薫ちゃん、久しぶりだね。元気に、してたかな。……ああ、よかった。安心したよ。こうして二人きりで話すの、なんだか久しぶりだね。
僕、結構遠くまで引っ越しちゃったもんね。交通費もすごいから、遊びに行くにも行けなかっただろうし。だからこうして久しぶりに君と二人きりで話せて、すごく嬉しい。ありがとうね、薫ちゃん。
あのね、聞いたよ。この前の舞台も大成功だったって。バンドの配信がニュースになったって。君はすごいね。ずっと敵わないや。どんどん有名人になっちゃうなあ、君は。
……うん、うん。知ってる。薫ちゃんは、どれだけ大スターになっても、優しいまんまだ。僕のことなんて忘れられてると思ったから、びっくりしたよ。
忘れるわけないさ、か。ありがとう。嬉しいよ。流石の記憶力だね! な、なーんて……へへ。
……
…………
………………
ごめん、話すの下手くそで。つい、言葉に詰まっちゃうんだ。
ん、んーと……そ、そうだ! その、え、えーとね。じ、実は僕も、薫ちゃんに憧れて演劇、始めたんだ。ふふ、すごく嬉しそうだね、薫ちゃん。君みたいにすごくはなれないけど、僕なりに頑張ってるつもり。
はは、そんな無理して褒めてくれなくてもいいのに。……ああ、ふふ、そうだね、薫ちゃん、嘘つけないもんね。いつだって本心から、僕のことを応援してくれる。君はいつだって優しいな。昔から、何にも変わってないなあ。
うん、変わってないよ、君は。残酷なくらいに、痛いくらいに。
先週、母からある手紙を渡された。薄くレース模様があしらわれた真っ白の封筒にシール。なんだか懐かしい雰囲気を纏う手紙には、懐かしい名前が書いてあった。
「薫ちゃん、今、元気ですか? 実は今度、そっちに遊びに行こうかと思っています。もし良かったら、久しぶりに話したいです。
覚えてる? 薫。中学で引っ越しちゃった楓李くん。彼からの手紙を読む私に、母はそう問いかける。
忘れるわけないさ。私は答える。そうだ、忘れるわけがない。彼は私の大切な、もうひとりの幼馴染だ。
たしか私が楓李と、ふーちゃんと初めて話したのは、千聖が、ちーちゃんが熱を出して学校を休んだ日の帰り道でのことだった。
じりじりとした夏の日差しに、少しずつ体力を奪われる。共に笑い合える友だちがいないひとりの帰り道は、こんなに寂しく不安になるものなのか、とランドセルの紐をぎゅっと握りしめた。
(ちーちゃん、元気かな)
お家に帰ったら、お父さんとお母さんと一緒にお見舞いに行こう。ちーちゃんに、今日あったことを話そう。あ、でも、ちーちゃんはお熱だから、たくさん話しかけたら迷惑かなあ。そんなことを頭でぐるぐる考えながら木漏れ日の中を歩く。歩いていた。
ゆらゆらと揺れる陽炎に照らされる淡い黒髪が目に入るまでは。
彼は薄い唇をぎゅっと結んで、ただ遠くを見つめていた。すっと消えてしまいそうな白い肌は、お化けみたいに透けているようだった。この前教科書のお話に出てきた「はかない」という言葉がすごく似合っている、そんな人だった。
