端島たちがまず立ち寄ったのは、第四世界へ繋がる裏世界ではなく、公園最寄りのコンビニだった。
「やった、バイト代を下ろせた」
端島の手元には、ATMから引き出した札が握られていた。
以前に第三世界の探偵事務所でアルバイトをした際に稼いだバイト代だ。
元の世界に戻ってしまったために、そのまま放置になっていたものだ。
端島は感動を隠さずに、札束を握りしめて涙を浮かべる。
「これこれ。向こうの世界だとせっかくのバイト代を下ろせなくてさぁ」
「良かったね、端島クン」
かく言う梨本も笑顔を隠さない。
同じように探偵事務所から入金されていたバイト代をほぼ全額下ろしたからだ。
「ああ、本当に助かった」
「これで色々なものが買えるね」
「下ろしたのはいいんですけど、このお金って、第三世界のものですよね。私たちの世界に持ち帰ったら、これはただの偽札ですよ」
合田が眼鏡を上下に動かしながら冷めた目で見ると、端島と梨本の2人は目を見開いたまま動きを止めた。
財布の中に入っている紙幣と、引き出したばかりの紙幣を見比べる。
「そういや……紙幣が違うのか」
「一見すると同じですけど、よく見たらデザインが微妙に違う上に、中の透かしとか、番号とか、キリがないくらい違いますよ」
そう説明する合田の目は光を放っていた。
「じゃあ、下ろしても使えないと」
「だから、お互いの世界でうまく使える方法を考えないといけないですよ」
「とりあえず……物は持ち込めるんだから、お菓子とか飲み物とか買っていくか」
端島は動揺しながらも、買い物かごを手に取ると、駄菓子コーナーにあったお菓子を買い物かごに入れ始めた。
「ちょっと、急ぎじゃないの?」
「いや、これも重要な用事なんだ」
「そうそう、庶民にはこういうことも大切なんだよ」
一通り買い物を終えて、外に出る。
そこでは、第三世界の上戸の仲間、小森と赤土の2人が暇そうにスマホを触って待っていた。
「おっ、終わったか」
「じゃあそろそろ出発する?」
2人はスマホをそれぞれ服のポケットに入れながら答えた。
「すまない、待たせてしまって」
「いいよ、私たちも同じ高校生だし、お金がないって気持ちは分かるから」
端島は改めて小森の顔を見た後で首を捻った。
あまりに第四世界の小森と印象が違いすぎたからだ。
「どうしたんですか?」
「いや、うちの……第四世界のあんたを知っているんだけど、かなり別人だなって」
「別の世界の俺と言われても……」
「向こうの世界の裕和はどんな感じなの?」
小森は困ったような反応だったが、赤土の方は興味を持ったようで端島に尋ねた。
「どうって……なんとなく元気がないというか、笑っているようで笑ってないというか。まあ、俺もそんなに関わってるわけじゃないけど」
それを聞いた赤土は小森の顔を見て、頷いた。
「そうか、私たちが最初に出会った時のままなんだ」
「ああ……第四世界の俺は、ラビさんにもリプリィさんにも会えなかったのか……」
2人はそれで納得したようだった。
「その辺りの事情は知らないが、他の横浜の高校生と一緒にチームを組んで動いているみたいだから、まあ大丈夫だと思うぞ」
「横浜の? ああ、柿原や矢上君たちか。そっちの世界にもいるんだな」
「ああ、能力を使って助けてもらっている」
「能力?」
小森が不思議そうに言った。
もしかして、第三世界の高校生連中は、能力を使えないのだろうか?
