TS転生者は負けヒロインたちに温水君を攻略させたい   作:あどべんちゃ

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早いものでUAが2万を突破していました。今後ともよろしくお願いいたします。
本話で毎日投稿は終了となります、今後は気長にお待ちください。


8話

 最初は面食らったがしかし、なるほど案外火種の分かりやすい噂だ。

 ツワブキ祭の準備で倒れたときにお姫様抱っこで運んだり、度々踊り場で二人で話していたり。外野から見ると、僕の服装も相まって勘違いしてしまうのかもしれない。

 

「う、頷いてる場合か。ど、どうする」

 

「どうする、と言われても……これから冬休みですし、明けたあとには皆忘れてるんじゃないですかね」

 

 僕たちは非常階段で話し合っていた。慌てる小鞠さんだが、とはいえ人の口に戸は立てられない。

 

「で、でも、もし温水が噂を聞いたら、い、いよいよ私、れ、恋愛対象っ、に、み、見られなくなるんじゃ……」

 

「わ、ごめんなさいごめんなさい、泣かないで、大丈夫ですって……」

 

 小鞠さんはすっかり温水君への想いを隠そうともしなくなった。勿論、散々そういう話をした僕相手だからというのは大きいだろうが。

 

「あの温水君ですよ?噂が彼の耳に入ると思いますか?僕が女子だってことに半年気付かなかったのに」

 

「……そ、それもそうだな。ちょ、ちょっと安心した」

 

 まだ鼻を鳴らしてはいるが、落ち着いたようだ。負の信頼感ある男、温水君。

 

「しかし、ツワブキ生の噂好きにも困ったものです。進学校だからこそ、恋愛という娯楽を求めるのでしょうか」

 

「い、一番恋愛を、ご、娯楽だと思ってるのは、お前だろ」

 

「ぎゃふん」

 

 まあ、そんな話はともかく。小鞠さんにはああ言ったが、冬休みを明けても噂が続いているようなら、小鞠さんのメンタルに差し障りがある。噂の根源は、これまでの小鞠さんとの行動に加え、僕が男装していることにある。それらは全く別の話であるにも関わらず、異性装を行っていることと恋愛対象が同性であることを結び付けて考える人は少なくない。中学の頃は何度か揶揄われたり、逆に女子に告白されたこともあった。

 ……あれ、でも僕が女子を好きなのは間違って、ない、のか……?前世では間違いなく女性が恋愛対象だったが、今世ではそのあたりはあまり意識していなかったせいでどうも曖昧だ。自分の精神のカタチの定義にも苦労している僕が、誰かを好きになるなんて余裕は無かったものだから。

 でも、前世の僕そのままだったら女子に告白されたら多少その気になっていたと思うんだよな。実際には、僕は丁重にお断りしたわけで。やはり肉体の性別に引っ張られるというのはどうしてもあるようだ。

 ……志喜屋さんが月之木さんと唇を重ねたであろう日の翌日にこんなことを考えているのは、因果と言うか何というか。

 

「ど、どうした周堂。きゅ、急に黙り込んで」

 

「ああ、ちょっと考え事を。とりあえず、冬休みの間に自然消滅するといいんですが」

 

 とりあえず、現時点では出来ることはない。僕たちは念のため時間をずらして下校した。……二人で旧校舎に行くところを見られているので、焼け石に水な気もするが。

 もし、時間が解決してくれなかったなら……その時は、直接的な意思表示に訴えるとしよう。

 

 

『そういえば、冬休み前に話してた例の件、首尾はどうですか』

 

『まだ』

 

『まだ?』

 

『まだ誘えてない』

 

『え?明日って話では』

 

『どうせ温水のことだから暇だろ』

 

『僕もそこの心配はしていませんが』

 

『いいから誘いましょうよ』

 

『だって緊張する』

 

『そうでしょうけど。自分で言い出したことじゃないですか』

 

『そうだけど……』

 

『僕感動したんですよ あの小鞠さんがとうとうそこまで、と』

 

『頃合いを見て僕の方から提案するつもりだったんですが』

 

『そうだったのか』

 

『そうだったんです』

 

『ほらほら、早くしないと温水君寝ちゃいますよ』

 

『それもそうか』

 

『うー』

 

『行ってくる』

 

『頑張って!』

 

 

 ある冬休みの夜。そろそろ歯を磨こうとしていたところで、小鞠から連絡があった。

 

