慈愛の怪盗と光の大天使   作:もとりな

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最終話

 『慈愛の怪盗』が起こした大騒動から1ヶ月。

 ゲヘナ学園風紀委員長、空崎ヒナの姿はミレニアムのとある屋敷にあった。

 上質なソファに腰掛け、香りのいい茶葉を味わっている。

 そんな彼女の対面に行儀よく座るのはティーパーティーのホスト、桐藤ナギサ。

 それからヒナの隣には何故か万魔殿の棗イロハが怠そうに座っている。

 今回この3人が集まったのは近況報告のためだった。

 場所としてミレニアムを選んだのは、無用な混乱を避けるためである。『慈愛の怪盗』の件は状況が状況だったため、仕方なくヒナがトリニティに忍び込む構図になったが、近況報告程度でそんなリスクを犯す必要もない。

 というわけで、この3人はミレニアムにあるナギサの別荘を訪れたのだった。

 

 

「ミレニアムにティーパーティーのホストが別荘を建設、ですか……よく許可が下りましたね」

 

「中々苦労しました。セミナーの方に『何を企んでるのか』としつこく問い詰められ、敵対派閥から脱税を偽造され……あまり思い出したくはありませんね」

 

 

 何気なく問いかけたら想像以上にクレイジーな答えが返ってきてドン引きするイロハ。

 隣のヒナも「うわぁ」と眉を顰めている。

 そんな2人にナギサは苦笑いを漏らした。

 

 

「こほん。そんなことよりも、近況報告をいたしましょう」

 

 

 トリニティとゲヘナのトップが集まって報告する事柄。

 それは───

 

 

「トリニティとゲヘナが共同で『慈愛の怪盗』の捜索にあたることを発表……それについての関係各所のリアクション、ですか」

 

「はい」

 

 

 ───これこそ、先の作戦におけるナギサのもう一つの目的。

 エデン条約の騒動以降も、未だトリニティとゲヘナの憎しみ合いは続いていた。

 ゲヘナの生徒はトリニティを襲撃し、トリニティの生徒はゲヘナに陰湿な嫌がらせをする。

 そんなことの繰り返しはまだ続いていた。

 無論すぐに歩み寄ることなど不可能だろうが……それでも、何かしらのキッカケ作りを行うのは無駄ではないはずだ。

 

 

「だからこそ『慈愛の怪盗』という共通の敵を作って、私たちが手を取ることに対する抵抗感を軽減した」

 

「えぇ。ゲヘナ側は彼女に一度煮湯を飲まされており、トリニティ側も再度襲撃されることが確定している。今の状況であれば、喜んで……とはいかなくとも、『しょうがないから利用してやる』くらいの感覚までは落ち着けるのではないかと」

 

「確かに合理的ではあるわね。『協力』は言い換えてしまえば『利用』とも言える。本来は前者の方が好まれるのだけど……まさか後者の意味の方が状況改善に役立つとは思わなかったわ」

 

 

 

 呆れたようなヒナの言葉。

 その中の一言が気になり、ナギサは珍しく昂ったように身を乗り出して聞く。

 

 

「『状況改善に役立つ』……ということは?」

 

「えぇ。殆どは否定的な反応だったけれど……一部の生徒。例えば歴史研究会のメンバーなんかは『考古学的に貴重な品を盗まれないためにも協力はやむなし』と受け入れる生徒が多数いたと聞くわ」

 

「万魔殿のメンバーも似たようなものです。ほとんどは『トリニティの手を借りるまでもない』といった反応でしたが、一部の振り回されがちなメンバーはマコト先輩の機嫌を維持する意味合いもあり、それなりに肯定的な反応でした」

 

 

 確かな成果を聞いて胸を撫で下ろすナギサ。

 それを見たヒナが「そちらも似たような感じなの?」と問いかけ、ナギサが落ち着いて頷きを返す。

 トリニティでも「今回撃退できたのだから次も大丈夫だ。ゲヘナの協力などいらない」「他の学園と協力すればいい」との声が強かったが、中には「今回の作戦を指揮したナギサが判断したなら従う方がいい」「現時点で『慈愛の怪盗』から学園が被害を受けたのはゲヘナとトリニティくらいだからしょうがない」という意見もあったのは確かだ。

 

 

「これは大きな一歩です」

 

「そうね。でも危険な一歩でもあるわ」

 

 

 ヒナの言葉に頷く。

 肯定的な意見を述べる者の根底にあるのは「トリニティ/ゲヘナを利用してやる」という負の感情だ。

 この歪んだ感情を抱いたままにすれば、やがて互いが互いを利用し合う、ドロドロとした関係になってしまう。

 それだけは避けねばならなかった。

 ヒナの忠告はそういう意味合いが強い。

 

 

