〜前書き〜
番外編1つ目は、カイルが壁の巨人になった経緯の話です。
細かい設定などは後書きで説明しますが、1点だけ先に触れておきますと…
◎カイルは東洋人とエルディア人のハーフです。
⇒東洋人の血が入っているため、始祖の洗脳は効かない。
⇒エルディアの血が入っているため、強制的な巨人化には抗えない。
※強制的な無垢巨人化に抗えるのは巨人の力を体に宿す『アッカーマン一族』と『九つの巨人』のみだという著者の解釈から、上記の設定としております。
↓それでは、本編へどうぞ↓
___100年以上前。
___【パラディ島】にて。
「うぅ…」
そこは3重の壁の最外層、ウォール・マリアの領地内。
草花の揺れるささやき声が耳に心地良いのどかな山奥に、ぽつんと佇む小屋の中。
「うぅ…痛いよぅ」
「よく我慢されました、ヤマト様」
女は幼子のか細い腕に包帯を巻きながら、隠されていく印に引きずられるように目を眇める。
「これは我々東洋の一族が代々受け継いで来たものです。
それを聞いた子供はぽかんと口を開けて、女を見上げる。
「子供……ねぇ、ミト。子供ってどうやってできるの?」
「…さぁ? 今度ニカイドーにでも聞いてみましょうか」
「うん!」
………
…
彼らは
迫害の歴史が如何にして始まったのか、事の発端はこれより“10年前”に遡る。
一族の長はこの壁の王に逆らった、友好国の未来を想って。
そして何より、愛する家族を守るために__
***
___【ウォール・シーナ:とある教会】にて。
祭壇の前で跪き、神に祈りを捧げる男がいた。
彼の名は、カール・フリッツ__エルディア帝国第145代国王にあたる人物だ。
教会の外では記憶を書き換えられたばかりの住民らが、挙動不審に右往左往している。
中には早々に正気を取り戻し、これまでの日常に戻っていく者も見受けられた。
そんな人の波をかき分け、教会の扉を重く打ち破る者が一人__
「カール!!これは一体、どういうことだ!?」
荒い呼吸で教会の神聖な空気を乱すその男は、教会の装飾に負けず劣らぬ身なりをしている。
しかし、外に蔓延る住民とも、祈祷を中断し立ち上がったカールとも顔の構造が根本的に異なるように見える。
一国の主に向かって随分な口の利き方だが、カールは特段気にする様子もなく振り返った。
「カイジ……
「たわけが。交易のためにマーレのタイバー家と接触すると言い伝えてあっただろう。」
「交易…か。あぁ、そうだったな。昨日あたりに衛兵から聞いたよ」
「まさかタイバー家から持ち掛けてきた話が、裏でお前が糸を引いていたとはな」
「私から彼らに頼んだのだ。
「アズマビト家の当主であるこの私を直々に呼び出すのだ。どんな莫大な儲け話かと思えば……蓋を開けたらこれさ」
「それで私の元へ? 自国の心配が先ではないのか」
「ヒィズルには側近のオワリを向かわせた。我が国を見くびってもらっては困る。アズマビト家の家臣もな」
そう、彼はエルディア帝国が懇意にしている友好国、ヒィズルを治めるアズマビト家の当主カイジ・アズマビト。
エルディア帝国の持つ強大な軍事力に関心のあったカイジは若かりし頃からカールとの交流を深めており、カールが国王に就任した翌年に彼の妹エリシャを嫁に貰い受け、ヒィズルはエルディア帝国の同盟国となった。
約20年ほど前より頻発している同士討ち__人々の間で『巨人大戦』と呼ばれている小競り合いの解決にも、カイジは協力を申し出た。
だが今回、エルディア帝国に仇なしていたはずのタイバー家が、ヒィズルへ直々に交渉を持ち掛けてきたのだ。
そこで聞かされたのは、カール・フリッツがエルディア帝国の歴史に自ら終止符を打ったという想像を裏切る真実だった。
