〜前書き〜
まず初めに。
本日(投稿日:8/29)は、【進撃の巨人】の原作者である諌山先生のお誕生日です。
そんな特別な日に本作の最終話を迎えることができ、勝手ながら光栄に思っています。
著者が何故、この物語を創造したのか__
それについては後書きで少しだけ語らせていただきます。
それでは。
最終話の本編をどうぞ、よろしくお願いいたします!
↓↓
___867年。
___【とある“劇場”】にて。
『 行ってらっしゃい。二人とも…! 』
パチパチパチパチ!パチパチパチパチ!
盛大な拍手の熱を真っ向に浴びながら、舞台の幕が徐々に下がる。
そこかしこで立ち上がる人の波は、大海原の上で風が躍っているようにも見えた。
「 Bravo !! 」
「 Amazing !! 」
「 Wunderbar !! 」
称賛の掛け声を投げ込んだり、口笛や感嘆の表情で個々に劇評を表現する人間たちの外見は多種多様。
そこには国境という壁も人種の差別も存在しない__皆が一様に、ただ純粋に、目の前で繰り広げられた“芸術作品”へ賛辞を贈っているのだ。
よりどりみどりの瞳が見つめる先、舞台の中央では、一人の
雅に艶めいた栗色の髪がスポットライトの光を反射する。
その輝きに夢中になってしまった拍手の手は、もはや歯止めが効かない。
幕が完全に下がり切ると、その勢いは一度は収まりを見せかけるも、舞台袖から再び女性が姿を現したためにまた勢いを取り戻してしまう。
さらに、女性の“ある行動”がそれを加速させる__
スッ…
唐突に
その行動が鳴りやまぬ喝采に拍車をかけ、会場はより一層沸き上がった。
青年が観客に向かって二度目のお辞儀をすると、舞台袖から別の人物がもう一人登壇した。
「皆さま、本日は劇団オリオン座の第139回公演【進撃の巨人~もう一人の選択~】をご観劇いただきまして、誠にありがとうございました」
会場を埋め尽くしていた拍手喝采はいつの間にか、相槌を打つような強弱の付け方を覚えていた。
座長らしき男が紡ぐ、一語一語聞き心地の良いテンポが、音頭を取るように会場のざわめきを手名付けてしまったのだ。
「数か月前から続いた本作も、本日の公演を以って“千秋楽”となります。最後まで厚い声援を賜りました皆様へ深く感謝を申し上げると共に、これまで心を一つに駆け抜けてきた劇団員たちへ『お疲れ様』という言葉を贈りたいと思います」
舞台袖で見守っていた他の劇団員たちはその言葉を受け、座長の熱い想いに応えるようにコクリと頷いてみせた。
その様子を空気で察した座長は目配せで彼らの気持ちに応えつつ、マイクを持ち直すと、挨拶の締めくくりに入った。
「改めまして。ご来場いただいた皆々様、誠にありがとうございました。それでは、最後に…」
そして、自身の右側に佇む青年を指し示すように、大きく腕を振り上げるのだった。
「脚本と主演を務めた
パチパチパチパチ!パチパチパチパチ!
