炭治郎が後遺症を残しながらも人間に戻り、鬼殺隊は盛大に歓喜をあげた。そんな歓喜の中、右目のない大きな傷跡がある鎹鴉、翔空輝は空を回りながら何かを探していた。そして、何か見つければ、下へ降りていく。その舞い降りた先には血塗れで倒れている少年…雫だった。そんな雫に翔空輝は話しかける。
「雫、良カッタナ!炭治郎ガ生キテ戻ッテクレテ良カッタナ!!」
しかし、雫は声を出すことも動くこともなかった。疑問に思った翔空輝は嘴で雫の頭を突いてみる。
「雫?寝テンノカ?オイ?」
どれだけ声をかけても雫は起きない。目を固く瞑ったままだった。中々起きない雫に翔空輝は次第に声を上げた。
「雫?オイ?雫!?起キロッテツッテンダロウガッ!!」
「…………」
「雫…」
理解したくても理解出来なかった。やっと無惨を倒せたのに、炭治郎が鬼から人間に戻って息を吹き返したのに。ここは鬼殺隊。いつ命を落としてもおかしくない状況だ。今周りに死んだ人だって数え切れない程いる。その中に雫も含まれるなんて翔空輝は思っていなかった。
「ナァ…覚エテルカ?俺タチガ初メテ出会ッタ時…オ前ハコウ言ッテクレタヨナ…」
雫の胸辺りに蹲るように座った翔空輝は思い出す。最終選別で雫と初めて出会った時。
最終選別で7日間生き抜いて、ボロボロとなった雫の腕に舞い降りた翔空輝。翔空輝は本当は不安を少し抱えていた。虐められないだろうか、傷跡があって役に立たないと思われるだろうか、気味悪く思われないだろうか…。でも違った。雫は穢れのない純粋な瞳でこう言った。
「かっけぇ…っ!」
その本音を漏らした声が、言葉が、翔空輝にとって救いになったのだ。
更に、その最終選別が終わった日からずっと雫の相棒として共に過ごしたことも思い出す。
初任務の時…
「東はそっちか!」
「ソッチジャネェ!コッチダ馬鹿!!」
雫の故郷で大切な人が失った時…
「なぁ瑠都…お前の代わりに凛音を守ってやるからな…」
「…………」
ご飯をくれた時…
「お前柿食えるか?」
「食ウ!!」
鬼の毒で死にそうになった時…
「はぁはぁはぁ…」
「雫!助ケヲ呼ンデキテヤルカラナ!!ソレマデハ死ヌナッ!!」
入院中の時…
「髪の毛…紫になっちまったな……でもお前とお揃いだなっ!!」
「ウゥ〜…馬鹿野郎!!心配カケヤガッテ!!」
人に知られずに悔し泣きしながら鍛錬していた時…
「カハッ!ゲホッゲホッあ〜…クソッ!!」
「雫…」
隠なのに鬼と闘おうとした時…
「闘ウナッテ何度モ言エバ分カルンダ!?」
「わりぃわりぃ!!」
柱合会議で凛音が処分されそうになった時…
「凛音は人を襲わねぇ!!もしその時になった時は俺が責任持って切腹してやる!!」
「雫!コレ以上言ウナァ!?」
雨が降って雨宿りした時…
「翔空輝、こっちに来い、あっためてやる!」
今でも覚えている。雫に抱きしめられた時の体温があったかかったことが。でも今は雫からあのあたたかった体温を感じられない。氷のように冷たくなってしまっていた。
「おい、こんなこと言いたくねぇが…雫はもう死んでしまってるぞ」
雫とよく一緒にいた後藤が雫たちの隣に座り、翔空輝に話しかけた。覆面を付けたままだが、苦しげな声が聞こえる。
そして、遠くから雫に声をかける少女の声が聞こえた。
「雫!?」
その少女は雫の昔からの友であり、妹のように可愛がられていた凛音。凛音は信じたくもない表情を浮かべながら雫の元へ駆け寄っていく。その同時に彼女の目から零れ落ちる涙が夜明けの太陽によって眩しく輝いていた。
「雫!?雫もじゃないよね…?ずっと傍にいるって!ずっと一緒にいるって!!なんで…なんで目を閉じてんの!?ねぇ!お願いだから…目開けて…っ!!」