「お前は自作自演で、この戦いを終わらせた……何故だ!? それも10年前、お前が王に就任してすぐにタイバー家と手を組んだと聞いたぞ。この10年、お前はずっと俺を騙し続けていたのか!? 我々は何のためにっ…」
「すべては、贖罪のためだ」
「贖…罪…?」
「これまでエルディア帝国は他国を…特に元大国マーレを虐げ続けてきた。望まぬ子を産ませ続け、残虐な略奪を繰り返し、復讐の連鎖を積み上げる。私はもう、疲れたのだよ……この国の愚かさに。争いの消えぬ、この世に」
「疲れた…だと? 王の責務というのはっ…」
「カイジ、この壁の秘密を知っているか?」
「…は? 壁の…秘密? これは先代王の就任時に建設したものではないのか?」
「そうだ。だが、この壁の民は知らない……この壁がどのようにしてできたのかを」
「どういう意味だ?」
「先代から始祖の巨人を継承する際、
「ま、まさか…」
「この壁は大勢の人間でできてきる。それも過去の戦争で捕虜にしてきた一族らがその“材料”だ」
「!?」
パラディ島の中心に築かれた3重の壁は外側から中心に向かって480kmもの大きさを誇る。
その構成物質は“人間”__壁の巨人として強制的に巨人化させられたエルディア人だというのだ。
この壁を建設するために一体何万人、何十万人のエルディア人が犠牲になったことだろう。
継承後、カールは“記憶”を見た。
何の罪もない人々の記憶を奪い、強制的に巨人化させる元君主の姿を___
「何と嘆かわしいことか。先代は自分の身可愛さに大罪を犯した。侵略と略奪の果てに敵のいなくなったエルディアだが、それだけに飽き足らず、彼は傲慢にもこの地に安寧の楽園を築こうとしたのだよ……もちろん、八つの巨人を持つ分家らは自身の一族を壁の巨人に変えられた事実に激怒した。それが同士討ちの悲劇『巨人大戦』の起因だ」
「そん…な…」
「故に私は、マーレや世界がエルディアの殲滅を望むのであればそれを受け入れると決めた。それが今を生きる我々にできる唯一の贖罪なのだ」
「っ……」
カイジは頽れそうになる膝に何とか力を入れた。
カールの話を聞いて理解はできても、納得がいかない部分があった。
それは、今まさにこの教会の外に広がる異様な光景について__
「では、残された壁の民はいつ責められるともわからぬ状況下で、世界の復讐心に怯えながら暮らせと?」
「だから始祖の力で民の記憶を改竄している。彼らに罪はない。ただ裁かれるその日まで平穏にくらしてほしい…」
「クソッ、やはり外の住民たちは記憶を抜かれていたか……それでは死刑囚と同じだ!仮初めの楽園を作ったところで根本的解決にはならない!!」
「そもそもエルディアが存続する限り、解決など望めぬ。我々は裁かれるべき大罪人だ。報復を受けて然るべき存在なのだよ」
「いいや、お前は責任を放棄しようとしているだけだ。ウォール・マリアを通る際、新しい壁を見た。敵の攻撃に備えて張り出し
「タイバー家から忠告があったのだよ。マーレの民を納得させるために、この島に巨人を放つと……ならばこちらも民を納得させるための策を講じねばならん」
「お前がやろうとしていることは、先代の罪と何の違いがある!?」
「罪のない民に束の間の楽園を授けるためならば、私も大罪人となろう。自らこの手を汚すことで世界から裁かれる覚悟を得た。そうしてやっと、終わりにできる……この国のすべての罪を」
そう言うと、カールは瞼を下ろし両手を天に向けた。
まるで洗いざらい罪を告白し、神に向かって懺悔するかのように。
もはやこれ以上語ることはない__そう告げられているような気がした。
だが、カイジの瞳はまだ、彼を咎めていた。
「…何故だ。最初から終わらせるためなのであれば、何故ヒィズルを受け入れた…!」
