オラリオ一の苦労人を甘やかしたい。 作:眼鏡大好き
「ああもう、どうしてシトリーはそういうこと言っちゃうんですか!?」
「ごめんって!! でも本当に綺麗だったんだもん!!」
「まったく、心臓に悪いんですから……」
慌ててふらふらになるアスフィをなだめながら、ボクはなんとなく考え込んでしまう。
何気なくアスフィに、「月が綺麗だよ」なんて告白まがいのことを言ってしまった。愛の告白のつもりはない、無意識の言葉だったけれど……そういう意味があると気付いてから、妙な納得もあった。彼女に対して抱く想いは、それに近いかも、って。変なこと言っちゃったって気持ちはなくて、むしろ、誤解されても別に問題ないくらいには、アスフィが大切な人だなと自覚したというか。
というか、ボクの言葉をアスフィはどう思ったんだろう。すごい取り乱しようだったけど、どんな感情からああなってしまったんだろうか。嫌がらせちゃったかな。……でも、自惚れじゃなければ、そうではないと思う。アスフィの向けてくれる目は、とても優しいままだから。もし照れてくれたんだとしたら、何だか嬉しいかもしれない。
「シトリー?」
「あ、ごめん。ぼーっとしてた」
「大丈夫ですか? 少し休みましょう」
「うん、ありがと……」
そう言って、近くの【ヘルメス・ファミリア】の店舗の屋上に着地してくれる。
アスフィのこういうところが、ボクは大好きだ。誰かが困っていそうなら、すぐに気が付いてなんとかする。優しいんだ。
そこにはボクじゃ気付けないような意図や打算がたくさんあるんだと思うけど、それだけじゃない。根本にあるのは困っている人を見捨てられない、深い優しさだ。
そんなお人好しだから、自分の身を削ってでも無茶振りに応えてしまう。みんなの分も仕事を抱えてしまうんだ。
誰もが、アスフィの美点を勘違いしている。何でもこなすのがすごいんじゃない。常に誰かのために心を尽くす、その誇り高さこそが彼女の一番素敵なところなんだ。あらゆる人にそれを知ってほしいと思うし、同時にこれはボクだけが知っている宝物であって欲しいとも思ってしまう。
そして、ボクはそんな彼女の力になりたい。
「ねぇアスフィ。ボク、ファミリアの仕事頑張ろうと思うんだ」
「え゛?」
「あっ、厄介事増えたと思ったでしょ!! 大真面目だよ!!」
「な、なんで急に……?」
「……だって、アスフィが大変そうだから。手助けしたいなって……」
彼女のために、もっと何かしてあげたい。ボクはボクで役に立つ場面があるというのはさっき言われたけど……でも、直接手助けしたいな、と。そう思った、んだけど……恐る恐るアスフィを伺うと、何故か呆れたような顔で、ため息をついていた。そ、そんなに迷惑かな……?
