イギリス、IS空軍基地。
そこに案内された一行は、すぐさま数十名のスタッフに囲まれてそれぞれ連行された。何せ英国からすれば国の一大事。猫の手を借りて藁にも縋る思いだったのだ。
救世主来たり、とばかりに学生を担ぎ上げ、
その様子に腹を立てるナナ。作戦を聞いた時から苛立ちは募っていたが、いざそれを目の前にするとまた違う。ストレスが溜まることは覚悟していたが、救世主と讃える一方で、その視線は使い捨ての駒としか見ていない。その内心に怒りのボルテージは止まることを知らない。
ぐつぐつと、腹の奥で煮え沸る衝動のまま暴れたいが、それをしてしまえば全て終わり。それがわかっているからこそ、余計に腹が立つ。
ぎりぎりと奥歯を噛み締め、目の前の技術者はそれを見て見ぬふり。ぷつん、と米神の血管が弾けかけようとしたその時、その背中に声がかかる。
「やぁやぁ、久しぶりだね、なーくん♪元気にしてたかにゃー?」
その声を聞いた瞬間、ぞくりと背筋に悪寒が走る。生存本能を全開に、脳内で脱出ルートを計算。けれども、それよりも早くその肩に手を置かれ、脳内を埋め尽くす諦めの感情。ぎりぎりと、油の切れた機械のようにゆっくりと、恐れを顕にしながら振り返る。
そこにいたのは篠ノ之束。今作戦において各ISの調整と追加パッケージの総合責任者。ナナにとって思い出したくもない、監獄にぶち込んだ張本人。千冬と同じく、逆立ちしても勝ち筋が見えてこない化物。それが嫌なくらいにっこりと、ナナに微笑みかけているのだ。
笑顔の原点は威嚇である、という言葉が頭に過ぎる。それに照らせば、ナナは間違いなく喉元に牙を突き立てられている状態だ。
先ほどまで苛立っていた心は冷や水を浴びせられ、ごくりと固唾を飲む。一秒が一分にも一時間にも感じられる中、そんなこと知ったことかとばかりに束はケラケラと笑うと、その背中を叩く。
「もぅ、かったいなぁ、なーくんは。もっとリラ〜ックスしないと、作戦失敗しちゃうぞ〜?」
「………なンの、つもりだ?」
「およ?」
カラカラと乾いた喉からようやく出せた、ひび割れた言葉。恐怖を誤魔化すように、眉間に力を入れて睨むが効果はなし。ナナの必死の抵抗を嘲笑い、にまにまとした表情を隠さない束に、ナナは言葉をぶつける。
「テメェが今作戦に手を貸す理由がわからねェ………デウスよろしく、オレたちが慌てふためく姿を見てェだけ、なンてことはねェだろ?」
低く唸るような声は恐怖心と警戒の現れ。けれども、その怯えの瞳の中には確かに敵意が芽生えていた。
予想していた中でもまだマシな反応に「ふ〜ん」とほんの少しの興味を。だからと言って、束の中の評価は変わらないのだが。
「束さんにだって、ちょっとお手伝いしたい時があるんだよん♪それより、くーちゃんを虐めたらしいじゃない?どうやって仕返ししてあげようかにゃあ?」
くーちゃん、と言われて疑問が頭に浮かぶが、すぐにクロエの事だと思い至る。まさかこいつの寵児かよ、と内心で神を呪うナナ。例えそうであってもやる事は変わらないため、禍根は残るのだが、それはさておく。
今はとにかく、両手をわきわきと動かして舌なめずりする束からどう逃げるかが重要。けれど、ISを展開しても目の前の化け物には敵わないとナナは知っている。
蛇に睨まれたカエルのように、身動きひとつ取れない状況。もし下手に動けば、その隙に喉元をその指で抉られる気がして、ナナは呼吸を止める。
そして、その硬直したナナを一蹴するように、束が笑い声をあげた。
「あっはっは!そんなに緊張しなくていいよ、なーくん♪ちょっとした意地悪じゃない」
