トレーナーの裏垢を見ちゃったウマ娘   作:ここだよ、ここ!

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トランセンド

 

 茜色の空。レースコースを鳴らす地響きが少なくなり、帰寮するウマ娘の笑い声がトレセン学園を彩る。

 

「ん~~~~」

 

 遠くから聞こえるそれらをBGMに、ガジェット通で情報屋のウマ娘トランセンドは、ゲーミングチェアを揺らしながらマウスの側面をトントントンと親指で叩いた。伊達眼鏡に反射するマルチモニターには、オタク御用達SNS『ウマッター』が映し出されている。

 

(これ本当にトレちゃんかなぁ……)

 

 ウマッターに表示されているユーザーアイコンを、カーソルが忙しなく行ったり来たりする。

 

 先日のことだ。

 トランセンドがトレーナー室を訪れると、彼女の担当トレーナーがソファで横になって寝息を立てていた。労いついでに毛布でもかけてあげるかと近づいたところ、だらりと床に垂れ下がった右手から何かが落ちているのを見つけた。

 飾りっ気のない、使いやすさを重視したスマートな黒いケースだが、アクセントにデフォルメされたトランセンドのステッカーが貼られている。見慣れたそれはトレーナーのスマホだった。

 

(トレちゃんさぁ……もう少しで踏み潰すところだったんだけど!?)

 

 危うく高額な代物を踏みそうになったトランセンドは冷や汗を垂らしながらスマホを拾う。画面が割れてないかどうかを確認しようとひっくり返すと、小さな液晶は明るく輝いていた。トランセンドが訪れるよりもクビ差かアタマ差で寝てしまったのだろうそれは、ロックがかかっていないアクティブモード。

 覗き見は趣味が悪いよねぇと思いながらも、ついつい画面を見てしまった。

 画面下部を埋め尽くすソフトウェアキーボード。画面中央はトレーナーの送信寸前で止まった文章に、画面上部は見たことのないIDから送られたポスト。

 返信しようとしている画面のUIから『ウマッター』のアプリであることが一目でわかった。

 

(……この会話相手、誰だろう? 返信してるID見たこと無いけど文体から察するにトレちゃんの友達かな?)

 

 『トレーナーはSNSの裏垢を持っている』。ウマ娘の間で流行っている噂だ。

 二人のやり取りを流し目でチェック。それは「休日をこんな過ごし方していた」という面白みのないポストで、お互いに敬語を取っ払った砕けた文面、自分が知っているトレーナーの公用アカウントは、自分に関するレースや宣伝などのポストしかしていないのに、その公用アカウントでこんな日常的なやり取りをするだろうか。

 

 いや、しない。(反語)

 

 となれば、このトレーナーのアカウントはプライベートアカウント━━━━俗に言う『裏垢』と推察できる。

 

(今トレちゃんがログインしてるウマッターのアカウントって最近噂になってる裏垢じゃね? ちょいちょいちょい~! トレちゃんさぁ、大事な場面で寝落ちしちゃダメでしょ~! 発見したのがウチじゃなかったら個人情報抜き取られてたかもしれないよ? なーんつって、実はウチも興味津々だったりして)

 

 プライベートを詮索するのは野暮だと切り捨てつつも、好奇心を抑えられない彼女は自分のスマホのカメラを起動し、トレーナーのウマッター画面をパシャリと撮ってしまった。

 二人の会話ログを写真で保存し、これを一言一句間違えること無く自分のウマッターで詳細検索をかければ、トレーナーの裏垢へとたどり着けるに違いない。

 そんなこんなで自室に戻り、ウマッターからトレーナーの裏アカウントらしきものを特定したところでトランセンドの手が止まったのだ

 

(ウチのトレちゃん、見た目よりも機能美を追求するオタク気質なところあるけどさぁ、それにしたってこれは……どうなんだろう……)

 

 恐らくトレーナーのウマッターアカウントと思われるプロフィール画面だが、無骨すぎる。

 

 アカウントID、TranTTT。

 

 ユーザー名、レース好きおじさん。

 

 ヘッダー画像、SNS開設時デフォルトの青色。

 

 アイコン画像、SNS開設時デフォルトの人型アイコン━━━━ではなく旧版の卵。

 

 フォロー・フォロワー数、1桁。

 

 自己紹介欄も「アニメやゲームやウマ娘のレース好きおじさん」の一言。

 