『明日、空いてるか』

 

『空いてるけど』

 

『どうせそうだと思った』

 

『温水だからな』

 

『うるさい、要件はなんだよ』

 

『明日私と』

 

 そこまで送信されて、しばらく間が開いてから。

 

『デートしろ』

 

 そんな、命令口調の一文が送られて来たのだった。

 

 

 例によって例のごとく、俺渾身のファッションは佳樹によって棄却され。結局佳樹チョイスの服で、俺は小鞠とのデートに臨んでいた。

 ……しかし、まさか小鞠とデートとは。前に恋愛指南の本を資料として読み込んでいたが、今回もその一環だろうか。俺、別に貴族とかじゃないんだけど。

 

「ぬ、温水。お、遅いぞ」

 

「いや、時間通り、だ、って――」

 

 俺は、言葉を失った。

 小鞠の私服は、今までに何度か見ている。だから分かる――決して華美ではないけれど、これは。小鞠が本気で考えた、ちゃんとしたおめかしだ。

 

「な、何か、一言くらい、無いのか」

 

「あ、えっと、似合ってるぞ。それ」

 

「……も、もう一声」

 

「え!?えー、と……か、わいい、と、思う。うん」

 

「……あ、りがと」

 

 耳にかかった髪をかき上げて、頬を染める小鞠。こ、これではまるで……本当に、デートだ……!

 

 

「いいぞ、小鞠さん。その調子でガンガン意識してるところを見せるんだ……!」

 

「……むむむ。てっきり、あの男の方とお付き合いをしているのかと思っていたのですが、浮気でしょうか。良くありませんよお兄様……しかも今度は小鞠さんとは、まだまだお兄様のとっかえひっかえ期は継続なようです。佳樹、お兄様の今後が心配です」

 

「「……うん?」」

 

 気づけば隣に、かわいらしく首を傾げる少女……温水佳樹さんがいた。まあ、二人のデートを尾行するとなると自然か。もう少し備えておいても良かったな。

 

「男装姿にウルフカット、そして小鞠さんを応援する言動……ひょっとして、周堂遥さんですか?兄からいつも話は聞いています、妹の佳樹です。初めまして」

 

 小鞠さんを応援してるところまで把握されてんのね。怖い怖い……。

 

「初めまして。ツワブキ祭の時はお世話になりました、温水君が出来た妹だと何度も自慢していましたからよく覚えています」

 

「わあ、ありがとうございます!……っと、あまり大きい声を出してはお兄様たちに気付かれてしまいますね」

 

「そうですね……ちょっとお茶でもしませんか。一度、佳樹さんとはお話したかったんです。デートの行く末は気になるところではありますが」

 

 そろそろコンタクトを取りたいと思っていたところだ、ちょうどいい。

 

「申し訳ありません、佳樹はお兄様を追わなければなりませんので。お話はその合間にお願いします」

 

 あれ。込み入った話になるし、出来ればゆっくり話したかったんだが……まあしょうがないか。

 

「ではそういうことで。おや、二人が移動するようです」

 

「はい、追いましょう!」

 

 こそこそとしながら、佳樹さんに問いかける。

 

「さきほど仰っていましたが……温水君が、男性とお付き合いをされている、というのは」

 

「はい。合宿でもご一緒だった男性の方と、クリスマスに密会を」

 

「ああそれ文芸部の前部長です。ちょっと話は長くなるのですが、かくかくしかじかでその人の彼女と生徒会の方を会わせるようにした結果で……というか、その生徒会の女性とその後会っていたはずですが」

 

 そこの誤解は一先ず解いておく。別に佳樹さんの悩みの本質ではないしな、これ。

 原作知識も話してしまったが、これは問題ない範囲だ。というのも――。

 

「え、そうだったのですか?とてもラブラブだったので、佳樹てっきり……というか、どうしてご存知なのですか?」

 

「―――占いです」

 

「占いですか」

 

 佳樹さん(そして朝雲さん)が科学の面からプライバシーとリアリティラインを破壊するなら、こちらは神秘、ということにしておく。特に占いなんて解釈次第でどうとでも言えるものだし、スピリチュアルな感じがアレして踏み込みづらいのもうってつけだ。

 

「それはそうと、周堂さんはどうしてお兄様のお相手に小鞠さんを推していらっしゃるのでしょう?勿論素敵な方だとは思いますが」

 