「…………は?」
けらけらと、腹を抱えて笑う束の行動が読めず、思わずナナの口から間の抜けた音が溢れる。目尻の涙を拭いた束は、呼吸を整えてながら空中ディスプレイを呼び出す。そして片手間で何かを操作すると同時に、ISがインストール完了を知らせた。
これには蚊帳の外で作業していた技術者も驚きを隠せない。何せ、時間的にはもう少しかかるはずだったのだから。
「はい、これで終わり。いっくんとセシリアちゃんはロンドンデートしてるし、なーくんも観光を楽しんできたら?あ、なーくんの彼女は今ロシアにきるんだっけ?」
その瞬間、沸騰した頭がとった行動はナナも理解できない。だが、気がつけばISの腕部を展開し、火炎放射器の照準を束へと向けていた。騒然とする周囲とは裏腹に、束はほくそ笑みを浮かべながらどこまでも凪いでいる。
自分はここで死ぬかもしれない。けれど、奥歯を噛み締めても尚腹の底から湧き上がる感情は抑えられない。
「アイツに手ェ出してみろ。笑って済む話じゃなくなるぜ」
「おー、怖い怖い。噛みつかれない内に、束さんは退散させてもらうよ」
へらへらと、思ってもいない事を口にして束はその場を去る。その背中が消えるのを見届けた直後、腕部の一部、火炎放射器の噴出口が思い出したように分解された。それが束の仕業だと言うことは、言うまでもない。
からんからん、と音を立てて床へと落ちる部品。それがまるで自身の行く末のようで、歯噛みを。ギチッ………と音を立てるほど拳を強く握り、ナナは技術者へと視線を向けた。
「オイ、さっさと修理しろ。マルチウェア検知も忘れるなよ」
「は、はぁ?なんでそんなこと………」
「こちとらテメェらの尻拭いに来てンだよ。わかったならさっさとやれ」
ぶつぶつと、不満を小声で溢しながら、再びシステムを開く技術者。それに思う所はあるが、今のナナの胸中にあるのは不安。
篠ノ之束の介入で何を弄られたのかわからないが、絶対に碌な事ではない。墓の上を歩かれたような寒気に襲われながら、ナナもシステムを起動。何か異常はないかと調べるのであった。
◇◆◇◆
「それでは作戦のおさらいだ」
それぞれが準備を整えた後、イギリス空軍特務IS部隊のヘリに乗り込んだ一同は、目的地である山岳部へと向かっていた。そこには亡国機業の一員であり、セシリアのメイドでもあるチェルシーの姿もある。
蟠りは解けたのか、セシリアとの間に緊張と警戒は見られない。ひとまずは静観するしかないと、ナナは千冬からの無線連絡に耳を傾ける。
「織斑、篠ノ之、凰、ボーデヴィッヒ、オーウェンは衛星軌道上の目標、エクスカリバーに向けて重力カタパルトで上昇する。これはつまるところ、囮だ。攻撃が接近部隊に集中する間に、オルコットはBT粒子加速器によって地上から超長距離狙撃を行う。この作戦の要は、すべてオルコットにかかっていると言ってもいい」
何度聞いてもクソみたいな作戦だと、言葉なくナナは低く唸る。捨て駒扱いされて気分がよくなるはずもない。
視界の端で並々ならぬプレッシャーを感じるセシリアを、向かい合った一夏が手を差し出して宥めているが、気にも留めない。ロンドン観光で距離を縮めてのかもしれないが、少なくとも今はそれを言及しない分別は全員にある。
二人の間を割るように、空中ディスプレイが開かれる。目標のエクスカリバーの画像だ。
全長15mほどの、剣のような形をしたそれは太陽光を吸収、収束して地上に放つ、神の怒りもびっくりな仕様。展開時には刀身が割れて開き、まるでレンズのようなフィールドを形成していた。