 トランセンドの宣伝をする公用アカウントはヘッダーもアイコンもトランセンド一色にこだわっているのに、このプロフィールは味気ない。ちょっとギャップがありすぎる。しかもトレーナーはコンプライアンス関係はガッチリしているので、裏アカウントに鍵をかけていないところも怪しい。

 アカウント開設時期が2年前なのに「旧式の卵アイコン」を設定するオタク心を見抜けなければ、1からアカウントを辿り始めるところだった。

 

(ちょっと探ってみよっかな)

 

 下にスクロールしてポスト内容をチェックしていく。

 

「うわ」

 

 思わず声が出た。

 最新の呟きが、PCゲームのキャンペーンリポストだったからだ。抽選でN名に声優さんのサイン色紙、特製マウス、特製マウスパッド、アマギフなどなどがプレゼントされる、いわゆる『懸賞企画』。多分ウマいねもしているだろう。

 危うく「興味ない広告が表示されてるなぁ」とスルーするところだったので、これにはさすがのトランセンドも苦笑い。

 

(だから鍵かけてなかったんだねぇ)

 

 鍵をかけていてはダイレクトメールを送れないので、応募要項に鍵をかけないことなどが含まれていたのだろう。ネットの炎上に詳しくてコンプライアンスに気を使っている自分のトレーナーが、裏アカウントらしきものをオープンにしていた疑問は氷解した。

 

(……このPCゲーム、トレちゃんがこないだ話してたやつだ。サイン色紙の声優さんも、トレちゃんが好きな女性声優さんだし。うーわ、これ本当にトレちゃんのアカウントっぽい)

 

 キャンペーンポストの画像を注意深く観察すれば、このキャンペーンのPCゲームはちょくちょくトレーナーが話題に出していたeスポーツ━━━━競技シーンの盛んなゲームである。サイン色紙の声優さんもトレーナーが好きな声優さんだ。このコンテンツが好きな人間なら喉から手が出るほど欲しい一品であることには違いない。

 これは、トレーナーのアカウントで間違いないだろうと100%信用できる材料だ。

 

(他には何を呟いてるのかなー……。アニメ、映画、アニメ、またアニメ、おっとっとウチがこないだ出走したレースだ……でもウチの名前は書かないで眼鏡の絵文字だけ使われてる。間違って鍵を開けた時の、念のための検索避けかな? そんでまたアニメ、ゲーム、お、また眼鏡の絵文字でウチのレースの話。声優さん、声優さん、アニメ、ドラマ、アニメ、俳優さん、映画……。うーん、趣味のことだけを呟く古き良きオタクって感じの内容だ。トレちゃんらしくていいよぉ、うんうん、トランポイントを進呈してしんぜよう)

 

 アニメ、映画、ドラマ、俳優、etc━━━━。

 

 攻撃的・政治的な呟きも、愚痴などの弱音もなく、淡々と趣味を語っている多趣味な人の個人的なアカウント。無味無臭だが、売名・バズリ目的で運用されがちなSNSでは得られない栄養が詰まっている。これならいつまでも見ていられそうだ。

 

「……お、誰かと会話してる」

 

 はたとスクロールする手が止まる。このアカウントを見つけたきっかけは、トレーナーが誰かと会話していた画面を無防備に晒して寝ていたからだが、その会話内容をじっくりと見たことはない。

 情報屋としての好奇心が疼く。

 それに、このアカウントは100%トレーナーの裏垢だと信じているが、あと1%、101%信じさせてほしいという気持ちもある。下半身不随を治すために黄金の回転を求める某漫画のトレーナーを思い出しながら、トランセンドはメガネを光らせて会話内容に目を通した。

 

 

 

『TranTTT 誘ってくれてサンキュー。ご飯美味しかったわ』

 

 

 

「誘う……誘われた、何かに……。いや、何に誘われたかの前に、この日付って……」

 

 一番上に表示されている会話ツリーで着目したのは、どこの誰とご飯に行ったのかではなく、右下に小さく表示されている日付と時間。

 先々週の水曜日、トレーニングを終わらせたトランセンドは話題になってるアニメ映画を見ようとトレーナーを誘ったのだが、ご飯を食べる用事があるからと先約がいたので断られたのだ。その日付がこの会話のツリーで、時間はゴールデンタイムの21時に行われている。

 食事するという自分のトレーナーの言動と一致している。予定が入っていると断ったのはこれだったのだ。

 

(うん、これ、トレちゃんの裏垢で間違いないかも。これで100%信用してたのが101%になった。拳銃は隠し持っていなかった。それにしてもウチと映画見るよりご飯食べに行くのを優先したんだ。ちょっとショックだな~。愛バを差し置いて誰と行ったのかな~?)

