でも私はユイを絶対に忘れません、大人になってもユイは私の1番の親友です。何年経っても私はユイに会いに来ます』
あの悲しい出来事から20年後、私はまたこの街に帰って来た。
電車を降りて広がる景色はもうすでに暗くなり始めていて懐かしく、いつも2人で走り回っていたあの頃の街からあまり変わっていなかった。実際には何年か前までは、毎年この日にこの街に帰って来てはいたが最近は忙しくしばらく帰って来れなかった。今年やっと帰ってこられたのは、私が両親や先生の反対を押し切って無理矢理帰って来たからだった。
そして私は持って来た紙袋から取り出した残り少ない薬をペットボトルのお茶で口に流し込んだあと、やっとその言葉をこの街に告げる。
「ただいま、私たちの街」
私は今日この日をとても大事にしていた。毎年帰って来ていた頃には小さかった頃の2人の思い出の場所を周り、帰って来れなかった日には夜遅くまで2人で過ごした日々の思い出に浸って夜を過ごしていた。今日は折角帰ってこられたのでまたいつもの思い出のコースを周れることに嬉しさを隠しきれなかった。
もう日は沈んでしまい、街はあの夜の姿に変わった。当然だけどお化けたちもあの頃のように街を歩き始めていた。だけどいまは怖くない、夜であっても私はもう立派な大人だ。この街に帰って来た嬉しさと大人の余裕が怖さを消してくれている。
「今日は夜のこの街を周るために来たんだから」
そして私は歩き出す、最後の夜廻へ。
※
最初はぶらぶらと見慣れた住宅街や公園を歩き周る。幼い頃の私たちにとってはいつも見ていた住宅街も沢山思い出が詰まった場所だった。
駆けっこをして、足の速さを競った道路。遊ぶ約束をして、お互いが早めに集合場所にきて笑い合った駄菓子屋の前。一休みと言って、自販機で買ったジュースを2人で分け合った公園。クロとチャコと初めて会った遊び場。
住宅街だけでもこんなに思い出が出てくる、私はそれをなに1つ忘れたことはない。全部大切な思い出だから。あの夜、最初に訪れた場所もここだった。
そして私は街路灯の下で立ち止まる。そこにはあの日に洞窟で見た白黒の私が楽しそうに奥に向かって誰かを呼ぶように手を振っている。その白黒の私は少し経つと消えていた。
私はその白黒の記憶を噛み締めるように歩き出した。
※
次に私は図書館にやってきていた。ここにも思い出がある。だけど流石にもう図書館は運営されていないらしく、窓から中を覗くと大体の本は回収され残った本や机や椅子などは痛々しいほど荒らされていた。
最低でも20年以上前からある図書館なので閉業してしまうのは仕方ないとは思うが、中が荒らされているのは実にショックなことだった。5年以上前来たときはまだ運営していたので、5年でこうなるのは寂しいものがある。
ここには学校帰りに2人で勉強をしに来たり、お互いに面白い本を見つけあって紹介したりと何回も飽きずに立ち寄っていた。
どこかから入れないものかと入口を探していると、裏口の鍵が開いていた。恐らく前に中に入った人がいたのだろう。
「ありがとうございます、お邪魔します」
荒らした人ではないよう祈りながら感謝を告げ、久々に図書館に入る。
中は外から見た時よりずっと荒れていた。本棚は倒れ、本は散らばり、壁に落書きがされていた。少し怒りが込み上げてきていた。思い出の場所を荒らされたこともあるがなんの意味もなくこういうことをする人たちが許せない。
すると落ちていた本の中から気になるものを見つけた。それはこの街の民話が乗った本だった。そしてまた白黒の私が出てきていた。白黒の私は椅子で民話の本を楽しそうに読んでいて、顔を上げると隣の椅子の方を向いて本の表紙を自信あり気に見せるような動作をしている。
しばらく本について話す素振りをして笑ったあと、白黒の私は消えた。私がいた場所は窓から月明かりに照らされ、神秘的な場所になっていた。
私はなにも言わず、民話の本を机に置いて出口に向かって歩き出す。
『もう、時間はないから』
※
最後の目的地に向かう前に私はかつての自宅に寄っていた。ここも色んな思い出があるので立ち寄らずにはいられなかった。もう別の誰かが住んでいるようで家の外見は少し変わっていた。
懐かしい..2人で庭のプールに入ったり、家の中でお絵描きをしたり夏休みの宿題を2人で片付けていたな...
