とある白蛇と記憶のDISC   作:人間

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七月某日 学生の天国②

 第七学区、開発放棄地区。

 学園都市では目立つ、ゴシック式で建築された小さな教会に四人の少女が入っていく。

 

 ゴシック式とは、光をより取り入れるため開放的に作られる建築様式の一つであり、海外では町中でよく姿を見るものでもある。

 かの名作、『天使にラブソングを』の撮影場所として選ばれたのがゴシック式の教会であると言えばイメージとして捉えやすくなるだろうか。

 

 本来ゴシック式は市民を多く収容するために、とかく大きく作られる。

 しかし神父が住む教会は海外の物と比べると小さく作られていて、収容出来る人数も町教会と比べても半分以下で、ステンドグラスも片手で数えられるほどしかない。

 壁や床に白はほとんど使われておらず、落ち着いた木材の色味が彼女達を覆っていた。

 

 教会の多くはまるで十字架のように通路が伸びているが、神父の住む教会は一本道、所謂"翼廊"と呼ばれる場所がない。

 その為中に入っても大きさの印象がそう変わることはないだろう。

 

 玄関はなく、靴を脱がずに土足で祈ることが出来るのは西洋と同じ。

 下駄箱代わりに置かれている本棚にはいくつかの聖書があり、日本語訳のものだけでなく各諸国語で書かれているものも見受けられる。

 

 入ってすぐの"身廊"ないしは"内陣"には、左右合わせ十ほどの数しかない長椅子。

 それといくつかの柱。二階建てになっているようだった。

 さらにその奥、礼拝堂を見下ろすように設置されたステンドグラスからは光が差し込み、イエス降臨の図が描かれている。

 

 その神聖さの、なんと美しいことか。

 胸の内から込み上げてくるような感情を言葉にすることは、未だ幼い彼女たちには難しく。

 ただ感嘆の声として漏れ出るだけであった。

 

 一番奥の長椅子に座ることを勧め、神父は礼拝堂近くの扉へと消えていく。

 雑踏、広告、モノレール、ロボット。いつもは聞こえてくる騒音達が一つとして聞こえてこない。

 少しの緊張の時間は神父がお盆に四つのコップを載せて帰ってくるまで続いた。

 

「淑女とのお茶会だというのに、大した物も用意出来ずにすまないね」

「あ、いえ……むしろ遊び気分で来て申し訳ないというか……」

 

 手渡された冷えた麦茶を手に、御坂は苦笑いを浮かべる。

 教会という場所に入ったことはなかったが、いざこうしてその空気に触れると慣れていないのもありすっかり萎縮してしまっていた。

 来たことのない他の二人……白井と初春も同様であり、どこかそわそわとして落ち着かない様子を見せている。

 

「あ、そうだ神父さん。これ、作りすぎちゃったのでお裾分けです」

 

 対して佐天は普段通りに、慣れたような口振りで彼へタッパーの入ったレジ袋を手渡す。

 

「これは……料理かな?」

「はい、あたしの手作りで……あっ、味は自信ありますから!」

「ふふ。ありがとう、早速今晩にでも食べさせてもらうよ。

 しかし、いいのかい? 君の『強度(レベル)』だと生活が厳しいだろうに」

「全然もう! この前の謝罪、というかお礼ですから!」

 

 彼女の声は大きく、そしてよく通る。声が反響しやすい作りになっている教会ならば尚更に。

 その明るい声は雰囲気に飲まれていた三人の緊張を解すには十分であり、少しずつ肩の力が抜けていくのが見て取れた。

 佐天は話は続く。

 

「あ、そうだ。紹介しますね。

 左から初春飾利、白井黒子さん、御坂美琴さんです。

 あたしの友達なんです」

 

「「「初めまして」」」

「初めまして。そうか、君達が……君達のことは彼女から聞いているよ。

 自慢の友人がいるんだと、前に強く語ってくれたんだ」

 

