ハーマイオニーヒロインものを自給自足。二万文字程度。

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「じゃあ、また図書館でね!」

 

そう言って颯爽と去っていく彼女の姿は、いつも凛としていた。

昼下がりのホグワーツの廊下に、素早く足音を鳴らして消えていく。

必要な書物があるのだろう。

 

いつもなら、ここで彼女は単独行動を好む。周囲の雑音に惑わされることなく、本の世界に深く没頭するのが好きなのだ。

けれど、最近になって彼女には変化が起こりつつあった。

図書館から戻ると、いつも少しだけ視線を外して、ほんのりと赤い頬をしていることが多い。

 

そんな彼女の心境の変化に気づいている者は、そう多くはない。

だが、いくつかの偶然やすれ違い、そして視線が交錯するうちに、その小さな秘密を知る人物もほんの少しいるらしい。

 

 

 

ハーマイオニー・グレンジャーがその人と初めて言葉を交わしたのは、図書館の薄暗い書架の間だった。

 

――あ、失礼、そこに……。

 

と遠慮がちに声をかけられ、彼女ははっとして顔を上げる。

いつもなら周囲の物音など気にしないのだが、その声音がやけに暖かかったからだろうか。

その声と顔を認識した瞬間、何かがハーマイオニーの胸の奥で弾けたような気がした。

こんなにも落ち着いている彼女が、どうしてそんな動揺を見せることがあるのだろう。

 

ハーマイオニーはいつも、自身の理性と知性を最優先にしてきた。

どんな時でも論理的に考え、状況を把握し、誰も思いつかないような解決策を見つけ出す優秀な魔女。

感情に流されることのない強さこそが、彼女自身だったはずである。

 

しかし、その出会いからというもの、心のどこかで淡い違和感を覚えるようになった。

図書館で少しの時間、同席しただけの相手に、なぜか不思議な安心感を覚えたのだ。

目で追ってしまうほど、大量の書物の山から必要な資料を探し出す彼の仕草には、彼女が大切にしてきた知的好奇心が宿っているように思えた。

 

“似ている”とすら感じてしまうほどに。

 

その日は特に会話を交わさずに終わったが、翌日からハーマイオニーは何となくその人のことを意識している自分に気づき始める。

 

そう、ただ――。

 

 

 

やがてホグワーツの廊下ですれ違うと、ハーマイオニーは少しだけ視線をそらしてしまう。

相手もわずかな笑みを浮かべて通り過ぎる。

 

お互いに何も言わない。ただ、その瞬間だけ不思議な波長が重なり合う。

それを“気のせい”と呼ぶにはあまりに確かな温かさだと感じていた。

 

やがて、第三者の目から見ても明らかなほど、ハーマイオニーはあからさまに意識してしまう。けれど、もっとも動揺しているのは自分自身だった。

 

これまでの人生で培ってきた“理性”や“論理”とは全く別のところで心が揺さぶられている。それは少し怖い。

魔法の呪文のように、明確な理屈もなく胸をざわつかせる。

 

「こういうのって、どうすればいいのかしら……?」

 

いつしか呟いた言葉に、答えてくれる人はいない。

ロンやハリーには少し言いづらかった。彼らとは深い友情で結ばれているし、これまで何度も困難を乗り越えてきた仲間ではある。

 

けれど、今抱えている気持ちはあまりにも内面に近すぎた。

自分でまだ輪郭さえはっきりしていない感情を、うまく言葉にするのは難しい。

 

ホグワーツの夜はやがて更けていく。

ハーマイオニーは自室のベッドで一人、胸の内に広がる違和感と、ほんの少しのときめきを感じながら瞼を閉じる。

まるで小さな魔法をかけられたように、彼女の心は穏やかで、それでいてほんの少し甘く満たされていた。

 

 

ξ

 

 

ハーマイオニーが自分の心の変化と向き合うようになって、数週間が過ぎた。

 

相変わらず勉強に没頭する日々ではあるものの、隙間時間にふと彼のことが頭をよぎる。

時間割の合間に廊下ですれ違った時はもちろん、書斎でノートを開いた時でさえ思いが及ぶ。

 

本来、彼女は自分の思考や行動を常にコントロールできる人間だ。

論理的で、目の前の問題点を正確に見極め、対処する力がある。

 

だが、心の中に生じた微かな想いは、論理の外側にあった。

熱量を持ち、温度を持ち、彼女の視線を少しだけ曇らせる。

それは決して悪いものではない。むしろ、人間的な愛おしさに溢れていた。

 

しかし今まで彼女が得意としてきたのは、知識に裏付けされた確信であり、はっきりとした結論だった。

この新しい気持ちは、明確な定義もないまま、まるでシャボン玉のようにふわふわとハーマイオニーの周囲を漂う。

 

いつ弾けるかもわからない、不確かな存在。

だが、その儚さがかえって美しく、尊くすら思える。

 

 

 

そんなある日、ハーマイオニーはほんの少しだけ勇気を出して、彼に話しかけようと決めた。

 

きっかけは簡単だった。彼が図書館で一冊の分厚い魔法史の本を読もうとしているのを見かけ、そこから話を広げられると思ったのだ。

 

「その本、ホグワーツの初期について詳しく書かれているわよね。私も少し気になっていたのだけれど」

 

そう話しかけようと、ゆっくり近づく。

まるで透明な壁を通り抜けるように、自分の殻を破る瞬間だった。

彼は読みかけの本から視線を上げ、微笑んでくれる。

 

その笑顔を見た瞬間、ハーマイオニーの胸の奥にじんわりと温かい感情が広がった。

これまでになかった感覚。それは心地よくもあり、少し恥ずかしくもある。

 

図書館の中での会話は静かに弾んだ。

ホグワーツの設立当初の話や、寮同士の対立がどのように始まったのかなど、お互い興味を抱くテーマが多い。

 

おそらく、同じような知的好奇心を抱えているからだろう。

しかし、そんな時間の中でも、短い会話や断片的な視線の交錯に、ハーマイオニーは少しだけ焦る。

どんな呪文よりも強力な力で、心の奥底がかき立てられていくような気がするのだ。

 

「…また今度、続きを話しましょうか」

 

本の話題がひと段落すると、静寂が訪れる。

ハーマイオニーがそう提案すると、彼はうなずいた。

 

 

 

その夜、ハーマイオニーは自分の気持ちを整理しようと考えた。

寮の部屋で友達がすでに寝静まったころ、小さく光をともして日記を開く。

 

でも、さっきまで頭の中に渦巻いていた言葉たちが、いざ文字にしようと思うと、なかなか出てこない。

なんとももどかしい。

 

「気になるって、こういうことなのね……」

 

そう呟いて少しだけ笑う。

熱心に勉強している彼を見れば好感を抱くし、一緒に本の話をしていると安心できる。

今までの人生では感じたことのない、不思議な感覚だった。

 