………
…
***
___終演後。
___【舞台裏の楽屋】にて。
「最高の脚本だったよ、すげーなカイル!」
「あなたが引っ張ってくれたおかげで、私たちも役にのめり込めたわ!」
「お疲れ様!いやぁ~痺れたよ。君の芝居はこの劇団の宝だ!」
「カイル!お前はやる奴だと思ってたぜ、俺は!」
同じ舞台に登壇した他のキャストのみならず、舞台監督に音響監督、さらには照明や大道具や小道具、そしてメイク・衣装担当までと、スタッフを含む様々な劇団員が主演カイルの元へ集まった。
「わわ、ちょっと!そんな一気に来られても…」
次から次に押し寄せる波にもみくちゃにされたカイルは、衣装は乱れ、舞台メイクも崩れ、あられもない姿になっている。
そこへ、今回の大規模公演を陰でサポートしたプロデューサーが花束を
「カイル君!いやはや大成功じゃないか!」
「ダルトン
「勿論さ!凄まじかったぞ~、年甲斐もなく胸が躍った!!まだ傷の癒えぬこの時代に、芸術は人々の心を潤す!君はこの芸能界を揺るがすエースとなるだろう!!」
「またまた…ダルトンさんは口が上手い。ですが、ありがたきお言葉感謝いたします」
「観客の反応も上々!これなら、君が言っていた
「本当ですか!? 是非、またお力添えを!」
「おおとも。君の頼みとあらば、わしはいくつでもこの身を捧ごうぞ!」
そう言って立派な口ひげを携えたプロデューサーは持っていた花束を高く突き上げた。
その束の数に違和感を覚えたカイルは首を傾げる。
「あれ? その花束は…」
「あぁ、これか!一つは私からだ。そしてもう一つは……ほれ、キヨミ殿からだよ」
「キヨミ様!わぁ…綺麗…」
プロデューサーから受け取った花束をうっとり眺めるカイル__すると、中央に添えられていたカードに目が留まった。
『 千秋楽に立ち会えないこと、お許しください。あなたのご活躍に祝福があらんことを 』
カードに書かれていたメッセージを目で読み上げていると、プロデューサーが補足するように言葉を付け加えた。
「ヒィズルは未だ、パラディ島のエルディア新政権と政治的協力関係の最中にあるからな……彼女は今、手が離せぬ状況らしい」
「そう…でしたか」
「だが、それ故に!例の件に対しても支持が厚い。何より彼女には君を手助けする
そう言って目尻を細めるプロデューサーの言葉に、どのような真意が隠されていたのか。
それを察することができたカイルは少し嬉しそうに、でもどこか悲しそうに笑ってみせた。
するとそこへ、先程まで一緒に舞台に上がっていた座長がやってくる。
「カイル!いたいた……君に
「え? まさか…」
「あぁ、その“まさか”だ」
顔をニヤつかせた座長が得意げにウィンクをして見せると、カイルの表情が一気に明るくなった。
そして…
ダッ…
次の瞬間には、走り出していたのだ。
彼の、元へ__
**
楽屋を飛び出したカイルは、我に返ったように手洗い場に立ち寄った。
そこで崩れた化粧を拭きとって身なりを整えると、再び風のような駆け足で飛び出していく。
すでに観客がはけ切ったロビーは、不気味な具合に静まり返っていた。
薄暗い空間に突然、鈍い金属音が響く。
キィ…
そこで一人待っていた男が、駆け寄ってくる足音に気づき振り返ったのだ。
「リヴァイさん!!」
満面の笑みで駆け寄ったカイルは、息を整えるように膝に手をついた。
その目の前で、男はゆっくり小さく口を開く。
「よう……久しぶりだな」
男の名はリヴァイ__リヴァイ・アッカーマン。
13年前、【天と地の戦い】と称された大事件における当事者の一人だ。
「さ、三年ぶりでしょうか? 今回の公演で題材とさせていただく許可を取りに、貴方の元を訪れたのが最後でした。まさか本当に、観に来ていただけるとは……招待状では断られていたので、てっきり…」
「お前の様子が気になった。……またずいぶんと
「ん、背のことですか? もう二十歳になりましたから、昔のようにちびっ子の俺じゃありませんよ」
「ちびっ子…」
ほんの少し、空気が揺らいだ。