第三世界と第四世界は、似ているようで微妙に違いがあるなと端島は考えた。
「そろそろ行きましょう。いくら時間の流れが違うとはいえ、片倉さんや和泉さんも私たちを待っているはずです」
合田が腕時計を右手の指でトントンと叩きながら言った。
実際、コンビニに寄り道して、既に30分ほど無駄に使っている。
「そうだな。さすがに急ごう」
◆ ◆ ◆
裏の世界を経由して、まずは第四世界に戻った。
そこまでは良いのだが、結局ここは保土ケ谷の公園だ。
元片倉や和泉が待っている港区のタワーマンションまでは40キロ近い距離がある。
端島はスマホを取り出して時間をチェックする。
第三世界では接続エラーとなっていたスマホの電波は復活し、現在時刻も正しく表示されるようになっている。
ジェームスに裏の世界へ飛ばされたのは19時頃だった。
第三世界で数時間戦闘などを行っていたが、現在の時刻は20時30分だ。
「第三世界には戦闘やら何やらで3時間ほどいたよな。なのに、ほとんど時間が経っていないのはどういう計算なんだ?」
「時差とか時間の流れ方が違うんじゃなくて、世界移動をした直後に戻る仕組みなのかもしれません」
「直後ってわけじゃないだろ。時差にしても何か変だし」
「裏の世界で戦闘して、その後に港区のあたりから保土ケ谷の公園まで移動に1時間近くかかっていますし」
合田が紙にメモを書き始めた。
出発時刻、裏の世界、第三世界滞在時間、裏の世界、到着時刻。
「私たちが第三世界に最初に召喚されて1か月ほど過ごしてましたけど、召喚された直後に戻れたじゃないですか。あれと同じことが起こっているのでは?」
「第三世界にいた時間はカウントされない。だけど、裏の世界での滞在時間はカウントされる。そんな感じか」
「はい、そうです。原理は分からないですけど、時間と空間を飛び越える関係でおかしくなってるくらいの感覚でいいんじゃないですか?」
「そうだな。難しく考えるとややこしくなるだけだ」
どうせ原理など分からないのだ。
起こっている現象だけを見て行けば、それで済む話であると端島は割り切った。
「とりあえず現状報告だな。和泉さんは無事だろうか」
「待ってください、無事ってどういうことですか?」
端島の発言を聞いた小森が尋ねてきた。
「タワーマンションに突入する前に、戦闘があって、和泉さんと片倉さんは怪我をしていたんだよ」
「それなら、なおさら急いで合流しないと」
「とりあえず、私たちが無事なことを連絡します。多分、私たちはの戦闘中に突然消えて、それっきりになっているはずなので、心配していると思います」
「そういやそうか。頼む」
そんな中、合田が電話を掛けると、すぐに繋がった。
スピーカーに切り替えて全員と通話できる状態にした上で、合田が代表して説明を行う。
裏の世界に飛ばされたが、全員無事なこと。
ジェームス・ジョンソンの身柄を確保し、現在は第三世界側に預けているということ。
今は第三世界の小森と赤土という協力者に同行してもらっている。
第三世界の上戸も合流するので、一度情報の整理を行うべきだという内容だ。
『こちらの現状ですが、マンションにあった制御装置は行方不明になっています』
「行方不明? 残ってなかったんですか?」
『ええ。あなたたちとジェームスが消えたと同時に、制御装置もどこかに移動したようです。マンションの部屋はもぬけの殻になっていました』
和泉の説明を聞いた端島が首を傾げた。
「どういうことなんだ? 俺はてっきり和泉さんたちが回収してると思ってたのに」
「冷静に考えれば当然の話ですよ。和泉さんたちがあの場に残っているのに、制御装置を残したまま転移するわけありません」
「要するに、俺たちが裏の世界に飛ばされたのは、単なる攻撃じゃなくて、制御装置を隠すための術に巻き込まれたってことか」
「私たちの攻撃でジェームスはピンチでした。だから、逃走もセットになっていたんじゃないかと」
「そうなると、制御装置はどこに行ったんだ?」
「ジェームス本人に聞くか……もしかしたら、あの裏の世界に置いたままになっているかもしれません」
考えたところで、事実が分かるわけなどない。
とりあえず、情報を整理するためにも、一度合流が必要だろう。