そして、彼女は気づく。

自分でも驚くほど自然に、“もっと一緒にいたい”と思っていることに。

いつの間にかそう願う自分がいる。実際、彼と過ごす時間は限られているのに、その短い時間が彼女の一日を満たすほどに大きかったのだ。

 

誰かに言葉として打ち明けたい気持ちもあるが、ハリーとロンにはまだ話せるほど整理がついていない。

 

下手に囁けば、きっとロンは何かと皮肉を言い、ハリーは困ったような顔をするだろう。

自分の中でまだはっきりしていない以上、友人に相談するのは早い。

 

結局、ハーマイオニーは日記に数行書き込むだけで、その夜を終える。

眠りにつくと、夢の中でも図書館の風景が浮かんでは消えていく。

まるで咲いては散るように、優しい夢。

 

 

 

翌朝目が覚めると、これまでとは違った光の差し込み方に気づいた。

 

窓から注ぎ込む朝日が、いつもよりも柔らかい気がする。

この小さな秘密は、誰にも悟られないように、けれどどんどん深まっていく。

 

ハーマイオニーは自分がしばらく前進も後退もできない状態にあることを理解していた。

これまで踏み入れたことのない領域だからこそ、一歩を踏み出すのが怖い。

だが、その一歩を踏み出すことで得られるものもきっとある。

 

彼女は決断した。

まずは、もう少しだけ距離を縮めよう。

ほんの少しだけ会話を増やしてみよう。

何ができるのかを考えてみよう。

 

ハーマイオニーの中で形作られ始める感情の輪郭は、彼女の知らないところで少しずつ大きくなっていった。

 

あの日、図書館で初めて声をかわしたときの静かな空気――。

 

あたかも二人の距離を近づけようとするような、不思議な力が働いていた気がする。

こうした感情は魔法ではない。

 

けれど、魔法以上に人を惹きつける力があるのかもしれない。

 

 

ξ

 

 

ハーマイオニーが、その相手を意識しはじめてからというもの、これまでになかった感情の波に驚きながらも、魔法界での生活は容赦なく流れ続けている。

 

授業、課題、クィディッチの試合、ホグワーツでの行事……。

忙しない日常の合間にも、ハーマイオニーの頭の片隅にはいつも“彼”の存在があった。

 

そんな日々の中、ハーマイオニーはあることに気づく。

自分の知らないところで、彼は他の生徒たちとも交流を深めているらしい、ということだ。

当たり前のようでいて、なぜか胸がざわついた。

 

同じように知的好奇心が旺盛な友人と話している姿を、たまたま遠くから見かけたとき、少しだけ落ち着かない気持ちになる。

 

「どうしたんだ、ハーマイオニー?」

 

休み時間に廊下ですれ違ったロンが、首をかしげる。

ハーマイオニーは咄嗟に笑顔を作って、何でもないフリをする。

 

「な、何でもない! ちょっと、考え事してただけよ」

 

ロンが問い詰めてくる気配はなさそうなので、少し安心した。

しかし、自分の気持ちを隠さなければならない現状に、ほんの少し切なさを覚えた。

 

 

 

その夜、談話室でハーマイオニーは熱心に宿題に取り組んでいた。

大部屋には多くの生徒が集まっているが、深夜近くになると人影はまばらだ。ハリーとロンも先に寝てしまった。

 

静かになった部屋で、ふと視線を上げて暖炉の炎を見つめる。

オレンジ色の光が、まるで心に灯る小さな灯火のようにゆらめいている。

 

「はぁ……どうしちゃったのかしら、私」

 

誰にともなく呟いた言葉は、暖炉のパチパチという音にかき消される。

明確に自覚しているつもりでも、いざ言葉にするとぼんやりしてしまう。

 

ハーマイオニーは理詰めで理解したい性格だ。たとえば呪文の構成や星の配置を論理立てて覚えるように、感情にもはっきりした仕組みがあると思っていた。

 

だが、そう簡単にはいかない。

この気持ちには、ルールが見当たらないのだ。

 

 

 

翌日、授業の合間に彼女はまた図書館を訪れた。

すると運よく彼がいて、ハーマイオニーはさり気なく近づきテーブルに座る。

 

お互い黙って本を読むだけでも、そこにいるだけで心が満たされるようだった。

しかし、彼女の微妙な変化を敏感に察している人もいる。

 

ルーナ・ラブグッドだ。

彼女は時々、不思議な角度から物事を見つめてくる。

ある日の昼下がり、ルーナが何気なく言った。

 

「ねえ。最近、なんだか穏やかな顔をしてるね」

「え? 私が?」

「うん。優しい雰囲気が出てる。まるで、お気に入りの靴に埋もれてるときみたい」

 

突然の言葉に、ハーマイオニーは少し戸惑う。

けれど、ルーナが悪意で言っているわけではないのはわかる。

むしろ“ただそう感じた”だけなのだろう。

 

「そ、そうかしら。いつもと変わらないと思うのだけど…」

「ふふ。そういうときって、だいたいそうなんだよね」

 

ルーナはそれだけ言うと、不思議そうな笑顔を浮かべて向こうへ歩いていった。

まったく、あの子はどんなアンテナで人を見ているのだろう。

でも言われてみれば、ハーマイオニーの胸の内側には確かに穏やかな気持ちが広がっていた。

それがどこまで彼に関わるものなのかはわからない。

 

けれど、少なくともプラスの影響を与えているのは間違いなかった。

 

一方、彼の周囲にも色々な人間関係があるようで、時に複数の同級生や先輩たちと一緒にいる。

その様子を遠くから見かけるだけで、ハーマイオニーは何となく不安になる。

彼の笑顔は誰にでも向けられるものなのかもしれない、と。

 

もちろん、独占欲を抱くつもりなんてない。

ただ、自分がその一部になれていないかもしれないという切なさがあるだけだ。

 

初めて味わう未熟な感情に、少し苦しくなる。

 

「ああ、こんな風に悩むなんて、私らしくないわ……」

 

そう思いながらも、感情はコントロールできない。

大きな行事が迫る中、彼とすれ違うたびに胸の奥でかすかな焦燥感が走る。

もう少し素直に近づきたいのに、それを言葉にできない。

自分から誘う勇気も、まだ足りない。

 

誰もいない空き教室の隅で考え事をしていたある日、ハーマイオニーはこっそり練習してみた。

 

「もしよかったら、一緒に勉強しない?」

 

そう言ってみる自分を想像する――。

 

うまく言えるだろうか。

緊張で声が裏返ってしまわないだろうか。

変に思われないだろうか。

 

そんな心配がぐるぐる回って、結局うまくイメージできなかった。

 

 

 

やがてクィディッチの試合が近づき、ホグワーツはざわざわと活気づいてきた。

ハーマイオニー自身はクィディッチに夢中というわけではないが、ハリーやロンの応援に行くのがいつもの流れである。

 

観客席から試合を眺めていると、ふと彼の姿を探してしまう。

 