吐き出された言葉は怒りに震え、
揺れていたのはそれだけではなかった。
再び瞼を上げたカールの瞳も、また__
「そんなに自分の野望が潰えたのが気に食わぬか。『ユミルの民』の血欲しさに我らに近づいたのであろう?」
「そ、それはっ…」
親友だったはずの人間から向けられる冷たい瞳。
冷水を浴びせられたような寒気がカイジの背中を這い上がる。
「…そうか、お前には俺も大罪人に見えていたんだな」
「アズマビト家を巻き込んだことは申し訳ないと思ってる。しかし、これも人間の浅ましさの成れの果て。運命を受け入れよ」
「確かに最初は自国の利益になればという浅はかな動機だった。だが今は、愛する者たちの国を良くしたいと心の底から願っている」
「…すまないが、もう決まったことだ。私にはあと3年の猶予しか残されておらぬ。邪魔立てするようであればヒィズルとの国交も破断させてもらう。我が妹エリシャの記憶も書き換えるとしよう」
ガクッ…
とうとう、カイジは膝から崩れ落ちた。
「くっ……はは!……あっははは!」
地面に両肘を擦り付けながら、狂ったように笑い出す。
そんなカイジの瞳からは、希望の光が消え失せていた。
「お前は『変わり者』だ。そんなお前がその力を持ってはいけなかたのだ…」
情けなく背中を丸めるカイジ__だが突然、彼は立ち上がった。
そして、…
「すべての元凶を絶つ!今、ここで!!」
ザシュ!
息も忘れる速さで間合いを詰めたカイジは、懐に隠し持っていた短刀をカールの左胸に突き刺した。
「がはっ…」
胸を一突きに貫かれ、血反吐を吐き散らすカール。
ぐったり脱力しきった彼の身体を、カイジは優しく抱え込んだ。
「すまないカール、私は自分の家族を守りたい。来世で会おう…」
親友の瞳が闇に堕ちていく。
腕の中で、息絶えた__そう、思っていた。
「あぁ…だが、それは……まだ先に…なりそう、だ…」
「!?」
何故だ__その言葉を口にするよりも前に、腕の中の親友は再び瞳を揺らした。
「私の心臓は…右に、ある。これこそ…私が『変わり者』である、所以…かもしれぬな…」
「なっ…」
バーーン!!
教会の扉が開かれる__そして、未来への扉は閉じられた。
「カール様!!……貴様、この反逆者が!!」
………
…
(カールよ。我々はいつから道を違えていたのだろうな…)
『これより!国王暗殺の罪を犯した大罪人、カイジ・アズマビトの公開処刑を執り行う!!』
(ずっと同じ景色を見ているのだと思っていた。だが、真に肩を並べた日はなかったというのか…)
『この売国奴がーー!!』『アズマビト家を許すな!』『裏切者には然るべき報いを!!』
(ふっ…先に行って待っているぞ…)
__地獄で。
ザシュ!!
***
___数週間後。
___【王政府管轄監獄棟】にて。
「母さん……父さんはどうして殺されたの?」
「…あの人は最後まで信念に従ったのよ。立派にね」
「しん…ねん…?」
「あなたもいずれわかるわ……
女は朗らかに目を細めながら、深緑の瞳を持つ子供の頭を撫でる。
そんな二人が幽閉されている牢屋の前に、新たに2名の囚人が連れてこられた。
「エリシャ様!すみません、我々がついていながらカイル様までっ…」
「君主を守れず、何が御三家か!我が命を以てしても、この失態は拭い切れませぬ」
「キイ、ミト。誰も悪くはないの……強いて言えば
「オイ、口を慎め!王のご慈悲で同じ棟への監禁を許可されたのであるぞ!」
成人の男女を2人連れていた看守はそう怒鳴りつけながら、手錠に繋がれている鎖をじゃらりと波打たせた。
すると、男の方が唾を吐きかけるように看守を煽る。
「くく、ご慈悲ね……本当にそうだと思うか?」
「なにっ…」
ドガァーーン!!