 彼から言葉はその表情と同じように柔らかく、そして優しい。

 三人が思わず笑みを溢してしまうのも、少なからず神父の雰囲気が影響しているのかもしれない。

 

 男は顎に手を当て少しばかり考える仕草を見せると、花飾りの少女に声をかけた。

 

「君が彼女の親友だね」

「は、はいっ」

 

 トパーズの瞳が初春を見つめる。

 先程の柔らかいものから一転して真面目な表情に。

 彼女から抜けた緊張が再び体を固くしていく。

 そして、こう言った。

 

「今日もパンツは苺柄なのかい?」

「……はい?」

「実は前に来た時、彼女は君をすごく強い子だと言っていたんだが、それと同時に下着の柄も話してくれてね」

「ちょっ、神父さん!?」

 

 花が揺らめく、緊張ではなく怒りで体が強ばっていく。

 赤いオーラが見えたのか、長髪の彼女は立ち上がり後ずさった。

 

「さーてーんーさーんー……?」

「い、いやぁその、神父さんって話しやすくって、つい勢いでっていうか……」

「勢いで、じゃありませんっ!」

「うひゃあっ! 初春が怒った!」

 

 今日という今日は許しませんっ!

 ごめんってば~!

 声をあげながら教会内を走り回る二人の姿に御坂は苦笑いを浮かべ、白井は手を額に当て呆れている。

 しかしすぐに顔を上げ、ニコリと綺麗な笑みを浮かべた。視線の先にいるのは黒人の男性。

 射貫かれた彼はすぐに両手を上げた。

 

「セクハラだとは重々承知しているが、ここでは少しの緊張もしてほしくなかったんだ。

 余計な力を抜く、小粋なジョークと思ってほしい」

「……ハァ。神父様は私達がイメージするよりも、ずっとお茶目な様ですわね。 

 これでも『風紀委員(ジャッジメント)』ですの。次からは言葉に気をつけてくださいまし」

 

「知っているとも。彼女……佐天というんだね。あの子が言っていたんだ。

『いつも人の為皆の為に、身体を張って戦う格好いい風紀委員がいるんです』とね」

 

 言葉を詰まらせた後にこほん、と一つ咳払い。

 それが照れ隠しであることは誰の目から見ても明らかで、暖かい二つの視線が小さい彼女へと向けられる。

 神父は言った。

 

「君達のイメージ通り、教会は祈る場であり神聖な場所だ。

 他に信者がいるならそれを邪魔することは控えてほしいけど……ご覧の通り誰もいない。

 

 君達は教徒ではないし、主を信じている訳でもない。余計な緊張をする必要はないんだ。

 子供というなら、尚更そうであってほしい。

 あくまでも、私の身勝手だけどね」

 

 それは慈しみに溢れた言葉だった。

 子供が子供らしく生きることを咎めない、そこには何の罪もないのだと。

 そういう気持ちが見えてくるような、彼の人となりがよく分かる言葉でもある。

 白井と御坂は顔を見合せ、そして笑みを浮かべあった。

 

 聞いてたよりも、ずっといい人みたい。と。

 しばらくして、くたくたとなった初春に手を合わせ謝り続ける佐天が戻ると、男は口を開いた。

 

「私は"ロベルト・プッチ"。しがない教徒の一人さ」

 

 そうして四人の少女と黒人の神父は思い思いに話し合い、時に質問をしあった。

 とはいえその比率は8:2で学生達からの方が多かったが。

 例えばこうだ。

 

 Q.どうしてここに住んでいるんですか?

 

「当時困っていた私を先代の神父様が引き取ってくださったんだ。

 その後老衰で失くなられた後を引き継いで、今に至るよ」

 

 Q.どうしてここに教会が立っていますの?

 

「元々ここは多くの研究所があったんだ。何をしていたかは定かじゃないが、神に関する物だったらしくてね。

 研究のため建てられた……と先代からは聞いているよ」

 

 Q.普段の生活はどうなさってるんですか?