「彼は今、どこで何をしているのだろう。試合に興味があるタイプなのか、図書館にこもっているのか……」

 

そんなことを考えていた矢先、思いもよらず彼が観客席に姿を見せた。

しかも、誰かと一緒に話しながら――同じ学年の女子生徒らしい。

話が盛り上がっているのか、ふたりの笑い声が聞こえる。

 

それを見た瞬間、ハーマイオニーの胸がぎゅっと締め付けられた。

隣にはグリフィンドールの仲間がいて、一緒に歓声を上げているはずなのに、彼女は心ここにあらずだ。

 

試合終了まで、視界の端でずっと彼を追ってしまう。

そして、ふと彼と視線が合ったような気がすると、なぜか焦って目をそらした。

 

試合が終わり、生徒たちが大きな流れとなって観客席からグラウンドへ降りていく。

少し遅れてハーマイオニーもハリーやロンと合流しようと歩き出す。

そのとき、背後から声が聞こえた。

 

――ハーマイオニー。

 

振り返ると、彼が立っていた。

笑顔のまま手をあげて近づいてくる。さっきまで他の生徒と一緒にいたのに、その姿は見当たらない。

 

二人の間に、一瞬だけ時間が止まったように思えた。

 

――試合、面白かったね。

 

穏やかにそう言われただけで、ハーマイオニーの胸の奥に暖かい何かが広がる。

さっきまでの焦燥や不安が嘘のように、すっと溶けていくのを感じた。

 

ほんの少しの会話と、ほんの一瞬の心の触れ合い。

しかし、それだけでハーマイオニーの一日が満たされる。

 

そして同時に、もっとその時間を延ばしたいと思ってしまう。

人間関係が複雑に絡み合うホグワーツでは、何もかもがあっという間に通り過ぎていく。

だからこそ、こういうわずかな機会を大切にしたい。

 

ホグワーツの日常が色濃く進むほどに、彼女の心は大きな変化を迎えようとしていた。

 

 

ξ

 

 

ふとした瞬間に彼と言葉を交わし、目が合っただけで一気に明るい気持ちになる。

こんなにも単純に感情が揺さぶられる自分が信じられないときもあるが、それは確かに起こっている事実だった。

 

ハーマイオニーの中で、小さな確信が芽生え始める。

 

「もしかしたら、これは“好き”という感情なのかしら……」

 

恋愛に疎いわけではないが、ここまで強く意識してしまうのは初めてだ。

 

一方で、彼女を取り巻く世界は、そんな内面の変化などお構いなしに動いていく。

ハリーたち3人組はホグワーツで知らぬ者のない有名人で、何かと注目の的になりやすい。

 

時にトラブルが舞い込み、時に事件が彼らを巻き込もうとする。

ハーマイオニー自身も、一歩外を歩けば多くの生徒に声をかけられる。

これまでなら、そういった注意や好奇の視線に動じることはほとんどなかった。

むしろ凛として、自分の意見をはっきり示すタイプだった。

 

ところが今、彼の存在を意識し始めると、そうした周囲の目に対して微妙に敏感になっていく自分がいる。

 

「ハーマイオニー、また図書館?」

 

休み時間の合間にロンが訝しげに尋ねる。

ハーマイオニーは持っている本を胸の前で抱えたまま、目線を宙に投げる。

 

「ええ、まだやることがあるわ」

 

それだけ言って、足早にロンの前を通り過ぎる。

もちろん、本当の理由は“勉強”だけではない。

そこに彼がいるかもしれないと思うと、図書館へ向かうのが何よりも大きなモチベーションになるのだ。

 

「ふうん……」

 

ロンは何か言いたげに肩をすくめるが、ハーマイオニーの表情から察して、それ以上は追及しなかった。

 

 

 

図書館の中はいつも通り静かで落ち着く空間。

分厚い本がずらりと並び、時折、魔法の本がページを自動でめくるパタパタという音が聞こえる。

ハーマイオニーは入り口付近で足を止め、そっと息をつく。

 

「いるかな……」

 

小さく呟いて、奥のテーブルを見渡す。

いつもの場所には、それらしき人影がない。

少し残念な気持ちになりながら、仕方なく別の席に腰かけて課題を続けることにした。

 

静かな時間が流れる。

やがてドアが開く音がして足音が近づいてくる。

 

心臓がドキリとする。

顔を上げると、まさに探していたあの姿が目に入る。

 

「…………」

 

思わず息をのむ。

彼はハーマイオニーに気づくと、にこりと笑って手を軽く上げた。

その仕草がやけに愛おしい。どんなに注意を向けまいとしても、ハーマイオニーの瞳はつい彼を追ってしまう。

 

――やあ、調子はどう?

 

小声でそう声をかけてくれる。

ハーマイオニーは「あ、えっと……」と返事を詰まらせた。

変に意識していることを悟られたくない一心で、わざと平常心を装う。

 

「んんっ、課題の途中だったの。別に大丈夫よ」

 

なんて素っ気ない返し方だろう、と心の中で後悔しつつも仕方がない。

胸の内を知られるのが怖く、親しげに話す勇気が持てなかったのだ。

 

けれど、彼はそんな不器用さを責めることもなく、ただ微笑んでうなずいてくれる。

まるで、「焦らなくてもいい」と言わんばかりの優しい表情。

 

そんな穏やかさに触れると、もっと素直になりたい気持ちになる一方で、ますます自分に嫌気がさしてしまう。

 

ハーマイオニーは彼との会話をそこそこに切り上げ、机に戻った。

集中したいのに、頭の隅ではあの笑顔がちらつく。

まるで心に住みついてしまったかのようだった。

 

「ああ、どうしてこんなに不器用なの……?」

 

ノートにペンを走らせながら、自分の不器用さを痛感する。

しかし、責めたところで答えは見つからない――それはわかっていた。

 

 

 

その日の夕方、彼女は少しだけ気分転換をしようと、ホグワーツの庭を散歩する。

秋めいてきた風が頬を撫で、紅葉の気配がそこかしこに漂う。

校舎の外壁には夕日が差し込み、窓ガラスが金色にきらめいていた。

 

「きれい……」

 

普段は中で本ばかり読んでいる彼女だが、ふと自然の美しさに目が留まるのも悪くない。

ところが、遠くに二つの人影が見えて足が止まる。

視線を凝らすと、彼と同じ学年の女子生徒が並んでいるではないか。

楽しそうに話し、距離も近い。

 

「……なんでそんなに仲良くしてるの?」

 

そんな疑問が浮かんでしまう。

彼は誰かと話し、仲良くする権利がある。

恋人同士でもないのに、ハーマイオニーが口出しする筋合いはない。

 

けれど、胸が苦しい。まるで知らない魔法にかかったように痛みが広がる。

足早にその場を離れようとした瞬間、乾いた枝を踏んでしまい大きな音を立てる。

その音に気づいたのか、彼がこちらを向いた。目が合う。

 

