と一緒になって、ひなたは私を叱責する。
“そうですよ若葉ちゃん。変なもの食べちゃダメでしょう”
それを左から右へと受け流しつつ、私は思い出す。
諏訪と、まだ正常に交信出来ていた時のこと。
『なあ白鳥さん。バーテックスって、どんな味がするのだろう』
いつものうどん蕎麦論争の後、私はこう呟き。それを受けた白鳥さんの声色は、明らかに引きつっていた。
それでバーテックスを食うという発想は、世間からかなり逸脱したもので、社会的に受け入れられるものでは無いのだろうと思った。
しかし。日ノ本に生まれた大和撫子として、今の人々には、食への開拓精神が足りないのでは無いかとも、思わなくもない。
クラスメートを食い散らかしたバーテックスへの怒りは消えるものでは無い。その行為への仕返しとしての気持ちもある。だが、人の命を奪ったものを人が食う、というのは、人類史的にはごくごく当たり前のことで。だから──私は、バーテックスを食うという選択肢を初めから廃するのも、疑問だった。
そんなことをぼうっと考えていたある日、球子が私の部屋を訪ねてきた。
「なあ。バーテックス、食ったじゃん。美味かったか?」
開口一番、聞いてきたのはそれだった。
私は答えた。
「めんつゆがあれば、いけるかもしれない」
これに球子はしばし考えて、ニヤリとしてこちらを見る。
「なあ。二人でこっそり食ってみようぜ」
私は目を見開き。ダメだ、と一蹴する。
まあ、主治医に言われたようなことをそのまま説明した感じだ。自分はともかく、一緒になって食うなんて、流石にな、と。
というか。ひなたが怖い。
「今んとこなんともないんだろ? 戦闘が落ち着いたところでゆっくり星屑の一体をおびき寄せて、じっくりいただいてやろうぜ」
球子は食い下がる。
……ま。もう一回くらいいいか。
私は諦めたように笑い。その手を握り締める。
バーテックスつまみ食い同盟。ここに結成。
「……そろそろだな」
次の戦闘、その幕引きが近付いていた。
郡千景の七人御先の活躍により、進化体も無事倒され。残りの星屑も、もう僅かだ。
私は球子とアイコンタントをし、星屑の一体を根の陰におびき寄せる。
球子も傍らに着地し、私はひとまず星屑を地面に叩き付ける。球子は旋刃盤のワイヤーで星屑と根とをぐるぐる巻きに固定し、星屑は身動きが取れなくなったようだ。
球子と顔を見合わせ、無言で勇者服の隙間から食材を取り出す。
「若葉のはゆで卵、七味か。ふふ。考えることは同じだな」
「そういうお前は……かき揚げ、とりささみの天ぷらか! でかした!」
ハイタッチをし、続けて事前に置いておいたお椀、小麦粉、めんつゆと水の入ったペットボトルを並べる。
「よし。ぶっかけスタイルでいこう」
「おう。てか、いけそうか?」
「任せておけ……」
私は親指を立て、精神を練り上げる。
斬るのは、核からなるべく離れたところ。倒してしまえば、星屑は光の粒手となって消えてしまう。
「ふっ!」
一息に放つ複数の斬撃が、星屑を細長い糸の束へと変える。すぐさま私はそれを掴み取り、小麦粉を表面にまぶし、球子の準備した器に流し入れる。
「お前、それ食っていけるレベルだって」
「うむ。老後は店を開くのもありだな」
拳を合わせ、残りの具材を付け合わせ、両手を叩いてさあ。
「「いただきます!」」
ずるるるる。
……。
おぉ……。
ずるるるる。
うぅん……。
ずるるるる。
ほぅ……。
「……なあ。次も余裕あったらやろうぜ」
「……検討する」
翌日。
「あの。また食いました?」
「え?」
「いや。食いましたよね?」
「ええと、何をでしょう」
「バーテックス」
「……」
「はぁ……」
「いや、なんで分かったんですか」
「……」
主治医は難しい顔でメガネをくい、と触り、モニターを指さす。
「なんか。適正値がですね。急激に上がっていまして。前回も同様の変化が見られたものですから……」
適正値。
勇者適正、それを数値で示したものである。
この数値が一定の閾値を超えると、勇者としての資格を有することになると言われており。この数値が高ければ高いほど、神樹の霊力をより引き出しやすくなるとされている。
「……つまり」
「ええ……乃木さん、あなた、滅茶苦茶強くなってます」
私はこれにがた、と立ち上がり。
笑顔でこう言い放つ。
「星屑、もっと食べていいですかね!!!」
その後。
結局まだよく分からないので食べないでくださいと釘を刺されたが。ついでに、星屑のサンプルをとって来て欲しいと頼まれた。
星屑の成分を解析し、戦力アップに役立てるのだと。
次の戦闘では二足歩行の進化体が現れ、球子はその相手に手を焼いていた。
仕方無く今回は大人しくサンプルの採取に留め。私は、それを解析班に提出した。
「若葉ちゃん、聞きましたか?」
ある日の放課後、ひなたは何やら興奮気味にそう言う。
どうしたと答えると、ひなたは握っていたポスターを開き、指さして言うのだ。
「勇者薬、治験の募集です!」
勇者薬?