カイルは「しまった」と慌てながら、その禁句を口にしてしまった事実を誤魔化すようにささっとリヴァイの後ろへ回った。
それから車椅子に手をかけ、否応なしに方向を切り替す。
「そ、それより!場所を変えましょう!」
「オイ、どこ行きやがる…」
不機嫌そうに聞き返すリヴァイ__そんな彼を宥めるように、カイルは意気揚々と告げるのだった。
「いいお店を知ってるんです。きっと気に入りますよ!」
………
…
***
___数分後。
「……美味い」
「でしょう!?」
両手をついて身を乗り出したカイルは、ガタッと大きな音を立ててしまったことを恥じるように、ゆっくりと腰掛けた。
そして、目の前で静かに紅茶を啜るリヴァイにちらちらと視線を向けながら、胸を撫で下ろすように深く息を吐く。
「はぁ~良かった……ここのマスターが淹れる紅茶は格別なんですよ。いつか貴方に勧めようって、ずっと機を伺ってましたから」
「そうか」
リヴァイは口数が少ない__
紅茶が好きなことも知っていた__だからカイルは、この店を選んだのだ。
そんな誰でも思いつく策略に、リヴァイはまんまと機嫌を取り戻す。
「変わったな、お前……ガキの頃はもっと覇気のねぇ顔だった」
「はは、それもこれも貴方のおかげですよ。逆にリヴァイさんはお変わりないようで安心しました」
そう言ってカイルが微笑んで見せると、リヴァイもティーカップの水面を微かに揺らした。
ランタンの灯りを反射した琥珀色の液体が優雅に舞う。
その水面に、どんな光景を映し見たのか__リヴァイは少し声色を落とす。
「今回の劇、俺らを題材にしようってのはお前が言い出したんだったよな?」
「え? あ、はい……俺です」
「何故だ?」
相手の心を見透かすような鋭い視線__その目つきは衰えを知らず、目尻に刻まれた薄い皺がより洗練された威厳を彼に纏わせる。
普通の人間なら怯むところを、カイルは違った。
瞳を輝かせながら、口角をあげながら、淡々と答える。
そこへ、すっきりと鮮明な謝意も織り交ぜながら__
「色々と理由はありますが、強いて言うなら……“恩返し”、ですかね」
「恩返し?」
「はい。なんてったって貴方は、俺の…」
………
…
===== 12年前 ======
___855年。
___【天と地の戦い】から1年後。
「着きましたよ、兵長」
「あぁ」
「本当に会われるので? 彼らは恨みを持っています。あなた方がエレンを倒したことで彼らは……
そう話しながらリヴァイの車椅子を押すイェレナは、ふっと視線を上げた。
目の前には大きな倉庫のような建物がいくつか頭を揃えて並んでおり、外壁の劣化度合から新設された建物ではないことが窺える。
それもその筈で山の中腹に位置するこの倉庫群には、地鳴らしの足が及ばなかったからだ。
そして現在、この倉庫群を居住区として暮らしている者たちがいる。
それが__
「
一年前の【天と地の戦い】で、エレンはこの世の全ての“巨人の力”を消し去った。
それは、地鳴らし巨人も例外ではなかったのだ。
エレンが倒れ、人間の姿に戻った彼らは、その場に居合わせた同じ人間から“
100年以上壁の中に巨人の姿のまま埋まっていた彼らの体は衰弱し切っており、人間としての生命維持機能も低下していた。
その状況下での集団暴行__その日だけでも、2割の人間が命を落としたそうだ。
さらに、それ以来まともな支援を受けられなかった彼らは徐々にその数を減らしていき、たった1年で当初の1割にも満たない人口にまで激減してしまったのだ。
そんな彼らを守るべく立ち上がったのが、
かの“大英雄”、アルミン・アルレルトだ。
アルミンは各地に保護施設を設け、全世界に向けて彼らの人権を訴えた。
世界を救った大英雄の言葉は絶大で、彼らへの暴動や襲撃には終止符が打たれるも、敵対視する声は残り続けた。
そうやって人々の間で囁かれ続けた彼らには、いつの間にか『
そんな
「正直なところ、無駄骨だと思いますよ。彼らは現代の人間に心を開かない。私たちに彼らの苦しみは知り得ませんから」