 

「私は正式な神父ではないけれど、先祖代々から続くキリシタンでね。それなりにコネがあるんだ。

 そのコネのお陰で説法等で他の教会から呼ばれることがある。その報酬で生活しているよ。

 派遣社員みたいなものさ」

 

 Q.神父さんって何歳なんですか?

 

「二十二だよ。……そんなに目を丸くしなくてもいいじゃないか。私にも傷つく心はあるんだけどね」

 

 等々。他にも様々な質問を受け、答えた。

 神父の話し方は上手く、話を広げやすい。見た目への偏見など三人の中からは既に何処かへ行ってしまっている。

 歳は一回り違えど、確かに五人は友人となれていた。

 

 そうして日が暮れる前、プッチは腕時計にちらりと視線をやった。

 

「名残惜しいが、そろそろ解散としようか」

「そうですね~。あたしも晩ご飯の準備しないといけないし……」

「今日は送っていくよ」

「お気持ちは嬉しいのですけれど、教会には神父様があってこそですわ」

「そうですよ。私と黒子がいますから、そこら辺の不良なんか目じゃないです」

 

 二人の言うことは最もで、他の二人もそれに同意するように頷いている。

超能力者(レベル5)』と『大能力者(レベル4)』の言葉を疑うつもりは、もちろん神父にもない。

 しかしそれでも彼は引き下がらなかった。

 

「それならせめて、この地区を抜けるまでは送らせてもらうよ」

「心配してくれるのは嬉しいんですけど、本当に私達強いから大丈夫っていうか……」

「確かに私は君達よりも弱い。

 けど強さじゃないんだ、子供の前で格好つけたいだけなんだよ」

 

 それは大人の矜持とも、子供の意地とも取れる発言。

 御坂は妹分へと視線で語りかけるも、苦笑いで返される。

 ここまで言われては仕方ありませんわ、と。

 

なんかほんと、あいつみたい

 ……わかりました。それじゃあ、お願いします」

 

 別にプッチを嫌っているわけではない。

 最近はどうも悪い大人と会うことが多いから、むしろ善良な人であることに感動しているぐらいだ。信頼もしている。

 ただそれとは別に、子供扱いされるのが苦手なのだ。

 あの高校生に会ってからは特に敏感になっている。

 

 けれど神父には彼と違う所がある。

 迂闊に人の地雷を踏み荒らさないのは勿論のこと、言葉全てに断りにくい純粋な善意が込められている。

 少し困ってしまうこともあるが、こそばゆく感じることもある。

 

 もしかするとこういう態度を取れることが、大人の条件なのかもしれない。

 自分の言葉にありがとうと微笑む黒人を見て、超能力者はなにとなしにそう思った。

 

「神父さんって、ほんとなんというか、お節介と子供が好きなんですね」

「好き、というと語弊があるかもしれないね」

 

 苦笑いを浮かべると、続けてこう言った。

 

「子供は皆、祝福されていてほしいんだ──

 どんな生まれでも、どんな血筋でも、どんな色でも……」

 

 その言葉には今までにない重みがあった。

 一体どんなことを経験してきたのかを、他の四人が想像し、察せられるほどに。

 そして最後に漏らすこの言葉こそロベルトの本質であり、全てである。

 

「『天国』で安らかに暮らせるように」

 

 それだけが神父の唯一の願いであり──

 

 叶えるべき野望である。

 

 ◆

 

 学園都市は学生の街。特に第七学区は中高生が多いこともあり、深夜にもなれば人通りはほとんどなくなる。

 一部の不良は活動しているが、それも差ほど多くない。

 しかしそれよりも更にごく少数に入る、動く者達がいる。

 

 彼ら彼女らはある者達の依頼を受け、あらゆる事をこなす。

 破壊、諜報、強奪、そして殺人に至るまで。

 それらで起きた出来事は正しく表沙汰にされることはなく、誰かの記憶に残ることもなく過ぎ去っていく。

 

 都市に認められた非合法な特殊活動を行い、この街の闇を背負う者達。

 これを『暗部』と呼ぶ。

 

