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爆発によって地球にやってきたフリーザ軍は実質壊滅した。
しかし、ごく僅かに自力で爆発を逃れた生き残りがいた。
「フリーザ様!」
フリーザが殴り飛ばされたのを目の当たりにして声を上げたのは、猛牛のような角を生やした赤い大男。幹部兵士のシサミだ。
「貴様ァァッ!」
シサミは怒号を上げ、怒りで目が血走る。
ソルベ直属の部下として、そしてフリーザ軍最強の兵士と呼ばれてきた誇りが、一撃で主君を殴り飛ばされた現実を許せなかったのだ。
「よくもフリーザ様を!!」
頭部に生えた二本の角を揺らし、シサミは爆発的な勢いでルージュへ肉薄する。筋骨隆々の腕に全身の力を込め、渾身の拳を一直線に叩き込んだ。
岩山すら砕く怪力。しかし次の瞬間、シサミは目を見開いた。
ルージュが無造作に突き出した人差し指が、シサミの拳を受け止めたのだ。
たった一本の指。それだけで渾身の一撃はぴたりと止まり、拳は一歩たりとも前へ進むことはなかった。
「オレのパンチを…指だけで…」
呆然とするシサミを見て、ルージュは小さくため息をついた。
「悪いけどお前に用はないんだ。失せな」
そう呟くと、人差し指を軽く弾く。その僅かな動きだけでシサミの腕が骨ごと弾き上げられ、あらぬ方向へ跳ね上がった。巨体は勢いのまま仰け反り、胴体ががら空きになる。
その隙をルージュは見逃さない。踏み込みと同時に放たれた拳が、寸分違わずシサミの腹部へ突き刺さった。拳は深々と腹へめり込み、衝撃が全身を貫く。
「ご……ぁっ……!」
口から鮮血を吐き出したシサミは白目を剥き、その場へ膝をついた。内臓を抉られるような激痛に全身が痙攣し、呼吸すらまともにできない。
それでも震える腕で身体を支え、シサミは憎悪の宿る目でルージュを睨み上げる。
「な…何なんだ…お前…は…!」
「ただの観光客だよ」
「…ふざけた…こと…を……うっ…!?」
しかし、背後から放たれたエネルギー光線が彼の胸を貫いた。
「無様だなァ、シサミ…」
シサミを撃ち抜いた男が見下した口調で話しかける。その人物とは───
「
先の爆発を逃れたもう一人の生き残り。フリーザ軍幹部のタゴマだった。
急所を撃ち抜かれ、身体を支える力すら失ったシサミが地面にどさりと倒れ込む。地べたに這いつくばる彼の目には、これまで見たこともない不気味な笑みを浮かべるタゴマが映っていた。
「どういう…つもり…だ…。これは…裏切り…だぞ…!」
「裏切り? 違うな。これは粛清ですよ。相手の力量も測れず、ただ力を振うことしかできない雑魚は、フリーザ様に必要ない」
「なにを…言って…」
「お前のような筋肉馬鹿は、フリーザ様の側近に相応しくないと言っているんですよ。
それとそこにいられると邪魔なんでとっとと死んで下さい。今までお疲れ様でした」
「や、やめ──」
突然の死刑宣告に抵抗する素振りを見せるも、指先から放たれた光線が、シサミの頭を無慈悲に撃ち抜く。
風穴を開けられ物言わぬ死体となったシサミをタゴマは笑いながら蹴飛ばした。
その様子を黙って見つめていたルージュの瞳は、酷く冷め切っていた。
「…あたしが言うのもなんだけど、仮にもお前の同僚なのに随分と容赦ないんだな」
「合理的な判断と言って欲しいですね。あんな死にかけの雑魚を助けたところで足手まといにしかならない。だから早々に消えてもらったんですよ。
それに、あいつは以前からオレに対抗意識があった様でしてね。鬱陶しいと思っていたので丁度いい機会でした」
「ふーん。…ところでさっきの口ぶりだと、お前はあたしとの実力差がわかっているみたいだけど?」
「もちろん、わかっていますよ。俺はシサミとは違う」
「そう。だったら──」
「その上で、アンタに勝てると判断しました」
「えぇ…」
「フリーザ様が殴り飛ばされた時は驚きましたが、あれは不意打ちが偶々上手くいっただけのこと。本来のフリーザ様であれば防げた筈です」
大人しく身を引くのかと思えば、帰ってきた答えはその逆。得意げに語る的外れな見解にルージュは、『こいつなに言ってんだ?』という顔を向ける。