イェレナはため息交じりにそう付け加えた。
【東部第3
こうして定期的に支援物資を届けに来る度に様子を観察しているが、100年以上前で記憶が止まっている彼らは現代に馴染めず、未来への希望すら捨てきった姿はまるで生きた屍のように思えた。
しかし、リヴァイにとって、イェレナの忠告はここで引き返す理由にはならない。
「…だからこそ、できることをやる。俺たちにはその責任がある筈だ」
そう答える彼の瞳に、迷いはなかった。
**
イェレナが作業員らと共に各倉庫へ支援物資の運搬を進めている中、リヴァイは一人、ある倉庫でぽつんと佇んでいた。
そこは子どもたちが遊びの場として集まるお決まりの場所で、随所に秘密基地を彷彿とさせる装飾が施されている。
リヴァイの膝の上には子どもたちに配るためのお菓子の入った木箱が置かれていた。
しかし、肝心の子どもたちは物陰に隠れ、誰一人として近寄ってこない。
「……」
気まずい沈黙が続く。
と思えば、こちらを警戒するようなヒソヒソ声もちらほら聞こえ始めた。
こんな時、
コツ……コツ…
一人の少年が前に出た。
少年はリヴァイを真っ直ぐ見つめたまま、こちらへ近寄ってくる。
そうしてリヴァイの前で足を止めると、車椅子を不思議そうに眺め始めたのだ。
「…名前は?」
リヴァイが尋ねると、少年はぼうっとした瞳を上に向ける。
鮮やかな“深緑”が、印象的な__
「カイル……
「!」
その物言いにどこか懐かしさを覚えたリヴァイは少し驚きつつも、冷静に少年を分析する。
(ほぅ…こいつは
事前に聞いていたイェレナの話によると、
おそらく、巨人化させられる前はフリッツ王の始祖の力によって記憶を消された捕虜か何かだったのだろう。
しかし、目の前の少年は少し違うらしい。
「そうか、カイル……名前はそれだけか? お前の親は…」
「父さんは、
瞳だけでなく口調までぼうっとしていた少年の言葉は、されどリヴァイの胸に深く突き刺さった。
この少年には両親がいない。
幼くして、“独り”__自分と、同じだ。
「何故、俺の元へ来た」
「…父さんが言ってた。アッカーマン一族は王様に逆らったから除け者にされたんだって」
「?……そうらしいな」
「父さんも王様に逆らった。そしたら殺された。あなたもアッカーマン一族なんでしょ? だから、会えば思い出せると思った」
「…同じ一族かもしれねぇと」
「うん。でも……
そう言って眉を下げる少年カイルの瞳は、どこか物悲しそうに揺れていた。
リヴァイは少しの間考えたのち、木箱から棒付き飴を一つ取り出しながら告げる。
「カイル。お前はこれからシャルマンと名乗れ」
「…え?」
「『カイル・シャルマン』__それが、お前の名だ」
「シャル…マン。どうして…?」
「さぁな。ただの勘だ」
そう言ってずいっと飴を差し出すリヴァイの瞳は、どこか小恥ずかしそうに揺れていた。
カイルは受け取った飴をまた不思議そうに眺める。
100年前にはなかった“何か”__だが、それが食べ物であることは本能的に理解したようだ。
しかし、食べ方を知らないカイルは飴にガブりと嚙みついてしまう。
ガキッ…
硬い、歯が痛む__それでもカイルは、触れた舌から伝わる甘さに目を丸くした。
「……美味しい」
「だろ?」
優しい甘みが喉を伝い、全身に行き渡る。
初めて味わう感動的な美味しさに、カイルは思わず頬を緩ませた。
そして、無垢な心に宿した“想い”を漏らす。
覇気のなかった第一声が嘘のように生き生きとした声色で。
好奇心に頬を染めた、無邪気な顔つきで__
「ぼく、この時代のこともっと知りたい。あなたのことも……教えて、くれますか?」
「…あぁ、勿論だ」
「“これ”の、食べ方も」
「ふっ…いいだろう」
そんな二人の周りには、いつの間にか他の子どもたちがぞろぞろと集まっていた。
薄暗く冷え切った倉庫に、温かい光が差した。
**
数十分後。
「洒落た名前を与えましたね」
「…盗み聞きとは趣味が悪いな」