 

 裏垢でやり取りしているということは学生時代の友人である線が濃厚である。カチッとクリックして会話ツリーを表示した。

 

 

 

『TranTTT 合コン楽しかった~!久しぶりにトレセン関係者以外の人と話したわ!』

 

 

 

 数秒、数十秒。トランセンドの刻が、止まる。

 

「えっ、えっ、合コン……!? 嘘嘘嘘、トレちゃん合コン行ってたの……!?」

 

 映画の誘いの断り方がしどろもどろだったので違和感を感じていたが、理由がこれでわかった。

 

「あーね、合コンね、なるほどねぇ……。いやいやいやいやいや、合コンて……あのトレちゃんが合コン……え、本当に合コン? 合同コンパを略して合コンの合コン?」

 

 口に出して何度も確認する。

 

 合同コンパ。

 

 酒盛りを大義名分に、男女の仲を発展させてワンナイトを狙う不純異性交遊で間違いない。

 

(ま、まぁ、トレちゃんも年齢が年齢だしねぇ。うんうん、恋人見つけないとだよね)

 

 トレーナーの年齢は20代後半。30に片足を突っ込んでいる。自分のような小娘よりも将来設計を優先させるのはやむなしかと、無理やり自分を納得させようとした。

 

(それにしてもあのトレちゃんが合コン……へええええぇぇ、ト、トレちゃんが合コンかぁ~~~~~……! 解釈違いすぎるんだけどさあああぁぁぁ……。ふーん、まぁ良いんじゃないのおおおぉ? トレちゃんの人生だしいいぃぃ? ……あ、それともあれかなぁ、ご両親に結婚をせっつかれたのかなぁ?)

 

 自分とトレーナーはパートナーである。

 だがそれは契約書一枚の関係。そりゃあ幾つものイベントを隔てて親友以上恋人未満、それこそ相棒のような関係性を築いたつもりだが、人生の隣を歩む伴侶かと聞かれるとNOである。少なくとも現在は。

 

(ま、トレちゃんにはトレちゃんの事情があるんだろうけど……え、事情があるんだよね? まさか本当に女性に飢えたから喜んで参加したの? 違うよね、事情があったんだよね? まさか隣にこんな美少女がいるのに目移りしちゃったんじゃないよね?)

 

 トレーナーの人生に踏み込みすぎるべきではないと頭では割り切っているのだが、グツグツと煮えたぎるジェラシーで顔が引きつる。

 

(とりあえず続きを見よう……判断はそれからってことで……)

 

 

 

『Zimoto_saikou 急に呼んじまって悪かった 楽しめたようで良かったよ』

 

『mymenA お前喋るより飯食ってた時間のが長かったよな 合コンっつーか飯食いに来ただけ?』

 

『TranTTT サブカルかウマ娘の話しかできんくて女性陣と会話弾まへんかったからしゃーないんよ うまスタは宣伝用に使ってるけど流行りは全然わからんねん!ガハハ!w』

 

 

 

(ん、知らないアカウントが2つ……トレちゃんのリアフレかな?)

 

 会話ツリーを追うと、友人であろう2つのアカウントと会話が続いていた。

 前日になって数合わせということで急遽参加したこと。それに、ややオタク気味なトレーナーはウマッターでしかトレンドの収集をしないため、キラキラリア充御用達SNS『うまスタ』をメインに運用する若い子たちのトレンドについて行けてなさそうなことが窺える。

 「新作コスメがさぁ~」「元彼がさぁ~」「投資がさぁ~」「推しのアイドルがさぁ~」「インフルエンサーがさぁ~」なんて会話に取り残されてあたふたするトレーナーの姿が容易に想像できた。

 トレーナーは、合コンに行った翌朝5時の朝練には間に合っていたし、アルコールの匂いもなかったし、朝帰りもできていないのは確定。

 

(話が弾まなかったってことは手応え無し、か)

 

 総合すると、合コンが失敗に終わったのは明白だ。

 相棒が毒牙にかけられていないようで安心したが、それはそれとして気になる。自分のトレーナーは他者から見たらどう映っているのかを。

 

