「あっ、やばっしんだ、しょーもねーこのゲーム」
人のベッドを占領し、寝転がりながらゲームに悪態をつく女。
雪宮真白、俺と同い年で高校2年生、容姿端麗でみんなの人気者、俺の幼馴染で、そして元男。
TS症候群。──それは12歳から18歳、いわゆる思春期とされる年代の男子にだけ発症する特殊な病気だ。
ふわっとしか分からんが発症者を問答無用で美少女に変えるという恐怖の病気だ。
正直漫画みたいだなぐらいに思ってた。でも、3年前に真白が発症して、大慌て…って言っても、色々あったはあったが結局あいつは何も変わらなかった。あのときの俺は『何が何でも助ける!』って必死だったけど…今考えると、空回りだったのだろう。
変わったのは真白の性別だけであいつ本人は何も変わらず真白であった、心が女に変わることもなく、着る服が変わる訳でもなく、俺たちの関係も変わることはない。
あいつが男だった時も女の体になってからもずっと幼馴染で親友なのだ。
そう思考に耽っていると後ろから耳元で囁くように声を掛けられる。
「なーひろとーゲーム飽きたしコンビニでお菓子買いに行こうぜ」
「うわあっ!急に声をかけるのやめろよ…」
と真白に怒るが、そのリアクションが期待してた物だったのか、にっと笑うと椅子に掛けていた上着を羽織り階段を駆け降りて行く。
「先外で待ってるからなー」
奴の中では俺がコンビニについていくのが確定らしい、仕方なくシャツを着て、財布を持つ。
「ほら早くいこうぜー!もうおれの舌がコンソメを求めて暴れ出しそうだ!」
「はいはい…」
しっかり鍵がかかっているか確認するために2、3度ドアを引っ張り、開かないことを確認して満足し歩き出す。
前を見ると鍵を閉めてる間に先に歩き始めていた薄情ものが目に映る、右手にはカードショップのガキから、アンティルールでむしり取ったハンドスピナーを持って回し、機嫌が良さそうに鼻歌を歌いながら歩いている。
ぼーっとしながら歩いていると真白が突然立ち止まる
「あれ」
そう言い指さした先は昔よく遊んでいた公園だった。
「覚えてる?あの公園で水鉄砲に味噌汁入れて遊んでたの」
「ああ覚えてるよ、小3の頃だっけ?水鉄砲で味噌汁食ったら目立てるとかモテるとか思ってな」
「今考えるとアホだよなぁ、結局ただ頭おかしい扱いされただけで終わったしな…」
笑う真白に視線を向けると懐かしむような目で公園を見て微笑む姿に一瞬見惚れてしまうが、すぐにかぶりを振って誤魔化すように口を動かす。
「そ、それにしてもこの公園全然変わってないよな、ベンチなんてずっとボロボロだし」
「…そうだね」
少し悲しげな声でそう答え、意味ありげな流し目を送ってくる。わずかな沈黙の後、俺を置いて再び歩き出した。
もう一度公園の方を見る、ボロボロになったベンチも、持ち手が錆びついたブランコも、あのときと変わらないまま。
俺たちの関係みたいに変わらないまま……
先に歩き出した真白を追いかけるために、小走りで駆け寄る。
さっきと打って変わって暗い表情に重々しい足取り、ガキの頃から変わらない、思っていることがすぐに顔や態度に出る。
たぶん、公園で俺が何かを間違えたんだろう。けど、俺にはどうすることもできなくて、変な言葉をかけて空回りするのが怖くて、俺たちは何も言わずにただ並んで歩いた。
気付けば聞き慣れた自動ドアの入店音が鳴っていた。
財布は持ってきていたが元々付き添いだったため特に何かを探すでもなく真白の後をついていく。
相変わらず暗い顔をしながらお菓子をカゴに入れていく。
俺はふとあることを思い立ち、口を開く。
「ま、真白!」
「ひゃっ、な、なに?!」
自分でも驚くほど大きく上擦った声。それに反応した真白が、ビクッと肩を震わせた。
「そ、その…きょ、今日は俺が奢ってやる…」
その瞬間、真白の顔がみるみるうちににやけていく、本当に現金なやつだ、昔から全く変わらない。
「い、いや、いいよ…この間も奢ってもらったし、流石にひろとに悪いし…」
にやけた顔を隠しながら、ちらちらこちらを伺う、あくまでもそんなに言うならみたいなムーブなのは若干腹立つが、これで真白の機嫌が直るならもうそれでいいのだ…