「あ、いえ。実はですね。僕、別に小鞠さんだけを応援しているわけではないんです――今現在、温水君を明確に意識しているのは彼女と他一名ぐらいだからというだけでして」

 

「え?お兄様の周囲の方々は皆さんお兄様の魅力にメロメロなのでは?」

 

 ああやっぱ素でそう思ってるんだ。

 視線の先では、二人が温かそうなカフェの店内でスイーツを食べている。行け、そこだ、あーんだ!……さすがにハードルが高いか。

 

「温水君がモテるかモテないかはともかく、そんなに簡単にメロメロになったりはしませんよ。皆さん失恋してそう間もないですから」

 

「ですが、周堂さんは失恋されていませんよね?」

 

「僕ですか?僕は正直、自分の恋愛についてはよく分からないんです。この男装は、何も趣味でやっているという訳じゃありませんから」

 

「……すみません、デリケートな質問でしたね。あ、お兄様が……」

 

 温水君が、小鞠さんの口元についたクリームを拭っている。わあ顔真っ赤。超かわいい。

 ……しかし。それを見ている佳樹さんは、どういった内心なのだろう。

 

「仕返しという訳でもありませんが、こちらもデリケートな質問をよろしいでしょうか」

 

「なんでしょう?」

 

「佳樹さんは、温水君のことが好きなんですか?」

 

 踏み込む。佳樹さんは、東さんの言うところの『逃げて、自分に嘘をつきかねない』子だと僕は思っている。だから大事なのは、直球勝負。

 

「……はい!佳樹はお兄様のことを心の底から敬愛しています」

 

「そうではなく。空元気も結構です―――異性として、好きなのですよね」

 

「…………」

 

「分かりますよ。二人のデートを見ているあなたの表情は、何よりも雄弁でした」

 

 敬愛も、嘘ではない。二人を見守る色は、その顔の中に確かにある。でも、その表情は―――いつかの焼塩さんと同じ。悲しみと苦しみを内に秘めた、恋に敗れた少女の顔だ。

 

「そんなに、分かりやすいですか」

 

「同じような顔をした子を見てきたので。……応援したいというのは、あなたのこともですよ。佳樹さん」

 

 弾かれたように、佳樹さんは顔を上げる。

 

「どういうことですか」

 

「妹だからって、遠慮することはないんですよ。ベクトルは違えど、温水君にとっての一番はあなたなんですから。そのアドバンテージを抱え落ちするなんて、あまりにもったいない」

 

「……そんな、簡単に言わないでください。佳樹は、お兄様の妹で」

 

「分かっています。現実とライトノベルは違う。障壁はあまりに大きくて硬い。でも、それじゃあんまりです」

 

 彼女は、ただ一途に彼を想っているだけなのに。たまたま、妹に生まれてしまっただけで、それが叶わないなんて―――そんなのは、あまりに残酷だ。

 

「……でしたら、佳樹はどうしたら良いのですか。その、あまりに大きな壁を、どうすれば越えられると、あなたは言うのですか」

 

「一番手っ取り早いのは、温水君の優しさにつけこむことです。無理やり迫れば、責任はとってくれるんじゃないですかね?あ、学生の間は駄目ですよ」

 

「せきにっ、へっ、あの!?」

 

「っと、静かに佳樹さん。二人がカフェから出て来ますよ」

 

「え、あ、はい」

 

 佳樹さんはすっかり顔を赤くしている。うーむ、さすがに過激すぎたか。

 

 その後も、デートを続ける二人を追う。

 次に訪れた服屋では。

 

「小鞠さん照れてますね。多分試着した姿もちゃんと褒めたんでしょう、やるじゃないですか温水君」

 

「お兄様に……責任……ええと、ではなく。佳樹が女性の扱いを叩き込みましたので」

 

「……おお、温水君が財布を取り出した。まあまあ値段するけど、大丈夫かな」

 

「先日お婆様からお年玉を頂いたので、一先ずは大丈夫かと」

 

「なるほど。しかし、温水君に服を買ってあげるような甲斐性があったとは」

 

「当然です、お兄様ですから」

 

 二人が次に向かったのは本屋。

 

「うーん、すっかりいつも通りって感じですね」

 

「ですが、距離が近づいています。これはこれで」

 

「あ、肩が触れて―――照れてる照れてる、ククク……本当に微笑ましいですね……」

 

