♢少々特殊なオメガバース設定注意
藤丸立香がロマニ・アーキマンによって医務室に呼び出されたのは、第二特異点に行く前のことだった。
呼び出されて向かうと、真剣な顔をしたロマニがいるものだから身構えてしまう。というのも、いつものゆるふわな雰囲気が鳴りをひそめ、ピリと張り詰めた表情をしていたから。
「えっと、ドクター?話って?」
「うん、大事な話なんだ。ちょっと座ってて。紅茶で良いかい?」
すぐに話出されると思っていたのに。なんだろう、と首を捻る。医務室で、ロマニと二人きり。魔術の解説か、英霊についての注意事項かと予想していた。
ごく普通の一般人だった立香にとって、英霊というのはピンと来ない。昔の偉い人かぁ、くらいの緩い認識である。そんな意識のせいで他の人から見たら卒倒するような対応をしている、らしい。サーヴァントたちからすれば、人類最後のマスターという重い肩書きを背負わされた少年にはどうしても甘くなってしまうので杞憂なのだが。
お茶を淹れて、椅子に座って向かい合って。まるで医者の診察に来てるみたいな体勢。ただ、向かいに座るロマニはひどく言い出しづらそうだった。
「う〜、その、ね……」
「?」
「……藤丸くんも第二性を知ってるだろう?」
意外な話題に目を丸くする。
もちろん立香も第二性のことを知っている……というか常識だ。
この世には男女という区別の他に、第二性と呼ばれるものが存在する。
そんな表面的な知識なら今どき小学生でも知っている。
言いたいことを薄々察しながら、立香は話を促した。
「知ってるけど……それが?」
「……藤丸くんは、オメガだろう?」
だろうな、と思った。この流れなら絶対この話題だと分かっていた。
こくりと頷くと、ロマニは慌てたように手を振りながら弁解し出す。
「い、いやもちろん黙ってたことを責めてる訳じゃない!もう第二性なんてセンシティブなこと滅多に言わないし、オメガの能力が劣ってるとか差別的なことを言いたいんじゃなくて……!」
「分かってるって。俺も別に自分がオメガなの気にしてないし」
そりゃあ検査でオメガだと分かった時は戸惑ったけれど。ベータもオメガも、努力すればなんとでもなる。今どき、第二性の差別なんて流行らないのだ。
だからこそ立香もカルデアに来てから自分の第二性を誰かに言ったことなんてなかった。家族か、ごく親しい友達か。伝えたことのある相手なんてそれくらいだ。
「うん……うん。そうだよねぇ、それが当たり前だよねぇ、現代っ子だし」
「ごめん、言ってなくて」
「いやいやいや、良いから!あ、でも抑制剤とかは必要だよね、残ってる物資の中にあると思うんだけど……」
「で、言いたいことって?」
そう言うと、ロマニはうっと詰まった。視線を彷徨わせて言いづらそうにもじもじしている。本当にこの人三十路のおじさんには見えないな、なーんて思いながら見ていると。
意を決したように、ロマニは立香と視線を合わせた。
「……いいかい藤丸くん、君はオメガだ。もちろん、現代においては抑制剤が発達してるから発情期なんて経験したことがないだろうし、偏見もほとんど無くなってる。だから実感もあまり無いだろうけど──ここにいる人たちは違う。サーヴァントたちにとっては違うんだ」
「…………」
「彼らはいくら聖杯によって現代の知識を得ているといはいえ、過去の人間だ。過去にオメガがどんな扱いをされていたのか知ってるかい?オメガがモノとして扱われていた時代、虐げられていた時代。そういった時代の英雄たちがいるということを忘れないで」
「……うん」
確かに、歴史的にオメガは虐げられる側だった。ある地域では国の宝として。またある時代では道具として。扱いは様々だけれど、一貫しているのはアルファの下にいたということ。
一般的にオメガはアルファと番うことでアルファ──優れたものを産みやすいとされる。それは現代より血筋が重視された過去の歴史では重要な能力だった。
ロマニの心配も当然のこと。忠告はすとんと胸に落ちた。
「えー……それで、その、差別とかもそうなんだけど……」
「まだ何かあるの?」
「……一番気をつけてもらいたいのはね、サーヴァントにはアルファが多いってことなんだ。歴史に名を残すくらいだから当然っちゃ当然なんだけど……うん」
「別に抑制剤飲んでるし大丈夫じゃない?」
「っそれは!……う〜、それはそうなんだけど……でもサーヴァントになって生前より欲が落ち着いたとはいえ、アルファ性の強い人もいるから。気をつけるに越したことはないよ」
「そっかー」
軽い。ロマニの心配以上に立香の返事は軽かった。現代っ子だもんなぁ、親世代で既に発情期なんて過去のものだもんなぁ。自覚がないのも仕方がない、とロマニは若干諦めた。
「あと、はいこれ」
「これは……チョーカー?」