彼はぼうっとしている。遠くを見つめているからか、私に気づかない。息を殺して、隣に立つ。彼は、大きな入道雲をじっと見つめていた。私も一緒に、じっと見つめていた。
ふわふわの雲が、空を泳いでいる。もくもくの雲が、空に伸びている。真っ白な雲が、空を彩っている。
「……の、……その」
だから私は、彼に声をかけられていることに気づかなかった。
「……帰らなくて、いいの?」
鈴が鳴るような声だった。心配そうにこちらを見つめる瞳は、優しく揺れていた。
「……あなた、は?」
質問に、質問で返してしまった。彼は一瞬びっくりした後、目を伏せてへにゃりとはにかんだ。
「僕は……ぼうっとしてて、帰らないとなの、忘れてた」
実は、私もなんだ。恐る恐る、口にした。そうなんだね、彼は答える。また、穏やかな時間が流れる。
なんだかこの気持ちがくすぐったくて、心地よくて。名前も知らない彼と、青空を見つめていた。今まであまり気にしていなかったけれど、空ってとってもきれいだ。
雲が流れる。時間が流れる。君の長い前髪が流れる。全部、きれいだった。
「も、もしよかったら……一緒に帰ろう!」
日が暮れて、それぞれの家に帰る時。私は彼の手を取った。知らない世界を教えてくれた彼にどうにかお礼をしたくって、咄嗟に出た言葉だった。
「いいの?」
彼は驚いていた。私は、もちろんだと伝えた。彼は笑った。その笑顔は今日見たものの中で、一番きれいだった。
「岡本楓李。好きに呼んで」
「わ、私は瀬田薫。……よろしくね、ふーちゃん」
思い出話、しよっか。
えっと……いろいろあるから、迷っちゃうね。小さい頃はよく一緒に遊んでくれたからなあ、薫ちゃん。
遊ぼう、って誘ってくれたの、いつも薫ちゃんからだったよね。どうしてかわからないけど、いつも白鷺さんがいない時に、僕を誘ってたよね。
だから僕、今でもどんな人なのか知らないんだよ、「ちーちゃん」のこと。薫ちゃんは僕に対してちーちゃんの話ばっかりするのに、僕とちーちゃんは同じクラスの知らない人のまんま。はは、薫ちゃんってば、いじわるだなあ。
ごめんね、いじわるしてるみたいになっちゃったね。僕は、それでいいと思ってるよ。薫ちゃんだけじゃなくて白鷺さんまでお友達だったら、友達に有名人が多すぎてびっくりしちゃうし。
そうだ。ずっと気になってたんだけど、僕ってなんで「ふーちゃん」なの?
「なんとなく……かな」
……そっか……でも、そっか。小さい頃の呼び名なんて、案外そういうものだもんね。だからそれに合わせて僕もかおちゃん、って呼ぶようになったんだっけ。
あ、ちょっと耳赤いね。久々すぎて、びっくりした? ……冗談だよ。
でもまさか、僕オリジナルだと思ってたかおちゃんって呼び方を白鷺さんに先越されてるなんて知らなかったよ。じゃあ僕のふーちゃんもちーちゃん由来? はは、大丈夫。責めてないよ。誰も悪くないんだから。
呼び方……か。そう言えば僕、今は君のこと薫ちゃん、って呼んでるけどそれで大丈夫? 嫌だったりとか、しない?