「わざとじゃありません。しかし、『シャルマン』ですか…」
そう言ってイェレナは何か思考を巡らすように顎に手を添えた。
彼女の些細な表情の変化に気づいたリヴァイは、勘ぐるように眉間に皺を寄せる。
「オイ、その顔……何を企んでやがる?」
「いえ、そんなつもりは。私はよかれと思って…」
「お前の考えはいつも、ロクなことじゃねぇってことだけはわかる」
「相変わらず口の悪いお人だ。私はただ……あの顔立ちなら、
………
…
それから2年間。
リヴァイはイェレナやオニャンコポン、ガビやファルコを連れて、カイルたちが暮らす【東部第3
カイルたちは彼らから色んなことを学んだ。
_衣・食・住など、現代の人々の暮らし方。
_発達した技術がもたらす利便性とそこに潜む危険性。
_そして、空白の100年に起こった、取り返しのつかない歴史の過ち。
すべてを受け入れ順応するには、少し時間を要した。
そうして、
救済者としての、覚悟を胸に__
その後。
己の足で【東部第3
===============
…
………
懐かしい思い出に浸りながら、リヴァイの車椅子に再び手をかけるカイル。
紅茶の店を後にして、別の場所へ移動しようというのだ。
優しく丁寧に握られたグリップの先で、見事な刈り上げを撫でるように後ろ髪が躍る。
『いつか、背が伸びたら__リヴァイさんの車椅子を押すんだ』
夢にまで見た光景が今、目の前にある。
カイルは口の端が緩んで仕方なかった。
「リヴァイさんに名前を与えられ、イェレナさんにあの劇団を紹介されてから、俺の人生は変わりました。……彼女はお元気で?」
「あいつなら球団を設立した。豪腕ピッチャーを探すのに躍起になっている」
「はは、イェレナさんらしい…!」
そんな他愛のない会話がいつまでも続けばいいと願いながら、カイルが向かった先は__
「…ここは、教会か?」
「はい。ここの神父さんにはお世話になっています」
木製の扉を開け、通路を進む。
高い天井に重厚な石柱__左右平等、等間隔に並べられた木製のベンチは、寝息も立てず眠っている。
正面に迎えるステンドグラスは過去の栄光を誇示するかの如く、高らかに唄っている。
タイヤの摩擦音と一対の足音だけが、その空間で“今”を生きていた。
カタッ…
開く__カイルは教会に備え付けられていたピアノの蓋を、徐に開いた。
椅子を引き、鍵盤の並びを確かめながら腰掛け、手をかざし、深く息を吸う。
そして…
♪~~♬~~♪~~♬~~♪~…
ポロンポロンと軽やかに奏でられた音が、月光に照らされたステンドグラスに跳ね返る。
穏やかで、切なげで、しとやかで、情愛に満ち、温かい。
まるで子どもの頃に見た夢の中を、足音を立てずそっと歩くような__
「…その曲は?」
壇上に上がれないリヴァイは、一番手前のベンチの側から尋ねた。
すると、カイルは鍵盤から視線を移しながら答える。
「『
調律されたばかりの弦楽器が奏でるような上品な音色が、その艶やかな唇から発せられた。
さすがは舞台俳優__流れるように鍵盤を叩く指先も、メロディーに共鳴した体のしなりも、一流のピアニストの風格を醸し出している。
憧れの人を前にしても堂々たるその立ち居振る舞いは、劇評論家たちが唸るのも無理はない。
そうやって数多の人々を魅了してきた表現力を駆使し、この日のために用意した曲に魂を込めるのだった。
**
…♪~~♬~~♪___
カイルは最後の一音を弾き終えると、観客に向かってお辞儀をするような勢いで振り返った。
「リヴァイさん。俺はずっと、この日を待ち望んでいました。貴方に俺の“夢”を伝える日を…」
「夢…?」
「はい。俺の夢は『英雄たちの勇姿を語り継ぐこと』__リヴァイさんを含めた調査兵団の皆さん、その不屈の精神が生んだ栄光なる誉とその陰に潜む苦難の傷跡を、多くの人に知ってもらいたい…!」
胸を張るように語尾を強めたカイルの瞳には、ステンドグラスの虹が煌めいていた。
その美しさにリヴァイは小さく息を呑む。
「何故、そうしたいと?」