逃げたい気持ちと、逃げてはいけないような気持ちがごちゃ混ぜになる。

ハーマイオニーは曖昧に笑い、小さく手を振った。

やはり、彼は微笑んでいる。しかし、それが何を意味するのかまではわからない。

 

 

 

寮に戻ると、ハリーとロンが楽しそうに話をしていた。

ロンがハーマイオニーに向かって「聞いてくれよ、さっきフィルチが……」と賑やかに話しかける。

普段なら「またそんなことを……」と呆れた調子で返すところだが、今日はなぜか余裕がない。

 

「ごめんなさい、ちょっと用事があるの」

 

そう言って部屋に籠もってしまう。

ハリーの視線が少し心配そうだったが、仕方ない。

自分でもこの暗い感情をどう扱えばいいのかわからないのだから。

 

「どうして私は、こんなに振り回されているんだろう……」

 

 

 

自室のベッドに座り、ノートを膝に置いて、自問する。

理性で考えれば、彼が他の人と仲良くするのは普通だし、彼女自身だって誰かと気軽に話すことはある。

 

しかし、“もっと一緒にいたい”、“特別な関係になりたい”そんな未熟で儚い想いがあって、それをコントロールできないのだ。

自分の思い通りにならないことが、こんなにも苦しいなんて。

論理や知識で解決できない人間関係の機微に戸惑う。

 

まだ早いかもしれない。

まだ整理がつかない。

けれど、いつかは向き合うべき時がくるはず――。

 

そう思いながら、窓の外に沈む夕日を見つめていた。

 

 

ξ

 

 

日を追うごとに、ハーマイオニーの胸にある感情は大きくなっていった。

 

ある時は人を幸せにし、ある時は自分を苦しめる。

まるで両刃の剣のように、それは鋭く心を揺るがす。

 

困っている誰かを助けるためなら、寝食を忘れて研究することだって厭わないし、堂々と振る舞う強さも持っている。

そんな彼女がいま、あまりにも簡単に自分の感情に翻弄されているのだ。

 

「朝ごはん、しっかり食べないの?」

 

ある朝、大広間でハリーが心配そうに尋ねる。

ハーマイオニーはパンを少しちぎって口に運ぶだけで、ほとんど食欲がないようだ。

 

「うん……ちょっとお腹が空かなくて」

 

思い詰めた表情をしているつもりはないが、心に余裕がないのでそう見えてしまうのかもしれない。

ロンも、不思議そうな顔をしている。

 

「大丈夫? 調子悪いのか?」

「大丈夫だってば」

 

曖昧に笑って、急いで食事を済ませる。

 

 

 

その日は、どこかで彼に会えるといいな――そう思いながら講義を終え、意識的に図書館へ向かった。

けれど、そこに彼の姿はなかった。

 

軽く肩透かしを食らった気分で、テーブルにつく。

 

「これじゃあ、まるでストーカーみたいだわ……」

 

思わず心の中で自虐する。

人の行動を追いかけては一喜一憂している自分なんて、いつからこんなふうになったのだろう。

ほんの数か月前までは想像もできなかったのに。

 

集中できないままノートを広げていると、背後で声がした。

 

「ハーマイオニー、ちょっといい?」

 

振り向くと、ジニー・ウィーズリーが立っていた。

彼女はロンの妹で、ハーマイオニーにとっては妹のように可愛らしい存在でもある。

しかし、その表情はどこか真剣だ。

 

「……? どうしたのかしら?」

「ちょっと、話したいことがあるの」

 

二人は図書館の隅のソファに腰を下ろした。

周囲に人の気配はない。ジニーが少し躊躇いながら口を開く。

 

「ハーマイオニー、最近、元気ないでしょう? 無理して笑ってる感じがする」

 

意外な指摘に、ハーマイオニーはドキリとする。

確かに、あまりうまく感情を隠せていないかもしれない。

 

「そ、そう? 私はいつもと変わりないつもりだけど……」

「嘘。わかるわ。私、あなたのこと結構見てるのよ。何か悩んでるんじゃないの?」

 

ジニーの瞳は揺らがない。

ここで誤魔化しても無駄だと悟ったハーマイオニーは、小さく息をつく。

とはいえ、何をどこまで話せばいいのか迷う。

 

「……ちょっと、心配事があるだけよ。別に大したことじゃないわ」

 

少し素っ気なく言うが、ジニーは納得しない。

 

「そっか。でも、何かあったら相談してね。私、力になりたいから」

 

優しい言葉をかけてくれるジニーに、ハーマイオニーは胸が痛む。

誰かに打ち明けたい気持ちもあるが、やはりまだ言えない。

 

 

 

ジニーと別れたあと、談話室へ戻ると、なぜか彼がそこにいた。

それほど多くの生徒が出入りする場所ではないのに、彼はソファで先輩と会話している。

 

ハーマイオニーは迷いつつも、思い切って近づくことにした。

何か理由をつけて話しかけたい。でもどう切り出せばいいか分からない。

 

――あ、ハーマイオニー!

 

彼のほうが先に気づいて声をかけてくる。

その瞬間、ハーマイオニーの胸は高鳴り、顔が熱くなった。

 

「ちょっと話があって……えっと……」

 

うまい言い訳が浮かばない。

自分でも呆れるほど、頭が真っ白になる。

 

彼は先輩との会話を切り上げて、ハーマイオニーのほうへゆっくり近づいてくる。

周囲に人がいないことを確認するように軽く視線を巡らせた後、少し微笑んだ。

 

――ずっと会いたいと思ってたんだ。勉強のことで聞きたいことがあって

 

ただそれだけの言葉なのに、ハーマイオニーは一気に心が救われた気分だった。

さっきまでの不安や寂しさが一瞬で消えてしまうようだ。

 

「私も、聞きたいことがあったの……!」

 

思わずそう返してしまう。

二人は談話室の隅にある小さな机を使い、一緒に課題を始めた。

内容は歴史のまとめや、呪文学の復習。

 

ごく普通の勉強会に見えるが、ハーマイオニーにとっては何もかも特別だ。

彼女の問いかけに答える彼の声が、まるで子守唄のように心地よい。

とはいえ進めなければいけない作業は多い。

 

ハーマイオニーは学習のペースを管理しつつ、要点をメモしながら彼の意見にも耳を傾ける。

インクのにじんだ羊皮紙や次々と目を通す教科書、それらが不思議と愛おしい時間に変わっていく。

 

 

 

気づけば、夕食の時間になっていた。

ほかの生徒たちが食堂へ向かう足音が聞こえてくる。

 

「もうこんな時間ね……」

 

ハーマイオニーが口にすると、彼は少し名残惜しそうに机を片付け始める。

 

――じゃあ、続きはまた今度にしようか。ありがとう、すごく助かったよ。

 

「こちらこそ。私も、助かったわ」

 