「大丈夫だよ、楓李」
君に楓李って呼ばれるの、初めてな気がする。んー、ちょっとそわそわするね。もしかして、薫ちゃんも? なんてね。
……本当、大人になったんだね、僕たち。良くも悪くも。
これは幼い私なりの、独占欲だったのかもしれない。
彼と、ふーちゃんと遊ぶ時は、いつもちーちゃんがいない時だった。ちーちゃんがお仕事で忙しい時、ちーちゃんが他の友達と遊ぶ時、その度に私はふーちゃんと一緒に遊んだ。
多分それは、ちーちゃんはみんなの人気者だから、もしふーちゃんがちーちゃんと遊ぶようになったら、ふーちゃんが私よりもちーちゃんと仲良くなってしまうかも、という不安からだった。謎の焦燥感で、二人を引き合わせるのが怖かった。
大切な友達と大切な友達が仲良しになるなんて、本来それはすごく素晴らしいことのはずなのに。その時の私は、なぜかそれがすごく嫌だった。
ちーちゃん、ごめんね。ちーちゃんは何も悪くないのに。ちーちゃんは優しくてカッコ良くて素敵な人だから、何も悪くないんだ。私はちーちゃんとふーちゃんに友達になって欲しいのに、ちーちゃんとふーちゃんが私よりも仲良くなるのが、なんだか、嫌だった。
ちーちゃんと過ごしている時、ふーちゃんが目に入ったらちょっとだけ物陰に動いて、二人が出会わないようにした。その逆も然り。ああ、私って、嫌な子だな。
今思えば、私は、あなたを、ふーちゃんを、独り占めしたかったのかもしれない。
……ふーちゃんが引っ越してから、その話を千聖にしたことがある。申し訳なさそうに目を逸らす私を見て、千聖はくすくすと笑っていた。どうやら、千聖は気づいていたらしい。それをわかって、私たちを見守ってくれていたらしい。千聖は、本当に素敵な人だ。
「あなた、本当に彼が好きだったのね」
彼女が口にしたその言葉が、すっと胸に落ちた。
でも、それも過去の話。彼と過ごした、淡くて幼い記憶の話。懐かしくて大切な、思い出の話だ。
……今日、寒いね。薫ちゃんは寒くない?
僕、末端冷え性だから、どうしても手先と足先が冷えちゃうんだよね。だから、寝る時は靴下履いてるんだ。そ、もこもこの靴下! なんかもこもこの靴下とか履かない顔してるから、言うたびにびっくりされるんだけど……君は驚かないんだね。
ふふーん、あったかい靴下はいいよー、薫ちゃん。今度薫ちゃんにもおすすめ教えるね。お揃いとかは……恥ずかしいし、やめよっか。
「どうぞ、楓李」
あったかいお茶……もらっていいの? うん、ありがとう。これで手先もあったかくなりそう。
あ、えと……僕だけが気にしてるからいいんだけど、その、手、触れちゃって、ごめん。びっくりさせたよね。
「大きくなったね」
ぼ、僕って薫ちゃんの子供!? あ、うん、嬉しいよ……おかげさまでスクスクと……って、僕、何言ってるんだろうね。
でも、そうだね。薫ちゃんの言う通り、僕、大人になったよ。薫ちゃんが思うよりも、ずっと。薫ちゃんのいないところで、ずっと。
……薫ちゃん、ずっと何か聞きたそうな顔してるよね。うん、わかるよ。これでも薫ちゃんの幼馴染なんだからさ。
どうして、僕が引っ越したか、ずっと知りたいんでしょう?
ちーちゃんが、遠くなってしまった。私を置いて、遠いどこかへ進んでしまった。
その顔は晴れやかだった。その顔は眩しかった。ちーちゃんは、私の知らないどこかで自分の答えを見つけて、お星さまみたいにキラキラと輝いて私の手が届かないくらい遠くへ行ってしまった。