あまり人様の家をジロジロ見るのは良くないのでそろそろ行こう。
すると後ろから楽しそうな会話が聞こえてきた。
『もう!遅いよ!⬛︎⬛︎!』
『ごめんごめん!宿題探すに時間かかっちゃって!』
『もうっ!早く入って!』
『うん!』
・・・・・・
私は振り向かずに再び前を歩く。
「はぁ..はぁ..」
そして私はユイの家を通り過ぎて山に向かった。
※
そして私は山に着いた。ユイと初めて出会えた場所、ユイと最後のお別れをした場所。私は重くなっていく足を引きずるように歩いていく。思い出と悲劇の場所に。
最初に着いたのはユイと花火を見ていた秘密の場所だった。ここでは私が引っ越しをする前までは毎年ここで、2人静かに花火を見るのが私たちの恒例行事だった。毎年の花火は絶対に2人で見ると、お互い夏休みの予定で真っ先に決めていた。私が引っ越しをしたあとも、必ず私はこの日に帰ってきてここで2人で花火を見ると約束した。引っ越しをしてからも2人で花火を見る約束は続くはずだった。
なのに...
なのに、約束は20年前に終わってしまった。
※
重い足を引きずっていく。でも最後はここに来たかった。そして私はユイが命を散らした場所に着いた。
ユイが私を探し回った足で人生を終わらした場所。
ユイが首を吊った木はまだ立っていて20年前との変わりようを全く見せていなかった。
「ユイ、待たせてごめんね。やっと来れたよ」
私は自然と涙が溢れていた。今日は最後のお参り。
「良いお花買って来たんだ!沢山話したいこともあるんだ..」
そして私は紙袋からシオンのお花を木の下に置いて話し始める。
「しばらく来れなくてごめんね..ちょっとバタバタしててね、ちゃんと会いに行けなかったの。まずチャコは..少し前に亡くなっちゃったの...チャコ、18歳だったんだよ!ポメラニアンとしては結構長生きした方なんだって!最後までユイがあげてた魚のクッキー大好きだったんだよ..だから、連れて来てあげられなくてごめんね」
チャコは数年前に亡くなった、寿命だったとはいえ突然だった。チャコが亡くなったとき、悲しくて3日間泣くほどショックでしばらく立ち直れなかった。今までここに来る時はチャコと2人で来ていたので2度と2人で来れないことに絶望さえした。だが、悲しみを拭う間もなく更なる絶望の知らせを聞いてしまった。
「実はね、もう私も長くないんだ」
ゆっくり、木にもたれながら疲れた体で息をする。
「私、5年前から急に体が弱くなってきてね」
うん
「お医者さんに診てもらったら、原因が分からない急速な一部分の老化が原因だって言われたんだ」
うん
「だから物忘れもしちゃうようになったし、体が弱くなったからあまり外出出来なくなったんだ。体調自体は大丈夫なのにね」
うん
「私、原因不明って言われたけど外に出られない間ずっと調べてたんだ。この症状は私が小さい頃から出て来てたの、本格的に症状が出たのが5年前。でもこれ病気じゃないかもしれないんだ。
前にユイと私が見た神様のことで神社とか幽霊に詳しい“末守”って人と話をした時に聞いたんだ、『一瞬でもあの世に入った生者はあの世の穢れを持ち帰ってしまう』って。だから私はあの時に呪いを持って帰っちゃったみたいなんだ」
・・・・・・
「呪いは全身に染まってて、末守さんでもどうすることも出来ないって。それでもう余命が1週間も無いってお医者さんの先生に昨日言われたんだけど、今日が特別な日だから無理矢理病院を抜け出してきたの。でも..私にはもう明日もないみたい」
段々と、体が動かなくなっていく。かろうじて開けていた目も霞んできている。
「私、おばあちゃんになれなかったけど、ユイが助けてくれたおかげでいっぱい色んなことが出来たよ。でもやっぱりユイがいないと私は寂しいな」
今日ここに自力で来れたのも、奇跡だったと思う。私は今日ここで終わるために、ここに来た。ユイがいるこの場所で終わりたかったから。
「ユイ...」
そう言って目を閉じた瞬間、前から誰かが啜り泣く声が聞こえた。
私が重い瞼を開けるとそこには..