笑顔でそう言い合う二人の姿を、談話室にいた他の生徒がちらりと見ていたが、ハーマイオニーは気にならなかった。

 

心の中は穏やかで満ち足りている。

だが、そんな幸せの中でも、彼女の頭の片隅にはどうしても消えないわだかまりがあった。

あの庭先で見かけた、彼と別の女子生徒の仲の良さ。

 

彼は誰にでも優しいのだろうか。そうだとしたら、自分はその中の一人にすぎないのかもしれない。

そしてもう一つ。

もしこの先、自分の想いを伝えたときに、彼はどう思うだろう。

拒絶されたら…いや、そもそも恋愛感情を抱いていないかもしれない。

考えるだけでたまらなく不安になる。

 

プライドの高い彼女には、それを直接確かめる勇気がまだない。

今は、この小さな幸せを壊したくない気持ちが大きいからだ。

もう少しだけ、曖昧な距離を保ちながら、こうして触れ合う時間を大切にしたい。

 

けれど、何も言わずにいたら何も変わらないのかもしれない。

このまま臆病でい続ければ、そのうち訪れるかもしれない後悔がちらつく。

 

「そんなに難しいことなのかしら……」

 

寝る前に独り言のように呟いてみる。

魔法世界の謎を解くよりも、はるかに手強い難題が目の前にあると痛感した。

それでも、彼と過ごす時間の尊さは、紛れもなく本物だった。

 

ああ、それはきっと――。

 

 

ξ

 

 

ある日の放課後、ハーマイオニーはハリーとロンに呼び止められた。

夕食前の廊下を歩いていると、二人が後ろから追いかけてきたのだ。

 

「待ってくれ、ハーマイオニー!」

「何?」

 

振り返ると、ロンがやけに真剣な顔をしている。

ハリーも苦笑いしながら後ろに立っていた。

 

「話があるんだ。ちょっと来て」

 

三人は人目を避けるように空き教室に入り、扉を閉める。

ハーマイオニーは何の用かと不安になる。

 

「何? 改まって……」

「ハーマイオニー、最近どうしたんだよ。なんかお前らしくないっていうか、変なんだ。気づいてるのは俺だけじゃない。ハリーもそう思うよな?」

 

ロンが半ば責めるように言うと、ハリーが気まずそうにうなずく。

 

「確かに、なんだかそわそわしてるように見える。それに急に図書館に行く回数が増えたし……元々多いとはいえ、理由が違う気がする」

 

ハーマイオニーは胸が跳ねる。

ここまで鋭く見抜かれているとは思わなかった。

彼らは気づいているのだろうか、彼女が誰かを気にしていることに。

 

「別に、何もないわよ。ちょっと課題が多いだけ」

 

苦しい言い訳だ。

ロンが呆れたように眉をひそめる。

 

「嘘言うなよ。お前がそんな顔するわけない。俺たちに隠し事してるんだろ?」

「隠し事って…みんなそれぞれ、話したくないことぐらいあるでしょ」

 

言い争うつもりはなかったが、つい声が荒くなる。

ハリーが仲裁に入るように口を開く。

 

「ハーマイオニー、心配なんだ。君が元気なさそうだから。僕たちに話せることがあるなら、聞きたいだけだ」

 

彼らが善意で心配してくれているのはわかるが、まだ上手く言えそうにない。

 

「大丈夫よ、本当に。少し考え事が多いだけ。ありがとう、でも心配しないで」

 

そう言って、彼女は精一杯の笑顔を作った。

ロンは不満そうだったが、ハリーはそれ以上追及しなかった。

 

「わかったよ。でも、何かあったら言ってくれよな」

 

 

 

三人で空き教室を出ると、ハーマイオニーは夕食の席で微妙に会話しづらい空気を感じた。

 

ロンがまだ気にしているのか、あまり話しかけてこない。

ハリーは彼女を気遣い、話題を変えようとするが空回りしている。

 

「ごめんなさい、先に失礼するわ」

 

食事を中途半端に終えて席を立つ。

大広間の扉を抜けると、冷たい廊下の空気が少しだけ救いに思えた。

誰もいない空間で、心の呼吸を整えたい。

 

「私が悪いのかしら……」

 

小さく呟きながら廊下を歩く。

ハリーとロンに隠し事をするなんて、今まであまりなかったことだ。

いつもはオープンに話し合える仲間だっただけに、こうして秘密を抱えている自分が情けないし、友人を寂しがらせているようで申し訳ない。

 

部屋に戻る前に、ハーマイオニーはまた図書館に立ち寄ってしまう。

誰にも邪魔されずに考える時間が欲しかったし、運が良ければ彼と会えるかもしれないという淡い期待もあった。

 

しかし、夜も遅く図書館の利用時間はもうすぐ終了する。

館内をざっと見回しても、彼の姿はない。

失意のまま席について、適当な本をめくってみるが内容が頭に入らない。

 

「もう、どうしてこんなに苦しいの……?」

 

いつもなら難しい呪文や魔法薬のレシピを読みこなして知識を得るのが喜びだった。

けれど今は、文字を追いかけている間にも心の中では彼のことやハリーたちのことが渦巻いている。

 

やがて閉館時間が近づき、ハーマイオニーは静かに本を棚に戻す。

重たい足取りで寮へ向かう道中、不意に背後から声をかけられた。

 

――ハーマイオニー。

 

振り向くと、そこには彼が立っていた。

まるで待ち伏せしていたようなタイミングに、ドキリとする。

 

――こんな時間に、一人で?

 

「ええ、ちょっと…考え事があって」

 

それ以上言葉は出てこない。

だが、彼はハーマイオニーの表情から何かを察したのか、優しく微笑む。

 

――よかったら、少し話さない?

 

 

 

深夜の廊下で、二人だけの静かな空間。

ハーマイオニーは一瞬迷ったが、その申し出が救いに思えた。

 

「うん。……ありがとう」

 

彼の後に続き、中庭へ抜ける扉を開けると、夜風がひんやりと頬を撫でる。

星空が広がり、遠くからフクロウの鳴き声がかすかに聞こえてきた。

 

――どうしたの?