凄まじい爆発音と同時に、牢屋の天井が崩れ落ちた。
太陽の光が差し込み目が眩んだ隙に、武装した数名の人間が侵入する。
ほんの一瞬の出来事__看守は成すすべもなく、侵入者の懐に収まっていた。
「おおっと……エリシャ様、少しカイル様のお目を塞いでてもらえやすか?」
「デニス!来てくれたのね!」
エリシャと呼ばれた女が子供を抱き寄せたのを確認すると、侵入者の男は看守の首に回していた腕を勢いよく捻じった。
ボキ!
「…遅れてすいやせん。フリッツ王に追放されてからというもの、アッカーマン家の情報網は腐りきっちまって。さぁ、早くここから出やしょう…!」
………
…
監獄から脱獄した一行は何度も馬車を乗り換え、とある目的地へと向かっていた。
幼い子供を連れた女の名は、エリシャ・アズマビト__国王暗殺の罪で処刑されたカイジの妻であり、国王の実の妹である。
カイジの処刑後にその妻子を投獄させたカールは、身内であることから終身刑という情けをかけていた。
しかし、
「うぅっ…」
「エリシャ様? どうしたんで!?」
「だ、大丈夫。少し、吐き気がするだけ…」
そう言ってエリシャは青ざめた顔で腹をさするのだった。
***
___数か月後。
___【アッカーマン一族が隠れ住む山奥】にて。
オギャアアァァ…!オギャアアァァ…!
「う、産まれたか!?」
エリシャの悲鳴が赤子の産声に変わった途端、居てもたってもいられなくなったデニスが扉を開けて入ってきた。
すると、赤子を取り上げていたミトがぎょっと振り返る。
「ちょっと!お産の場は清潔でないといけないの!終わるまで外にいてください!」
「す、すまねぇ…」
…ガチャ。
瞬時に追い出されてしまうデニス。
慌てて外に出ると、扉のすぐ目の前に立っていたカイルと目が合った。
「…産まれたの?」
「えぇ、女の子でした。こんなちっこい体で……俺ぁ不潔だからって追い出されちまいました」
「ふけつ…?」
「汚ねぇってことです」
「デニスは綺麗だよ?」
「…カイル様、その言葉は大っきくなって意中の相手を落とすその時まで取っておいてくだせぇ」
「……?」
円らな二つの瞳が傾く__年は7つ、まだあどけなさが残るが母親似の端正な顔立ちをしている。
デニスはその無垢な視線から逃れるように、廊下に置いてあった木製のベンチに腰を下ろした。
カイルも釣られるようにベンチに座ると、その座面の上で膝を抱え込む。
「…どうしたんです?」
「父さん、捕まる前に言ってた。名前は『ヤマト』にするって」
「ほぅ…あまりヒィズルの国の言語にゃ詳しくありませんが、良い響きですな」
「その時に僕の名前の由来も教えてくれた。ヒィズルの名前……“海”を“流”れるって書くんだって。『海流』__海と海とつなぐ道って意味があるらしい」
「へぇ~そいつぁいい!ヤマト様はどのような意味で?」
「えっとね…父さんたちが乗ってる船の名前だって」
「海の道に船!カイジ様らしいというか何というか…」
「それが……父さんとの、
「……」
円らな二つの瞳が俯く__輝きを失った双眸に、床板の木目が渦巻く。
デニスはその悲哀に満ちた視線に割り込むように、カイルの目の前に傅いた。
「カイル様、ようお聞き下さい」
「うん…」
「この世の中はどうにも理不尽なことばかりだ。今の俺たちの境遇がそれでさぁ。この迫害は俺たち一族が存続し続ける限り、終わることはねぇでしょう」
「…え、迫害はまだ続くの?」
「残念ながら。いずれ一族の名すら捨てなければならねぇ日が来るかもしれやせん。人間生きてりゃ、忘れたい苦い思い出も忘れちゃならねぇ尊い思い出もある。そして時には、
「そんなの……嫌だ」
