武の到達点──"特A級達人"、そしてそれを超える"S級達人"。
そのさらに遥か彼方に存在する、武人の神話。
この世に五人と存在しない、人類という種の限界を超えた者達。
最高位の存在が今同じ地にて顔を突き合わせている。
「二十と三年ぶりか……」
玄武の方角、その巨躯はまさに御神木。
年老いた偉丈夫の口から、低く雄々しい声が漏れる。
朱雀の方角にてイチゴを頬張る仮面の男──拳魔邪神、シルクァッド・ジュナザードが高笑う。
それはきっと、死闘を待ち焦がれていた男──無敵超人 風林寺隼人、その人の姿を視認したからに違いない。
彼らの戦いを阻害せぬかのように、2人が立つ島の空き地は障害物一つ無い。
「カカカ……じっさまと雌雄を決する、この日が来るとはのう。
お互い"超人"と呼ばれ、全ての武人共に慄れられて幾星霜──。
今宵、どちらが
ジュナザードは隼人を自身と同じく、最強の生物に相応しい同格の存在だと認めている。
この直後自分が敗れ去り、生き恥を晒す可能性も大いにある。
だというのに、隼人を迎え撃とうと身構えるジュナザードはすこぶる上機嫌だ。
「ワシと正々堂々死合いたければ、今日でなくともいつでも戦えたであろう」
「"食べ頃"というものがあるわいの。この武術界は我が種を植え、水をやり、混沌としつつも芽が出て活性化しておる。今こそが頃合いよ。
シラットの使い手を創りは壊し、内乱を起こし、鬱陶しい
「同じ方角を向き、食事を共にしながら語らった。
あの頃とは大分変わってしまったのう……」
凶行の数々を、果物を栽培する作業の様に語るジュナザード。
無表情だった隼人が、過去を振り返り初めて小さく眉を顰める。
ジュナザードは最初から、現在のような凶悪な人格だったわけではない。
かつてはティダート王国を西洋列強の侵略から救い、「武術の能動的平和利用」を体現させた伝説的英雄だ。少なくとも隼人が戦った時はそうだった。
それがある時を境に、英雄が邪神へと変貌を遂げた。と風の噂で聞き及んでいた。
自分に何か出来たことはなかったのか。と、悲しさや後悔が僅かに入り混じる隼人の背後で、一人の少年が眼前の光景にただただ圧倒され、息を呑む。
島のセキュリティを無力化するべく、ケンイチ達とは中央施設を挟んだ反対側から、別働隊として新島が隼人に同行していた。
(……あの仮面の爺さん(?)、長老と同じく今まで見た達人の中でもぶっちぎりで強え。俺様は今、とんでもない場面に出くわしてるんじゃねえか!?)
新島にとって、今の最優先は1秒でも早い任務の達成である。
そのために、師匠とケンイチ達が今も陽動のため裏で血を流している。
だがそれでも、己の知的欲求には逆らえない。
最強の生物2人が戦えば、どちらが勝つのか──
「この勝負、じっさまが不利だわいのう」
両者の闘気がじわじわ膨れ上がり、開戦が近付くという時。
唐突に出た言葉は、挑発でも駆け引きでもない、ただの事実だった。
超人が万全の状態で本気を出した場合、その防御性能は完全無欠だ。
つまりは超人同士の戦いは、前半戦は例外無くほぼ千日手の状態となる。
だが、ジュナザードと違い隼人には時の制約がある。
セキュリティの解除が長引けば長引くほど、自陣は不利となっていく。
隼人が如何に強大であろうと、本気のジュナザードをたかだか数時間で突破するのは不可能。かといって、ここでジュナザードと戦わない選択肢はあり得ない。
「我との勝負を避ければ、この島への侵入者を無差別に刈り取っていく。
弟子クラス、非戦闘員問わずのう。
なんならお主が寵愛しておる孫娘と、史上最強の弟子を探し出して獲っていこうかの」
肉親と愛弟子の命を脅かす。
普通ならば心穏やかではいられぬ──そんな警告を受けた隼人は、微塵も闘気を揺るがさず、涼しげに微笑み返した。
「ほっほ、そんな脅しは無用じゃよ。ワシは逃げも隠れもせん。
23年前はワシも未熟じゃった。船が出るため勝負を預けてしもうたが、同じ轍は踏まぬ──"流水制空圏 シンクロモード"」
隼人が丁寧に純円の制空圏を練り上げる。
通常ならば半径2~3M程の範囲に収まるそれが、みるみる膨張していった。
ジュナザードと新島を飲み込んで、あまりある程の広さにまで膨れ上がる。
特別な力場が働いているからか、空間の外と内を境として景色が歪曲する程だった。
「無敵超人奥義の一つ──"
「ほぉう?」
ジュナザードの腹底に、久しく忘れていた"驚愕"という感情が蘇る。
自身が知らぬ初見の技を繰り出される経験は、珍しくない。
格下が編み出した技とはいえ、その効能を称賛することもあった。
だがこの技は発動を見届けたにも関わらず、正体と目論見がさっぱりとわからない。
