オルクセン連邦の崩壊   作:芝三十郎

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原作web版読了後推奨。

あらすじ:反乱によって拘束された元女王は、エルフィンドに運ばれた。そこでは白エルフの王女が彼女を待っていた。


エピローグ:しろがねも くがねも たまも なにせむに

〇X時プラス7日――エルフィンド国 首都ティリアン郊外の丘

 

 

「……で、身動きもできなくされて、ここに運ばれたというわけだ。未練たらしく酒など飲んでないで、さぱっとやってしまえばよかった。兵は拙速たるを聞くも、だな」

 

 ディネルースの自決は失敗に終わった。彼女の決意がいかに固くとも、ああも大勢に羽交い絞めにされてはどうしようもなかった。

 

「しかし、仮にも元女王を運ぶのに、毛布で簀巻きにするというのはどうなんだ? まったく、不忠な謀反人どもだ。そうは思わないか?」

 

 問われた相手はくすくすと笑った。ディネルースよりずっと若い、まだ娘と呼ばれるべき風貌の白エルフである。かつてエルフィンドに女王として君臨した女、エレンミア・アグラレス王女は言った。

 

「ずいぶんな忠臣ぞろいだと思いますけど。せっかく貴女が何もかも背負ってくれるところでしたのに。してやられましたわね」

 

「あなたにもな。あなたも一連隊に手を伸ばしていたんだろう? あの若者を通じて。何もかも手回しが良すぎると思った」

 

 ディネルースは後ろを振り返った。邪魔にならぬよう距離をおいて随行している護衛達の中に、白エルフの元騎兵中隊長がいた。クーデターでは彼女に従いながら、事態が鎮静化したら背き、女王の自決を阻んだ若者だ。

 

 それどころか、彼女は連隊長とイアヴァスリル・アイナリンド退役少将まで拘束していた。女王の自決を阻止するのは、もともとは連隊長の考えであったらしい。女王を捕縛し、代わりに自分が死ぬつもりだったようだ。女王の長年の友であるイアヴァスリルは、女王が自決したら後を追うつもりだった。

 

 しかし死にたがりの戦争世代たちは、若き中隊長に一網打尽にされた。戦機を捉えて、機敏な一撃で敵を制圧。文句のつけようもない戦術行動だった。

 

 三名の古強者は、毛布でぐるぐる巻きにされた情けない格好で特別列車に詰め込まれた。

 

 列車がシルヴァン川を渡る頃、女王はこの若い反乱者といくらかの言葉を交わした。そこで気付いたのは、戦後世代であるこの若い白エルフには、死んで責任をとるという考えがどうしても理解できないらしいことだ。そのような考えに怒りすら覚えるらしい。どうも、命とか、責任とかに関する価値観がずいぶん変わってきたようだ。何やら功利的で、身勝手な考え方のように女王には思えたが――世代が変わるとはそういうことなのだろうと、遂には諦めた。

 

 彼女はずっと庇護者として生きてきた。最初は族長、その次は王妃、さらに女王と立場を変えながら。率い、守り、育み、与え続ける一生の果てに、自分の年齢の半ばにも達しない若者に倒された。彼女はついに、与えるのではなく乗り越えられることができた。それに不思議なほど満足していた。潔く負けを認め、若い者に道を譲るしかない。

 

 元女王、元連隊長、ついでに退役少将まで引っ担いでここに――連邦から独立したエルフィンド国に亡命してきた元中隊長は、まもなく創設されるエルフィンド防衛軍に編入される予定だ。ほぼ白エルフ族のみで構成されていたオルクセン国家憲兵隊第九国境警備群を基幹とした組織である。

 

 しかし、本人は特別警護隊を希望していると聞いた。エルフィンド国の統合の象徴である王女たちの護衛を務めたいというのだ。

 

 せめて、それだけは却下してやる――と、オルクセン連邦の元女王であり、いまやエルフィンド国の二人目の王女となったディネルースは思っている。

 

「クーランディア元帥は偉かったよ。私は彼女に遠く及ばない」

 

 それはベレリアント戦争の後、自決して果てた亡国の将軍の名である。彼女は軍の責任者として敗戦の責任をとり、自分のものではない責任まで引っ被って死んだ。元帥とディネルースはかつて味方、戦争中は敵として、互いに認め合う間柄だった。

 

 その敗戦で王位を失い、臣下たちの犠牲の上に永らえた白エルフの娘は言った。

 

「もう気は変わられましたか?」

 

「構成共和国…いまは後継共和国か、そのどこでも騒乱は収まったらしい。やはり、どこにでも人物はいるものだな。あなたもご活躍だったと聞いた」

 

「立っていただけですのよ。あなたの放送があるまで」

 

「にらみ合う群衆同士の間に割って入ってな。丸一日以上も粘っていたそうじゃないか」

 

