記憶喪失の人間が、常識の通じない世界で必死に生き延びようとするお話

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1話:記憶喪失

 俺は今、霧が深い森の中を彷徨い歩いている。

 どこに行くでもなく、目的地もなく。だが、俺は歩き続けている。歩き続けるしかない。

 

 俺が何処の誰で、どうやってここまで来たのかもわからない。

 気が付いたら森にいた。ただそれだけだ。

 

 持ち物なんて何もない。今着ている服ぐらいだろうか。

 獰猛な動物に鉢合わせようものなら、俺は何もできずに物言わぬ肉塊と化すだろう。

 

 ……だが、どうやら、俺はもっと恐ろしい存在に出会おうとしているようだ。

 

 

 暫く歩いていると、黒いワンピースを着た金髪の少女に出会った。

 

 何故こんな森の中に女の子が、と思わなくもなかったが、ようやく会えた人だと考え直し、俺はその少女に話しかけた。

 ……()()()()()()()()()

 

「こんにちは」

 

「こんにちは、お兄さん」

 

 少女は俺を目に入れるとニコニコとしながら返事を返してくれた。

 それを好感触とみた俺は、近場に人が住んでいる場所はないか聞いてみる。

 

「んー?」

 

 俺のその質問に、少女は少し首を傾げながら、よくわからないといった感じで唸る。

 俺の質問の意図がわからないのかと考え、少女がわかるように少しずつ嚙み砕いて再度質問しようとしたその時、少女が口を開いた。

 

「お兄さんは里の人間じゃないの?」

 

「あ、あぁ。気が付いたらこの森にいて彷徨ってたんだ。君がいなかったら、そのまま餓死してしまうところだったよ。君を見つけられてラッキーだった」

 

 俺の言葉を聞いた少女は少し驚いたような顔をし、そして()()()()()()()()()()()()()()()

 

「──っ!?」

 

 ──背中に氷水をぶちまけられたような感覚に襲われる。

 

 俺は少女の笑みを見て思わず一歩、後ずさる。

 そんな俺を、少女は気にも留めずにニタニタと笑みを浮かべながら、一歩、前に踏み出す。

 

「お兄さんが里の人間じゃないってことは……外の人間ってこと?」

 

「そ、外が何処を指す言葉なのかわからないけれど、少なくともここ付近のことは全然知ら──」

 

「てことはつまり……お兄さんは()()()()()()()()ってことだね」

 

 俺は何も考えずに、ただ直感に従って横に飛ぶ。

 次の瞬間、俺が先ほどまで立っていた場所に抜き手を繰り出す少女の姿があり、ちょっと離れた場所からはメキメキと音を立て木が倒れていくところが見えた。

 

「な……え……?」

 

 俺はあまりに唐突なことに、言葉にならない声を捻り上げることしかできない。

 

「おー、避けられちゃった。お兄さん運がいいね。でもね、私ももうお腹ペコペコだから……」

 

 ──大人しく私に食べられてね。と少女は口の端から僅かに涎を垂らしながら、俺に死んでくれと告げる。

 

 俺はもう、その場から一目散に逃げだした。

 少女の少し驚いた声を上げるのと同時に、精一杯足に力を籠め、地面を蹴る。

 

 こんなところで死ぬわけにはいかない。まだ俺が誰なのかもわからないのに、くたばるわけにはいかない。

 

 そんな思いから、俺はひたすら足を動かした。

 

 

 

 かなりの時間、走り続けた。

 流石に撒いただろうと、俺は切れる息を無理やり整わせながら、走るペースを落とさずにチラリと後ろを振り向く。

 

「ばぁ」

 

 すぐ後ろに少女がいた。

 嘘だろ、と思った。そんなわけがない、と信じたかった。

 

 だが、現実は非情だ。

 少女の手が俺の肩に触れようとする。

 

 瞬間……

 

「っあ!」

 

 地面から飛び出した木の根っこが足に引っ掛かり、少女の手を意図せず回避することができた。

 が、引っ掛けた反動で、俺はゴロゴロと地面を転がることとなってしまった。

 

「お兄さん、逃げるの早いね」

 

 宙に浮いた少女はニコニコしながら俺を見下す。

 

 ……そう、宙に浮いた少女だ。

 先ほど転がった際に少女を見た時、少女の足が地面から離れフワフワと浮いていたのだ。

 

 どうりで追いつかれるわけだ。

 足を動かすという走るうえで、いや、移動するうえでまず真っ先にしなければいけない動作を省いてたんだ。そりゃ追いつかれて当たり前だ…………なんて、ちょっと今ある現実から目を背けて、極めて冷静に状況を言葉に起こしてみたものの、内心焦りまくりだ。

 

 なぜ少女は俺を喰おうとする? なぜ少女は浮いている? なぜ少女は俺を狙う? 

 俺の頭の中は疑問だらけだ。だが、悩んでいたところで現状がなくなる、なんてことはない。

 

 俺はすぐに立ち上がって、走りだそうとした。

 だが……

 

「あ、ぐっ……」

 

 動かそうとすると足首のあたりから感じる激痛。

 どうやら足を引っ掛けた時に捻ってしまったようだ。

 

 少女はそんな俺を見てニコッと笑う。

 

「あはっ。もうその足じゃ鬼ごっこはできないね、お兄さん」

 

 じりじりと近づいてくる少女。

 俺は痛みに耐えながら後ずさりをするが、背後に生えていた木に邪魔をされ、これ以上下がることができない。

 地面をどれだけ蹴っても土が前に押し出されるだけで、俺自身はもう後ろに下がることはない。

 

 涙で目の前がぐしゃぐしゃになり、少女の顔すら碌に見ることができなくなる。

 そして、少女は大きく口を開き、俺の肩にかぶりつく。

 俺は来るであろう痛みに、目をぎゅっと瞑り、歯を食いしばって必死に耐えようとする。

 

 ……。

 

 …………。

 

 ………………? 

 

 来るであろう肩からの激痛。それがなかなか来ないことに疑問に思った俺は、恐る恐る目を開ける。

 

 そこには、目の前でキョロキョロとあたりを見渡す少女の姿が見えた。

 

「あれ、さっきまでここにいたのに。いなくなっちゃった……」

 

 少し……いやかなり困り顔の少女。

 だが、困惑しているのはこちらも同じだ。

 

 ──いなくなった? 彼女から今の俺の姿が見えなくなったとでもいうのか? でもなぜ……。

 

 どれだけ考えてもわからない俺は、一先ずこの場から移動することが頭の中をよぎった。

 そしてなるべく音をたてないように立ち上がり、足元と少女に注意を向けながら、俺はその場を後にした。




仕事の休憩時間で何気なく妄想した物語です。
続くかわかりませんが、見てくれる人がいれば、続きを考えるかもしれません。

誤字脱字、ここはこういう言い回しの方がいい、みたいなアドバイスをくださる方、募集しています。

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