「その力が全世界に開示された今、世の武術家達が首を狙うだろう」
"武人も誇りある者ばかりではない。
未知への慄れから、芽を摘もうと考える達人もいるはず。オレの指摘は真っ当なはずだ……"
「いかにキサマが達人と親しいとはいえ、24時間四六時中、守られているわけではあるまい」
"なら何故、喋れば喋る程、自身の言葉に一々ひっかかる……?
そうだ──今まさにオレが言った未知への慄れ、だ"
まだ叶翔は、金剛阿含という武術家を心の底から受け入れられていない。
だから決して偽りではないという口実の下、陳腐な脅し文句が出てしまう。
そもそも、無心の状態で博打とも言える静動轟一を最大出力で発動した時点で、答えは明らかではないか。
"金剛の力を見せつけられ、どうしたらいいかわからなくってしまった。
けど、とにかくこいつには負けたくない……これがオレの本音か"
かつてケンイチという格下に自滅した龍斗を、九撃会議で槍玉に上げ、嘲笑った。
その自分が今まさに慄れから、自爆覚悟で己の心臓をテーブルに差し出している。
滑稽とも言える、ブーメランな挙動に思わず内心で自嘲する。
眼の前の敵は、構うこと無く機械的に勝率演算しているのだろうか。
はたまた、翔の横着で勝ち筋が増えた、とほくそ笑んでいるのだろうか。
その答えは――
「あ"ー……
いつの間にか、"学習モード"を解除し普段通りのニヤつきを顔に貼り付けていた。
合理性、最適解だけを追求する、冷淡な雰囲気は微塵も残っていない。
「静動轟一の反動が来て時間切れ負け、なんて決着は認めねえ。
予告してやる。武術だけじゃねえ。他の要素も、オレ以外の力も、何もかもを総動員してその前に倒す」
100年に一人の天才だろうと、悪童はどこまでも悪童だった。
不遜、身勝手な物言い。翔は思わず静動轟一を維持する事すら忘れ、呆けた。
そして、"史上最凶の弟子"としての立場を忘れ、致命的な隙もお構い無しに、一人の少年として笑っていた。
「ククク……そうだったな。"己の才能でプチッとすり潰す"のがこの戦いだった。
どうやらオレはただ圧倒的な武術の才能で敵を潰し、屈服させるのが好きみたいだ。
今はそれを愉しみに戦う事にするよ」
「いいんじゃねーのそれで。戦う理由に上等も下等もねえ。
武術界の未来だの、使命感くせえことをホザいてたさっきより、よっぽど良い面構えだぜ」
幼少より闇人として人売され、殺人拳を強いられ、戦わされ続けた少年。
金剛阿含と出会い、己の本質と向き合った。
力が増したわけでも、技が向上したわけでもない。
だがもしかしたら、叶翔は今本当の意味で、なろうとしているのかもしれない。
"武術家"に──
「"静動轟一"!」
先程発動しかけた、自爆上等の最大出力版ではない。
通常版の静動轟一を翔の本能は選択する。これこそがベストである、と。
翔がその名の如く、その推進力をもって翔ける。
対する阿含も、全身の腔からここまで徹底的に秘匿していた全力の気を捻り出し、申し合わせるように前傾姿勢を取る。
その直前、静かに呟きを残して。
「"八門遁甲"」
両者が交錯するまさに一秒前――
『"Emergency,Emergency.複数セキュリティポイントへの攻撃を検知。
ご来訪の皆様、大変お手数ではございますが、島外への退避の準備をお願いします"』
デスパー島の空を舞う、ヘリのけたたましい旋回音とアナウンスが、何かの予兆の如く交わった。
「"瞬歩"」
「"瞬歩"」
二人の天才が、人間の限界という境界線を踏み越える。
足裏に集約させた気を加速台として踏み込み、大地を爆ぜさせる。
風林寺美羽、小頃音リミらの全力すら及ばぬスピードが、弟子クラス以下の動体視力を置き去りにした。
「ふ、二人の姿がほとんど見えない……!」
ケンイチ,美羽らの両眼には、分割された闘技場を縦横無尽に縫う2つの影と、時たま宙に舞う血しぶきしか映らない。
全容を見切るはこの場でただ一人の達人、秋雨のみ。