そこにはユイがいた。ユイは下を向きながら泣いている。
「ハル..ごめんなさい..私のせいで..一緒にいられなくて...」
私に謝っている。でも不思議と驚きはなかった。
呪いについて調べててわかったことがある、死の間際の人間には霊が見えると。いまの私にはこんな形でも最後にユイに会えたのは嬉しいことだった。
「泣かないで、ユイ」
ユイははっとして顔を上げる。
20年振りに再会した懐かしい顔を見れて、私も涙が出る。
「ハル?私が視えるの?」
私はゆっくり頷く。
そしてゆっくり話す。
「ユイのせいじゃないよ」
「でも私、なにもハルにしてあげられてないよ!」
「ユイが助けてくれなかったら私、とっくに死んでたよ。ユイのおかげで今まで生きれたんだ。友達がいなかった私にユイが声を掛けてくれたから、この街が大好きになった。私の方こそごめんね、ユイを置いて行ったこと、ユイの気持ちに気づけなかったこと。ずっと、謝りたかった。」
そして静かにユイに微笑む。
ユイは泣きながら私を見ている。
「私、ユイに出会えて楽しかった。物忘れが酷くなってもユイのことも、ユイとの思い出も、忘れなかった。大人になっても私の1番の友達はユイだけ。私と友達になってくれてありがとう」
「ハル・・・」
「私も!ハルと友達で良かった!生まれ変わってもまた友達になって欲しいよ!今度は私が!ハルを1人にしないよ!」
最後のユイの言葉を聞いて私は死んだ友達に看取られながら目を閉じた。
最後に見た夜空は1人をとても綺麗に照らし出し、もう1人を透き通るように照らし出していた。
※
次に目を開けると真っ白な世界にいた。死後の世界なのかな?すると自分が幼い頃の姿に戻っているのに気づいた、どうりで体が軽くなった訳だ。ずっと昔に無くした左腕も戻っていた。これで確信した、ここは死後の世界で間違いないみたい。
とりあえず辺りを見回しても何もないので適当に歩き始める。
不思議と怖い感じはしなかった。すると後ろから声を掛けられた。
「ハル」
その声は優しくて、20年間忘れもしなかった、私が大好きな声だ。
ゆっくり振り向くとそこにはユイがいた。優しく微笑んでいるその頬には少しの涙の後が残っている。
「こっちだよ」
そしていつもの右手を差し出してくれた、いつも私を助けてくれた暖かい手。それに答えるように私は久しぶりに動かす左手を出した。
「久しぶり、ユイ!」
「久しぶり、ハル!」
お互い抱き合って、泣きあって、笑い合う。
「ユイ..ユイ!会いたかった!」
「私も会いたかったよ、ハル!」
2人はしばらく感動の再会に浸った。だが嬉しいのと同時に悲しみがある。
それは2人で生きていたかったから、こんな形での再会は2人とも望んでいなかった。
もしかしたら2人で一緒に大人になれた世界があったのかもしれない、もっと2人で広い世界を見て、もっと2人で歩んできた人生について語り合いたかった。もっと...もっと....その言葉が2人の唯一無二の悔いだった。
でも2人ともその結末を受け入れ、前に踏み出す覚悟を決めた。
やがて落ち着いた2人は昔のように手を繋いで歩き出した。
まるであの頃に戻ったように。
「ユイ..ありがとう、待っててくれて」
「言ったでしょ、今度は私がハルを1人にしないって。ハルには私がついてるからね」
「うん..!今度は手を離さないよ」
やがて笑顔で楽しそうに、2人は走り出した。
強く、お互いの手を握りながら・・・。
決して報われることがないのが夜廻なんだと、私は思います。