あれだけシサミを見下していたのに力の差を理解できていない時点でお前も同類だぞと内心でツッコミを入れた。
「以前の俺では手も足も出なかったでしょうが、今は違う。俺はこの数ヶ月間、フリーザ様のトレーニング相手を務めました」
「いや、そんな話は別にいいから…」
「フリーザ様の目的は、あくまでご自身の戦闘力を向上させること。しかしながら、あのトレーニングは俺に思わぬ副産物をもたらしたんですよ」
「話聞けよ」
ルージュの声が届いていないのか、タゴマは口を閉じようとはしない。
両目をかっぴらいてニヤけながらベラベラと喋る様は、まるで何かに酔っているようだった。
「あの方とのトレーニングは一言で表すなら地獄でした。気が狂いそうになる苦痛と恐怖、そして死を選びたくなる絶望を幾度となく味わいました。
…ですが! 俺はそれに耐え抜き、その過程で学んだんですよ! 人を支配するのは氷の非情さと圧倒的な恐怖だと…ッ!!」
口角を吊り上げ、高らかに声を上げると、タゴマの気が一気に膨れ上がる。
今のタゴマの戦闘力は、歴代の幹部戦士──ザーボンやドドリア、ギニュー特戦隊ですら足元にも及ばない。それどころか、かつてのフリーザをも凌駕していた。
「俺は変わったんだ…フリーザ様の部下として相応しい、最高の戦士に!!」
「へぇー」
「あの地獄を潜り抜けた今の俺なら、お前なんかに負けるはずがない!」
「ふーん」
ルージュは目の前で自信満々に語る男を眺めながら、内心では『だからどうした』としか思っていなかった。
どんな地獄だったのか、どれほど強くなったのかなど、彼女にとってはどうでもいいし、些細な話でしかない。ビルスとウイスの下で二百年以上鍛え続けてきた彼女の尺度では、その程度の自慢はあまりにも小さかった。
ルージュは軽く肩を竦めると、一歩踏み出す。
──その瞬間、タゴマの視界からルージュの姿が消えた。
「なっ…」
タゴマの思考が追いつくより早く、背後から穏やかな声が聞こえた。
「その自信だけは大したもんだな」
囁かれた一言に、タゴマの背筋が凍りつく。
首だけをぎこちなく動かすと、そこにはいつの間にか背後へ回り込んでいたルージュが、何食わぬ顔で立っていた。
目で追えなかったどころではない。動いたという事実すら認識できなかった。
「ところで、簡単に背中が取れたけど?」
その挑発とも取れる一言が、タゴマの自尊心を容赦なく踏み潰した。
「て、てめぇ…!」
怒声とともに身体を反転させ、その勢いのまま拳を振り抜く。
だが、拳が届く寸前にはルージュの姿は半歩横へずれていた。攻撃が空振り勢い余ったタゴマは体勢を崩しかける。
「くそっ!」
追撃するように左拳。さらに右。肘打ち、回し蹴りと、間髪入れずに攻撃を繋げていく。高速の連撃は常人なら残像すら捉えられない速度だった。
しかしルージュは、まるで散歩でもしているかのような気軽さで身体を動かしていた。
首を少し傾ける。一歩だけ横へ滑る。上半身を僅かに反らす。
それだけで拳は空を切り、蹴りは髪一本すら掠めない。
最小限の動きだけで攻撃を流していく様は、まるで相手の拳が最初からどこへ来るのか知っているかのようだった。
「ほら、早く本気を出しなよ。最高の戦士なんだろ?」
「ば、馬鹿にしやがって! ───ならば見せてあげますよ。最強の一撃をねェ…ッ!!」
額に青筋を浮かべたタゴマは、苛立った様子で飛び上がり、左手を虚空にかざす。掌から溢れた紫色の気が渦を巻き、細長く凝縮していく。やがて生まれたのは、禍々しい穂先を持つ光の槍だった。
「こいつが俺の最強の技だ!」
タゴマは腰を落とし、全力の力で光の槍を投擲した。
「ヒャハハ…! 串刺しになれェ…!!」
「……」
紫の閃光が一直線に空を貫き、轟音と共に迫る。しかしルージュは、その場から一歩も動こうとはせず、眺めるだけだった。自身に目掛けて飛来する光の槍をただじっと、つまらない見せ物を見るかのように。
そして、槍が目と鼻の先にまで迫った次の瞬間。
───パシュ
「───え……は…?」
軽い音と共にタゴマの笑みが凍りつく。
彼が放った必殺の槍は、右手の人差し指と中指で挟まれ、ピタリと静止した。
一切の加減なく放った最強の必殺技に対してルージュがさいた労力は、たったの指二本。その事実にタゴマはショックのあまり言葉を失っていた。