「それでも、ヒナさんは協力してくださいました」

 

「……」

 

 

 『慈愛の怪盗』からの予告状が届いた日。

 これは上手く利用できるのではないか?とエデン条約事件の最中に交換していたマコトとヒナの連絡先へとメッセージを送った。

 それから話し合いを行い……どちらも本作戦への協力を約束してくれた。

 マコトに関しては私欲100%だろうが、きっとヒナは……

 それを指摘されたヒナはポリポリと頬を掻きながら答える。

 

 

「…風紀委員会の仕事って面倒くさいの。それなのに『トリニティが〇〇で悪い!!成敗しろ!!』だなんて馬鹿げた依頼まで寄せられて……いい加減ウンザリしてたの。それだけよ」

 

「ふふ、そうですね」

 

「素直じゃありませんねぇ…」

 

「……うるさい」

 

 

 ニコニコ、ニヤニヤと生暖かい笑みを向けられそっぽを向くヒナ。

 彼女は冷徹なゲヘナの兵器ではない。

 ただの1人の優しい少女である。

 エデン条約からの出来事を通して少し成長したナギサは、そのことをよく理解していた。

 

 

「それにしても…『慈愛の怪盗』も哀れね。ゲヘナとトリニティから一斉に目の敵にされるなんて」

 

「同情はしませんけどね。彼女のせいで私は振り回されたワケですし」

 

 

 場の空気を変えるように呟いたヒナの言葉に、イロハが眉を顰めて答える。

 

 『慈愛の怪盗』。

 どこまでも独善的で、そして大衆的ながら独創的な価値観を持った矛盾を背負う少女。

 彼女とのやり取りで得た物は多い。

 芸術とは大衆の目に触れてこそ、という意見に納得したナギサは、自らの価値観とそれを同居させるために、ミレニアム、ワイルドハントと共同で美術品の劣化を完全に抑制できる展示ケースの開発を進めている。

 このような事業は多くの人が求めていたらしく、多額の出資が集まった。

 芸術を楽しみたい。

 しかし芸術が残した歴史を失わせたくない。

 そう考える人々は、ナギサが想像するより多かったらしい。

 これもまた新たな発見だった。

 だからこそ、考えてしまう。

 

 ナギサに多くの学びを与えた怪盗は今、どこで何をしているのだろうか。

 

 

 

〜〜〜

 

 

 

 ここはブラックマーケットでも端の方にある目立たないマンション。

 既に廃棄され、ボロボロになったその場所に、人の気配は感じられない……が。

 一度地下に入れば、そこは狂気と熱狂、そして欲望が渦巻くオークション会場へと様変わりする。

 隠すこともなく違法の品が出品され、金銭を巡った乱闘が起き、隅の方で薬物の取引が行われる。

 まさしく無法地帯。

 

 ──そんな退廃的な空間に、一通の予告状が届いていた。

 

 

「おい、知ってるか?次の品、今から盗まれるらしいぞ?」

 

「はぁ?なんだよそれ。こんだけガッツリ警備固められてるんだぞ?一体誰が盗むってんだよ」

 

 

 鼻で笑うアンドロイドに、声を掛けた猫人が「やれやれ、知らねーのか?」と肩を竦める。

 

 

「いーか?その世紀の大怪盗の名前はなぁ……」

 

『さぁ盛り上がって参りました!!次の品はなんと!!!!解剖学の祖、名医ファーナが3番目に作り上げた彫刻!!そのリアリティと対照的な儚さで世の美術家たちを魅了した伝説の逸品、『赦しを乞い願う偽悪人』だァァァァァァァァ!!!」

 

『おぉ……』

 

 

 会場が一瞬静寂に包まれる。

 決してその品が劣っていたからではない。

 むしろその逆。

 あまりに完成された美に人々は黙り込むしかなかったのである。

 

 

「こりゃすげぇ…美的センスがねぇ自分でも価値を感じられるな……」

 

「これは是非欲しいが……」

 

『さぁさぁ!この名作は一体いくらで───」

 

 

 騒めく会場、そしてその静寂を切り裂くように司会がオークション進行しようとした、その時。

 

 

「嗚呼、嗚呼!!なんと嘆かわしい…!!」

 

 

 ───酷く哀しげな誰かの叫び声が聞こえてきた。

 

 

「な、なんだ…?」

 

「おいおい、マジで来やがったのか…!?」

 

 

 その声に困惑する者、興奮する者、会場の反応は様々だった。

 そんな混乱など他所に、透き通るような声は段々と大きくなる。

 

 

「『赦しを乞い願う偽悪人』!!名医ファーナが作り上げし、自己犠牲の果てを彫り記した救いなき彫刻!!」

 

「本来は大衆の目に触れ、その哀れな姿を以てして人々へと真の『労り』そして『優しさ』とはなんたるかを問いかけるべき傑作!!」

 