 七月末、深夜一時を過ぎる頃。それは姿を表した。

 白いマスクに白い装飾品、黒い肌の身の丈194cmほどの大男がとある研究所に侵入。

 一部の監視カメラにしか映らず、敵対する警備兵達を原理不明の能力で昏睡。

 強固なプロテクトもファイアウォールもデータごと根こそぎ回収していくと、幻のように消えていく。

 警備兵達は、その数時間後に死亡が確認された。

 

 能力者であることに間違いはなく、また研究所のデータを目的としていることから研究チーフは敵対組織からの刺客であると断定。

 奪われたデータから推測し、襲撃はこれで終わりではないと確信した後に暗部のとあるチームを雇い、迎撃に当たらせた。

 そのチームの名は『アイテム』──『超能力者』の他に『大能力者』を二人保有する、暗部の中でも指折りの攻撃力を誇る集団。

 

 その集団が今、研究所内で大暴れを始めた。

 

 発火するほどの熱量が放たれると同時に、研究所内の壁が大穴を空け吹き飛ばれる。

 直後にもう一発。数秒の後また一発。攻撃は止まない。

 更には爆発音も響き、一室が煤にまみれていく。

 

 それでも尚、標的は倒れない。

 

 交戦してどれほどの時間が立っただろうか。

 そんなことも考えられないほどに少女は追い詰められていた。

 受けた時は簡単な仕事だと思っていた。

 男一人を消すなんて今まで何十回としてきたことだし、その手の仕事をこのチームが失敗したこともない。

 

 だが今回はどうにもならないんじゃないかと絶望が心中に湧いて出る。

 爆弾を避けられるのも、無力化されるのも慣れている。

 だけどこんなことは今まで一度もなかった。

 爆弾もレーザーも当たらずに()()()()()()()なんて。

 

 最初は対処出来る能力だと思っていた。

 光学系の能力者なら目の錯覚を利用して、目算を狂わせることが出来る。

 警備兵の銃撃が当たらないのもそこら辺がタネだと。

 

 そういう相手の対処とは何か。簡単に言えば辺り一帯を吹き飛ばすことだ。

 しかし今回の依頼はデータを守ることにある。よって研究所そのものを爆破させることは出来ない。

 だが一室ぐらいなら丸々破壊することは出来る。

 よってそのプランを採用し、戦いに望んだが──それも無意味に終わった。 

 

 恐怖を誤魔化す余裕もなく、金髪の少女が叫ぶ。

 

「ねぇ麦野、やばいってあいつ!

 こんだけやっても()()なんて、絶対おかしいってわけ!」 

「うるさいわよフレンダ。

 これ以上喚くならてめぇから殺す」

 

 栗髪を腰まで伸ばした女、"麦野沈利"が殺意で仲間一人を黙らせる。

 

「(部屋丸ごと爆破したってたのに煤一つ付いてない。

 幻覚系の能力……じゃないわね。なら監視カメラに映らないだろうし。

 となるとやっぱり──)」

 

 考えを纏めながらも攻撃の手を緩めない麦野に対し、フレンダはどこまで及び腰だった。

 自らの経験則と勘から、目の前からゆっくりと歩みを進める大男には構わないと察しているからだ。

 

 しかし逃げることも出来ない。

 そうすれば自分の上半身か下半身が背後から飛んでくる熱線で吹き飛ばされるのが目に見えているからだ。

 かといって標的に立ち向かっても傷を与えられないばかりか、逆に昏睡させられて死んでしまうかもしれない。

 

 前門の虎、後門の狼。

 まだ買ってないブランド品もあるし、サバ缶だっていっぱい食べたい。

 悔いしか残っていない。

 まだ死にたくない、どうせ死ぬなら後で死ぬ方を選ぶ。

 

 少女は破れかぶれに爆弾を放り投げた。

 しかしいくつかの爆弾はすり抜け、その後方に煤をつけるだけ。

 ただ一つだけ、大男がその一つだけ叩き落とした。

 

