「えっ? 帰れない!?」
それは、テレビ番組の企画で一泊二日、結局昼過ぎまでかかった撮影をようやく終えて、宿のチェックアウトに入ろうとしたところだった。
「どうやら来た道が土砂崩れでダメになったみたいで……」
聞いた瞬間、思わず素っ頓狂な声を出してしまった私に、スタッフさんは事情を説明して申し訳なさそうに頭を搔いた。ここは山間の地域にあり、行きの山道はかなり急だったのを思い出す。タイミングが悪ければ、土砂崩れに巻き込まれていたかもしれないと思いゾッとする。スタッフさんはどうやらチェックアウトしようと宿の人と話したときに教えてもらったらしい。
「別の道で帰ることはできないんですか?」
冷静な千聖ちゃんがスタッフさんに尋ねる。
「それが、もう一本の道の方も事故があったらしくて……。他にも出る道が何本かあるみたいなんですが、あのロケバスが通れなさそうで……」
そう答えたスタッフさんは、頭を抱えて苦悶の表情を浮かべている。
「それで、私たちはどうすれば……」
困惑した様子のイヴちゃんがスタッフさんに尋ねた。
「宿の人には許可を取ったので、皆さん一旦ここで待機でお願いします。……僕はちょっと事務所と連絡取ってきます」
そう言うとスタッフさんは、スマホを耳に当てて外へ出ていった。
「なんか大変なことになっちゃいましたね……」
「これ、今日中に帰れるかな……?」
「帰れたとしても、大分遅くなりそうね」
「帰ったらおねーちゃんたちとクリスマスパーティーの約束してるのに……」
「元気だしてください、ヒナさん!」
今回はパスパレ五人揃っての年内最後の仕事。ちょうどクリスマスの二十五日からの撮影だったから、日菜ちゃんはまだクリスマスパーティをできていないみたい。千聖ちゃんの言う通り帰れたとしても遅くなりそうだし、そもそも帰れるかすら怪しい。撮影の都合で中々帰れないことはあるけれど、こういうことは初めてだった。
「はぁーあ。ついてないなー」
「そうね……。まさか年の瀬にこうなってしまうなんて……」
「うん……。そういえばナオさんはどこ行ったんだろう?」
「確か先に出てるって言ってましたけど……」
「あっ、ナオさん!」
五人で話しているとちょうどタイミングを見計らったように、ナオさんが玄関の方から手をひらひらさせながらやって来る。
「いやぁまいったねぇ……。どうやらここにもう一泊することになりそうだよ」
「やはり、状況が悪いんですか?」
千聖ちゃんが深刻な面持ちで尋ねる。
「土砂崩れした道の復旧が早くても明日の夕方らしい。しかも、迂回路の方で起きた事故が何台も絡む大きな事故になったらしくて、そっちの方もほぼ絶望だってさ」
「どうしましょう……。千聖さん」
「困ったわね……」
「準備した
「とりあえずミーティングがいつになるか聞いておかない?」
「……? みんなどうしたの?」
急に四人がこそこそと何かを話し始めた。尋ねたけれど、「何でもないわよ」と言った千聖ちゃんの笑顔が、妙に迫力を持っていて踏み込めない。
「今年最後のレッスンとミーティングはどうなるんですか?」
私を牽制(?)した千聖ちゃんは再びナオさんにそう問う。そういえば、明日は昼前から事務所でレッスンとミーティングの予定があった。
「うーん。たぶんミーティングは最悪ここでもできるからいいけど、レッスンは無しになるかな。……だから、年内で事務所で集まるのは、ここからの帰りだけになると思うよ」
ナオさんはスケジュール帳を捲りながらそう言った。すると、ナオさんの後ろからさっきのスタッフさんが顔を出す。
「事務所の上と相談してきました。ここにもう一泊します。ここの方曰く、幸いキャンセルになってしまった枠で泊まれるようなのでそれでよろしくお願いします」
家に連絡入れなきゃなとぼんやり考えながら横を見ると、千聖ちゃんが難しい顔をしておとがいに手を当てている。日菜ちゃんや、麻弥ちゃん、イヴちゃんまで一様に難しい顔をしていて心配になってきた。
「み、みんな! 大丈夫だよ! 明日までにはどうにかなるよ!」
そうみんなを励ますとみんなキョトンとした顔になる。
「ふふっ。彩ちゃんの言う通りね」
「やっぱり彩ちゃんらしいねー」
「ですね!」
「アヤさん、ありがとうございます!」
「みんな~! どういうこと〜!」
結局はぐらかされたまま、後から来た宿の人に案内されて昨日と同じ部屋に案内される。本当に、何なんだろう?