なんだそれ。そう思い、ひなたと一緒にその会場に向かった。勇者と巫女であることを受付に告げると、案内人が現れ、個室の中で何やら説明を受けることになった。
「えーつまり……成分は星屑? もしや」
「はい。あなたが持ってきたサンプルから作った薬を、自衛隊の志願者に打ち、効果を見ます。仮説が正しければ……」
「勇者を人工的につくりだすことが出来る……!?」
すごい。なんて夢のある話だろう。
そらみろ。やっぱり、なんでも食ってみるべきなんだよ。
「あんまり効果無かったみたいでしたね」
その後の報告書をぼんやり眺めつつ、ひなたの呟きにああ、と答える。
志願者は30人。うち勇者適正値が閾値を超えたのは0。
そんな簡単に勇者が作れるわけないかと、落胆した。
「……待てよ」
私は気付く。
解析班は、星屑のうちのなんらかの成分が適正値に作用していると恐らく考えている。それはなんというか、当たり前なんだが、天の神が作りだした生き物の成分なんかきっと知らないものばかりで、いちいち解析して特定するなんて、時間がかかって当たり前だ。
不要な成分、人体に悪影響がある成分を除外し、純粋な薬を作る。理想はそうなんだろうが。
「やはり。食うべきだ」
私は呟き、勇者システムの担当部署に訪問の約束を取り付ける。
次の戦闘。
星屑の数は、前回とは比較にもならないレベルだった。
しかし。私はこれを待ち望んでいたのだ。
「みんな。これを」
私を除く勇者四人に、白い箱を手渡していく。
開けるとそこにあったのは、ハンドガンだった。
「え。新装備? おお……てっぽうかあ」
「ハンドガン……こんな小さくて、奴らを倒せるのかしら」
「倒さなくていいのさ。使ってみればわかる。弾を込める必要は無いぞ。神樹とのパスが繋がっているからな」
そう。この装備はリロードの必要が無い。敵の数が多ければ多いほど、その優位性は増す……!
「なんか……若葉さん、妙に楽しそうだね……」
「な。ちょっと引くよな」
そして。五人で背を預け合いながら、銃撃戦が始まる。早速ハンドガンを向かってくる星屑に向け放ち、命中させ……
ドパン!
そんな破裂音と共に、星屑の身体は四散する。四散……するが、豆粒のようになった一部は動きを完全に停止させず、こちらにうようよ近づいてくる。
「え……なによ、この武器」
「星屑の可食部だけを飛散させるハンドガン。名を星破銃」
「可食部……? え……? 可食部……?」
「ああ。あの飛び散ったヤツ。あとで加工して食べるんだ」
「何言ってるの……?」
「意外といけるぞ」
「……もう話しかけないで」
肩を竦める。
食わず嫌いは勿体ないぞ。千景。
ま。結果、大変ではあったが、負傷者はなし。
何より、大量の星屑のサンプルが手に入った。しばらく星屑だけで食っていけるレベルだ。文字通り。
さて。私の予想では、星屑を食った隊員の何人かは……。
「勇者、増えました」
「何人だ?」
「100人です」
「ひゃ……」
私はひっくり返った。
やっぱり食えば解決じゃないか!
その後、私は球子、友奈を誘い、余った星屑料理を食べに行った。球子は微妙な顔をしている杏を連れてきていた。同様に千景も来ていたのは意外だったが、これは友奈のおかげだろう。
星屑ケーキ、星屑ハンバーグ、星屑寿司なんてのもあった。どうやら常温でもかなり保存がきくらしく、まだまだ星屑肉は余っているらしい。
なんというか。ここまで来たら、あとはもう、些事というか。
その後、半年くらい経ったあたりで、バーテックスの襲来は完全に無くなった。
人類は勝利したわけだ。
まあ、簡単にあらましを説明すると……
①勇者、増える
②星屑を食べた既存勇者、進化体を素手で撃破
③星屑料理が民間に参入
④星屑肉、産業化
⑤天空恐怖症候群患者、ピーク時の2%にまで減少
⑥四国民、総勇者時代に突入
ざっくりこんな感じだ。
最近は星屑肉も減ってきていて、かなり値段が上がっている。庶民が食べられなくなるのも時間の問題だろう。
あ、大事なことを伝え忘れていた。そういえば、白鳥さんは生きていたんだ。私の通信を思い出し、ピンチの時に星屑を食べてみたら、いつの間にか敵を全滅させており。星屑を食い散らかしていく白鳥さんから逃げるように、四国に攻め入ってきていたというのが、実際のところだったらしい。
まあ、そんなこんなで。
あーあ。また食べたいなあ。
なんて思いながら、私はひなたと、最初の勇者達と、うどんを静かにすするのだった。
[完]
フィクションです。