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「か、帰りが遅いですが…だ、大丈夫でしょうか?」
「そうですね…こうして記憶が残っているということは、まだ完全に取り込まれた訳ではないとは思うのですが」
「…どう思うかな、先生?」
"……まだ待とう。彼女たちは帰ってくるよ、絶対に"
「そうですね…待ちましょう。私もできるならば、最後まで信じていたいのです」
広場の側では、横たわる"ブラックホール"の穴を凝視しながら、放課後スイーツ部の生徒たちを待ち続ける五人がいた。焦りと不安で滲む汗を拭いながら、それでも彼女たちは待機し続けた。
そして──変化は訪れる。
「──あぁっ!?」
レイサが大声を挙げながら指差した方向には──"ブラックホール"の透明な管の体が、中心の噴水に近い方から消えていく光景があった。
「これは…まさか…」
「──いえ、大丈夫ですよ」
最悪の事態を想起したレイサ、スズミ、ウタハとは別に──ヒマリと先生は、"ブラックホール"の先端の黒い穴を見ていた。
「ほら──確かに、希望はここに"ある"のですから」
その穴から──放課後スイーツ部の"五人"が、一人ずつ五体満足で外に出てきたのだ。
「ほら、みんな!こっちこっち!」
「はぁ…け、結構歩いたわね…もうバテそう…」
「うーん、もう無理、歩けない〜…」
「あはは、もうついたから!ほらっ」
「…本当に、来ちゃった…」
カズサ、ヨシミ、ドー、アイリ──そして、もう一人のアイリこと、アイリ*テラー。
五人がその穴から広場へと戻ってくると同時に──"ブラックホール"の体と穴は、完全に消失し、跡形もなくなっていた。
「み──みなさぁぁぁぁぁん!!!杏山カズサァ!!!」
「あぁもう抱き着くな宇沢!!!暑苦しいっての!!!」
「ちょっとレイサ!こっちはもうくたくたなんだから!少しは労わんなさいよ!?」
飛びついてきたレイサをカズサとヨシミが相手(?)をしている間に、アイリは奥からやってきたスズミ、ウタハ、ヒマリ、そして先生と再会した。
「お帰りなさい、皆さん──どうやら、無事に終わったようですね」
「うん、ただいまみんな。ずっと、待っててくれてありがとう」
「礼には及ばないさ。一時はどうなるかと思ったが、何事もないようで何よりだ」
「…えぇ。あとは…彼女達がそうなのですね?」
ヒマリが目を向けたところには──この世界に"戻ってきた"存在と、この世界に"やってきた"存在の二人がいた。
そのうちの戻ってきた方──ドーは、ヒマリ達にトコトコと近づいていく。
「──私を助ける為に、アイリに協力してくれたと見てとれたけど…合ってるのかな?もしそうなら、改めてかんしゃぁ~の至りであります。先生も、ありがとうね」
「いえ、お気になさらず。友人ですから」
「私としては、中々興味深い体験だったからね。こうして会えて光栄だ」
「ふふっ──このダイヤモンドの原石の如き輝きを持つ私にとって、このようなことはお茶の子さいさいですから。この程度、造作もありませんよ」
"あはは…今回はみんなが頑張ってくれたからね。私はそこまでのことはしてないよ。
…それはそれとして──"
先生の視点の先には──未だ地に足つかずといった様子で戸惑ったままのアイリ*テラーの姿があった。
再び一人に戻った彼女の人格は、"ブラックホール"と"ホワイトホール"それぞれの人格が混ざり合い、鮮烈な経験をかの世界でしてきたが故の独特な雰囲気を見せていた。こちらの世界のアイリよりも元気さはないかもしれないが──依然として、その優しさは変わることはないように映っている。
そしてテラー──"恐怖"とは名についているが、その状態は落ち着きを取り戻し、彼女の服装は既にトリニティの制服に戻っていた。
この世界のアイリと違う点があるとすれば、その制服が白ではなく黒を基調としていること、髪は未だショートカットなこと──そして、ヘイローの色がより深い緑色のままであること。
恐らく、全てが全て元通りになった訳ではない。失った過去は消えず、一度覚えた恐怖も簡単には乗り越えることが難しいのだろう。故に彼女は、未だ”恐怖”と長き戦いを続けなければならず──その戦いが終わるまでは、彼女はアイリ*テラーのままなのかもしれない。
だが──少なくとも、今はまだ変わることはできなくとも。
この世界にいるアイリ*テラーの存在を否定するものは、そこにはいない。自身を蝕んで離さずにいる恐怖もまた、この先の自分を作る要素の一つなのだと──アイリ*テラーは認めつつあった。