「周堂さん、とうちょ――お兄様から聞いていた話と、大分違いますね」

 

 最後に向かったのはファミレス。デートの相場は分からないが、高校生ならそんなものだろう。

 

「さすがにお店の中に入るのは危険ですね……」

 

「外から見ているかぎりでは、お二人とも楽しく過ごされているようです」

 

「中々素敵なデートじゃないですか。二人とも頑張りましたね――さて、佳樹さん。二人のデートを見ていて、いかがでしたか」

 

「……先ほどは、断ってしまいましたが。今度は私から誘わせていただきます。どこかで、ゆっくり話しませんか」

 

 数分後。とある喫茶店にて、僕らは向かい合わせで座っていた。

 佳樹さんは、運ばれて来たコーヒーを一口啜って、それから話し始めた。

 

「……佳樹は、お兄様が幸せなら、それでいいと思っていたのです。

「だって、佳樹とお兄様は兄妹なので。

「ずっと近くにはいられませんし、隣にいることは、もっとできません。

「だから、お兄様とお似合いの素敵な女性が、お兄様を幸せにしてくだされば、それで……。

「そう、思っていたのです。

「……けれど。

「こうして、お兄様が、デートらしいデートをしているのを見てしまうと。

「佳樹がっ……あそこにいられたら、どんなにいいかと、考えてしまうのです。

「駄目なんです、だって佳樹は妹です。

「なのに……どうして周堂さんは、あんなことを言うのですか。

「応援するなんて、無責任なことを言わないでください。

「それじゃあんまりだなんて、優しいことを言わないでください。

「佳樹は―――諦めたく、なくなってしまいます」

 

 涙をその瞳に湛えながら、佳樹さんは語った。……本当に、残酷なことだ。どうして彼女は、妹に生まれてしまったのだろう。けれど、そうでなければ、ここまで深い愛を抱くことも無かった。皮肉なものだ。

 

「ええ、僕は諦めてほしくないんです。いきなり現れて何をずけずけと、とお思いでしょうが……妹であるというだけで、その想いが打ち捨てられていいはずがない。僕は、そう思うんです」

 

「……優しいのですね、周堂さんは。良いのですか、そんな甘い希望を見せてしまって」

 

「結局のところ、僕に出来るのは背中を押すことだけですから。踏み出した先にどんな景色が広がるかは、本人の努力次第です」

 

 あんまりにもあんまりな言いようだが、僕としてはこう言うほかない。小鞠さんや佳樹さんのように、踏み出すことを躊躇っていたり、踏み出すことを諦めていたり。僕が責任を持てるのは、持っていいのは、その背中を押して、歩き出させるところまでなのだ……東さんが言っていた通り。

 

「先ほどは優しいと言いましたが、訂正します。周堂さんは悪い人です。そんな無責任なことを……いえ、確かにそこからどうするかは佳樹たち次第なのですが」

 

「ご理解いただき助かります。とはいえ、無論背中を押した分の責任は負うつもりです。例えばですね―――」

 

 僕は、考えていたことを佳樹さんに告げた。限りなく実現性の低い、しかし理想的な案。

 

「……あの、周堂さん。それは、佳樹がお兄様と結ばれる以上に……」

 

「ええ。困難で、問題だらけです。けれど、これなら丸く収まるでしょう」

 

「それは間違いありませんが……いえ、確かに、お兄様ほどの方なら()()()()()()()()()のかもしれません」

 

「本当に筋金入りですね……」

 

 ある種感心する僕に、佳樹さんは頬を赤らめて言う。

 

「……それで、その。お、お兄様に無理やり、というのは……」

 

 ああ、あの件か。正直、本気かどうかで言われれば四割ぐらいは本気だ。だが、それをしても佳樹さんが心から幸せになれることはないだろう。

 

「あれは極端な例ですが。温水君から自発的に佳樹さんを異性とみなすことはありえないので、佳樹さんから積極的に動かなければいけない、というのは事実ですよ」

 

「……そう、ですよね……」

 

 佳樹さんは溜息を突いて机に突っ伏した。が、すぐに顔を上げた。

 

「とにかく、すぐに決心できることではありません。もちろん、応援してくださると言ってもらえたのは嬉しかったですが」

 

「僕の方こそ、急に踏み込んだ話をしてすいません。ただ、この機に佳樹さんに働き掛けないとずるずるとタイミングを逃してしまいそうだったので……と、占いに出ていました」

 