「なに、そのヘッタクソな投げ方は…?」
ルージュは槍を挟んだまま、呆れたように穂先を眺めた。
「まず構えが駄目だ。肩に力が入りすぎてる。投げる時は腕だけじゃなくて上半身の筋肉も使わないといけない。空中だと踏み込みができないからな」
「な、に…?」
「それから気の込め方が雑すぎる。外側だけ無駄に膨らませて、中身がスカスカだ。見た目ばっかり派手で、芯が通ってない。これじゃあ見掛け倒しのハリボテだ」
ルージュは槍を指先でくるりと回す。
タゴマの槍は、謂わば見た目が派手なだけの伽藍堂の槍。しかしルージュが手に持つと、無駄に輝いていた紫の光は圧縮され、細く、鋭く、先ほどとは比較にならない密度へと変貌していく。
「折角だ。お手本を見せてやるよ」
「ま、待て……」
顔を引きつらせるタゴマに対してルージュは半身になり、槍を肩の横に構えた。タゴマの雑な構えとは対照的に余計な力は一切ない。足、腰、背中、肩、腕。そのすべてが一本の流れとして繋がっている。
「槍ってのはな──こうやって投げるんだ!」
踏み込みと同時に地面に無数の亀裂が走り、腕が閃いた。
次の瞬間、光の槍はタゴマの胸を貫いていた。
「がっ──!?」
衝撃に遅れて、空が爆発する。
串刺しにされたタゴマの身体は槍から離れることもできず、凄まじい速度で雲を突き破っていく。悲鳴は一瞬で遠ざかり、紫の光点となって空の彼方へ消えていった。
ルージュはその行方を見送り、腰へ手を当てる。
「最強を名乗るなら、せめて槍の投げ方くらい覚えてからにしな」
島中に響き渡っていた戦闘音が消え、静寂が訪れた。
フリーザ軍の呆気ない幕引きに、クリリンは口を開けたまま固まっていた。天津飯も三つの目を見開き、亀仙人はサングラスをずり下げてルージュを見つめていた。
「なあ、今の……どこまで見えてた?」
クリリンが冷や汗を流しながら尋ねる。
「いや、俺にはほとんど見えなかった。動きが速すぎる…」
クリリンの問いに天津飯が首を振る。
「僕は目で追うのがやっとでした。ピッコロさんはどうですか?」
「俺も概ね同じだ。あの無駄を削ぎ落としたような動き…只者ではないな」
ピッコロは神妙な面持ちでルージュの背中を見つめる。
彼女からは気をほとんど感じない。それなのに、あのフリーザを一撃で殴り飛ばした。底知れないという言葉では足りない。
「…いや、関心している場合ではないな」
ピッコロはすぐに気持ちを切り替え、ルージュへ警戒を向ける。
彼女からはフリーザのような邪悪な気配はない。フリーザ軍の生き残りと対峙した際に一瞬だけ目が合ったが、その時も敵意や悪意は全く感じなかった。
それでも敵ではないと決めつけるのはまだ早い。フリーザ軍を攻撃したからといって、地球の味方とは限らないからだ。
「…このまま見ていても仕方ない。あいつが敵か味方か、直接聞くしかないな」
ピッコロ達は互いに目配せを交わすと、先頭に立ったピッコロを中心に慎重に地上へ降り立った。焼け焦げた大地には、たった一人でフリーザ軍を壊滅させた女性が、何事もなかったように立っている。
やはり敵意は感じない。それでもピッコロは警戒を解かないまま、一定の距離を保って口を開いた。
「一つ聞かせてもらう。お前は何者だ。何が目的で地球に来た」
ルージュは振り返ると、張り詰めた空気とは裏腹に気さくな表情を浮かべた。
「そんな怖い顔しなくてもいいって。あたしはあんた達と戦う気なんてないよ」
彼女の言葉に悟飯やクリリンはわずかに表情を和らげるが、ピッコロはなおも視線を逸らさない。
「質問に答えろ」
「目的? ただの観光だよ。前から地球の食べ物に興味があってさ。一度遊びに来てみたかったんだ」
警戒していたのが馬鹿らしくなる答えに、一同は思わず顔を見合わせる。
その様子にルージュは苦笑すると腰へ手を伸ばした。服の下へ巻き付けて隠していたものを外へ出すと、茶色の毛並みをした尻尾がゆらりと揺れた。
「…ッ! その尻尾は…」
見覚えのある尻尾にピッコロは両目を見開く。
「自己紹介がまだだったね。あたしはルージュ」
尻尾を軽く叩きながら、凛とした笑みを溢す。
「見ての通り、サイヤ人だ」