「えぇ、ごもっとも。だが生きてさえすりゃ、一族の絆まで失うことはない。どんなに辛くて、惨めで、みすぼらしくなったって、命がありゃ想いや願いが絶えることはねぇんでさぁ」
「願い…?」
「カイジ様はきっと、子供たちに何かを託された。これぁ俺の勘ですが、あなた様方のお名前にカイジ様の願いが込められている気がしやす。きっと、あの人の“信念”に通ずる何かが…」
そう言ってデニスはそっと手を差し伸べた。
傷だらけでゴツゴツとした手__その身が王家を守るために捧げられてきた証だ。
カイルはその手を見つめたまま問う。
「僕はどうすればいいの?」
「ただ、生き延びてくだせぇ。一族の誰かをまた失うことになっても生きることを諦めてはならねぇ。例え……『ただのカイル』になろうとも」
そうだ。
生きることを諦めてしまっては、父の“シンネン”を知ることもできない。
カイルは差し出された手に自身の小さな手を重ねながら、デニスの瞳を見つめ返す。
希望に満ち溢れた、その瞳で__
「ありがとう。やっぱりデニスは綺麗だよ」
「へへっ…こいつぁ叶わねぇや」
………
…
***
___数週間後。
ドンドンドン!
まだ太陽が上がりきらぬ夜更けに、デニスの部屋の扉が乱暴に叩かれた。
その音で瞬時に体を起こしたデニスは寝床の近くに備えてあった武器を手に、臨戦態勢に移る。
そして、慎重に扉を開ける__だが、廊下にいたのは顔を青くしたキイとミトだった。
「何だあんたらか。どうしたんでぇ、こんな早くに…」
「エリシャ様がいない!!カイル様もっ…」
「何だと!?」
デニス達は協力して、周辺を捜索する。
しかし、見つかったのは__ヤマトの身包みの中に残された、エリシャの手紙だけだった。
『キイ、ミト、それからアッカーマン一族の皆さん
大変お世話になりました。私はカイルを連れてこの地を離れます。
つい最近も、各地を巡って洗脳を続けている兄の足ががこの近くに及んでいると耳にしました。
偶然にも洗脳の効果範囲にこの地が入ってしまうのが怖いのです。
私自身が、あなた方を売ってしまうのではないかと…
カイルにも私のエルディア人の血が入っています。この子も危険な存在です。
ですが、ヤマトはまだ生まれたばかりで物心もついていない。
兄はこの子の存在も知らないはず。
きっとこの子だけは、洗脳の脅威から逃れられるでしょう。
ヤマトを頼みました。
エリシャ・アズマビト』
読み終えた一同は、愕然と立ち尽くした。
「そんな、エリシャ様…!私らのことなどっ…」
咽びながら泣き崩れるミトを横目に、キイはデニスに突っかかる。
「こ、これはどういうことだ!? エリシャ様はまだしも、カイル様には東洋の血が入っている!洗脳は効かないはずだろ!なぁ、デニス!!」
「あぁ、そうだ。だが、彼女は嘘を刷り込まれていたんだろう。カール様によって…」
「なんて…ことを……では!エリシャ様は初めからヤマト様だけに希望を託されて、脱獄を目論みたと…?」
「さぁな。どの道これは、君主の真意を見抜けなかった俺たち家臣の失態だ…」
グシャ…
手紙を握り潰したデニスは、悔しさに奥歯を食いしばった。
「クソ!!……カイル様、どうかご無事で…!」
だが、その切なる願いは__叶わず潰えるのだった。
………
…
数日後、彼らの元へ耳を疑う報せが届く。
「大変だ、デニス!!エリシャ様と、カイル様がっ…!」
キイが握りしめていたお触れに書かれていたのは、数日後に執行されるエリシャ・アズマビトとその子息カイル・アズマビトの公開処刑を告げる内容だった。
***
___公開処刑当日。
___【
「アッカーマンらは今頃、ミットラスの処刑場を見張っておるのだろうな。それが虚偽の報せとも知らずに…」
冷たい瞳でそう告げるのは、変わり果てた兄の姿だった。