 

改めて尋ねられたハーマイオニーは、言葉を選びながら少しずつ悩みを打ち明ける。

あくまで“友人たちとうまくいかないかもしれない”程度にぼかした形だ。

恋心についてははぐらかす。

 

それでも彼は真剣に聞いてくれる。

適度な相槌と共感を示す視線がやけに温かい。

 

――いつも一緒にいる友達がいるからこそ、言えないこともあるんだね。

 

そんな彼の言葉に、ハーマイオニーは胸が熱くなる。

友人たちを大切に思っているからこそ、生まれてしまう溝。

 

それは決して悪意ではないけれど、理解しきれないものだってある。

二人はしばらく静かな夜気の中で話し込む。

時折、ハーマイオニーがふっと漏らす本音を、彼は柔らかい毛布のように受け止めてくれた。

 

「ありがとう。少し楽になったわ」

 

最後にそう言ったとき、ハーマイオニーの瞳にはうっすら涙がにじんでいた。

彼は何も言わずにうなずき、そっと微笑む。

 

その表情を見た瞬間、ハーマイオニーは自分の鼓動が高鳴るのを感じた。

夜が深まり、寮に戻らなければならない時間が近づく。

 

二人は別れ際、ほんの一瞬だけ視線を交わす。

まるで言葉にはできない想いが行き交うかのような、短い瞬間。

 

ハーマイオニーは心の奥で“ありがとう”と叫んでいた。

こんなふうに誰かと気持ちを分かち合うのは、初めてかもしれない。

いつもはハリーとロンという近しい存在がいるというのに、今この瞬間だけは彼が一番近い場所にいるように感じた。

 

「また明日……」

 

そう小さく告げてから、ハーマイオニーは夜の廊下を駆けるように去っていく。

心はどこか軽く、でも同時に切なかった。

 

 

ξ

 

 

次の日からは、また普通の生活に戻ったように見える。

授業に出席し、図書館で学び、ハリーやロンと冗談を言い合う。

 

けれど、深夜の中庭での会話が頭から離れない。

彼とあれほど深く心を通わせたのは初めてで、それだけに胸の奥に温かい余韻が残っていた。

 

ただ、問題はそう簡単に解決しない。

ハーマイオニーの素直になりきれない性格も相まって、まだ友人たちに本当の心境を打ち明けられないでいる。

 

それどころか、ハリーとロンの前では以前のようにクールな“しっかり者のハーマイオニー”を演じようとしてしまう。

彼らを心配させたくないというのもあるし、自分の弱さを見せたくないという気持ちも少なからずあった。

 

一方、彼と過ごす時間は相変わらず少ない。

けれど時折、図書館の机で向かい合い、課題について話し合ったり、廊下で立ち話をする機会がある。

 

そういうわずかな時間が、今のハーマイオニーには宝物だった。

 

 

 

ある日の放課後、ハーマイオニーは再び図書館を訪れる。

 

いつものように、彼が来るかもしれないという淡い期待を抱いて。

すると運良く彼の姿を見つけた。しかも、一人で座っている。

 

「……よし」

 

意を決して、隣の席に腰を下ろそうとしたそのとき、彼の表情が暗いことに気づいた。

何か悩み事があるのだろうか。

 

「どうしたの? 元気ないみたいだけど……」

 

彼は少し間をおいてから、小さな声で答える。

 

――ちょっとね、友人のことで気になることがあって。相談されても、どう答えていいかわからなくて……。

 

その言葉に、ハーマイオニーは胸が少し痛む。

彼が誰かの相談相手になっている事実が妙に気になるのだ。

 

「そう……もし私でよければ、力になるわよ?」

――ありがとう。でも、相手との信頼もあるし、あまり詳しく話せないんだ……ごめん。

 

断られてしまったのは仕方がない。

彼にも彼なりの事情があるのだろう。

 

けれど、そうやって少し距離を感じる自分がもどかしい。

 

あの夜のように、もっと踏み込んだ会話をしたいのに。

二人はしばらく黙って本に向かう。

 

重い空気が漂う。

ハーマイオニーは何とか打開したいと思うが、うまい言葉が出てこない。

そこへ図書館の奥から足音が聞こえてきた。

 

先日、庭先で彼と一緒に談笑していた女子生徒だ。軽く手を振りながらこちらへ歩み寄ってくる。

 

「ちょっといい? あの件のことだけど……」

 

そう言って彼の横で何かを書き込んだ羊皮紙を広げる。

どうやら二人で共同作業をしているような雰囲気だ。

 

ハーマイオニーは一瞬、強い嫉妬を覚える。

 

だが、それを表に出すわけにはいかない。相手は何も悪くないし、彼女の存在を恨む理由もないのだから。

 

彼女と彼は楽しそうに何かの計画を話し合っている。

さっきまで言葉を交わしていたのに、突然扉が閉ざされたような孤独感が押し寄せる。

 

「じゃあ、あとでまた詳しく話そうか」

 

女子生徒は最後にそう言って去っていった。

彼女の髪がふわりと揺れ、まるで自信に満ちているかのようだ。

 

見送った後、ハーマイオニーは少し皮肉っぽく問いかけてしまう。

 

「仲がいいのね」

 

思わず口をついて出た言葉だったが、彼は少し驚いた顔をした後、微笑んだ。

 

――いや、ただの友達だよ。同じ授業を受けてて、論文を一緒にやることになっただけだ。

 

「……そう」

 

その言葉を信じたい自分がいる。

だが同時に、“そうやって誰にでも優しいんじゃないの?”と疑ってしまう自分もいる。

矛盾した感情に苛立ちながら、ハーマイオニーは視線をノートに落とした。

そのとき、彼が少し身を寄せて小声で言う。

 

――ハーマイオニー。

 

思わず顔を上げると、彼はまっすぐこちらを見つめていた。

まるで、ハーマイオニーの心を見透かしたような瞳。ドキリとする。

彼は続ける。

 

――僕は……あまり器用じゃないんだ。みんなと同じように仲良くできるわけじゃない。でも、いろんな人を助けたいし、手を貸したいと思ってる。でも、そのことで君が気にしているのなら、ごめん。

 

“ごめん”という言葉に、ハーマイオニーは戸惑う。

謝られることではないと思うが、彼が気を遣ってくれているのはわかる。

 

「あ、ううん。私こそ、変なこと言っちゃって。ごめんなさい」

 

ぎこちなく微笑む彼女。

彼は柔らかくうなずき、また課題に目を戻した。

 

その後は淡々とした時間が流れるが、先ほどまでのしこりが少しだけ消えた気がする。

彼がこちらを覗き込んで微笑むたび、胸の奥が甘くうずいていた。

 

 

談話室に戻ると、満月が照らす夜。

ハーマイオニーの中には、まだ言葉にできない感情の塊が残っていた。

この甘くてどうしようもない想いを、どう扱えばいいのか全くわからない。

 

誰にも言えない思いを抱えたまま、彼女は日記に文字を記す。

 

「“好き”って、こんなに苦しいものだなんて」

 

 

ξ

 

 

ハーマイオニーは、自分の感情を正直に伝えたいと思うようになってきた。

どんな結果になるかはわからない。それでも、このまま曖昧な関係を続けるのは嫌だ。

 

ハリーとロンにも、そろそろ本当のことを話してみようか。

彼女には彼らの協力が必要だと思う時がある。

けれど、まだ踏ん切りがつかない。

 

そんな思いを抱えたまま迎えた週末、ホグズミードへの外出が予定されていた。

ハーマイオニーはハリーやロン、そして一部の仲間たちと一緒に買い物や散策を楽しむつもりだった。

 

「ちょっとは気晴らしね」

 