 麦野の中にあった仮説が強く裏付けされていく。

 

「やっぱりね。お手柄よフレンダ」

「え。な、何が?」

 

「おかしいと思ってたのよ。

 私の『原子崩し(メルトダウナー)』も爆弾も、なんでもかんでもすり抜ける癖に、壁だけは絶対にすり抜けない」

 

 大男は何も言い返さない。

 黙って続きを即しているようにも感じられた。

 

「幽霊みたいに障害を無視するルートを使えば、こんな所で私達と鉢合わせる必要もなかった。

 けどそうしなかった。いや出来なかった事情がある。

 例えば、射程距離があるとかね!」

 

 彼女の眼前から固定された電子線が放たれる。

 拳大の高熱線は先程と同じように壁を溶かし、撃ち抜く。

 ただし先と違うのはその攻撃が狙い通りに命中していたということ。

 

「本体に当たりそうだったから爆弾を弾き落としたんだろ?

 けどこれはそう出来なかったみたいね……大当たりよ。

 わざと殺さないで調節してやったんだ。

 出てこいよ。今までの分、ボロ雑巾にしてやっからさ」

 

「流石は『超能力者』…………称賛に値するよ」

 

 かつ、かつ。革靴が廊下を踏みしめる音が響く。

 同時に白いマスクの虚空へと消えていき、後には何も残らない。

 溶解した大穴の中から姿を見せたのは、彼とそれほど大きさが変わらない大男。

 黒い肌に神父服、トパーズ色の瞳。

 攻撃された後とは思えないほど整った身なりで、ロベルト・プッチは彼女たちの前に姿を表した。

 

「(無傷? 確かに腕辺りをぶち抜いてやったはず──)」

 

「本体という概念に気がついたのは君が初めてだ。

 それともこの街には似たような能力者がいるのか?」

「……肌と同じぐらい薄汚れた脳ミソで考えてみろよ、神父様」

「黒人差別……そんなもの今時流行らない。

 顔が老けていると流行に乗るのも一苦労みたいだ」

 

「お生憎様。本場でもHOTな思想だ。

 カビまみれの本にしかすがれない崩れにはわかんなかったかァ?」

「そろそろ花を摘みに行ったらどうだ……。

 ファンデーションが好きなら、尚更見に行くことをおすすめしよう。

 本場のジョークより、よっぽど傑作だからな」

 

「──っは」

 

 その時、麦野は自身の血管が切れる音を聞いた。

 

「ブ・チ・コ・ロ・シ・か・く・て・い・だ──!」

「止めておけ。

 私の前で、第四位(お前)は障害にすらなり得ない」

 

 激昂した麦野が放ったのは、より威力を高めた必殺の熱線。

 その太さは先程までの三倍、電子の質量も当然三倍。

 当たれば即死、かすれても運が良くない限り天国行きは免れないだろう。

 

 麦野の『原子崩し』はあらゆる障害を貫通する。

 それほどに威力が高いというメリットの反面、狙いをつけずに撃つことは反動で自殺行為に繋がるというデメリットがある。

 罵り合いを続けたのは、何も貶すだけが目的だったからではない。

 照準をつけ、確実に殺すためだ。

 

 殺意が込められた必殺の光が神父を飲み込もうとして──あらぬ方向へと曲がっていった。

 彼が曲げたのではない。麦野の『原子崩し』は電子線であるため、曲げたり流したりすることが出来るのは同じ電気操作系の能力者でなければ出来ない。

 

 曲げたのは、彼女自身に他ならない。

 

「何、やってんだ。

 フレンダァァァァアアアッッ!!!」

 

 ヒステリックな叫びが木霊する。

 フレンダの頭には奇妙なことに一枚のDISCが刺さっており、その目に正気は宿っていなかった。

 彼女はうわ言のように語り出す。

 

「命令、されたの。麦野……。

 背中に、このDISCを差し込め、って……」

()()()()()()()()()

 そのDISCの命令はごく単純なものだ、麦野沈利』

 