心優しい兄の面影はもうない__
「あなたは本物の悪魔に成り下がってしまった。何が楽園よ、民を壁の中に閉じ込めて……これじゃあただの監獄だわ」
「そうだ。我々には罪びとの血が流れておる。皆等しく、囚人なのだよ」
「だから私達も
「あぁ、見つけるのに苦労した。また脱獄されては困るのでな」
そう話すカールの視線の先では今まさに、強制的に巨人化させられたエルディア人が硬質化の能力で壁を築き上げている最中だった。
その壁の一部に、エリシャたちを組み込もうというのだ。
壁の巨人と化して__
「ならいっそ殺してしまいなさいよ!親友であったはずのあの人を葬ったように…」
「身内をこの手にかけろと? 私はそこまで堕ちこぼれてはおらぬぞ」
「はっ…生き埋めと死刑に何の違いがあるのよ。それに、私たちは悪魔なんでしょ?」
そう話すエリシャの視線の先では、ぞろぞろと見物にきた民衆が野次を飛ばしている。
『人類滅亡から我々を救った王へ、恩を仇で返すとは!』
『国への忠義を捨てた売女が!その子供は悪魔の子だ!』
『この壁にアズマビトの血はいらぬ!その子供諸共殺せぇ!!』
エリシャは我が子への批判に眉を顰めながらも、再び兄を睨み返す。
「ほら、あなたのかわいい民は私達の処刑を望んでいるわ」
「嘆かわしいことよ。アズマビトの名は汚れてしまったな……安心せよ。民どもからはアズマビトの記憶を消しておこう」
「それが虚しいことだと言っているの!!民の記憶を書き換えることは、民を殺しているようなものよ!自分の思う通りに民を従えて、何が王よ!!」
「辛いな。我らには同じ血が流れているというのに、分かり合えぬとは……エリシャよ、お前の記憶も消させてもらう」
「なっ…!?」
カールは躊躇うこともなく、エリシャへ近づいていく。
縛りつけられ身動きの取れないエリシャは必死に首を横に振って抵抗する。
「わからないの!? それが人間の残虐性の本質だと!この仮初めの世界が冷え切っていることにあなたは気づいていない。可哀そうな人……あなたも同士討ちに明け暮れた人々と同じ!人間の本質に抗えない、愚かな奴隷だった!!」
「ふっ…君も理想に溺れた哀れな奴隷じゃないか」
冷え切ったカールの手がエリシャの肩に伸びる。
隣に縛り付けられた息子に目をやってから、エリシャはもう一度訴えた。
「お願い、やめて!私は忘れたくない!あの人のことも、この子のことも…!」
しかし、その願いが聞き届けられることはなかった。
「さらばだ、エリシャ…」
「このっ……忘れるもんか!!私はエリシャ・アズマビト!カイジの妻で、カイルのっ…」
バチバチィ!!
カールの手がエリシャに触れた途端、細々とした閃光が瞬いた。
その光は小さな
枯れた花__ぐったりとうなだれた母の様子は、幼いカイルの目にはそう映った。
「母…さん…?」
カイルが恐る恐る覗き込むと、エリシャはふっと顔を上げた。
そして、カイルの目を真っ直ぐ見つめ返しながらこう口にする。
「あなたは、誰?」
「っ……」
あぁ、まさしく今がそうなんだ__と、カイルはデニスの言葉を思い出した。
―“『時には、
最後までアズマビトであろうとした母の誇りを、自分は受け止める必要がある。
だから今は、その名を胸にしまおう。
もう二度と、その名を傷つけさせないために。
いつの日か、その想いを繋ぐ
「僕はカイル……ただの、カイルさ」
=====
___850年。
ガラ……ガラガラガラ…
(ん…眩しい……これは太陽?……温かい)
(僕はようやく自由の身に? だけど、あれ……体が動かないや)
(なんだか、長い夢を見ていた気がする。あれからどれほどの年月が過ぎただろう…)
(父さんは殺されて、母さんは記憶を奪われ……あれ?)