もう無理だ…どれだけ叫んだって雫は戻ってきやしない……と声をかけたいが、今の凛音に求めているのは翔空輝でも後藤でもない。嘘でもいいから雫の元気な声で「まだ生きてるぜ!」と聞きたいくらいだろう。
「ねぇ……雫っ!!」
彼女の悲痛な叫び声は天まで届く程響いた。
時は現代。
梅雨の時期で雨によって地面が水浸しになってしまっていた。特に公園で泥んこな状態になってしまっている。そんな公園にあるブランコで雨に打たれながら静かに座っている小学生くらいの少年がいた。その少年の右目に眼帯を付けており、どこか浮かない顔を浮かべていた。
「…………」
そんな時、少年の頭にふわりと分厚いブレザーがかかった。少年は見上げると毛先に青みがかかった黒髪の男子高生がいた。
「こんな所で何してんだ?風邪引くぞ」
「……うるせぇ、風邪引いたっていい」
「あっそ、じゃあ雨が止むまでそれ返さなくていいからな」
「は?嫌だね、俺は引かねぇって」
「嫌ならなんでそれを投げ返さねぇんだよ?」
「それは……」
少年は黙ってしまった。何か訳があると思った男子高生は少年の隣に座り、地面に足を付けながら揺らし始めた。
「今日は今までよりすっげぇ雨降ってんな、これじゃあ雨の音しか聞こえねぇぜ」
「…………」
少年は静かに、雨の音に紛れるようなか弱い声でボソリボソリと話し始める。
少年は学校でいつも仲間外れされていた。友達と遊びたいのに「入れて」と行っても無視されたり、どこかへ行くように別の遊びに変わったりされていた。今日、仲間に入れようとしたら友達から石を投げられ、目を怪我してしまったのだ。更には「ウザイんだよ、消えろ」と言葉に突き飛ばされたのだ…。
「…………」
「……なあ、競走しねぇ?」
「は?」
「どっちが早く高く飛べたかの競走だ!!」
男子高生は座りながら後ろに行き、早速漕ぎ始めた。少年は「お、おい!ちょっと待てよ!」と慌てながら漕ぎ始める。すると、前に出る度に大量の雨の粒が顔にかかり、思わず目を閉じてしまう。とにかく負けたくないと目を閉じながら必死に漕いでいく。
「目ぇ開けてみろよ」
雨の中で必死に漕いでいる中、男子高生の声が少年の耳に入る。そういえば雨が次第に小降りになってきた感覚がして、恐る恐ると目を目を開ける。そして目を見開いた。
後ろの頂点へ高く上がった瞬間に見えた、灰色の雲の間から差し込む光によって風景が輝いているようだった。
「わぁ…」
そして、下を見下ろせば、もう漕いでいない男子高生の温かく見守るような笑みを浮かべている表情が見えた。
「……な、なんだよ!?さっきの競走はなんだったんだよ!?」
「わりぃわりぃ!!」
「お前なんか嫌いだ!!」
「ははっ!」
「何笑ってんだよ!?」
「お前、先程よりいい顔してんじゃねぇか」
「は!?」
「さてと、そろそろ帰るからな」
「おい、ちょっと待てよ!それ持って帰れ!!」
「それはお前が持ってろ」
「何でだよっ!?」
「お前の心にある雨が完全に止むまで」
「は?何言って……」
そこでハッと気付く。確かに少年の心は今のように小降り程度だが、まだまだ引きずっている。でも、先程必死に漕いでいるうちに嫌なことを忘れることが出来た。
「なあ!」
少年がそう叫べば、男子高生は足を止め、少年の方を見た。
「お前の名前はなんだ!?」
そう聞かれた男子高生は雨と太陽に似合う笑みを浮かべながらこう名乗った。
「雫陽!!」
その名前を聞いた少年は何か思い出したかのように目を見開いた。そして、もう去っていく彼の背中を見て口角をあげた。
「昔よりデカくなりやがって」
──昔ヨリデカクナリヤガッテ