苦しかった。無力だった。ちーちゃんはあんなにも強くてかっこいいのに、私はこんなにも弱くて情けない。ダメダメな私の王子様でいてくれた一番の親友は、みんなのための王子様へと変わってしまった。私はちーちゃんに助けてもらったのに、私はちーちゃんを助けられなかった。
置いていかないで、ちーちゃん。どこに行くの、ちーちゃん。私はどうしてもうまく言葉を探せなくて、ずっと空を見ていた。
(……あ、雲)
ふーちゃんは、どうなんだろう。ふーちゃんは、どこにも行かないでくれるのかな。なんて、わがままだよね。
でも、少しだけ安心していたと思う。今までふーちゃんは、いつだって私のそばにいてくれたから。これからもずっと、仲良しの友達でいてくれると思っていた。隣で、笑い合えると思っていた。
「かおちゃん、僕、遠くに引っ越すことになったんだ」
言葉が出なかった。必死に絞り出した「そうなんだ」という言葉だけが、口から滑り落ちて、床を転がった。
私に彼を止める権利は、なかった。いや、引き留める勇気が、なかった。こうして、大切な友達が離れていく。私が、弱いせいで。
あと少しで彼に会えなくなるというのに、私はますますふーちゃんと話せなくなった。今のうちにたくさん話さないと、もう話せないのに。彼は、遠くへ行ってしまうのに。
そう思えば思うほど、言葉が出てこない。気づけばやりとりはどんどん減って、学校ですれ違うたびに少し頭を下げるだけ。これじゃあ、友達ですらない。
最後の日は、ちゃんと挨拶しようと思った。空港のベンチに座るふーちゃんに向かって、私は走り出した。
「ふーちゃん、新しい場所でも、頑張ってね」
私は、弱虫だ。
ふーちゃんは何も言わなかった。ただ、何も言わずに頷いた。悔しくて、情けなくて、申し訳なくて、目がぎゅっと熱くなる。こうしてすぐ泣きそうになってしまうのは、私の悪い癖だ。
「かおちゃん、好きだよ」
ふーちゃんが、私を抱きしめていた。少しだけ大きな背中が、硬くて温かい胸が、心地よかった。
飛行機が飛び立つ少し前まで、私は泣いていた。ずっと泣いていた。優しくて、温かくて、大好きな人の腕の中で。
……あの時は、いきなり僕の方から切り出してごめん。薫ちゃんの話、もっと聞いてあげられれば良かったね。
どうしようもなかったんだ。まさか、いきなり転勤するなんて思いもしなかったから。だから、僕もぶっきらぼうになってたと思う。本当にごめんね。
だから今日、こうして君に会えて良かった。あの日伝えられなかった言葉を、こうして伝えられるから。
あのね、薫ちゃん。伝えたいことがあります。
あの引っ越しは、僕がきっかけなんだ。
びっくり、したよね。そうだよね、多分僕、当時は親の転勤って、君に伝えていたはずだから。
違うんだ、全部。僕が言い出した。僕が、君から、薫ちゃんから逃げようとした。
逃げる? なんの話? って思うよね。でも当時はいっぱいいっぱいだったんだ。許して欲しい。
薫ちゃん、いや、かおちゃん。
僕はずっと憎かったよ。君のことが。
出会ってからずっと、僕は君にとっての二番手でしかない。所詮、「じゃない方」の幼馴染。君にとっての「ちーちゃん」になれなかった幼馴染。
僕は知っている。君は僕を、白鷺千聖の穴埋めとしか思っていない。そうでなきゃ、白鷺千聖がいない時だけ僕を呼びつけるなんてあり得ない。
君は僕といる時に嫌というほどちーちゃんの話をする。ノイローゼになるぐらい、ちーちゃんの話をする。それだけ大切な親友なんだね、それだけ自慢したいんだね。
他所でやれよ。
僕と二人でいる時くらい、君の話をしてよ。僕の話をしてよ。君にとっての僕は、幼馴染自慢を聞いてくれるだけの都合のいい人形なのか?