 それはそれで、白玉さんが現れて危機感を煽られ話がスムーズに進む可能性もあったが。

 

「この件は持ち帰って検討させていただきます。連絡先を交換しましょう」

 

 ビジネスマンみたいなことを言う佳樹さんとLINEを交換し、解散することになった。

 ひとまず楔を打ち込むぐらいは出来ただろうか。

 

 

 一月下旬。始業式から数日が経ったこの日、俺は――驚天動地とか、そんな言葉では生ぬるい驚きを味わっていた。

 

「言いたいことがあるならはっきりとお願いしますよ、温水君」

 

 うんざりした様子でそういう周堂は―――女子制服を着ていた。

 思わず周りを見渡すが、八奈見は知らん顔でふがしを貪っているし、小鞠は相変わらず隅で縮こまっていた。焼塩は不在だ。

 

「えっと……何が、あったんだ」

 

「諸事情ありまして。僕が単なる男装趣味であり、突然恥ずかしくなってやめた、ということにしておいてください」

 

「えぇ……お前の男装、別に趣味ってわけじゃないんだろ」

 

「ですから、そういうテイです。早急に払拭したい風評がありまして……ああ、生憎と詳細を温水君に教えることはできません。風評の拡大は僕の望むところではないので」

 

 噂に興味はないし、それはいいんだが……。

 

「どういう理屈で、男装をやめることを選んだんだ」

 

「僕に行える、最大限注目を浴びる行いだからです。よりキャッチーな噂があれば、その人物に纏わる過去の噂など放っておかれますから」

 

 どうだろう、一度不祥事を起こすと昔のやらかしも掘り起こされがちのように思うが……いや、周堂は別に芸能人じゃないしな。学生の噂ならそんなものかもしれない。

 

「で。温水君は僕に何か言うことがあると思うのですが」

 

 本に目を落としながら、周堂は言う。

 

「え?いやあ、びっくりしたなあ、とは」

 

「そういうのではなく。……?はて、では僕はどういうのが良かったんでしょう。温水君分かりますか」

 

「お前に分からないものを俺が分かるわけないだろ」

 

 時々変なことを言うよな、こいつは。

 しばし思案顔だった周堂は、にわかに立ち上がると本棚からライトノベルを手に取り始めた。

 突然の行動に俺は目を白黒させていたが、次第にあることに気付く。

 あれは、全部男装女子ヒロインが登場する作品、というか巻だ。そういった作品をあらかた手に取った周堂は、席に着いて猛スピードでページをめくりはじめた。

 読んでいるというよりは、目当てのシーンを探している、といった感じだ。

 やがてあるページで指を止めた周堂は、しばしその内容を読み込んだあと、別の作品で同じことを始めた。

 

 十数作品を確認し終えた周堂は、まだ何かを迷うような表情のまま立ち上がり、俺の前までやってくると。

 スカートの端をつまんで、くるり、とその場で一回転。

 

「……どうですか」

 

 どうですか、だと……!?教えてくれ佳樹、周堂みたいな相手にお前の教えてくれた女性の扱い方は適用していいのか!?

 

「お、おお、ええと……似合ってる?」

 

「…………もう一声」

 

 ……俺にとって、『似合ってる』はかなりの褒め言葉だ。詳しいことを言わなくてもいいので便利、というのもあるが……それ以上の女性の服に関する褒め言葉(もうひとこえ)なんて、俺は一つしか知らない。ええい、ままよ―――。

 

「……か、可愛いと、思うぞ」

 

 やったか。やってしまったか。せめて何か反応を返してほしかったのだが、それきり、周堂も俺も沈黙していた。

 ―――なんなんだ、この時間!?そう思っていると、周堂は突如、自分のバッグをひっつかんで駆け出した。

 

「すいません帰ります!」

 

「あっ、ま、待て周堂!」

 

 いままで沈黙を保っていた小鞠が、それを追いかける。よく分からんが、あいつに任せたほうが良さそうだ。

 

「……俺、なんかやっちゃいました?」

 

「うん、やっちゃったね」

 

 いつかの月之木先輩と同じ台詞に、八奈見は呆れ顔で返すのだった。




感想、高評価頂けると励みになります。気が向いたらよろしくお願いします。

展開が早いような気もするのですが、原作で考えるとすでに折り返しを過ぎているので案外こんなものではないか、という言い訳をさせていただきます。見苦しい。
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