表現したい事が出来たとき、頭の整理をしたいとき、思いを纏めて短編小説として書いていこうと思います。
初作品となります。
至らぬ点、気になる点などあるかと思いますが、どうか見守りください。
2024年12月19日~ 理想を享けぬ者
"全て"が詰まった理想郷
「──ね、そうですね臼井君?」
先生の視点の先にクラス全員の視点が集まる。
「──え?は、はい…」
「進路調査の書類はどこにいつまでに提出しますか?」
先生は笑みを浮かべながら僕に聞いてくる。しかし、その目は笑っているようには見えなかった。
「えっと…。すみません…」
「──職員室の私の机の上にある白いカゴに、来週の金曜までに提出してください。いいですね?」
「分かりました。すみません…」
クスクス、という笑い声は一つも挙がらなかった。代わりに、失笑を誤魔化すような鼻を啜る音が一つ、静かな教室に響いた。
「皆さんも忘れずに、必ず提出するようにしてください。──では、気を付けて帰宅してくださいね」
先程までの静かな教室とは一変し、帰り支度をする学生達が鳴らす音に溢れかえった。
既に廊下には多くの学生が集まっており、各々友人と談笑しながら帰り支度を行っていた。
「ごめん、ちょっとっ」
そう言って自分のロッカーの前で談笑する集団に声をかけ、半ば無理やりロッカーの扉を開ける。素早く必要な教科書とノートを取り出し、バックに詰め込む。ちょっとくらい曲がっても気にしない。
ロッカーに背を向けて立ち去ろうとした時、クスクスという笑い声が聞こえた気がした。──瞬間、帰りの廊下に溢れていた音が一瞬止まったような気がして、心臓の鼓動が大きく鳴り始める。
画面が割れたまま放置しているスマホを適当に操作しながら逃げるように学校を後にした。外に出ると、薄ら寒い時期へと変わりつつあることを肌で感じたが、額には汗が滲んでいた。画面に何が映っているのかを把握することが出来たのは、最寄り駅に着いた頃だった。
最寄り駅から電車に乗り、帰路に着く。電車の窓から見えるいつもの景色にも目もくれず、画面の先に広がる世界に意識を集中する。画面の向こうには理想郷が広がっていた。
数ページの感動できる漫画、数十秒で知見が得られる動画、誰かも分からない人間の啓蒙、啓発。
──この世界には文字通り"全て"が詰まっている。
その無限にも等しい情報の海に意識を委ねていると、嫌な現実が薄れていく気がする。少しずつ現実と理想が曖昧になっていって、情報の意志が自分の意志と同義になり、思考を放棄してもその先の結果だけは知ることができる状態、それが堪らなく心地よいのだ。
そんな理想郷での暮らしも、現実からの一言で終わりを告げる。──気づけば降車駅だった。
慌てて電車から降り、人の流れに沿って改札を出る。多くの人が縦横無尽に行き来する中を掻き分けバスターミナルの方向へ向かう。一度、建物の外に出て、広場を通ってバスターミナルへと向かう。先程よりも広がった空間にも人は溢れども、空間の広さ故にその密度は小さくなっていた。
ㅤ規則的なようで不規則に並んだ地面のレンガのタイルを背景に、再び理想郷へとアクセスするために意識を向ける。──途中、視界に黒い人影が見えたことを少し遅れて認識したと同時に正面に軽い衝撃が走った。
「っ…。すみません」
「あら、こちらこそごめんなさい。はいこれ、落としたわよ」
落としたスマホを細く、白い手が拾い上げる。
透き通った白い肌、艶のある茶色がかった黒髪、特徴的な赤いリボン、三色が絶妙なバランスを保って目の前に存在していた。秋の訪れを感じさせる落ち着いた色合いの服装にもどこか上品さが感じられて──
「すごいヒビ入ってるけど、もしかして私、やっちゃった…?」
手に持ったメモで口元を隠しながら、整った顔立ちは少しずつ罪悪感の文字が浮かぶ形に変わっていた。
「い、いえ。元からこんな感じだったので、多分大丈夫だと思います。すみません…」
咄嗟に出た言葉だったが、元はと言えばこちらの不注意でもある。仮に画面に傷が入っていたとしても、些細な違いにしかならない。
「あらそう。なら次は、お互い前を向いて歩くよう心がけましょう。──その為にも、少し道を訪ねたいのだけれども」
彼女はそう言うと、手に持っていたメモ帳を僕に見せてきた。古臭いが綺麗な書体だ。メモには幾つかの建物の名称と共に数字の羅列が書かれていた。
「えっと…、ちょっと調べてみますね」
書かれていた名称を地図アプリで検索する。現代人にとっては、何てことない作業である。
「やっぱりすまほ?は便利ね、私も紫に用意してもらおうかしら」
その一連の作業を感心したように見つめる彼女は、そう言葉を溢した。
「スマホ、持っていないんですか?今時珍しいですね」
「持っていなくても案外何とかなるものよ。まぁ正しくは使いこなせる気がしないから持っていても関係ないって所だけど」
持っていれば人に道を尋ねる事も無かったのでは、という言葉を飲み込む。
「ここから徒歩だと三十分ほどかかるかもしれません。」
「そう…それならバスで向かうとしましょう。──ありがとう、助かったわ」
そう言って軽く手を振って彼女は立ち去った。自分もバスターミナルへと向かおうとしていた手前、罰が悪そうに彼女の後ろ姿を眺めていた。どこか常世離れしている雰囲気が魅力的な彼女から目が離せなくなっていたのかもしれない。──ふと、彼女の足が止まる。
「──バス停ってどこにあるのかしら?」
やはり少し世間知らずな人のようだ…。