ああそうだ。誰がなんと言おうと、君の主軸は間違いなくちーちゃんだった。僕らが呼び合っていたふーちゃん、かおちゃんというあだ名も元はと言えば全部ちーちゃんのもの。それがひどく悔しかった。
あの夏の日、君に焦がれた僕がバカだった。君に救われた僕がバカだった。その運命の出会いさえも、「ちーちゃん」のおかげなのだから。
でも、僕は好きだった。君が「う」の口に唇を尖らせてふーちゃん、ふーちゃんと笑いかけてくれるのが。君が、その柔い手で僕に触れてくれるのが。所詮穴埋めだとしても、僕の友達でいてくれたことが。
だからその度に羨ましくて死にそうになる。君と肩を並べるちーちゃんは、白鷺千聖は、憎いぐらいに素晴らしい人間で。眩い光で、眩暈がしそうだった。
……君みたいなお日様の隣には、お日様しかいちゃいけないのか。僕みたいな日陰虫は、太陽の熱で焼かれて死んで仕舞えばいいのだろうか。
君を見る。ちーちゃんを見る。苦しい。惨めだ。苦しい。辛くて、惨めで、苦しくて、耐えられなくて、逃げた。僕は、君から逃げた。ちーちゃんから逃げた。
僕の中の不純物を、君から隠すために、ちーちゃんみたいな素敵な人になれるように、全部全部吐き出す。
ああ、そう。君から逃げようと決めたあの日、僕はせめて、君に傷跡を残したかったんだ。僕は君のおかげでこんなにも満身創痍なのに、なんだか不平等だなって。その時に浮かんだんだよ、「引越し」って三文字が。
ガタガタになった爪を、やすりで整える。擦れ切った爪から、皮のむけた肌がのぞいていた。
こうして、僕の平穏は保たれた。もう君を思って泣く必要もない。君を思って苦しむ夜もない。そう、思っていた。
逃げた先で、見せつけられた。幼馴染の絆を、画面越しに。
ロミオとジュリエットという言葉を聞くだけで吐いてしまうようになった。黄色と紫が並ぶ様子を見るだけで具合が悪くなる。
僕が、僕が惨めなせいだ。そうだ。君も白鷺さんも、何も悪くないんだよ。だって二人は、憎らしいぐらいに、素敵な友達だから。
僕が、僕が惨めなせいだ。そうだ。君も白鷺さんも、何も悪くないんだよ。だって二人は、憎らしいぐらいに、素敵な友達だから。
僕が、僕が惨めなせいだ。そうだ。君も白鷺さんも、何も悪くないんだよ。だって二人は、憎らしいぐらいに、素敵な友達だから。
僕が、僕が惨めなせいだ。そうだ。君も白鷺さんも、何も悪くないんだよ。だって二人は、憎らしいぐらいに、素敵な友達だから。
僕が、僕が惨めなせいだ。そうだ。君も白鷺さんも、何も悪くないんだよ。だって二人は、憎らしいぐらいに、素敵な友達だから。
僕が、僕が惨めなせいだ。そうだ。君も白鷺さんも、何も悪くないんだよ。だって二人は、憎らしいぐらいに、素敵な友達だから。
僕が、僕が惨めなせいだ。そうだ。君も白鷺さんも、何も悪くないんだよ。だって二人は、憎らしいぐらいに、素敵な友達だから。
僕が、僕が惨めなせいだ。そうだ。君も白鷺さんも、何も悪くないんだよ。だって二人は、憎らしいぐらいに、素敵な友達だから。
僕が、僕が惨めなせいだ。そうだ。君も白鷺さんも、何も悪くないんだよ。だって二人は、憎らしいぐらいに、素敵な友達だから。
僕が、僕が惨めなせいだ。そうだ。君も白鷺さんも、何も悪くないんだよ。だって二人は、憎らしいぐらいに、素敵な友達だから。
僕が、僕が惨めなせいだ。そうだ。君も白鷺さんも、何も悪くないんだよ。だって二人は、憎らしいぐらいに、素敵な友達だから。
トイレの中で、ボロボロの心臓を掻きむしった。腐ったハートが、汚い音を立てて下水道に流れていく。惨めだ。僕はどこまでも敗者だ。
君に向き合いたくて、演劇を始めた。何も成せなかった。僕はどこまでも、「じゃない方」にしかなれない。
それでも君が好きだった。痛いくらい君が好きだった。僕を忘れて、僕を覚えていて、僕を嫌いになって、僕を好きになって。感情がいつも揺れている。
