もう少し投稿頻度上げれたら良いと思ってますまる
こいしって相手が真面目であればあるほど面白いよね
妖怪の山奥深くは、真昼間でもやけに薄暗い。樹葉が何層にも重なって日光を遮り、鬱蒼としている。数十メートル先は暗闇だ。
里の人間がこの不気味な山に足を踏み入れることは、滅多に無い。
うっかり入ってしまうと、妖怪に襲われて、2度と戻ってこられなくなる。そんな伝承を幼い頃から何度も言い聞かされているからだ。
犬走椛は目と耳を研ぎ澄ませ、木の枝の上に溶け込むかのように佇んでいた。
椛の仕事は、そんな妖怪の山に足を踏み入れる者を見つけ出し、侵入者があれば報告や制止することだ。
どんなに恐ろしい場所だと流布しても、侵入してしまう者はいる。
迷い子や山菜採り、肝試しをする若者……。
何よりも部外の妖怪が厄介だ。
道場破りの感覚で来る者や、秩序を知らない新参者たちを追い返すのは骨が折れる。
山の平穏を脅かす者は、何人たりとも侵入を許すことはできない。広大な森を千里眼を使って、見張る。
たとえ真夜中であっても、椛には影響がない。
そんなとき、ふと千里眼の端に不可思議な存在を感じ取った。椛の動揺を表すかのように、木々の葉が空気を裂いて揺れる。
魚を食べた時の骨のような___異物。
椛の視界に映ったのは、1人の少女だった。
緑がかった癖のあるボブに、緑の瞳。鴉羽色の帽子に薄い黄色のリボンが風に揺れている。
里では見慣れない服装だ。口笛を吹きながら優雅に歩いている。
もう山の中腹にいて、本来警戒すべき境界線をとうに超えていた。
彼女が何の気配もなく近づいてきたことに、椛は一瞬驚きを覚えたが、すぐに目を鋭くさせて目標を定めると、座っていた木の枝をバネのように蹴る。
そして軽やかに木を飛び渡り、すぐに少女へ追いつくと、前に立ち塞がって声をかけた。
「この山への立ち入りは控えていただけますか」
少女はいきなり現れた椛に一瞬驚いたように目を丸くする。しかしすぐに満面の笑みを浮かべた。
それから人差し指で自分を指差して言う。
「あれ? わたしのこと、見えてるの?」
椛は頷きながらも、少女を見失わないように目頭に力を入れる。
目の前に立ったから分かる。異質な存在感。
少女は目の前にいるのに、見失ってしまいそうな蜃気楼のような儚さがあった。
「ええ、私は遠方の景色や隠れたものも、すべて見通すことができるので」
椛は口を動かしながら、少女の観察を続ける。
明らかに能力、妖怪の類だ。椛は確信して背中に背負った剣に手を伸ばす。
少女の体からはすみれ色の2本の管のようなものが延びていて、中央には目玉のようなものが付いている。
瞳は閉じているものの、あれがこの儚げな雰囲気に関係しているのだろう。
椛は眉間の辺りを軽く指で押さえ、そして語気を強めて訊ねた。
「何者ですか?」
すると少女は瞳を輝かせて、赤子のように無邪気な笑顔になる。
「わたし、古明地こいし」
こいしは口元に手を当て、ふっとほくそ笑むように言った。
古明地、こいし……。
椛は頭の上の耳をピクリと動かして、少女の名前を頭の中で反芻する。
噂では聞いたことがある。たしか旧地獄に住んでいる悟り妖怪・古明地さとりの妹だ。
神出鬼没で誰の目にも映らないというが……。
なるほど、こういうことか。
目の前にいるのに、空間ごと俯瞰で見ないと存在が視認できない。
会話するにも一苦労だ。
「へぇ、面白いなあ!みんな、わたしのこと見つけられないのに」
こいしは興味深そうに、椛のことをまじまじと見つめる。
「おねえさん、強いんだね!」
明るい声なのに、抑揚が淡白で機械的だ。まるで品定めされているかのような感覚だった。
余裕、というより本人も無意識なのだろう。
椛の額から冷や汗が滴れる。
常人では視認すらできない能力、あまりにも危険過ぎる。山の中で好き勝手されたら、収拾がつかない。
椛は表情を引き締め、毅然とした態度でこいしに向き直って、改めて宣告する。
「こいしさん、申し訳ありませんが、ここは許可のない方が立ち入る場所ではございません。お引き取り願います」
しかし、こいしは椛の言葉を気にも留めず、わずかに首を傾げながら、「おねえさん、ちょっとお話ししない?」と目を輝かせてねだってきた。
「ちょっと暇なんだよね」
「……申し訳ありませんが、私は任務中ですので、お相手するわけにはいきません」
それでもこいしは「ねぇ」と口火を切る。
「おねえさんってさ、妖怪だよね? 耳と尻尾があるね。うちのお燐と一緒かな? 狼なの? 私のペットにならない?」
こいしは椛の周りをぐるぐる周ってじゃれつくように、矢継ぎ早に言葉を放つ。
「私は白狼天狗です。ペットにはなりません」
椛はピシャリと言い放つ。
その間も目尻に指を押し当てて、集中し続ける。
1度でも視界の外に追い出されると、また見つけ出すのは困難だ。
「へぇ、天狗さんか〜」
するとこいしは何か思い出したような含み笑いを浮かべて、椛に向かって訊ねた。
「じゃあさ、もしかして勇儀さんのこと知ってる?」
こいしの口から出た意外な人物に、椛はピクリと耳を動かす。
「ええ、山の宴会によく顔を出されていますので、何度かお会いしていますよ」
そういえば勇儀さんは今、旧地獄に住処を置いていた。こいしと面識があっても不思議じゃない。