術理の仕組みに理解が及ばず、想像すらつかぬ事態は稀であった。
「漠兆……"漠"は数字の単位で"1兆分の1"か。この制空圏自体に何か意味が……?」
技の見てくれと名から新島が推測を巡らせる。
言葉にしないだけで同様のジュナザードに対し、隼人は要らぬ警戒をさせぬように微笑みを絶やさない。
「この空間はただ展開しているだけでは無害じゃよ。
空間に充満したワシの気に同調した時、初めて効果が発揮される。
同調した者は、ワシが空間に付与した時の流れと同等の体感時間を過ごすことになる。
此度の設定は"48倍速"。すなわち──」
皆まで言わずとも、超常現象とも言える規格外の性能を察し、新島が口をあんぐりと開け呆然とする。
そして対するジュナザードは、上機嫌に高笑う。
それは普段の他者へ向ける傲慢な嘲笑ではなく、隼人に心から感服したことによるものであった。
「カカカ……愉快愉快。なるほど。じっさまと気をリンクした状態で戦えば、1時間が2日相当となるということか。
その状態で栄養補給も休息も取らず、心ゆくまで全力を出し尽くすなら──10日10晩交戦を続けられる我ら超人といえど、半日も持つまい。
これはうまいこと考えたわいのう」
体感時間を大幅に歪ませるからには、膨大な気を用いて凄まじい程の力場を創り上げることになる。
それ程の隼人の気の質量と技術には、脱帽するしか無い。
そして短期決戦を成立させるこの領域を維持するため、隼人は戦闘中に場代として一方的に、気のコストを支払い続けることになる。
条件で五分以上ならば、ジュナザードはこの挑戦から逃げるわけにはいかない。
「良かろう。じっさまの思惑に乗って、完全決着まで戦おうではないか。
じゃが我らの戦いが終わるまでは、他の者は奥へ進む事は許さん。神妙に我らの──神魔の戦いを見届けるが良いわ」
ギロリ、と凍て付く視線がジュナザードから向けられる。
新島は思わず身震いしながらも、その唯我独尊の指図に二つ返事で頷いた。
「ああ。これから最大限集中するであろう、あんたらのは邪魔しない。
着かず離れず動かない──これが今の俺が出来る、ベストな一手だ」
「ほう、噛み砕いて言わずども戦局が理解できるか。
珍妙な顔立ちの割に、軍略の素質がある小童だわいのう。
さて……じっさまをこれ以上待たせるわけにいかぬし、そろそろ始めようかのう」
顔は余計だろ爺さん……と内心毒づく。
その間にも、ジュナザードの凶悪な禍々しさと神の様な神聖さ入り混じる気が、隼人のひたすら純粋な力強さを誇る気と絡み付き、同調していく。
それらが完全に一体化すると同時、新島の視界に2つの光が鮮やかな軌跡となりて交わりダンスを踊る。
一般人が視認することなど到底許されぬ、超人の戦闘速度。
それが48倍速で動くのだから、新島の目には光速に映ってもおかしくない。
重火器の様な破壊音を奏で血しぶきを舞わせながら、超人達はただ一人の観戦者の前で、光の奔流となりて世紀の大勝負に興じる。
***
「おかえり、リディ、オクタヴィア嬢。夜のお出かけは堪能できたかい?」
中央施設の最深部。
ユーステッドの自室、すぐ側にある一室の中。
僅かな照明が射す薄暗い
ガウンを纏いグラスの中のワインを燻らせながら、拘束され引き立てられた少女2人と囮に使った奴隷の子供達を順に一瞥した。
全てを諦めたのか、リディは端正な顔を絶望に染め、力なくうなだれる。
その横でオクタヴィアが毅然とユーステッドを見上げた。
彼女は既にこの場における敗北を享受している。
犠牲ゼロで済まないならば、被害を最小限に抑えるべく迅速に頭を巡らせ、思考を切り替えるしかない。
「私はどうなってもいい……でも私の口車に乗せられただけのリディは、助けてあげてください」
あからさまなリディへの庇い立てに対し、ユーステッドは貼り付けた様な上辺の笑みを浮かべたままだ。
「私は君達を責めるつもりは全く無い。むしろこの理想郷の一員として、正式に迎え入れたいとさえ思っている。武力、知力、判断力、そして優しさ。君達はそれらを見事に示してみせた」
思わず顔を見合わせる2人の前で、ユーステッドは立ち上がりグラスをテーブルへ置く。
「外の世界を見てごらん。
人間は実に多くの問題を抱えている。だが、この島にはそれがない。
孤児達はここで衣食住を保証されている。教育も受けられる。病気になれば治療も受けられる。
外の世界で誰にも顧みられなかった子供達が、ここでは庇護を受けて生きている」
「
オクタヴィアの声が低くなる。
「必要な犠牲だよ。より多くの人間を救うためには、どうしても切り捨てなければならない者が出てくる。賢い君達なら分かるだろう?