「わかりません」
「…は?」
カイルがあまりにキッパリと答えるもので、リヴァイは拍子の抜けた声を漏らした。
「何故だかわからないけど、そうしたいと思った。それだけが今の時代に生を受けた意味なんだと……特に、貴方から『エルヴィン団長』の話を聞いた際に、そう強く思ったんです」
「…だからか。お前の物語はアイツに心酔していた」
「はは、少し贔屓目になってしまいましたかね」
「あれを“少し”と言えるとは……どれだけず太い神経してやがる」
「えぇ!? で、でも!キヨミ様に脚本をお見せしたら、彼女は絶賛してくれましたよ?」
「アズマビトか。確かお前の……
「…はい」
劇団へ入団後、面倒見のいい座長の計らいで、カイルは精密な血液検査を受けさせてもらえることになった。
その結果、彼の体には東洋の血__“アズマビト”の血が流れていることが判明したのだ。
その事実を送られてきた手紙で知ったリヴァイは、カイルが巨人化前の記憶を持つことに納得がいったらしい。
単一の種族である東洋の一族も、始祖の洗脳は効かないのだから__
「東洋の一族の生き残りがいると聞き及んだキヨミ様は、俺によくしてくれました。次の
「プロジェクト?」
「俺、この脚本で海を越えたいんです。今はまだ夢の途中……いや、今日そのスタートを切ったと言えます!」
ガッツポーズを決めながらそう言い切ったカイルの表情は、固い決意に満ちていた。
次のプロジェクトとは…
『【進撃の巨人~もう一人の選択~】のワールドツアーの開催』だ。
国境を越え、各地を巡り、公演を通して歴史を語り継ぎながら平和を訴える。
その、最後の開催地として選んだのが__
「【パラディ島】__そこが、ワールドツアーの
カイルは遥か遠い島国へ想いを馳せるように、ステンドグラスを仰ぎ見た。
尊敬してやまない英雄たちの故郷でフィナーレを飾ることが、彼にとってどれほどの栄誉だろうか。
その背中には隠しきれんばかりの高揚の色が差した。
「いつになるかはわからない。でも、それが俺の使命……俺は
「…どういう意味だ?」
「昔、父さんに教えられました。俺の名前、こう書くんです…」
そう言ってカイルは人差し指をピンと立て、宙に文字を書いて見せた。
てんで見覚えのない字に、リヴァイは首を傾げる。
「『
「ほぅ…」
「キヨミ様に話したら、ぴったりな由来だとおっしゃっていただけました」
「そうか。なら……
そう言ってリヴァイは胸ポケットに手を突っ込むと、一切れの布を取り出した。
くたくたでほつれも目立つが、刺繍の部位だけは綺麗な状態で残っている。
何度も憧れたその“紋様”に、カイルは目を見開く。
「…それ、は…」
「エルヴィンの形見だ」
「!?」
まさか、自身が脚色した
カイルが硬直していると、リヴァイは言葉を付け足した。
「志半ばで倒れたアイツは、壁の外の世界を知らん。俺はこんな足だからな…」
そう話しながら憎たらしそうに膝を擦る手の甲には、死線をくぐり抜けた数だけ皺が刻まれていた。
その一つ一つにしまい込んできた悔いが、行き場を失くし
古傷の
「俺は
「っ……」
息が詰まって、言葉出ない。
歓喜の涙が視界を歪める。
カイルにとってそれを受け取るということは、彼らの歴史を“継承する”ことに等しかった。
身に余る名誉__それと同時に、大いなる責任を背負うことになるだろう。
だが、その覚悟をとうに済ませていたカイルは、迷いなく足を踏み出した。
「バトンは、受け取りました」
傅き、リヴァイと目線を合わせる。
静かに頷きながら、受け取った形見を胸に当てて見せた。
あの日の少年と同じ瞳で、今度は確かなる未来への道筋を見据えて__
「俺は、貴方に飴をもらった“あの日”から、夢に向かって進み続けてきました。そして、これからも進み続ける」
青年は立ち上がった__彼はもう、
受け継がれた意志が、彼に
その双翼に月明りを透かしたカイルは、ここに、新たな誓いを立てるのだった。
「だから、
“世界を、もっと自由に”__