そう思って積極的に参加を決めたが、心のどこかでは“彼も来てくれたらいいのに”と思っていた。

だが、彼は別の用事があると言って断ったらしい。

少し残念な気持ちを抱えながら、朝の出発時間に合わせて寮の入り口へ向かった。

 

 

 

ホグズミードの町は活気にあふれていた。

 

通りを行き交う魔法使い、喫茶店や店先の看板、それぞれが楽しげに彩りを添えている。

ハーマイオニーは表向きは笑顔を浮かべているが、頭の片隅にはやはり彼がいる。

 

「ハーマイオニー、大丈夫?」

 

スリザリン生と軽い言い合いをしていたロンが戻ってきて声をかける。

どうやら上の空だったのを気にしているようだ。

 

「え? うん、平気よ」

 

また曖昧に返事をしてしまうが、ロンは深く追及してこなかった。

何か言ってほしそうな表情だが、ハーマイオニーは気づかないふりを続ける。

 

昼食を終えて午後の自由行動になると、ハーマイオニーはふと一人で散歩に出た。

ハリーやロンたちは別の店に寄るらしいが、彼女は少し自分の時間がほしかった。

人混みを避け、やや裏通りへ足を踏み入れる。

 

ここには小さな雑貨屋やアンティークの魔法道具屋などが点在していて、観光客は多くない。

木造の店先からは、古い杖の素材の香りがただよってくる。

不意に、何かに導かれるようにハーマイオニーはある店に入った。

古書店だ。重厚な扉を開けると、埃っぽい空気と羊皮紙の香りが鼻をくすぐる。

 

店内は薄暗く、ところどころに蝋燭が灯っているだけ。

本棚を眺めながら、もし彼と一緒に来ていたらあれこれ盛り上がっただろうな、と思ってしまう。

魔法史や古代文字の本などが所狭しと並び、見ているだけで興味をそそられる。

 

(あの人は、どうしているかな……)

 

つい考えてしまう。

外出を断った理由は何だったのだろう。

誰か別の人と出かけているのかもしれない。

 

そんな想像がハーマイオニーの胸をチクリと痛ませる。

本を何冊か手に取りパラパラめくっていると、妙に気になるタイトルが目に入った。

 

“感情と魔力の相関――心が魔法に及ぼす影響――”

 

思わず手が止まる。

ページを開くと、魔法が使用者の感情によって変化する事例が記されていた。

怒りや悲しみが魔力を増幅させるケースや、深い愛情が奇跡的な効果をもたらすケースなど……。

 

「面白そう……」

 

購入を決め、店主に声をかけようとしたとき、小さな音がして店の扉が開いた。

ちらりと振り返ると、なんとそこに立っていたのは彼だった。

 

「……え? どうしてここに……?」

 

思わず声が漏れる。

彼は驚いた顔をしながらも、すぐに柔らかい笑みを浮かべる。

 

――そっちこそ…偶然だね。ホグズミードに来る予定があったの?

「え、ええ。みんなと来てたの。でも、ちょっと一人になりたくて……」

 

状況がまだつかめない。

彼は別の用事があるはずだったのに、まさかこの店で出会うなんて奇遇にもほどがある。

 

――実はこっちも用事を済ませた後、古書店を巡ってたんだ。ここの本がすごいって噂を聞いてね。

 

彼がそう言うと、ハーマイオニーはどこか運命めいたものを感じる。

こんなに広いホグズミードで、同じタイミングでこの店に来るなんて。

 

「偶然ね……本当に」

 

軽く笑い合った後、二人は棚を見渡す。

彼が本を手に取り、「――これ、知ってる?」と話を振ってくる。

魔法動物や古代呪文の書籍だ。

 

ハーマイオニーは自然と会話が弾み、さっきまでの寂しさが嘘のように消えていく。

さらに、ふとしたはずみで二人の指が触れ合ったり、目が合ったりするたびに、心臓が跳ね上がる。

 

店内には他の客もほとんどいない。

静かな空気の中で、二人だけの小さな世界が広がっていた。

 

 

 

本を選び終わり店を出ると、外は少し風が強くなっていた。

夕暮れが近いのか、空の色がオレンジに染まり始めている。

 

――もう戻る?

 

彼が尋ねる。

ハーマイオニーは迷ったが、せっかくの機会なので、もう少し話したい気持ちが勝った。

 

「あの……もし時間があるなら、ちょっと散歩でもしないかしら?」

 

言った瞬間、胸がドキリとする。

こんなふうに自分から誘うのは珍しい。緊張で心臓が高鳴る。

彼は一瞬驚いた顔をしたが、すぐに微笑み、

 

――うん、いいね。

 

と答えてくれた。

 

 

 

二人は夕暮れのホグズミードをゆっくり歩く。

客の多い通りを避け、静かな裏道を選ぶ。

街外れには小さな川が流れており、橋の上から遠くの山の稜線が美しく見える。

普段ならハーマイオニーはロンやハリーと連れ立って歩く道。

だが、今日は彼と二人。いつもとは違う景色に見える。

 

「ねえ……」

 

ハーマイオニーはそっと声をかける。

なぜか今日は、ほんの少しだけ勇気があった。

 

――何だい?

「……いえ、なんでもないわ」

 

だが、言おうとした途端に声が出ない。

あと一歩が踏み出せない。好きだと伝えたい。でもどう言えばいい?

 

言ったところで迷惑ではないだろうか――そんな不安が押し寄せる。

彼はハーマイオニーの様子を感じ取ったのか、そっと橋の欄干に手を伸ばす。

夕日に照らされたその横顔が優しく映る。

 

その姿に促されるように、再び声を出そうとした。

 

「わたし……あなたに……」

 

そこまで言いかけた瞬間、遠くからロンの声が聞こえた。

 

「ハーマイオニー! どこ行ってたんだ!」

 

驚いて振り返ると、橋のたもとにハリーとロンの姿がある。

散策に出た彼女を心配して探していたらしい。

ハーマイオニーの横に彼が立っているのを見て、二人は怪訝そうな顔をしている。

 

絶妙なタイミングで乱入され、ハーマイオニーは一気に現実に引き戻された。

さっきまで高まっていた感情の波が、急にしぼむ。

 

「その……ちょっと本屋に寄ってたの」

ハーマイオニーがそう弁解すると、ハリーは肩をすくめ、ロンは何か言いたそうに彼を見やる。

 

微妙な空気が流れた――。

 

 

 

結局、ハーマイオニーと彼が二人きりになる時間はそれで終わってしまった。

彼は去り、ハーマイオニーはハリーやロンと合流し、三人でホグワーツへ戻る。

 

「あと少しだったのに……」

 

夜道を歩きながら、心の中で悔しさと虚しさを噛み締める。

ほんの少しの勇気があったはずなのに、それを試す瞬間を逃した。

もちろん、ハリーたちが悪いわけではない。

 