―“『私はエリシャ・○○○○○!』”―
(あの時、母さん何て言ってたっけ?)
(ダメだ……思い…出せない…)
バサッ
(…また暗闇だ。太陽が見えなくなった)
(ここは寒い……ものすごく、寒いよ)
=====
___854年。
ズシン……ズシン…
(あぁ、やっと外に出られた。だけどやっぱり靄で何も見えない)
ズシン……ズシン…
(それに耳が痛い……ものすごく、痛いよ)
ズシン……ズシン…
………
…
「……ん? 人間に…戻った…?」
「ここは……どこ?」
「母さん!」
「え、誰…」
「このっ、悪魔がぁぁ!!」
ボゴッ…
そうやって母さんは、知らない国の人間になぶり殺しにされた。
僕はただそれを、まるで夢でも見ているかのようにぼんやりと眺めているだけだった。
=====
___855年。
変な椅子に座った顔に傷のある男がやってきた。彼は何やら怪しい木箱を膝に乗せている。
彼の名前はイェレナさんが事前に教えてくれた。同じ姓を持つ人を知っている。その人物は自分によくしてくれた。
自分に家族がいたことは覚えている。父の顔も、母の声も。
だけど不思議だ。これだけは思い出せない。
その男が、問う。
「…名前は?」
僕の、名前は__
【 Fin 】
〜後書き〜
『カール・フリッツって名前、なんとなく響きが美味しそう』
お久しぶりです、著者です(´-ω-`)
番外編その①をお読みいただき、ありがとうございました!
番外編その①としましたが、②、③があるかはまだわかりません(笑)
カール・フリッツがどのようにして楽園を築き上げたのか__あくまで著者の妄想ですが、その手段には平和とは程遠い残虐な圧力もあったと想像しています。
カイルが自分のラストネームを忘れてしまったのは、奥にしまい込んだ記憶が長い年月によって蓋をされてしまった…的な?感覚としては“暗示”に近いです。
以下、細かい設定等説明します。
■おまけ
◎先祖・子孫に関する本作での設定
・パラディ島で産まれたカイジとエリシャの第2子ヤマトが、ミカサの先祖にあたります。
・アズマビト家の当主カイジには何人か兄弟がいて、ヒィズルにいた兄弟の子孫がキヨミにあたります。
⇒最終話の55話でカイルがキヨミの親族というのはそういうことです。
◎人物紹介
【アズマビト家】
・カイジ・アズマビト(ヒィズル名:海司)
⇒キヨミが「将軍家の忘れ形見が…」といってたのがカイジという設定です。
・カイル・アズマビト(ヒィズル名:海流)
・エリシャ・アズマビト(カールの妹、カイジの妻)
・ヤマト・アズマビト(ヒィズル名:山処)
⇒ヒィズル名は「大和」でもよかったんですが、海と山で対比させたくて…あ、でも由来はもちろん戦艦大和です。ミカサの先祖なので、同じく戦艦からとりました(笑)
【カイジの臣下:御三家】
・オワリ・フジノミヤ(政治面でカイジを支える。御三家の中で一人ヒィズルに帰っている)
・キイ・ニカイドー(基本的には護衛の役割。体術に長けてるはずだが、本作ではあまり役立ってない…笑)
・ミト・サンゼンイン(アズマビト家の身の回りの世話をする役割。あ、ミトは女性です)
※ファーストネームはもう…ね?お察しください(笑)
※ラストネームは日本名の苗字をもじることなく感覚的につけました。
【アッカーマン家】
・デニス・アッカーマン(ケニーの曽祖父?のイメージ)
※原作では、ケニーのおじいちゃんが登場してますよね。そのお父さんという設定です。