「「サイヤ人!?」」
ブルマとクリリンの声が重なる。
悟飯、天津飯、亀仙人も声には出さなかったが、初めて見る女性のサイヤ人に驚きを隠せなかった。
一方、ピッコロは以前に悟空から聞かされた話を思い出した。
破壊神ビルスに弟子として育てられたという女戦士。その実力は超サイヤ人ゴッドになった悟空以上だという。
「…そうか。お前が破壊神の弟子だというサイヤ人か」
ルージュは少し意外そうに目を瞬かせた。
「ああ、悟空から聞いてたんだね。
そうだよ、ビルス様はあたしの師匠」
肯定の言葉に、一同の緊張が別の意味へ変わった。
───破壊神の弟子。
その肩書きだけで、彼女がフリーザ軍を圧倒した理由には十分だった。
「あのおっかない神様に女の子の弟子がいたなんてびっくりだわ」
地球に来た理由は兎も角として、あの破壊神の弟子が自分達に味方してくれている。その事実にブルマはほっと胸を撫で下ろし、一歩前へ出た。
「さっきは助けてくれてありがとう。本当に危ないところだったわ」
ブルマが安堵した顔でお礼を言うと、悟飯も慌ててぺこりと頭を下げる。
「僕からもお礼を言わせてください。あなたが来てくれなければ、僕達は──」
「いや」
ルージュは二人のお礼を遮り、視線を島の反対側へ向ける。
「お礼を言うにはまだ早いよ」
その言葉とほぼ同時に、孤島の反対側から凄まじい気が噴き上がった。
地盤を激しく揺らし、砕けた岩盤を突き破る黒い影──フリーザが一直線に飛来する。顔には殴られた痕が残り、その表情は憤怒に歪んでいた。
「よくもやってくれましたね…ッ!!」
怒気だけで空気が震える。フリーザから溢れ出る殺気に、ブルマは短い悲鳴を上げ、悟飯たちは一斉に身構える。しかしルージュは、片手を上げて制すと、軽やかな足取りで前に出る。
「下がってて。アイツはあたしがやる」
怒り狂うフリーザを前にしても焦る様子はまるでない。その余裕ある態度に、ピッコロはルージュの背中をジッと見つめながら口を開く。
「何故、俺たちの味方をする。破壊神の指示か?」
「違う違う。ビルス様は何も言ってないよ」
そう言って肩を回しながら、軽い口調で続ける。
「あたしが勝手にやるだけ。これ以上アイツに好き勝手されてたら、観光なんてできないしね。
…その代わり、欲しい見返りがある」
見返りと聞いてピッコロは表情を強張らせる。すると、振り返ったルージュが人差し指をピンと立て、悪戯っぽく口角を上げた。
「地球の美味しい店とか料理とか色々教えてよ。今度遊びに来た時の参考にしたいからさ」
あまりにも気楽な要求に、一瞬だけ戦場の空気が止まった。全員がポカンとする中、最初に吹き出したのはブルマだった。
「教えるどころか、いっぱいご馳走してあげるわ。
だからフリーザを倒しちゃって!」
「あはは! 交渉成立だね」
ルージュの口元が嬉しそうに緩む。そして軽く拳を鳴らし、フリーザへ向き直る。
その瞬間、戦場の空気が再び張り詰め、悪の帝王と破壊神の弟子は静かに対峙するのだった。
「ああ、それと悟飯君」
「えっ…僕、名前言いましたっけ?」
「……悟空から聞いたんだよ。それより、君に一つお願いがあってね」
「お願い…ですか?」
「そう。…この先、
万が一呑まれて暴れられでもしたら面倒だからね」
ルージュ
フリーザ襲来で気分がイーグルダイブしていたが、長年夢見ていたZ戦士と対面したことで再び急上昇。既に心の準備はできていたので以前のように取り乱すことはなかった。
自身の気の性質上、他のサイヤ人に悪影響を及ぼす可能性があることを悟空との手合わせ後にウイスから指摘されていたので、今回はあらかじめ悟飯に釘を刺した。
タゴマ
元々はザーボンやドドリア並みの戦士だったが、数ヶ月間フリーザのトレーニング相手をしただけでセル並みにパワーアップした割と凄い奴。…なのだが、力に酔う余り、聞いてて恥ずかしくなる発言をかました挙句、最強と称していた技をボロクソに叩かれ、自らが生み出した槍で串刺しにされた。最後は大気圏を突破した辺りで汚ねぇ花火となって散った。
ソルベ
実はしれっと生き残っている。上手く爆風に乗って吹っ飛ばされたおかげで消滅を免れた。今は岩陰に身を潜めてフリーザの指示を待っている。