君達のような優秀な人材には、この島を支える側に回ってほしいと思っている」
その言葉にオクタヴィアは答えなかった。
この邪悪な男の提案など大体想像が付く。
奴隷の子供達の中に紛れ味方のふりをして、内側から監視する──そんな汚れ仕事を押し付けられるのが関の山だろう。
「もちろん引き受けてくれるよね? さあ、今この場で返事を聞かせない。オクタヴィア嬢……リディ……」
拒否は許さぬとばかり、あからさまに声色が強まり、語気に圧が含まれる。
リディがビクッと身体を震わせたその時──
『ユーステッド殿、臨時報告じゃ』
「……どうしました? フォルトナ殿」
グッドタイミングかどうかは、神のみぞ知るところか。
ともかく室内のモニタが点灯し、フォルトナから通信が入り尋問は中断される。
『拠点の正面で行われておる、梁山泊と一影九拳,断罪刃の連合軍との戦いは拮抗しておる。
裏門側では無敵超人と拳魔邪神が、先ほどから依然戦闘中のようじゃ』
ここまではユーステッドも予想した通りの内容だ。
本丸の連絡はこの後だろう。
『続いて拠点内──エリアAは断罪刃の弟子達が奮闘している。こちらはまだ持ちこたえられるじゃろう。
エリアBは未だ不抜。
エリアCはYOMI,加えてエリアBの持ち場を離れたゴルベ,ペングルサンカンが守っておったが、たった今突破されたようだ。
突破した人間は、裏切り者を含めて5人……』
「裏切りぃ!? 第一防衛ラインを5人も……!? 闇の武人達は何をやっているのだ!」
初めてユーステッドからわざとらしい笑みが消え去り、声はあからさまに荒れる。
未だ第二防衛ラインは健在とはいえ、今の戦況は全くもって芳しくない。
『落ち着かれよ。幸いその中に達人はいない様子。一番の使い手と思われる裏切り者の金剛阿含も、深手を負った様子だ』
「失敬、取り乱しました。……ならば問題はありませぬな。拠点内には月牙鏟の陳宗岳殿,スクラマサクスのカスケン殿,フランキスカのシェルマン殿が控えているはず。後はオルタル殿で十分迎え撃てる軍容だ。
それにいざとなれば、隠し玉として用意している特A級の紀伊陽炎殿と、総司令の一影殿もいる」
ユーステッドが自分に言い聞かせるように独りごち、冷静さを取り戻した事を確認し、フォルトナもようやく次の事務連絡を切り出した。
『念のため私も前線に出るので、連絡が取れなくなった場合は一影殿と連動して戦況を確認していただきたい』
「それは構いませぬが……裏切ったご令嬢……オクタヴィア殿の尋問が、まだ終わっておりません。
嬢の返答如何で、彼女への
『はぁ……致し方ありませんな。武人として支障が出ない程度に、くれぐれもよろしくお願いしますよ』
通信を終え、フォルトナは大きなため息を吐きながら書斎を後にする。
ユーステッドの
だが自分がかつてデスパー島で行っていた所業。
それも大概褒められない趣味だという自覚はある。
ならば表立って彼を批難する事はできない。
彼の言う
そう自分に言い聞かせ、防衛拠点へと赴いたフォルトナの前に──
「よう……
半年前とは比にならぬ程に鍛え上げられた──強靭な闘気を纏う手負いの悪童が現れ、剣の切っ先を喉元に突きつけていた。
「オクタヴィアならともかく、貴様の様な悪ガキにパピーと言われる憶えはないわい」
「だったら今から、あいつの父親の資格があるか確かめてやるよ」
闇の蛮刀使いを突破するために、片目を差し出した金剛阿含。
同等の達人である自分を打開するため、今度は何を見せてくれるというのか。
好奇心から思わず苦笑い、フォルトナは全力で迎え撃つべく通信用のスコープを外す。
「はっ……こんなチャラチャラしたユーチューバーみたいな男にワシの娘はやらん!」
「それ言ってみたかっただけだろうが」
阿含はそのノリに付き合うように、ふてぶてしい笑みを浮かべる。
互いの表情だけを見るならば、それは娘の婚約者と父親の呑気な決闘にも映るだろう。
だが、これは紛れもない死闘。
そしてこの島において──金剛阿含が闇の達人と命を賭けて戦う、最後の一戦となる。
しばらく家を空け推敲作業が出来ないため
次回の投稿は来週金曜日とさせてください