(トレちゃん、外見は爽やかで清潔感のある無色透明黒髪メガネ男子って感じだけど、趣味がオタク気質だし、何よりレースに燃える熱血男児なところあるし、そこがマイナスポイントに捉えられたんだろうなぁ~。年齢ももう若くないっておじさんを自認してたし、若い女性陣からすればちょっと狙いにくいよねぇ。性格は一途で~、実直で~、誠実なんだけど~、遊んでる女の人からしたら面白くないんだろうなぁ~。うんうん、見る人によっては冴えない地味男って風貌だし、論ずるまでもなく評価は下の方っぽいかも)

 

「喋ればノリが良くて面白い人なんだけどねん。しかも責任感強いし、芯があって誰よりも頼りになる大人なんだけど~~。いや~トレちゃんの良さがわからんか~最近の若いおなごにはわからんか~♪ むふふふ♪」

 

 トランセンドのトレーナーは、戦術やトレーニングの指導のみにとどまらず、世界が色を失った一番苦しい時期も隣で支えてくれた大人であり、人生観に良い意味で影響を与えてくれた恩人でもある。

 それに、レースのこととなると、トランセンドを勝たせるために熱心に勉強に取り込むデータキャラな側面を見せつつ、最終的には根性で頑張れと応援する熱血さも持ち合わせているのだ。

 自分からの評価は天井を突破しているのだが、たった一回きりの合コンで出会った女性陣からは、それはもう冴えない地味男に映っただろう。穴埋めに呼んだのだって、高給取りのトレーナーって肩書がちょうど良かったからに決まっている。

 余裕綽々なトランセンドは、「トレちゃんの良さが伝わらんか~」と後方相棒面で会話ツリーをスクロールしていく━━━━。

 

 

 

『Zimoto_saikou そういやお前、あれが初めての合コンだったんだろ?』

 

『TranTTT まーね 普段トレセン関係者としか喋らんから共学通ってた頃思い出してノスタルジックな気分だったよ』

 

『mymenA 初めての合コンだったのかよ笑笑 めっちゃ堂々としてたし会話の中心お前だったぞ笑笑』

 

『Zimoto_saikou ずっと「休日はなにされてるんですか?」「元カノとかいたんですか?」とかプライベートなこと聞かれまくってたよな笑笑』

 

『mymenA お前自身は会話よりメシって感じったのに笑』

 

 

 

「……おっと?」

 

 ん?流れ変わったな。

 

 雲行きの怪しいリプのやり取りに眉を顰める。

 

 

 

 

『TranTTT 彼女なんて生まれてこの方いたことないし、休日はレース見る以外してねぇっつーの あとアニメや映画見たりゲームしたり……おもんねぇやつだっただろうに、女性陣には気ぃ使わせちまったよなぁ』

 

『Zimoto_saikou あんまり卑下すんなって 酒飲み過ぎでゲロった子を介抱してのもポイントたけぇって評判だったぞ』

 

『mymenA 品がないからやらないってコール断ったクセに手品でフロア沸かせやがって』

 

『Zimoto_saikou あの合コンも結局お前が全額奢ってたしな 幹事から金徴収されなくて何事かと思ったわ』

 

『TranTTT 金だけはそれなりにあるんでね』

 

『mymenA お前だけ良い子ちゃんポイント稼ぎすぎだろ!』

 

『Zimoto_saikou そーだそーだ!! もっと悪に染まれ!!』

 

『TranTTT 漏れが誰かに迷惑かけると連帯責任でウチの子がバッシングされるから模範的な行動するンゴねぇ……』

 

『Zimoto_saikou 漏れとかキッショ笑笑 可愛い子が軒並みお前と連絡先交換したがってたから他の男連中お前に嫉妬してたぞ』

 

『TranTTT ボキにもついにモテ期到来!w いやぁモテる男は辛いンゴ!w』

 

『Zimoto_saikou ガチでそれキモいからやめて』

 

『TranTTT つーか俺がモテた云々にマジレスするけどさ、お前らが下ネタや外見イジりして株が下がった結果、俺の株が相対的に上がってただけじゃん』

 

『mymenA それな!マジでやらかしたわ! でもそれはそれとしてお前と連絡先交換したがってた子が多いのは納得行かねぇ』

 

『TranTTT 俺が中央トレセンのトレーナーだからじゃない? コネか金目当てだったんじゃないの』

 

 

 