……送った手紙の返事も、来ないと思ってたんだ。でも、来た。君の字は、嬉しそうに跳ねていた。言葉も優しさも温かさもあの日の君のままだった。
好きだよ、薫、かおちゃん、薫ちゃん。結婚して。いや、する。僕と添い遂げて。僕のために生きて。
あの日の君がはぐらかした返事も、今こうして頷かせてみせる。そのために僕はここまで来た。
あの日からずっと、僕は君のおかげで地獄に閉じ込められてるんだよ。
僕さ、君が思ってるほどかっこよくないよ。君が思ってるほど、綺麗じゃないよ。それを伝えたかったんだ。
……うん。ありがとう。実は僕、ずっと羨ましかったんだ、白鷺さんが。僕はずっと、かおちゃんとちーちゃんみたいに、なりたかった。君にとっての、片割れでありたかった。
でも、僕、意気地なしだから無理だったんだ。薫ちゃんのこと、大好きだったのにさ、それを伝えられなくて、結局逃げちゃった。向き合うことから、逃げちゃった。
弱虫なんだ、僕って。きっと、あの日の君以上に。
うん、これでおしまい。聞いてくれてありがとう。遅くなっちゃったけど、話せてよかった。
「私も、伝えたいことがあるんだ」
君も? うん、いいよ。聞かせて。どんな話でも、ちゃんと聞くから。
「……私は、君が好きだったよ」
……そっか。
うん、そっか。
好き、だった。
好きだったかあ。
うん、うん。そっか。そうなんだ。嬉しい。嬉しいなあ。ありがとう。
ふざけるなよ。
これだけ僕をおかしくしておいて、好きだった? そんなの許すわけないだろ。
瀬田薫、僕は君を、お前を絶対に逃さない。僕がここに戻ってきたのだって、君を捕まえるためだ。
そのためだったらなんでもする。僕は君が好きだから。愛しているから。
ああ! わかるかい? 好きだよ、僕は。好きなんだよ。ずっと。この思いが過去になったことは、一度たりともない。君はどうだ?
答えられないんだろ。それが君の悪いところだよ。君って、いつも中途半端に優しいからさ。そういうとこ、直したほうがいいよ。
ねえ、かおちゃん。
僕を、きれいな思い出として消化しないで。汚い今を、一緒に生きてよ。
僕たちさ、大人になったね。結婚だってできるよね。覚えてる? 僕が君と結婚したい、って言ったあの日のこと。
君ははぐらかしたよな。覚えてるよ。僕はずっと覚えてるよ。
でも大丈夫! 親の許可さえ取っちゃえば結婚できるもんね、僕たち。あとは君がハイって言うだけ。あの日言ってくれなかった答えを、僕に言うだけ。
たとえあなたに何を言われようが、僕の気持ちは変わりません。これ、薫ちゃんのこの前の舞台のセリフだよね? 僕もそう。何を言われたってもう揺らがないよ。
僕、君の王子様になるよ。他の誰かが持ってきたガラスの靴なんて、全部叩き割ってあげる。他の誰かのために仕立てたドレスなんて、全部引き裂いてあげる。それぐらい、僕は君を愛しているからね。
ああ! 愛しているよ! 大好きだよ! ずっと、ずっと言いたかった。
……照れちゃうね。
ねえ、キスしようよ。こうしてキスするのなんて、いつぶりだろう? あの日僕がちーちゃんの代わりにやった演劇ごっこ以来かあ。懐かしいね。
覚えてない? そういうとこだよ。そこが君の悪いところ。
じゃあ、これから二人でたくさん覚えていこうね。拒否権なんてないからね。僕、王子様になって君を迎えにきたんだよ。嬉しいでしょう?
嬉しい? 嬉しいよね? 嬉しいって言わせるから。安心してね。
じゃあ、誓いのキスしようか。はは、抵抗したって無駄だよ。君、自分が女で僕が男だってこと忘れたの? はは! 君はいつだってそうだよ。本当に、苦しいな。
大丈夫、全部僕で満たしてあげるね。僕以外何も見れないようにしてあげる。楽しみだね!
……あ、唇、血が出ちゃった。