「詳細を。チェルシー・ブランケット」
「説明させていただきます。あのエクスカリバーはイギリスとアメリカが極秘に開発、運用していた攻撃衛星ーーーと言うのは建前。本当のところは生体融合型のISです」
すらすらと語るチェルシーに、一同が疑問を抱く。その懐疑的な視線は織り込み済みなのか、続けてチェルシーその疑問に口を開く。
「あれには私の妹、エクシア・カリバーンが搭乗………いえ、搭載されていますので」
さらりと、なんでもないとばかり告げられたそれ。妹の存在など知らされていないセシリアがそれに言及しようとするが、今はその時ではないと頭を振る。
亡国機業の制御下にあったはずのエクスカリバー。暴走した理由は定かではない。眠っていたエクシアの自我が目覚めたのか、それとも単なるシステムエラーなのか。
ともかく、欧州圏上空から動かないエクスカリバーの破壊が今作戦の目標。失敗すればイギリスだけでなく、欧州全土、いや世界中が火の海に包まれるのだから油断は許されない。
正規軍を動かせば事が露見してしまうため、秘密裏に行われている今作戦。冗談ではなく世界の命運がかかっていた。
「私は、極秘に開発が完了していたブルー・ティアーズ三号機を奪い、亡国機業へと落ちた裏切り者。しかし、それでも妹も祖国も諦められない、半端な覚悟しか持ち合わせていないのです」
チェルシーの自虐に満ちた独白を締めとして、説明は終わる。
「チェルシー、全てが終わったら………今までで最高のお茶を淹れて頂戴。よろしくて?」
「お嬢様………光栄でございます」
そんなふたりのやりとりに口を挟むのは、今や黒騎士となったISブルー・ティアーズ二号機、サイレント・ゼフィルスの操縦者であるマドカと、その隣のナナ。
互いに織斑計画の被験者だからか、視線を向けずに浮かべた露骨に嫌そうな表情はどこか似ている。
「茶番だな」
「不服だが、同意見。
「お、おい、ナナ。流石に言い過ぎじゃ………」
作戦内容も、IS学園の扱いも、そして隣の存在も。今回の何もかもが気に食わないナナの気分は絶不調。フォローに入ろうとする一夏をじろり、と視線で黙らせると後頭部で両手を組んで目を瞑る。
「半端な覚悟でウロウロしてンじゃねェよ、コウモリ野郎。一度ついたその泥は拭えねェぞ」
「ふん。貴様と意見が被るとはな」
二人とも視線は向けずとも、その矛先はチェルシーへ。その環境がどうあれ、やっていることはナナの言う通り、どっちつかずの半端者だ。ぐっと押し黙るチェルシーを見て、セシリアが眉尻を上げた。
「ちょっと、ナナさん‼︎」
「悪ィが、セシリア。ここに関しちゃ譲らねェぞ。ここのテロリスト共のせいで、オレたちは宇宙で捨て駒扱いされるンだ。皮肉のひとつやふたつ、溢したくなるだろ」
「理論としては、そうかもしれません!ですが、それはあまりにもチェルシーや本国の感情を無視しておいでですわ!」
「感情がどうあれ、やってることは変わねェよ。あぁ、それとも同情してやりゃよかったか?憐れすぎて涙が出てくるね」
エアクオーツを駆使したその言葉に、カッとセシリアの頭に血が昇る。反論するしようと、せめて理論然として詰めてやろうと息を吸い込んだタイミングで、二人の間を一夏が仲裁する。
「こんな時に喧嘩してる場合じゃないだろ⁉︎ナナも言い過ぎだ‼︎セシリアも、ここは抑えてくれないか?」
「チッ………」
「………一夏さんが、そう言うのでしたら」