何故ならば──その恐怖の先こそが、彼女にとっての希望が”ある”場所なのだから。
そこへたどり着いた時こそ──彼女は初めて”テラー”から解き放たれるのだと信じて。
「"ブラックホール"──別の世界線のアイリさん、ということであっているのでしょうか?」
「正確には、少し違うけどね。今は、"ホワイトホール"と一体化していると考えてくれていいよ、ミセス・ダイヤモンド」
「成程…元々は一人だったということですか………って、ミセス・ダイヤモンドって私のことですか!?」
「自分でそう名乗ってたんじゃないっけ?」
「あれは単なる比喩です!」
ドーとヒマリがコントっぽい会話をしているのを他所に、先生はアイリ*テラーに歩を進め、優しく語りかけた。
"やぁ──私とは初めましてかな、アイリ"
「!」
その姿と声に──アイリ*テラーは俯いてしまう。
「そう、ですね…こっちの世界の、先生ですよね…」
「うん、そういうことになるのかな──ようこそ、こっちの世界へ」
「────私は、色んな人に迷惑をかけてしまいました。それに──元々は、こっちの世界の人間じゃないのに、こうしてまた逃げてきてしまって──だから、きっと私の世界のみんなも──
本当に、ごめんなさい…」
"……アイリ"
そうして顔を下げ、未だ自身を卑下してしまうアイリ*テラーに──先生もまた、片膝を地面について視線を合わせた。
"…生きているうちは、誰かに迷惑をかけることもある。目を背けたい弱さから、逃げたくなることもある。
──もしかしたら、大事なものを失って傷つく時もあるかもしれない。
でも──それは、今の自分を否定しなきゃいけないということじゃないんだ、アイリ。
君は今の──そのままの君自身を好きでいて良いんだ”
「──!」
先生のかけた言葉に、アイリ*テラーも顔を上げる。二つの視線が、そこでぴったりと合う。
"そうした失敗の中で、変われない自分がいることを知りながら──変わろうとし続ける自分もまたどこかにいることを、私は知っている。
犯した過ちを繰り返さない為に、次こそは変わるんだと信じて前に進み続けられる人を、私は知っている。
そうして人は、たゆまぬ人生の中で、僅かでも少しずつ成長を続けていくんだ。
何も"ない"私たちが、ここにただ"ある"こと──それを知った上で、そういう自分をそれでも愛してくれる人の為に、私たちは自分を愛して生きるべきだと思う。
だから──君も、君自身のことを愛してあげて。
君を愛してくれるであろう、ここにいるみんなと──君を最期の瞬間まで愛してくれていた人々の為にも"
「────あ─────」
アイリ*テラーの瞳に──再び光が宿る。
この世界で記憶を奪い続けてきた彼女自身が、忘れてしまっていた記憶。
失ってしまった人たちが残した最後の言葉は──絶望に満ちたものではなかった。
彼女達は──アイリ*テラーの世界にいた放課後スイーツ部の全員が──彼女に向けてこう言っていたことを、思い出していた。
どうか──自分を呪わないでほしいと。自分のせいだと思わないでほしいと。
アイリには──アイリ自身を、最後まで好きでいてほしいと。
「……ッ……はいッ…!!!」
くしゃくしゃの顔でまたもや泣き出してしまったその女の子は──それでも、確かに笑っていた。笑おうと、懸命に涙を腕で拭っていた。
託されたその願いを──今度こそ、本当の意味で叶えるために。
どこにもなかったはずの無くした忘れ物が──すぐそこにあったのだと。
アイリ*テラーは長い長い遠回りの果てに辿り着いた違う世界の中で、やっと見つけることができたのだった。
そんな彼女を眺めながら──放課後スイーツ部の全員は、広場のベンチの近くに集まっていた。
「…一件落着、ってところかしら」
「いいやヨシミ、まだ大事な儀式を済ませてないんじゃないか?」
「うっさいわね!分かってるわよ、急かさないでよね!?」
「ごめんごめん。せっかくだし、みんなで同時に言ってほしいなぁ~」
「調子がいいんだから…ま、勿体ぶるのもあれだしね。さっさと言っちゃおっか」
「そうだね。じゃあ──みんな一緒に!」
アイリ、カズサ、ヨシミは目を閉じて、大きく息を吸い込む。
失われていたその名前の主をちゃんと迎え入れるために。
そうして──三人は一斉に声を合わせ、目を見開いた。
「「「あなたの名前は───"柚鳥ナツ"!」」」
かつて"約束"をしたロマンが叶うその瞬間を噛みしめながら──"ドー"改め"柚鳥ナツ"は、にこりと笑った。
「にへへ──ただいま、みんな」
完全に帰ってきたその友達の笑顔に──アイリもまた、満面の笑みを返すのだった。
「お帰り──ナツちゃん!」
SS「ドーナツの穴」
完