***
___数年後。
___【劇団オリオン座:ワールドツアー】開幕。
幕が上がり、拍手の波が凪いだ。
静まり返った舞台上で、一人の青年が口を開く。
『 これは、とある兵士たちの物語__ 』
紡がれた言葉が人々の心を繋ぐ。
そうやって人類は、歴史を築き上げてきた。
時代は移り変わる。
次は、彼の番だ。
『 残酷な運命に抗い、世界と対話した彼らの英雄譚__ 』
刮目せよ。
これが__“新しい時代”の幕開けだ。
『 そのすべてを!お話しましょう!! 』
―【 完 】―
〜後書き〜
『私は【進撃の巨人】を2千年後、いや、2万年後の来世まで引きずります…!』
どうも、著者の赤道さとりです(´-ω-`)
本作【進撃の巨人~もう一人の選択~】は、これにて“完結”となります。
最後までお付き合いくださりました皆々様、心から感謝申し上げます。
これまでの物語はすべて、“カイル・シャルマンが手掛けた脚本”というオチでした。
『カイネ・スミス』は本作の真の主人公カイルが生み出した架空の登場人物なのです。
※ちなみに。カイルの所属先である劇団オリオン座は、『#45 火、燃ゆる』にて一度登場しています。
それでは、ここから少しだけ本作について語らせていただきます。
(少し長いので2つ目の「**」まで飛ばしていただいても構いません)
**
まず。
本作では、しつこく「この物語はフィクションです」と伝えてきました。
その真意がここにきてようやく明るみになったと思います。
最後の最後で、実は物語のすべてが“フィクションだった”と判明する話をどうしても書きたくて…
『フィクションの中のフィクション』__的な?
読む人によっては不完全燃焼となりかねないフィニッシュかもしれませんが、著者としては非常に満足しております。
さて。
この物語の目的は、大好きな幹部3人(エルヴィン、リヴァイ、ハンジ)の英雄譚に更なる付加価値を見出すことでした。(それについては、Xの投稿『【現在公開可能な情報】1.この物語の目的』(2026/1/20更新)でも語っていました)
そう。
私はとにかくエルヴィンとリヴァイとハンジが大好きなんです。
彼らに報いるため__それが本作の主人公カイル・シャルマンもとい、カイネ・スミスの役割だったのです。
◆幹部3名における主人公の役目◆
・エルヴィン:夢を叶える代役
・リヴァイ :共に生き残る古き仲間
・ハンジ :友であり良き理解者
さらに。
本作の位置づけがサイドストーリーであることを口実に、【進撃の巨人】の物語を別のもう一人の視点で振り返ることで、【進撃の巨人】の面白さを色んな角度からお届けすることが著者にとっての使命と(勝手ながらに)感じていました。
たくさん、たくさん、想いを込めて__そうして出来上がったのが、本作【進撃の巨人~もう一人の選択~】なのです。
著者の想いや解釈がどれほど伝えられたか定かではありませんが、この物語のどこかほんの一部だけでも皆様の心に刺さっていると嬉しいです。
そして。
これは、これまでもこれからも何百・何千回と繰り返す想いなのでしょうが…
【進撃の巨人】って本当に素晴らしい作品ですね!!
**
改めまして。
最後まで応援してくださった皆様、誠にありがとうございました!
物語の発案から約2年、投稿開始から約1年半。
最後まで走り切ることができたのは、読者の皆様やXでお繋がり頂いた進撃ファンの皆様、そして影で支えてくれた家族のおかげです。
本作は完結しましたが、【進撃の巨人】に関しましてはまだ未投稿のスピンオフの執筆だったり、滞っていた別作品を更新する予定です。
(もしかすると、本作も【番外編】を出すかも…?)
(カイルが壁の巨人となる前の話にほとんど触れられなかったので…)
さらに、二次創作の投稿がすべて終わりましたら、一次創作にも挑戦する所存です。
皆様とまたどこかでお会いできる日を、楽しみにしております。
最後に。
親愛なる 諌山創 先生 へ、愛を込めて__
__『“心臓”を捧げよ』
著者:赤道さとり