「そうそう! わたし、よく遊んでもらってるんだ。あの人、強くてかっこよくてね。だけどね、時々いきなり優しくなったりするから、ほんと不思議なんだよねぇ」
こいしの話しぶりには、親しみがこもっていて熱がある。
人の話に一切耳を傾けないこいしが、そんな一面を知っていることに、椛は少し驚きつつも相槌を打った。
「確かに勇義さんは面倒見が良いですね。宴会では他の者をよく介抱していらっしゃいますし」
「だよねぇ。カバンから取手を外したみたいだし、溶けたアイスクリームだから面白いの」
「は、はぁ」
言葉の意味が分からなかったが、こいしは口を挟ませる隙もなく、次々と勇義とのエピソードを披露していった。
まったく引き返す気配がないのは困ったが、どうやら悪意は無さそうだ。
早く追い返せたら最善だが、下手に刺激するよりはこのまま視界に入る場所に居てくれたほうが助かる。
話に夢中になっている様子のこいしを見て、椛は少しだけ、肩の力を抜いた。
「それにしても、おねえさんの能力って便利だね」
「そうですね。このお仕事には役立ちます」
「わたしが見つけられる人なんて、ほとんどいないからビックリ!」
こいしは満面の笑みで、興味深そうに顔を近づけてくる。椛は軽く身を引いて、咳払いした。
「えーと、な、なんですか?」
「もともとの能力じゃないよね?」
こいしの瞳はまるで深い水底のようで、見つめていると吸い込まれそうな感覚に襲われる。
「どうして分かるんですか?」
椛は眉をひそめながら問い返す。
「んー、なんか意識の中に鯉のぼりがパタパタしてるから」
「……は?」
奇妙な例えに、椛は思わず間の抜けた声を漏らした。さっきから話が妙な方向に飛ぶ。おそらく彼女の能力に関係しているのだろうが、椛は追及する気にはなれず、軽く受け流すことにした。
「まあ一応、修行して強化した能力ですよ」
「へえ、そうなんだ。どうして修行するの?」
こいしは興味津々といった様子で、椛の顔を覗き込む。その無邪気な視線に、椛は少し戸惑いながらも、言葉を選びつつ答える。
「……まあ、強くなれるに越したことはないですからね」
「でも、強くなったからって、何が変わるわけでもないんじゃない?」
こいしは首をかしげて、椛の気持ちを少しも察する様子もなく、無邪気に問いかける。
「それは…」椛は少し考え込んだ後、再び目を合わせることなく答える。
「それでも私にとっては、それが一番大事なことですから」
椛はこいしの追及をはぐらかすように、小さく息を吐いた。
しばらくすると、こいしは何かを思い出したように、ハッと口に手のひらを当てる。
「あっ、そうだ、忘れてた! わたし、今日はお空を探しに来たんだった!」
椛はピクリと耳を動かして、首を傾げる。
「お空……?」
「うん! お空ったら、どこか行っちゃってね。いろんなところを探してるんだけど、なかなか見つからなくて……。おねえさん、見かけなかった?」
「その方を見たことがないので……」
「あのね、ちょっと忘れっぽいんだけど、いつも楽しくて優しいの」
「ええと、見た目の特徴を教えてください」
「あ、そっか! 背が高くてね、いや、そうでもないかもしれないけど、髪が長くて、えっと、たぶん肩くらい?いや腰まで?背中に黒い、あ、いや白かったかも、えーっと大きい羽みたいなのがあったりなかったりするんだよね、多分」
白骨死体ばりに不特定な情報だが、おそらく長身で、背中に黒い翼が生えているらしい。
まさかとは思うが、アイツと同種ではないだろうな。
いや、ペットということは、おそらく動物だったものが、何らかの事情で妖怪化したのだろう。
椛は少し考えたが、お空という人の外見は思い当たらなかった。
「残念ですが、私の哨戒範囲内ではお見かけしておりません。お役に立てず申し訳ありません」
するとこいしは「ねぇ、おねえさんの能力で探せない?」と目を輝かせた。
「……え?」
「おねえさんって、私のことを見つけられるくらい凄いんでしょ?」
椛は少し迷ったが、こいしの純粋な期待に負け、ため息をつきながら頷いた。
「仕方ありませんね……。少しお待ちください」
お空とやらを見つけ出せば、こいしは妖怪の山から離れてくれるだろう。
椛は集中して千里眼の力を高め、周囲の景色に意識を広げていった。
まるで空を飛んでいるみたいに、視界が幻想郷を回遊していく。集中して深く潜り込むほど、鮮明になっていく。
そして深い森のむこうで、真っ黒で大きな翼をもつ少女を視界に捉えた。
お空らしきその存在が、山の麓にある寺の屋根の上で遊ぶように飛び回っている。
「……こいしさん、お空さんなら、命蓮寺の屋根にいるようです」
「ほんと? ありがとう、おねえさん!」
こいしは椛の言葉に満面の笑みを浮かべ、くるりと踵を返して森の奥へと駆け出そうとする。
「じゃあ、またね!」
それからすぐに立ち止まり、振り返って椛に小さく手を振った。
「もしかしたらお姉さんが探してる強さって、回る砂糖みたいに、でもなんか強さっていうか柔らかさ? ああ、鳥とか飛んでたら報われる風船だと思うし。まあ何かいいことあるといいよね」
こいしの無意識に放たれた言葉には、不思議な核心が宿っているようで、椛は少しだけドキリとする。
こいしが姿を消したあと、椛はため息をつきながら自分の持ち場へと戻った。