『全員無事ということで安心しました。現在地はどこですか? こちらも撤収準備が整ったので、車で迎えに行かせます』
「横浜の保土ケ谷の公園を出たところです。とりあえず周りは住宅地なんで、国道の方へ行こうかと思ってます」
『では、最寄りの高速出口まで移動していただいて良いですか? 最短で合流できるポイントとなると……』
「今は港区ですよね。なら、横浜駅東口がいいんじゃないですか? そこまでは歩いて行きます」
『分かりました。車を向かわせます』
合田は一度通話を切った。
話を聞いていた端島がスマホのアプリで距離を調べる。
「ここから横浜駅まではざっと4キロ。徒歩で1時間と出てるな」
「電車には乗らないの?」
梨本が分からないとばかりの顔をしたが、合田は首を横に振った。
「端島さんも梨本さんも武器を持ってますよね。これでは電車にもバスにも乗れないと思います」
「あっ……そういえば隠すための鞄も、マンションの前に置いたままだ」
端島は抜き身の剣、梨本は爪付きの巨大な手甲を装備している。
端島の剣は、そこらのコンビニで袋でも買えば、まだ隠せなくもない。
だが、梨本の武器は何をどうしても目立つ。
合田は杖だけなので、傘を持っているのと大差はない。
「そっちの2人はカジュアルな感じでいいよな」
小森は戦闘時には伸びるが、普段はバトンサイズに収まる武器なので、持っていても全く目立たない。
赤土に至っては、完全に手ぶらだった。
「ともかく、みんなで横浜駅を目指そう。地道に歩いて行けばすぐに着くはずだ」
「ラビ……上戸さんは、大丈夫ですかね。こっちに来ても、合流できないんじゃ」
「誰が合流できないって?」
小森が突然に背後から声を掛けられた。
一同が振り返ると、そこには第三世界に残っていたはずの上戸の姿があった。
「なっ、なんでここにいるんですか?」
「というよりも、なんでみんなまだここにいるんだ? まさかどこかで道草食ってた? いや、道草ってレベルじゃないな」
「待ってくださいよ。魔術師を引き渡して、装置の部品を桂さんに届けるはずですよね」
現地でまだやることが多いと言って残ったはずの上戸がここにいることを誰も理解できなかった。
よく見ると服装も変わっている。
先ほどまでは戦闘のために、白い外套を羽織り、帽子を被っていたが、今は普通のビジネススーツを着ている。
このわずかな時間で着替えたとは思えない。
「だから、用事はとっくに済ませたよ。色々やっているうちに、夜中になったから、だいたい4時間くらいかな」
「4時間!? いや、10分くらいですよね」
上戸はそう言いながら何かを考えている様子だった。
「こっちでは何時間……いや、何分経った?」
「こっちの世界の和泉さんと連絡を取り合っていたので、今言った通り、10分ほどですって」
上戸の質問に対して小森が答えた。
「なるほど、ありがとう。これは、単に時間の流れ方がどうのって話じゃないな。そこに何かヒントがあるのか?」
「何か気づいたことがあるんですか?」
「ベルクソンとアインシュタインのどちらが正しいのか、みたいな感じだよ。いや、今回の場合はコペンハーゲン解釈とエヴェレットの違いか」
上戸が意味不明な発言をするのはいつものことだ。
だが、今回は、アニメや漫画のネタではなさそうだった。
「時間が捻じれているという話ですか? それとも時差ですか?」
「捻じれている……というのが近いのかな? ともかく、検証のために一度第三世界に戻ろうと思う。行先だけ教えてくれないか?」
「これから横浜駅に向かって、そこでこちらの和泉さんと合流します。そこから探偵事務所へ向かって情報の整理を行う予定です」
「分かった。それで、探偵事務所は東京にあるのかな?」
「横浜だよ。片倉さんの実家を事務所にしてるって」
上戸の質問に端島が答えた。
「カーターの実家? あれは売りに出されたはずじゃ」
「売りに出されていたのを探偵事務所が買ったって……」
「よく似ている世界だと思ったけど、そういうところが微妙に違うんだな。じゃあ、とりあえず、戻るのでタイマー合わせを頼めないかな」
上戸と赤土がスマホを取り出した。