 更にその背後、白いマスクの大男が誰かに見せびらかすように数枚のDISCを、ヒラヒラと煽りながら語り出す。

 

『お前は私を傷つけられず、その場から動くことが出来ない。

 だから明後日の方向に飛んでいったのだ。お前の無意識がそうさせた。

 これが私の能力だ……』

「なん、なんだてめぇは……!」

「『白蛇(ホワイトスネイク)』、と私は呼んでいる」

 

 言葉を継いだのは神父だった。

 

「わざと監視カメラの前に『白蛇』を出せば、誰かしらが『超能力者』を引っ張り出してくるだろうと思っていた……解析する必要があるからな」

 

 彼の言葉は的を得ていた。

 事実、この研究所にはありとあらゆるセンサーが仕込まれており、どこかの解析装置へとデータがリアルタイムで送信されている。

 実験データなど重要ではなく、最初から侵入者のデータを収集することこそがチーフの目論見であった。

 しかし実験動物を徒に失うのは資源的にも時間的にも無駄の極み、ある程度時間を稼げる資源が良い。

 アイテムが選ばれたのは、研究が停滞している『原子崩し』なら失ってもそれほど痛手にならないからに他ならない。

 

「正直『超能力者』なら誰でもよかったが……九割九分九厘で君だと思っていたよ。

 君が一番替えが利くからな」

 

 血圧が上がっていき、思考は殺意一色に染め上げられた。

 演算は既に目の前の男を蜂の巣にして吹き飛ばしている。

 しかし現実にならない。『白蛇(神の使い)』の『命令』は絶対であるからだ。

 

「カメレオンを知っているか?

 彼らは警戒心が高く、一部の種は100年もの間発見すらされず絶滅したかと思われていたぐらいだ。

 それ程までに野生のカメレオンは見つけづらい。

 

 だが飼育された個体を誘き寄せることはそう難しくない、餌を見せれば勝手に寄ってくるからな。

 身を隠せる場所があれば尚良い」

 

 握られた拳からは血が滴り、歯軋りの音が響く。

 ロベルトはその様子を嘲笑うこともなく、至って冷静に呟いた。

 

「首輪はさぞ心地良いだろうな」

「ブチころ──ッッッ!!!」

 

 最後まで言い切られることはなかった。

 既に『白蛇』の手は彼女の頭からDISCを取り出していたから。

 フレンダも床に倒れ伏し、少しも動かない。

 

「DISCは『複製(ダビング)』したら戻しておけ」

『ここで殺すべきではないですか?』

「数えきれぬ罪を背負っているが、彼女もまた子供……祝福されるべき存在だ。

 記憶のDISCを上書きするだけでいい」

 

 能力と本体の対話、学園都市では見ることのない光景が破壊された研究所の一室で起こっている。

 これを見た科学者は一体何を思うだろうか。

 新たな世界があると希望を見るか、それとも実験動物が増えたと悦に浸るか。

 どちらにせよ、それは起こり得ないだろう。

 

 研究所内のセンサーは、交戦する前から全ての動作を停止しているのだから。

 

「なんだ、もう終わったのか?」

 

 穴空きだらけの壁に取り付けられた、今はもう意味のない入り口から一人の女性が姿を見せる。

 腰まで伸びた水色の長髪はウェーブがかっており、ダメージばかりの退廃的な衣装に特徴的なギザ歯。

 彼女を視認すると、神父は呆れたような表情を見せた。

 

嬉美(きみ)雷斧(らいふ)はどうしたんだ」

「伸した敵を見張らせてる。退屈……と。神父様が心配だったからさ、こっちまで来た」

 

 彼女、"春暖嬉美"はそう言うと床で倒れている麦野へと近づいてから、その体を軽く叩き小突いた。

 

「これ、一応『超能力者』なんだろ? よくもまぁ無傷で倒せるよな」

「今回は相性がよかった。彼女でなければ、私も無事で済んだか……」

「無傷なのはこいつだけだろ。

 俺が言ってんのはそうじゃねぇ。

 幻覚、解けよ」

 