その答え合わせは、夕食後にやってきた。
入浴も夕食も早めに済んでいたから、もう後は寝るまで自由時間というところで、スマホから通知音。パスパレのグループにナオさんからのメッセージが入っていた。
『今から外でミーティングを行います。外は寒いので温かくしてくるように』
外? 私は首を傾げながら、着ている浴衣の上に自分のダッフルコートを羽織って部屋を出ようとする。
「彩ちゃん待って」
千聖ちゃんが私を呼び止めた。
「マフラーもしていった方が良いわ。今の時間は寒いわよ」
ミーティングだし、もう遅い時間だからすぐ終わると思っていたのを見透かされたみたいだった。そんなに外は寒いのかなと思いながらマフラーも取り出してみんなに合流すると、みんなも浴衣の上にコートとマフラーで、短時間で終わりそうなミーティングに行く服装にしては、随分と重装備な気がした。そもそも、宿のロビーですればいいのに、どうして外でミーティングをするんだろう?
みんなと一緒にエレベーターで下まで降り、玄関を抜けると駐車場の方でナオさんがこちらに向けて手をひらひらさせている。
「おー、来たね。じゃあ乗ろっか」
そう言い放ったナオさんの横には、宿の名前が入った軽バン。宿の人に借りたのだろうか? そもそもこれに乗ってどこに? 頭の中に疑問符が次々と浮かんでくる。助手席に麻弥ちゃん、一番後ろの席にイヴちゃんと千聖ちゃんが乗り込む。
「さぁ! 彩ちゃん乗って乗って!」
「えっ、ちょっと!?」
そして私も、日菜ちゃんに押し込まれるようにして軽バンに乗せられ、隣に日菜ちゃんが着席する。私は戸惑いながらシートベルトをすると、それを確認したナオさんが車を発進させた。宿の目の前、この町のメインストリートを通りものの数分。人家もまばらになったところで、右折して山の中に入っていく。
「ここって……」
暗くて分かりづらいけれど、おそらくここは昼間に撮影で来た展望台への道だ。坂道をゆっくり登っていく車のヘッドランプが、一瞬「展望台まで百メートル」と書かれた看板を照らす。鬱蒼とした木々の下を通るこの車以外の明かりは何もなく、少し怖い。横をチラリと見ると、隣に座った日菜ちゃんがニコリと笑いかけてくれた。
しばらくすると、周りを暗く覆っていた木々が開けて駐車場に出た。ナオさんは車をゆっくりと止め、こちらに振り向いて言った。
「今日は月明りも無くてよく見えるんじゃない? 行ってきな!」
「「「「ありがとうございます!」」」」
みんなに連れられて車外に出る。駐車場から数十歩。私はみんなに言われるがまま、上を見上げた。
「わぁ……!」
冬の澄んだ空気と、ナオさんの言う通り顔を見せていない月が、空の漆黒を際立たせている。そこに浮かぶ満天の星々の輝きに、一瞬で目を奪われた。
「「「「ハッピーバースデートゥーユー」」」」
一斉に、みんなが歌い始めた。私はみんなの方を向いて固まったまま、しばらくその歌声に聞き入る。ああ、つまりこれはー。
「「おめでとう! 彩ちゃん!」」
「「おめでとうございます! 彩(アヤ)さん!」」
「みんな~!!!」
今まで違和感を感じていたことが全て氷解して、私は思わずへたりこんでしまった。四人が慌てたように寄って来る。
「今日、みんなの様子がおかしかったのって、これを準備していたからなんだね……」
「本当なら明日、事務所でお祝いをするつもりで準備を進めてきたけれど、帰れなくなってしまって焦ったわ」
「一日早いですが、本当におめでとうございます! 彩さん!」
「用意したプレゼントは全部事務所にあるから困ったよねー」
「星空をプレゼントする案は、さっき話し合ったときにナオさんが出してくれたんですよ!」
イヴちゃんの言葉を聞いて、後ろの方にいるナオさんの方を振り向く。ナオさんは少し照れくさそうに顔を背けてしまった。
「天体観測の話を聞いたとき、見たいと言っていたから喜んでもらえてよかったわ」
千聖ちゃんの一言でここでの撮影時のことを思い出した私は、もう一度、空を見上げた。昼間、来たときは平野部が綺麗に一望できるところとして、地元のガイドさんと一緒にここを紹介している。そのときにガイドさんが「天体観測の場所としても良い」とも言っていた。そのとき、私は「見てみたいな」と本心からそう言った。みんな、それを覚えていてくれたんだ……。
「みんな、ありがとう~!!!」
ちょっぴりうるっと来てしまって、コートの袖で目元を抑えた。私が泣いているのを見て、みんなが寄ってきて撫でてくれる。慰められているのか、弄られているのか、もしくはその両方かも。
ありがとう。みんな。一生、忘れられない思い出になったよ。
最後までお読みいただきありがとうございました。
企画立案者である『咲野 皐月』さまにも感謝を……。
彩ちゃん、お誕生日おめでとう!!!!!
ハマムマフシー(鳩ポッポ)です。
『ハマムマフシー』の方はバンドリキャラメインの話を書くときの名義です。基本はPixivに投稿しています。(この話も後からPixivに載せます。)
代表作:素直になるということ
『鳩ポッポ』の方はオリ主タグのつく話を書くときの名義です。ハーメルンのみに投稿しています。
代表作:蘭ちゃんはいつも通りに過ごしたい!