といっても、先程のアラートで観客達はそれどころではなく、その他観戦者は実質ゼロであったが……。
"九撃一殺"。
一影九拳より賜りし絶技をアトランダムに放つ、叶翔だけが持つオリジナルの必殺技。
それを"静動轟一"状態で打ち込む荒業に対抗すべく、解禁した"八門遁甲"。
"脳にはリミッターが存在し、肉体を保護するため普段は全力を出さぬよう、力をセーブしている"
いわゆる、火事場の馬鹿力。
それを応用し、阿含が設計したシステム。
気というエネルギー側に対する、八つの制御機構だった。
既に第3段階、"生門"まで解放した結果。
身体能力の向上、加えて薄くとも靭やかに全身を纏う気血の鎧と成り上がる。
「"鋼"! "氷"! "無"! "王"! "月"! "流"!」
それを打ち破るべく、翔が選んだ戦術。
阿含の攻撃を、"神謀のビレイグ"による動体視力により完封しつつ、一方的に精密な連打を重ね衝撃を蓄積させることだった。
単純だが堅実な策が功を奏し、七撃目の柔術で堅牢な気が綻び、八撃目のムエタイ技で完全に打ち破り阿含の態勢を崩す。
残る二撃は翔が最強と認める二人、人越拳・本郷晶と一影・風林寺砕牙の切り札。
静動轟一による、崩壊までの猶予も裕に10秒以上。
負け筋の排除を確認しつつ――
「"人越拳・ねじり貫手"!」
原点にして最大の信頼を置く、九撃目の貫手を阿含の丹田に向けて抉り放つ。
それは威力,速度,間合い,入射角全てを鑑みても、必殺が約束された一撃だった。
「"八撃目の0.7秒後に、鳩尾下へ右の捻り貫手"」
己の半生において会心ともいえる貫手を、あっけなく皮一枚で回避された。
思わず翔の口から「は」とマヌケな声が漏れる。
理屈に合わない。八撃目までガードするだけで手一杯だったはず。
態勢を崩した状態で、いかに神速のインパルスで反応しようとも、自身がベースとしている空手の技に完全に対応できるはずがない。
翔の
「"
(バカな……避けられるはずが……。まさかこいつ、動きを先読みするためだけに、全身の気のガードを脳にまわして、思考を強化したのか!?
この力──武術じゃない。ゲーム、いやスポーツ!?)
「言ったろ、武術以外で勝つってよ。頭が高いぞ──」
相手の重心を完璧に見抜き、動きを先読みする。
YOMIの神童、櫛灘千影が生まれ持つ能力を擬似的に再現しつつ、急激に切り返す。
本来実戦では偶発的にしか発生しない、
「ぐっ……させるかァ!」
だが叶翔もさる者。
静動轟一による運動エネルギーの爆発で、初見のアンクルブレイクを突破。
態勢こそ崩したものの、無理矢理な力で転倒だけは回避する。
だがその一瞬の隙を突いて側面より放たれる、阿含の一本拳。
対する翔もそれを見て、今は種明かしをしている場合ではない、と思考を切り替える。
(避けるのは間に合わねえ……こいつの拳の軌道は最初から俺の左腕に向かっている。ガード一択だ)
一本拳では衝撃の威力不足で、後方へ吹き飛ばすこともできない。
局部破壊が狙いであろうと、最悪ガードした左腕の犠牲で済む。
この程度の痛手は、必要経費として折込済だ。
今度こそ返しの十撃目、"一殺"の攻撃をカウンターとしてねじ込めば、それで終わる。
ガードは容易く成功し、勝利を強く確信する。
当然だ。どれほど阿含の技量が優れていようと、たった一撃腕に食らった程度で勝負が着く程、武術は甘くない。
そう――
"あ”ーそれに仇とか要らねえから。借りはオクタヴィアに直接返させてやるよ"
「
昨日、小一時間程で沈静化した左腕の痺れ。
違和感程度には残っていたが、影響無しとたかをくくっていた。
一度は潜伏し、機をうかがっていた蠍の毒が今、雌伏を終える。
一箇所に気を集約させ叩き込んだ、段違いの威力を誇る二撃目により、増幅し連鎖反応を起こす。
「何ィッッッ!?」
左腕を起点にして、稲妻のような衝撃が翔の全身を伝播する。