 神父は閉口し、やや迷うような素振りを見せる。

 嬉美の鼻を通ったのは、嗅ぎ慣れた香ばしい匂い。

 

「流石は『超能力者』だ。あれだけの情報で私の位置を特定するとは、油断していたよ」

 

 その右腕は酷く抉られていた。

 傷口は焼き焦げていて、血の一滴も出ていない。

 真っ黒い断面図からでは肉と骨の区別は付かず、いくらか神経がやられているのか動かす様子もない。

 外の医療技術では治療することはほぼ不可能だろう。

 

「あーあ、こりゃ大目玉だろうな。あんまり仄火を怒らせんなよな」

 

 彼女は嬉しそうな声色と意地の悪い笑みを見せて、黒人をからかう。

 それに対し少しばかり困ったように眉尻を下げたのが気に入ったのか、微笑んでその背中を叩いた。

 

「冗談だよ。アイツのことだから、まず真っ先に心配から入るだろうし。

 そこでちゃんと謝れば、仄火だって怒ったりしねぇよ」

 

「……そうだな、そうしよう。

 正直……彼女に飯抜きをされるのが、一番辛いんだ」

 

 安堵の息をつく神父を見つめる嬉美。

 付き合いの浅い人間には彼が困っていることも、安心していることも見抜くことは出来ないだろう。

 誤魔化すようにして笑うのが癖付いているロベルトは、早々思ったことを顔に出さない。

 けれど自分達だけは分かってやれることが出来る。

 

 五年前のあの日、ロベルト・プッチが現れて最悪な日々は終わりを告げた。

 それからというもの、春暖嬉美はこの街の何もかもが退屈なものであると考えるようになった。

 きっとあの実験が切っ掛けなんだろう。

 あの研究所での過ごした時間は、全員の大切と思っていた何かを脳みそごと切り取ってしまったのだ。

 

 けど仲間と笑い合う時間、そして彼とこうして話し合う時間に関しては、つまらなくないと思えるようになってきた。

 余計な力を肩に入らず、ただ話し合うだけの時間。

 

「それにさ、もし本当に仄火が見限ったって……。

 俺がいるよ」

 

 じっとりとした笑みと雰囲気を醸し出したのは、ほんの数秒。

 その後すぐに『白蛇』が作業の終わりを告げ、もう二人の記憶も弄るために移動をしなくてはいけなくなったから。

 

 先に踏み出した嬉美の背中を見つめながら、神父は努めてバレぬようため息をついた。

 一体何がどうしてこうなったのか。

 

 その後の話に移ろう。

 神父、嬉美、雷斧の三人はいくらかの怪我をしたものの無事に目的を果たし、データをDISCにして強奪することに成功。

 妨害行為に駆り出されていた茶寮も程無く帰還。

 不満を丸々神父にぶちまけながら人形製作の手伝いをさせるというハプニングもありつつ、研究所襲撃は幕を閉じた。

 

 そして数日が経ち、御坂美琴は出会うことになる。

 

「初めまして、お姉様。とミサカはきっちりとした角度で完璧な礼を披露します」

「は……? なに、なんで、私と同じ顔……?」

 

 自らのクローン、『欠陥電気(レディオノイズ)』に。

 そして驚愕は二度重なる。

 

「突然ですが私に食いぶちをください。とミサカは自分がニートになってしまった絶望感を滲ませながら懇願します」

 

「……………………はぁ?」

 

 八月十日。

 御坂美琴の預かり知らぬところで『絶対能力進化(レベル6シフト)』計画、破綻。




ロベルト・プッチ
元学生の神父。
邪悪な神父、エンリコ・プッチとはまるで関わりのない全くの別人。
この世界に生きるプッチであり、一巡後ということですらない。
子供にこそ祝福があるべきと考えており、子供である限り『天国』で暮らすべきであるとも考えている。
天からの授かり物、『白蛇』に選ばれた。
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