舌打ちを溢したナナを、セシリアが睨みつけるが、今は何も言うまい。一呼吸おいて息を深く吸うと、意識を切り替え、視線を窓の外へ。人里離れた山林の奥から覗く、巨大な望遠鏡のような装置が目に入る。
それこそが今作戦の要であるBT粒子加速器、絶対対空砲アフタヌーン・ブルー。
否が応にも、作戦が始まろうとしていた。
◇◆◇◆
「それでは作戦を開始する!」
地面に刺さった三つの突起物、それら重力アンカーの中心に各人が待機する。一夏、箒、鈴、ラウラ、ナナの5人が、それぞれ五基の重力カタパルトにIS展開状態で身構える。
本来であればそこにいるはずのシャルロットの姿はない。世界初のデュアル・コアの機体となったシャルロットの専用機。その出力は確かに認めるが、未知数なそれに作戦を任せられるはずもない。
簪と同じく、施設内部でサポート役となっていた。
「発射まで、10、9、8、7、6…………」
真耶とともに施設内部でオペレーターを務める簪が、秒読みを開始する。
「…………」
それぞれが覚悟を決めた表情で、その時を待つ。
重力カタパルトに力が集中し、一瞬、くらりとした浮遊感の後、内側に向いていた重力アンカーが一斉に外側へと花開く。
「3、2、1ーーー発射!」
ドン!と、短く大きな音と同時に射出が行われる。一気にISの限界速度まで達した五基は、重力圏を離脱するべくO.V.E.R.Sを起動。五基のコアが位相を揃える。個の出力ではない、群としての推進。
「頼んだぞ………」
モニター越しに、地上を離れていく五人を見つめながら、千冬は僅かに感じている不安を振り切った。
「それではブルー・ティアーズ各機はBT粒子を集中して加速器へ送り込め。狙撃はこちらの管理で行う」
「はい!」
ブルー・ティアーズ三機のうち二機が亡国機業という事態には危機感を抱かずにはいられないが、もうそんなことを言っていられる状況ではない。
施設内部では男女混成スタッフたちが忙しく走り回っている。
「関係各所への説明とマスコミ対策、完了しました」
「皇室の避難、現在95%まで進んでいます」
「アフタヌーン・ブルーの稼働率、現在七割を維持。上昇、開始します」
「宇宙班のIS各機のエネルギーシェアリンク、良好です」
「欧州評議会との回線を維持しろ。座り心地の良い椅子に腰を下ろすお偉方にも、今この瞬間、誰の命が天秤に乗っているか教えてやれ」
それぞれの報告を聞きながら、随一動き続ける状況に千冬と真耶は全て目を通していく。
なにせ、今回の作戦は生徒の命がかかっている。ささいなことでも見逃すことはできない。
(そもそも、エクスカリバーの暴走の原因はなんだ?なぜ、このタイミングで………)
考えられるのはひとつしかない。
ーーー篠ノ之束
稀代の天才の、またしてと計略だというのか。
(いいだろう、それならーーー)
私もまた、容赦はしない。
そう、心に誓う千冬だった。
◇◆◇◆
「これってどのくらい役に立つんだ?」
カーマン・ラインを突破した頃、一夏が持たされたシールドにふと疑問を抱く。
「相手は
「一応、この物理シールドはISのエネルギー・シールドに接続する事で、その効力を何倍にも引き出せるという代物だ」
「ただの理論値だろ。実践じゃ役に立たねェ可能性もある。頼りすぎるなよ」
一夏の質問に淡々と答えるラウラとナナ。
それぞれ初の宇宙。地上とは違う環境、違う景色に緊張を隠しきれない。
耳をつんざくISの警戒アラーム。それと同時に、全員が言葉なく散開した。直後、先ほどまでいた空間を強力な熱線が焼き払う。
「な、なんだこの威力は⁉︎」