「何もしないでいるのは得意ですの。ずっと昔からね」

 

 かつてお飾りの女王として座し、国を喪ったあとはやはりお飾りの王女として生きてきた女は、軽やかに笑った。そのような境遇を経ても、彼女は少女の瑞々しい精神を残しているように思えた。

 

 どうしてそのようで居られるのか、ディネルースは今こそ知りたいと思った。

 

「専制君主はみっともなく倒されたわけだし、今さら私が死んでも大して意味はなさそうだ。ぜひ、先輩の王女殿下にご教授願いたいな」

 

「なにを?」

 

「国を亡くして…女王でなくなった後、いかに生きるべきか。何をよすがにして」

 

「さあ。ただ在り、ただ生きるだけですわ。命を得たことに理由がないように、生きていくのに理由はいりませんもの」

 

「それでも価値のある生き方を求めるのが命というものでは?」

 

「生きてさえいれば価値があるのが命ではないかしら――ほら、見えてきました」

 

 二人は緑の丘の頂についた。そして足元を見下ろす。鉢もなく、柵もなく、小さな切り株が頭を出している。切り株は丘一面を覆うほどたくさんある。

 

 ディネルースは息を呑んだ。圧倒されるような気持ちだった。ただの切り株の群れではない。そこには新しい命が息づいている。

 

「これが全て。本当に」

 

「ええ。新しい白銀樹です」

 

 切り株一つ一つの先端には、小さな枝が接いである。

 

「接ぎ木で殖やせるなんて。こんなことに今まで誰も気づかなかったとは。あなたが最初に?」

 

「グスタフ王の覚書から思いついたことです。白銀樹の根が吸っているのは、どうも通常の栄養ではないらしいと。エルフの個体数に制限をかけるような、世界の法則のようなものを仮定しない限りは説明がつかないと、王は書き残していました。そして――『虫を探せ』と」

 

「ああ、それは私も読んだ。受粉に関する何かかと思ったが」

 

「それだと意味が通らないのです。王が言った『虫』とは生き物ではなくて、概念なのだと思います。世界の法則に空いた虫食い穴。抜け道のようなもの。それを突けば世界を騙して、起こらないはずのことを起こすことができる。雨を晴れに変えるようなことも」

 

 それはグスタフ王だけが成し得た奇蹟だった。

 

「だから、白銀樹と地面の両方を騙したらいいんじゃないかと思ったんです。地面には、生えているのは白銀樹ではないと。白銀樹には、栄養は十分にある、と」

 

「それで接ぎ木か」

 

 白エルフの王女は頷いてから言葉を続けた。

 

「色々な台木を試してくれたのは学者の皆さんです。何でもいいわけではなくて、道洋の水楢(アキツシマ・オーク)だけがいいようですわ。農事試験場が別の用途のために輸入して育てていたんです」

 

「その用途には覚えがある気がする。あれの樽で寝かすと、キャメロットのものとは違う趣がでるんだ。深い森の中にいるような」

 

「これなら地が衰えずに枝が伸びると報告を受けたときの驚きといったら。あの日だけは、ずいぶん強いものを干したくらいですわ」

 

 エレンミアは少女のように笑った。そして無数の若木が並ぶ丘からの眺めをみた。

 

「いずれ、ここにも森が蘇るでしょう。地がやせ細ることなく、エルフの数は増えます。森の傍にきっと村ができる。やがて村は街になる。

 

 その先は――いつの日か、白と黒のエルフが隣あって生まれ、手を繋いで育つ。虐殺も戦争も知らない、新しい世代のエルフたちが。彼女たちは同じ畑で耕し、姉妹のテーブルでものを食べるでしょう。

 

 それを見るのが、今の私の夢」

 

 違う色の肌を持つ二人の王女は、まだ膝にも届かない若木を見つめた。先に口を開いたのはエレンミアだった。

 

「今こそ私たち、いいお友達になれるんじゃないかしら」

 

 ディネルースは遠くを見つめ、指で目じりをぬぐった。

 

 

 すまないな、グスタフ。寂しい思いをさせる。もう会いに行くつもりだったが。やっぱり、まだ待っていてくれるか――?

 

 

 風が頬を撫でた。亡き夫の声を聞いたような気がした。

 

 ディネルースは隣に立つもう一人の王女を見た。

 

「同感だな。私もその日が見たい。何百年、何千年かかるか分からないが――」

 

 彼女たちは、遠い未来に繁る森を想像した。白エルフと黒エルフ、双方の白銀樹が隣り合って並び、一つの森を成している。それを想うだけで、木の香りを含む瑞々しい空気が胸に満ちるように感じた。

 

「共に築きあげよう。平和なエルフの国を」

 

 

 

 

 

『オルクセン連邦の崩壊』

 

 

おわり

 

 

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