何も言えなかった自分の問題だ。

それでも、あと少し踏み出していれば、関係が変わっていたかもしれない。

そんな後悔が頭の中をぐるぐる回り、眠りにつくまでハーマイオニーを悩ませ続けた。

 

 

 

ホグズミードでの一件以来、ハーマイオニーはますます彼のことを意識してしまう。

好きだという気持ちはもう確信に近い。

 

しかし、どう伝えればいいのか。

彼の気持ちはどうなのか。

考えるほどに堂々巡りで、結論は出ない。

 

そんなモヤモヤを抱えたままホグワーツでの日常が再開し、忙しい授業や行事の合間に、彼とほんの少し話をする時間を見つける。

しかし、なかなか二人きりにはなれない。

 

一方、ハリーとロンは依然としてハーマイオニーを心配しているようだ。

彼女がたびたび浮かない顔をしているのを見て、声をかけてくる。

 

「ハーマイオニー、ちょっとさ」

 

ある夜、ロンが彼女を呼び止めた。

談話室でハリーと一緒にテーブルについている。

ハーマイオニーは読んでいた本を閉じ、視線を上げた。

 

「何?」

「お前、最近本当に変だぞ。俺たちに言えないことがあるなら仕方ないけど……もう少し頼ってくれよ」

 

ロンの言葉には苛立ちと同時に優しさが混ざっている。

ハーマイオニーは返事に詰まる。

 

「あのさ、俺もハリーも、お前が大事なんだ。ずっと一緒にやってきた仲間だろ? 隠し事されると不安になるよ」

「ロン、声が大きい……」

 

ハリーが制するが、ロンは止まらない。

 

「最近、お前が誰かと秘密裏に会ってるんじゃないかって噂もあるんだ。だから心配してる。変な人に騙されてないかとか……」

 

その言葉にハーマイオニーは顔を赤らめる。

まさか、もうそんな噂が流れているとは。

ホグワーツの噂話はあっという間だ。

 

「違うのよ……騙されてるわけでも、変な人と会ってるわけでもない。ちょっと、色々と考えてるだけなの」

 

声を低くして答えると、ロンは腕を組んで渋い顔をした。

ハリーも黙ったままだ。

 

部屋の空気がピリピリと張り詰めているのを感じる。

 

「言えないなら言わなくてもいい。でも、どうか気をつけてくれ。お前はときどき、周りが見えなくなるほど真剣になるからな」

 

そう呟いたロンの言葉に、ハリーも頷く。

二人の視線はまるで兄弟のように愛情にあふれている。

 

それが逆に突き刺さる。

嘘をついているわけではないが、本当のことも言えていない。

 

罪悪感がハーマイオニーを苦しめる。

 

「……ありがとう、心配してくれて」

 

結局、それだけしか言えなかった。

テーブルを離れ、自室に戻る途中、ハーマイオニーは溜息をつく。

 

「どうしてうまくいかないんだろう……」

 

友人たちとの関係もうまくいかない、彼にも素直になれない。

自分ばかり空回りしている気がする。

理性的に考えれば友人に相談するのが近道かもしれない。

 

だけど、それは怖い。

相談してしまえば、もう後戻りできなくなる。

想いを明確にしてしまうことが――。

 

 

ξ

 

 

ホグワーツの校舎の窓から、夕暮れの光が少しずつ薄れていくころ。

ハーマイオニーは焦るように足を速め、図書館の扉をそっと開ける。

もはや閉館時間が近いため、館内は静まり返っており、ところどころに置かれたランプの明かりだけが頼りだ。

 

いつもなら入り口付近の席で課題を広げるところだが、その日はまっすぐ図書館の奥へ進む。

どうしても伝えたいことがあった。

胸がどきどきして、少しうしろめたい気持ちと期待感がごちゃ混ぜになる。

 

(今日こそは言わなくちゃ。もう、あと一歩で逃げるのはやめたい)

 

書架の狭間に淡い灯りが差し込む中、ふと彼の姿が見えた。

分厚い本を閉じ、机の上の羊皮紙をまとめている。ちょうど帰り支度をしているようだ。

ハーマイオニーが小さく呼吸を整えて近づくと、彼は読書で疲れた目を上げ、驚いたようにまばたきをする。

 

けれどすぐに穏やかな笑みを浮かべた。

 

――ハーマイオニー……こんな時間まで勉強?

 

「ええ、まあ。それより、少し時間あるかしら?」

 

彼女にしては珍しく、躊躇のない問いかけ。

実は何日も前から、今日のこの瞬間のために勇気をかき集めてきた。

いつもは図書館でも控えめに言葉を交わすだけだったのに、今だけは想いを飲み込んだままではいられない。

 

意外そうな顔をしつつも、彼はやわらかな声で応じる。

 

――大丈夫だよ。……どうしたの?

 

立ち上がりかけた彼を制するように、「ちょっと待って」と手振りで示す。

机の向かいに腰を下ろした。

 

いつもは資料を山積みにして向かい合う場所だが、今はページをめくる音ひとつしない。

二人だけの、しんとした空気が生まれていた。

 

外を見ると、空はもうすっかり群青色。

図書館の高い天井に淡いランプの光が揺れ、読書の余韻がかすかに漂う。

けれど、今のハーマイオニーの心は本の内容とはまったく別のことでいっぱいだった。

 

(“理性”だけで解決できないなら……もう隠せない)

 

不思議なことに、ここまでの悩みや迷いが嘘のように感じられる。

隣にいる彼の温かさが、ハーマイオニーの背中を押してくれているのだろう。

ずっと勇気を出せなかったが、もう大丈夫。

 

目を閉じるように深く息をつき、ゆっくりと彼の瞳を見つめる。

 

「……あのね。私、ずっとあなたに言えなかったことがあるの」

 

彼は少し意識して身を乗り出し、言葉を待っている。

周りを見回しても、他に生徒はいない。

静寂に包まれた図書館の奥は、まるでこの瞬間のために用意された舞台のようだ。

 

ハーマイオニーは唇を開く。

 

心臓の鼓動が強く脈打っているのが自分でもわかる。

ハリーたちに隠してまで膨らませてきた気持ち。

 

彼と廊下ですれ違うだけで温かくなる感覚。

クィディッチの試合で、観客席の向こうに彼を見つけるたびにざわめく胸の奥。

そして深夜の廊下や中庭で言葉を交わすだけで心が救われる――そんな不思議な力を持った「何か」。

 

もう、はっきり伝えたい。

たとえどう受け止められても、想いを隠すわけにはいかない。

図書館のランプが一瞬ゆらめいた。

 

ハーマイオニーは小さく息を吸い込み、最後に決心したように小さく頷く。

 

 

そして――、

 

 

「私、あなたのことが好きになったみたい!」

 

 

彼の反応を待つ間、ハーマイオニーは息を呑む。

ほんの数秒が永遠のように感じられた。

 

―END―

 




ハッピーエンドです(約束)

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