ISが表示した熱線の威力。太陽光収縮効率は想定よりも遥かに上で、理論値の3倍の威力を示す数値は何度見ても見間違いではなく、現実は変わらない。
「くっ、ミサイル一斉掃射‼︎揃えなくていい、各自の判断で撃て‼︎」
これではシールドは役立たず。一撃でも貰えばいくらISと言えど致命傷は免れない。ラウラの号令に従い、今作戦のために特別に持たされたミサイルランチャーが発射された。
特殊なレーダー妨害装置が搭載されているため、ISのセンサーでは感知できないはずのそれ。けれども、熱線の薙ぎ払いがその全てを到達前に破壊した。
「ちょっと、簡単に落とされたわよ⁉︎」
「見ればわかる‼︎
「言ってる場合か‼︎来るぞ‼︎」
宇宙空間への進出を想定して作られていたIS。それがようやく宇宙へと足を踏み入れた感慨に浸る暇などありはしない。
襲い来る熱線を躱すナナたちだが、宇宙の乱雑さに混乱していた。まず、らありとあらゆる宇宙デブリの散乱。そして、いくつもの岩石。シュミレーションよりも雑多なそれが邪魔となる。
漂っているように見えるそれらだが、実際は高速で動いているのだ。同じ方向を向いているものならばまだしも、正面や横合いから飛んできたり、気がつけば上下が逆転していたりと実力を活かせない。更には空気抵抗もないために、曲がることも止まることもかなりの難易度。
「チッ……」
静かに一呼吸置いて、高射砲にへと変形させたスヴェントヴィトによる狙撃。空気抵抗のないそれは超高速でエクスカリバーへと迫るが、ミサイルと同じ運命を辿る。
ならば接近すれば、と一夏が瞬時加速の体勢に入るが、その甘い目論見は次の瞬間打ち砕かれた。
「分離した⁉︎」
エクスカリバーはその刀身を四つに分けて、それぞれが子機の役割を果たす多機能攻撃衛星へと変貌したのだ。
「クソッ、マジで厄日だぜ………箒!絢爛舞踏で全員にエネルギー・シールドを!」
「わかった!ーーーなっ⁉︎」
エクスカリバーの資料を用意した奴の首も落とさねばなるまい。現実逃避するかのように言葉をぼやき、意識を切り替える。
箒の力強い返事が返ってくるが、突如として爆発する箒のO.V.E.R.S。神に呪われでもしたのかと言いたくなるほどの不幸の連続。「欠陥機め‼︎」と叫ぶ余力も舌打ちを溢す余裕もない状況の中、突如としてナナのISが数秒動きを止めた。
「ッ⁉︎」
何の前触れもなく、突然の機能不全。事前のチェックは勿論念入りに行い、万が一に備えていたはず。ならば考えられるのはひとつ。
「あンの、Mother fucker………‼︎」
『束さん、許したわけじゃないんだよねぇ〜♪』
耳の奥でケラケラと嘲笑う束の声が反響する。幻聴に過ぎないはずだが、強ち間違いではないだろう。僅か数秒の停止で推進が途切れ、軌道がわずかに沈む。地球の青が、じわりと視界を侵食する。更に最悪なのは、エクスカリバーの先端に光が集まっていること。
狙いはナナの背後、イギリスのセシリアたち。動こうにも重力から逃れるには数秒の時間を有する。その間にエクスカリバーはナナの身ごとセシリアたちを焼くだろう。
絶体絶命、死を覚悟したその瞬間である。
「や、ら、せ、る、かぁああああ‼︎」
「ッ‼︎一夏‼︎」
ナナを押し退けて熱線の射線へと割り込む一夏。エネルギー・リンク、雪羅のシールドを多重展開。一瞬の均衡、けれど、熱線は確実にそのシールドを溶かしていく。
「ッ‼︎悪い、あとは………頼んだ‼︎」
「一夏ぁ‼︎」
恐怖はあるだろう。死を覚悟しただろう。けれど、一夏は、織斑一夏という男は、最後に笑うとその光の中へ飲み込まれて消えてしまう。箒、ラウラ、鈴の叫びは虚しく、宇宙の闇に溶けていく。