「サーヴァント相手には気休めにしかならないだろうけど、一応ね。流石にうなじを噛まれたくないだろ?」
「了解!ちゃんと付けておくよ」
渡された太めのチョーカーをしげしげと眺める。偶に付けている人もいるが自分も付けることになるとは。
オメガはアルファにうなじを噛まれることで
かちりと重いチョーカーを首に巻く。鏡で確認するとしっかりとうなじが覆われていた。デザインは少々無骨だが、おしゃれに見えるような見えないような。
そこで約束を思い出して、急いで立ち上がる。ロマニに手を振り医務室を出た。
「ドクターありがと!この後マシュと約束してるから、じゃあね!」
「うん、またね」
ふりふりと手を振るロマニはいつものようにゆるふわな雰囲気に戻っていた。
「…………あ〜、言えなかったな……」
一人になった医務室で顔を覆った。先ほどまで立香のいた場所からは僅かながら良い匂い──オメガの匂いが漂っている。
「僕はアルファなんだけど、藤丸くんから良い匂いするから気をつけてね……なーんて言えるわけないんだよなぁ!もう!」
うがー!と頭を掻き回す。言えるわけがない、多感な年頃の男子に匂いがするなんて。ましてや鋭いアルファたちはもう気づいているかもしれない、なんて。
現代の抑制剤はとても強力で、満員電車で密着してもオメガかどうかすら分からないほどに匂いを抑え込む。そんな社会で生きてきた青少年相手に「もしかして誘ってる?」なんて一発アウト、セクハラだ。
「うぅ〜、ほんとに僕しか気づいてない……?サーヴァントが暴走しなければいいんだけど……」
自分で言っておきながらなんと信頼できない言葉だろうとロマニは呆れた。
サーヴァントたち、英霊たちというのは基本的にアルファだ。歴史に名を残せるほどの優れた能力や血筋というのはだいたいアルファで占められている。
そして、アルファにとってオメガの存在は劇薬なのだ。守りたいし、独占したい。そんな要求が湧き上がることも珍しくない。ロマニ自身には立香を独占したいなんて思いはないけれど、他のサーヴァントやアルファにとっては分からない。
「古代の英雄なんて現代から見ればみんなロクデナシなんだぞぅ……」
もし、この時ロマニが立香に告げていれば。あるいは誰か他の人に伝えていれば、何かが変わったかもしれない。
だが、ロマニは結局誰にも言わなかったのだ。
♢ ♢ ♢
拝啓、一人で抱え込んで居なくなったドクターへ。
俺は今、とんでもない事態になっています。
「せんぱい、せんぱぁい……」
「ま、待ってマシュ?!そこはダメだって……!」
ノウム・カルデアの自室にて。立香は後輩であるマシュ・キリエライトを迎え入れた結果、窮地に陥っていた。
ぎしり、と歪むベッドで。頰がほんのりと赤く染まり、目元が潤んだマシュが立香を押し倒していた。
「ふふ、なんだか、良い匂いがします……」
「わー!?ちょ、やめ、」
白く、形の良い指が立香の身体をぺたぺたと触る。首筋を嗅がれて妙にくすぐったい。
流石に様子がおかしい、と止めようとしてもびくともしない。いくら細くて柔らかい女の子だからといって、マシュはデミ・サーヴァント。ただの人間である立香が敵うはずもなかった。
というか、ほんとに細いな……鍛え上げられた腹筋を知っているはずなのに折れないか心配になってしまう。
「う〜……せんぱい、せんぱい」
「あの、マシュさん?本当にどうした?俺なんかした?」
「せんぱいが、良い匂いなのが悪いんです……こんな匂いさせて……だめ、ですよ」
「は、話が見えない……」
何がだめなんだ。どうしてマシュはこんな様子になってるんだ。
この期に及んでも立香は原因が分かっていなかった。マシュの顔が近くてロクに思考が回らない。今までに抱えられた時もこんなに近くはなかったし。
頼りにしている後輩で、共に戦場を駆け抜けて、最も近くにいる大切な子。
そしてなんといってもマシュは可愛いのだ!その辺の芸能人じゃあ太刀打ちできないくらい、マシュは可愛い。声も、表情も、性格も、全てひっくるめてマシュは可愛い。
そんな女の子に押し倒されて、密着されて匂いを嗅がれているなんて。保て俺の理性!と脳内が悲鳴をあげる。男の意地で耐えたけれど。もしこんなところをフェルグスやクーフーリンに見られたら、逆に意気地なしだと言われるだろうな、なんて現実逃避した。
「せんぱい?……なにかんがえてるんですか?ちゃんとこっちみてください」
「い、いやそれもちょっと難しいというか……主に理性が……」
「せーんぱい?」
いかにも怒っています!と言わんばかりにむすーっとされても可愛いだけである。どうしろと。
いつまで経っても視線を合わせない立香に焦れたのか、マシュはさらに大胆な行動に出た。
「ふふ、美味しそうですね」
「おわぁっ?!」