「それが何故……このような薄汚い地下で朽ち果てようとしているのか!!」

 

「誰にも真の価値を知られることなく、愉悦と欲望の玩具に成り果てようとしているのか!!」

 

「嗚呼、全く嘆かわしい!!」

 

 

 目の前で欲望の波に呑まれる至高の芸術。

 その真の価値を訴える悲痛な叫びに、この場にいる全員の意識が攫われていた。

 しかし、この場を取り仕切る司会からすれば迷惑以外の何者でもない。

 司会のアンドロイドは怒りを隠すこともなく声を糾弾する。

 

 

『おい、誰だ盛り上がってる会場に水を差しやがって…!!こちとら商売なんだよ!!とにかく高く売れりゃそれでいいんだよ!!何もわかってねぇバカが邪魔すんな!!』

 

「何もわかっていないバカ?それは其方ではありませんか」

 

 

 鼻で笑うような声に、司会の表情が消えた。

 

 

『……てめぇ、調子に乗るのも大概にしろよ。姿を表しやがれ!!』

 

「嗚呼、言われずとも!!芸術の哀しみが私を呼んでいるのであれば…私は何処にでも現れる!!」

 

 

 そして。

 静かに。

 優雅に。

 そして、美しく。

 

 ソレは、人々の視線が最も集まるステージの上。

 『赦しを乞い願う偽悪人』の隣に立った。

 

 

『……』

 

「私は『慈愛の怪盗』」

 

 

 純白のマントをはためかせ、キヴォトスを騒がす七囚人は、静寂の会場へと丁寧に腰を折る。

 

 

「約束通り、『赦しを乞い願う偽悪人』を頂戴しに参りました」

 

『───捕らえろッ!!』

 

 

 司会の刺すような指示を受けて、雇われの傭兵たちが一斉に飛び出す。

 しかし───

 

 

「おっと、大勢で1人の女性を捕らえるなど美しくない」

 

 

 ひらり、ゆらりとかわされる。

 確かにそこにいるはずなのに、すぐ側に在るはずなのに、触れることすら叶わない。

 しっかりと目視しているはずなのに、その場にいる全員が彼女の存在を疑った。

 しかし、

 

 

『はっ!』

 

「おや?」

 

 

 彼女が着地するのに合わせて、飛び込んでくるヘルメットを被った1人の傭兵。

 どうやら中々できる相手もいるらしい。

 綺麗なフォームでパンチを入れようとしてくるヘルメット傭兵に対し、『慈愛の怪盗』は……

 

 

『くっ…!?』

 

「回し蹴りはお手軽に威力が出る……ふふ。なるほど、確かにその通りですね」

 

 

 何処かで見た回し蹴りを披露する。

 これでさすがにダウンしたはずだと思い、宝に手を伸ばそうとしたが───

 

 

『他所見とは、舐められたものだな』

 

「おっと!」

 

 

 中々ガッツもある傭兵らしい。

 すぐに体勢を立て直して蹴りかかってきた。

 それをひらりとジャンプしてかわすと、『慈愛の怪盗』はパチパチと拍手をする。

 

 

「いやはや、お見事ですお嬢さん。華麗な身のこなしに完璧な受け身の取り方……どうやら他の傭兵とは訳が違うようで」

 

『……過大評価だな。私はただの雇われヘルメット団だ』

 

「謙遜は時に毒となりますよ」

 

『覚えておこう』

 

 

 ヘルメットの下から青みがかった長髪を伸ばす女性の傭兵に、冗談混じりにアドバイスをする『慈愛の怪盗』。

 それを気に留めることもなく、傭兵は戦闘体勢を取る。

 

 

(私は戦闘は専門外なのですが…)

 

 

 心の中で嘆息する『慈愛の怪盗』だったが、そういえばここ最近は戦闘が主だったなと思い出してさらにゲンナリする。

 実に美しくない。

 

 

(まぁしかし、先日の戦闘は多くの学びがありました)

 

 

 尊い絆で結ばれた少女たちの連携を見たこと。

 考えをすぐに改め、自分を応援してくれた少女に出会ったこと。

 そして、自分と違う価値観の少女を理解したこと。

 

 その全てが賭けがえのない、美しい経験だった。

 決して後悔などはしていない。

 

 

(ですが……ええ。『慈愛の怪盗』の名にかけて、次は負けませんとも)

 

 

 決意を新たに傭兵へと向き直る。

 さて……今日もまた、学びを得ることができるのだろうか?

 自分を待つ彫刻への想いと新たな期待感に身を任せて。

 

 

「それでは───ショーを開始しましょう!!」

 

 

 怪盗は今日も、『慈愛』を世界に知らしめる。

 

 

 

 

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