「あの、何か勘違いしていませんか?」
「はい?」
勘違い。何を、どう間違ったというんだろう。
「いいですか? シトリーはもう私のことを支えています! 貴女がいないと私はやってけないとさっきも言ったじゃないですか! 心が折れそうな時、貴女が抱きしめてくれたから頑張れた! 三徹明けに貴女が料理を作ってくれたからなんとか体を壊さずやってこれた! 貴女との何気ない会話で私は一人の人間なんだって何度も思い出せたんです!!」
「いや、それはさっきも聞いたけど……。で、でももっと仕事も手伝いたいっていうか……猫の手も借りたいっていつも言ってるし……」
「いいんです、それは! 何でもやればいいってわけじゃないんですよ。苦手なことをやらせるより、得意なことをやってもらう方が効率がいいんですから。私とヘルメス様の采配を舐めないでください」
「……ごめん」
ボクはやるべきことを勘違いしていたみたいだ。アスフィたちのことを信頼しきれていなかった。ウチの人たちはみんな、必要なことならば遠慮がない。ボクが本当に書類仕事なんかをやるべきならば、とっくの昔にやり方を叩き込んでやらせている。そんなことに今さら思い至る。
ボクはボクのやれることで、最大限の貢献をすればいい。ただがむしゃらに頑張れば良いわけじゃないって、ヘルメス様にも言われたことがあったっけ。ようやく、その意味を正しく実感し始めた。どうしてこう、ボクは頭が悪いのか。
ボクにできること。ボクのやるべきこと。いろいろあるじゃないか。たくさんの人に楽しんでもらえるような物語を書くとか。みんなの料理を作るとか。ダンジョン行って素材を取ってくるとか。これでもレベル
「だからシトリーは、伸び伸びと面白い小説を書いてくれれば――」
「うん、分かった!! じゃあこれからは、もっともっと甘やかすからね、アスフィ!!」
「え?ん?……なんでそうなったんですか?」
アスフィの眼鏡がずり落ちる。かわいいなぁ。
アスフィがびっくりしてるけど、ボクは至って真面目だ。ボクにしかできないこと――そしてやりたいことはやっぱり、アスフィを労うことだと思ったのだ。
さぁどうしよう。やりたいことはたくさんあるぞ。
この後の晩御飯はあーんで食べさせようか。夜も一緒にいてあげないと。いやもちろん一人でいたいようならちゃんと帰るけど。そのあたりはアスフィの表情を見ればわかるから大丈夫だと思う。あぁ、アスフィよりも早く起きて、朝ごはんの用意や身支度もしてあげたいな。
あと、これからはヘルメス様の無茶振りはボクを通してもらおう。あの神の頼み方は神経を逆撫でするから、アスフィの血圧が心配になっちゃうよね。ボクがオブラートに包んで伝えつつ、できたらご褒美を用意してあげないとね。
……おお、すごいすごい。まだまだアスフィのことを甘やかせるじゃないか。書類仕事をやってるときの数倍は頭が回転してるのを感じる。ノリノリで書けているときの感覚に近い。これが彼女の言う適材適所というやつだろうか。さすがだなぁアスフィは。
実際の所、ウチの業務はアスフィが大半を担っているわけで。彼女がストレスと疲れを溜めずに働けるだけで、生産性はとんでもないことになるんじゃ?
「……トリー? シトリー!! 聞いてますか!?」
「あ、ごめんごめん。いやぁアスフィをどうやって甘やかしてあげようかと思案中でした」
「もぅ……どうしてそうなったんですか……」
「いや、かな?」
「いいえ! それはすごく嬉しいですけど!!」
「ふふ。そういう素直なとこ好きだよ」
「っ……!!もう!! もう!!!」
べしべしと叩かれる。でもちゃんと加減してくれてるのか、全然痛くない。ヘルメス様にやるときとは大違いである。ちょっと優越感だ。
「だからこれからは、何でもボクに言うこと!!」
「…………なんでも?」
「えーと。まぁ、そうね。なんでも」
なんというか、真剣すぎる視線に言い淀んじゃったよ。でも、まぁ、アスフィなら無茶振りはしないだろうし。よっぽどのことでも、彼女のためならいっか、って思っちゃうし。
「………………わかりました。考えておきましょう」
「仰々しいね」
「大事なことですから」
真剣そのものだ。光る眼鏡が怖い。
「別にいくらでも言ってくれていいんだけど。アスフィが仕事頑張れるようにするためなんだし」
「ありがとうございます。でも、甘やかされすぎると働けなくなりますし、歯止めがかからなくなりますから……」
「そっか、りょーかい」
なるほど、甘やかしすぎても堕落しちゃうかも。アスフィに限って、怠けるってこともない気がするけども。
……ところで、歯止めって、何の歯止めなんだろう。あまり聞いてほしくなさそうな呟き方だったし、聞かないでおこう。
「じゃあ
「あぁ……幸せってこういうことだったんですね……」
「感謝したまえよ~! なんて。ボクも幸せだよっ」
どちらからともなく、笑い合う。
これからもっと、アスフィとこういう時間が過ごせるように頑張らないとなぁ。
アスフィさんは何をお願いするんでしょうね……。
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