今の「タイマー」の言葉で何か分かったらしい。
2人ともスマホで何かのアプリケーションを開いた。
「今がスタートでいい?」
「1、2、3の3でタイマースタートで。今回はコンマ1秒くらいはズレてもいいよ」
「分かったよ。1、2、3!」
上戸と赤土が同時にアプリケーションに表示されているボタンをタッチした。
「じゃあ、一度戻るので、後はよろしく」
「待ってください。今の感じだと、向こうの世界で何時間経っても、こっちには、またすぐに現れることにならないですか?」
「いや、ならない。もしかしたら、時間逆行現象の謎もまとめて解けるかもしれない」
上戸はそう言いながら、スーツのポケットから大きな銀色の鍵を取り出した。
まるで演劇の小道具のような長さ10センチほどありそうな巨大な鍵だ。
それで何を開けるのかは不明だが、何らかの魔術的な効果があるのだろう。
「今回は裏の世界経由で来たからこうなってるけど、次はそこを通らずに、第三世界から第四世界へ移動しようと思う。そうすれば、多分こういう動きにはならない」
「また俺たちに秘密で何かやろうとしているんですか?」
小森が不満そうに言うが、上戸はどこ吹く風で答えた。
「秘密はないよ。文字通り、裏の世界を抜けるか、そこを経由せず、直通の通路から移動したらどうなるかの違いを確かめるだけだよ。それでおそらく時差が埋まるはずなので、俺が第四世界に戻ってくるのは、今から4時間後になるって話だ」
「何がなんだかわからないですけど、4時間後に来るって話ですよね」
「そういうこと。じゃあ、俺は戻るから」
上戸はそう言って、裏の世界へ戻ろうとしていた。
その背中に端島は呼びかけた。
「すみません、上戸さんは第三世界と第四世界との紙幣の両替方法について何か知らないですか?」
端島はそう言うと財布から第三世界の紙幣を取り出した。
上戸はそれを見て、何か悟ったようだ。
「簡単な話だよ。硬貨は同じだから、500円玉に両替すれば解決だ」
「それだけ?」
「それだけ。4時間後は無理だけど、後日、銀行に行って両替して来るよ」
端島、合田、梨本はそれを聞いて顔を見合わせた。
その後に、3人とも財布の中から第三世界の紙幣を出して、上戸に渡した。
「お願いします。全部500円玉に替えてきてもらっていいですか?」
「じゃあ、ついでに俺の自転車も回収してもらえませんか? 公園に入ってすぐのところに置いています」
小森も上戸に声を掛けた。
「分かった。探偵に連絡して車で回収してもらっとく」
「頼みます」
「では皆さん、こちらの世界で4時間後に合流しましょう」
上戸はそれだけを告げると、公園にある裏世界への入り口に消えていった。
今度はすぐに戻ってくることはない。
「じゃあ、まずは和泉さんと合流するか」
◆ ◆ ◆
負傷していた和泉と元片倉、そして松葉の傷は、全て小森の
もう傷跡は残っていない。
「俺の能力は傷を癒すだけで、病気までは治せないので、この後に熱が出たりするようならば病院に行ってくださいね」
「ありがとうございます。助かりました」
和泉が素直に礼を述べた。
「しかし、本当にあの小森少年とは別人なんだな」
こちらは元片倉だ。
第四世界の方の小森との違いに戸惑っているようだ。
「俺の方も違和感がありますよ。見た目はほぼ同じなのに、カーターさんとは別人なんだなって」
「そっちの世界のオレはどんな感じなんだ?」
「見た目はだいたい同じですね。ただ、まだ結婚はしてないです。いや、したのか」
「先週じゃないかな。役所には書類を出してきたって。例の時間逆行事件があった前日の話」
小森の疑問を赤土がフォローした。
「とりあえず、今後の方針だな。ジェームス・ジョンソンの身柄は第三世界にあって、制御装置の行方は不明。第三世界の塔は復活していて、制御装置は謎の魔術師に奪われようとしていた……か」
「単に、香住がどうのという話だけではなさそうです。2つの世界で起こっている事件がそれぞれ複雑に絡み合っているとしか考えられません」
「一度、お互いの世界の情報を持ち寄らないといけないな」
何にせよ上戸の到着待ちだ。
その後に、横浜の高校生組にも情報を連携した上で、全員の力を合わせる必要がある。