かつて闇の実験施設で、電撃を使用した耐久テストをしたことがある。
あれを強化したような、アドレナリンを分泌しようとも耐えきれぬ、延髄と眼窩の裏を焼く程の、防御不可の苦痛。
事前に覚悟する間も無く不意に叩き込まれ、全身と脳は数秒間の機能停止を余儀なくされる。
実戦において敗北と言っても良い隙に――
「――第二権限 参照権返却。"
第三権限 更新権行使。"Akashaとの
ただ両腕で翔を捕まえただけ。しかしそれだけで十分だった。
――平らげてやるよ。頂点の才能の称号も。お前が想像を絶する半生で得た力も。1000万ドルも。
全部、全部、全部手に入れる。
静動轟一の気の流動、爆発的な出力変化。
叶翔というボディの中で融合された気の化学反応現象。
あらゆる情報がAkashic Recordへ保存され、都度、阿含自身の感覚へと還元される。
スカーレットニードルの衝撃から、ようやく解放された翔の目に映ったのは――
「あ”ー褒めてやるよ。まだ完全には解析しきれてねえわ」
静動轟一のタイムリミットが切れた今では。
いや、切れずとも同等以上に並ばれた、一回り強力な気が、阿含の全身を滑らかに循環している。
"自身の極限技が破られたのではなく、理解されて成長材料に取り込まれた"
"阿含の全面的な才能、そして、自身が無駄な足掻きと見下したパンクラチオンチームが残した布石により、この状況に差し込まれた"
事実を受け入れた時、じわり――と腹奥から、得体の知れない感覚が湧き上がる。
その正体が何かと思案する翔の背後から、水入りの声がかかった。
「スパルナ、ここまでだ」
「ボルックス!?」
ひたすら闘技場脇で無言不動を貫いていたイーサンが、失神しているボリスを抱え上げながら、親指でクイ、と空の主賓席を指出す。
隣には、いつの間に戦いを切り上げたレイチェルが、全身ボロボロでぜぇぜぇと息を切らせながら、イーサンの肩を借りている。
「島の侵入者と兵士達で本格的な抗争が始まったようだ。笑う鋼拳から退却の厳命が出ている。殿は姉さんが務めるから、あそこの専用退路から先に行け」
「おいおい、まだ決着は……」
「ハリーアップ。
ぐ……と翔が悔しさを滲ませ、歯を食いしばる。
ボリスを抱えた状態のイーサンでは、錯乱した兵士の攻撃に対応できないおそれがある。
甚だ不本意だが、指示された先導の役目を放棄したとなれば、リーダーの役職剥奪どころか人越拳の立場も悪くなる。それだけは避けなければ。
「HAHHAー!
「チッ。カストル、てめえに言われちゃお終いだ。……行くぞ」
勝ち誇るでもなく、「行けよ」とばかりに首をクイ、と動かす阿含。
そして壁上のケンイチ、控え席の美羽と一瞬だけ視線を躱し、逃げ惑う観客の喧騒とけたたましいアラートの中、翔は主賓席へと走り去る。
そこでようやく、先ほど芽生えた感覚の正体に気付く。
金剛阿含の弱点は、無の気が純粋に動と静に力で劣ること。
武の鍛錬に回す時間を、気の運用コストに割いていること。
その弱点が完全に無くなった。それを自覚した翔が抱いた感情を一言で言うなら、"敗北感"と言うべきだろう。
この日初めて、叶翔は武において同世代の相手に初めて、敗北を受け入れた。
そして味方も敵も、等しくその力量と才覚を正面から、受け止める。
阿含君、いつも僕の側で想像を軽く超えていくなあ。君こそ――
阿含さん、初めて私の前で気の発動を行った時から、予兆してましたわ。武術だけの才能ならともかく、総合的な資質も含めれば――
金剛君……不安要素の多い少年だと思っていたが、未だ最終到達点は私にも測りかねていない。まさに――
くそっ……頭がどうにかなりそうなくらい、悔しい。……金剛阿含、この借りは必ず返す。それまでその看板を取っておけよ――
"100年に一人の天才"
誰ともなく、その称号を呟いた。
新世代とも言うべき武術家の誕生を、祝福をもって迎え入れるように。
あと5話でDオブD編完結予定です