ISが告げる、バイタルサインの消滅。織斑一夏は、死んだのだ。
◇◆◇◆
「……………」
施設内の廊下を、千冬は走るような速さでつかつかと歩いていた。その表情は、今や怒り一色に染まり、すれ違う人々は恐れ慄いて道を譲る。
「束!」
「あ、ちーちゃん。どうしたの?」
そして、目標の人物の元へと辿り着く。何でもないとばかりに笑い、職員の憩いの場である休憩室にてカフェラテを飲んでいた。
「んー、やっぱ機械でいれたのはダメだね。こういう時にくーちゃんがいるとすっごく嬉しいんだけどなっ♪」
今は別行動をしているクロエのことを考える束。その、どこまでもマイペースな態度に、千冬の堪忍袋の緒が切れた。
「ふざけるなっ‼︎どういうつもりだ‼︎」
テーブルを蹴り飛ばし、束の胸ぐらを掴み上げると壁へと押し付ける。半壊したテーブルと椅子が激しい音を立てて床を転がり、飲みかけのカフェラテが床を汚す。
けれども肩で息をする千冬とは対照的に束に動揺もなく、苦しむ素振りさえも見せない。そんな姿がより千冬の神経を逆撫でにする。
「おまえは、自分が何をしたのかわかっているのか‼︎白騎士のときとは訳が違う、一夏が………一夏が、死んだんだぞ‼︎」
自分の詰めの甘さがあったことは認める。そも、宇宙という残塁未開拓の地で行う作戦など本来学生に任せるべきではない。世間のISへの忌避的意見や国からの要請、それらを無視すればよかったのかもしれない。
けれど、それ以上に目の前の狂気が許せなかった。
「そんなこといったってさぁ」
実に面倒くさそうに束が口を開く。
「ちーちゃんのせいじゃん。ちーちゃんが出てきてくれないから、生贄が必要だったんだよ?」
「生贄、だと………⁉︎」
「それがたまたまいっくんだったってだけじゃん。それとも、他の子が同じ目にあっても、今みたいに激昂するの?」
「それは………」
痛いところを突かれた千冬の視線が僅かに逸れる。
誰も彼も大事な生徒であることは間違いない。しかし、身内は、一夏は別枠だ。家族という名の、何にも変え難い特別枠だ。
一瞬だけ緩んだ拘束をするりと抜けて、束は笑う。
「それより、宇宙にあがってるの、箒ちゃんもいるんだけど?そっちは現状どうなってるの?ちゃんと指揮してる?」
人一人殺めたというのに、そこにあるのは笑顔。狂気じみた笑み。こちらの表情、筋肉の動き、細胞のひとつひとつを観察するような視線。天才ゆえに超越した感性。
その何もかもが、千冬の許容範囲を超えていた。
「………今は、全員がステルスモードで警戒宙域で潜伏している。次にエクスカリバーが射撃を行う場所を割り出している………そこをゼロ・カウント地点と定義した」
「うんうん、さっすがちーちゃん、こんなときでもお仕事ブレインだねー。いや、見直しちゃう。ううん、惚れ直しちゃう!」
苦しげに呟く千冬を見て満足そうに、変わらない笑みを浮かべてVサインをする束。それを糾弾する体力は千冬に残されていなかった。
「失せろ、束………私がお前を殺す前に」
「はいはーい。またねぇ、ちーちゃん。今度こそ、推参してね。IS暮桜にもよろしく〜」
「うるさいっ‼︎」
千冬が怒鳴ったときには、もう束の姿は消えていた。
まるで夢幻であったかのように。
「うう………」
一人残された千冬は、行き場のない怒りに身を焦がすしかないのだった。
原作を考えるたびに頭が痛くなる仕様ってなに………?
書き進めるたびに整合性やリアリティと戦っております( ; ; )