「へっ、へええぇ~~~……あっ、そっ、すううぅぅ……すっ、そうなんだぁ~~……。トレちゃんモテるんだねぇ~……。見る目ある人がいたんだ……。ふーん……や、やるじゃん? いやでもどうせさぁ、中央トレセンのトレーナーっていう彼氏が欲しかっただけなんじゃないのぉ? ステータス高い彼氏がほしかっただけでトレちゃんに惚れたんじゃないんでしょぉ? そんな簡単にトレちゃんの良さは伝わらないっちゅーの……!」

 

 ピクピクと口角を引きつらせるトランセンド。トレちゃんの良さを一ミリも理解できない尻軽女ばかりだろうと思っていたら、なかなかどうして見どころのある小娘がいたみたいだ。

 焦燥感に駆られながら続きの会話ツリーを見ていく。

 

 

 

『mymenA それでしたの? 連絡先の交換』

 

『TranTTT いやしてない」

 

『mymenA なんでよ お前に迫ってた金髪ギャルの子、おっぱい大きかったしめっちゃ可愛かったじゃん オタク趣味も許容してるみたいだったし』

 

『Zimoto_saikou 黒髪ショートカットで九州弁の子も、お前の隣を陣取ってめっちゃボディタッチ多くなかった? あれどう見ても脈アリだったろ?』

 

『TranTTT マジで話が弾まなかったんだもん、趣味趣向が違いすぎて申し訳なさが勝ったわ それに連絡先交換したらコンプラとか情報漏洩とか怖いし そもそも俺は穴埋めのつもりで晩飯食いに来ただけだったし あとこういうこと言うと親ばかみたいだけど、俺が担当してる子と比べちゃうんだよなぁどうしても』

 

 

 

「お……おおぉ?」

 

 ん?流れ変わったな。

 

 ゲーミングチェアから身を乗り出してモニターに顔を近づける。

 

 

 

『mymenA あーはいはい、お前がよく呟いてる眼鏡のあの子ね、まぁ確かに可愛いもんなぁ』

 

『TranTTT 見た目良し、器量良し、距離感良し ノリが良くて軽口叩き合うけど、相手が嫌がることは絶対にしない思慮深さも兼ね備えている おまけに他のウマ娘の面倒見もいいし、そんな子といると女性に求める基準が高くなっちゃってさー。今日会った子のレベルが低いって言いたいんじゃないよ、でもどうしてもあの子を超える子に出会えなかったっていうか……罪なやつのトレーナーになっちまったよ』

 

『Zimoto_saikou ウマ娘って美人しかいねぇもんなぁ……』

 

『mymenA はいはいごちそうさま』

 

『TranTTT マジ可愛いんだって』

 

『mymenA 知ってるよ』

 

『Zimoto_saikou 何回も聞いたよ』

 

 

 

「でえええええぇぇぇ~~~~!? ちょいちょいちょいちょい褒めすぎ褒めすぎ~~!! トレちゃん褒めすぎ~~~!! ウチそんな風に見られてたん? いやぁ恥ずかしい恥ずかしい、言われてるウチが恥ずかしくなってくるって!」

 

 モニターを直視できなくなったトランセンドは、ゲーミングチェアを回転させて顔をパタパタ煽ぐ。しかし赤面しているその顔は、だらしなく破顔していた。

 合コンに関する会話ツリーはここで終わり。プライベートに首を突っ込まないというポリシーに反してでもトレーナーの裏垢を覗き見した価値ある内容だった。

 

「いやあぁ~~~ウチ、トレちゃんにこんな想われてたんかぁ。はあぁぁ……なんか、見てよかったのか悪かったのかわかんないよ……。明日からどんな顔して会えばいいかわかんないし……。うっし、一旦トレちゃんがウチのことをべた褒めしてたのは忘れよう、うん、さーてと、気を取り直して日常ポスト見ていこ~っと」

 

 ぐっと背伸びし、無理やり気分を切り替えてリポストしていないポストだけに目を通そうとするも━━━━。

 

「って無理無理無理、やっぱり無理! トレちゃんのポスト読めないって! あっつ~~! 顔あっつ!! トレちゃんの熱量半端ないって! 変な汗かいてきちゃったしさぁ、トレちゃん、ウチのこと好きすぎっしょ! なによ、合コンに来た女性よりウチのが魅力的って! すこすこスコティッシュじゃん!」

 