「いや奢る!」
「う、うーんそんなに言うならね、お願いしようかな…」
そうしてやつはカゴにお菓子を入れていく。俺も、真白が遠慮しないように幾つか選んで入れた。
「ありがとうございましたー」
会計を終え、店員さんの挨拶を背に自動ドアをくぐる。
無言で、けれど先ほどと違い心地よい沈黙の中歩いている。ふと後ろから服を引っ張られる。
「ん、どうした?」
「えーっとね、今日は奢ってくれてありがとう」
上目遣いで頬を緩ませた真白が、にっと笑う。
本当に変わらない、俺が何かをしてやる度にこいつは笑う、それはもう嬉しそうに。昔から、男の時から、何一つ変わらない。
俺たちの関係のように変わらない笑顔だ。
だから俺も変わっちゃダメなんだ。
落ち着かない心臓にそう言い聞かせて、心の声に蓋をして、こいつの顔を見ないように、出来るだけ素っ気なく言う。
「どういたしまして…」
ーーーーーーーーーー
最初は、女になった体なんて受け入れられなかった。
今まで積み上げてきた努力が消え去ったことも、弱くなったこの体も、男が好むような可愛らしい顔も、そのすべてを認められなかった。
きっと、誰も悪気なんてなかったんだろう。
家にいれば母さんに「女の子としての常識」を教え込まれ、学校に行けば女子たちのマネキン扱い。今まで友達だったはずの男子たちの視線は、どこか下卑ていて。
少しずつ、俺の中の「男だった部分」が削られていく感覚。
それと同時に、周囲から刷り込まれる「お前は女だ」という認識。
だけどお前がいてくれた。
お前がいたから、俺の心は壊れなかった。
いや、違う。お前が必死になって守ってくれたんだ。
今はもう、心にしか残っていない俺の「男だった部分」を。
お前は空回りだと思っているみたいだけど、そんなことない。
お前はずっと、ちゃんと、俺の心を守ってくれたんだ。
お前は俺が悲しい顔をしている時、俺よりも酷い顔をして、すぐに「奢る」とか言い出して。
女とか男とかじゃなく、「俺」を心の底から心配してくれるのが嬉しくて。
人の慰め方がわからなくてすぐに、財布を出すお前が面白くて。
自分に何か起こったわけじゃないのに、俺よりも苦しそうな顔をしてくれるのが可笑しくて、温かくて。
今でも俺が落ち込むとお前はすぐ奢ろうとする。
それが嬉しくて、心が温かくなって、本当は「いらない」って突っぱねたいのに。
それでも、拒めないのは俺の悪い癖だ。
俺が男物の服しか着ない理由。
表向きは、「俺の心が男だから」って言っているけど、それだけじゃない。
お前が守ってくれた、この男物の服を誇りに思っているからだ。
お前が守ってくれた「俺」を、形に残したくて。
だから、俺は男物の服を着続ける。
ひろとが守ってくれた、この日常が、俺は大好きだから。
……だけど。
もし、お前が。
俺にスカートを履いてほしいって願うのなら。
お前の前だけなら、履いてもいいんだよ。
お前が俺を守ってくれたから、俺は今でも女の人が好きだ。
でももし、いつかお前が結婚して、幸せな家庭を持ちたいと思って。
なのに、誰もお前をちゃんと大切にしてくれないなら。
俺が時々くらいなら、夫婦ごっこしてやってもいいよ?
だからさ、俺を見て苦しまないで?
本当は、お前の恐怖を拭ってやりたいのに、俺の心が怖がるんだ。
お前の心に触れたいのに、俺の心が軋むんだ。
お前に言葉を伝えたいのに、俺の心が壊れるんだ。
今までの俺を捨てるみたいで、怖いんだよ……。
一言でいい。たった一言、俺に告げるだけでいいんだ。
俺は臆病者だけど、お前がその一言告げれば、それでいいんだ。
それさえあれば、俺はお前のすべてを受け入れるから。
――苦しまないで。俺を求めて、ひろと。
初投稿です。
最初男同士の友情ものを書こうと思ってたのにいつのまにかTSしていつの間にか精神的BLになってた…
とりあえず、最後まで読んで頂いた方とこの小説を書くに至って手伝って頂けた方たちに感謝です
友情とか恋慕とかそういうもの全て飛び抜けて重い感情持ってるTSっ娘っていいよね