ぺろ、と首に付けていたチョーカーの周りを舐められる。柔らかくて生ぬるい感触の舌が鎖骨をなぞる。そして邪魔だと言わんばかりにチョーカーをがじがじ噛まれれば、いくら鈍い立香とはいえこの行動が何を示すのかをやっと理解した。
「え、っと……それってフェロモンだったり……」
「これ、外してくれませんか?ね、せんぱい」
「え、いや、ちょっ」
微笑むマシュは普段と違い、どこか目が恐ろしい。まるでエネミーにあった時のような、敵対した時のサーヴァントたちのような。
獲物を見つけたような視線を感じながら必死に考える。
マシュならこんなチョーカー簡単に剥がせるはずだ。それでも立香に外させようとするということはまだ理性が残っているはず。……きっと、おそらく。
それから、たぶんそうじゃないかなーと思う予想を口にした。
「マシュって……アルファだったり、する?」
「? はい。検査ではそのように出ています」
こくりと頷かれて立香は気を失いたくなった。なるほど、つまりこれは貞操の危機なわけだ。そしてマシュ自身はフェロモンに当てられている自覚があるのかすら怪しい。
いつもは意識していなかったが、確かにマシュはアルファの特徴を備えていたように思う。優れた記憶力や戦闘能力、美しい容姿。言われてみればそうだな、くらいの感覚。他人と第二性を知ることなんて滅多にないから実感は湧かない。
とはいえ、今問題なのはそこではない。この明らかに発情しています!と言わんばかりのマシュに対してどう対応するかである。
「俺抑制剤飲んでるんだけど……匂いするのかぁ」
「なんだか、頭のなかがふわふわするんです。ね、せんぱい……ダメ、ですか?」
「うぐっ」
アルファに噛まれること。カルデアのみんなに第二性がバレること。それらの危険性があると分かっていても、誘惑が凄まじい。別に噛まれても良いんじゃないか?なんて悪魔の声が聞こえる。
だが。
「う〜……は、ぁ。せんぱぁい……」
顔を真っ赤にして、息が荒くなって、スリスリと立香の肌を撫でるマシュは明らかに様子がおかしい──というか、正気ではない。
先ほどより酷くなった症状は、きっと普段のマシュからしたら不本意だ。
「……マシュ」
「はい、なんでしょうせんぱい」
「っ、ごめん!」
ベッドの横に置いてあった緊急用の呼び出しボタン。すぐに管理室に連絡が行って通信が繋がる優れもの。それを勢いよく押し、密着していたマシュを引き剥がした。
するとすぐにダ・ヴィンチちゃんの声がした。
『おーい藤丸くん!そっちにはマシュがいるはずだけど何があったんだい?』
「あー、その、ちょっと貞操の危機というか……」
『え?!?!』
ブフーーッ!ドンガラガラドッシャーン!
通信の向こうから誰かが吹き出す音と何かが倒れる音が鳴り響く。どうやらパニックになっているらしい。さもありなん。
『今すぐそっちに向かうから!……えっマシュとってこと?!』
『どうしてそんな事態になるのかね?!』
『ははぁ、なかなか面白いことになってますねぇ』
ダ・ヴィンチちゃんとゴルドルフの慌てたような声とシオンの興味深々といった声が聞こえる。とりあえずこれでどうにかなるだろう。
安堵と羞恥、そしてちょっぴり複雑な気持ちを抱えて息を吐く。大丈夫、正しいことをしたはずだ。たとえそれが
「せん、ぱい……?」
「だ、ダメだから!こういうのはちゃんと本人の意思が大事っていうか……!」
「……せんぱい」
流石にこれ以上はいけない。少し力の抜けたマシュを引き剥がし体勢を立て直す。
だが立香が頑なに拒むからか、マシュは頬を膨らませ、そして――むちゅ、と唇を奪った。
「んっ?!?!?」
「ん、ふ……」
あまりの驚きに立香は目を見開く。端正な顔立ちが目の前にある。可愛い。……いやそうじゃなくて!
「んん……!やめ、」
かぷり、くちゅり。
止めるよう声を出そうとしたら、ぬるりと濡れたものが立香の口内に入り込んできた。口蓋を舐められてそのくすぐったさから逃れようと頭を引く。しかしそんな動きを阻止しようとマシュは更に立香の上に乗り上げてきて。
ぎしりと固まる身体はなんだか熱くなっていく気がする。え、もう、これは良いのでは?なんて悪魔の囁きが聞こえた、その瞬間――
「っ、マスター!」
「藤丸くん、一体何が……!って、え」
部屋のドアが開いた。ドタバタと駆け込んでくる複数の足音。マスターに何があったのか、と野次馬に来ていたサーヴァントの誰かのひえ、と声にならない声が漏れた。
この日、ノウム・カルデアでは過去一番の大音量で悲鳴が上がった。
サーヴァント達はマスターがΩなことに気づいていたし、めちゃくちゃ囲い込むつもりだった。ちなみに子供を産むならマスター側。
サーヴァントがそれぞれαかβか、はたまたΩか考えるの楽しかった。良ければ予想教えてください。