 あのトレーナーが自分のことを異性として見ていること、そして同世代の女性よりも魅力的に捉えていた文章が脳内でリフレインする。何度噛んでも味がするから飲み込めないのに、日常ポストを見る気分にシフトするはずがなかった。

 多分、合コンにはヒト娘かウマ娘か知らないが美女が集まったのだろう。穴埋めで呼ばれたとは言え、中央トレセントレーナーが来るならと気合も入っていたに違いない。

 そんな年上お姉さん相手に自分の一人勝ち。

 会ったことのない合コン相手に申し訳なく思いつつ、グッと握りこぶしを作ってしまった。

 

「あダメ終わり! 終わり終わり! 収穫あったんだし撤収撤収! 覗き見はおーしまい!」

 

 ブラウザをすべて落とし、弾かれたようにゲーミングチェアからベッドに体を投げたトランセンドは、抱き枕に顔を埋めて足をジタバタさせた。程なくして、ガチャリとドアが開く。

 

「ただいま~」

「おかえりなっさあぁ~~~い♪」

「おやまぁ……? ふふっ、何やら楽しそうじゃねぇ」

「まぁね~~~~♪ んふふふふふ~~~~♪」

 

 トレーニングを終えた同室のワンダーアキュートは、ベッドで悶えるトランセンドを見て緩い笑顔を浮かべた。鞄を降ろし、ベッドの縁に座り、黙ってその姿を眺める。無暗に詮索してこないところが彼女の美徳であり、人徳━━━━もといウマ徳である。

 

 

 

 

 

━━━━ 後日 ━━━━

 

 

 

 

「おはよう、トランセンド」

「おはよ。ト~レちゃん」

「今日の朝練は、こないだ島トレーニングした時に閃いたやつがあるからそれなんだけど……なんか、眠そう……?」

「でへへ~実は昨日夜ふかししちゃって寝不足で……いやぁメンゴメンゴ」

 

 まだ太陽が登りきっていない時刻。グラウンドにやってきたトランセンドを見て、トレーナーはしかめっ面になった。伊達メガネに隠れているが、朝日に照らされた彼女には隈ができていたからだ。

 コンディション『寝不足』の可能性を疑い休みを取らせることも一考するが、不思議なことに調子は『絶好調』そのものにも見える。

 

「ねーねートレちゃん」

「ん……?」

「トレちゃんはウチのこと好きでしょ?」

「え、まぁ、うん。好きだけど……」

 

 好きか嫌いか、の2択で言えばもちろん好きであるため恥ずかしげもなく即答する。

 しかし突然何を言い出すのだろう。遠回しに自分に何かを伝えたいのだろうが意図が汲み取れない。

 

「トレちゃんトレちゃん」

「何?」

「ちょっとあっち見てよ」

「はぁ」

「おりゃ♪」

 

 くるりと振り向いて無防備になったトレーナーの背中に、トランセンドがギュッと抱きついた。

 

「おっとっと。どうしたのさ、急に」

 

 一瞬よろけたトレーナーだが、バインダーを落とさないようにバランスを取って耐える。背中に美少女が乗っているが、ベタベタしたじゃれ合いも今に始まったことではないので淡白な反応だ。

 

「ほぉほぉ、朝練は柔軟からのランニングでスタミナ鍛える感じね~。それじゃ軽~く柔軟しますか」

 

 バインダーに挟まれている資料を覗き見したトランセンドは、トレーナーの背中から降りて「おいっちに、さんし」と柔軟体操を始めた。

 

「……?????」

 

 トランセンドのノリについていけないトレーナーは首を傾げるも、バッドステータスが無いのならそれでいいかと切り替える。

 この日からトランセンドの好調子はしばらく続き、トレーニングは大成功の連続で、追い切りも過去最高のタイムを記録するなど、目覚ましい成長を遂げていることは間違いなかった。

 代わりに、これまで以上にボディタッチが多くなったことだけがトレーナーの悩みのタネなのだが、レースに勝てるのなら些細なことと割り切るのだった━━━━。

 

 

 

「な、なぁファル子、今日は軽く流すだけだからそんな本気で走らなくても……」

「もう一本!! もう一本行くよトレーナーさん!!! とりゃあああああああああぁぁぁぁ!!!!!!!」

「ファル子!?!?」

 

 余談だが、その日から早朝トレーニングには赤鬼が降臨するという噂が流れるようになったらしい。

 

 

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